近代能楽用語索引Index of Nō-related Terms in Modern Texts

近代芸談における技芸用語

主にシテ方の技芸にかかわる用語の索引。姿勢、視線などの重要と思われるトピックのほか、『能楽大事典』(筑摩書房)に立項される技術用語を対象としました。同表記・別意味の語を別に立項した場合(例:「運び」を歩き方と謡い方で別立項)も、逆に同意味・別表記の語をまとめて立項した場合(例:眼、目、目玉)もあります。

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いろ【イロ】

松本長『松韻秘話』(1936)
  • 113ステとイロとについては魯洋君なんかゞよく調べてゐるが、理屈なしに一口で言へば、イロは淋しさ、やさしさがあり下へステルもの、ステは強みであつて、ハネルのです。謡ひ方には或はハルのがあり、おさへるのがあつて、イロといひステといひ、曲と処とで多少の謡ひ方はありますが、左にあげるものは、特に注意すべき変つたものであります。
観世左近編『謡曲大講座 観世清廉口傳集 観世元義口傳集』(1934)
  • 3ウ私の流義ではイロ節と云ふことがありますが、是れは子音にのみ附し節であつて、母音に附し事はありません。或る場合に於ては此のイロ節が、廻し、サゲ節の前にあることがありますが、これはケスと申して、其謡方に呼吸があります。十分稽古をせねばならぬ所です。
  • 5オ◯イ イロ。
  • 5オ◯色 イロにて、節ありながら、殆んど詞の如く謡ふなり。松風のツレの「行平は御入もさふらはぬ物を」の類である。
  • 5ウ◯ヲトシ節 これにも種類があつて本当に落すのと落さぬのがある。清之の改訂本には落す方に限り各節の下へ更に黒き丸点を付けて、落すことの印としてある。落さぬ方は掬ヒ落シといふ。これは柔吟に限る節で、その節の前にイロの節の無い時に限る。羽衣のキリなどの落シにはこの掬ヒ落シが多い。中音下音の所の落シは落すといふのが普通なれど、時としては例外もある。これを小節と唱へて居る。強吟の下ノ中の所などにあり、又柔吟の上音のサシの中でもこのコブシを謡ふことがある。
近藤乾三『さるをがせ』(1940)
  • 207一口に云へば向ふが高く出たら低く受ける、又先方が低く謡へば、高くつけるといつた様にです。ロンギもサシも二句ある場合は一句だけは普通に謡つて、後の一句の渡すところにイロをつける、この辺の加減が六ケ敷いんです。何んでも渡すところは一体幾分静かしに謡はなくてはなりません。
観世左近『能楽随想』(1939)
  • 65音階が完全に腹に入つたならば、細かい節扱ひの研究に入るがよからう。クリ、入リ、イロ、アタリ、小節などの扱ひを会得することに努力をする。この研究が一通り出来れば、先づ謡の外形だけは整ふ訳である。
  • 99謡ひ方注意「忘れぬよりは思ひなれ」はマハシが二つありますので両方のマワシが同じ扱ひにならぬ様変化をつけて謡ふのであります。初めの分は上音で出てナビキのうちに浮かせ、次のはイロマワシですから、あたまで浮かしてイロを謡ひます。「濁る心の罪あらば」の罪のツを抑へ、あらばのアはハツキリとアタリを謡ひます。「罪科」の「ザ」はハツキリと浮かしイはイロをタツプリと謡ひます。カシラをチョン切つて謡ふ心です。「三途の」のイロ消シマワシはメラシてこめて出ます。
三宅襄・丸岡大二編『能楽謡曲芸談集』(1940)
  • 100詞の中ではワキの「謂はなきか」のイロの後、「昔の人の申しゝは。これはめでたき世のためしなり」とあります。この「これはめでたき世のためし」は、もとよりかういふものはないのであつて、「御代を崇むる譬」であると言ふのですから、心もちがなければなりません。
梅若万三郎『亀堂閑話』(1938)
  • 77–78謡の教へ方最初口びらきの稽古は「鶴亀」で、「それ青陽の」と口うつしに声を出させまして、初は棒読みだけにとゞめておきます。その次は「橋弁慶」か何か強吟物を二、三番致しまして、それから「合甫」とか「土蜘」とかのやうに、強吟もあり又、弱吟も交つてゐるやうなものを致します。弱吟の節にイロふしがございますが、まだこのあたりではイロはぬきに致しまして、上り、下り、廻し位をやさしく教へ、段々に節が出来て来ましてからイロをつけるやうにするのでございます。これから先へ参りますと、今度は又、イロをことさら目立たぬやうにして、内へとうましてイロをつけるやうに致します。然しこれはもう余程進んでからでございます。「俊寛」のクセの中に「唯成経康頼と書きたる」と云ふ所は、成経のつの字にイロがございますので、つのイロをシツカリつけてねの字を受けて落します。イロがなくても経と聞えるには聞えますが、イロをシツカリつけて落しますとたしかに成経と聞えます。このやうな所は沢山ございますから、一々申上げられませんが、稽古次第で非常に味が違つて参ります。
  • 78–79小ブシは、一句の中に、一つか、二つ位で、ヲの字のついた小ぶしと申しますのは、抑へてあつかふ事ですが、小ブシの方はイロに少し似てをりますから大きくなります。アタリは仮名によりまして小さくなるものでございます。三つ引は仮名を三字分に引きます、二つ引は持ちになりますから二字位でございます一セイの謡のトメに■■がございますが、この節はフリビキマワシと申しまして、トメのマワシをば切つて別に廻すのがよろしいので、又クセの前にあるのもイロをつけて同じでございます。他の場所ではつゞけて謡つてもよろしいのでございます。クルと入りは、一セイでは入りを二段に上げますが、合ひ方の所の入りは小さく入れる事になつてをります。
野口兼資『黒門町芸話』(1943)
  • 48節で云ひますならば強吟のフリ節の前の節は音尾をハネておくとか、振り節、張り節が続いて来れば、その前のゴマ節をハネ、振りの尻もハネて謡ふとか、又はイロ、ステなどの処は何時でも口切りして何う張つて、どう抑へて謡ふとか、さういふ事を一番毎にスツカリ覚えこんでしまふ事が肝要で御座います。
手塚貞三編『謡曲大講座 手塚亮太郎口傳集』(1934)
  • 14オ「あさましや前世に」から気を替え「かき曇り」の「もり」の二字は重く抑さへ、「盲目」の「もう」の二字むつくりと出して「とさへなり」と運び「果てゝ」の廻しをたつぷり謡ふ。「生をも」としつくりとうたひ、「かへぬ」の振り節は浮いて振り、「此世より」の「こ」の入り節は細くゆつたりと謡ふ。「中有の道に」とぼんやりと浮いて謡ひ「迷ふなり」の「ま」のイロはざんぐりと付ける。