近代芸談における技芸用語
主にシテ方の技芸にかかわる用語の索引。姿勢、視線などの重要と思われるトピックのほか、『能楽大事典』(筑摩書房)に立項される技術用語を対象としました。同表記・別意味の語を別に立項した場合(例:「運び」を歩き方と謡い方で別立項)も、逆に同意味・別表記の語をまとめて立項した場合(例:眼、目、目玉)もあります。
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ひらき(うたひ)【ヒラキ(謡)】
61–62現行の謡本には詞の「ワケ」は委く記入されてをりますが、「ワケ」て謡ふと申しましても、「ワケ」方の心持にはいろ〳〵あります。詞の「ワケ」は「ワケ」て謡つてもよく「ワケズ」に謡つてもよいところがあります。例へば安宅の「これは由々しき御大事に候」などがそれでありますが、先生(寳生九郎先生)からは「ワケズ」に謡ふがよいと教へられました。又「尋常に誅せられうずるにて候」なども「尋常に」を「ワケ」ても差支へありませんが、「ワケズ」の方がよいのです。 83–84問 ワケとダシの謡ひ方、たとへば張るとか、抑へるとか、あげるとかの点について。 答 ワケとダシとは緊密な連絡があつて、ワケたならば、ダシあと二字目であげてうたふし、ワケなければあげが二字目と限らず、段々に文句によつてあげる字があとになつて来るのである。あげるといつてもそれ〴〵心持ちがなければいけません。 84問 頭からワケで出るもので、二字のものと三字のものとが、大体に一定しだうたひ方がありませうか。 答 同じワケ方でも曲によつて心持がちがふが、二字のもので「あら」とか「この」のやうなのは初めをひくめに、二字めをあげてうたひ、三字の「されば」「これは」などはやはり、出を少しひくめに、二字目からあげるのが普通です。 84–85問 ワケでなく、ダシの前が二文字とか三文字をかの場合はうたひにくいのですか、何か教へを頂くやうな点はございますまいか。答 文字数が少ないと、調子がぬけがちだから、この点を注意して謡ふ。頭の字数が少ないものは、ワケてもうたへるが、それをワケないものには位をつけるものがあります。ワケ方にもよるが、ワケると軽々しくなる場合が多いから、ワケないで位をこめるものもあつて、一様にはいへませんが、あまりこけたり、しまり過ぎてはいけません。 85問 ダシのあと二字目からあげるのが普通のやうですが、ダシあとの謡ひ方の心得を聞せて下さい。 答 前にいつた通り、ダシのあとのうたひ方は、ワケをうけないものであつて、色々の趣をふくめたものが多い。調子と抑揚と仮名の扱ひなどで、すべて心持をつける。心持といふ詞を度々つかひましたが、謡本に「心」と記してある、あれとは意味がちがふ。つまり曲柄、人物、事柄の意味を心に持つてうたふことをいふのです。