めらす【メラス】
観世左近編『謡曲大講座 観世清廉口傳集 観世元義口傳集』(1934)
- 2ウ右の外にサシの中落し、下の内の上落しと云ふ特別のものがあります。是れ多くは習ひの節に用る所にて最も研究を要する所であります。サシの内の中落しと云へば、野宮の「物見車の様々に」と云ふ所。下の内の上落しと云へば、通小町の「深草の少将」と云ふ所などです。下のウキと申すのは、メラスと申すことで、通小町の「招くと更に」と云ふ様な所でこれ亦多く習ひ節です。
- 104然しメリハリといふことがあつて、例へば「如何に申し上げ候」といふ簡単な詞一つにも或は高く張つてうたひ或はメラして低くをさめて謡ふものがあります。脇能物から切能までの五番にはそれ〴〵五番とも別々な調子があつて、決して一様ではありまん。調子が整はずメリハリがない謡は、一番の謡が始めから終りまで一本調子となり、五番が五番とも同じやうな調子になつてしまひます。
- 92次のカヽルの「人は知らじとなう」のナウは稍強吟風に「少しは恨も晴るべきに」のハルを少しメラシて謡ひ「せめては弔はせ給へや跡」のヤとトの所ヤートとならぬ様に文字の発音その他に注意を要します。
- 99「三途の」のイロ消シマワシはメラシてこめて出ます。地の「海を渡すよりも」はシメて「これぞ希代のためしなる」とユルメます。「あれなる」とメラシて「浮州の」から次第に気を入れて早くならぬやうにジツクリと気をこめて運ぶ心で謡ひ「底に」とメラシます。「藤戸の底に」と運びをユルメて「悪竜の」から元へ戻して運びをつけ「水神となつて」と進んで行き「思ひしに」とユルメ「思はざるに」以下気をかへてスツカリ成怫した気持で謡ふことが肝腎であります。恨をサラリと捨てた心です。淀みなくスラリと謡ひます。「水馴れ棹」とメラシ「さし引きて」は心持し「生死の海を」と以下気をかへてスラリと謡ひます。「彼の岸に到りいたりて」の初句は型があり足拍子がありますからノリよく謡はねばなりません。返句はノラズにタツプリと「到り〳〵て」とメラシてシメます。「得脱の」のハリは扱ひバリに謡ひます。