脇型付『能之秘書』翻刻脇型付研究会 【凡例】 一、法政大学能楽研究所蔵『能之秘書』を翻刻する。 二、翻刻にあたっては、以下の方針に従った。 1、底本の目録の通し番号は縦に記されているが、翻刻では読みやすさを考慮して、通し番号順に横に列記した。 2、底本には改行がないが、翻刻では適宜、改行と一字下げをおこなった。 3、漢字の異体字・旧字体は、原則として通行の字体にあらためた。 4、カタカナの「ハ」「ニ」はカタカナのままにした。 5、適宜句読点をふった。 6、能の詞章や台詞と認められる部分は、「  」に入れた。アイの台詞が途中に入ると考えられる場合は、句点を付して区切りをつけた。 7、能の演目名は〈  〉で囲んだ。 8、明らかに脱字があると考えられる箇所は、推定できる文字を(  )に入れて補った。 9、衍字や誤字等は、(ママ)としてルビで示した。誤字のうち、文字が推定できる場合や、漢字の当て字については、〔  〕に入れてルビで示した。 10、注がある文字には丸付数字をふり、各曲の末尾に記した。 11、文字が入るべき箇所が空白の場合は、およその字数を□で表した。 12、難読文字は■で示し、推定できる場合は注に示した。 13、〈松山鏡〉の後には〈通盛・忠度・兼平・経政・実盛・敦盛・江口・采女・定家・夕顔〉が再掲されている。初出と再出の本文はほぼ同文であるが、若干の異同がある。異同は注に示した。 三、翻刻第一稿は、中司由起子・深澤希望・山中玲子がおこなった。二〇一九年より法政大学能楽研究所共同利用・共同研究拠点「能楽の国際・学際的研究拠点」の公募型共同研究「脇型付「能之秘書」の解読と注釈を通した能の様式化以前の演出の研究」(研究代表者:中司由起子、研究分担者:岩崎雅彦・小田幸子・大日方寛・深澤希望・山中玲子)において読解を進め、校訂本文を作成した。 【翻刻】 一 高砂 二 老松 三 呉羽 四 伏見 五 養老 六 志賀 七 難波 八 かんたむ 九 放生川 十 賀茂 十一 弓八幡 十二 白楽天 十三 皇帝 十四 道明寺 十五 猩々 十六 白髭 十七 氷室 十八 鵜羽 十九 玉井 廿 かむやうきう 廿一 金札 廿二 めかり 廿三 田村 廿四 頼政 廿五 清経 廿六 八嶋 廿七 道盛 廿八 忠度 廿九 兼平 丗 経正 丗一 実盛 丗二 敦盛 丗三 江口 丗四 采女 丗五 定家 丗六 夕かほ 丗七 松風 丗八 湯谷 丗九 源氏供養 四十 仏原 四十一 井筒 四十二 はせを 四十三 のきは 四十四 やうきひ 四十五 野の宮 四十六 千手 四十七 はしとみ 四十八 たえま 四十九 三輪 五十 立田 五十一 かきつハた 五十二 あま 五十三 は衣 五十四 舟はし 五十五 うかひ 五十六 かつらき 五十七 山うは 五十八 遊行 五十九 女郎花 六十 にしきゝ 六十一 とをる 六十二 春日龍神 六十三 ぬえ 六十四 あさかほ 六十五 西行桜 六十六 雲林院 六十七 ありとほし 六十八 関寺 六十九 そとは小町 七十 あふむ小町 七十一 通①小町 七十二 角田川 七十三 三井寺 七十四 かしはさき 七十五 はん女 七十六 百萬 七十七 うきふね 七十八 玉かつら 七十九 うとふ 八十 天鼓 八十一 こゝう 八十三 藤②戸 八十二 東岸居士 八十三 ふし太鼓 八十四 二人しつか 八十五 松むし 八十六 あこき 八十七 梅かえ 八十八 水無瀬 八十九 籠太鼓 九十 自然居士 九十一 張良 九十二 景清 せ③つたい 朝長 九十五 春栄 九十六 元服曾我 九十七 あたか 九十八 七き落 九十九 満仲 百 盛久 百一 はちの木 百二 にしき戸 百三 あふひの上 百四 せうき 百五 つな 百六 かうう 百七 舟弁慶 百八 大え せ④かひ 百九 鞍馬天狗 百十 せつ生石 百十一 金輪 百十二 道成寺 百十三 くろつか 百十四 紅葉かり 百十五 あひそめ川 百十六 松山かゝみ 百 秘傳書 ①〈通小町〉から〈景清〉までの通し番号は、ミセケチで訂正されている。 ②以下、目録の通し番号にずれあり。記事本文の通し番号と一致しない。 ③〈せつたい〉と〈朝長〉には番号がない。〈せつたい〉と〈朝長〉は割注表記。 ④〈せかひ〉には番号がない。 一  一  高砂  三大臣。はたにあわせ、上に折ものなとよし。ゑほし、ちやうつかけして。かりきぬ。大くち。呂のこしおひして。金ノ末広。まへゝ(〔まくへ〕)かゝり、次第三たんうたせ、まくを上させ、正方をゆう〳〵と見渡し、則正方より見おろし、左之足よりはしかゝりへ上り、かりきぬのあひしらひ。左右をする。はしかゝりハいかほとみしかく共長くとも、三つにおりて、一つ〳〵ハいかにもしつかにゆる〳〵と出て、まん中にて正方を見て、かりきぬのあひしらい在之。はしかゝり三つ一分をハいかにも静に出る。二分をはちと早く、さて一分にて足よりはやむる。鼓、足を見て早めかしら打かくる也。さて左ヘ向心に出る也。正方にてゆらりと見上、さて左之足を少うしろへひらき、さて右之足より引、つれと立向。三人之間、遠近無之様見合て立也。次第をうたひ、左ノ足を少うしろへ引、右よりふみ出し、正方へ四足行、左より二足引すゑ、正方にてなのり、仏神と請。正方にて名乗末、左右をたいはいし、左より開、左ヘ通立向。道行謡、返をハ、つれ衆ハかりニうたわせよ。二段めの打返より右よりふみ開、正方へ行。「高砂之浦」と云所にて左之足を少引、右より開、うたひ付て、右之きひすを上て少ふみ、右より開。扇をひろけ、二つ三つひらり〳〵として、二大臣へ向、「急候程に」と云。扇ハひろけさるか吉。但、三度仕候ハヽ一度程ハよしと言。又御年よりてハひろけて吉言。右之足を少引、左よりふみ出し、わき座へなをる。左之ひさを立、左之袖をひさの上へゆりかけ、少はしかゝりの方へ向やうになをる也。して、小謡過て立。右より二足程出て、「里人を相待」と云。「いかに」としてへ向、うたひかけよ。もんだいのうちにても、しての仕舞又ハうたひのもんく、しての心つけを能々心にかけて、わきよりもよく〳〵心をかけよ。地之小謡になりて、「実やあをきても」のあたりにて右之足より開、なをる也。大夫に向、「猶々」と言也。さし、くせまひ、いつにても、しての心を付候ハヽ面を合、能々心付有へし。「かけ共落葉のつきせぬ」所にて能々心を付也。取分ろんきは、わきとしてと也。うたひを心えて能々心を付よ。中入に心を付て。  二大臣を「いかに誰か有」とよふ。二大臣立て、右之足よりふみ出し、少前へ出、右之ひさをつき、左之ひさを立て、両の手をつき、かしらをさけ、「御前に候」と言所也。「人を尋て来候へ」。二大臣立て大鼓の前迄行、「いかに此所之人の渡り候か」と言。間出時、「少尋申度事の候間かく御出候へ」と言。先之所へ行、又手をつき、「所の者を尋て参りて候」と言。本ノ座へも又笛の前へなり共、なをる也。間出る時、「近かう渡候へ」。「是ハ九州ひこの国あその宮之神主にて候か、此所初而一見ノ事にて候。此所におゐて高砂の松のいわれをかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物語候物哉。尋申事余の儀にあらす。さいせんも申ことく、此所はしめて一見之事にて候か、何となく此所一見仕候処ニ、いつくともなく老人ふうふ来、高砂すみの江のいわれ、只今御身の御物語とひとしく懇にかたり、其後あれ成みきわに立寄、すみよしに先行、あれにて待申さんと言すて、小舟に取乗、何方共なくをし出すと見て姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申て候。さあらハ我等も舟にのり、急すみよしへ参うするにて候」。「頼申さうするにて候」。立て、右よりふみ出し、少前へ出、つれ衆と立向。謡、本之様ニ又なをる也。帰る時ハ右ノ足よりふみ出し入也。又「九州ひこの国あその宮神主」と言事を後に言たるもよし。所により又時によるへし。 一  二  老松  三大臣。道行、付候而。「神慮もわか」の時分ニ、下に居る也。「北」「南」と心付る。「左に」と右を見る。「右に」と左を見る也。「此松俄に」と心在之。  二大臣に間をよはせ、「近う渡候へ」。「是ハ都のにし梅津のなにかしにて候か、当しや初而一見之事にて、当社におゐて松梅のいわれかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物語候物哉。尋申事よの儀にあらす。さいせんも申ことく、是ハ都より下、当社初而参詣申、何となく是成松梅を詠候処に、何方ともなく老人一人、又若きおとこ一人来候程に、聞及たるとひ梅トハ何れの木を申候そと尋申て候へは、是は御身の御物語と一しく、とひ梅のいわれ懇にかたり、又老松の子細さま〳〵かたり給ひ、其後すかたを見うしなひて候程に、しはらくこの所に逗留し、いよ〳〵御つけをまたうするにて候」。立て、うたふ。つねのことく。 一  三  呉服  三大臣。付而。  二大臣ニ、間をよはせよ。「近かう渡り候へ」。「此所をは、呉服の里と申し候か」。「是ハ当きんにつかへ仕る臣下にて候か、せつ州すみよしに参詣申、それより浦つたひ、此所初而一見の事にて候。此所におゐて呉服鳥あやは鳥のいわれ存ならハ、語て御聞せ候へ」。「懇に御物語候ものかな。尋申事よの儀にあらす。さいせん申ことく、此所初而一見の事にて候か、此松原にあたりはたものゝをとの聞え候程に、立寄見候処に、いとなまめける女性二人見え候か、一人ハはたをおり今一人ハ糸を取引、つねの里人とはみえす候程に、是ハいか成人にて渡り候そと尋申て候へハ、呉羽鳥あやは鳥のいわれ、只今御身の御物語と一しく、さま〳〵かたり給ひ、其後庭鳥もまたなかす候程に、夜長く共待給へ、姿をかへて来らんと言すて、すかたを見うしなひ候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申候。さあらは此松かけに逗留し、弥々きとくを見うするにて候」。立。 一  四  伏見  三大臣。付而。なをる。  「近かう渡り候へ」。「是ハ和州春日の明神に参詣申、それより当社に参候か、此ふしみ山におゐて白菊のいわれ御存ならハ、かたつて御聞候へ」。「懇に御物語候物哉。尋申事よの儀にあらす。さいせんも申ことく、当社初而参詣申処ニ、いつく不知老人、又若男一人、白菊を持て来候程に、ふしんをなして候へハ、只今御身の御物かたりと一しく、此伏見山におゐて白菊のいわれさま〳〵かたり給ひ、其後是ハふしみのおきなゝるか、御代を守給ふと言捨て、すかたを見うしなひて候程に、ふしんに存候て、さて尋申て候」。「心得申候。さあらは此所に逗留し、弥々きとくを見うするにて候」。 一  五  養老  三大臣。付而。「扨は是かと立寄みれは」の時、して次第に立寄体也。 一  六  志賀  三大臣。付すに、「しかの山に付て候」。なをる也。  「近ふわたり候へ」。「是ハ当きむに御仕しんかにて候か、此しかの山桜、今をさかりなるよし申候間、此所初而一見の事にて候。此しかの山におゐてくろぬしのいわれ存ならハ、語りて御聞せ候へ」。「懇にかたり給ふ物かな。尋申事よの儀にあらす。此所何となく花を詠候処に、老人一人、又若男一人来候而、薪に花をおりそへ、此所にやすみ候程に、おもかるへき薪に猶花の枝を折そへ休候ハ、これハ薪のおもさに休候か、又心有て休候かと、ふしんをなして候へハ、只今御身の御物かたりと一しく、いろ〳〵古歌なと引給ひ、其後此しかの山路に帰るとて、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申候。しハらく此所に候て、弥々花を詠ふするにて候」。立。 一  七  難波梅  三大臣。付而。なをる。余の儀なし。 一  八  かむたん  二人。はなしもとゆひ。わ①さた。から折。又ハ折物ハと((ママ))きて。そはつき。大口。末広をしやくさしにして。こしをかき、「かんたむの枕にふしにけり」をうたひすへて、「いかに」と言。合め、ぬけぬやうに、はしかゝり長たんを心得て出る也。太鼓のわきにこしをおろし、扇をぬき、たいのそはへつる〳〵と行。右之ひさをたて、左をつき、左の手をもつき、扇にてたいを二つたゝいて、うしろへ少のき、両の手をつき、右のひさを立て、「いかに」と言出す。「玉のみこしにのり(の)道」の時、こしを二人してかき、つれハ左の、わきハ右也。して、たいへ上らハ、笛の前へなをる。こしをハつれ請取、大鼓のうちのわきへ戻りて、是も笛の前へなをる也。又大臣ハ夢の舞をさきに立、出る。大臣、ゑほしの前を少おりきる也。つれも同し。ちこをわき正方へなをし、其つき〳〵になをる也。立て、大鼓の前へ出。右之ひさをつき、左のひさを立、両の手を付、「いかに」と言、「たみさかへ」とかしらをさくる也。立て、もとの所へなをる也。但金春にハちこへ扇をひろけて、しやくをし、それよりなをる也。「皆きえ〳〵」の時、笛の前へなをる也。京にハ、こしかきを本脇とす。下にハ大臣を本脇とする也。 ①「わさた」は「はさら」の誤写で「ばさら髪」のことか。 一  九  放生川  三大臣。付而。  間、よはせ来時、「近うわたり候へ」。「当社におゐて、放生川のいはれ語て御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候ものかな。尋申事よの儀にあらす。是はかしまのしんしよくにて候か、けふハ八月十五日、当社之御祭ニ候由承及候間、参詣申候処に、老人一人、若男二人、うほゝもち来候ほとに、けふハみな〳〵神事とて、しやう〳〵のき敷(〔式〕)すかた成に、おきなにかきり、うほゝ持、放生のわさふしんにこそ候へと申て候へハ、只今御身の御物語と一しく、いけるをはなつまつり成と申、其上さま〳〵の事委敷かたり給ひ、其後武氏の神ハ我なりと名乗給ひ、あれ成山上にのほり給ふと見て、すかたを見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申候。此所におゐて、重而きとくを見うするにて候」。 一  十  かも①  先、作物出す。三大臣。付而。作物を見て、「是成川辺」と言。狂言、神楽か、おん田か也。 ①曲名の後に一折分の空白がある。 一  十一  弓八幡  三大臣。付而。して次第に弓を取也。何時も上手に取也。正方へ向。有難と思ふ心を思ひ入て、弓を下に置、なをる也。  間をは、二大臣によはせよ。「当所の者」と、よはせたるかよし。間、来る時「近う渡り候へ」。「是ハ後(宇)多院に仕へ奉る臣下にて候、当社におゐてくわの弓よもきの矢にて、世をおさめしいわれ存ならは、語て御聞せ候へ」。「懇に語候物哉。たつね申事よの儀にあらす。是ハ当社初而参詣申候処に、老人と若き男二人来られ候か、老人ハ弓と見えて、にしきの袋に入て持来られ候ほとに、ふしんをなして候へハ、只今御身の御ものかたりと一しく、懇にかたり給ひ、其後我こそかわらの神と名乗、御神たくうたかうなとの給ひ、すかたをかきけすやうに見うしなひて候ほとに、なんほうふしんに存、尋申て候」。「心え申候。此所にしはらく逗留し、弥々御しんたくをまたうするにて候」。立て。 一  十二  白楽天  三大臣。但本脇一人ハ、たうかふり。いろ有はちまき。たううちわにても、又末広にても。まくへかゝり、おきつゝみを打せ、笛、ゆりをふき出すをきゝ、まくをいかにもたかく上させ、いかにもしつかに出て、正方にて名乗。次第の時、道行うたひ出す様ニ、つれ衆と立向。つれハ本脇名乗間ハ、太鼓のわきに右之ひさをつき、左之ひさをたてゝ、笛之方へ向。二人なからつくはひ、但う①ほつなるき、脇名乗はてゝ、道行付て。なをる也。詩をつくる時、正方へ向。少安する心持在之。さのみ安したるハ悪し。「水にすめる」の時分に本座へ、なをる也。 ①「うほつなるき」は難読。誤写か。または脱文があるか。 一  十三  皇帝  たうかふり。色はちまき。かりきぬ。大口。末広。大臣二人つれて。先、たい二つ、いたす。さてまくへかゝり、らむしやうを打せ、さてまくをいかにも高く上させ、いかにもしつかにゆる〳〵と出る也。脇正方のたいへ右之足より上り、大臣柱之方へ向。ちと角かけて、左之足を上にくみ、なをる也。大臣二人ハ笛之前に、鼓之前になをる也。けんを左之ひさの下、せんむしろより下へ入、つかを少出し、取能様に入さする也。いかにもをししつめて、「春ハ」とうたひ出す也。「木の間の月もおほろ」のあたりにて、きひのひきまハしをとらする也。大夫出て、「いかに」と言時、左へ向。左之足を立る様にして、うたふ也。右へ向も有。是ハ悪し也。中入に、してに心を能々付也。  きひに向、「いかに」と言也。「彼御枕にをくへき也」之時、二大臣に向、言渡す也。二大臣は「ちよく諚尤」と言々立て、太鼓之わきなるかゝみをとり、ふたいさき、少きひの方へよせて、さきを通程直て置也。「ふしきやかゝみの其内に」と言時、かゝみを見る也。きひにハ心を不付、かゝみ計に心付也。「御門ハ是をゑひらん有つて」と言時、のひ上り、かゝみをはつたと見て、「つるきをぬいて」の時、扇をすて、けんを取、立見から、あつきを見て、「のかすまし」と言時、心を能付る。「つるきをふり上」之時、左の足よりおり、けんをふり上、一刀きり、見うしなひたる体をする也。きひのたいへ上り、右之手にて柱をかこひ、「ふしきや」と正方をはるかに請て言。「おそろしけれ」と言時、うしろへ二足三足程のくやうにして、右之足をゝろし、こしをかけ、左之ひさをさきにたて、跡より入也。かりきぬの袖を、いとにてとちたるか吉也。 一  十四  道明寺  三人僧也。大口をきる也。道行付也。立て、「いかに」と言也。「さらハやかて御供申候」と言也。してのをしへ候様にする也。「是にて木けんしゆ」と、をしへ候処を見る也。「神仏一女(〔如〕)成」之時分に、本座へなをる也。 一  十五  猩々  一人。はなしもとゆひ、たうもとゆひして。はつひにて、そはつきにても。折物成とも、うつくしき物をきて。大口。末広。名乗て、道①行を置て、「かけをたゝへて」と、脇の居座をみて、脇之居座にて、うたひはたすほとに分別して、そろ〳〵と行。うたひはてゝ、なをる也。 ①「道行を置て」は「道行を過て」の誤写か。 一  十六  白ひけ  三大臣。付而。立而也。 一  十七  氷室  三大臣。付而。立て也。 一  十八  鵜之羽  先、作物出す。三大臣。付而。「是成」と、かり殿を見てなをる。立て。かたりの時、してすわらは、すはる。又、立てかたらハ、立て吉也。して次第也。「袖をひかへて」之時、袖をひかゆる心する也。二足程出る也。  二大臣に間をよはせよ。「在所のものか、近う渡候へ」。「是ハ当君に仕へ奉臣下にて候。此所にをゐて、うのはふき合すのいわれ、わきてハとよ玉ひめのしさい存ならハ、語て御聞せ候へ」。「懇にかたり給ふ物哉。尋申事よの儀にあらす。当社初而社参申、心静に一見申候所に、何方共なく女性二人来られ候程に、是成かり殿につき、ふふ((ママ))しんをなして候へハ、只今御身の御物語と一しく、懇に語給ひ、其後とよ玉ひめハ我成と言すて海上に立と見て、姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに存、尋申て候」。「心得申候。此所に逗留し、重而きとくを見うするにて候」。立て。 一  十九  玉の井  先、作物を出す。二人。本わき一人。たうかふり。はちまき。かりきぬ。大口。末広。まへゝ(〔まくへ〕)かゝり、をきつゝみを打せ、出る也。つれ二人ハ〈白楽天〉のことく也。正方にて名乗、そのまゝ道行うたひ、付而。つれハなをる。正方へ向、「扨も」と言出す。正方を近くみて、「是にるりのかわら」と言。「門前に玉の井有」と、井つゝをみる也。又「ゆつのかつらの木有」と木をみて、「此木のかけに」とたちより、心しつかに居也。立て、「我此玉の井のほとりにたゝすむ」と言。木のかけに身をかくし、たゝすむ体也。「あらわれたる」と言時、少出る心也。「さらハやかてともなひ、宮中へ参候へし」と言、脇座へなをる也。「尊ハ御座を立給へ」と言所にて立て、「五ちやうのわにゝのせ奉る」と言時、左の足よりのる心して、入也。 一  二十  漢陽宮  先、して出て、なをる也。大臣ハ、して柱之内、脇正方になをる也。本脇ハ、はなしもとゆひに、たうもとゆひをして。折ものなと、うつくしくきて。はたには、ねりに、こうはいなと重而よし。そはつき。大口。けんをはき、末広を持。つれも同し。まへゝ(〔まくへ〕)かゝり、一声を打せ、出て、はしかゝりのまん中に、つれの居て謡程に出よ。つれハ跡に出る也。左之足を少引、右之足を引すゑ、正方へ両人なから向。うかかうてうたひ、出、正方をはるかに見て、「山遠して」とうたひ出す。「やたけの心」をハ、向相てうたふ也。「やう〳〵行は名も高き」にて正方へ向、少行て「漢陽宮」と、つれ之方へ付也。つれは、かしこまり待。わきハ松之所まて行、「そうもんと」言。狂言、出て言也。大臣聞て、してへ言、笛の前へのく。両人なから、刀を出す。正方を請て、うたひ出す。「おくれたり」と、つれを見る。「はんゑきかくひ」と、扇をひろけ、正方にをき、たいの右へ立のき、下に居也。わきハ、さしつのはこをとり持て出て、笛之前へのき、なをる。「けいかハ期したる」と言時、けんをとり、たいへ上り、して之むね、かりきぬの下へ手を入。両人なから、けんをむねへさしつけ、居る也。左之ひさをつき、右のひさを立て、両人なから同し。「いかにしんふやう、何と有へきそ」と談合する心也。「君聞や〳〵」之あたりより、少〳〵ねふり、又ハさめ、又ハねふり〳〵する也。「二三へん」の時分よりは、本〳〵にねふる体也。又、かりきぬの袖に取つくも在之。大夫次第也。「御衣の袖をひつきり」と言、しんふやうハ、うしろへころひ、たいよりおつる。けいかハ右之方へころひ落也。立て、ゆめのさめたる体にて、おき上り、柱に立かくれ候時、ふしんノ体在之。「いかりをなして」の時、いかる体也。けんを御門へ、なけかくる。乍去あたらぬやうに、なくる也。「やつさき」と言時、とうとふし、大夫次第におき上り、入也。 一  二十一  金札  一人。大臣也。をきつゝみにて出、名乗。道行、不付に。なをる也。立て、うたふ。「参りて拝こそ」にて、なをる也。札を大夫より渡時取て、「実々」と言也。さし上、少正方へ向、左之手にてさし上、右之手をそへて、「抑」と言出す。「事もおろかや」と、大夫を見て言也。札を下に置也。 一  二十二  和布苅  三人。本脇ハ、かさ折に、白物なときる。よりかりきぬ。大口。末広。つれ二人ハ、かみしも。かみをゆひて。しつめ折。同、正方にて名乗。つれハ太鼓の脇に、つくはうて居也。サシより、つれ立ち、付る也。道行にハ立、向。不付に。なをる。うたふ。小うたひ之返にて下にゐる。  中入之間に、たまたすきを上る也。たいまつと、かまとを出してをく。「かんぬしたいまつふり立て」と、一くをハ下にゐて、うたふ。うたひ〳〵、たいまつを右にて取上、左へ取、右にハかまを持。うたひの返にて立。岩間をつたふ仕舞也。たいまつをふり立て、三かまかり、左之足より少開。右へまハり、正方を見帰り、「本之ことく」とみて、思ひ入をして、入也。太鞁之わきに、かま、たいまつをすてゝ、入也。ほこを持ならハ、かまをこしにさし、右にほこを持。めをかる時、ほこを下に置。かまをぬき、かりて、かまをこしにさし、右へたいまつをとり、左にほこさきをうしろへなし、かへる。 一  二十三  田村  三人。上り僧也。道行、付而。なをる。立て、南北を見てうたう。「さそう花とつれて、ちるや心なるらん」。其時わかれて、なをる也。  立て、大鼓の前まて行。「いかに当寺門前之人の渡り候か。少尋申度事候間、是へ候御出へ」。「是は東国方者にて候。当寺初而一見之事候。当寺□□子細わきてハ田村丸之いわれ御存ならは語て御聞かせ候へ」。「懇に御物語候物哉。尋申事よの儀にあらす。さいせんも申ことく、是は東(国)方之者にて候か、当寺初而参候処に、やことなき人うつくしき玉ハヽきをもち、花のかけをきよめ候程に、是ははなもりにて候かと申て候へハ、さん候花守とや申さむ、又宮つことや申へき、いつれによしあるものと思候へと仰候程に、当寺之らひれき尋申て候へハ、懇にかたり給ひ候程に、又見え渡りたる名所を尋候へハ、懇にをしへ候程に、御身ハ誰にて候そと申て候へハ、我か行かたを見よと候て御身御物かたりのことく、是成内ちんに入給ふとみて、姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに存、さて尋申て候」。「心え申て候。暫此所に逗留し、田村丸之御跡をも懇にとふらひ申さうするにて候」。立ても、又ハたゝすも同し。 一  二十四  頼政  一人。下僧也。少付之正方へ向、さしをうたふ也。「山の姿、川のなかれ、遠の里」之心在之。してによはれて向也。さて「あれに一村の里」の心在之。「是に見たる小嶋かさき」の心。「むかひに見たる寺」之心。「平等院」おもしろき心。「扇のしは」の心。是ハ、しての腹切所をさして見る也。してへよく〳〵とふ也。物語りに、してすわらハ脇もすわる也。して次第也。  立て居、間をよふ也。「在所之人の渡候か。少尋申度事候間、こなたへ御出候へ」。「此所におゐて源三位頼政之しかひしはて給ひたるいわれ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候。尋申事よの儀にあらす。おことより以前に老人一人来、此所之名所旧跡残無をしへ候程に、此しはにつきふしんをなして候へは、只今御身の御ものかたりと一しく、頼政かせんに打まけ給たる所を懇にかたり給ひ、其後我より政かゆうれひと候て、此しはのほとりへ立寄給ふと見て、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、尋申候」。「心え申候。さあらハ此所に逗留し、頼政の御跡懇にとふらひ申さうするにて候」。不立に也。 一  二十五  清経  おりすちなときて。茶せんかみゆひかけ。すわふ。大口。こしおひしめ。おり笠をき。刀さして。守をくひにかくる。次第、笛之方へ向、謡也。次第過、かさをぬき、左之手に持方にて名乗。道行之打返にて、かさをきる也。付すにと言。「こなたへ」とよはれて、かさをすて、よりて右之ひさをつき、左之ひさを立、両之手をつき言。小うたひになり、手を上る。又手を付、「いかに申上候」。かたみを取出、扇をひろけ、すゑて立。つれ之前へ行候て、右の手ひさをつきて、さし上る。取候てからのき、扇をしほめ、笛の前へのき、なをる。 一  二十六  八嶋  三人。下僧也。付而。なをる也。立て、正方へ向。「塩屋のあるしの帰て候」と言。二足三足ほと出、宿をかる也。「扨なくさみハ浦の名」之返に、本の居座へなをる也。中入に心を付る也。  狂言、必かゝる也。「何とて」と、ゝかめられて、「いや、是ハ此屋のあるしにかり申て、とまりてとまり((ママ))て候」。「いや是ハ正かり申てとまりてハ候へとも、乍去いにしへ此所ハ源平両家のかせんのちまたと承及候間、其いくさ物語か承度候。御存ならハ語て御聞かせ候へ」。「懇に御物かたり候物哉。尋申事よの儀にあらす。是ハ都かたのものにて候か、此所初而一見之事にて候。此所におゐて日の暮候程に、此塩屋に立寄、一夜を明し申さうすると存、此所やすらい候処に、老人と若き男と二人来れ候程に、此塩屋のあるしにて候ハヽ、宿をかし申されよかしと申て候へハ、安事なれとも、しほやのうち見くるしく候と被申候程に、くるしからぬと申て候へは、宿をかされ候程にとまり申、いろ〳〵雑談など候程に、只今御身に尋申候ことく、源平之かせん之様体を承度由申て候へハ、只今御身の御物かたりと一しく懇に語ひ、其後よしつねのうきよの夢はしさまし給ふなとの給ひ、此しほやを出ると見て、姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに候よ」。「心え申候。此所暫逗留し、懇にとふらひ申、其後何方へも罷通らふするにて候」。立ても居ても同し也。 一  二十七  道盛  弐人。常之僧也。きやうをふところへ入、出也。正方にて名乗。脇座にて、こしをかくる。つれハ名乗之間ハ、太鼓のわきにまちて居て、こしをかけてから立て、脇の下になをる也。こしをかけてから、おししつめて、「いそ山」とうたひ出す也。後ハ立すにうたふ也。「お経をひらき」の時、開、とくしゆする也。「あらうれし」まて経をよむ体也。中入に能々心を付る也。  間、かゝる。知人也。ふしんを立合、間かたりする也。狂言よりふしんをたてられて、中入也。様体をかたる也。後ハ其まゝ謡也。大夫出て、つか〳〵と来時、立て、少出て、「によか」と、かつしやうして言也。してと一度に、すハる也。後ハこしを不懸也。 一  二十八  忠度  三人。下僧也。道行、不付に。「宿をからう」と言、なをる也。立て、中入に心を付也。直に太このまへまて行、間をよふ。「少たつね申度事候間、是へ御出候へ」言、本座へなをる。  「此所にてさつまのかみ忠度のはて給ひたるいわれ存ならハ、御物語候へ」。「懇に御物かたり候物かな。尋申事よの儀にあらす。是ハ都方の者にて候か、此所初而一見の事にて候か、此所にて宿をかり①、又ハ②花のかけ程之候へきかとの給ひ候程に、誰をあるしと定候へきと申て候へは、それにつき只今御身の御物かたりと一しく、いろ〳〵歌物語なと申③され、其後都へ帰りて御言伝すへき由申、是成花のかけにて姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心え申候。懇にとふらひ申さうするにて候」。「心え申候」。「先々都に」と、うたひ出してから立也。 [再出との異同] ①「かり」の後に「候ヘハ」が入る。 ②「又ハ」がない。 ③「され、其後都へ帰りて御言」がない。 一  二十九  兼平  一人。つね之僧也。道行、付而。なをる也。立て、「なふ〳〵」と云。「とく〳〵めされ」と云時、右之足より乗。下に居る也。「いかに舟頭殿」と言也。「先向に見えたる」と見て、名所浦山と、それ〳〵に心、目、かほ、身をもやる様にして謡也。してと言合て、身をやるなり。正方へ、すみかけて居也。大夫、中入之時、いかにもふしんなる体をして見る也。  狂言、出て、ふしんを立る時、「是ハ向より舟をかり候て、此所へ越て候。それにつき不審成事の候。少尋申度事候間、こなたへ御出候へ」と言、舟よりあかり、居座へなをる。間、出る也。「別成事にてもなく候。今井の四郎兼平のあハつか原にてはて給ひたる様体、御存ならハ語て御聞かせ候へ」。「懇に御ものかたり候物哉。尋申事よの①儀にあらす。是ハ兼平の御ゆかりのものにて候か、御跡弔申さんため此所参候処ニ、向にて便舟をこひ、舟に乗候へハ、舟中にて見え渡りたる浦山名所旧跡を尋申候へは、こと〳〵くをしへ給ひ、其後此所あはつにはやく付と斗言すて、姿を見うしなひて候程に、不審に存、さて尋申て候」。「心得申候。此所に逗留し、弥々②兼平の御跡懇に弔申さうするにて候」。後ハ其まゝ。 [再出との異同] ①「よの」がない。 ②「弥々」がない。 一  三十  経正  一人。下僧。大口也。又うつほにても吉。道行、不付に。正方へ行、立て居也。して、出る時、「ふしきや」と其まゝ向也。「まほろしの」返にて、すわる也。 一  三十一  実盛  三人僧。本脇ハ大口也。うつほにも吉。わき座に、こしをかくる。狂言、口明を言候て、うたひいたす。つれ二人ハ、つゝみのまへに居也。道行過てから、脇座へなをる也。して出ても、其まゝうたふ也。  間、かゝる也。「何とてけふハおそく参候そ」と言。「色々①不審成事の候。此所にて斉藤別当実盛のはて給ひたるいわれ、存②ならハ語て御聞せ候へ」。「懇に御物かたり祝着申候。不審成事候。よの儀にてハなく候。おことのふしんのことく、何方とも知す老人一人、此間日中の③せうみやうにおこたらす参候間、いか成者そ名を名乗と申候へ④ハ、名をハなのらて、実盛のはて給ひたる様体を懇にかたり給ひ、其後御身⑤御物語と一しく、我実盛かゆうれいと言捨、あの池の辺に立寄と見て、すかたを見うしなひて候ほとに、なんほうふしんに候」。「さあらハあの池の辺にて、懇に弔申さうするにて候」。立てうたひ、正方へ向、かつしやうして、「南無あみ」と言也。其間にこしかけをとらせて、後ハこしをかけす。 [再出との異同] ①「色々」の後に「ふしんせられ、それにつき、くそうも少し」が入る。 ②「存」の前に「御」が入る。 ③「の」がない。 ④「名をハ」がない。 ⑤「身」の後に「之」が入る。 一  三十二  あつもり  一人。ゐ中僧也。次第を笛之方へ向、うたふ也。道行、付而。正方にて、せりふを言、なをる。立て、「いかに」と言。「身のわさの」、小謡にてすわる也。但、してにうかゝい立て、仕舞なと在之と言ハ、立て居也。  立て、在所の者をよふ。狂言より、かゝる事も在之。「少尋申度事候。此所におゐてあつもりのはて給ひたる様体をかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候。近比面目もなき申事にて候へとも、是は熊谷の次郎直実かはてにて候」。「心①え申候。只今の御物かたりを承候むかしを思ひ出て落涙仕て候。弥々此所にて御経をよ②み弔申さうするにて候」。立て、うたふ。但、其まゝもよし。 [再出との異同] ①「心え申候。只今の御物かたりを」がない。 ②「よ」がない。 一  三十三  江口  三人。下僧也。付而。つれにせりふを言、なをす。太鼓の前にて、「いかに里人之渡候か」。「此所をハ江口の里と申候か。此所にて江口の君の旧跡ハいつく之程にて候そ」。「さあらハ立寄弔申さうするにて候」と言。ちと高くよりて。大夫にとひ合所ハ、大夫次第に見て、「さてハ」と言出す。「あらいたハしや」と言、正方へ行。立て居て、大夫によひかへされて、「ふしきやな」と言也。  大夫中入之時、直に太鼓の前まて又行、「いかにさいせんの人の渡候か」と、間をよふ。「少尋申度事之候間①、こなたへ御出候へ」。「此所にて江口之君のいわれ御存ならハ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御ものかたり候もの哉。尋申事よの儀にあらす。さいせん御身②御をしへ給ふことく、江口の君の旧跡をたゝ何となく弔候処に、いつくともしらす女性一人来、江③口之君の御事懇に語、其後我こそ江口之君④也(〔之〕)ゆうれいと名乗、是成河竹之ほとりにて、すかたを見うしなひて候程に、ふしんに候て、尋申⑤て候」。「心え申候。此所に逗留し、江口之君の御跡を懇に弔申さうするにて候」。「いさとふらいて」の時、立也。 [再出との異同] ①「間」ではなく「て」。 ②「身」の後に「の」が入る。 ③「江口之君の御事懇に語、其後我こそ」がない。 ④「君也」ではなく「君之」。 ⑤「申」がない。 一  三十四  采女  一人。常の僧。道行、付而。正方へ向、「うれしや」と言、なをる。立て、さる沢の池をみる心。して次第の心也。小謡にて、なをる。  中入に立て、「いかに此所の人①渡り候か」。狂言出時、なをりて、「うねめの君のいわれ御存ならハ語て御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀に②あらす。是ハ諸国一見之僧にて候か、此春日の明神へ初而参候処に、何方共なく、女性一人来、此春日山の子細さま〳〵語給ひ、其後是成猿沢の池へともなわふすると承候ほとに、参りて候へは、思ふ子細之候へハ、此池の辺にて仏事をなせと承候程に、安間の事にて候、扨誰と心さし、ゑかう申へきと申て候へハ、さま〳〵かたり給ひ、其後我ハ采女の君のゆうれいと承、此池水に入せ給ふと見て、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、扨尋申申((ママ))て候」。「心え申候。さあらハ此池の辺にて御経をよみ、仏事をなし申さうするにて候」。下に居なから哥をよみかへす也。 [再出との異同] ①「人」の後に「ノ」が入る。 ②「に」がない。 一  三十五  定家  三人。白、紫、黄ハ、はるし。次第、道行、つねのことし。付而。つれ衆①ハ、なをる。わきハ正方向、「面白や」と言。「あら咲止や」と、時雨を見る心。「是成宿り」と、わき座を見て、立寄心也。してに、よハれて向ふ。うたふ也。「実々、是成かくをみれは」と、正方の上の、けたのとをりを見てうたふ也。つかへ行時ハ、して次第に行。つかを見て、「あらふしきや」と言。小謡にて、なをる。  立て、「いかに此所の人の渡り候か」と言。狂言出る時、「是ハ北国方の僧にて候か、此所初而一見の事にて候。此所②におゐて、定家卿のいわれ、分てハしよくし内しんわうの御事、御存候ハヽ、語て御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。さいせんも申ことく、是は北国方の者にて候か、此所初而一見仕候処に、俄時雨のふり来候程に、是成一宿りに立寄、時雨をハらさはやと思ひ候処に、何方共知③す、女性一人来、何とて其やとりへハ立寄候そと承候程に、只今の時雨をはらさん為に立寄候と申て候へハ、是ハ定家の卿の立おかれた④る時雨のちんにて候と承、其後無所へ供なわふすると承候程に、参候へは、是成石たうハしよくし内しんわうのみはか成、又此かつらをハ定家かつらと申⑤由承⑥候程に、定家かつらとハいかやう成いわれにて候そと申て候へハ、定家かつらのいわれさま〳〵語給ひ、其後しよくし内しんわう、これまて見え来たりと承、此石たうの辺にて姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、扨尋申て候」。「心得申候。此所にしはらく逗留し、定家の卿又ハしよくし内しんわうの御跡、懇にとふらひ申さうするにて候」。後ハ立ても、すわりても、くるしからす。出はより、ふし儀のこゑと思ふ心在之。「是見給へ」の時、「あらいたわし」と言て、立て前へよりて⑦、出る時、本座へなをる。よく〳〵心を付る也。 [再出との異同] ①「衆」ではなく「方」。 ②「所におゐて、定家卿のいわれ」がない。 ③「知す」がない。 ④「たる」ではなく「さて」。 ⑤「申」の後に「の」が入る。 ⑥「承」ではなく「給」。 ⑦「よりて」の後に「又其まゝにても。かつせうして」が入る。 一  三十六  夕かほ  三人。但、一人にても。白、紫、黄ハ、はるし。茶か、あさきなと吉。名乗過、さしより、つれしゆ、うたひ出して足①立。道行、つかす②。つれハ、なをる。わきハ、かくやの方を見て「あの屋(つ)ま」と言、なをる。中入を見す。  「いかに此あたりの人の渡候か」。狂言出時、「少尋申度事之候間、こなたへ御出候へ」。「是は豊後の国より出たる僧にて候か、此所におゐて、何かしのゐんのいわれ③御存候ハヽ、語て御聞せ候へ」。「懇に御物語候者哉。尋申事よの儀にあらす。さい前も申ことく、是ハ豊後の国より罷上、此所何となくやすらひ候処に、何方共知す、女性一人、歌をきんして来候程に、ふしんをなして候へハ、何かしのゐんのいわれ懇にかたり、又夕かほの上のいわれ、我か身の上に言なし、姿をかきけすやうに見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心え申候。此所におゐて懇にとふらひ申さうするにて候」。立て、かつせうし、なをる。但、御前の能ならハ、正方へ不向、わき正方を請也。 [再出との異同] ①「足立」がない。 ②「す」の後に「に」が入る。 ③「いわれ」の後に「わきては夕かほの上のいわれ」が入る。 一  三十七  松風  一人。白、紫、黄ハ悪し。茶、あさき吉。名乗、ちとひきく名乗。左の足よりひらき、大鼓の前にて、「いかに在所の人の渡候か」。狂言出る時、「あれ成いそへに用有けなる松の候。いか様いわれのなき事ハ候まし。語て御聞せ候へ」。「心え申候。さあらハあのいそへに立寄、懇に弔ひ申さうするにて候」。右ノ足をうしろへふみひらき、左よりふみまハり、正方へ向。高くより、松をゆらりと見、「さてハ」と言出す。「哀さよ」と松に心をふかく付也。「かやうに」から、かをゝかへて、「けに秋の日」と西の空を何となく人の目にかゝらぬやうに、ゆら〳〵と請て、「あの山本」と、大臣柱の方を遠〴〵と見て、「是成」と脇の居座を見て、うたひはてぬ内に、少こしをもすへ、手をも両をよするやうにして、左より少ふみ出し、何共無なをる也。ろんきはてゝ、立、正方へ少向、「塩やのあるし」と言。右より二足三足程ふみ出し、つれへ向、宿をかる。シテへ少も心を付す。「さらハこなたへ」いわれ、少笛の前へさかり、下に居也。下に居時より、してに心を付る。「わくらハ」の歌を詠内、してもつれも、なく時、「あらふしき」と、両のかほゝ能々見合也。「こひくさ」の小謡にて、打返の間にて、なをる也。 一  三十八  湯谷  いかにもうつくしき物を花やかにきて。かさ折。ちやうけん。大口。末広。太刀持ハ、かみをゆひ。かみしも。刀さし、しつめ折。たちを右の手にもつ。わき、名乗の間、して柱のうちに①、りしてよむ心にひろけ、文のうちにならい在之。「たゝ、しかるへくハ」の時、ならひ在之。文のうちハ、つねの文よむ心もち也。ふみはてゝ、本座へなをる。「はや御出」の時、立て少前へ出、正方へ向、立。太刀持も扇をさしゐる。車にのり、ひたりのあし、ならひ在之。太刀を取、笛の前ニ置。下かゝりにハ太刀持ハ、たゝす。ろんきはてゝ、本座へなをる。こしをかけす。「いかに誰か有」と言。太刀持、扇斗にて立。「御前に候」と言。太刀持立て、あさかほの左のかたへ行、かしこまりて、「いかに」と言渡、本座へなをる。たゝし、下かゝりにハ、つれ、はや〳〵帰れハ、してへすくに言渡也。「わらハお酌」の時、扇をひろけ請る也。そのまゝ「さらハ一さし」と言。「実々」、時雨の心在之。たんさくを一くたりか、二くたりか、心を付て見て、一くたりならハ、下ノくを聞。又、二くたりならハ、よむへし。たんさく、さかさまならば取なをせ。してより、とりなをし渡さハ、そのまゝ、さしあけ、両の手をかけ、よむ也。「実あわれなり」と言時、たんさくを下に置也。 ①「うちに」から「りしてよむ」の間には、脱文がある。 一  三十九  源氏供養  三人。紫ハ、ヽるし。衣ハ何色にても。経のひもをときて、ふところに入て。大口ハきても、きすにも。同ハきぬか吉。道行、付す。つれ二人ハ小鼓、笛の所になをる。正方へ向、わき、立てゐる。して「なふ〳〵」と言れ、向。中入に心を付る。  立かゝり、つれ衆へ「なふ〳〵」と言。つれをもたてゝ、石山へ行。道すから、語体也。笛の前にて、かたる也。かたりはてゝ、ふたひのまん中より少脇座へより、下にゐて、正方へ向。つれ衆ハ、うしろに三つかなわにゐて、「さて石山」と言出す也。うたひはてゝ、わき座へなをる也。後ハたゝすに、うたふ也。さしのうち、「今あひかたき」の時分、あふきをさし、しゆすを右へとり、経を取出し持て、立。三足、四足程前へ出、正方へ向。左のひさを立、かしこまり、うしろより、しての見るやうに、経をひろけさしして「一つのまき物」と言時、ひろけ、相やうにする也。「花ちりぬ」の打返しにて、経を左手へ取、立、なをる也。但、大夫により、「夕かほ」と、あふきにて経をさす仕舞在。太夫にと①持てさす仕舞在と言ハ、「若紫」のあたりにて立。大夫によるへし。経をまき、ふところに入たるもよし。又、そのまゝ置てもよし。 ①「と持て」は誤写か。 一  四十  仏の原  三人。うつくしく出立て。但、むらさきハ、わろし。道行、常如付而。正方へ向、よひふれて、後の小謡にてなをる。  狂言、かゝる吉。ならい也。狂言にふしんせられて、「是ハさる子細有て此所に候①、参りて候。この所におゐて仏御前の御事存ならハ、語て御聞せ候へ」。「懇にかたり候ものかな。尋申事よの儀にあらす。是ハ都の者にて候か、此所初而一見申、日の暮て候程に、此草たうにて一夜を明さんと思ひ何となくやすらひ候処に、何方共なく女性一人来、何とて此草堂にハとまるそと承候程に、何とやらんふしんに存、色々尋候へハ、きわうき女、仏御前の御事を懇にかたり、其後とふらひ給との給ひ、此草たうの内入て候ほとに、さて尋申て候」。「心得申候。この所にしハらく逗留し、懇にとふらひ申さうするにて候」。立ても、そのまゝも、うたふ也。 ①「候」と「参」の間には、脱文があるか。 一  四十一  井筒  一人。紫ハ悪し。名乗て右へ開き、つくり物の方へ少立寄。正方を請て、さしをうたふ也。道行、付すに。なをる也。  中入過て、立て、「いかに在所の人の渡り候か」。「少尋度事の候こなたへ御入候へ」。「此所におゐて、きの在経の息女、井つゝの女の御事、存ならハ語て御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。是ハ諸国一見の僧にて候か、此所初て一見の事にて候。此御寺に何となくやすらひ候処に、何方共なく女性一人来り、此庭のいた井をむすひ上、花水とし、是成つかにゑかうのけしき見え候程に、ふしんに存、尋申て候へハ、なりひらの御事さま〳〵語り給ひ、其後我ハきのありつねかむすめ、ゐつゝの女と名乗、是成井つゝのかけに立寄と見て、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、尋申て候」。「心得申候。此所に逗留し懇にとふらひ申さうするにて候」。後、立すに也。 一  四十二  はせを  一人。むらさきハ、わるし。経を左にもち、右にしゆすをもち、あふきをさす。又、経をふところに入、しゆすをもち、あふきをさしても、もちてもよし。名乗過、さしに西をはるかに見てうかゝひ、「夕への空」、「月に成行」時、東の空をうかゝひ、なをる也。大夫の小謡の中程にて、何となくあふきをさし、しゆすを右へ取、いつとなくひろけ、ひさをくみ、よむ心也。大夫を内へよひ入てから、能々大夫に心をつくる也。それまてハ物うしの心也。後の小謡、ろんきの前かたにて、何となく人の目にかゝらぬやうに経を納也。  狂言かゝる時、「近ふ渡候へ。何とて此ほとハ御出もなく候そ」。「それハ尤にて候。それにつゐてちと尋申度事の候」。「雪のうちのはせをのいつわれる姿と申いわれ、存ならハかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり、祝着申候。それに付なんほうふしき成事の候。御存しのことく、我らは法花ち経の身にて候へハ、日夜朝暮彼御経をよみ候処ニ、庵実(〔室〕)のあたりに人の音のきこえ候程に、ふしんをなして候へは、何方ともなく女性一人来、御経とくしゆのほと、内へ参たきと申候程に、女人の事にて候ほとに、内へハ叶ましきと申て候へハ、さま〳〵理申され候程に、さあらハ御経とくしゆの程、内へ御入候へと申て候へハ、内へ来候て、草木成仏の事を尋申されて候ほとに、則草木成仏の事を申候へハ、其後あの庭のはせをの辺へ立寄かと見て、姿を見うしなひて候ほとに、なんほうふしんに候」。「心え申候。さあらハ此所にて弥々草木成仏の所をとふらひ申さうするにて候」。後ハ立すにうたふ也。 一  四十三  のきは  三人。紫ハ悪し。次第、道行、つねのことし。付すに。つれハ、なをる。左へひらき、右へ廻り、太鼓の所にて「所の人の渡り候か」。「あれ成御寺をハ何と申候そ」。「又あの梅の名をハ何と申候そ」。「さあらハ立寄詠めうするにて候」とハ((ママ))脇座へ行、正方へ向、立て行也。よひ帰されて、小謡に成て、なをる也。  「いかにさい前の人の渡候か」。「此所におゐて、いつみしきふの御事存ならは、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候ものかな。尋申事よの儀にあらす。此梅を何となく詠候処に、何方ともなく女性一人来、其梅を人に御尋候へハ、何とをしへ被候そと申候程に、いつみしきふとこそ、をしへ被候へと申て候へハ、いつみ式部とハ言へからす、知ぬ人の申共もちひへからす、此梅をハこうふんほく、又はわうしゆくはひなとゝこそ申候へと、さま〳〵にかたり、我こそ梅のあるしよとの給ひ、此梅の木影に立寄かと見て、姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに存尋申て候」。「心得申候。いか様今夜に逗留し、よもすから御経をよみ、仏事をなし申さうするにて候」。立すに。 一  四十四  やうきひ  一人。うつくしき物をき。から物なと、よし。たうもとゆひ。そはつき。大口。末広。次第を笛の方へ向。道行、付て。 「いかに在所の人の渡り候か」。「此所におゐてほうらいきうハ何方にて候そ」。「心得申候」。「あらうつくしの所や」と見て、「又おしへのことく」と、かくを見て、「うかゝハはやと思ひ候」と言、なをる也。しての声を聞、あらふしきと思ひ、聞心して、立寄。物こしの心也。「立出給ふ」也①時、さて〳〵と言心也。「はうしにあたへたひけれは」の時、右のひさをつき、扇をひろけ、かんさしをすへ、左の手にもち、はねをゆひにておさへ居(る)也。かんさしを又返してから、なをる。「しるしのかんさし又給りて」の時、はしめのやうに取て、両の手にもち、さし上。して次第に立わかれ、はしかゝりにてかしこまり、してをさきにたて、供して入也。 ①「也」は「之」の誤写か。 一  四十五  野の宮  一人。紫悪し。常の僧。名乗、ちとひきく名乗也。後ハ高く。道行、付す。後も立すに其まゝ謡也。  「いかに此あたりの人の渡り候か」。「少尋申度事の候間、こなたへ御出候へ」。「是ハ諸国一見の僧にて候。此所におゐてみ安所のいわれ御存しならハ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候ものかな。さい前も申ことく、是ハ諸国一見の僧にて候か、此所初而一見し、此森の木陰に安らひ候処ニ、何方共女性一人来り給ひ、御息所のいわれを只今御身御物かたりとひとしく懇に語、是成鳥ゐのかけに立寄と見て、すかたを見うしなひて候程に、ふしんに存尋申て候」。「心得申候。さあらハ此所にしはらく逗留し、御息所の御跡をとふらひ申、其後何方へも罷通するにて候」。後ハ立すにうたふ也。① ①「野の宮」と次曲「千手」との間に、一折分の白紙がある。 一  四十六  千手  一人。折物なと、うつくしきをきて。なし打。はちまき。ひたゝれ。末広。刀。しけひらハ、はなしもとゆい。大口。くわらかけて。しけひらをさきに立て。しけひらこしをかくる間ハ、わき、太鼓のわきにかしこまり、こしをかけてから立て、名乗。笛の前になをる也。して出て、「いかに」と言時、立て、ひさをつき聞て、又なをる也。しけひら「あらさためなや」と言時、又右ひさをつき、「いかに」と言。「こなたへ」と、しやうする体をする也。但、たゝす、うしろへひらき。「ひたゝれ(〔そん〕)をいたきてて((ママ))」の時、すゝむる体也。「物のふしゆこし」ノ時、しけひら入也。 一  四十七  はしとみ  一人。つねのうつほそう也。つねの名乗。「草木国土」にて脇座へ行。して出て、向也。  狂言出る時、知人也。さりなから知ぬ体にても、言合也。立て、五条あたりへ行心持を思ひ入にする也。 一  四十八  たえま  三人。つねの僧也。但、水衣にすみそめなとよし。次第、道行、つねのことく、付而。なをる。立て、桜を見る心して、小謡にてなをる也。  「いかにもん前ノ人の渡り候か」。「少尋申度事候か、こなたへ御出候へ」。「是ハ此所初而一見の僧にて候か、此寺をハたえまの御寺候か」。「さあらハたえまのまんたらのいわれ、分てハ中将ひめのしさい御存候ハヽ、語て御聞せ候へ」。「懇に御物語候ものかな。尋申事よの儀にあらす。おこと以前に、何方共知ぬ老にと若き女来、おことの物語と一しく、たえまのまんたらのいわれ、懇にかたり、又中将ひめの事を我か身の上に言なし、あれなる二上のたけにのほると見て、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存尋申て候」。「心え申候。此所にしはらく逗留し、中将姫の御跡を懇にとふらひ申さうするにて候」。してより経を、もしさかさまになと渡し候ハヽ、取なをし、正方へ向、前へより、ひろくる也。又、下かゝりにハ、「しほう」を一句、脇うたふ也。「有難」の時、経をいたゝきて、なをる也。 一  四十九  三輪  一人。何色の小袖にても。すみそめの衣吉。扇ハさして吉。名乗て、なをる也。して、出たれ共、はしめハ、してに心を少もかけす、内へ来てから能々心をかくる也。衣をやる時、手に持ても、又ハなけても。してにとひ合て、して次第に渡也。取て帰時、はやくよひ返す。帰る時、「いつくに」と言。帰る所を能々心を懸る也。  間、来候時、「何とて此程ハ御見舞もなく候そ」。「近ふ渡り候へ」。「其事にて候。く僧もふしん成事の候。毎日女性一人しきみあかの水をくみて来候か、けふも来候て、あまりに夜さむに候へハ衣を一えくれよと申候ほとに、きかへの衣をまいらせて候へハ、取て帰り候程に、ふしんに存、御身ハいつくにすむ人そと尋申て候へハ、わらわかすみかハ三輪の里山本近き所也。杉立るかとをしるへにたつね給へと云すて、かきけすことくに姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに候」。「扨ハふしきなる事にて候程に、おことの存し給に、きむ足の事にてハ候へ共、あまりにふしん成事にて候程に、立越ふしんをはらさうするにて」。「此草庵を立出て」と言、打返にて立。正方へ向、間のうたひの間に仕合て、向也。衣を俄に見付、あらふしきと言心持也。さて立寄、右ノ手にて衣をとり、「よみてみれは」とぎんしたる心して、後ハきんせすによむ。よみはなさすにのく。しての声を聞、さて〳〵ふしきしゆせうに候と思ひ入也。猶々心をかくる也。「御かけあらたに」の時、引廻を取時、ひさをつき、かつしやうして、つねのかつしやうより猶々有難き心也。序へ成てから、なをる也。能々付也。 一  五十  立田  三人。つねのそう也。道行、付而。つれハなをる。正方へ向、立てゐて、「八さう成道」にて、かつせうして、「下紅葉」にて下にゐる也。  「いかに在所の人の渡り候か」。「少尋申度事の候間、こなたへ御出候へ」。「是ハ六十よ州に御経納ひしりにて候。此立田の明神のいわれかたつて御きかせ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。少前にも申ことく、是ハ六十よ州に御経を納るひしりにて候か、あの川を渡り此明神へ参らんと思ひ候処に、何方ともしらす女性一人来、此川な渡り申そと承。其上いろ〳〵古歌なと引、其後此明神へ道引給ひ、是成紅葉なとの事を懇にかたり給ひ、其後立田姫ハ我なりと、くれなひの袖を打かさし、此しやたんの戸ひらをゝしひらき、しやたんに入せ給ふと見て姿を見うしなひて候程に、ふしんに存さて尋申申((ママ))て候」。「心得申候。今夜ハ当社に御つや申、かさねてきとくを拝もうするにて候」。 一  五十一  かきつはた  一人。つねの僧。名乗りをひきく名乗。道行、付而。正方にて、せりふを言。ふたひの中程へ出て、正方を請て、「実や」と言出す。「あらうつくしのかきつはた」と言々わき座へ行。してに、よひかへされて向也。「あらうれしや、かう参ふ」と云、なをる也。後ハ、たゝすに「ふしきやな」と言出す也。 一  五十二 あま  三人も、四人も。ちと花やかに出立。かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折。大臣をさきに立て。次第過、なのり。又、大臣の名乗の間は、かしこまりて。但、かしこまらすに、なりをも、ちとうかゝふ心して、立てゐても、くるしからす候。道行、不付に。かくやの方、右へ向、せりふを言、笛の前になをる。後、立て、「しはらく」の時、はやく袖を引留也。大臣のうたひの時、俄にかしこまる。して、扇をしたにおきたらハ、取上て、左に明て、又、下におく也。すくに大臣へ渡すならハ、かまわす。  「いかに当浦の人の渡り候か」。「此所をハしとのうらと申候か。さあらは、此所にて、あま人の玉をかつき上たる所を存ならハ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御ものかたり候。尋申事よの儀にあらす。是に御座候は、ふさゝきの大臣殿にて御座候」。「いやくるしからす。只今御跡をとふらひのために候間、くわけんかうをを((ママ))もつて、御とふらひあらうするとの御事にて候間、急役者を相ふれ候へ」。色〳〵され事を言。立て、ちとかしこまりて、「あまりにきとく成」と言。扇をとりなをし、かなめの方を大臣へ渡す。本座へなをる。して、はしかゝりにて、面をふり上候時、「しやくまく」とうたひ出す。たとへハ、ふり上ましきと①まゝ、その心して、うたひ出す也。 ①「とまゝ」は難読。 一  五十三  羽衣  三人。あさきか、白き物をきてよし。はなしもとゆひ。水衣。大口。水衣のかたを上て。扇ハ中稽吉。前にさしたるか吉。うしろにさしたるハ、にくしと言う。本、つりさをゝ右にかたけて、なのりにハ、さをゝ左にておろし、右にさけて、「風向かう」。又、さをゝかたけ付心して、さをゝすつる也。つれハなをる。わきは扇をぬき、正方へ向。衣を見て、取て、両の手にて高〳〵と持、正方へ向。よひかへされて、してへ向。「しはらく」と言時ノ「しはらく」と言俄に、左へ引のきして、手もちあしき様にする也。後ハ、はつかしけにて、さし出す。「それ久かた」にて、なをる也。 一  五十四  舟はし  ときん。すゝかけ。水衣。大口。刀。しゆす。扇。次第、なのり。道行、付すに。なをる也。後、立。「うかむ世もなき」にて、下にゐる。但、してによりて、語にてもすわる也。  「いかに在所の人渡り候か」。「是ハ佐野と申在所にて候か」。「此所におゐて佐野の舟橋のいわれ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御物語祝着申候。尋申事よの儀にてハなく候。是ハ熊野の客僧にて候か、此所初而一見の事にて候か、はや日の暮候程に、宿をからはやと存候処に、いつくともしらす、若き男と女性一人、ふうふと見えて、此所に来、橋のすゝめに入てとをり候へと申候程に、そくたいの身にて橋こうりうの心さし、有かたふ候と申て候へハ、御身の御ものかたりと一しく、此舟はしのいわれ、さま〳〵かたり、分ては、万ようしうの歌なと引、ハや日の暮候へハ、入相の声を聞、其まゝ姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、扨尋申て候」。「心え申候。今夜ハ此所に逗留し、懇にとふらひ申さうするにて(候)」。立ても、立すにもよし。 一  五十五  うかひ  二人。紫ハわるし。つねの僧也。名乗の間ハ、つれハ太鼓の前にかしこまる。「行末」から立つくる。つれ立ハ、つれの方へ向也。道行の打返より正方へ向。「かねを枕の上に聞」心在之。付て。つれは笛の前にて立て、待てゐる也。わきハ大鼓の前迄行て、「いかに此屋のあるしの渡候か」。「是ハわうらいの僧にて候か、一夜の宿を御かし候へ」。「御大方にて候ハヽ尤にて候。然らハ一夜を明すへき御たうハ候ハぬか」。「心え申候」。「乍去、それハくるしからす候。法力を以とまり候へし」。なをる。立すに謡也。  「近ふ渡り候へ。是ハ宿を御かしなきつれなき人にて候か。それにつき、此所におゐて、こその秋わき(〔さ〕)故むなしく成たるうつかいの子細、御存ならハかたつて御聞せ候へ」。「其事にて候。今夜ふしき成事の候。老仁一人うかこを持、たいまつをとほし来候間、是ハいか成人そと申て候へハ、是ハくるしからぬ者にて候、此川下岩落と申所のうつかひにて候か、いつも月のほとハ此御堂にあかり、うをやすめ候と申て候程に、くるしからぬ人にて候ハヽ、こなたへ来候へと申て候へハ、其時、是ハこその秋ふしつけに成しうつかひのもうれいにて有と申候程に、さ有ハこうりきのうをつかいてみせ候へと申て候へハ、うをつかい候体さま〳〵仕、其後姿を見うしなひて候程に、なんほうふしん成事にて候か、若さやう成事も有たる御事にて候か、かたつて御聞せ候へ」。「心え申候。さあらハ此所にて御経をよみ仏事をなしとふらひ申さうするにて候」。立て謡也。 一  五十六  かつらき  三人。ときん。すゝかけ。水衣。大口。刀。末広。しゆす。折ものなと、きたるか吉也。次第、名乗。道行、付は①。つれハなをる。わきハ正方へ向、 立てゐて、してによハれて向、「さらハ御供申さん」と言。わき座へなをる。  「いかに在所の人の渡候か」。「此所におゐて、かつらきの山、分てハかつら木の神の子細、存ならハかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。是ハ出羽のはくろ山の客僧にて候か、度々みね入し、ふみなれたる道にて候へ共、俄の大雪に前後をはうし、木かけに立寄候処に、いつく共しらす女性一人来、わらわか庵にて一夜を明し候へと申候程に、参りて候へハ、しもとを火にたきあて申され、其上かつら木の神の御まし((ママ))、御身の御物かたりと一しく色〳〵語給ひ、神に五すいのくるしみ有、いのりかちしてくれよと言すて、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、尋申て候」。「心得申候。さあらハ此所にて、いのりかち申さうする」にて立て、正方へ向。 ①「付は」は「付而」の誤写か。 一  五十七  山うは  三人。かみをゆひ。かも(〔み〕)しも。刀。しつめ折。供も同。百万をさきに立て、名乗の内に百万を見て、「是に渡り候」と言。道行、付而。「御尋あらふするにて候」と言、なをす。わきハ大鼓の方へ行、「いかに在所の人の渡り候か」。「是ハ都かたの者にて候か、又是に女性上郎を供なひ申、善光寺へ参候か、是より善光寺への道、あまた有よし申候間、道をゝしへて給り候へ」。「心え申候。さあらハ友々にそのよしをうかゝい申さうするにて候。こなたへ御入候へ」。狂言をつれて百万之前へ出、かしこまりて、「いかに」と言。「ひらにたのみ申候へし。さあらハ御立候へ」と、百万をも、つれをも立つる。立て、「けんなん成山」と、「言語道断」と言、ちと西を見る。「あの一やとりへハ、道かいか程候へき」と言、して出候時、「俄に日の暮」と言。「さらハ参り候」と言、なをる。笛の前に、ちと出てなをる也。  中入之間に、狂言かたる時、色々のしやれ事を言。後ハ、たゝさるかよし。 一  五十八  遊行  三人。すみそめ衣吉。常の僧にてハなし。次第、名乗、道行、常のことく。道行、付すに。つれハなをる。正方へ向、立てゐる。してによはれて、二足ほと出て、うたふ也。「いそかせ給へ旅人」の時、してと同やうにあゆむ。つかの柳を見て、扨ハと言心也。小謡にて、なをる也。  立て、「いかに此所の人の渡候か」。「ちと尋申度事の候」と言。「是成ふるつかの上成ハ、めいほくの柳にて候か」。「さあらハあの柳につき子細の候ハヽかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物語候者哉。尋申事よの儀にあらす候。是ハ諸国遊行のひしりにて候か、此所はしめて一見の事にて候か、又是に道のあまた見え候程に、ひろき方へ行はやと思ひ候処ニ、いつくとも知す老人一人来、何とて道をハ通候そ、前年遊行の御通候も此道にて候ほとに、道しるへ申さうすると仰候程に、ともかくもと申、此道へ参り候へハ、是成古つかの上成柳をおしへ候て、是こそ名木ノ柳にて候へ、よく〳〵見候へ、又只今御身之①物かたりと一しく、西行法師の歌に、道野辺の古歌なとひかれ、其後くそうに念仏をさつけよとの御事にて候ほとに、則十念をさつけ申て候へハ、是成柳の木の本へ立寄かと見て、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、尋申て候」。「心え申て候。しはらく此所に逗留し、弥経念仏し、とふらひ申さうするにて候」。 ①「之」は難読。 一  五十九  女郎花  一人。つねの僧。名乗。道行、付すに。正方へ向、「急候」と言。むかひをはるかに見て、「むかひ」と言。「又是成野辺」と脇座の方を見て、「女郎花」と言。正方へ向。立てゐる。してによはれて向。「もときし道」と、正方脇座の方へのく。「此をみなへしになかめ入て」と、してに向、言。「こなたへ御入候へ」と言時ハ、して次第ニ行也。正方へ向、はるかに請て、「さきしにこへて」と言。して「帰る」と言時、なふ〳〵とよひ帰す心也。「こなたへ御入候へ」と、つかをおしへ候ハヽ、して次第におしへられてみる。  中入に正方へ向、「近比ふしん成事にて候」と言。大鼓の前へ行、「いかにこのあたりの人ノ渡り候か」。「少尋申度事の候間、こう御出候へ」。「是ハ九州松浦方ノそうにて候か、此所初而一見の事にて候。此所におゐて女郎花のいわれ存ならハ、語て御きかせ候へ」。「懇に御物語候物哉。尋申事よの儀にあらす。さいせんも申ことく此所初而一見のそうにて候か、此岩清水八まん宮ハ我か国のうさのみやと御一体にて御座候ほとに、参らんと思ひ候処に、是成野へに女郎花の今をさかりとさきみたれて候ほとに、一本たおらはやと思ひ立寄詠候処に、何方共しらす老仁一人来、其花な折そと承候間、何とておしみ給ふそと申て候へハ、此野への花守と申候程に、出家のことにて候程に、ゆるし給へと申て候へハ、さま〳〵かたり給ひ、其後此八幡宮へ道行たまひ、又是成つかを御身の御物かたりと一しく、おとこつか女つかとおしへ給ふと見て、夢のことくにすかたを見うしなひ候程に、ふしんに存、尋申て候」。「心え申候。さあらは此所に逗留し、懇に御とふらひ申さうするにて候」。立すに、少正方を請て、うたふ也。 一  六十 にしきゝ  三人。つねの僧。次第。道行、付而。なをる。後、立。つかをゝしへられて。してのやうにして。  「いかに在所の人渡り候か。少尋申度事の候間こなたへ御入候へ」。「是は諸国一見のそうにて候か、此所におゐてにしきゝほそぬのゝいわれ、存ならハかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申申事よの儀にあらす。少前も申ことく、是ハ諸国一見の僧にて候か、此所はしめて一見の事にて候。此所何となくやすらひ候処に、市人と見え若き男一人又女性一人、正ふうふと見えて二人来、男の持たるハうつくしく色取かさりたる木也。又女の持たるハ鳥のはにて折たる帯と見え候程に、ふしんをなして候へハ、只今御身の御物語と一しく、にしきゝ細帯とて当所の名物にて候と申。其上此山のふもとににしきつかとて候を見せうすると申、ともなひ候程に、参りて候へハ、にしきつかのいわれさま〳〵語、其後ふうふ共に此つかの内に入と見て姿をうしなひて候程に、ふしんに存、尋申て候」。「心え申候。弥此所にて彼ふうふの人の跡懇にとふらひ申さうするにて候」。立て。 一  六十一 とをる  一人。つねの僧。正方にて名乗、其まゝさしをうたひ、「千里も同一足」と、一足引も有。いや石源大夫、引たると也。付而。正方にて、せりふを言、なをる也。して出時、立て「いかに」と言。「さてハあれ成ハ」と正方、脇正方、向。但、してと談合して言。「月こそ出て候へ」と、東の方を見る也。「あのまかき」と、みる也。「なかめんや」と、してすわらハ、脇もすわる也。「しほかまの浦」と、ちとおとし付て言。又、立て「いかにせう殿」と、言かくる也。「見え渡りたる」と、してと能々言合て、名所を見る。してにをしへられて向。但、正方へうしろより、かハらぬやうに廻也。  中入迄立てゐて、所も①言と言合て、かゝらすハ、すくに行て、よふ。又、かゝらは、して入てから、其まゝすわる也。かゝらハ、「其事にて候。是ハ此あたりの人にて候(か)」。「是ハ東国方の僧にて候。此所はしめて一見の事にて候」。「近比思召よらさる申事にて候へとも、此所におゐて、いにしへとをるのおとゝちかのしほかまを都の内へうつされたるいわれ、御存ならハそとかたつて、御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。さい前も申ことく、此所初而一見の事にて候へハ、何となくやすらひ候処に、何方共無老仁一人来候程に、御身ハ此あたりの人にて候かと尋申候へハ、是ハ此所のしほくみにて候と申され候程に、海辺にてもなきにあやまりて承候かと申て候へハ、それに付、只今御身御物かたりと一しく、ちかのしほかまの事懇に語、其後見え渡たる名所なと、こと〳〵くをしへ給ひ、其後うしほゝくまふすると申され候か、あともみせす、姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに存、尋申事候」。「心え申候。此所にて懇にとふらひ申さうするにて候」。立すに。 ①「所も言と」には脱字があるか。「所の者が言うと、言い合いて」という意味か。 一  六十二  春日龍神  三人。常の上人也。大口きたるも、きすにもする也。刀さしても、さゝすにも。道行、付而、なをる。立て、小うたひにてすわる也。  たいりやくハ、まつしやにする也。もし間を言ハ、「いかに当所の人の渡候か」。「是ハとかのをの明え法師にて候。少物を尋申度候間、こなたへ御出候へ」。「尋申度いわれハ、別成事にてハなく候。先、当社の御いわれ、分てハときふうひて行のいわれ、御存しならハかたつて、御聞せ候へ」。「懇に御物語候ものかな。尋申事よの儀にあらす。我、日たうとてんの心さし有に①に((ママ))より、当社へ御暇乞のために参て候へハ、いつくともしらす老仁一人来、只今おことの御物かたりと一しく、時ふうひて行の事、懇にかたり給ひ、其後某に日たうとてんをとゝまり候へと仰られ、其後我ハときふうひて行と名乗、すかたを見うしなひて候ほとに、ふしんに存、尋申て候」。「心え申候。此所しハらく逗留し、御神たくをまたうするにて候」。其まゝうたう。「とまるへし」を、をす也。「わたるまし」ハ中、「尋まし」ハ地のくらゐを請て、かろくうたふ也。 ①「有に」までで表面が終わる。 一  六十三  ぬえ  一人。つねのうつほそう也。次第、名乗。道行、付而。「宿をからはやと思ひ候」と言。大鼓の前にて、「いかに里人の渡候か」と言。里人出る時、「是は諸国一見の僧にて候か、日の暮て候へハ、一夜の宿を御かし候へ」。「尤御大方にて候共、よの旅人にハちかい候。客僧にて候間、平に一夜をあかさせて給へし」。「御大方にて候ハヽ、力およハぬ事にて候。さあらは此あたりに、一夜をあかすへき御たうなとハなく候か」。「それハ御身にかるまてハなく候」と言、あらけなくふりきり、脇座の方へ行。狂言によひ帰されて、「それはくるしからす候。某法身を以とまるへし」と、あらけなく言、なをる。立て、うたふ也。くりのとき、してと一度にすわる也。  間狂言より、かゝる也。「昨日宿御かしなきつれなき人にて候な」。狂言よりふしんをかけハ、かたる也。又、わきよりも「それにつきふしん成事の候。近比おほしめしよらさる事にて候へ共、さんみよりまさのぬえをゐられたる様体を御存候ハヽ、そとかたつて御聞せ候へし」。「くハしく承候。某ふしんに存候も別成事にてハなく候。其方宿を御かし無故、御たうに何と無休候処に、あのいそへに舟のかたちにてハ候へ共、人かけもさたかにみえす候程に、いろ〳〵ふしんをなして候へは、頼正の矢さきにかゝり命をうしなひしぬえのはうしんにて候間、跡をとふらひてくれよと申候間、跡をハ懇にとふらひ候へし、さあらは頼正の矢さきにかゝりたる有様をかたつてきかせ候へと申て候へハ、其時の有様さま〳〵かたり、又あのみきわに立寄、うつほ舟に取乗、さほゝさすとハ見えて候か、かたちを見うしなひて候程に、ふしんに存、尋申たる事に候」。「心え申候。弥とふらひ申さうするにて候」。間のうたい、立すに。して出て、わきの前へつか〳〵とかゝるを見て、立て、かつしやうして、二足三足程前へ出る也。地へ成てから、手をいつとなく引也。うしろへそろ〳〵とのく也。「あらおそろし」と言、すわる也。 一  六十四  あさかほ  一人。つねのうつほそう也。名乗、道行、常如。付す。正方へ向。「あらせうしや」と言。「是成寺」と見て、脇座へ少行。又見て、「白面や」と言。「ふる事まて」と言〳〵脇座へ行、正方へ向。立てゐ(る)也。してによハれて、向。  中入の時、直に行、「いかに門前の人の渡り候か」。「当寺におゐて、はきあさかほのところあらそひたるいわれを御存し候ハヽ、かたつて御きかせ候へ」。「懇に御物かたり候ものかな。尋申事よの儀にあらす。くそうハこんほん都のものにて候か、去子細候てとんせい仕候へ共、古郷なつかしく候程に、爰元罷上候へハ、俄時雨ふり来候程に、此寺に立寄候処に、はきあさかほのさきみたれ候間、一本おらはやと思ひ候処に、いつく共なく女性一人来、色々言葉をかハし、其後我ハあさかほの花のせいなるよし申、このまかきのかけにてすかたを見うしなひて候程に、ふしんに存、尋申て候」。「心え申候。此所にてよく〳〵とふらひ申さうするにて候」。立すにうたふ也。 一  六十五  西行桜  一人。上人也。のうりきつれて出て、こしをかくる也。花見の者も二人にても、三人にても。かみをゆひ。かみしもにて。次第、道行、如常。不付。つれ衆を、はしかゝりへやり、太鼓の脇にて案内を言。かしこまりて、まつ。のうりき「いかに」と言、みな〳〵立、正方へちと出、うたふ也。「今宵ハ花の」から、なをる也。脇の下へ、なをる也。 一  六十六  雲林院  一人。はなしもとゆひにて。かさをきて。かけすわう。大口。刀。末広。つれつれ((ママ))ハ、つれハ((ママ))かみをゆい。かみしもにて。刀。しつめおり。次第過て、かさをぬき、正方にて名乗。また、かさをきて、道行うたふ也。付てハ、つれハなをる也。かさをぬきすてゝ、正方へ向。花を見て「はるかに」と言、花の本へ行、花をおる体也。してに、言かけられて向。「夕はへの道」にて、すわる也。  間、かゝる也。但、かゝらすハ立て、「此所の人の渡候か」。「少尋申度事の候間、こなたへ御出候へ」。「此所におゐて当寺のいわれ、わきてハ花の子細なとの候ハヽ語て御聞せ候へ」。「懇に御物語候者哉。尋申事よの儀にあらす。是ハ津の国あしやの里にきんミつと申者にて候か、此所初而一見の事にて候。折節此花今をさかりとみえて候程に、一本手折らふすると思ひ立寄候処に、いつくともしらす若き女の来、其花な折申そとの給ひ、それにつきいろ〳〵の古歌なと引れ候か、いつく共なく姿を見うしなひて候程に、ふしんに存尋申て候」。「心え申候。此所に逗留し、懇にとふらひ申さうするにて候」。間うたひ、そのまゝうたふ也。 一  六十七  ありとをし  一人。かさ折。ちやうめ(〔け〕)ん。大口。末広。つれをつれても、くるしからす。つれハ、かみしも也。次第、名乗。道行、不(付)に。正方へ向、せりふを言、其まゝ「ともし火」と言。なをる也。立、「なふ」と言。「見れハ」、しやたんを心付。「おそれさる」ニて、つくはい、かつかうする也。「かきけすやうに」と言時、見送、よく心を付て。「つらゆきも是を」の時、立て、して柱の前にて、「空に立帰」と正方を見て、しとめをする也。 一  六十八 関寺  三人。つねの僧なり。紫ハわるし。ちこをさきにたてゝ。次第、名乗。「けふたなはた」と正方を請る。道行、付すに。なをる也。ちこを見て、「是へ御出候」と言。してすわる時、なをる也。つれ脇、「たなはたのまつりおそなハり候」と言時、立て、してのわきへより、引たつる心在之。但、今春方にハ袖を引立る也。京にも、引立てもよしと也。 一  六十九  そとは小町  二人。すみそめの衣吉。次第、名乗、道行、つねのことし。付すに。正方へ向、「急候程に津の国あへ野の原に付て候。先此所にしはらくやすらわうするにて候」と、なをる也。して、こしをかけてから立。俄に見つけたる様にする也。つれも立て、其まゝ脇座にて、うたふも有。又、脇正方へ、してのうしろを通、まわりて、してより、ちと高くゐて、うたふも有。是ハ、してにといて也。「誠にさとれる」から右ノひさをつき、かつせうする也。つれも「六ケし」と言時、して帰る時、早言葉をかけて、よひ帰す也。して帰る時、立て、「おことハいか成人そ」と、ちとすいけに言葉をかくる也。名を名乗し時、「さてハいたハし」と思ひ入心在也。それより、ちとあかむる心在之。「小町に心をかけし人」のあたりにて、なをる也。 一  七十  あふむ小町  むねもりの出立也。文をふところに入也。名乗、つねのことし。「いかに誰か有」。つれ、「御前に候」と云。〈ゆや〉の太刀持のことく、かみしもにて、太刀をもち言。「急間、是ハヽや関寺ノ辺に付て候。此所におゐて小野の小町か有家を尋候へ」。尋させて、なをる。大夫によりて、こしをかけたるも吉。立て「是成ハ」と言、「立出みれハ」と言時分から少出る也。大夫次第に方角を見る也。「御門より」と言、文を取出、「御歌」と言渡す心にす。「さらは聞候へ」と言、跡へ少のくやうにして少さし上、いかにもしつとりとよむ也。よみ納て、左の手にもちさけて、立てゐる也。後ハふしん成心して、両の手にて、くハんとさし上、さら〳〵とよむ也。小謡の打返にて、すわる。文を下ニ置也。 一  七十一  通小町  一人。つねの僧也。名乗て、なをる也。  間の語①の打返まて立て、「市原野辺」と言時分より、少つゝ出て、「ざくをのへ」と言時、正方へ向、かしこまり、かつしやうする。立て、なをる也。 ①「語」は「謡」の誤写か。 一  七十二  角田川  一人。うつくしからすして。かみしも。刀。しつめ折。かみをゆひて。ひきく名乗。笛の前へ、なをる也。又、あき人ハ、ちとうつくしき物をきて。二人も一人もよし。かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折持て。次第。名乗。道行、付て。正方へ向、「舟にのらうする」と言時、わきハ立て、知人之心也。「早御下向候。舟にのせ申さうするにて候」と言。はしかゝりを見て、「又あとのものくるひ」と言、待体也。なをる也。つれをハ脇座に、なをす也。さをゝ取寄て置也。大夫うたひかけてから、立てうたふ也。舟にのせ候時は、あき人ハ左、大夫は右、ならへてのする也。右のかたをぬき、ひほかわを両なから、おひにはさみ、あふきをもさし、さほを左にもち、立て、右ノ手をそへて、「此渡りハ」と言。語過て、俄に舟付、かつくりとする心体也。しな、けいこに有也。あき人舟よりあかりて、立向、「いかさま」と言。「舟をつなきて参候へし」言。あき人は本座へなをる。ひさをつき、かたを入、ひもかわを能之①し、扇をぬき持て、立て、大夫へ向、「いかに」と言也。後に「あらいたハし」と言。心付して「こなたへ」と言。「御子の」と言、つかへつれて行。「是こそ御子のつかにて候へ」と、をしゆる体也。しやうこを左に持、右にしもくを持、ならすやうにして、ならさすに、すゝむる。後に、しやうこを右へとり直し、大夫打よき様に渡す。「月の夜念仏」の時、東を見、「西方こくらく」の時、西を見る。かつしやうして「南無阿弥陀仏」の時、すわる也。大夫「なふ〳〵」と言時、急立て、つかへよく〳〵心を付て、念仏をすゝむる也。又、なをる也。 ①「之し」は難読。「之し」は「のし」か。「紐革を能くのばし」の意味か。 一  七十三  三井寺  三人僧。何色にても大口。刀をさしてもよし。子をさきに立、出る。次第。道行、付すに。なをる。狂女「かねをつき候」と申時、立てうたふ也。「あらめつらしや」と言、とりつく時、つれわき立寄て、扇にてたゝく。其時立て、「こなたへのき候へ」と言、引のけて、子方へ向、ひさをつきて、うたふ也。 一  七十四  かしはさき  一人。かみをゆひて。かみしも。刀。しつめ折。まもりをくひにかけて、文をふところに入、かさをきて、次第笛の方へ向、うたひ、かさをぬき、左の手にもち、正方にて名乗。道行は、かさをきる。付る。又、かさをぬき、手にもち、案内を申。大夫のこゑを聞、かさをすてゝ、つる〳〵とより、ひさをもつき、うたふ也。ろんきをも手をつきて、うたふ也。「御理と思へ共」と言、出て、まもりをはつし、扇をひろけ、まもりをのせ、を①ゝうへに大夫取能様にをき、さて文をとり出し、まもりの上にをき、「かたみを御覧候へ」と言時分、立て、大夫の前へより、ひさをつき、右の手をつき、左の手をさし上、わたす。又、まもりはかり先へ出して、「又是に文の候」と言。文をとり出し渡も有。大夫次第。とひ合て渡也。大夫、中入につき入也。僧ハうつほ也。子をさきへ立。出て名乗、なをる也。立て「いかに」と言。狂言、あいしらひ在也。 ①「をゝ」は難読。脱字があるか。 一  七十五  はん女  少将ハかさ折。ちやうけんよし。末広。わきハかみをゆひ。かみしもに、しつめ折。太刀持つれて。次第、名乗。道行、付而。「いかに誰か有」と少将にいわれて、わき「御前に」と言、かしこまりてきく。少将ハ言付て、こしをかくる也。わき立て、「いかに誰か有」と言。狂言をよひ、はん女之事を尋て、少将の前に行、かしこまりて言。笛の前に、なをる也。立て、うたふ也。ろんきのまにも立て言也。 一  七十六  百万  三人。かみをゆひ、おりすちなときて。かみしも。刀。しつめおり。子をさきへたてゝ。次第、名乗、つねのことし。名乗過て、狂言へ「いかに在所の人渡候か」。狂言出時、「此所におゐて面白き事候ハぬか、何時よりはしまり候そ」。立て、言かくる。又、後、子をつれて、母の前へ向也。 一  七十七  浮舟  一人。つねのうつほそう也。名乗。道行、付而。なをる也。立て謡、くりにて、なをる也。後ハすわりて、うたふ也。  立て、「いかに此在所の人わたり候か」。「此所をハうちの里と申候か」。「少尋申度事候。此方へ御出候へ」。「此所にハうき舟とやらんのすみ給ひて候。さあらハうき舟のいわれ、御存ちならハかたつて御きかせ候へ」。「懇に御物かたり候ものかな。尋申事よの儀にあらす。是ハ此所初而一見の事にて候か、此うちの川におゐて、いつくともなく女性一人、少舟にさをゝさし来候程に、爰元におゐて、いにしへハいか成人のすみ給ひて候そと尋申て候へハ、さま〳〵かたり給ひ、其後よ川の杉の二本を、ひえさかと尋給へ、あれにて待申さんと言すて、行方もしらす、姿を見うしなひて候程に、なんほうふしんに存、さて尋申て候。小野辺に立越、懇にとふらい申さうするにて候」。立て正方へ向、心してかつせうする也。 一  七十八  玉かつら  一人。つねのそう。名乗。道行、付而。立、うたひ。して次第によりて、二本の杉を見る心在之。くりにて、なをる也。  立て、「いかに在所の人の渡候か。少尋申度事候。こなたへわたり候へ」。「此所にて玉かつらのいわれ存の人ならハ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御ものかたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。おことより以前に、此ふもとにて女性一人、ちいさき舟にさほをさして来候程に、是はいか成人にて候と申て候へハ、只今御身の御物かたりと一しく、懇に語給ひ、是ハ此はつせ寺にもうてくるもの也。又是成二本の杉の立とへともなひ給ひ候程に、参りて候へハ、是こそ二本の杉にて候へ、よく〳〵見候へと仰候て、其後とふらひてくれよなとゝ言すて、姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申候。此所におゐて、玉かつらのないしの御跡とふらひ申さうするにて候」。立ても、ゐてもよし。 一  七十九  うとふ  一人。つねのうつほそう也。名乗過、さしをうたひ、「さんけにこそハ」と言〳〵脇座へ行。立てゐる也。太夫によひ帰されて、向。「是をしるしにと、なみたをそへて」と言時、よく〳〵ふしんの心在て、返の「たひ衣」にて袖を取て、たちわかるゝ時、心をよく〳〵つけて、「雲やけふり」と言時、正方へ向。  立てゐて、中入してから、笛の前にてつくはいて、袖をたゝみて、ふところへ入て、立て、太鼓の前にて間をよひ、「いかに在所の人の渡候か。此所にてれうしのやとををしへて給り候へ」。「いやこその秋身まかりたるれうしハ候ハぬか。そのやとをゝしへて給候へ」。「近比祝着申而候」。つれうたいの間ハ、はしかゝりへそろ〳〵と行、うたいはてゝから、して柱のうちへ入、「いかに」と案内を言。「うたかいも」の時分、袖をいつとなく取出し、はしめ請取たる時のやうにて、「合れは」の時、合る袖をつれに渡す也。立のき、笛之前へのき、かさを取、正方におき、少立のき、かつせうして、本座へなをる也。かさの下へをゝ少出し候へハ、して、かさとりよけ也。 一  八十  天鼓  一人。大臣。ゑほしの前をおりて。かりきぬ。大口。末広。名乗を少高く名乗、なをる也。立て、うたふ也。くりにて、なをる也。「急て参り給ふへし」と言時よりて、少引立る体をするも在之。  中入の時、「いかに誰か有」と言、狂言をよひ、「老仁をしたくへ帰し候へ。又天鼓か跡を」言時、狂言色々の事言也。色々狂言と、せりふ言也。くわけんの役者ふれさせ候。立て、ひきくさかりて、うたふ也。なをり後ハ、不立にうたふ也。 一  八十一  こかう  一人。大臣也。なのりて、太鼓のわきにて、右のひさをつき、うたふ也。「御かん」と、正方すこしうかゝい、「れうの御馬」と、中国へ向。中国より跡に入也。 一  八十二  藤戸  三人。なし打。はちまき。折物なと、うつくしきものをきて。ひたゝれ。刀。末広。供ハ、かみをゆひ。かみしもにて。次第、名乗。道行、付而。「いかに誰か有」と供へ言。供ハ「御前に候」と言、かしこまり聞。言付而から、こしをかくる也。供ハ脇正方を少請て、「此しま」と言、なをる也。「をと高し」の時、あら〳〵と言也。後ハ、面目無之心在之。大夫により、久世舞の末に脇へ、すかりつく仕舞在之。去共、少もかまハさる体をする也。心をかけさるか、ならひ也。  「いかに誰か有」と狂言をよひ、とふらひの事言付、くわんけんかうの役者をふれさする也。間をかたるとも、わきよりハかまハす、きゝ入す、はつかしき体をして入か、ならひ也。間のうたひを、立てうたふ也。正方へ向、かつせうして、「一せい」と言也。又、こしをかくる也。 一  八十三  とうかんこし  一人。おりすちなと、ちとうつくしき物をきて。はなしもとゆひ。大口。末広。但、かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折にてもする也。二度有ハ、かへてする也。名乗過て、狂言をよひ、「いかに、此あたりの人、御入候か」と言。せりふをゆひ、なをる也。立て、もんたう也。後ハ立すに、うたふ也。 一  八十四  ふし太鼓  一人。大臣也。名乗過、左ヘ開、右へまハり、「いかに誰か有」と言付而、なをる也。かたみ、取寄て置也。立て、女に向、か(た)みを笛の前にて取て、両の手にて渡、なをる也。 一  八十五  二人しつか  一人。何にてもうつくしき物をき。かさ折。ちやうけん。大口。末広。名乗過、左ヘ開、右へ廻、はしかゝりの方へ向、「女共」と言すて、なをる。  後、立て、笛のわきを見て、「宝蔵」と言。笛の前にてつくはいて、いしやうを取て、両の手にて大夫へ渡し、いしやうきる間ハ右のひさをつき、かしこまりて待て、き候ハヽ立て、正方へ向、「しつか御前の舞を御舞有」と言、なをる。 一  八十六  松むし  一人。かみをゆひ。折すち。かみしも。刀。しつめ折。名乗て、なをる也。後も立すに、ちと正方を請て、うたふ也。後ハ大夫に向、うたふ也。  間来候時、知人之酒もりなとする也。「いかに申候」。「ちとふしん成事の候。近比御存よらさる事にて候へ共、此所におゐて、松虫のねにともを忍と言子細、御存候ハヽ、かたつて御聞せ候へきか」。「別成事にてハなく候。御存のことく、我等事は当町に出て酒をうり候か、いつくともしらす若き男一人来、酒をのみ候か、帰るさにハ酒ゑんをなし、色々うたひ舞遊候て帰り候間、ふしんに存、一日も来候程に、いか成ものそと名を尋て候へハ、さま〳〵の事をかたり、其後、松むしのねにかハらぬ友を忍ふと言すて、市人にまきれ姿を見うしなひて候か、なんはうふしんに存(候)とよ」。「心得申候。さあらハ懇に跡をとふらひ申さうするにて候」。其まゝうたふ也。 一  八十七  あこき  二人。かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折。一人にても吉。次第、名乗。道行、付而。なをる也。立、うたふ也。「しき嶋によりくる」にて、なをる。  中入過て立て、「いかに当浦の人の渡候か」。「此所をハあこきか浦と申候か、それに付、少尋申度事候。此方へ御出候へ」。「此所をあこきか浦と申いわれ、語て御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候ものかな。尋申事よの儀にあらす、是ハ日向国の者にて候か、此所初て一見の者にて候か、此所に何となくやすらひ候処に、何方共なく老人一人来候程に、此所をハいか成所と申候そと尋申て候へハ、あこきか浦と申候ほとに、何とてあこきか浦とハ申候そと申て候ヘハ、あこきかうらのいわれ、是ハ御身の御物かたりと一しくさま〳〵かたり給ひ、色々の哥なと引、其後あとはかもなく姿を見うしなひ候ほとに、ふしんに存、たつね申て候」。「心得申候。しはらく此所に逗留し、懇にとふらひ申さうするにて候」。立すにうたふ也。 一  八十八  梅かえ  二人。つねのそう。次第、名乗。道行、付而。正方にて「是ハはや」と言。「宿をからうする」と言。つれハ「しかるへう候」と言、なをる。かく屋の方を少請て、宿をかる。大夫次第。脇座へ行、大夫下に居時、なをる也。太鼓を見て「ふしきや」と言。  立て、「いかに在所の人の渡候か。少尋申度事の候。こなたへ御出候へ」。「是ハかいの国しむ延山より出たる沙門にて候。此所におゐていにしへふしと申かく人のはて給ひたるいわれ御存候ハ、かたつて御聞せ候へ」。懇に御物(語)候者哉。尋申事よの儀にあらす。最前申ことく此所初而一見の事にて候か、此所にて日の暮て候程に、宿をかり候処に、かさりたる太鼓、同舞のいしやうの候をふしんをなして候へハ、只今御身の御物かたりと一しく、ふしのはて給ひたるいわれ、さま〳〵かたり給ひ、ふしのつまの事を身の上のやうに言なし、其後かきけすことくにすかたを見うしなひて候ほとに、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申候。さあらは此所に逗留し、懇にとふらひ申さうするにて候」。立すに正方へ向、「それ」と言出す。かつせうして、「一しやふとく」と言。「そくとく」から手をなをし、本座へ居、なをる也。 一  八十九  水無瀬  一人。つねのそう。すみそめなと吉。なのりてから笛の所に正方へ向、なをる也。子共出る時立て、はしかゝりを見て、「言語道断」と言。「さり(〔ら〕)ぬやうにて」と脇座の方へ行、正方へ向、立てゐる也。「なふ〳〵」と言時、子の方へ向。「さらハとゝまり」と言時、二足三足程、子の方へよる。「みれハむかし」の時、正方へ向、庭を見る心す。「もる月かけ」のとき、子方へ向、「お僧を内」の時、居座へなをる。あね、帯を持来とき、さて〳〵と思ふ心して、帯に目を付。又、立帰る時、見おくり、又、おとゝ来時、同前也。「父ハあわれに」と言時、子を見。「身のをき所」と言時、下を見。「人やもし白露」と言時より所をを((ママ))見。「親と子」と言時、子を見。「名乗も」と言時、両の手を上て、なく也。「あとをとうこそ」と言、ちと正方へ向心する也。子を見て「あらいたハしや」と言。子共まとろむ時、そと立、正方へ向、「言語道断」と言。して柱まて行時、おとゝ左の袖を引時、子に向。帰て、子を脇正方へなをし、本座へなをる也。「目をふさき」の時、正方へ向。念仏申時、しゆす左の手をかけて、念仏申体也。「南無ゆうれい」の時、正方にて其まゝかつしやうする也。して出て脇へ向時、立て、かつしやうして「念仏衆生」と言也。「来迎」まて、かつせうしてゐる也。して、子共の手を取、両の脇に直時ハ、二人の子と、してとによく〳〵心を付る。さて〳〵と言心、思ひ入せん(〔専〕)也。「みとり子」の返しにて、三人なから下にゐる也。子共をさきに立て、入也。 一  九十  籠太鼓  一人。かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折。又、なし打、ひたゝれにてもする也。正方にて名乗。狂言をよひ出し、番の事を言付て、なをる也。狂言来て、「うせらる」と申時、あら〳〵と「汝①くせ事」と言。して来時、其まゝ謡也。狂言、してに向、しやへる時、狂言を見て、しかる也。鼓を言かくる。狂言「狂気したる」と言時、立て行見、ふしん成体をする也。「やさしき」とうたい出し、籠へ行。くわんぬきをはつし、右の手にて戸をひらき、「早是まて」と言出る。「鼓のこゑも」の時、打返にて下にゐる也。「なつかしの此籠や」の返にて立て、ぬけぬやうに「此上」と言出す。「みたせいくわん」の時、下にゐる也。 ①「汝」は難読。 一  九十一  自然居士  二人。かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折。さをゝ二つ、笛のうしろにおく。「袖をぬらさぬ」時分より出て、ぬけぬやうに、はしかゝりにて名乗、右へ開、「いかに」と言。「立越」と言、して柱まて行て、子を見て、俄に見付而、「されはこそ」と言。「急てつれて御入候へ」と言、扇をさす。つれハ子を引立て、脇座へ行、なをす。子の跡から行を、狂言出て「やるまい」と言時、「やるまいとハ」と言、あとへ向。「やるまい」と言時、「やうか有」と言、刀に手をかくる。右よりふみしりそき、なをる也。一声を打出してから、右のかたをぬき、ひほかわを帯にはさみ、さをを取、立、左の手にさをゝ持、右の手をそへ、うたふ也。「あらをと高し」と右の手をさす。「衣におそれて」と言時、右ノ手にてはかまを取、「是もなんち」と言時、子を見る。「さん〳〵に打」と言とき、右の手にて左をそへて、右の手をさか手に打、さてさをゝ右につき、うたふ。左之手にては、はかまを取、「なふ渡候か」とつれへ向。さをゝすてゝ、大鼓のまへにて右のひさをつき、かたを入、ひほかわをし〳〵立て、脇正方へ行、右のひさをつき、うたふ也。つれは、なをる。「是成若き人」と、つれを見る。「是にゑほしの候」と言、とり出し、してにきする。「なにのつれなふ候へき」と云、脇座へなをる。舞の末に立て、「あまり」と言、又すわる。久世舞のまに立て、さゝらを所望する時、「竹」と言時、舟中と笛の前を見て、「折ふし」と言、すわる。さゝらのたんのまに立て、かつこを所望する。「かつこを取てつけ候」、「こしにかつこかに相て候」なとゝ言、なをる也。 一  九十二  長良  一人。はなしもとゆひに、たうもとゆひ。そはつき。大口。末広。又、ちやうけんにてもする也。名乗、つねのことし。「是よりかひと言所にて」之時、少開也。「かひの土橋」と言時、脇座へ付やうにして、脇座へも不付。ふたいのまん中まて行、正方へ向、立て居也。して出て「あら、おそや」と言時、しての方へ向、ふしんなと言心持して見る也。「其言より(〔の葉も〕)はやたかいぬ」と言時より、こしをちとこゝむる心。うやまう心也。「約束のことくつたゑん」と言、うれしと思ふ心在之。「かきけすやうに」と言時、してをいかにもふしんして見送り、太鼓の前迄出候て、帰て、正方へ向、「言語道断」と言、「又こそ爰に来らめ」と言時、脇座を見。「いさみをなし」と言時、して柱の前へ行、正方をはるかに見上、うれしき気色して帰也。  後ハ、たうかふり。金のはちまき。そはつき。はんきり。けんをはき、末広。出て、はしかゝり、して柱と松との間にて、左の足を少ひき、右の足を引、「末やうたい」と言出す。「物すさましき」と言時、脇正方へひらく。「山のかいより見渡ハ」と云時、柱より内、脇座へ行道を直に見渡なり。柱よりそとをみるは、あしくと言なり。又、柱に手をかけてみるもあり。是もあしく。「月もくまなきしんかう」と云時、月をみるこゝろなり。「所ハかひの川波」とゆふ時出る。「川なみ」とふたいをみる。「渡せるはし」と言時、ふたいより、我か前へみる。「渡りし人の」と云時、二足三足程しりそき、足もとをみるなり。「うれしや今ハはや」と云時、扇にて手をうつなり。「おもふねかひ」と云時、扇をひろけ、しまひ有之。「あかつきかけて」と云時、わきさへあゆみ行。「こまをはやむる」と言時、はしかゝりをはるかにたちのひ、みるなり。したにゐる。「長良はるかにみ奉る」時、たちてみる也。しな有之。「いせひにをそれ」といふ時、あとへ少しさりて、いかにもうやまふこゝろして、つくはふなり。「其時長良立あかり」と言時、袖を引つくろひ、立て、手のしなある也。「土橋をはるかにのほり行ハ」とゆふとき、たひのきわまて行、つくはふ。「はるかの川に」と言時、くつをみ、よく〳〵くつにこゝろをかくるなり。くつをみるやうは、いかにも〳〵きつとみるなり。「長良つゝいて」と云とき、たひの上へ右之あしよりのほり、「とん①ており」と言字に合て、おるゝなり。「なかるゝくつをとらん」と言時、くつのきわへ行、ちかつき、くつをとらんとするなり。くつの有時②しらされハ、時によりなにと様にも、きてんしたひなり。もし、くつ、たひのきわなとへおりたらは、おり両小あしにて、けいたしてもくるしからす。よき程ならは、其まゝおくなり。人の目にかゝらさるやうにするなり。「かんせき」と正方を高くうけ、「いはを」と、ふたい内を見る心也。「取つきやうこそなかりけり」と言時、手を打、ゆひをさし、右のひさを立る。ゆひをさし心むるもも((ママ))有。それハわるしと言也。又、たいにこしをかくるも有。それもいらぬ事と言。「ふしきや川波立返」と言時、ちと心もち在之。「波間に出、しやたい」と言時、しやたいも(〔に〕)心を付也。「長郎さわかす」の返にて、けんをぬきて、立かゝる也。「くつををとり」と切はらいて、一まハりさまに、けんをさし、さてたいへ右の足より上り、正方を向、くつを両の手にて高〳〵とさし上、くつをはかせ、たいより左の足よりおり、うやまひ、両の手をつき、一巻を渡時、取て正方にて高くひろけ、拝見して、二えに折、左の手にもち、いろ〳〵心を付也。 ①「ん」は「つ」の上から書き直す。 ②「時」は「所」の誤写か。 一  九十三  景清  かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折。しての小謡之間に出て、鼓打のわきに居て、よひ出されて出也。人丸を見て、ふしんを立、「あれ成御事」と言也。「こなたへ渡り候へ」と言、人丸をハ脇座へなをし、供をハ笛の前へなをし、脇ハわき正方になをる。但、してにより人丸の下へなをるも有之。してと言合也。下にゐて、「いかに景清」と言。「なふ〳〵人丸を見て御対面」と言、物語の前に脇座へなをるも有。又、其まゝゐてもくるしからす。「さらハよとまる」と言時、人丸をさきに立て、入也。 一  九十四  せつたい  弁慶也。判官をさきに立。次第。道行、付すに。ふたをおしへられて見る。「やかて御着候へ」と、かねふさをみる。「御とまり候へ」と、わき座へなをる。わきハ、つゝみの前になをる。子の出るを見て、「たか御子息にて候か」と言、ちとしかる心在之。うは出る時、うやまう心有之。うはとのうたひ別の事なし。ちとたまり心斗也。「言語道断」と言。うはをはうくハんの前へ、しやうし出す心。それより心かわる也。物語に色々心在之。別の事なし。「弁慶なみたおさへつゝ」と子をみて心在之。「なく〳〵宿を出けれは」と言時、初出たる次第に入也。なこりおしけに入也。 一  九十五  朝長  二人。うつほ僧也。名乗、道行、付而①。在所の者をよふ。「いかに在所の人渡り候か」。「此所におゐて。長者之宿所、わきてハ朝長のむしよを、おしへて給候へ」。をしへられて一人行も在之。又、狂言とつれたちて行も在之。大夫出ても、立すにうたふ也。「あらうれしや」と言、立て、脇座へなをる也。間かゝる時、「さい前の人にて候か。朝長のしかひしはて給ひたる有さま、委かたつて御聞せ候へ」。「委しき御物かたり承候て落涙仕候。御ふしん尤にて候。くそうハ朝長の御ゆかりの者にて候故、御跡とふらひ申さんと思ひ、爰元罷下」。「心え申候。弥々とふらい申さうするにて候。」間之うたひ、其まゝうたふ也。つれなし。一人之間のうたひ、ならい在之。秘事也。 ①「而」は「す」の上から書き直す。 一  九十六  春栄  三人。なし打。はちまき。折なときて。ひたゝれ。刀。末広。供ハかみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折さして。太刀を持。春栄をさきに立、出て、太鼓のわきにかしこまり、春栄脇座へなをりたるを見て立て、名乗。右へ開、「いかに」と言。つれ立て「畏て候」と言、笛の少上になをる。供も笛の前になをる。太刀を下にをき、あふきをぬきもつ。して出、案内を言時、供出相て、きゝつき、わきへ言。供、又してへ言時、「太方(〔大法〕)」と言、刀を取、わき出相候時、立て、太鼓の前迄出る。してとわきとの間、少遠くゐ(る)也。聞て、春栄の前へ行、右のひさをつき言。立て、又種直へ言。其後、春栄の右ノ袖を取て、左の手にて引立。種直と春栄との間を見かへす様にして、種直のきわまてつれて行、俄にのく也。本座へ、なをる。「めしうとしゆこのつわ者」と言時、両の手をさし上、なく〳〵下にゐる也。いかにもあはれ成体也。居なをりて、種直に向、「春栄殿のおもさし」と言也。「心中にて候」と言はなし、のひ上り、かくやの方をみて、ふしん成かほにて「何と申そ」と言。種直に向、言てから、それより弥々あわれ成体心在之。久世舞、上ハ過て、立て、春栄をつれて、ふたいさきへ正方へ向なをし、かへりて、種直に向。ひさをつき「御なをり候へ」と言、なをるをみて、「雪のふるゑ」の時分、扇をさし、右のかたをぬきて、太刀を取、「御十念」と声をかくる。立て両の間へ行、ちと春栄のはうへより、両を見合時、早打ハかみをゆい。かみしもにて。刀、しつめ折をさし、右ノかたをぬき、文を右ノ手にもち、さし上て出也。出る時分ハ「花やさきぬらん」と、うたひはつる時分、間のきれぬやうに、ハしかゝりの三つ一つ出て、「いかに」と言こゑをきゝ、はやうちを見て、「おそしきれとの御使か」と、太刀をぬきてふり上る時、文を持て来、取なをし渡す也。「うれしし〳〵」と言、太刀をすてゝ、文を取、脇正方にて高くさし上、おとゝいより、ちと正方へ出て、右のひさをつき、よむ也。「まつ〳〵残ハよみてもむやく」と言、文を右にもち、左にて春栄を引立、本座へなをし、かたを入、種直に向、「兄弟のよしみ」と、両人をうれしけにみてなをる。「いかに太刀刀」と言付る。種直に向、「家につたわる重代の太刀」と右の手にてもち、こしりをつき、春栄の前にをき、居なをり、扇をぬき立て「猶よろこひ」と扇をひろけ、先春栄、後種直にしやくを取。帰て「伊つのみ嶋」と正方を請て、はるかに見てまハるもよし。其まゝもよし。「風ふきおさまる」扇をして、くてんの足にて、「かつしん」とふみ、「此時」とすわる也。春栄酌に立時、扇をひろけ請る。「いかに種直」と見て、舞を所望する也。「ふしおかみ」の時おかむ。春栄と入也。 一  九十七  元服曾我  すみほうし。水衣。大口。刀さしても吉。末広。しゆす。のうりきつれて、太刀をもたせて、はしめより出也。脇座に居也。「其なき跡をとハれん」と言時、なく也。「さすかに別当」と言時、立て、ふたり(〔い〕)のまん中迄出て、はるかに見送り、名残おしき体にて、うたひまて笛の脇より、地の中をとをり、太鼓のそハへ行て、待てゐる也。久世舞はてゝ、ハしかゝりへ立て、のうりきをよひ、してへせりふを言せて、脇座へ通る。「いて〳〵けんふくいわゝん」と言時、扇をさし、右の手にて太刀を取、立て、向へ行。右のひさをつき、かた手にて、太刀を下にをき、つねの太刀請取後のやうに直也。立て、脇座へなをる也。助成へ向、「一さし」と言也。 一  九十八  あたか ひて①とかし 重②盛  一人。かみをゆひ。かみしも。刀。し(つ)め折。狂言に太刀をもたせ、なのり、右へ開、「いかに誰か有」と言。言付て、なをる。狂言立て「いかに」と言時、立て、留也。いかにもきつと有やうにする也。気をう③いにする也。くハんしんちやう過て、「急て御通候へ」と言、笛の少かみに、なをる也。狂言ハ笛のまへにゐる也。狂言立て、「判官殿御通候」と言時、「心えて有」と言、いかにも急に右のかたをぬき、扇をさし、太刀を左にもち、立て、「いかに是成かうりき」と、いかにもつよく言、とむる。いさみかゝる時、太刀に手をかけ、いせいをする也。「近比あやまりて候」と、面目なけに言也。して通りてから、笛のうしろより、いとなく狂言方の中へ引、居也。久世舞の末に立て、ぬけぬやうに、「いかに誰か有」と言也。狂言帰て、してに向、せりふを言て、脇座へなをる。して、しやくをする時、扇をひろけ、請て、「一さし」と言也。 ①「ひて」は不明。 ②〈安宅〉に重盛は登場しない。 ③難読。「真」を間違えて「うい」と書写したか。 一  九十九  七きおち  一人。なし打。ひたゝれ。折物なときて。刀、末広さして。左に弓、右に矢を二つもち。はしかゝりにて、一せいをうたひ、しての舟をみて、「あれを見れハ」と言かくる。「腹きらんと」言、弓矢をすて、刀に手をかくる。狂言、うしろよりたく也。「しはらく」といわれ、きゝて、舟をよする体をして、して柱の内へ、扇をぬきもちて、出る。しうにたいめんの心也。しさりて、してに向、「いかに」と言也。立、とう平を引立、みする也。「さらは」と言、かたりの前にて、扇ぬきたるも吉。居なをりて、舞を所望する也。 一  百  満仲  一人。すみほうし。水衣。大口。末広。しゆす。はしかゝりにて名乗、安(〔案〕)内を言。して出る時せりふを言て、して柱より内へ出、なをる。「美女を引立」の時、立て、太鼓のわきより美女を引立。脇正方になをし、うたひて、してへ舞を所望してから、美女をつれて満仲の下へ居なをる也。「美女をともない」の時、美女をつれて入也。美女をさきに立る也。 一  百一  盛久  二人。なし打。ひたゝれ。折物なときて。刀。末広。太刀取ハ、なし打に、そはつき。大口。末広。太刀を持。又、道行あらハ、こしかき二人。是ハはちまきに、大口。刀さしても吉。してをさきに立、こしにのせて、其次脇、左ハ太刀取。「東山へ御こしを立候へ」と言心在之。ふたいへ出て、ろんきはてゝ、してハこしをかくる。其時、太鼓の前につくはいて、こしをかけてから笛の前へなをる也。又、道行時ハ、右の様ニ太鼓の脇につくはいて、こしをかけてから立て名乗。笛の前になをる。太刀取ハ、脇のなをるをみて、脇の下に、なをる也。してうたひ過て、立て少出て、ひさをつきて言也。御経ちやうもんの心在之。居なをり、「有かたや」ノ時小謡にて、又居なをる。「すてに八声の鳥なひて」の時、立てすゝむる。つれも立て行。心あらけなく也。座になをるとき、太刀取うしろに立より、太刀をぬき、ふり上ておとし、「御経のひかりまなこにふさかり」と両の手をさし上、目ふさかる体する也。其後うしろへのく也。「太刀をはそのまゝ直し」と、うたいに成て、うれしけになをる也。「いかに誰か有」と狂言をよふ。「盛久の事きとく成事にてハなきか」。色々しやれ事を言、かみをゆひ、ゐしやうをきる間、種々の事を言也。こしらへ、出来たる時分、ゑほしの事一人して参候。御前の体する也。「夢相」と言時ハ、ちとゐなをりて、御前を請て、してへ言。「よりともきこしめし」と言時、心在之。「いかに盛久しハし」と言時、御前を見て、はるかに下へゐなをり、御前をさして、両の手をつき、しハらくと言心気色をする也。御れんを上たる心体也。物語の後、「御さか月」の時、正方へ行。扇をひろけ、しての前へ行、渡す也。いかにもうれしけに成心する也。 一  百二  はちの木  一人。うつほそう也。ちとけつこう成小袖のふるき①てよし。かさをきる也。次第、わき名乗にて、かさをぬく。道行にて、きる也。付ス。かさをぬき。但②三度せハ一とハ、かさをぬかす候。宿をかる也。「さらハ待■③かし申する」と言、たいこのうしろへ入行也。からさい明寺殿の又雪ふる故也。「我等事にて候」と言。かさをもち、立て言。「あら曲なや」と言、腹立心して、又うしろさへ入。「さやうにおほしめし候ハヽ」の時分より立て、かさをき、はしかゝり行、かくやの方へ帰る体をする也。又ふたいさき、わきの居座へ行もよし。大夫次第也。「袖成雪を打はらい、〳〵」と言時、袖の雪をはらふ心する也。「是ハ東路」のあたりより、しつかに脇座へなをり、かさをぬく。「あの雪もちたる木」と、をしへられて、木を見る也。「いとま申て出る也」と言時、かさをもち立也。「なこりおしき」と、いとまこひの心して、「ともに名残やおしむらん」と言時、かさをを④((ママ))きて入也。  後ハ色の有すみほうし、折物なときて、衣なと吉。くハら。よき、しゆす。末広。文をふところにに((ママ))入。又、左のたもとに入も吉。太刀もちつれて、脇座にこしをかくる。「いかに誰か有」と、太刀持をよふ。太刀持聞て、狂言に言付る。して来時、「いかに」と言、めつらしきと言心在也。かたりの間に「其くそく」と言。又「長刀」と言時、長刀を見て、遠くをかは、「あノなきなた」と言。又ひさのきわにおかは、「其長刀」と言也。「自筆の状」と取出し、右の手、脇なけても渡。又、してによりて手にても渡也。 ①「ふるき」の下に「き」が入るか。「古き着てよし」の意味か。 ②「但三度せハ一とハ、かさをぬかす候」は「道行にて」の「にて」から傍記。 ③「■かし」はミセケチか。「「申する」と言、たいこのうしろへ入行也」は、■に傍記。「からさい明寺殿の又雪ふる故也」には、脱字脱文があるか。 ④「笠を置き」の意味ではなく、「を」は衍字。 一  百三  にしきと  二人。なし打。ひたゝれ。はちまき。刀。末広。供は、かみをゆひ。かみしも。刀。しつめ折。名乗て、右へ開、「いかに誰か有」と言、案内を言せよ。つゝみの前に正方向て、立てゐ(る)也。して出て、立向、してによりて脇座へ成も、又脇正方へ成も、とひ合て、引、なをる也。「座敷を立」と言時、あらけなく立て帰る也。してによりて引留也。跡へ立帰り、いかにもあらけなく「弓矢八幡」と言也。はかまのそはを取入也。  後ハ、なし打。白きはちまきに、そはつき。大口。太刀をはき、長刀をもち。よせての衆は刀斗也。はしかゝりにて、一声をうたふ也。後ハ、うたひに合心持在也。 一  百四  あふひの上  一人。ときん。すゝかけ。香色なとの水衣。大口。折物か、白き小袖なと吉。末広。しゆす一れんハもつ。一れんハ、ふところへ入也。刀さしても吉也。まくきハより少出て、左ノ足より引、右ノ足にて引、わきへ正方を請て、「くしき」とうたひ出す也。狂言を見て、「なんちハさきへ行候へ」と言。大臣出向時、病人をとう。「大床」と言時、「さらハ」と言、少出て小袖の所を見、「けに是ハ」と言。「さらハかちし申さう」と言、太鼓の前へ立寄、かしこまり、扇をさし、しゆすを右へ取直し、袖を引つくろう時、小鼓より打かくるを聞て立て、小袖のそハへ行。枕跡を見て、ひさをつき、左を立て、こしをすへ、「行者」と言出す。「一いのり」と言時、いのる也。して来から俄に見て、「なまん」と言時、左のひさをつきて、右を立て、うしろへ開き、して立つを見て立。してのかは、つむる。かゝらハ、のく也。よせのけハ、して次第にいのる也。して柱をかこハヽ、ひさをつき、いのる也。して小袖取付時、してのうしろをしゆすにて打。小袖をゝさへ、してへ心をはなさす見也。してうたひ出時立て、「たとい」と言出す。「(重)而」と、しゆすをすり、いのる也。して、つよき時ハよわくしりそく。して、よわき時ハつよくかゝり、是ゐんやうの心也。太鼓の前へ、いのり付る。しゆすにて打も有。また、いのりすへてもよし。「是まてな」と言時、本座へのき、なをる也。能々心付る。うれしき心もち在之。 一  百五  せうき  一人。たうもとゆい。そはつき。大口。末広。名乗。道行、付すに。正方へ向、立てゐて、してによハれて向。「いつをいつとか」の時、なをる也。後ハ、そのまゝうたふ也。  ①間をかたらハ狂言かゝる時、「近比おほしよらさる事に候へとも、せうきノきよつかいにて、かうへを打くたき、むなしく成、其後そうくハんせられ(候)子細御存ならハ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候。尋申事よのきにあらす。我らていとと((ママ))へ趣候処ニ、老人一人来そうもん申たきと被申候間、いか成ものそと申て候へハ、只今御身御物かたりと一しく、懇にかたり、其後こゑハかりにてかたちを見うしない候間、ふしんに存、尋申候事候。心え申候」。 ①以下、末尾までは、冒頭「一人」からに傍記する。 一  百六  つな  五人も六人も吉。来光ハ、かさ折。ちやうけん。大口。末広。つなハ、かみをゆひ。かみしも。しつめ折。刀。来光をさきに立、つきにつな、其跡にほふしやう。次第過、来光名乗之時、各々かしこまり、「有かた」より各々立、うたふ也。道行、付すに。来光、脇座にこしをかくる。残ハ太鼓の前に待てゐ(る)也。来光「いかに誰か有」と、シカ〳〵出て、来光めん〳〵を近ふよふ。「仰にて候程に」と云時、各々出る。つなハ脇正方、ほうしやうハ笛の前、残ハ間〳〵にゐ(る)也。 来光「いかに」と言。つな「さん候」と言、、めん〳〵を下地(〔知〕)する心也。「いかにほうしやうに申へき事の候」と、ちとさゝゆる心在之。ほうしやうもあらけなく腹を立て、御前にてと言心也。たかいにあらそい心也。「まんさのともから」と、みな〳〵ちと心在之。「しるしをたへ」と言時、来光へ向、手をつき言。来光、札を右の手にて渡。つなハ立て行、札を取。両の手にて取、左にもち、帰る。「立帰」と言時、又帰り、来光へも向、各々へも心を付、かくやの方にて、とゝめ入也。来光、各々、入也。  後ハ、しろきはちまき。黒かしら。くわかた。そはつき。折物成共、折すち成共。大口。太刀をはき、札を右の手に。ふちを持。はしかゝりの中程まてハ、さら〳〵と出。正方へ向、左の足を少開、右ノ足を引すへ、「さても」とうたふ也。左にハ、たつなを持たる心也。「南かしら」と言時、南を見てあゆみ出て、「らしやうもんを見渡」と言時、作物を見渡て、「駒もすゝまぬ(〔ず〕)」心、「みふるい」する心。急心。「其時馬をのりはなす」と言時、ふちをすてゝ、ふたひへさら〳〵と出て、たいへ上り、右の手にて札をぬき、正方の方にふたのかきをかけて、帰らんとする所を、してにとらへられて、太刀に手かけて、ぬかん〳〵とする。ぬ①くもよし。かふとを引ちきられて、とひおり、かしこまり、右のひさをつき、左のひさを立て、太刀に手をかけ見る也。しつかに太刀をぬき、さしかさして待立也。「とひちかひ」の時、とひちかい、きる。くみつく所を、はらふ。「したい行」時、しての跡を行心也。「つなハ名をこそ」と言時、大夫のしとめ所へ行、太刀をかたけ、しとめて入也。 ①「ぬくもよし」は「ぬかん〳〵とする」に傍記。 一  百七 かうう  二人も三人も。たうもとゆひ。折すちなときて。大口。末広。うしろにさして、つえのさきに、くさをゆひ、右のかたにかたけ出る也。次第過、つえを左にておろし、右にさけて。又、両の手にてひきくもちてもよし。名乗て、つれもつえを同様ニおろして、つくはう。「野へハ」とうたひ出して、又つえをかたけ、三人なから立向、道行うたふ。付すに。せりふを言、なをる。つえをおろし、下にをく。して出て□□□、立て、取て、はしめのやうにつえをかたけて、うたふ。「さらはをりて」と言、おるゝ心して、正方へ向、立てゐる也。「もとのみきわ」と言、又舟にのり、下にゐ、くさをゝろし、下にをく。「御上り候へ」と言時、くさを取、立てかたけ、おるゝ体也。「御舟おそれて候」と云、上る。してに向、「又せんちん」と云、「あらやさしや」と言、「何の草花にても」と言、さし出す。つれの衆も「此花をも」と言立て、さし出す。「ふしきや」と言、かたりの時すわる。但、してにより立てもかたる也。脇も立て、きく也。  大鼓の前迄行、「いかに在所の人の渡候か、少尋申度事の候間、こなたへ御出候へ」。知音也。「別成事にてハなく候。此うかうの野へにおゐて、美人草のいわれ御存候ハヽ、かたつて御聞せ候へ」。「懇に御物語候者哉。尋申事よの儀にあらす。かた〳〵御存のことく、某は此野への草かりにて候か、いつものことく草をかり、便舟を待、是成舟にのり候処に、舟ちんの事を申(候)程に、我等こときの者の舟ちん出したる事ハなく候と申て候へハ、舟ちんと申せはとてよの儀にてハなし、是程の多草花を一もとくれよと申候程に、あらやさしやと存、何の草花にてもめされ候へと申、此草を出し候へハ、多き草花の中より一本ゑつてとられ候程に、何とて其花をゑつてめされ候そと申て候へハ、是ハひしん草と申て、ゆへ有花と申され候程に、ふしんをなして候へハ、只今御身の御物かたりと一しく、かううかうそのたゝかいのやうを懇にかたり、其後我こそかううかゆうれいと名乗、あととふらいてくれよと言すて、姿を見うしなひて候」。「心え申候。さあらハ此所に逗留し、彼御跡を懇にとふらひ申さうするにて候」。立て、正方へ向、「一せい」とかつしやうし、なをる也。 一  百八  舟弁慶  三人も四人も。ときん。すゝかけ。折物なときて。水衣。大口。末広。しゆす。刀。立衆ハ、なし打。そはつき。大口。末広。刀。判官をさきに立、出る。次第。名乗。さしにて、各々立向。判官名乗の間ハ、かしこまる。但、立てもくるしからす。心在へし。「又よをこめて」の時、立向。道行、付而。あやかしへ向、御宿の事を言。つれ衆ハ笛の前に立て待。大鼓の前へ行、「いかに此屋のていしゆの渡候か」。知人也。てい衆(〔主〕)出て、なをる也。判官こしをかけてから、わき大鼓の前にて、右のひさをつき、両の手をつき「いかに」と言。「さらハ某参りて」と言、しゆすをふところに入て立、はしかゝりにて、「しつか」と言。「あら〳〵事〳〵しや」と、ちと心をかへて「さ有ハ」と言。してよりさきに、ふたいへさら〳〵と出、手をつき、「しつか」と言、其まゝゐなをり、「此たへ」と言、笛の前になをり、「いや〳〵くるしからぬ」と、ちとわらふ心する也。「涙をなかし」と言時、なく心在之。「いかに弁慶」といわれ、手をつき、きゝ、立て、扇ひろけ、しつかに酒をすゝむる心也。「是にゑほしの候」と言、取てきする也。本座に、なをる。  しゆすを取出す。「急御舟を出さうするにて候」と言、太鼓のそはまて行、「いかにせんとう」と言、色々の事を言也。つれわき立て、其時立向、「御使」と聞、かしこまる。ちとあら〳〵と言也。「急御舟を出へし」と手を上、舟頭にハ、御舟急と言心也。「立さハきつゝ」の時立、舟を出してから舟にのる。下にゐる也。立、東をはるかに見て、「あら咲止や」と言。「あのむこ山おろし」と右を見、「ゆつりはかたけ」と左を見、「吹おろす風」と、ろくちを見、「みな〳〵心中に」と舟中を見、つれみて、「しハらくと」言。はしかゝりを向へ見渡し、はるかにみて、「あらふしきや」と言。「いかに弁慶」といわれ、右のひさをつき、手をもつき「御前に候」と言。扇をさし、それよりしゆすを両の手にてつまくり、きねんの心在之。「弁慶をしへたて」の時、中へわり入心在之。「しゆすさら〳〵とおしもんて」の時より、いのる也。「東方」と東を見、「南方」と南を見、「西方」と西を見、「北方」と北を見、して遠さかる時ハ、しつかにいのる。近つく時ハ、急にいのる也。「弁慶舟子」と言、舟中へ心を付。してしつ((ママ))たい来とき、はらひ、いのりのくる心在之。近くへよらハ、しゆすにて打也。かしこまり、判官をさきにおろし、供して入也。 一  百九  大え  一人。くすみたるほうし。紫か香か。水衣。大口。末広。して、しゆすを持。脇座に、こしをかくる。うたひ、いかにもしん成心也。中入より、こしかけるおりに、出はに心を付す。「両眼をひらき」と言時より目を明、見る心。それより心を付也。俄にみる心也。「きみやうちやうらい」の時分より立て、しての前へそろ〳〵と行。「一しんにかつせうし」と言、かつせうし立て、のき、なをる也。 一  百十  せかい  太郎坊、つれわき也。ときん。すゝかけ。白き物なときて。香の衣よし。大口。末広さして吉。しゆす。刀さして吉。してによはれて出、「先某あんしつへ御入候へ」と言、さゝ(〔き〕)へ通、笛の前になをる。左の足上にひさをくむ也。「あれこそ日本の」と、ひゑの山をゝしゆる也。あたこと、ひえの山を見渡す心也。「いさもろ共に立出て」と言時、正方へ立ならひ、「我か名やよ所に高尾山」と見心。「東をみれは」とよ(〔き〕)東を見る。「南につゝく」と南を見つゝくる。「嵐と共にと((ママ))うせにけり」と、してと一度に入。  僧正、本脇也。すみほうし。香の衣なと吉。折物なときて。大口。末広さす。しゆすもつ。つれも二人なから同。くるまを出し、出る也。くるまのうしろより乗。つれもうしろより、一人は左へ行、一人ハ右にゐる也。うたひ出し、「あれに見えたるさかり松」と、松を見渡心也。地のうたひに成て、こしをかくる。両人も下にゐ(る)也。「ちやうかせつしや」と、あらけなくつよくいのる也。「又飛来」と、又いのる。つよく俄にいのる也。くるまよりおり、脇まわりて、前よりおるゝ也。下かゝりには、太郎坊本脇と也。 一  百十一  鞍馬天狗  三人。つねのそう。ちこをさきにたて。花みの衆をいかほと成共つれて。はしかゝりにて文を取、高〳〵とさし上、正方を請て、よむ也。小うたひになりて、文をゝき、ふたいへ出て、ちこを脇座になをして、むかいを下りに、なをる。狂言とからかひ、「いや〳〵たゝおたちあらう」と言。児斗置て、みな〳〵入也。 一  百十二  せつ生石  二人。そう也。紫の衣なとも吉。次第。道行、付而。狂言来時、「なんちハ物にくるうか、くたひれて有か」なとゝ言也。正方へ向、立てゐ(る)也。して「なふ〳〵」と言時、向、後に石のきわへよらす。してと石とへ能々心付る。「物すこき秋の夕哉」にて、すわる也。  「いかにのう力。汝ハ玉もの前のいハれ存たらハかたり候へ」。「心えて有。さあらハあの石のほとりへ立寄、かつしやうするにて候、乍去、先かつし候へ」。扇をさし、しゆすを左へ取、つえを右につき立。たいのきわへより、「花をたむけ」と右のひさをつき、つえを下に置、せうかうの心して、「なんちくハんらひ」の時、立。「きう〳〵に」と言時、二つたゝき、「され〳〵」と言、のき、なをる也。後にハたゝすに、うたふ也。 一  百十三  金輪  男ハかみをゆい。かみしも。しつめ折。名乗、はしかゝりの方へ向、案内を言。わきハかさ折。ちやうけん。大口。末広。又たてゑほしに。水衣。大口にてもする也。はしかゝりにて男とうたひ、男ハ笛の前になをる也。「御命をてんしかゑん」と言、太鼓のわきにゐ(る)也。作物を出す也。其間に扇をさす。しゆす右へ取、立て、左よりふみ出し、たなのそはへ行。左のひさをつき、右のひさをたて、御へいを取、右の手に持、右のひさをたて持、よせいしていて、「てんしかへ申さん」と言出す。「きんしやう」のへいを一つふり、又初のやうに持、いたゝかす。「雨ふり」と右の空を見、「いなつま」と左の空を見、「御へいもさゝめき」と言時、へいを二ふりふりて、ふりすへて、左の手をそへいたゝきて取なをし、さかさまに直之。立て、脇座へなをる也。 一  百十四  道成寺  三人。つねのそう。但、大口。刀さしてもよし。名乗て、のうりきをよひて言付、なをる。つれも同。のうりき来、つれ、まいの事言。つれハ「しらぬ」と言。  「おち申候」と言時、「何かおち候」と言、しかる也。立て行、見る也。きもをつふす体也。つれに向、「ミな〳〵御存候か」と言。かたりの間にも、つれへ言渡。「なんほう」と扇をひろけて、手を打も有。又其まゝとも言也。二度有ハ、かへてすへし。「水かへつて」から気を、はつたともちかへて、「東方」からしゆすをする。いかにもさらり〳〵となかく、せいをいれすにする也。「うこくかうこかぬか」のあたりより、つよくいのる。「つきかねこそ」と、のひ上りて見て、猶つめかけ〳〵いのる也。かねを引上て後、猶つめかけいのる也。「きんせいとう方」の出し、わきの物なれは、せいを入うたふ也。はたらきの間のいのりも、して次第也。しゆすにてうたす。かねによりつくを、よりて引すゆる也。扇にても、又しゆすにても、しとめする也。何も同事也。 一  百十五  くろつか  二人。つねの山伏也。次第過、正方にて、さしをうたふ。つれと同也。「しかるにゆうけい」の時、立、向也。道行、付也。つれも少付やうの心也。「宿をからふ」と言、なをる也。「案内申候」と言時、二人なから立て、かる也。してすわる。二人なからすわる也。わくかせわと見て、ふしんをたつる也。  中入にふしんを立る也。のうり(き)と色々しやれ事を言也。二人なから扇をひたひにあて、ねふる也。ねふる内にのうりきかへるを見て、「いふ(〔す〕)方へ引(〔行〕)そ」と、二度言とかむる也。三度めにハ■①■のうりきにいわれて、「さらハ引(〔行〕)て見うするにて候」と言。扇をさし、しゆすを右へ取、二人なから立。して柱の方へまわりたるか吉。作り物の内を見て、「ふしきや」と言也。下かゝりにハ脇正方のかたへ廻と也。それハ悪しと言也。「足にまかせてにけて引(〔行〕)」と言時、脇座の方へ行、正方へ向、二人なから立て、ゐる也。して出て、「いかに客僧」と言時、してへ向、それよりいかにも、いせいをあらしてする也。「おそろしや」と言時、してよりすゝみかゝる時、二人なからいのる也。して打かゝらハのく。ちとよハれけれは、つめかけていのる。はしかゝりまていのりつめて打、帰る時、柱をしてかこハゝ、脇よりもかこへ。脇座まて打つめられて、太鼓の打上を聞て、言出す也。「御ころ〳〵」ときをいかけて、いのり付る也。「せめかけ〳〵」の時、いかにもきをい、ゐのり付而、打おさむる也。一つしゆすにて打也。つれは立てゐて、中にていのり留る也。「今まて」の返にて、のきなをる也。 ①難読。「ふみ」か。 一  百十六  もみちかり  三人も五人も出る也。かさ折。ちやうけん。大口。末広。刀。又、なし打に。はちまき。ひたゝれ。大口。末広。刀にてする時は、左のかたをぬき、左に弓を持、矢をこしにさし、右の手にてハ、大口の前を少取様にして出る。つれハかみしもに、かみをゆい。太刀もちハ一人、たちをもち、残衆ハ右のかたをゆ(〔ぬ〕)き、つえをつく。はしかゝりを三つ二つほと出て、左にてふみとめ、右にて引すゑ、正方を請て、「面白や」と言出す。道行の心に謡也。左へひらき、「いかに誰か有」と言。つれ、ひさまつき聞、「あの山かけ」と、しての方へ向、心を付而言也。つれ立て、さきへ出、狂言に言也。帰て、もとの所にてかしこまり、手をつき、わきへ言也。「かた〳〵乗打」と、みな〳〵へ言渡心也。正方を請て、「馬よりおりて」の返にて、弓を右へ取、つゑにつきて、弓のこしやう、馬のかしらにさハらぬ分別在之。左の足をうしろへおり、引しりそき、又右の足を引そろへ、又弓を左へ取なをし、はしめのやうにして、いかにもはるかに正方をうかゝい、ゆら〳〵と出、して柱より少さきへ出也。かたく成ぬやうに出ると言也。正方へ向、脇正方に立てゐ(る)也。してへ少も心を付す。おそれて忍体也。「袂にすかりとゝむる」と言時より、猶さきへ行、見て、さて〳〵うつくしきと思ふ心也。そろ〳〵と脇座へ引なをりて、弓矢を下に置也。扇をぬきもち、「むね打さはく」扇在之。して酌をせハ扇をひろけ請也。して次第也。何時も勺(〔酌〕)を合時合へし。舞の四段めの頭より、いつとなくひさをなをして、しての扇を取なをし、見物の衆も、してに心目をやり、脇へ心のなき内に扇をひろけ、左のひさに左のひちをつき、左の手にて扇をひたいにあて、右の手さきにてひさをゝさへ、ひちをいからせ、ねむる也。  狂言出て、太刀を枕本に置、帰りてから、そろり(と)をき、目をさましたる体也。扇を右へ取、太刀を一目見、おししつめて「あらあさましや」と言出す。笛はたらきの内にて、ゑほしをぬき、ちやうけんをぬき、かみをも打さはき、ひんをもなておと(〔ろ〕)し、たちを取、ひさをなをし、してへ心を付る。はたらきの内にも太刀をとり、ゐなをる事在之。「南無や」と正方へ向、太刀をいたゝくも有之。其まゝくわんねんする体をもするも在之。太刀をぬいて立ても。又ひさまついても。「とひちかい」やうハ言合て、「引をろし」と左の手にて引をろし、右の手にて「さしとをし」、左の手をそへて二刀きりて、右のかたへ太刀をかたけ、右の足よりひらき、左の手にてハ大口のそはを高くとり、しとむる也。太刀を狂言のゐ座へ、やり入也。又一刀きりて、二刀めをハつきて、太刀をかたけすに、うてまくりするやうにしても留る事在之。 一  百十七  あひそめ川  二人。かさ折。ちやうけん。大口。末広。供ハ、かみをゆひ。かみしも。しつめ折。刀。はしかゝりにて名乗。たいはいせす、ふたい見、「あらふしきや」と見て、「いかに」と供へ言。供ハかしこまり聞て、少さきへ出、「さこのせうにかへりて」、もとの所にて手をつき、言。「さこのせう来」言。子を見て、「あまり成ハ」と言。文取来時、取て正方へ向、ひろけてよむ。「よりすみ」とよむ内から、少心在之。「かん主、や」と、きもをつふす体也。「言語道断」と言。文をまき、左にもち、そろ〳〵とふたいへ出、いつとなく文をすつる。子を見て、「あらふひんの者も(〔候〕)や」と、ふひむかる心体也。「なのみとすれと」の時、正方へ向、はつかしき体。又、「なみたにむせひ」と、なく心也。「月かけ」と、いかにもしつめて、あわれに言心也。「それと見えねと」ゝ言時、目をはなす。「是こそ父よ」と立向、しな在之。「さこそ」と目をはなす。「とり付かみかきなて」とうたいに合て、かみかきなて、右のひさをつき、かつくりとつくはいより、「所用おもハぬ」と言時、両の手にてなく。立、「いかにさこ」と言。しかいのそはへ行、右之ひさをつき、左を立。つねの者のねて居候物言なとすることく、「いかに」と言也。「かんしよく」とかほゝしつと見、さて〳〵と言心也。「せんけんのくろかみ」と、又かみを見る心也。「まゆすみ」と、又かほゝみる。あけはをハ、いかにもあいしやうに声を出す。「思ひや跡にさ(〔残〕)らん」と子を見る。「らん」立、鼓の前にて、さこに「のつと」と言、つくはい、扇をさし、へいをとり立て、正方のしかいのそはへ行、左のひさをつき、右のひさを立、〈かなわ〉の、のつとのことく、へいをふり、「きんしやう」と言出す。いたたく也。「しやつくハう」と、又へいをふり、いたゝく。へいを持なから、脇座へなをり、へいを下に直①也。 ①「直」は「置」の誤写か。 一  百十八  松山かゝみ  かみをゆい。かみしも。刀。しつめ折。姫と、かゝみをさきへ出し、出候。名乗を少ひきく名乗。笛の前にかしこまり、姫うたひはてゝ、立て、「あらふひんや」と言、うたふ也。姫を見て、「何とて物をハ申さぬそ」と言。いろ〳〵引事なと言時ハ、脇正方なと請也。立寄て、「かゝみを見うや」と言、かゝみの前へ行。見て、「や、されはこそ」と言、少立のく。「やあ、いかにひめ」と姫に向。「あらふひんや」と言時、脇正方へ向、言。「やあ。いかにひめ」と姫に向。「父か立寄ハ」と言時、かゝみの前へ向。「扇をうつせハ」と言時、扇をうつし、やかて引。「爰をもつて」と、ひめに向。「父はなみたに」と言時、両の手をさし上、なき〳〵へつたりとすわり、なく。「我こそはとハ」と言時、かゝみを見。「面目なし」と、かをゝ引、面目なけに居也。しつとりと立入也。 【以下重複曲】 (通盛) し①■□□□□□■シテと一度 に、すハる也。後ハこしをふむ②也。 [初出との異同] ①以下は料紙の継ぎ目にあたり、ほとんど判読できない。初出では、「(かつ)しやうして言也。してと一度に、すハる也」。 ②「む」は「懸」。 一  二十八  忠度  三人。下僧也。道行、不付。「宿をからう」と言、なをる也。立て、中入に心を付也。  直に大鼓之前迄引(〔行〕)、間をよふ。「少尋申度事候間、是へ御出候へ」言、本座へなをる。「此所にてさつまのかみ忠度のはて給ひたるいわれ存ならハ御物語候へ」。「懇に御物かたり候物哉。尋申事よの儀に有す。是ハ都方の者にて候か、此所初而一見の事にて候か、此所にてやとをかり候①へハ、花②のかけ程之宿の候へきかとの給ひ候程に、たれを有主((ママ))とて定候へきと申て候へハ、それにつき只今御身の御物かたりと一しく、色々哥物語なと申③伝すへき由申、是成花之かけにて姿を見うしなひて候程に、ふしんに存、さて尋申て候」。「心へ申候。懇にとふらひ申さうするにて候」。「心え申候」。□□と、うた(ひ)出してから立也。 [初出との異同] ①「候ヘハ」はない。 ②「花」の前に「又ハ」が入る。 ③「申」の後に「され、其後都へ帰りて御言」が入る。 一  二十九  兼平  一人。つねの僧也。道行、付而。なをる也。立て、「なふ〳〵」と言。「とく〳〵めされ」と言時、右之足より乗。下ニ居る也。「いかに舟頭殿」と云也。「先、向に見へたる」と見て、名所浦山と、それ〳〵に心、目、かほ、身をもやる様にして謡也。シテと言合て、身をやる也。正方へ、すみかけて居也。太夫、中入之時、いかにもふしんなる体をして見る也。  狂言出て、ふしむを立る時、「是ハ向より舟をかり候て、此所へ越て候。それにつき不審成事之候。少尋申度事候間、こなたへ御出候」と言、舟より上り、居座へなをる。間、出ルなり。「別成事にても無候。今井之四郎兼平のあわつか原にてはて給ひたる様体、御存ならハ語て御聞せ候へ」。「懇に御物語候物哉。尋申事①儀に有す。是ハ兼平之御ゆかりの者にて候か、御跡弔申さんため此所参候処に、向にて便舟をこひ、舟ニ乗候へハ、舟中にてみへ渡りたる浦山名所旧跡を尋申候へは、こと〳〵くをしへ給ひ、其後此所あハつにはやく付と斗言すて、姿を見うしなひて候ほとに、ふしんに存、さて尋申て候」。「心得申候。此所に逗留し②、兼平ノ御跡、懇に御弔申さうするにて候」。後ハ其まゝ。 [初出との異同] ①「事」の後に「よの」が入る。 ②「し」の後に「弥々」が入る。 一  三十  恒正  一人。下僧。大口也。又うつほにても吉。道行、不付に。正方へ行、立て居也。シテ出る時、「ふしきや」と、其まゝ向也。「まほろしの」返にて、すわる也。 一  三十一  実盛  三人僧。本脇は大口也。うつほにもよし。脇座に、こしをかくる。狂言、口明を言候て、謡出す。つれ二人ハ鼓之前に居也。道行過てから、脇座へなをる也。シテ出ても、其まゝ謡也。  間、かゝる也。「何とてけふハおそく参候そ」と言。色々①ふしんせられ、それにつきくそうも少不審成事の候。此所にて斉藤別当実盛之はて給ひたる謂、御②存ならハ語て御聞せ候へ」。「懇に御物語執着申候。ふしん成事候。よの儀にてハなく候。おことのふしんのことく何方共知す老人一人、此間日中③せうみやうにおこたらす参候間、いか成者そ名を名乗と申候ヘハ④、なのらて実盛之はて給たる様体を懇にかたり給ひ、其後御身之⑤御物かたりと一しく、我実盛かゆうれいと言捨、あの池の辺に立寄と見て、姿を見うしなひて候ほとに、なんほうふしんに候」。「さあらハあの池の辺にて、懇に弔申さうするにて候」。立てうたひ、正方へ向、ガツしやうして、「南無阿み」と言なり。其間にこしかけをとらせて、後は、こしをかけす。 [初出との異同] ①「色々」の後に「ふしんせられ、それにつきくそうも少」がない。 ②「御」がない。 ③「日中」の後に「の」が入る。 ④「間」の後に「名をハ」が入る。 ⑤「之」がない。 一  三十二  あつもり  一人。ゐ中僧也。次第を笛之方へ向、うたふ也。道行、付而。正方にて、せりふを言、なをる。立て、「いかに」と云。「身のわさの」小謡にて、すわる也。但、シテにうかゝい立て、仕舞なと在之と言は、立て居也。  立て、在所之者をよふ。狂言より、かゝる事も在之。「少尋申度事候。此所におゐて篤盛之はて給ひたる様体をかたつて御聞せ候へ」。「懇に御物かたり候。近比面目もなき事にて候へとも、是は熊谷の次郎直実かはてにて候①」。「うけたまハり候昔を思ひ出て落涙仕て候。弥々此所にて御経を②み、御弔申さうするにて候」。立て、うたふ。但、其まゝもよし。 [初出との異同] ①「候」の後に「心え申し候。只今の御物かたりを」が入る。 ②「を」の後に「よ」が入る。 一  三十三  江口  三人。下僧也。付而。つれにせりふを言、なをす。大鼓の前にて「いかに里人之渡候か」。「此所おハ江口の里と申候か。此所にて江口の君の旧跡ハいつく之ほとにて候そ」。「さあらハ立寄弔申さうするにて候」と言。ちと高くよりて。大夫にとひ合所は、大夫次第に見て、「さては」と言出す。「あらいたわしや」と言、正方へ行。立て居て、大夫によひかへされて、「ふしきやな」と云也。  大夫中入之時、直に大鼓之前迄又行、「いかにさいせんの人の渡候か」と、間をよふ。「少尋申事之候て①、こなたへ御出候へ」。「此所にて江口之君のいわれ御存ならは、かたつて御きかせ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事よの儀にあらす。さいせん御身の②御をしへ給如、江口之君の旧跡をたゝ何となく弔候処ニ、いつく共不知女性一人来③、江口之君之ゆうれいと名のり、是成川竹之ほとりにて、姿を見うしなひて候ほとに、ふしんに候てたつね④て候」。「心へ申候。此所に逗留し、江口之君之御跡を懇に弔申さうするにて候」。「いさとふらいて」の時、立也。 [初出との異同] ①「て」ではなく「間」。 ②「の」がない。 ③「来」の後に「江口之君の御事懇に語、其後我こそ」が入る。 ④「ね」の後に「申」が入る。 一  三十四  采女  一人。常の僧。道行、付而。正方へ向、「うれしや」と言、なをる。立て、さる沢の池を見る心。シテ次第の心也。小謡にて、なをる。  中入に立て、「いかに此所の人ノ①渡り候か」。狂言出時、なをりて、「うねめの君のいわれ御存ならハかたりて御きかせ候へ」。「懇に御物かたり候者哉。尋申事余の儀②あらす。是ハ諸国一見之僧にて候か、此春日之明神へ初而参候処に、何方共なく、女性一人来、此春日山の子細さま〳〵かたり給ひ、其後是成猿沢の池へともなわふすると承候ほとに、参りて候へハ、思ふ子細之候へハ、此池の辺にて仏事をなせと承候程に、安間の事にて候、扨誰と心さし、ゑこう申へきと申て候へハ、さま〳〵かたり給ひ、其後我ハ采女の君のいうれいと承、此池水に入せ給ふと見て、姿を見うしなひて候ほとに、ふしんに存、扨尋申て候」。「心得申候。さあらは御池の辺にて御経をよみ、仏事をなし申さうするにて候」。下に居なから哥をよみかへす也。 [初出との異同] ①「ノ」がない。 ②「儀」の後に「に」が入る。 一  三十五  定家  三人。白、紫、黄ハ、ヽるし。次第、道行、つねのことし。付て。つれ方①ハ、なをる。わきは正方向、「面白や」と言。「あら笑心(〔止〕)や」と、時雨を見る心。「是成宿り」と、わき座を見て、立寄心也。してに、よはれて向ふ。うたふ也。「実々、是成かくを見れは」と、正方の上の、けたのとをりを見てうたふ也。つかへ行時ハ、して次第に行。つかを見て、「あらふしきや」と言。小うたいにて、なをる。  立て、「いかに此所の人ノ渡り候か」と言。狂言出る時、「是ハ北国かたの僧にて候か、此所初而一見の事にて候。此②分てハしよくし内しんわうの御事御存候ハヽ、かたりて御聞せ候へ」。「懇に御物語候者哉。尋申事余の儀に有す。さいせんも申ことく、是ハ北国方の者にて候か、此所初而一見仕候処に、俄時雨のふり来候ほとに、是成一宿りに立寄、時雨をはらさはやと思ひ候処に、何方共③女性一人来、何とて其やとりへハ立寄候そと承候程に、只今の時雨をはらさむ為に立寄候と申て候へハ、是ハ定家の卿の立おかれ、さ④て時雨のちむにて候と承、其後無所へ供なわふすると承候程に、参候へハ、是成石とうハしよくし内しんわうのみはかなり、又此かつらをハ定家かつらと申の⑤よし給⑥候程に、定家かつらとはいかやうなるいわれにて候そと申て候へハ、定家かつらのいわれさま〳〵語給ひ、其後しよくしないしんわう、是迄見え来りたりと承、此石とうの辺にて姿をみうしなひ候程に、ふしんに存、扨尋申て候」。「心得申候。此所にしはらく逗留し、定家の卿又ハしよくしないしんわうのおんあと、懇とふらひ申さうするにて候」。後は立ても、すわりても、くるしからす。出はより、ふしきの声と思ふ心有之。「是見給へ」の時、「あらいたわし」と言て、立て前へよりても、又⑦其まゝにても。かつせうして出る時、本座へなをる。よく〳〵心を付るなり。 [初出との異同] ①「方」ではなく「衆」。 ②「此」の後に「所におゐて、定家卿のいわれ」が入る。 ③「共」の後に「知す」が入る。 ④「さて」ではなく「たる」。 ⑤「の」がない。 ⑥「給」ではなく「承」。 ⑦「又其まゝにても。かつせうして」がない。 一  三十六  夕かほ  三人。但、壱人にても。白、紫、黄ハわるし。ちやか、あさきなとよし。名乗過、さしより、つれ衆うたひ出して①。道行つかすに②。つれハ、なをる。わきハ、かくやの方をみて「あのやつま」と言、なをる。中入を見す。  「いかに此あたりの人の渡候か」。狂言出時、「少尋申度事の候間、こなたへ御出候へ」。「是ハ豊後の国より出たる僧にて候か、此所におゐて、何かしのゐんのいわれ、わ③きては夕かほの上のいわれ御存候ハヽ、語て御聞せ候へ」。「懇に御物語候者哉。尋申事よの儀にあらす。才(〔最〕)前も申ことく、是ハ豊後の国より罷上、此所何となくやすらひ候所に、何方共知す、女性一人、歌をきんして来候程に、ふしんをなして候へハ、何かしのゐんのいわれ懇に語、又夕かほの上のいわれ、我か身の上に言なし、姿をかきけすやうに見うしなひて候程に、ふしんに存、扨尋申て候」。「心得申候。此所におゐて懇にとむらひ申さうするにて候」。■④て■■せうし、なをる。但、御前の⑤ [初出との異同] ①「て」の後に「足立」が入る。 ②「に」がない。 ③「わきては夕かほの上のいわれ」がない。 ④難読箇所は、「立てかつせうし」。 ⑤ここで本文記事が終わる。