鷺流狂言『宝暦名女川本』「盗類雑」「遠雑類」翻刻 永井 猛 稲田秀雄 伊海孝充   凡 例 一 、鷺流狂言『宝暦名女川本』のうち、「盗類雑」「遠雑類」(法政大学能楽研究所蔵)の二冊を翻刻する。 一 、底本を忠実に翻刻することを原則としたが、通読の便宜を考慮し、左の方針に従った。  1、仮名遣い、送り仮名は底本通りとした。  2、濁点・拗音・促音の表記は、底本のままとした。  3、合字等は通行字体に改めた。    (例)ゟ→より、ヿ→コト、●→トモ  4、漢字の異体字や旧字体は、原則として通行の字体や新字体に改めた。ただし、一部そのままとしたものもある。     (例) 哥 嶋 嶌 附 躰 喚 皷  5、漢字の振り仮名の表記は底本のままとした。特に読みにくい漢字には適宜振り仮名を( )に入れて傍記した。  6、片仮名と平仮名の共通の書体である「ニ」「ハ」「ミ」は、片仮名として翻刻した。  7、片仮名の「セ」「ツ」「リ」と平仮名の「せ」「つ」「り」の判定が困難な場合は、平仮名にした。  8、得・之・見・茂・和・居の類は、文意によって適宜「え」「の」「み」「も」「わ」「ゐ」とした  9、反復記号については、二字以上の繰り返しの「〳〵」はそのまま用い、漢字一字の繰り返しは「々」、平仮名一字の繰り返しは「ゝ」、片仮名一字の繰り返しは「ヽ」に統一した。  10、句読点は底本のままとしたが、それが施されていない場合は、文の切れ目(句点を打つべき個所)を一字空きとした。  11、各役の初めの\は「 に改めた。底本においてそれが欠落していたり、そこに記されている役名に誤りがある場合は、( )に入れて傍記した。  12、役名(またはそれに代わる記号)は、ポイントを落とし、右寄せとした。  13、抹消(ミセケチも含む)部分は示さず、訂正された本文に従ったが、抹消部分も参考になると判断した場合は、【 】にくくって傍記するか、本文中に示した。  14、書き落とし部分の細字による書き込み等も本文に入るものは入れ、演出注記等も〔 〕でくくって示した。  15、ト書き、言いかえ等、底本に割注の形で記された部分は〔 〕でくくって示した。  16、節付けのある部分は〽〽でくくり、ゴマ点・上・下等の節付記号は省略した。  17、本文中に出てくる能・狂言の曲名は〈 〉でくくった。  18、虫損・汚損・難読等により判読不能部分は推定字数分の□によって示した。  19、難読文字や誤写の推定などを( )でくくって傍記したり、?を添えて曖昧な字体あることや、(ママ)として原文通りであることを示したりした。( )でくくった部分はすべて校訂者の付加である。  20、傍記されている言い換えは、できるだけ傍記したが、長いものは※を付けて本文中に入れた。〔※〕が言い換えで、傍記の※がそれが入る個所である。  21、装束付等は、二字下げとした。  22、各曲曲名はゴチック体にした。  23、「遠雑類」で曲名等に、米偏に旁を「曼」、また、月偏に旁を「生」としているものがあるが、それぞれ「饅」「腥」として翻刻した。 一、書誌等については、「新出鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れについて」を参照されたい。 一、翻刻は、「盗類雑」の一〈連歌盗人〉~八〈茶壺〉を永井、九〈筍〉~一七〈棒縛〉を稲田、一八〈合柿〉~二五〈颯花〉を伊海、 「遠雑類」の一〈縜粥〉~一一〈折紙聟〉を永井、一二〈無縁聟〉~二二〈六地蔵〉を稲田、二三〈拄杖〉~三〇〈泥閑〉を伊海が担当して原稿を作成し、全員が全体を閲覧点検した。 一、法政大学能楽研究所には、貴重な蔵書の翻刻公開許可ばかりでなく、研究所紀要『能楽研究』の紙面まで提供していただき、篤く感謝申し上げる。 〔本稿は、法政大学能楽研究所「能楽の国際・学際的研究拠点」二〇一九年度共同研究「新出・鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れ(笹野本)についての基礎研究」(代表:永井猛、稲田秀雄、伊海孝充)の成果の一部である。〕 (「盗類雑」) (目次) 一  連歌盗人    拾四 舎弟    二  子偸児     拾五 鵆((ちどり)) 三  瓜賊徒     拾六 仁王   四  盆山      拾七 棒縛   五  金藤左衛門   拾八 合柿   六  磁石      拾九 隠狸     七  長光      廿  八句連哥 八  茶壺      廿一 胸突   九  筍       廿二 包橘   拾  太刀奪     廿三 附子   拾一 真奪      廿四 口真似   拾二 文山立     廿五 颯花 拾三 昆布売    一 連歌盗人 シテ「是ハ此他りに住居致者で御座ル 某似合ぬ事ながら初心講を結んで御座る 某斗でも御座ない 爰に相当が御座ル程にあれへ参り談合致さうと存て罷出た 先急で参らふずる 何としたくをせられたかしらぬ迄 定てゆだんハ有ルまひと存ル いや参る程に早是じや 物もふ 案内もふ  アト「表に物もふと有か案内とハたそ  シテ「物もふ  アト「物もふとハ 同「いゑそなたか シテ「中々身共じや  アト「何としてわせたぞ  シテ「夫ならバ追付申さふ 内々のしよしんこうがそなたと身共の当番にあたつた さだめてそなたハ日比才覚な人じやに依て何ぞしたくをさしましで((ママ))有ふ  アト「身共も方々と御無心の申せ共今においてとゝのわぬ  シテ「扨夫ハにが〳〵敷事じやな  アト「又そなたハ何ぞ才覚さしまして有ふと思ふてあてにしていた  シテ「才覚せぬでもなひ きうにハ成まひとおもふて杉楊枝を二三百本けづつておいた  アト「杉やうしを  シテ「中々  アト「杉楊枝ハ今と云ても成事じや  シテ「やあ〳〵成事じや  アト「中々  シテ「扨わごりよハ何を用意さしました  アト「身共ハかひしきを馬に二三駄きつておいた  シテ「かいしきの切置がなんの役に立物じや  アト「やくにたゝぬ  シテ「中々  アト「是ハ両人ながら何も用意せいでハ何とした物であらふぞ シテ「されば何とした物であらふぞ いや夫に就てわごりよと談合する事が有つてきたが客ハなひか  アト「いや誰もなひ 先こふ通らしませ  シテ「心得た 〔夫ならハ通ふか〕  アト「先下ニいさしませ  シテ「心得た 〔シテトアト入替りアトシテ柱の方ニシテハ笛座の上ニ下ニあくらをかきて〕 扨ハ談合と云ハ別の事でハなひ わごりよハ何の誰様を知つたか  アト「おふしつた共  シテ「其所へ ゐひにくひハ  アト「いやくるしうなひ  シテ「其所へわごりよと身共と同道していて案内なしに何ぞ一色か弐色とつてくれば今度の当ハざつと済と云物じや  アト「ふん わこりよハ心((真))実さふ思ふて居るか  シテ「何が偽りであらふぞ  アト「何をかくそうぞ(【な】) 某もそふ思ふていてな シテ「やあ〳〵わごりよもそふお((ママ))思ふて居るか  アト「中々 シテ「当が相番なれば心迄〔が〕相腹中じや アト「其通りじや シテ「夫ならバ追付行ふ アト「一段とよからふ シテ「さあ〳〵おりやれ〳〵 アト「心得た 〔ト云テ右ヘ一返廻ル〕 シテ「此様な事ハ宵からついたかよひという アト「いやわごりよハ殊外こうしやじや シテ「ゐや〔ツネニ〕皆の咄を聞た アト「さふであらふ シテ「いや参る程に是じや アト「此びゞしひでハ中々はいられまひ シテ「尤表ハ此躰なれ共裏ハ殊外ろはな こちへおりやれ アト「心得た シテ「是見さしませ 表とちごふて格別な事でハなひか アト「誠に相違した事じや シテ「此垣をやぶれば其まゝ座敷じや アト「さらばやふらしませ シテ「わこりよハ何ぞ道具を持しませぬか アト「いやなにももてこぬ シテ「身共ハ此様な事があらふと思ふて是を持てきたハ アト「よひ心懸じや さらば急でやぶらしませ シテ「心得た〔ト云テ扇ヲはものゝ心にしてかきをきるてい 尤かきのなわをずかり〳〵ずか〳〵〳〵ト云テ三所程きる〕 〔さあ〳〵なわを切た 是へよつてかきをやぶらしませ アト(「)心得た ト云テ二人寄てかきへ手をかくるていをして両方へ(「)めり〳〵〳〵 ト云テ二人共ニうろたへて下にいる みゝをふさき〕  シテ「是ハいかな事某ハ殊外うろたへた事かな 今のしたゝかになつたを人に聞すまひとおもふて身共の耳をふさいだ あゝ殊外うろたゑた 誰も聞付ぬそうな アト「其通りじや シテ「さあ〳〵急でかきをこさしませ アト「心得た 〔シテさきへかきをこすてい 両手ニてかきを分て右の足を上へあけてこし又左りの足を入テこしテアトもシテのごとくにしてこす シテとハちとちこふようにしてよし〕 シテ「此せうじをあくれば其まゝ座敷じや 〔此戸を明ると其まゝさしきじや共〕 アト「さらば明さしませ シテ「心得た わごりよも是へよらしませ アト「心得た 二人「さら〳〵〳〵 〔二人寄テあくるてい〕 シテ「火が〳〵〔ト云二人共ニ跡へよつて〕〔シテ(「)火かとほして有ルに仍テれうしにハはいられまい アト(「)其通りしや ト云テ二人共ニすかしてとくと見てはいる〕 シテ「誰もなひ 是ハなぜに火をともいておいたぞ アト「さればふしぎな事じや 急ではいらしませ シテ「心得た 是ハ宵に客が有たそうな 見さしませ 茶湯道具が取ちらいて有よ アト「誠にわごりよのいわします通道具がちらいて有よ シテ「是を一色かりてゐても此度の当ハざつとすむ アト「中々 シテ「きれひな道具でハなひか アト「誠にきれひな事かな シテ「是ハ床じやハ 掛物などハ見事な事じや 是になにやらかいた物が有 なんじや かゞくじやさふな アト「何じや よふでみさしませ シテ「水に見て月の上成木の葉かな 十月二日 是ハ移徙の懐紙さふな アト「是ハ移徙の懐紙にハ殊外できたな 〔キンジテミテ〕 シテ「 のふ アト「なんじや シテ「わごりよと某の是迄くるも是故にじや程にいざそへ発句をせうでハなひか アト「よからふ シテ「さあ〳〵下に居さしませ アト「心得た シテ「互に出がちに致さう アト「よからふ シテ「こふもあらふか アト「はやくな シテ「木末ちりあらわれやせん下紅葉 アト「あゝ殊外出来た シテ「何と有ぞ アト「が其中に少指合が有ルよ シテ「やれ爰なもの 発句に指合ハ有まひぞ アト「尤じやが ハごりよと身共がこよひ是へ〔しのふで〕来に依てあらハれやせんがいやじや シテ「夫ハわごりよが聞様がわるひ あらわれやせんでハなひ せぬじやよ アト「 ぬか あゝなをつたれ〳〵 シテ「さあ〳〵わごりよ付さしませ アト「此あとでハこわ物じやが何としてよからうぞ こふもあらうか シテ「何と アト「時雨の音を盗む松風 シテ「はゝあできたぞ 同「とてもの事にゆるりといて面八句を致さう アト「よからふ シテ「此様な所でハせう〳〵でさする事でハないぞ アト「中々よせつくる事でハなひ 〔ト云内ニ亭主太刀持出ル〕  主「座敷がさわがしひ 何事じや 是ハいかな事 さればこそ盗人がはいつた やる事でハないぞ 〔ト云テかたきぬのかたをぬいて〕 やい〳〵其たひ松をだせ 〔まくきわの方を見て云テ太刀をぬき大臣柱の方を見て云テシテ柱の先ニイテ〕 是にハ身共がひかへて居るぞ 〔シテアト二人共ニ大臣柱の方ニイル〕 シテ「盗人でハ御座りませぬ お座敷を見物に参りまして御座る 主「夜中に座敷を見物にくると云事ハなひ のがす事でハなひ アト「どふにまよふて参りました 〔ト云テ少出ル〕 主「どふにまよふたと云事が有物か 〔ト云テ太刀ふり上る〕 盗人とハいへども物をこふせうに云たが何事を云たぞ シテ「盗人でハ御座りませぬがお座敷を見物に参ましたが是に懐紙が御座りましたに依て夫に添発句を致ました 主「何と付たぞ シテ「木末ちりあらわれやせん下紅葉と付まして御座〔レ〕ば爰に一人小盗人が御座りますがあらわれやせんがさしや((ママ))いじやと申て御座る 主「おのれ出をるまいか アト「小盗人でハ御座りませぬ 此者がつれで御座りまする 時雨の音をぬすむ松風と迄付て御座りますが楊枝を一本ちがへハいたしませぬ 主「汝等ハ盗人とハ云ながらやさしひ物じや シテ「はあやさしいと被仰るゝ 〔二人少出ルト〕 主「おのれちこふよるな 〔ト云テ太刀ヲふりあくるト二人共ニあとへ引也〕 やい身共がこれて第三をせう程に是によふ付たならば命をたすけう シテ「もはやでそうな〳〵 〔ト云テ又少出ル〕 主「ちこふ寄おるな 〔ト云テ又太刀ヲふりあくる〕 同「こふもあらふか 二人「あゝおはよふ御座りまする 主「やミの比月をあわれと忍ひ出 シテ「天神もなりますまひ アト「人丸もなりますまひ 〔ト云テ少出ル〕 主「あゝちこふ寄おるな〔まだちこふよりおるか〕 主「早う付ひ シテ「わごりよ付さしませ アト「先そなた付さしませ 主「何と早う付ぬか シテ「今のハ何で御座りました 主「やミの比月を哀と忍ひ出テ シテ「さむべき夢と アト「ゆるせ鐘の音 主「弓矢八幡でかいた ゆるす 急で通れ シテ「ちとそこをおひらきなな((ママ))れませひ 主「心得た 〔少開テ〕 シテ「さあ〳〵急でとをらしませ 〔シテアト共ニ右の袖をかをゝ((ママ))にあて通ル〕 主「何者じや 少顔を見てやらふと存ル 〔ト云テシテ袖を顔へあてくると亭主袖を取テ顔ヲ見る 名ヲ云テ〕 シテ「はあ面目も御座らぬ 〔ト云開ク あとへアトもシテノヤウニ右の袖かをへあてくるを是もそてを取テ顔見る〕 主「いゑわこりよか アト「はゝ私で御座りまする 主「先下にいさしませ  同「何としてわせたぞ シテ「いや私ハ参るまひと申て御座ルが此者が是悲((非))共と申て御座ルに依ふつと参て御座る アト「いや左様でハ御座りませぬ 主「先さむからう程に酒を一ツのましませ シテ「いやもふ被下ますまひ 侘云((??))致ませう 主「ひらに一ツ呑ましませ 先夫にまたしませ 〔ト云テ太鼓座へ行テ〕 シテ「すかぬ事じやな アト「其通りじや シテ「はゝ是ハたそ被仰付ませひで 主「さあ〳〵呑しませ 〔たかいにしきして〕 シテ「あゝけつこうな御酒で御座ります 主「なふ〳〵何ぞ肴をおませうと思へ共なにもなひ 是を持合た わごりよにおまするぞ シテ「いやもふ御酒を被下るゝさへ御座ルに アト「おじぎを申せバ返て両((慮))外な程にいたゞかしませ シテ「夫ならハいたゞこうか 主「なふ〳〵わごりよにも何ぞおませたひけれ共何もなひ 是(コノ)ハきざしふるばひたれ共わごりよにおまする アト「はゝあれにやらせらるれバ同じ事で御座る 御無用で御座る シテ「いわれぬ事をいわず共いただかしませ アト「夫ならバいたゞこふか 主「も一こんツヽ参れ シテ「それならば被下ませふ 主「なふ夫に就いてわごりよ達に云たひ事が有 今度わするをりハ案内をこふておもてからきさしませ か様に夜中にわすれバわごりよ達とハしらいて殊外きづかひな シテ「重て参ると申て〔も〕あれが参ならでハ参りませぬ 御気遣を被成るゝ(マスル)な 主「でも気遣な程にさふ心得さしませ 二人「心得て御座る シテ「もふおいとま申ませう 主「おりやるか 二人「侘云((??))致まする 主「よふおりやつたぞ 三人「さらば〳〵 〔三人一所ニ居テ亭主ハ太鼓座ニ下ニイル 二人ハふたいにいて〕  シテ「なふ〳〵おりやれ 夢のさめたよふな事じや アト「其通りじや シテ「何とおもわしますぞ これと云も日比わごりよと身共が和哥の道に心をよするに依て天神か玉津嶋の御利生でかなあらふ アト「其通りでおりやる シテ「さあらば此よろこびに和哥を上て帰らう アト「先わこりよあけさしませ シテ「夫ならば某が上う 実和哥の道ニハ鬼かミ迄ものふじうとハ〔○ふし〕か様の事をや申覧 二人「実よの常の習にハ盗人をとらへてハ切こそ法と聞物を此盗人ハさわなくて連哥にすけるやさしさに〔ムカイ合テ〕〔㊨〕喚入てげんざふし酒一ツ呑せて シテ「太刀 アト「かたな 〔二人共にさし出しテ両手ニていたゞき〕 二人「たびにけり 〔右へ小廻リスル」是かやことのたとへに盗人においと云事ハかゝる事おや申覧〳〵 〔返シより早ク出テよし〕 シテ「なふ聞しますか アト「何事ぞ シテ「そなたと身共ハ五百八拾年 アト「七まわり 二人「一段と目出たからふ シテ「いざこちへおりやれ アト「心得た シテ「早うおりやれ アト「参る〳〵 〔わたましの発句  水に見て月の上成木葉かな 引のけての発句  木末ちりあらわれやせん下紅葉 ワキ  時雨の音をぬすむ松風 第三  闇の比月を哀としのびいて 四句目  さむべき夢そゆるせ鐘の音〕   シテアト 共ニ嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 そゝを成出立よし   主 紅段熨斗目 小サ刀 扇 太刀ヲさけテ出ル 尤長上下 〔すゝをぬすんでみゝをふさくと云か あゝ身共ハ殊外うろたへた 惣してとのぬす人事に入テ云テもよし〕  二 子偸児 女「扨も〳〵能う御寝なる事かな 少座敷へおよらせまして置ふ 〔ト云テ子ヲ笛座の上へねせて上へ小袖をかけて (「)ねんね〳〵ト云〕 是でよう御寝なれよ わらハヽお次へ参て少休息をいたして参りませうぞ 〔ト云テ太鼓座ニ下ニイル〕 シテ「是ハ此他りに住者で御座る 某およはずながら初心講を結んで御座る 夫ニ就当月ハ某の番に当つて御座るがいまだ何も用意致さぬに依て何と致さうと存ル所に爰に誰殿と申て大有徳仁が御座る 今宵沙汰なしに一色か二色かりて参らふと存て罷出た 先急で参らふずる 〔ト云テ道行〕 常々皆のうわさを承るに忍びハ宵からつめたが能ひと申 漸暮に及んだ あわれ留守であれかし じや【と】 参ル程に是じや 此中見ぬ内に普請をせられたと見へた はや表ハこと〴〵く立た 扨々奇麗な普請かな これハ近ひ普請と見へた 此分でハはいられまひ 裏へまわらう 〔ト云て小廻して〕 定てうらハろはに御座らう さればこそろはなわ まだ塀の手もろくになひ 是ハ垣ばかりじや つつと念の入た人なれ共どこやら愚かな所が有ル 某の為にハ垣斗がよひが此様なことも有ふと思ふて刃物を用意した 先縄を切う 〔ト云テかきのなわを三所程きる〕 ずかり〳〵ずか〳〵〳〵 まんまと縄が切た さらば破う めり〳〵〳〵 扨も〳〵したゝかになつた 誰も聞付ハせぬがしらぬ 是ハいかな事 某ハ殊外うろたゑたことかな 今のしたゝかになつたを人に聞すまひと思ふて身共が耳をふさいだ あゝ殊外うろたへた 誰も聞付ぬそうな 此戸をあくると其まゝ座敷じや 〔ト云テ戸ヲ明ルテイ〕 ざら〳〵〳〵 火が〳〵 〔ト云テあとへよりて〕 火がともしてあるに依て聊尓にハはゐられまひ 誰もなひ 是ハなぜに燈て置たぞ いや是ハ宵に客が有たそうな 茶湯道具が取ちらいて有よ 扨も〳〵見事な釜かな 是ハあられがまそうな 此茶碗も見事じや 秘蔵で有ふ どれを一ツかりて参ても此度の当ハざつと済 〔ト云テ道具を立テいて見るていをする 扨小袖を見て〕 いや是に結構な小袖がある 是が則座によひ物じや 是に致さふ 〔ト云テ小袖ヲ取テ見付ル〕 爰に子をねせて置た なふ〳〵よひ子や 目が(ヲ)あひて居るハ ちとだこふか しをらしや だかれうと云て手をさしだいた おりやれ だこう いや〳〵此様な所に長居ハいらぬ物じや おふだが〳〵 御座れ〳〵 どこゑも行ませぬぞ のふいとおしや 定て二親ハ秘蔵てあらう シテ「いや是ハ誰殿にハ似ぬ あゝよいうまれつきじや 此大事の子を広ひ所へひとりねせて置たぞ ちい((ママ))がわざであらふ ちとわらや〳〵 くツ〳〵〳〵 をゝ誰が〳〵 身共が大に笑ふたに仍テきもをつぶした たが〳〵 おじひじやぞ〳〵 何ぞ芸がなるか とゝの目やとゝの目や にぎ〳〵やにぎ〳〵 つむりてん〳〵や れろ〳〵〳〵や おゝきげんがなをつた 扨々人おくめんをせぬよひ子じや くツ〳〵〳〵や おふだか〳〵 しをらしや かいつくツてさらば今度ハ肩車に乗う(ノセウ) やツとな 〔ト云テ右のかたへのせて〕 むかい殿のゑのころ まためがさめぬ ころ〳〵〳〵や 〔かたにのせておどりて 女立テ〕 女「わこさまを座敷にねさせて置たがお目のさめじぶんしや 参て見う 〔ト云テふたいヲ見てまくの方ミて〕 申御座りまするか 主「何事じや 女「しらぬ男がお子様をだいておりまする 主「夫ハ盗人であらう やい〳〵盗人がはいつた 裏へ人をまわせ 是にハ某がついて居るぞ 〔ト云テかたきぬのかたをぬき太刀ヲぬきシテ柱へ出〕 女「なふ〳〵皆の衆でさせられひ 〔はしかゝりニていう〕 主「おのれやる事てハないぞ シテ「盗人でハ御座らぬ お座敷を見物にまいりました 主「夜中に見物にくるという事ハなひ のかす事でハなひぞ 〔ト云テ太刀ふり上ル 女ていしゆの方とめル〕 シテ「いや真実盗人でハ御座らぬ 御子様のもりに参りました 主「もりにきたとハにくいやつの から竹わりにしてやらうぞ 〔女とめる〕 シテ「とふでもきらずにハおくまひか 主「おんてもない事 (女「)申〳〵おこさまがあふのふ御座る 其お子をこちへ返せ (主「)のけ〳〵 〔女ていしゆへとりつく〕 シテ「某を((ママ))命をたすくるならハ此子をそちへもとす 〔ト云テ子ヲ下ニ置テにけて行〕 (主「)とちへ行ぞ にくひやつの やるまひそ〳〵 女「のふいとおしの ちやつとこちへ御座れ やれ〳〵あふない事で御座つた   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 こしおひ 扇 又かたきぬなしにもきどうにてする    アト 主 のしめ 長上下 小サ刀 刀 太刀さけて出ル   女  薄((箔))の物 さけ帯 ひなん    ○子ハ人形也 薄((箔))かうつくしき小袖にても   三 瓜盗人    アト「是ハ此他りで田はたを数多持た者で御座ル 此中ハかれ是致してはたへも見舞まらせなんだ 今日ハ参ツて様子を見うと存ル いや是からが身共のはたじや 最早瓜などもじつくり致ス時分じや なふ〳〵見事になつた 殊外色づいた いやしぜんけだ物なとがまいつてつるやなど切れハわるひ 案山子を致て置ふ 〔ト云テかゝしをつくる 昔ハ鼓ニ竹を通しうそ吹ノ面をかけすわふの上をきせ大臣ゑほし前の方折テかぶせ竹つへを持せ下の方につなを置也 今ハ鼓ハもちいず わらを鼓程に二所ほど青小縄にてゆひ長サも鼓のたけ程にする〕 シテ「是ハ此他りの者で御座る 今晩去ル方へ夜咄に参る 先急で参らふずる いやあれへ参ればいつも夜がふくるに依て今晩ハはやく帰様に致たひが いや是ハ垣が有 なんの垣じやしらぬ 〔ト云テ他りヲかぎて〕 瓜畠じや 扨も〳〵むまひにを((ママ))かな 殊外じゆつくわ致したそうな どうぞ是を壱ツ弐ツ取たひが いや〳〵瓜田にクツをとりず(イレズ)李下冠をたゝさずと申時ハ近頃ふぎな事でハ御座れ共是ハこらへられぬ 盗もう が他りに人ハ見へぬかしらぬ いや人ハ見へぬ さいわひは物が有 是で垣をやぶらう 〔ト云テ常のことくにかきをやふりはいる〕 扨々おびたゞしひ事じや 急でとらう 〔ト云テ一ツ二ツ取まねをする〕 いや是ハこの葉じや いや思ひ出した〔よ〕 夜の瓜おとるにハころびをうツたがよいと承た 急でうとふ 〔ト云テころひを打ツテ〕 もはや有ハ 〔ト云テ取テふところへ入ル〕 又爰にも有ルハ 〔ト云テふところへ入テかゝしを見付テきもをつふし〕 まつひらゆるさせられて被下ひ 重てハふつつりと参りますまひ 左様に物を仰られませねば弥々迷惑に御座る ゆるすと被仰ひ。やあ。申。是ハいかな事 扨も〳〵腹の立事かな かゝせ(シ)じやハ いやよふ作たぞ 其まゝ人のよふな よひきもをつぶさせた にくさもにくし つきくずしておけ 〔ト云テかゝしをくすゝまねをして下ニ置ク也〕 足本のあかい時に急で参らう 〔ト云テ楽ヤへ入ル〕 アト「先日見舞ましたれば瓜が殊外様なりました 弥じゆツくわ致さうと存ル 是ハいかな事 いや何者が此様な事をしたぞ つるをも切かゝせ(シ)などもたをして置 是ハけだ物のわさでハ御座らぬが 扨も〳〵にくい事かな いや今度ハ某がかゝせ(シ)になつていませう 〔ト云テゑぼしヲかぶり面をきすほふの上をきて竹杖となわを持そへてこしをかけている〕 シテ「夕へ去ル方へ参るとて道のはたけに瓜が御座ツたに依て少と取つてまいつてみやげに致たれば殊外むまい瓜じやが是ハそちの瓜かとおしやツたに依て中々身共の手作で御座ルと申たれば余りむまひ程に又持て参る様にとおしやツたに依て約束を致した 則今晩持て参るはづで御座る 先取に参らふと存ル 扨々いらぬ事を致してもつて参つて今さらめいわく致す 夜前も殊外きもをつふして御座るに依て何とやらむねがおとツてきびがわるひ。ゑひ。是じや 是ハいかな事 夜前やぶつて置いた垣が其まゝ〔アル〕 是ハいかな事 扨々手まめな事でハ有ル 又かゝせ(シ)をこしらへて置た 是ハやう人ににたハ 是ハ何ぞにならふが いや思ひ出した 近日身共の在所にふりうが有 若某の鬼になる事もあらう さいわひ人も見ず よいけいこばじや程にいざさらば稽古致さう 〔ト云テせめ〕 なんとやら責ぢからかのふてわるひ しぜん罪人に成事もしれぬ さい人の方も稽古致さう 〔ト云テ縄両手ニて持首へかけて引はりて〕ゆかんとすれバ引とゝむ とゝまね((ママ))んば杖にてちやうと打 〔かゝし杖ニテかたをたゝく〕 是ハいかな事 とゝまね((ママ))んば杖にてちやうど打と云たれば ゑひ つがひにうつたに仍テきもをつふした 〔ト云テなわヲ取引テシル〕 是じや よひかげんにこしらへた物じや 〔又ふしを付テ〕 ゆかんとすれハ引とゞむ とゝまれんば杖にてちやうと打 〔謡の内ニアトそろ〳〵とすわふや面ヲ取テ〕 アト「かつきめ やるまひぞ 〔ト云テ杖ニテうつ〕 シテ「是ハだまされた アト「なんのだまされたとハ シテ「はあたすけて被下ひ アト「やるまひそ〳〵       シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   アト 出立シテ同前 〔後ニアトかゝしニ成時すわふの上ヲキテ面を懸大臣ゑほし前へ折つへとつなとを右の手ニ持テイル〕 四 盆山   シテ「是ハ此他りの者デ御座る 爰に〔アトノ名ヲ云テ〕と申人が御座る 是が見事な盆山を持れまして御座る 度々所望いたせ共ついにくれられませぬ 今日ハ案内なしに盗ん〔デ〕参らうと存ル 先急で参らう 何と宿にいらりやうかいられまひかしらぬ事じや ゐやはや是じや 此中見ぬ内に普請のせられたと見ゑた 此びゝしいでハ中々はいられまひ さりながら近ひ普請と見ゑた うらへまわろふ 〔ト云テ小廻り〕 定て裏ハろはに御座らふ さればこそろはなわ まだへひのてもろくになひ 是ハ垣斗じや 此様な事もあらふと思ふてはものを用意した 先縄をきろう 〔ト云テかきのなわを三所程きる〕 ずかり〳〵 ずか〳〵〳〵 まんまと縄を切た さらばやぶろう めり〳〵〳〵 〔かきを手ニてやふる ずゐぶんしつかに左の方へやふりテ〕 めり〳〵〳〵〳〵 〔両手ニて右の方へやぶる 是きつくむりきにやふるてい〕 はあ 〔ト云テシテ柱のきわに下ニいてみ((ママ))をふさぐ〕 扨も〳〵したゝかにうろたへた 今のなつたを人にきかすまひと思ふて身共が耳をふさいだ あゝ殊の外うろたへた 誰も聞付ハせぬそふな さらバ急で垣をこそう 〔ト云テ両手ニてかきをおしわけてかた足つゝはいる〕 まんまとこゑた 此戸をあくると其まゝ座敷じや 〔戸明ルテイ〕 さら〳〵〳〵 火が〳〵 〔ト云テあとへ引テ〕 火がともしてあるに依てりやうしにハはいられまひ いや是ハ宵に客が有たそうな 茶湯道具が取ちらいて有よ して身共の尋る盆山ハ見へぬ ゑ 爰に有ル 扨も〳〵見事な盆山かな いつ見てもみあく石でハなひぞ くれられぬこそどうりなれ 扨も〳〵よひ盆山かな 〔ト云テ色々ほめている内に亭主出ル〕 アト「座敷がさわがしい 何事じや さればこそぬす人がはいつた 〔かたきぬの右のかたをぬく〕 やい〳〵盗人がはいつた はやうまわれ 是にハ某が居るぞ 〔シテうろたへテアトに行あひかをゝ見付ル シテ其まゝほん山のかけにかくるゝ〕 是ハいかな事 〔シテノ名ヲ云テ〕 内々あの盆山のほしがらるゝに某のやらぬに依てわせた物であらう 何とぞめいわくするやうに云たいが 思ひ出した あらふしぎや 盆山のかげに何やら見ゆるハ なんじや 野猫(・・)じやハ いやねこ(・・)と云物ハ人を見て其まゝふひたりおどす物じやがおどさぬハねこ(・・)でハ有まひ 人ならば致様が有ル さいわい此太刀でたつた一打にしてやらう シテ「是ハなかずハ成まひ 〔ト云テねこのまねをする アト笑う〕 アト「ねこ(・・)じやと云たれば其まゝまねをする 是ハよひなぐさミじや 今のねこ(・・)ハやうないた事かな 是ハめがちごふた 猿(・・)じやハ さる(・・)と云物も人を見るとなく物じやが なかずハ人かしらぬまで 人ならば致様が有ル から竹わりにしてやらう シテ「是りやなかずハ成まひ 〔ト云テさるのまねをする アト笑テ〕 アト「人と猿と見ちがよふ物の様に 〔ト云テ又笑テ〕 今度ハあれがゑいわぬ物を云たひが 思ひいだした 扨々今の猿ハよふないた事かな 是ハ又ちごふた 珍敷ひ生鯛じやハ いやたひと云物ハひれをのす物じやが さあ〳〵のそうぞ 〔シテ扇を開テひれのすまねをする〕 〔たいと云物ハおひれをたつる物じやか さあ〳〵たてうぞよ〕 是から尾もたてうぞよ 〔しりをのまね扇ニてする〕 おひれをのしてからハ程なふ鳴物じや シテ「たひの鳴様をしらぬが アト「おなきやらずハ〔但シ〕人かしらぬ 人ならハ致様が有ぞ やりをもてこひ シテ「是ハなかずハ成まひ たひ〳〵 アト「鯛 たひがいつ物を云た事が有 シテ「鯛 アト「たひ にくいやつの シテ「あゝ助て被下ひ アト「なんのたすけひやれ やるまいそ〳〵   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ○アト  無色段のしめ 長上下 小サ刀 扇 太刀さけて出ル 〔仁右衛門方ノ勤方 「是ハ此他りに住ひ致者テ御座る 此間かなたこなたの盆山くらべハおひたゝしい事て御さる 某ハいつれもとくらべまするやうな盆山を持ませぬ 又爰に誰殿と申て盆山ずきが御座るが此仁ハ数を持ていられまする程ニ今晩さたなしに参てかりて参らうと存ル 先急テ参らう ○かきを越テ いやれいのせんすい むかいより見れバちいそう見ゆるがついにうしろより見た事ハないか 是ハ大きなせんすいじや いや此せんすいへ月のくまなくうかんた所ハあゝおもしろいていじや 是ハおひたゞしい木どもかな 爰なさゝハよい所へうゑられた いかさま爰へハうへずハ成まい あゝよい物つきな人ぢや 扨あれにはしが見ゆるがあれまでまハろうか いや〳〵あれ迄ハまわりぢや ゑ 爰にとびこへが有ル 先是をど((ママ))ひこよう よいとな まんまとこへた よいとひ石かな こふ見た所ハよいけいぢや あゝ浦山しい事かな さて身共の尋る盆山ハどこに有ぞ いつもゑんに数多出しておかるゝが されハこそ是に有ル〕 五 金盗((ママ))左衛門 シテ「是へ罷出る者ハ雲の上の金藤左衛門と云てだひいたづら者で御座る 此比ハ打続て仕合がわるひ けふハ山中へ参て仕合を致さうと存ル 〔道行〕 先急で参らうと存ル 何と今日も仕合があれハよふ御座るが 則爰元が人里も遠しのき場もよひ程に是にまとふ 〔ト云テ笛座の上ニ下に居る〕 アト「わらハヽ此山のふもとの者で御座る 山のあなたに親里を持て御座る 久敷見舞ませぬ程にけふハ見舞ふとおもひまする 先急で参らふ 〔小袋おは((??))初よりつむりにのせて置ク 道行一返廻る〕 山道とハいゝながらいつもかよひつけた道で御座るに依て人もつれずわらハひとり出て御座る 此度もゆるりとなぐそふで帰らふと思ひまする シテ「やい〳〵そこへ行女 おのれハどこへ行者じや アト「どこへゆこふとかまふての用ハ シテ「其袋をおいてゆけ アト「なふをそろしい事を云者が有ル 他りに誰もないかのふ シテ「やい〳〵何をかしましういゝをる 其袋さへ置て行ば命を助てとらせう アト「是ハわらハが手道具で御座る程に進ずる事ハ成まひ シテ「扨ハおのれハ某がとうぞくを(の)事をしらぬと見へた さらば書た物をよふできかせう 〔ト云テふところより文出してよむ〕 何々雲の上の金藤左衛門がとうぞくの事 〔ひとつなんによによらず〕 何にてもとらるゝ物あらばとるべし 手ごわき物ならバはないてやるべし おのれ此様なかいた物をもつたをしらいで其つれを云と見へた どうでもとらいでハおかぬ 早ふおこせい アト「其義ならばわらハ女成共おめ〳〵とやる物でハないぞ シテ「しかとおこすまひか アト「思ひもよらぬ事 やる事でハないぞ 〔ツメテ〕 シテ「夫ならばおのれ長刀にのせてくれう 是でもおこすまいか〳〵 〔ト云テ切テかかる〕 アト「あゝやりませう〳〵 シテ「急でおこせ アト「夫ならバ進上 〔ト云テ袋ヲ下ニ置 シテ長刀のいし付ニテ引よせる〕 シテ「命おもとらうとおもへ共助てやる程にはやうどちへぞうせおれ アト「命さへ助て被下るゝならば爰元にいまする事でハ御座らぬ シテ「夫ならば早ふどちへなりともゆけ アト「おる事でハ御座らぬ シテ「まだそこにおるか〳〵〳〵 〔女はしかゝりへにけて行 一の松にて下ニいる シテハあとを見おくりてふたいへ行 大臣柱の方ニ下にいて長刀をば右ノ方ニ置〕 此なかにハ何が有ぞしらぬ 〔小袖を取出して見ルを女見付て(アト「)是ハいかな事 わらハが大事の小袖をだしおつた 何とぞして取たい事じやが〕 (シテ「)是ハいかな事 けつこうな小袖が有ルハ 女共が上ぎをほしがつた程に先是をやらう(ミやけに致う) 扨も〳〵見事な鏡が有 〔(アト「)又かゞミをだした あれハたいせつなかゞみじやが くもらせねばよひが きのとくな事じや〕 (シテ「)女共の鏡は銭のまわり程ハなひに依て大きな鏡をほしがつたに是を女共にとらせう まだ何が有ぞしらぬ かもじもある 〔(アト「)かもしをもだした あゝたれぞとをれバよいか〕 (シテ「)是ハ猶々女共が調法じや おれが女房ハかミが十すじ程ならでハなひ 是を入させたらばよからふ べにざらまで有 〔(アト「)何とぞしてとりたい事じやが何とした物であらう と云テ其内ニ長刀を見付てそろり〳〵はしかゝりよりぶたいへぬき足にて出長刀のいしづきをそつととりて又はしがゝりへ行 (「)先此長刀をとればよい と云テいて〕 (シテ「)幸ひの事じや 女共が口びるハあをひに依て常々見くるしいと思ふたに此べにを付させたらば定てしをらしうならう 〔シテ段々見て又元の様に袋へ皆入ル時女ぶたいへ出テ長刀をついて〕 アト「やいわ男め よふわらハが大事の手道具をよふとらふと思ふたなあ おのれたつた一打にしてやらふぞ 夫をかへすまひか〳〵 〔ト云テ女長刀ふりて見せる〕 シテ「やい〳〵おのれハ其長刀をなぜとつた こちへ帰せ(ヲコセイ) 返さす仕((ママ))様が有 アト「にくいことを云おる 早う手道具を帰せひ 返さずハおのれ切ころしてのきやうぞ シテ「おのれ女だてらだいたんな事を云 しかと長刀をおこすまいか 〔ト云テにぎりこぶしヲしてかゝる〕 アト「まだ其つれを云おる 〔おのれ〕其手を打おとしてのきよう 〔きうにきつてかゝる〕 シテ「やい〳〵あぶなひ事をしをる 〔ト云テめいわくする 女いよ〳〵きしよくをする〕 アト「おのれがさいたをおこせひ シテ「女だてら刀を何にする アト「はよふおこせい おこすまいか 〔切かゝル〕 シテ「やるぞ〳〵 こりや〳〵 〔女取テこしにさし〕 アト「其袋もおこせひ シテ「さあ〳〵是も返す 〔皆々なげて返ス〕 アト「わらはをなぶつたがよいか おのれ もとぐひをきりはなさねばきかぬ シテ「あゝかなしや せめて命をば助てくれひ アト「なんの〔命ヲ〕たすけい どれへうせおる シテ「あゝ助てくれひ アト「やるまいぞ〳〵   シテ  厚板 狂言袴括ル 麻くず頭巾 髭掛ル 小サ刀 上ニ厚板ヲつほ折ニして文懐中する 長刀ヲ持テ出ル   アト 女 薄((箔))の物 さけ帯 びなん 小袋 中ニはく かもし かゞミ べに 〔おしろい〕 まへはき入テつむりへかついで出ル 六 磁石 アト「是ハ東国方の者で御座る 某都を一見致さうと存て罷出た 先急で参らうずる 若ひ時に国を広う見ておかねば年寄て物語がなひと申に依てふと思ひ立て御座る 参る程に是ハどこじや 尾張じや 誠ニ尾張ハ山も見へず たゝびやう〳〵と広ひ国じや 先急て参らふずる 殊の外道のはかが参る 是ハどこじや 近江じや 誠に近江ハ二十四郡拾二郡ハ海じやと申が誠で御ざる あゝ打ひらひた海で御座る 其元のにぎやかなハ何ンじや 坂本の市じや 是〔ハ〕幸の所へ参た 少と見物致そうと存ル 是は茶湯道具と見えた 〔此道具を見テイル内シテ出テ名乗〕 シテ「是ハ此他で心のすぐにもなひ者で御座ル 此間ハ打続て仕合が悪う御座る 今日ハ罷出一仕合致うと存ル 先急で参らふずる 何と仕合があれバよふ御座ルが 〔アト道具を見ているヲ見付テ〕 是に何者やら道具に見入て居る 致様が有ル のふ久しうおりやる 〔アトしらぬかほしている〕 是ハいかな事 めのさやのはつれたやつじや さりながら某のかゝつてハやる事でハなひ アト「是ハ子共のもて遊ひと見へた 〔アトのまねをして〕 シテ「はて扨わごりよハ久しうでおふたなふ アト「そなたハさいぜんから久しひ〳〵とおしや〔ル〕か身共ハしらぬぞや シテ「そなたハ物の人じやハ アト「おふ某ハ物の物じや シテ「そなたハ アト「三河の者じや シテ「夫々三河の者(ヒト)〳〵  アト「三河にとつても岡崎 シテ「岡崎 アト「おかざきの橋を渡つて シテ「わたる〳〵 アト「右へきりりと廻ツて シテ「廻ツて 〔アトノ云アトヨリ云〕 アト「高もがりの  同「となりの家の内の 〔シテモ同しヤウニイウ〕 者で 〔シテハ候ト云〕 なひ シテ「なひ〳〵 某がよふしつてゐる程に有様にいわしませ アト「はてわこりよハよふしらしました 「某ハ遠江の見付の者じや シテ「夫々見付の人〳〵 アト「見付の町をつうといて シテ「ゐて アト「左りへ シテ「ひだりへ アト「廻りそふでまわらぬ シテ「まわらぬ〳〵 アト「はてわこりよハよふしらしました シテ「おふしつてゐる アト「白壁作りの隣の シテ「となりの アト「ちいさい家の内の シテ「内の アト「者て シテ「者て アト「候 シテ「候々 夫でおりやる アト「はてわこりよハよふしらしました シテ「そなたのおばにおふ アト「お寮か シテ「おふ其お寮(ヲリヤウ)様ハ御息災なか  アト「中々息災でおりやる シテ「身共ハ其お寮様にだきそたてられた物じや アト「扨ハ頭にたいじなひちか〔づ〕きが有ル〳〵といわれたが扨ハわごりよが事であらう シテ「おんでもない事 みが事〳〵  同「ひとたびハ参つてお礼をも申筈じやが其段ハゆるして呉さしませ アト「少もくるしうなひ事でおりやる シテ「扨わこりよハ今時分くる人でハなひが何としてきさしましたぞ アト「親共が知つて御座らふならば中々おこす事でハなひが忍で登つておりやる シテ「そふ見ゑた 定て爰許不案内にあらふ 某が引廻しておませう アト「夫ハ忝なふ御座る シテ「さあ〳〵おりやれ〳〵 アト「心得ました シテ「是が大津松本と云てつつと不用心な所じや 細ものなどがあらバ某におわたしやれ アト「成程わたしませう シテ「是ハ石山の観世音と申てげんぶつしやじや 是へもお参りやれ アト「心得て御座る シテ「是に某のいつも泊る定宿がある 是へとまらしませ アト「心得ました シテ「こふ通しませ アト「通つてもくるしう御座らぬか シテ「中々 アト「某ハ草臥てふせりとふ御座ルが寝る事ハ成ますまひか シテ「安事 おねやれ 某ハ是ニ居るぞ 〔ト云トアトねル〕 亭主御座ルか ヤト「誰で御座ル いやそなたか シテ「中々 ヤト「わこりよを待兼て居た 先度のやつハ役に立ぬ シテ「やあ〳〵役にたゝぬ ヤト「中々 シテ「たまらぬりはつそうなものじやが ヤト「見かけハりこうそうなが仕ふてみてつつと鈍な物じや シテ「夫ならバよひ事が有ル けふつかひざかりの若ひ者を同道して表にねかせて置た あれと取替ておませう 〔シテトていしゆとはなしの内ニアトヲキテはなしをきゝ〕 ヤト「して国ハどこ元じや シテ「云まいとしたを漸とひ落たれば遠江の見付の者じや ヤト「先国がゆかしひ 同「夫ならば取かへてくれさしませ シテ「夫に就てあした六ツ太皷の時分に鳥目が弐百疋入程にかしてくれさしませ ヤト「心得ておりやる シテ「きやが((ママ))心元ない 某ハあれへ行ぞ 〔ト云前ニアトしらぬかほして又ねている〕 ヤト「はやうゆかしませ シテ「心得た 〔ト云テアトのねている所へきて〕 湯でも茶でもおのミやらぬかや 某も是にぬるぞ 〔シテねルトアトヲきて立テシテ柱へ行テ〕 アト「是ハいかなこと 某をよふしつた者かと存たれば日本一の人売に出よふた 足をはかりに〔にぎやうと存ル〕 乍去よいに承れば某を鳥目弐百疋にねないてあした六ツ太皷の時分に請取うの渡さふのと申て御座る 是を取て路銀に致さうと存ル 〔ト云テ下ニイテふたいたゝく〕 ヤト「おひ 〔ト云テ両手の上ニのせた心ニて出スていする アトたまつて請取テこしへまくていする〕 アト「先急て参らう 〔ト云テ目付柱より大臣柱の方へ行〕 が殊外夜ふかな 先是ニまどろもう 〔ト云テ下ニイルトシテヲキル キモヲツブシテ〕 シテ「むゝ わ 夜が明た 〔ト云テシテ柱ニて下ニイテふたひをたゝく 亭主(「)たれじや ト云〕 (シテ「)夕への物〳〵 ヤト「夕への者((物))ハわたした シテ「やあ〳〵渡した ヤト「中々 身共ハ請取ぬ 先爰を明さしませ 〔亭主ざら〳〵ト云テ〕 ヤト「そなたか シテ「中々 あゝ夕へのやつがしてのいた物であらふ ヤト「あゝ夫ハ合点がゆかぬ シテ「先またしませ 〔ト云テアトノねた所をさくりミて〕 行ともとをひハゆくまひ きやつがねた所が如来はだな 某ハおつかけてみうと思ふ ヤト「是ハ一段とよからふ 〔シテゆこうとして〕 シテ「が某ハ無刀じや 何ぞきれ物をかさしませ ヤト「是ハ十((重))代じや程にきずを付ぬやうにさしませ シテ「心得た あとの事ハ頼ぞ ヤト「何が扨心得ておりやる はやうゆかしませ 〔ト云テ亭主ハ太皷座ニイル シテ目付柱の方より正面へ行〕 シテ「はて扨にくひ事で御座る 先急て参らう アト「もはや夜が明た 先そろり〳〵と参らうずる 〔ト云テ正面のまん中ニて行合テ〕 シテ「がつきめ やる事でハないぞ アト「人売よ〳〵 シテ「おのれこそ人売なれ たつた一打にしてやらふぞ アト「まひ((ママ))やいの延たやつじや 少とおどそう 〔ト云テ両手をにきりよこはらへあて口をあきて〕 あゝ〳〵 シテ「やいそこなやつ アト「なんじや シテ「おのれは何者なれハ此太刀をぬいてきしろ打てかゝるにあゝ〳〵と云ハ何者じや アト「扨ハ某をしらぬか シテ「いゝやしらぬ アト「唐と天竺のさかひにぎしやくせんと云山が有ル 其山ニ住む磁石成ルがけさも弐百疋の鳥目をのふだれば唐金で喉につかへてわるひ 汝がぬいた太刀ハ銘一ツかゝゑた物とミゑた きつさきからなかごさきまてたつたひとのミにしてやらう あゝ〳〵 シテ「いかに磁石にてもあれ ぎしやくにてもあれ 此太刀がのまればのふでみさしませ からたけわりにたつた一打にしてやらう 〔ト云テ打かゝル時アトかをゝ引テ太刀を引ト又向い出ス〕 アト「あゝ〳〵 シテ「是ハいかな事 きや〔ツ〕があゝ〳〵と申に依て見て御座れば今迄水のたる様な太刀がどんどりと致した やひ磁石 アト「なんじや シテ「此太刀をこふ見すれば何と有ぞ アト「心がせひ〳〵となる シテ「かくせば アト「きがとほふなる シテ「夫ハ幸ひの事じや 汝を是迄追かくるもがひせぬ((ママ))が為じや 隠して気がとおふなるならばおのれさやゑさして指殺てのけふ アト「夫でハ某のめいのうする事じや たすけてくれひ シテ「なんのたすけひ アト「あゝ助てくれひ 〔ト云テ手ヲ合せテ小廻りしてねル シテ笑テ シテ「又磁石がだます やひ磁石 おきてゆけやい〳〵 〔ト云テ太刀のしハしきニてあとをいしる〕 是ハいかな事 磁石がだます〳〵と存て御座れば太刀のしばし(引〔)き(ヒキ〕)がひへちぎつて御座る 此納た御代に若ひ者が二人しておおつまくつ致て御座ルが一人ハ無刀壱人道具を持テ無刀の方をしとめたなどゝ申さふならば某が足のぬこう様も御座らぬ やい磁石 おきてくれひやい〳〵〳〵 是ハ何とした物であらう あゝ思ひ出した かれが存生に有し時此太刀を望うで御座る かれが氏生沙((産土))へ祈誓をかけ二度ゑんぶかゑそうと存ル いかに磁石が氏生沙も慥に聞給へ 元より好此太刀を鎺元二三寸ぬきくつろげ磁石が枕元にとうど置き活々の文を唱へ磁石が上をあなたへハひらりこなたへハひらり〳〵〳〵と飛廻りていかに磁石〳〵 〔ト云テ下ニイテ鳴〕 アトウタイ アト「たそやあたりに音するハ シテ「いにしへのたら〳〵よ アト「声おもきかじ 恨めしや シテ「恨るも道理なり 実恨るも道理なり 〔アトそろ〳〵とおきてかたはたぬいて太刀を持シテのかたを(アト「)かつきめ と云テ打 シテ(「)南無三宝たまされた ト云テにくル (アト「)やれおふちやく者 やるまいそ〳〵〕    七 長光 アト「是ハ東国方の者で御座ル 今日ハ町表へ罷出売物を見物致さふと存ル 先そろり〳〵と参らふずる 小者をも持て御座れ共けふハ方々ゑ遣して御座ルに依て自身太刀をさげて参る 先急て参らふ 是から売物店じや 見物致さう 〔是ハこふくみせとみへた 扨々うつくしい事かな なんじや あやにしき 金らん どんす 色々の物が有る〕 シテ「是ハ此他りて心のすぐにもなひ者で御座る 此間ハ打続て仕合が悪う御座る 今日ハ町表へ罷出何ぞ一仕合致さうと存ル 〔ト云テアトヲ見付テ〕 爰ニ何者やら売物に余念ものふ見いつて居る 致様が有ル 〔ト云内ニアト(「)爰元ハ茶湯道具と見へた ふろ〕 アト「茶入 シテ「茶入 アト「釜 シテ「かま 〔シテアトノまねをして太刀をひゝテみる アトかをゝ見て右へ太刀ヲとりなをしシテハ開テ〕 シテ「つつと目のさやのはづいたやつじや 乍去某のかゝつてやる事でハなひ 〔茶湯道具の事を色々云テ爰ニてまねをしなからそろ〳〵太刀のさけをゝときて〕 アト「ちいさゐ子のもち遊ひ道具が有ルハ シテ「おふ有共〳〵 〔アト「ひな はりこ ぶり〳〵 シテ「ぶり〳〵 アト「土で作たゑのころも有 (シテ)「あるとも〳〵 (アト)「是をハ求てみやげにいたそう (シテ)「おふみやげにめさつたかましじや ト云なから 我かこしにはいたよふにはやくゆひ付テ其まゝのこふとするをアト〕 アト「爰をはなせ シテ「是ハ身共のじや 〔ト云テ太刀へ手ヲかける〕 アト「いや某の物じや シテ「どうでもこちへよこせ アト「ヤル事ハならぬ シテ「やれおふちやく者 誰も御座らぬか 二人「出合〳〵 目代「やい〳〵やいそこなもの 汝等ハ何事を云 アト「身共のさげておりまする太刀をあひつがとらうと申まする シテ「私のはいていまする太刀をとらふと申まする 目代「どふあらふ共是をば某にあづけひ アト「こなたにあづけ置まする程に構てあひつにやらせられまするな 目代「中々やる事でハなひぞ シテ「申あづけまする かまへてあの者にやらせらるゝな 目代「中々渡す事でハなひ 〔ト云テ目代太刀を請取テ正面ニ下ニ置〕 アト「扨々おふちやくなや〔ツ〕じや シテ「はてにくい事かな 目代「やい〳〵汝等ハ此納た御代に何事を云 アト「してこなたハどなたで御座ル 目代「所の目代じや アト「先お礼を申まする 目代「礼迄も有まい 何事を云た アト「某ハ田舎者で御座ルが爰に売物によねんもなふ見いつておりましたれバあれ〳〵 〔少出テシテノ方ヲ見る〕 あそこなやつが某の持てをりまする太刀をいつのまにやらそろりとはきまして夫をおこせひと申せ共よこすまいと申てかへつて雑言の申まする 是ハらうぜき者で御座る程に急度仰付られて被下ませひ 目代「扨ハ汝がのか アト「中々私ので御座る 目代「そちが口斗でハしれぬ あれにもきこう 夫にまて アト「畏て御座る 目代「やい〳〵汝ハ何事をわつはと云 シテ「してこなたハどなたで御座ル 目代「此所の目代じや シテ「はあ先お礼申まする 目代「只今ハ何事を云たぞ シテ「某ハ田舎の者で御座るが爰に売物によねんもなふ見いつておりましたれば 〔ト云テ出テアトノ方ヲ見て〕 あれ〳〵あそこなやつが〔イツノマニヤラマイツテ〕某のはいておりまする太刀へ手をかけ我物じやと申まする 是ハらうぜき者で御座る程に急度仰付られて被下ませひ 目代「扨ハ汝がのがじやうか シテ「中々私ので御座る 目代「やい〳〵あれが〔ぢや〕と云に汝ハむさとした事を云 アト「扨ハあれがじやと申まするか 目代「中々 アト「扨も〳〵だいたんなやつが御ざりまする いや某の太刀のせうこにハ国銘作を申ませうがあひつハゑ申ますまひ 目代「誠に是ハよひせうこじや アト「はあ 目代「あれにも様子を聞う程に夫にまて アト「畏て御座る 目代「やい〳〵 シテ「やあ 目代「あれが太刀のせうこにハ国銘作を空で覚てゐる 今成共身が前でいわふと云が汝ハいうか シテ「あのいおふと申まするか 目代「中々云共 シテ「扨も〳〵代((世))にハだいたんなやつが御座りまする 我が物でなふてさへいわふと申まするにまして某の太刀で御座ル物を申ませいでハさりながらあゐつハゑ申ますまひ程に先あれからいゑと仰られませひ 目代「心得た さあ〳〵先汝からいえ アト「畏て御座る 先あれハ備前物で御座ル 備前にとつても長光 ながハちやうのじ みつはひかると申字で御座る 目代「寄((奇))特と云た あれにも其通りをきこふ さあ〳〵汝も急ていへ シテ「畏て御座る 〔シテ目代のうしろにてそろ〳〵と聞云テ目代のむきそうな時ハかまハぬかほしている〕先あれハ備前物で御座る びぜんにとつても長光 ながハてうの字 光ハこふ〳〵 〔ト云テ光の字ヲ正面の方へ扇ニてかくまね〕 ひかると申字で御座る 私ハ字迄覚ておりまする 目代「むゝ慥な事じや やきハなんと有ルぞ アト「はゞきもとから物打迄桜の花をかさねたごとくくわつ〳〵とかさなりまして扨物打から上へ大のたれにのたれてきつさきとなつてやき返しが御座つて見事なやきで御座る 〔是もアト目代へ云ヲ聞まねをする〕 目代「〔是ハ見事に〕そふであらふとも やきハなんと有ルぞ 〔アトの通り云〕 是ハふしぎな事じや 〔ト云テアトノ方ヘ行テ〕 じはだハ アト「物にたとへ〔テ申〕ませうならば霜月しわすの氷の上へ薄雪などのさつとふりかゝつたごとくさながらおこりも落さうな太刀で御座る 目代「そふであらふ共 じはだハ何と有ルぞ シテ「物にたとへて申ませうならば霜月師走の氷の上ゑ薄雪なとのさつと降かゝりましたごとくさながらおこりも落さふな太刀で御座る 〔アトノヲ聞其通りヲ云 さつとふりかゝりましたと云所手ニてしかたする〕 目代「やい アト「や 目代「いやそちが云もあの者の云も少もちかわぬハ合点のゆかぬ事じや アト「あゝ仰らるゝ〔ニ〕付て思ひだいて御座る 某ハ田舎者で御ざるに依て物をこふせうに申たをきやつが聞て申物で御座らふ すんの申ませう程ニ是ゑ御座りませひ 目代「心得た 〔大臣柱のわきへよひアト目代の耳へさゝやくていする〕 アト「すんな是で御座ります 〔シテも目代のうしろへ付テ行きこふとする さゝやく故ニきこゑす シテはしかゝりの方へゆこうとするを〕 目代「やい〳〵どこへ行 先こちへこひ シテ「や 目代「汝もすんのいへ シテ「すんハもふよう御座りまする 目代「よいといわずといへの シテ「すんハ桜の花をかさねたごとくに アト「申々口がちがひまして御座る はかせられませひ シテ「おのれハそこにすつこんでおれ 〔ト云テアトヲつきたをす〕 目代「いわれぬ事をいわずともすんのいわぬか シテ「霜月しわすの アト「又口がちがひました はがせられませ 目代「心得た にくいやつの 〔ト云テ二人して羽折の上ニ細帯している夫をときはおりをはぐ〕 シテ「いやもゆるして被下ひ 目代「なんのゆるせとハ シテ「あゝ助て被下ひ 二人「やるまいそ〳〵 〔アトハ太刀を持テおつかくる〕 〔正本ノ通 「みつハくわう共又光ルト申字て御座る 私ハよミこへまて致しておりまする 「物にたとへ候へハ物打迄ハ桜の花かさねたことくにくわ〳〵と乱まして扨物打から上ハ大のたれにのたれてきつさきとなつてやきかへしが御座つて見事なやきて御座る 「物にたとへませうならば霜月しわすの氷の(ウスコウリ)上〔ニ〕うす雪なとのさつとふりましたやうに見事て御座る〕   シテ 出立 嶋の物 狂言裃 腰帯 たすきかけ 小袋さけ帯 ふくさ 何ニてもゆい付ル 上羽織ヲきて帯する布切ニても吉   アト  嶋ニテモのしめニても 狂言袴クヽル 肩衣 腰帯扇 太刀さけて出ル   目代 のしめ 長上下 小サ刀 扇 八 茶壺 〔酒によふて出ル こしかけをおふて出ル 橋かゝりにて小謡うとう(「)きんちやうのもとゝわん((ママ)) ろさんの雨のよ そうあんの内ぞおもわるゝ 此謡が((ママ))又ハ(「)のめたのもしき春もちゞの花さかり ニても此内一番うとふてよし〕 アト「あゝよふたよ 道が二すしにも三すじにも見ゆる 是じやいかりやせまひ 爰ににやう 〔ト云テ右ノ手ヲ枕ニして左りのかたをはつして〕 シテ「是ハ此他りで心のすぐにもなひ者で御座る 此中ハ打つゞいて仕合があしう御座る 今日ハ昆陽野のしゆくのあたりへ罷出何ぞ一仕合致さふと存ル 何と仕合があれバよふ御座ルが 〔ト云テアトにいきかゝり見つくる〕 是ハいかな事 爰に何者やらよねんもなふねいつて居る やい〳〵爰ハ海道じや おきてゆけやい そこな物 やい〳〵 〔ト云テおこす アト(「)むゝ と云テのひをする〕 む さかくさい事かな 思ふまゝにたべたと見へたよ みれば何やらよさそうな物をせおふてゐる 致やうが有ル 〔ト云テアトノ左りのかたをはつしたるこしかけのひほへ左り手ヲ入ねル〕 アト「むゝあゝは 是ハ海道にねた 是ハいかな事 やい〳〵そこな者やひ シテ「む アト「こゝはなせ シテ「是ハ身共のじや アト「いや某の物じや シテ「どうでもこちへよこせ アト「やる事ハならぬ 〔シテ(「)やれおふちやく者たれも御座らぬか ト云テせりやう内に目代出る〕 目代「やい〳〵やいそこな者 汝等ハ何事を云 アト「某の物をあれがとらふと申まする シテ「身共の物をあいつかとらうと申まする 目代「どうあらふ共是をバ某にあづけい アト「こなたにあつけ置まする程ニかまへてあひつにやらせられまするな 目代「中々やる事でハなひぞ シテ「申あづけまする かまへてあの者にやらせらるゝな 目代「中々渡す事でハなひ 〔ト云テ目代こしかけを正面ニ持テ行内ニシテアトノことば〕 アト「扨々おうちやくなやつじや シテ「はてにくいやつかな 目代「やひ〳〵汝等は此治た御代に何事を云 アト「してこなたハどなたで御座ル 目代「此様な事をさばく者じや アト「扨ハ目代殿で御座ルか 目代「中々 アト「先お礼を申まする 目代「して只今ハ何事を云たぞ アト「先あれハ茶壺で御座る 某ハ中国の者で御座るが栂の尾へ茶をつめに参て路次で殊外御酒に被下(たべ)よひまして是によねんものふねいつておりましたれバあれ〳〵あそこなやつがいつのまにやら参つて某のいつほうのかたをはづいておのれがうでをさしこふで我が物じやと申まする ろうぜき者で御座る程に是をハ急度と被仰付て被下ませ 目代「扨ハ汝がのか アト「中々 目代「そちが口斗でハしれぬ あれにもきこう 夫にまて アト「畏て御座る 目代「やい〳〵汝ハ何事をわつはと云 シテ「してこなたハどなたで御座る 目代「此所の目代じや シテ「はあ先お礼を申まする 目代「して今ハ何を云たぞ シテ「某ハ中国の者で御座ルが栂の尾へ茶をつめに参て路次で殊外御酒にたべよひまして是によねんもなふふせつておりましたればあれ〳〵あそこなやつがいつのまにやら参て某の一方のかたをはずいておのれがうでをさしこふで我のじやと申まする 是ハろうぜき者で御座る程に急度被仰付て被下ませ 目代「あれハ汝がのがじやうか シテ「中々わたくしので御座る 目代「やい〳〵あれがじやと云が汝ハむさとした事を云 アト「扨ハあれがじやと申まするか 目代「中々 アト「扨も〳〵だいたんなやつが御座りまする いわばゐわしてをかせられひ 某の壺のせうこにハ中に入日記が御座る こと〴〵く空で覚ておりまする 只今なりともお前で申ませうがあひつハゑ申しますまひ 目代「誠に是ハよひしやうこじや アト「はあ 目代「あれにも様子を聞う程に夫にまて アト「畏て御座る 目代「やい〳〵 シテ「やあ 目代「あれが壺のせうこにハ中に入日記が有を今成共身が前でそらでゐおうと云が汝ハゆうか シテ「あのいおふと申まするか 目代「中々云共 シテ「いや代((世))にハだいたんなやつが御座ります わが物でのうてさへいわうと申まするにまして某ので御座る物を申ませひでハ さりながらあひつハゑ申ますまひ程に先あれからいわばいへと被仰ませひ 目代「心得た さあ〳〵先汝からいへ アト「畏て御座る とてもの事にふしを付て申ませう 目代「こりやよかろう 〔フシ〕アト「我が物ゆゑにほねをる〳〵心の内ぞおかしき 〔地ヲトル〕 アト「左候へばこうそうさ候へばこそ おれが主殿ハ中国一の法師にてひの茶をたてん事なし 一族のよりや((ママ))ひに本の茶をたてんと五十貫のくりを持おふくの足をつかふて兵庫の津にもついたり 兵庫を立て二日に栂の尾にもつきしかば峯の坊谷の坊殊に名誉しけるハあかひの坊のほさきを拾斤斗かひ入れうしろに急度せおふて兵庫をさして下れハ昆陽野々宿の遊女が袖をじつとひかへていまやうをらうゑひしをりはぎをうとふておさへて酒をしひたり 酒にようてねたるを日本一の大ふの古博奕打が来つて我が物と申を判断なしてたび給へ 所の検断殿様 目代「寄((奇))特と云たよ アト「はあ 目代「さあ〳〵汝もいそいでゐゑ シテ「心得ました とてもの事にふしを付て申ませう 目代「よからふ 〔シテアトノ通り云也 仕舞も同前なり〕 シテ「所の検断殿様 目代「きどくと云たよ シテ「はあ 目代「今のを聞ひたか アト「中々承て御座ル ぎ((ママ))とくと申上て御座る 目代「やい是でハ両方がたいようなによつてりひが付られぬ 某のおもふハどふをんにいわせてどち成ともちこふた方をくせ事に云付ル程にさふ心得へ アト「畏て御座る ○ 目代「さいせんのでハりひか付にくひ 今度ハ同音にいわせてどち成共ちごふた方をくせ事に云付る 〔○次〕 汝もそう心得い シテ「はあ 目代「さあ〳〵急でいへ アト「畏て御座る おのれハいおふと思ふか シテ「いわひでなんとせう アト「おうちやく者か シテ「だひたんなやつかな アト「にくいやつの 〔アトシテニはりかゝる シテもはりかゝるていにてむかへべし 目代両方ヲトムル〕 目代「いわれぬ事をいわずとはよういへの 二人「はあ 〔シテアトノまねヲスル〕 アト「我が物ゆへにほねをる〳〵〔アドよりハあとより云〕 二人「心の内ぞをかしき 〔地ヲ取テ〕 アト「さ候へバこふそう左候へバこそ おれが主殿ハ中国一の法師にてひの茶を シテ「ひの茶を アト「たてん事なし 一族の寄合に本の茶をたてんと五十貫のくりを持おふく足をつこふて兵庫の津ニも シテ「もう アト「ついたた((ママ))り 兵庫を立て二日に栂尾にもつきしかば峯の坊谷の坊殊にめいよしけるハあかひの坊のほさきを十斤斗かい入うしろに急度せおふて兵庫をさして下れば昆陽野々宿の遊女が袖を シテ「袖を アト「じひ シテ「じひ アト「じひとひかへて今やうをらうゑひしほりはぎをうとふておさへて酒をしひたり 酒によふてねたるを日本一の大ふのふるばくち打がきたつて 二人「我が物と申を判断なしてたび給へ 所の検断殿様 〔シテアトノまねをする ふちやうほうニしてよし ひやうしもわるくふむ也 アトハたますふりにて仕舞をする〕 目代「両人ながらきどくと云た 二人「はあ 目代「さあ〳〵つつと是へでひ 二人「畏て御座る 目代「是を汝にやればあれがうらむる 又そちにくるればあの者がうらみおうくる 昔からも論ずる物ハ中からとれと云 是をば某のにするぞ アト「わが物にもならぬ シテ「我物にもならぬ アト「しらけ 二人「やれおふちやくもの(ヤルマイゾヒキヤウモノ) やるまひぞ〳〵   シテ  嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 〈連哥盗人〉より猶そゝを成がよし   アト 出立 同前 袴クゝル 茶壺をうしろにおふて出ル 腰懸ニひなん付テよし   目代 のしめ 長上下 小サ刀 扇           九 筍 アト「是ハ此他りてはたを数多持た者て御座ル 此中は一円に隙が御座らぬに依て見舞ませぬ 何と二三日参らぬ内に定て色付ひてあらふ はや是からか身共のぢや 扨々此中見まわぬ内に何もかもよふなつた いや是ハいかな事 竹の子 是ハぬかすハ成まい 〔両手ニてぬくまねをする〕 ほん 是ハたくさんな事かな も二三本ぬいてみやけに致そう 〔テカケヌクマネヲスル〕 シテ「やい〳〵やいそこな者 〔右ノ足ヲ引テ出る〕 アト「こちの事か シテ「なせに竹の子をぬく アト「そちのハぬかぬ なかもふそ シテ「かもふなとハ 身共のやふからきた筍を其ごとくにぬいてもぬかせまいかな アト「それハ誰が シテ「身共か 〔アト笑テ〕 アト「はてさて我がまゝな 其様な事ハをけいの シテ「してそれハ誠か アト「誠じや シテ「心実か アト「しんしつじや シテ「いちせうか アト「一定ぢや シテ「にくいやつの アト「あゝあぶない 誰も御座らぬか やれ出合〳〵 目代「やい〳〵是ハらうぜき 何事じや 先そこをひらけ やい〳〵只今は何事云たぞ アト「してこなたハとなたて御座る 目代「此様な事をひはんする者ぢや アト「扨ハ目代殿て御座るか 目代「中々 アト「先お聞なされて被下ませい 私のミねんぐを立てつくる田へ筍かはへましたに依テぬいて御座ればぬかすまいと申てあのしたゝかなほうを持まして私をてうちやく致まする らうせき者て御座ル程に急度仰付られて被下ませい 目代「そちが口ばかりでハしれぬ あれが口をもきこふ 夫にまて アト「畏て御座る 目代「やい〳〵唯今ハ何事を云たぞ シテ「してこなたハとなたて御座ル 目代「此様な事をさばく者ぢや シテ「扨ハ目代殿て御座ルか 目代「中々 シテ「其義ならハ先お礼を申まする 別にれうじハ申さぬ 是よりあれまでか某のやふて御ざるかそれよりねをさしました筍をぬくに依てぬくなと申事て御座る 目代「いや〳〵それハきこへぬ もとよりあれがはたなれバなにをまこうともとり其上あれがミねんぐを出す田畑にはへた物をとらすまいと云ハなんぢのかあやまりじや シテ「それならハいよ〳〵ことわりが御座る 此いせんあれかうしが私のまやへ参子をうミまして御座るをが((ママ))れか見付おや子共につれて帰りました あれがミねんぐを出すはたゑ某が竹が根をさした筍を取ルと申さば我等のミねんぐを納ル家へ参てうんだ其牛の子をとると被仰い 目代「ふう是ハ尤な やい今のを聞たか アト「中々承て御座るか筍をぬいたと申て時すきたうしの子をとらふと云やうなきすいな事か有物で御座ルか 目代「是でハりひがわけにくい ゐさをもしろいくじなれバ某の思ふハ是によそへて当座〔ヲ〕よませて其できた方へりを付ふ 是より外にわけよふがない アト「中々私ハよミませう あれもよむか とわせられい 目代「心得た 今の分でハりひか付られぬに仍テ哥を一首よませて其かちまけに依てりひを付ふと云たればあの者ハ哥をよもふと云がそちもよもふか シテ「あれさへよミまするならバ身共もよミませふ まづあれからよめと仰せられい 目代「心得た さあ〳〵急てよめ アト「こふも御座りませふか 目代「なんと アト「わがはたへとなりの竹のねをさいておもいもうけぬ筍ぞとる 目代「できた さあ〳〵よめ シテ「わかまやへとなりの牛が子(は)を(な)う(れ)ミ(き)て(て)思ひもうけぬ(もよらぬ)牛の子そとる 目代「きとくとようだ 〔ト云テアトへ〕 やい〳〵是でハ両方がたいようなに仍テりひが付られぬ 今度ハ何をせうぞ アト「私ハすまふを取ませふ あれにもとるか聞せられい 目代「心得た やい シテ「やあ 目代「今のでハ両方がたいよふなに依てりひか付られぬ 今度ハ何をするぞと云たればあれハすもふをとらふと云か汝もとるか シテ「某ハ成ますまい 目代「なせに シテ「御らふしらるゝごとく両((慮))外ながらすねがふじうに御座るによつて是ハ成ますまい 目代「とらねハなんじかまけじやぞよ シテ「まけで御座る 目代「中々 シテ「それならバ取ませう 目代「とらう シテ「中々 目代「さあ〳〵とらふと云程に急でとれ アト「畏て御座る 目代「身共の行事をせう 二人「頼上まする 〔二人トモニ立ならひ〕 目代「おてつ 二人「やあ〳〵 〔シテアトヲぼうにてうとふとする〕 アト「あゝあふない 先まて 目代「是ハ何事ぢや アト「あのぼうをとれと仰られい 目代「心得た 其ぼうをとれと云ハ シテ「私ハ此ほうが一方のすねで御座るに仍テとる事ハならぬと仰られい 目代「尤しや 今のを聞いたか アト「中々承て御座ルか あれハすもふと申物でハ御座らぬ かちあいと申物て御座ル 目代「どふなりとしてとれ アト「あのぼうに取つくようにゐたいたらバよふ御座らうか ぜひに及ませぬ とらふと仰られい 目代「心得た さあ〳〵とれ シテ「はあ 目代「おてつ 二人「やあ 〔ト云テ両方へとんてシテハぼうにてくわそうとする アトハぼうへ取つこうとする也 又とふ所をアトほうへ取つくト一返廻し又廻り返してシテをなくる〕 アト「見ゑたか 〔こかしてから〕 おてつ 〔シテハおきながら〕 シテ「やい〳〵すもふハ壱番でハしれまい も一番かへせ やれやるまいぞ〳〵 〔ト云テほうをつきびつこを引テかくやへはいる〕    シテ 出立 嶋の物 狂言袴 こしおひ 扇 十徳 角すきん ひげ懸ル 造物ニテぼう一寸四方長サ   アト 嶋の物 狂言上下 こしおひ 扇   目代 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 拾 太刀奪 アト「是ハ此他りの者で御座る 先召遣ふ者を呼出し談合致事が有ル 太郎官者居るかやい シテ「はあ アト「いたか シテ「お前に アト「はやかつた 汝を呼出すハ別の事でなひ 今日ハ北野々おてうずのゑをはつたと失念をしたハ シテ「誠に私もわすれまして御座る お参被成ましたらばよふ御座りませふ アト「よかろう シテ「中々 アト「さあ〳〵こひ〳〵 シテ「畏て御座る アト「内ニ斗いれば気がくつしてわるひが此様に出れば心がはれやかになつてよいぞなあ シテ「被仰るゝ通り此様に御出被成ますれば御心がはれやかにならせられてやう御座りまする アト「夫よ〳〵 通テ「是ハ此他りの者て御座る けふハ北野々おてうすのゑて御座る程に参らうと存ル 扨も〳〵是ハはやおひたゞしひ参りかな いやれいけんあらたて御座るに依てあゆミをはこぶ事て御座る 急て参らふ (シテ)「申あれを御らふじられましたか (アト)「中々見た (シテ「)けつこうな太刀てハ御座りませぬか (アト「)誠にけつこうな太刀じやなあ (シテ)「こなたハあれをほしいとハ思召ませぬか (アト)「ほしいと云たりと何とせう (シテ)「夫ならば身共のとつて上ませう (アト)「なんと人の物がとらるゝものじや (シテ)「私が取て上ませふ程に其お腰の物をおかし被成ませ 〔(同)「てまもいらず取テ参ませう (アト)「夫ならバ急で取テこい (シテ)「畏テ御座る ト云テ行ウトシテ(シテ「)申私ハ丸こしで御座る 其おこしの物をおかしなされませい かやうにも云なり〕 (アト)「是ハ某の大事の刀じや かす事ハ成まひ (シテ)「きすハ付ハ致しますまひ ひらにおかし被成ませ (アト)「夫ならばかす程にぬからぬ様にして取てこひ シテ「畏て御座る 〔主の刀をかりさして行 通り手道具ニ見入テイル〕 〔(通手)「いや是からかこふくみせじや 少と見物致さう なんじや あやにしききんらんとんず((ママ))どんきん 夫ハなんておりやる やあ〳〵せてん 笑テ (通手「)はてめつらしい織ものておりやる 「((ママ))シテ(「)めつらしいおり物ておりやる  と云なから通り手の左りの方ニて太刀のこしりを引テ見ると其時通り手シテをにらめる シテしらぬかほにてシテ柱の方へ行テ(シテ「)目のさやのはつれたやつしや さりなから某のかゝつてハやる事てハ御座らぬ と云テ又行 其内ニ通り手ハ又道具に見入ている (通手「)爰ハなんしや 是ハ茶の湯道具と見へた ふろかま茶入茶わんひしやくも有ルハ 爰元ハ子共のもて遊ひと見へた ひなはりこぶり〳〵 つちて作たゑのころも有ルハ ト云時シテ(「)おふ〳〵つちて作たゑのころも有とも〳〵 通り手(「)是ハ下向にハ求めてみやけに致さう シテ「おうみやけ〳〵 ト云テ又太刀を引〕 シテ「扨も〳〵夥敷い参りかな 通手「やいそこなやつ シテ「なんじや 通手「おのれハなぜに人の腰物にさわつた シテ「此大勢の中で少とさわつたらば大事か 通手「だいしか にくいやつの シテ「あゝ助てくれひ 〔(通手)「大事か にくいやつの おのれ其つれを云たらハ目ニ物を見せうぞ (シテ)「夫ハたれか (通手)「身共か 「((ママ))シテ笑テ (シテ「)わこりよの目に物見せだておいてくれい (通手)「夫ハ誠か (シテ)「誠しや (通手)「おのれハにくいやつの たつた一打にしてやらう (シテ)「あゝ助てくれい アトハ切テかゝりシテにけて入替り大臣柱の方ニ下ニイル〕 通手「なんのたすけい(ケテクレイ)とハ さいぜん某をなぶつたがよひか 是がよひか おのれ胴ほねをま二つにしてのきやう シテ「あゝ助てくれひ 通手「おのれが腰にさいたハなんじや シテ「是ハ刀じや 通手「夫をこちおこせ シテ「是ハたのふだ人のじや やる事ハならぬ 通手「やる事ハならぬとハ 物をいわするに仍テおのれくしざしにしてのきやう シテ「あゝやる〳〵 通手「さあ〳〵よこせ シテ「そりや 〔ト云テつかの方以テさし出ス〕 通手「つかの方からおこそう シテ「夫程あぶなくハおけ 〔ト云テ腰ニさすまねをする〕 通手「なんじや おけとハにくいやつの ていどおこすまいか シテ「おふやる〳〵 〔ト云テ取直してつかの方出ス 通りて左手ニて刀ヲ取右の手の太刀ニて切はらふ〕 同「はてあぶなひ〔事〕をする 通手「某ハ今迄いき物を切たためしがなひ おのれをうでだめしに胴ぼねをま二つにしてのきやう シテ「あゝ助てくれひ 通手「夫ならば今ハ参りじや程にゆるす げこうにそこにいたらばうらをかゝする程にそう心得 シテ「何が扨いる事でハなひぞ 通手「構て居るな シテ「心得た 〔ト云テ通手太皷座ニ下ニイル して其あとをみおくりてシテ柱の方へ行〕 同「是ハいかな事 人の物をとるとて我物をとられた 先此由頼ふだ人に申そう 頼ふだ人御座りまするか 御座ルか〳〵 アト「ゑひ太郎官者が声じやか とつたか〳〵 シテ「とつて御座る〳〵 アト「でかいた〳〵 どりや見せひ シテ「いやこなたのお腰の物をあつちへとつて御座る アト「なんじや こちのをあつちへとつた シテ「中々 アト「夫じや程に成まひ おきをれと云に丸腰で身共ハ何とせう シテ「誠にこなたも某も丸腰でハしつかひてつきをいむような物で御座る アト「最前から成まひ おきをれと云ににか〳〵しひ なんとする物じや シテ「あゝ思ひだひて御座る アト「なんと シテ「今ハ参りじや程にゆるす 下向に夫にいたらばうらをかゝすると申て御座る  〔主(「)てつきをいむやうなとハ鈍な事をぬかす 夫じやに仍テさいせんから成まひおきおれと云に身共ハなんとやとへ帰らるゝ物じや (シテ)「あゝ思ひ出しまして御座る (アト)「なんと (シテ)「きやづ((ママ))が申まするハ今ハ参りしや程にゆるす下向に夫にいたらはうらをかゝすると申て御座る〕  定てもはやきやつがもどる時分で御座ル程にこなたと身共と両人あれへいでましてこなたつかまへさせらりやうず 某の引しバりまして太刀もかたなも皆取て進せませふ アト「是ハ一段とよからうがかへつてからめられぬやうにせひ シテ「畏て御座る 是にお待被成ませひ アト「心得た 通手「扨も〳〵おもわぬ仕合をいたゐた 先急で参らう 是ハ北野をしんごふ仕故で御座る 〔ト云テシテ柱ニて云ヲ二人共ニ笛座の上ニ見付テ〕 シテ「申あれで御座る アト「さあ〳〵つかまへ シテ「こなたつかまへさせられひ 〔ト云テ二人してたかいに手を以テおしたす 夫よりシテ主をつきたすと主通手をうしろよりたきつきて〕 アト「さあ〳〵つかまへたぞ〳〵 通手「是ハ何事ぞ アト「何事とハ シテ「さあ〳〵見たか〳〵 最前某をなぶつたがよひか是かよひか 〔ト云テシテしつへひをあてる〕 アト「いらぬ事をせずともはやうしはりおれ シテ「畏て御座る 〔ト云テなわをとてきてよるまねをするト通手太刀のこしりニてシテのせかな((ママ))をつくところりところひおきてよる 又太刀ニてころはかす〕 アト「其様なじやうだんせずともしばりおれ シテ「はあ 〔ト云テなわをふたひニ丸クして置テ〕 きやつが足を是へいれさせられひ (アト「)其様なじやうたんをせずともうしろからしはりおれ シテ「はつ 〔ト云テ両手ニて縄を以て横ニかけうとするときニ〕 アト「其様な事をしをらずともうしろからかけひ シテ「心得て御座る 〔ト云テうしろより主へかける〕 かけました アト「夫ならバはなすぞ シテ「中々はなさせられひ (アト「)そりや シテ「かつきめ アト「是ハいかな事 身共じやハ シテ「誠にたなふだ人じや やれやるまひぞ〳〵 アト「とらへてくれひ やるまひぞ〳〵   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇    アト主 段のしめ 長上下 小サ刀 扇   通テ のしめ 長上下 小サ刀 大刀さけて出ル 拾一 真奪 アト「是ハ此他りに住居致者て御座る 先召仕ふ者を呼出し談合致事が有 太郎官者いるかやい シテ「はあ アト「居たか シテ「御前に アト「汝を喚出スハ別の事でなひ 此間ハ宿に斗いて気がくつしてわるい けふハどれへぞ遊山に出うと思ふが何とあらふぞ シテ「是ハ内々御意なく共私の方より申上うと存て御座ルに一段とよふ御座りませう アト「よからふ シテ「中々 アト「夫ならば其小太刀をもて シテ「畏て御さる 〔太皷座へ行太刀持テ出ル〕 はあ持まして御座る 〔ト云テ二人共廻ル 道行〕 アト「やい何と思ふぞ やとに斗いれば気がくつしてわるいが此やうにすれば心かはれやかになつてよいそなあ シテ「御意被成るゝ通り御内に斗御座被成れうよりかやうにふと御出被成るゝが一入の御慰で御座る アト「夫よ〳〵 又アト「是ハ此他りに住者で御座ル 去ル方へ御約そく致て花を持て参る 先急で参らう 内々花の事を仰らるれどよひ花が御座らぬ わこさま方のお待兼被成るゝと申程に是成とも持て参らうと存ル シテ「申たなふだ人 あの花を御らうじられて御座ルか アト「扨も〳〵うつくしい花じや あのやうな花をほしい事ぢや シテ「扨ハこなたハ夫ほどほしう御座ルか アト「中々 よひ花じやに仍所望がしたひことじや シテ「夫程に思召ならバ私の参て所望申ませふ アト「いやゐやそちが分でハ呉まい程にをけ シテ「いや御きつかい被成まするな 私のもらうて参りませう アト「なんぢや もらうてくれう シテ「中々 アト「夫ならば所望してミよ シテ「心得ました 申々そこな人 又アト「こちの事て御ざるか シテ「中々 又アト「何事で御座ふ シテ「そこつな申事で御座ルが其花ハ見事な花て御座るが夫ハもらうて御座つたか 但しとれへぞ進上物で御座ルか 又アト「いや是ハ去ル方へ約束いたして持て参るよ シテ「夫ならば近比申兼たがあれに立せられたハ某のたのふだ人で御座ルがその花を御らうしられて所望申たいと仰らるゝ程に呉さしませ 又アト「近比安ひ事でおりやるかさいぜんもふす通り去ル方へ約束致て持て参る程に成ますまひ シテ「いや夫ハそふなれ共花ハこふもぬすむも心有り ぜひ共所望致さう 又アト「はて扨そなたハ聞分もなひ よそへ進上に持て行程にならぬと云に シテ「いやそなたハおとこが所望申かけて御座るにいなとおしやる 此上ハうでつくで成共もらいませう 又アト「そなたハをかしい事を云人じや 此上ハうでづくで成共もらわふとおしやるか おそらくうでづくでもらわればもらうてみよ シテ「それハ誠か 又アト「誠ぢや シテ「一定か 又アト「いちじうじや シテ「いよ〳〵もらわいで置物か 又アト「いややる事ハならぬ 〔ト云テ花をさし上ル〕 シテ「どうでもとらいで置事てハないぞ 〔ト云テ太刀持テいながら両手を上テとらふとする内ニ太刀トかへる〕 又アト「おもわぬ仕合を致た 先さきへ参て此様子をはなそう 〔太皷座ニイル シテハ花と太刀をすりかへられてしらずに花斗持テ〕 シテ「なふ〳〵うれしや まんまと所望しすまゐた たなふだ人御座りまするか アト「太郎官者なんともらうたか シテ「中々もらいまして御座ルが先私の分別と御聞被成ませひ アト「なんとした シテ「呉まいと申て御ざるを色々と申て所望致て御座ルがなんと見事な花でハ御座らぬか アト「どれ見せい 呉兼たこそ道利((理))なれ 見事な花じや よふ呉たなあ シテ「いやすでに成まいと申を私の申かゝつた事じやと云てむりにとりまして御座る アト「先でかいた やい シテ「やあ アト「あれか呉まいと云を汝がむりにとつたならバ定て今の者が無念に思ふて道にまちぶせをせまい物でない程に太刀を身に引そへてもて シテ「お太刀ハ最前こなたへ渡シまして御座る アト「汝ハむさとした事を云 あれ程そちに持せておいた シテ「いや私ハ持てハ参ませぬ アト「おのれハ鈍なやつじや あれほど持ていたか何としたぞ シテ「あゝ誠に持ておりましたが余り花をとらふと存て情を入て花に心がうつ((ママ))て御座ルに仍テ花と太刀と取ちがゑた物で御座らふ アト「おのれハにくいやつの どこにか花と取かゆると云事が有ルものか シテ「あゝ アト「花などゝ云物ハ世間に沢山な物じやに大切な十((重))代とかへる物か 扨々にか〳〵敷事をしをつた なんとした物で有うぞ シテ「あゝよい事が御座る アト「何事ぢや シテ「今のやつがあれを通りました程に又此道をもとりませう程に是に少御待被成ませい アト「どれにまとうぞ シテ「是え御座りませい アト「心得た 今のやつが通らば早う知らせい シテ「心得ました 〔ト云テ二人共ニ笛座ニイルト〕 又アト「思わぬ仕合をいたした いそいて宿へ帰らう 〔是より〈太刀ばい〉の通り 主ハ太郎官者ニ(「)とらゑい と云 太郎官者ハ主に(「)とらへさせられい と云テたがいに(「)とらへい(「)とらへさせられい と云テ主とらへる 常の通り〕   シテ 嶋の物 狂言上下 こしおひ 扇 太刀持テ出る    アト 段のしめ 長上下 小サ刀 扇   ○又ア ト のしめ 狂言上下 腰帯 何ニてもうつくしき作花を持テいつる 〔(アト)「汝を呼出スハ別の事てハない 此間あなたこなたの立花はおひたゝしい事てハないか (シテ)「御意の通りしたゝかな事て御さりまする (アト)「某も近日おの〳〵を申入て一立花せうと思ふが何と有うぞ (シテ)「内々御意なくハ私の方より申上うと存て御座るに一段とよう御ざりませう (アト)「よからふ (シテ)「中々 (アト)「夫ならハけふハ東山ゑしんを切ニ行う (又アト)「是ハ此他りニ住住((ママ))居致者て御座ル 去ル方へ花の真を約束致て持て参ル 先急て参ふ〕 拾二 文山立  アト「やるまひぞ〳〵 シテ「やれ〳〵 アト「やるまいぞ〳〵 シテ「やれ〳〵 〔ふたいを一返廻る〕 アト「やるまいぞ〳〵 シテ「今のハなんとした アト「そちがやれ〳〵と云たに依てやつた シテ「やつた アト「中々 シテ「其方は山立のことばをしらぬか アト「いゝや シテ「やれ〳〵と云ハやれ打とめひと云事じや アト「打とめひならば打とめいと最前からいうたがよい シテ「ゐうたがよいとて先度の山伏もそくざに打とむる所をそちがおくびやうゆへににがいた アト「夫もわごりよがおくびやうゆへにとりにがいた事じや シテ「そちとつきよ((ママ))ふて今まで是ぞと思ふ仕合をした事がなひ きやうこふハふつと申つうぜんぞ 〔ト云テ道具をなくる〕 アト「そういうて道具をなげたハ某へのつらあてか シテ「つらあてゞもあらふまてい アト「身も又汝とでよ((ママ))ふてよい仕合をした事がなひ 此上ハ弓矢八満((幡))申あわせぬぞ シテ「そふいうて弓矢をすてたハ某をふむか アト「ふむでもけるでもあらうまでい シテ「おとこがそういわれてハかんにんがならぬ いざはたそう アト「いかにもはたそう 〔ト云テ両方かたかいにむなくらを取右の手ヲこしの物に手ヲかくる〕 二人「やあ〳〵 シテ「まくる事でハないぞ 二人「やあ〳〵 アト「あゝあぶなひ シテ「なんとした アト「うしろががけじや シテ「はてあぶない こちへよらしませ 二人「やあ〳〵 シテ「あゝ先まて アト「なんじや シテ「爰がいばらくろじや アト「やれ。あぶない〔コレハイカナコト共云〕 こちへよらしませ 二人「やあ〳〵 シテ「何と思ふぞ 此いせいをほうばい共に見せたひ事でハないか アト「誠に皆の者共に見せたい事じや シテ「夫ならハ爰をちよつとはなさしませ しらせてこふ アト「いや〳〵れうじニはなす事ハならぬ シテ「〔ソレナラバ〕ゑい〳〵と声を三つかけて三つ目にはなそう アト「一段とよからふ シテ「さあ 二人「ゑい〳〵〳〵 〔ト云テ開テ刀ニ手ヲ掛 シテ(「)ハトナ ト云〕 アト「ぬかる事でハなひぞ シテ「だまさるゝ事でハなひぞ アト「いざそりをなをさしませ シテ「あひなをしに致さう 二人「じり〳〵〳〵べつたり シテ「なふ何とおもわしますぞ 此分でしんでハいぬじにと云ものじや かき置をしてしなふとおもふがなんとあらうぞ アト「是ハ一段とよからふ シテ「してわごりよハ矢立などを持参せぬか アト「いゝや シテ「其のふこころがけからおこつた事じや 身共ハ何ぞせふむ((ママ))をしたならば目録にのせうと思ふて是見さしませ 矢立をしさんした アト「わごりよハよひ心がけじや シテ「してなんとかいた物であらう アト「されバ何とかいたらばよからう 一筆申断候なとゝかいてハ シテ「いや〳〵一筆所でハ有まひ こふかいてハ アト「なんと シテ「新春の御慶などゝかいてハ アト「かきおきに御慶所でもないよ シテ「いや某が心得てよひやうにかこう 〔ふところより紙ヲ出し扇ニてすミをてんするまねしてかく〕 アト「何にやらひん〳〵とはぬるが手をしあけたそうな シテ「身も少としあげたよ さあ〳〵かいたハ アト「なんとかいたぞ  シテ「先筆立に扨も〳〵 アト「こりやおもしろい (シテ)「たゞかり染に内を出山立をし。けつくどし〳〵こうろんし。ひくなよ我もひかじとて。刀のつかに手をかくる 〔アトとひのき刀のつかに手をかくる〕 アト「かつきめ シテ「是ハ何事じや アト「刀のつかに手をかくるとハいわぬか シテ「わごりよハ何をきくぞ 今のがぶんていじや アト「ぶんていならハぶんていとさいぜんからいうたがよひ シテ「是ハ身共があやまつた 是からがくどきじや 是へよつてよましませ 二人「此まゝ爰にてしぬるならばのぼり下りの旅人にふみころされたと思ふなよ かきとゞめたる水ぐきのあとにとゞまる女房や姫子共のほゑん事思ふ((ママ))やられてかなしき 〔二人共ニなく〕 シテ「なにとしにともない事でハなひか アト「何がしにたからうぞいやい シテ「ゐやわごりよと身共さへしなねバ別の事ハなひ いざしぬる事ハやめにせう アト「一段とよからう シテ「さあらバ此よろこび事に目出たふうとうてかゑらう アト「一段とよからう シテ「先わごりよ上さしませ アト「先そなた上さしませ シテ「身共の上うか アト「中々 シテ「おもへばむようのしになりと 二人(「)〳〵ふたりの者ハ中なをり さるにてもかしこは〔あ〕やまちするらうと手にてをとりて我が宿に犬じにせでぞ帰りける〳〵 〔アトノ手を引一返廻ツテまん中へ出〕 シテ「のふきかしますか アト「何事ぞ シテ「そなたと身共ハ五百八十年〔アト(「)七まわり と云〕 二人「一段と目出たからう シテ「いざこちへきさしませ アト「心得た シテ「早うきさしませ〔アト(「)心得た ト云〕 シテ「さあ〳〵おりやれ〳〵 アト「参るまゐる 〔シテ「何とおもふぞ 此いせいをほうばい共に見せたい事じやなあ アト「其通りじや共 (シテ)「此分でしんてハ犬しにと云物じや (アト)「誠にわこりよか云通り両人かしぬる事と(【を】)云事をしらせたい事じやまでい (シテ)「夫ならハここもとをはなさしませ ちよつというてこう (アト)「いや〳〵爰をはりやうしにはなす事ハならぬ (シテ)「はてどうぞしてあとて成共しらせたひ事じや (アト)「其通りじや共 (シテ)「思ひ出ひた (アト)「なんと (シテ)「かきおきをしてしのふとおもふ (アト)「誠にこりやよからう (シテ)「さあらハ爰をはなさしませ (アト)「いや〳〵りやうしにはなす事ハならぬ (シテ)「ゑい〳〵と声を三つかけて三つ目にはなさう (アト)「是ハ一段とよからう 二人「ゑい〳〵〳〵 二人「やつとな (シテ)「ぬかる事てハないぞ (アト)「さあらハそりをなをさしませ (シテ)「先そなたなをさしませ (アト)「さあらハあひなをしにせふ (シテ)「よからう (二人)「しり〳〵〳〵へつたり (シテ)「さあ〳〵是へてさしませ (アト)「心得た (シテ)「わこりよハ矢立てかなとをしさんしてか (アト)「いゝや (シテ)「其ふこゝろかけからおこつた事しや 身共ハ又仕合をしたらハもくろくにのせうと思ふて是見さしませ 矢立を持参してきた (アト)「わこりよハよい所ニきかついた (シテ)「してなんとかいてよからう〕 〔(シテ)「たゞかり染に内を出山立をし人の物をばゑとらずしけつくどし〴〵こうろんし〕    〔(二人)「かしこハあやまちする論((ママ)) と云〕   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 右の肩ヲぬぎ 腰帯 小サ刀 扇 麻くず頭巾 やり十文字よし 文   アト  嶋の物 狂言上下 腰帯 小サ刀 扇 弓矢ツカヘテ出ル 左りの肩ヲぬぐ      但シシテハもぎとうにて袴クヽリテモよし 拾三 昆布売 アト「是ハ此他りの者で御座ル 某所用御座つて都へ参る 先急て参らふずる 小者をも持て御座れ共けふハ方々へ遣して宿に一人もおらぬに依て自身太刀をさげて参る 先急て参らう シテ「是ハ若狭の小浜の昆布売で御座ルが都へあきなひに参る 先急で参らう 何とあきなひがあればやう御座ルが アト「のふ〳〵のうそこな人 シテ「こちの事で御座りまするか アト「中々 してそなたハどれへおりやる人ぞ シテ「某ハ若狭の小浜の昆布売で御座ルがあきないに登りまする アト「何とおしやるぞ 若狭の小浜の昆布うりじやかあきないに登る シテ「中々 アト「夫ハ幸ひの事じや 某も都へ登ル程にお供を致さう シテ「いやこぶうりふぜひの者で御座るに依ておつれにはにや((ママ))いますまひ 御ゆるされて被下ませ アト「いやくるしうない 某も一人てろしがとせんな程にはなしもつて登らうハさて シテ「いやどう御座つても御ゆるされて被下ませひ アト「やあらそなたハ人のつれだとうと云にいなとおしやるハけなげにおりやる シテ「いやおともいたしませう アト「じやあ シテ「中々 アト「さあ〳〵おりやれ〳〵 して其こふハ一日に何程うるゝ事ぞ シテ「五貫拾貫うる日も御座り又五十貫百貫うる日も御座ルに依てさだまつた事でハ御座らぬ アト「はて夫ハ夥敷ひ事じやが して其鳥目ハどこにおかしますぞ シテ「いや鳥目の事でハ御座らぬ 此昆布一本の一貫弐貫と申まする アト「某ハ又鳥目の事かと思ふたよ シテ「左様で御座りませう アト「なふ シテ「やあ アト「わこりよにむしんの云たいがきいておくりやらふか シテ「昆布売ふぜいの者に御用ハ御座りますまひが似合ました事で御座るならば畏て御座る アト「先夫ハうれしうおりやる シテ「お礼迄も御座らぬ アト「無心といつは別の事でない 某小者をももつた者なれ共けふハ方々へ遣して宿におらぬに依てお見やる通り自身太刀をさけて出た 是をちよつと持て呉さしますまひか シテ「おやすい御用で御座れ共御らふじらるゝ通に手があきませぬ アト「夫そちらの手があひて有ハ シテ「おもふ御座るによつてこふかたを替まする アト「又そちらがあくは シテ「又こう替まする アト「やあらそなたハ人が無心のいおふと云たればきこふと云てさむらひほどの者に一礼迄いわせて今又なんのかのとおしやる ていどおもちやるまひか シテ「いや左様てハ御座らぬ アト「左様でないとハていどおもちやるまひか 〔ト云テ太刀に手ヲかくる〕 シテ「まづ御待被成ませひ アト「なんと シテ「いや持ませう アト「おもちやらう シテ「中々 アト「こりやされ事じや シテ「はてこわいおざれ事で御座る アト「さあ〳〵持てくれさしませ シテ「畏て御座る アト「めづらしひ事もあらバはなさしませ シテ「いや別に珍敷い事ハ御座らぬ アト「持てくれさしませといへば夫ハしつかい昆布のかたにと云物じや 手に持て呉さしませ シテ「はあ 〔ト云テ太刀の末を以てさきへする〕 アト「手に持てといへばどこにか其つれな持様が有物か 身にひつそへて持てくれさしませ シテ「畏て御座る 〔ト云テワキノ下にはさミ持也〕 アト「身に引そへてといへば其様な持様が有物か そなたハ太刀の持やうをしらぬと見へた シテ「昆布売ふぜいの者で御ざるに依て左様の事ハ存じませぬ アト「某のおしよう 先其昆布をばとらうぞ シテ「此昆布をおめし被成まするか アト「中々 〔シテこぶを太皷座ニ置テ出ル〕 アト「惣じてわが太刀をば左りに持物也 主の太刀ハ右に持つよ そういうて某ハ主でハなけれ共ちよつと右に持て呉さしませ シテ「畏て御座る こう持まするか アト「中々 はて扨わこりよハ太刀の持やうかよいハ シテ「申路次とうでおわかい衆におあひ被成ました時おるかなどゝ仰られまするならばお前にと申ませう アト「わこりよハ分別迄があがつた さあ〳〵おりや((ママ))〳((ママ))〵 〔シテワキへ開テ〕 シテ「まいや((ママ))いののびたやつじや 少おどそう アト「何ぞめづらしい事もあらばおはなしやれ 〔シテかたきぬのかたをぬいで〕 シテ「がつきめ やるまひぞ アト「ざれ事をするな シテ「なんとざれ事とハ 最前某をなぶつたがよいか是がよひか おのれまツ二ツにしてのきやう アト「あゝ助てくれひ 〔ト云テ大臣柱の方ニかたひざ立テ下ニイル〕 シテ「たすけい アト「中々 シテ「おのれが腰なハなんじや アト「こりや刀じや シテ「夫をこちへよこせ アト「是ハさむらいの一腰じや やる事ハならぬ シテ「やる事ハならぬとハ 物をいわするに依てま(※)弐つにしてのきやう〔※ヲノレカラタケハリニシテヤらウ〕 アト「あゝ助てくれひ たすけてくれひ 〔小サ刀のつかの方持テさし出ス〕 そりや シテ「つかの方からよこせ アト「夫程あぶなくハをけいの シテ「おけ いもざしにしてのきやう アト「おふやらう〳〵 シテ「さあ〳〵よこせ アト「こりや 〔ト云テつかの方ヲさしいたす シテ取さまに太刀ニテ切はらい〕 はてあぶなひ事をする 〔シテ太刀を取テこしへさして〕 シテ「はづかしい事なれ共某ハ今迄いきものを切たためしがない おのれをうでだめしに胴ぼねをま二ツにしてのきやう アト「あゝ助てくれひ シテ「たすけい アト「中々 シテ「助ル事もあらうが某の云事を聞か アト「何成共きこう シテ「先夫にまて 〔ト云テこんぶを持テ出テ〕 さあ〳〵此昆布をうれ アト「汝こそ昆布売うり((ママ))なれ 身共ハうる事ハならぬ シテ「ていどうるまひか アト「おふうらふ〳〵 シテ「いそいでうれ アト「やい昆布かへ〳〵 シテ「やい〳〵やいそこなやつ 其様に云てどなたがおめし被成るゝ物じや いかにもこゞしをかゞめて昆布めされ候へ〳〵 若狭の小浜のみゝあつが御座る〔ト云テうれ・アト(「)心得た ト云テ(「)こふめされ候へ〳〵 右の通云〕 シテ「一段とでかいた 今度ハ小哥ふしにうれ アト「うろう程にうツてきかせひ シテ「某の云て聞せう 昆布めせ 若狭の浦のめしの昆布 こふ云てうれ アト「心得た 昆布めせ 若狭の浦のめしのこぶ シテ「汝ハきやうな物じや 今度ハ平家ぶしにうれ 是をもうつてきかせう 昆布めされ候へ 若狭の小浜のめしのこぶ こうゆうてうれ アト「はてむつかしひ事じや 〔ト云テシテの通りに云〕 シテ「なんじハきやうな者じや 今度ハ浄瑠璃ふしにうれ 是も身共のうつてきかせう 是が則三味線の心じや 昆布めせ〳〵おこふめせ わかさのおばまのめしのこぶ てつてん〳〵〳〵 〔ト云テひやうしを太刀のつかにてとる〕 こふいうてうれ アト「心得た こふめせ〳〵 おこぶめせ わかさのおばまのめしのこぶ てつてん〳〵〳〵 〔ト云テシテのことく云 扇ニて竹柄打テ〕 シテ「一段とでかいた 今度ハおどりぶしにかゝつてうれ アト「其様にいつかいつまでなぶらるゝ事でハないぞ シテ「今度うつたらば此太刀をかへそう アト「夫ならバうろう 先うつてきかせい シテ「心得た 〔おとりふし〕こぶめせ〳〵おこぶめせ 若狭の小浜のめしのこぶ〳〵 しやツき〳〵〳〵 こうゆうてうれ アト「心得た 〔シテのことくにおとりふしニ云 シテのりテイテ笑テアト云テ仕廻テ〕 同「どれおこせ シテ「先まて 〔太刀にて切はらいて〕 今度ハ某の行末はんじやうと目出度よふニうれ アト「其様にいつがいつまでもなぶらるゝ事でハないぞ シテ「今度うつたらば太刀も刀も皆かへそう アト「夫ハ誠か シテ「誠しや アト「心実か シテ「心実しや アト「一定か シテ「一しやうじや アト「昆布かわし〳〵よろこぶめされ こぶめされ 〔ふし〕あら〳〵数しらずの君が御代のよろこぶやん((ママ)) シテ「何とよろこぶともかへすまひぞ わおとこ 〔ト云テ太刀のさやへみをさいてアドに見せてはいる〕 アト「やれたまされた やるまいぞ〳〵 〔(アト)「汝こそこぶうりなれ 身共ハこぶうりでハないよ (シテ)「某もわかさのおばまでハこものはじおもふんだ物じや 人に無心の云かけて云おふせぬとあれバいかゞな おききやらうか おききやるまいか ていどうるまいか〕  〔(シテ)「今度うつたらば弓矢八満((幡))此道具を皆かへそうぞ〕   シテ  嶋の物 狂言上下 腰帯 竹ニ大臣ゑほしをはさミかついで出ル   アト 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 太刀さけて出ル   拾四 舎弟 シテ「此他りの者で御座る 去方へ少用有ツテ罷出た 急で参らふと存ル 少物を尋たい事が有て伺公致がお宿に御座らふか但しお隙なしじやに仍テ御留守で有ふか存ぜぬ事じや 参る程に是で御座る 物もふ御内に御座りまするか ヲシヘテ「表ニ人声かするが誰もでぬかやい 案内とはたそ シテ「某て御座りまする ヲシヘテ「はて扨ようこそおりやツたれ シテ「扨申上まする 少こなたへ承りたい事が御座つて伺公致て御座る ヲシヘテ「聞たいとハいか様な事ておりやるぞ シテ「其事で御座る 私か兄か某にあいました時分ハ我等の名をバ申さいで舎弟〳〵と斗申まする 此舎弟と申事ハよい事かあしいぎか子細を存ませぬ程に仰聞されて下されませう ヲシヘテ「何といわします わこりよか事を兄が舎弟と云に仍テ其子細ヲ聞たいとおしやるか シテ「中々左様で御ざる ヲシヘテ「いかにも子細があらふが去ながら空でハ覚へぬ 其様な事をしるいた書物が有程に見てきておしよう 夫にまたしませ シテ「畏て御座る 〔ヲシヘテ大臣柱へ少行テ〕 ヲシヘテ「扨もさても世間にハ鈍な者が御座る あのやうなうつけた者にハありやうにいわずとちとなぶつてやりませう なふ書物を見てきたが舎弟と云ハよろしうない事じや程に聞すと置シませ シテ「如何様な事なり共くるしう御座らぬ程に仰きけられませう ヲシヘテ「尤云もせうがわこりよかきいたらば腹をたてうに仍テ夫がきのとくぢやよ シテ「何事でも腹をたてハ致しますまい程にぜひ共承りとふ御ざる ヲシヘテ「必腹立〔ふくりうトモ云〕さしますなよ シテ「何しに腹をたてませう ヲシヘテ「夫ならバいわう 舎弟と云ハ金銀いるい其外諸道具によらず何成とも案内なしにひそかにとつてくる事を舎弟したと云よ シテ「扨ハ物をぬすむやうな事で御ざりますか ヲシヘテ「中々 盗ミのから名を舎弟と申 シテ「扨も〳〵無念な事かな 兄とハいわせまい 参てはたしませう ヲシヘテ「先またしませ 夫々さうあらうと思ふて始に口をかためた 必腹をたゝしますな 兄の事じや程にかんにんをしてかまいて云事などさしましそ シテ「心得まして御ざる もかう参りまする ヲシヘテ「ゆかしますか さらハ〳〵 よふおりやた((ママ)) シテ「あつ 扨も〳〵無念千万なことじや あれへ参りぞんぶんをとげねばおかぬ あわれ宿にいられかし 是じや 物もふ やとに御座ルか アト「あらい物まふの声じやが誰じやしらぬ 案内とハ いや舎弟か そなたならバ案内なしにすぐにはいりもせいで シテ「なふ兄じや人 今迄舎弟の子細をしらぬに依だまつていました とこで身共が舎弟をした事が有て又してハ舎弟〳〵とおしやる いかに兄弟ても此事においてハかんにん致さぬ程にかくこめされい アト「是ハ一円に合点のゆかぬ事を云て其ごとくひとり腹をたゝします 子細かあらは気をしつめてとつくりというてきかさしませ シテ「其様なそらとぼけた事をお申しやるな 舎弟と云ハ盗みをしだ((ママ))から名ておぢやるハいなふ いつ身共がぬすミをして舎弟〳〵とおしやる 舎弟のしやうこをおだしやれ アト「扨ハわこりよハとこぞでなふられてわせた物であらう 心をしつめてよふきかしませ てゝおやの事をばしんふという 母おやの事をばぼぎと云 あにの事をば舎兄 をとゝの事をバ舎弟と云程によふ覚てゐて必腹をたゝしますな シテ「其様なだましだてな事をバなをしやつそ 身共をバ舎弟〳〵とおしやるがそなたも舎弟じやわいなふ アト「某を舎弟と云子細が有か シテ「中々子細が有 いつそや庄や殿へ振舞によはれておしやつたハ アト「中々 ふるまいによはれた シテ「其時台子のそばへそなたのよつて見事なてんもくがあつたればそれをとつてひねくりまわいて他りをぢろ〳〵と見廻し人のおらぬつかいを見合其まゝふところへ入てお帰りやつたハ 是ハ天目舎弟でハないか アト「はて〔扨〕おのれハにくゐやつじや 思ひよらぬなんを云かけをる シテ「それのミならずまたおしやる 此中とこやら班((斑))な牛を引て来て硯のすミをすりためらるゝ程に何に成事ぞと思ふて見ていたれば今の牛の白ひ毛の所を墨でぬりかくいて市へ引ていて売しまつた 是ハしつかい牛舎弟のまだら舎弟のぬり舎弟の天目舎弟でハおりないか アト「おのれハ口のあいたままにいわせてをけばほうずがない かまいて目に物を見せうぞよ シテ「やゝ身共に目ニ物を見せう アト「おんてもない事 〔ト云内ニかたをぬく〕 ぼうをくらわせう シテ「存も〔ト云内ニかたをぬく〕よらぬ事じや さあたゝいてみよ アト「おのれたゝかいでなんとせう 〔たゝきにかゝる所を取付て相撲ニ成ル 弟兄をなくる〕 シテ「おてつ アト「やい〳〵兄を此ごとくに打たをいてばちあたりめ とこへにくるぞ やるまいそ〳〵   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ○アト  のしめ 長上下 小サ刀 又狂言袴ニても 時によるべし とかく此狂言いなか者の心ニてよし 市へ牛を引て行きうるゆへなり ふるまいに行先も庄やなり   をしへて のしめ 長上下 小サ刀 扇 拾五 鵆 アト「是ハ此他りに住居致者で御座る 先召遣ふ者を喚出し申付ル事が有ル 太郎冠者居るかやひ シテ「はあ アト「居たか シテ「御前に アト「汝を喚出スハ別の事でなひ 俄に晩程客が有ル程に酒屋へゐていつもの通りよひ酒を樽へ詰て取てこひ シテ「畏て御座る 替りを被遣ませひ アト「替りハ先日汝に渡しておいた シテ「夫ハ皆つかひ切て御座らぬ アト「やあ〳〵なひ シテ「中々 アト「某が方にもなひが何とした物で有う シテ「されば何と被成てよふ御座らふ アト「いや晩程の事じや程に何とぞよひ様に云て取てこひ シテ「参りませうが先日さゑ前のが有と申てすでにおこすまひと致したを私の色々と申て御座るが今度ハ中々をこしますまひ アト「いや前のをも一所に追付やらふ程に其通りを云て何とぞ取てきてくれひ シテ「成ませうか成ますまひか存ぜぬ事で御座ルが先参てみませう アト「随分頼 早うゐてこひ シテ「畏て御座ル アト「英 シテ「はあ 〔主ハ座ニツク シテハしテ柱ニテ〕 是ハいかな事 晩程御客が有程に酒を取てこひと被仰るゝが先日参てさゑ前のが有と申て色々に云を私の口調法をもつて取て参て御ざるが今日ハ中々おこす事でハ御座るまひ 乍去あれへ参て様子を見う 〔ト云テ廻りテ〕 扨々気毒な事で御座る 何とぞ面白おかしう申なひてみう いや参る程に是じや 物もふ 案内もう サカヤ「表に物もふと有ル 案内とハたそ シテ「物まふ サカヤ「物もうとハ いや太郎官者殿か シテ「中々私で御座る サカヤ「此間ハ久敷見へなんだ シテ「かれ是致てえ参りませぬ サカヤ「いや先日の算用ハ何とさします シテ「成程夫をもいたしまするが又今日も用が有て参て御座る サカヤ「何事でおりやる シテ「たのふだ者申まする 今晩俄に客来が御座ル程にいつもの通りの酒を樽へ詰て被下ひと申まする サカヤ「此間ハ見へぬに依て定てよそでとらしますかと思ふたがお心かわらず取て被下て満足致た シテ「何が扨こなたをさゑ置まして外でとる物で御座ルか(ト申事ハ御座らぬ) サカヤ「夫ならば追付つめてやらう 夫にまたしませ シテ「心得て御座る あゝ嬉しや 先しすまひた 〔ト云内ニ樽持出テ〕 サカヤ「是々持ておりやれ シテ「忝なふ御座る 〔ト云テ樽取テのく〕 サカヤ「のふ〳〵先またしませ シテ「いや其内参りませう サカヤ「ひらに先またしませ シテ「何事で御座る サカヤ「そなたハ前の算用をばせず其上此間の酒の替りをも追付持て参らふと云て今においてもてこぬ 其様な事が有物か けふのハ替りをおかぬ内ハやる事はならぬ そふ心得さしませ シテ「いや内々〔の〕をも追付持て参ませうが又今日のハたなふだ者の方から請取ましてはたとしつねん致て御座る 重て一所に算用申ませう 有様ハ物で御座る サカヤ「何でおりやる シテ「先日から是ゑ参りませぬハ別の事でハ御座らぬ 津嶋へ参りました サカヤ「扨ハそふでおりやるか シテ「何がよひ時分で祭を見物致て御座る サカヤ「はて夫ハ浦山しひ事でおりやる シテ「こなたハ常々おすきで御座る程にお目にかけとう御座りました サカヤ「あゝしつたらばいこう物を なんと夫を覚ハせずか シテ「いかさま一ツ二ツハ覚て御座ルが重ておはなし申ませう サカヤ「いやそなたがおもしろそうに云程に先咄てきかさしませ シテ「夫ならば少咄しませうが二見が浦で千鳥をよする躰を致たがあゝおもしろふ御座つた サカヤ「はて夫ハよからふ 見たい事じやが シテ「左有らバ其躰を致ませうが是にハ相手か入まする サカヤ「其あひてハむつかしい事か シテ「いや別に六ケ敷ひ事でも御座らぬ はんま千鳥の友よぶ声わと申事をふしを付て被仰ひ サカヤ「そういゑばよひか シテ「中々 夫に就ましていろ〳〵面白ひ事お((ママ))致まする さあ〳〵被仰ひ サカヤ「心得た 〔ト云テふし付テ〕 はんま鵆の友よぶこへハ シテ「ちり〳〵や 〔ヒヤウシ少フム〕 ちり〳〵 ちり〳〵やちり〳〵とちりとんだり 〔手ヲ左右へヤリテのつて右へ小まわり アト樽ヲ見つめている〕 シテ「申々其様に見つめて御座つてハ鵆がよりませぬ しのぶ心で御座れ サカヤ「心得た 〔ト云テ扇ヲかさしている〕 はんま千鳥の友呼こへハ シテ「ちり〳〵やちり〳〵 ちり〳〵やちり〳〵とちりとんだり 〔ト云テ二三返云テ〕 サカヤ「是々どこへ持ておりやる シテ「いや是ハ千鳥が立た所で御座ル サカヤ「鵆ハたとうが此樽を其様にする事ハならぬ シテ「はあ 夫ならば何がよふ御座らふ 大もちを引躰ハ何と御座らふ サカヤ「夫も見たい事じやが シテ「いたして御目に掛ませう 是にも相手が入まする サカヤ「安事ならば身共がせふ シテ「夫ならバてうさやよふさと被仰ひ サカヤ「心得た シテ「さりながらだいもちが入まする 何を致ませう あゝ是をちよつといたしませう 〔こしかけヲ見る〕 サカヤ「いや〳〵是をうごかす事ハならぬ シテ「少もお気遣被成るゝな 其躰斗で御座る程にうごく事でハ御座らぬ 幸ひ是によい物がついて御座る さあ〳〵被仰ひ サカヤ「かまへて樽のうごかぬ様にさしませ シテ「心得て御座る サカヤ「てうさやよふさ〳〵 シテ「ゑひとも〳〵〳〵な サカヤ「是々どこへ引ておりやる (シテ「)いや是ハ引すぎた所で御座る サカヤ「とかく此様ニ樽の入事ハ面白うなひ シテ「て御座る サカヤ「中々 シテ「樽のいらぬ事 あゝ思ひ出しました けいばを御ろうしられて御座ルか サカヤ「いや夫も見た事がなひ (シテ「)とてもの事に是をも致しておめに掛ませう 是にも相手が入まする こなたハ先へ扇をひろげてばゞのけ〳〵と云て御座れ 私ハ跡から馬に乗まして色々の曲が御ざる (サカヤ「)是ハよからふ 樽ハいらぬか シテ「中々 樽なとの入事でハ御座らぬ さりながらかき竹がちと入まする あゝ是によひ物が御座る さあ〳〵さきゑ御座れ サカヤ「心得た はゝのけ〳〵 シテ「御馬が参る〳〵 サカヤ「是ハ何事をするぞ シテ「御馬か参る〳〵 サカヤ「やい〳〵とれへ持て行ぞ シテ「是か お馬か参る〳〵 サカヤ「やれをふちやく者 やるまひぞ〳〵   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇    主 のしめ 長上下 小サ刀 扇    アト 酒ヤ 色のしめ 長上下 小サ刀 扇 拾六 仁王 シテ「是ハ此他りに住居致者で御座ル 某何共渡世の送り様が御座ないにより他国を致さふと存ル 夫に就爰にお目掛させらるゝ御方が御座ル程に御暇乞に参らふと存て罷出た 先急て参らふずる 誠に女子をふりすてゝ参る様な口おしい事ハ御座なひ 去ながら命さへ御座らば又仕合を致て御座るならば重而逢事も御座らふ いや参る程に是じや 物もふ 案内もふ アト「表に物まふと有が誰も出ぬか 案内とハたそ シテ「物もふ アト「ものもふとハそなたか シテ「中々私で御座ります アト「そなたは見れば旅出立じやがどれへゆかしますぞ シテ「其御事で御座ル 私手前ふつとなりませぬにより他国致しまする アト「是ハいかな事 身共ハ又そなたハ人にたのまれて田舎へなとちよつと〔たちかへりに〕行しますかと思ふたれば夫はにが〳〵しい事じや 何とぞ爰元に留置たひ物じや シテ「扨々忝ない御意で御座りまする 常々御目下さるゝ(レマスル)故其お礼御暇乞彼是に参まして御座る 山の神世忰が事を頼上まする 最早身共ハ参りまする アト「先待しませ 身が所へそなたの出入すると有事ハ誰しらぬ者ハなひ シテ「其義ハ皆様方御存知で御座りまする アト「さればそこじや 某迄の外分((聞))じやに依て留置たひ物じやがそなたが知る通り身共も近年ハ手前ならぬさかいで合力(コウリヨク)もならず(ヌ)気毒なことでハ有よ シテ「いや左様に御意なさるれバ迷惑に存まする 今迄しんせうをつなぎましたハ皆こなたの御影で御ざりまする 其段ハ何方に罷有りましても御をんな((ママ))わすれ置ませぬ 忝ふ御ざりまする アト「いや御礼迄もおりなひ 何とぞ分別のありそうな物じやが なふよひ事を思ひ出した シテ「いかやうな事で御座りまするぞ アト「別の義でハなひ 惣じてそなたハ物真似が上手じやに依てわごりよを仁王に拵て当所の上野へつれて居て今度天よりあらたな作の仁王がふらせられた程に皆みな御参りやれいとよそながらふれたらば老若共にくんじゆせう 定てさいせんが有ふ 是をとつてもとでにしたらばよからふと思ふが何と仁王にならしませぬか シテ「扨々よい御分別で御座る いか様になりとも頼上まする よからふやうにあそばされて下されませひ アト「何が扨身にまかさしませひ 最早よひ時分じや いざをりやれ シテ「心得ました して何も道具ハ入ませぬか アト「いかにも少入物が有ルが身が所に有 持参いたさう おまちやれ シテ「心得て御座ル アト「なふ〳〵よい物が有ハ シテ「夫ハ嬉しう御ざりまする アト「さあ〳〵おりやれ シテ「中々参りまする 此様に何角と御世話に成まする段お礼を申上ませうやうも御ざりませぬ アト「其段ハ少もくるしうおりなひ いやはや是が上野じや 大方此辺がよからふ 拵さしませひ シテ「心得ました 手伝ふて被下ませひ アト「心得た 〔ト云テかたきぬを取テはたをぬかせると下ニしゆはんをきている 扨すきんかふせはちをもたせて前ニこしかけのふたをあけておき 尤ふたをはミの上ニかへしておく〕 シテ「何とよふ御座ルか アト「大方よいとも さらバ其躰をして見せさしませ シテ「心得て御座る 〔ト云テ仁王のまねをする〕 アト「なふ其まゝ仁王じや シテ「何と似まして御座ルか アト「いや其まゝじや かまへて顕れぬやうにせうぞ シテ「畏て御座る 散銭を取ましてお目にかけませう アト「夫を待ぞ 身共ハ此様子をふれうぞ シテ「中々頼上まするぞ アト「心得ておりやるぞ 〔シテ大臣柱の方ニ仁王の躰をしている アトハシテ柱の方ニてふれる〕 やあ〳〵皆々おききやれ 当所の上野へあらたなる作の仁王天よりふらせられた程に皆々お参り被成ひや 〔ト云テ太皷座ニ下ニイル 立衆出ル はしかゝりニテ〕 立頭「何も御座るか 立衆「皆是に居まする 何事で御座る 立頭「各を喚まするハ別成義でも御座らぬ 当所の上野に天よりあらたなる作の仁王のふらせられたと申程に参りておかミませう(スマイカ) 立衆「誠に是ハ不思義((ママ))な事で御座る 参りておがみませう 立頭「さあ〳〵御座れ〳〵 立衆「心得ました 〔(立頭)「何と思召そ か様の目出度御代なれハこそ天より仁王のふらせられて御座ルか何ときたいな事でハ御座らぬか (立衆)「其通りで御座る〕 立頭「是ハはや上野で御ざるが彼仁王ハどこに立て御ざるぞ さればこそ是に立せられた 扨々殊勝な事で〔ハ〕御座らぬか 立衆「誠ニ是ハ作と見へました 立頭「私ハ祈誓を掛ませう 則此脇指を上ませう 立衆「身共ハ此帯を上ませう 〔又さいせんなども上ル おかミテ〕 立頭「最早下向致ませう 立衆「いかにもよふ御座らふ 立頭「宿へ帰り皆若ひ衆ゑ此由語りませう さあ〳〵帰らせられひ 立衆「心得ました 〔ト云テ皆々楽ヤへはいると〕 シテ「なふ〳〵うれしや〳〵 先是を持て参りて見せませふ 定てよろこばせらるゝで御座らふ いや是じや 申御座りまするか アト「誰じや シテ「私で御座る アト「仕合ハ何とさしました 参が有たか シテ「中々 殊外の参詣が御座つて此様な結構な物を数多立願に上ますると申て置て参りました アト「誠に様々の(ナ)物がある 夫でそなたハもよからう程に内へかへつて内義に見せさしませ シテ「尤左様で御座りまするが物で御座る アト「何事ぞ シテ「いや参りの衆が帰らるゝ時に申されまするハ宿へ居たらば此由を皆々ゑしらせて明日ハ大ぜいづれで参らふといわれました程に身共ハ参つてまたしてやりませう アト「なふそこな人 よくのふかい事をいわします も夫でよひ程にひらにおかしませ シテ「いや左様でハ御座りませぬ みな殊外しゆせうな事じやと申まする はやおそなわりまする 私ハ参りまする 明日参りませう アト「是々かまいてゐらぬものじや 身共ハしらぬぞや 〔ト云テ太皷座ニイル シテハ小廻りスル〕 シテ「いや此様に毎日参りが有様な事ならバ某ハ有徳に成で御座らふ いや参る程にこれじや かの躰を致う 惣じて仁王ハあん((ママ))の仁王うんの仁王と申て御座る 此度ハうんの仁王にならふと存ル 〔ト云テ仁王ノ躰をしていて(「)扨是ハさんけいかおそい と云テまくの方ミて立衆出ルヲ見て其まゝ仁王のテイヲスル〕 立頭「さあ〳〵各々御座りませひ 上野へ参詣致ませう 後立衆「心得ました 立頭「何と思召ぞ 天より仁王のふらせらるゝと云事ハふしぎな事でハ御座らぬか 後立衆「仰らるゝ通り是ハきたいな事で御ざる 立頭「はや是で御座る おかミませう 後立衆「よふ御座らふ 〔ト云テさいせんなとあけおかミテ〕 立頭「申 後立衆「何事で御座る 立頭「いやきのふおかミました時ハあん((ママ))の仁王で御座つたが今日ハうんの仁王で御座る 不思義な事でハ御ざらぬか 後立衆「いかにもふしぎな事で御座ル いや此仁王を能々見ますれば誰やらにちと似たやうに御座る 立頭「誠に誰やらに似まして御座る 〔ト云テいろふてミル〕 殊に人はだで御座る 後立衆「とれ〳〵 是ハ仁王のおわらやりまする 少こそくりませう 〔ト云テ立衆左右へ廻り〕 立頭「くす〳〵〳〵 なふかたりで御座る シテ「あゝ助て被下ひ〳〵 (皆々「)やれ盗人よ〳〵 おふちやく者よ やるまいぞ〳〵 シテ「ゆるして被下ひ〳〵   シテ 出立 下ニじゆばん 上ニ嶋の物 狂言袴クヽル 肩衣 腰帯 菅笠持出ル 後ニ仁王ノ時肩衣取テ両はたぬきしゆはんを出ス ゑんびすきんと((ママ))中をくゝりてかぶる 太皷ノふ((は))ちを持 前ニこしかけ置 尤ふたを返しテ   アト 段のしめ 長上下 小サ刀 扇    立衆大せい出ル 皆のしめ 長上下 小サ刀 扇 拾七 棒縛 主「是ハ此他りに住居致者で御座る 先召遣ふ者を喚出し申付ル事が有 次郎官者居るかやひ アト「はあ 主「居たか アト「御前に 主「汝を喚出スハ別の事でなひ 此間某が留守にさゑなれバ居間の酒が殊外へるが汝ハなぜに呑ぞ アト「いや私ハ終にこなたのお居間の酒ハたべませぬ 主「そちがのまひで誰が呑物じや アト「私ハ心((真))実被下ませぬ 主「なんじや心実呑ぬ アト「中々 主「夫ならば汝でハ有まひ 誰であらふぞ アト「されば誰で御座りませふぞ いや太郎冠者めが合点参りませぬ 主「誠にそち斗せんぎをして太郎官者をせんぎをせぬ きやつが合点ゆかぬ 何としてよからふぞ アト「されバ何と被成てよふ御座らふぞ あゝ思ひ出しまして御座る 此間棒を稽古致まする程に夫を御所望被成て其上で棒縛(ホウシバリ)に被成ませひ 主「是ハ一段とよからふ 随分汝もぬからぬやうにせひ アト「畏て御座る 主「先急で呼出せ アト「心得て御座る 太郎官者めすハ シテ「何と召と云か アト「中々 シテ「はあお前に 主「汝を喚出すハ別の事でハなひ きけばそちハ此間棒を稽古してつこふと聞た程に少つかふて見せひ シテ「いや私ハ棒をつかひました事ハ御座らぬ 主「なかくいそ 次郎官者が告たよ シテ「いやお目にかけまする様な事でハ御座りませぬ 主「はてくるしうなひ 慰じや 遣ふてみせひ アト「実とお慰の事じや 少おめに掛さしませ シテ「心得た 同「先棒に打手なしと申てこふつきましたがよふ御座る 主「そふであらふ シテ「扨夜ルの棒ハ引ましたが十に九もりがやう御座る むこふから打ツて参るをはねかへしつきまする 或ハ左右へ払ひまする 又笠の内と申てこふ致まする棒が御座る 〔主ト二郎官者かをゝ見合テ〕 二人「がつきめ やる事でないぞ 〔二人して太郎官者ヲしはる〕 シテ「某ハ太郎冠者で御座る 主「おのれハにくいやつの アト「汝ひつくり共して見よ 〔ト云テ二人してしはる 二郎官者出テ笑〕 アト「あゝよいきみじや そちハ常々たなふだ人の御留守なれば御居間の酒を呑しまするに依ての事じや シテ「なんと身共斗呑ふたでハ有まいしそちも呑ふたでハなひか 〔ト云内ニ主二郎官者のうしろへ行テ〕 主「おのれもにくいやつじや アト「私は次郎冠者で御座る 主「なんの次郎官者 アト「是ハめいわくに御ざる 主「急度と((ママ))しておれ 〔ト云テうしろ手ニしはる〕 シテ「なふそなたハ身共を笑ふたが夫見さしましたか 〔ト云テ笑〕 アト「さればぜひに及バぬ事じや 〔二郎官者ハ左り太郎官者ハ右の方ニ下ニイル 主二人のまん中〕 主「汝等ハにくいやつじやハ 某が留守にさへなれば居間の酒を呑をる どうした事じや アト「いや私でハ御座らぬ 太郎官者て御座る シテ「いや次郎官者が呑ました 主「両人ながら其くわたいに某の帰るまでそうしておれ シテ「あゝ 主「則是をも両人してよふ番のしをらう シテ「畏て御座れ共もし盗人がはいりましてハ迷惑に御座る程に是をとひて被下ひ 主「おふ又しぜん盗人を入たらば両人共にたゞハおかぬぞ 頓てもとらう 二人「あゝ 〔主ハ太皷座ニ下ニイル〕 シテ「なふ次郎官者ろくにおりやれ アト「心得た シテ「何と思ふぞ たなふだ人ハ殊外さもふしひ人でハなひか アト「おしやる通りきたない人じやよ シテ「何と一ツ弐ツ呑ふた分ハくるしうなひ事じや アト「其通りじや共 シテ「何とさびしうなつたでハなひか アト「実と是ハさびしうなつたハ シテ「やい アト「何事じや シテ「又例のを少はじめうではなひか アト「扨々わごりよハむさとした事を云 夫故ニ両人ながら此様にいましめられたでハなひか シテ「尤夫ハそふなれ共か様にいた((ママ))しめておかれた程に其替りに一ツ呑ふ 幸是ニ念の入た酒が有 アト「あゝいらぬ物でおりやる シテ「いや〳〵くるしうなひ 盃を才覚すれバよい アト「はていらぬ物じやか 〔初ニ主こしかけを二人ニ預テ行トすくに其こしかけのふたをさかす((ママ))きニする 又主初ニこしかけをあつけすニ置時ハ太皷座へ行テこしかけを持て出すくにふたをさかつき((ママ))す((ママ))る 又さかつき斗持テ出テふたいニてくむ事も有〕 シテ「よふ〳〵盃を才覚した 一ツのもふ 〔ト云テこしかけのふたにてくむ〕 アト「わごりよハ心実呑か シテ「のまいでなんとせう アト「たなふだ人のお帰り被成たらば唯ハをかせられまいぞ シテ「いや〳〵身共ハ呑とふてならぬ のもふ 〔ト云テ右の手ニてのもふとする〕 アト「あゝきやつハのむげな シテ「是ハのまれぬ しよふが有 〔ト云テ盃ヲ下ニ置かゞみてのむ (シテ「)扨も〳〵よい酒じや 今一ツのもふ〕 アト「のふ太郎冠者 身共も一ツ呑ふか シテ「いや〳〵そちハいらぬ物じや アト「いや呑まひとハ思ふたれ共汝が呑を見たればこらへられぬ ひらに一ツのませひ シテ「そふもおりやるまひ 〔ト云テふたにくミ出スていして〕 さあ〳〵呑しませ アト「心得た 〔太郎官者小うたいうとう〕 シテ「何と有ルぞ アト「是ハ近比呑ぬ酒じや たのふだ人がおしがらるゝが道理じや シテ「其通りでおりやる 〔ト云テ小謡うとふて酒をたかいに二ツ三ツのふで太郎官者ひかへ次郎官者ニ小舞を所望する 〈七つに成子〉を舞 又酒を次郎官者のミて太郎官者へ舞をこのむ時太郎官者は〈十七八〉か又ハ〈とをる〉の謡に(「)も((持))つや田子の浦 を舞 扨舞過テ小謡の内ニ主はやく立テはしかゝり一の松ニて云テ〕 主「余程慰さふで御ざる 急で宿へ帰らふ 両人共にいましめて置て御座ルがどうしておるぞ さればこそにくいやつじや 致やうが有ル 〔二人共ニ主の帰ルをしらすニ酒をくミて小謡うとふて盃を下ニ置ク 主ハそろ〳〵と寄て二人の真中へ入テ見ている 二人ハ主を見付すに〕 シテ「やい次郎官者 アト「やあ シテ「是見さしませ 此盃の内にたのふだ人の影がうつるハ アト「何をむさとした事を云ぞ 何しに盃の内へかげがうつる物じや シテ「是々見さしませ たなふだ人の影でハなひか アト「誠にたのふだ人の景じや シテ「是と云もさもふしひお人じやに依てよそへ行れても留守に両人が酒をのむか〳〵と思ふてしうしんののこされた物であらう アト「あゝ其様な事でもあらう シテ「月ハ一ツ アト「景ハ二ツ シテ「三ツしをの〔アト付ル〕夜の盃に主をのせて主とも思わぬ内の者かな 〔二人なからうつむいてのもふとする時に〕 主「なんじや 主ともおもわぬ シテ「たなふだ人のお帰り被成た 主「おのれ〔ら〕ハにくいやつの アト「あゝ助て被下ひ 〔ト云テにくる 太郎官者ハ大臣柱ニかゝみている〕 主「おのれもにくいやつじや シテ「夜の棒で参らふ 主「是ハ何事をするぞ シテ「やあ〳〵〳〵 〔ト云テ主を太郎官者を((ママ))おいこむ 主きもをつふし(「)やれあふない といゝなからにくるなり〕   シテ 太郎官者 アト次郎官者 二人共ニ出立嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   主  のしめ 長上下 小サ刀 扇    こし をけ 棒 布切一尺四五寸程ニ三割にして三筋入ル 〔(シテ「)たなふだ人ハしわい人じやに依テ留守に酒をのむか〳〵と思召おもかけがさかつきにうつる トモ云〕     〔(シテ「)是に付てうたいやうがある 月ハひとつ 共云〕 拾八 合柿 シテ「是ハ此他りに住居致柿売で御座ル 今日ハ落合の市で御座る程にあきないに罷出ふと存る 急で参らふずる 今日ハ一入天気もよし 定て大勢人もでらるゝで御座らふ程にあきないが有ふと存ル いや何角と申内に早是じや 先是に居つこふ まだ早ひかして思ひの外人もすくなひ 〔ト云テ大臣柱の方ニすけかさを前ニ置テ下ニイル〕 アト「何も御座るか  立衆「是に居まする アト「兼而御約束申た通り今日ハ落合の市で御座る程にいざ見物に参りますまひか 立衆「是ハ一段とよふ御座らふ アト「さあ〳〵何も御座れ 皆々「心得て御座る アト「何と思召ぞ 宿ニばかりいれば気がつくしてわるふ御座ルが此様ニでますれば心がはれやかになつてよふ御ざる なんと一入の慰でハ御座らぬか 立衆「仰らるゝ通り此様に皆同道致いて参ればいよ〳〵の慰で御座る アト「其通りて御座る シテ「さればこそはや段々皆みゆるハ アト「参る程ににぎやかに御ざる そろり〳〵と売物を見物ながら参らふ 皆々「夫がよふ御座らふ 〔ト云テ一返廻ル内〕 シテ「柿をめしませい 〳〵 落合の名物で御座る 柿をめしませい 〳〵 アト「何も何と思召ぞ 此柿を買ふて土産に致さふでは御座らぬか 立衆「誠にお気が付ました 何もよい柿ならはもとめませう 皆々「一段とよふ御座らう アト「夫ならば見ませう シテ「柿をめしませひ 〳〵 アト「どれ〳〵柿をとらう シテ「おめし被成ませひ アト「なんと是ハしぶうハないか シテ「中々しぶうハ御座らぬ 殊外うまひ柿で御ざる めしませい アト「いや〳〵是ハしぶそうな シテ「こなたさまにハむさとした事を仰〔ラ〕るゝ 是程の内に一つもしぶいと申ハ御座らぬ 皆能柿で御ざる 立衆「こなたの仰らるゝ通り此様ななりの柿はめいよしぶい物で御座る程にいつれも御無用に被成ひ シテ「申々何も方ハお目聞のわるひ事で御座る 是程有ル柿の内で一つ成共しぶいのが御座ると替りハ取ませぬ ひらに一ツ宛参て御らふじられひ アト「夫ならば汝くうてみよ シテ「私がたべましてからハうまいやらしふひやら知れませぬ 先こなたあがつて御らふじられませひ 立衆「いや是ハ皆しぶ柿で御座る シテ「はて最前も申通りしぶくハ私になげ付て帰らせられひ アト「夫程に云ならば皆とらふ程に一つ汝くうてみよ シテ「取てくださりやうならばたべて御目にかけま(ウ)せう アト「おふよい柿ならばとらう シテ「さらばたべませう アト「先まて 身共がよつてやらう〔ト云テかきをよるまねおして〕是々これをくうてみよ シテ「是ハ中でも一よいので御座る 是をたべましたらば 皆柿をとつて被下まするか アト「中々 皆柿をとるとも シテ「夫ならばたべませう 立衆「申々しぶけれバうそがふかれぬ物で御座る程にうそをふかせて御らふじられひ アト「成程仰らるゝ通りで御ざる うまくハ夫をくふてうそをふいてみせひ シテ「うそをふけと仰らるゝか アト「中々 〔シテ笑テ〕 シテ「なんのふかれぬと申事が御座らふ ふいておめにかけませう アト「さあ〳〵早うくへ シテ「今くいまする 立衆「くわぬか シテ「はてくひまする 〔くうまねをする しふかきてくいかぬるてい〕あゝうまい柿で御座る アト「さあ〳〵うまくハうそをふけ 〔シテぶう〳〵と云テふきかぬる〕 シテ「あゝうもふ御座る アト「なんと何も御らふじられて御座ルか しぶかきで御座るニ依てうそをふきませぬ 皆々「左様て御ざる 〔ト云テかきをほかして〕 アト「扨々おふちやく者で御座る 何も御座れ〳〵 シテ「申々先待せられい アト「何事じや シテ「私にくへとらうと仰られて御座る程にたべました 皆柿を取て被下ひ アト「いや其様なしぶかきハいらぬ シテ「夫ならば柿をたべた替りをおいて御ざれ アト「それじやに依てよい柿ならば皆取てやらふず しぶくハ取まひと云たハ シテ「うまからふとしぶからふとしやうばい物をくゑとおしやつてその替りをおかぬと云事が有物で御座ルか 早ふおいて御座れ 立衆「くどひ事を云 其様なしぶ柿をなんにする物じや さあ〳〵御座れ〳〵 シテ「まづまたせられひ 替りを置て御さらぬ内ハやる事でハ御座らぬ アト「いやおのれハにくいやつの 〔ト云テ皆取ツキ〕 シテ「是ハなんと被成るゝ アト「なんとするとハにくいやつの 〔ト云なから扇ニてたゝく 或ハつきたをし〕 シテ「あいた〳〵 アト「おのれがやうなやつハまつこふしたかよい 〔ト云テすけ笠を引くり返し中のこのはをほふり付テ〕 アト「さあ〳〵何も御座れ〳〵  皆々「心得て御座る アト「扨々にくいやつで御座る  シテ「是々柿をおかやしやれ なふ〳〵柿返せ〳〵 かへせ合柿〳〵とと(よ)べども〳〵とりのこさるゝきまもりのいにしへの人丸ハ柿本に住ながら哥をあ(ぎ)んじてそらうそを 〔ト云テあをぬいて〕 ふう ふかせ給へるたとへ(めし)も有り かなしやわがうそのふかれぬ口をかきむしりこうくわひしつゝ頭をかきのくしざし(がき)にあらねどもひろひ入たるしぶかきを(あつめしこのかきを)かたげて宿に帰りけり 〳〵 詞 柿をめさぬか 柿ハ〳〵 〔大臣柱の方より目付柱の方へ云テ楽やへはいる〕   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 菅笠の内へもちの木か玉つはきの葉ニても小枝を五六寸程ニ切テ十斗入テかたけ出ル シテ柱ノ先ニ下ニ置テ名乗    アト立衆二三人出ル のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔柿売ハ宇治 ○落合か ○ヲチカタか ○ヲフチか ○仁右衛門方ニテハ(「)だいごのかきが盛じや ト申  アト「是ハ洛中ニ住ひ致者テ御座ル 此比ハ宇治がきか盛じやト申程ニ皆ヲ同道致参らふ   アト「いや〳〵是ハしぶかきをあわせかきにした物ぢや シテ「むさとした事を仰らるゝ 是ハこねりの上て御座る 立「うむ((有無))にしふさうな アト「そちがかほつきてもしぶいハしるゝ くうてミさしませ アト「夫ならハ身共が聞た事が有 うそをふいてみせい〕 拾九 隠狸 アト「是ハ此他りに住居致す者で御座る 某召遣ふ太郎冠者ハいちもつの犬を持て毎日夜行に出て狸を取ルと申す 真か偽か尋にやうと存ル 太郎官者いるか シテ「はあ アト「居たか シテ「御前に アト「汝を喚出すハ別の事でハなひ きけばそちハいちもつの犬を持て狸をとると云が真か シテ「是ハ思ひもよらぬ事で御座る 私さへ御扶持をもらふて被下まするになにがゑようがましい 犬などをかいまする物で御座る アト「いや〳〵早かくれがない 皆わせふと有て今晩おしかけてわするはづじや 某も色々と云たれ共汝と一ツになるやうにおもわるゝに依て今晩申入ずにハおかれまひ シテ「早皆様御出被成るゝはづで御ざるか アト「中々 シテ「是ハ又そこつな事を被成て御座る 先私と御談合被成て其上での事に被成ませいて アト「誠に汝と談合して申入れハよい物を シテ「早皆様御出被成ませふが アト「誠に皆わせふがにが〳〵敷ひ事じや やい汝が方に取たが有ハだせ シテ「なにが私の方にあらバだしませふが心((真))実御座りませぬ アト「心((真))実汝が方にないがぜうならバ市にハ有う シテ「何が扨御座りませいでハ アト「夫ならば早ふ一ツもとめてこひ シテ「畏て御座る 〔主ハ大臣柱ニ下ニイル〕 是ハいかなこと 某が犬を持たと云事を誰が申上たぞ 此度だす分ハ安う御座れ共後にハ犬までくれひと仰られてハ迷惑な 殊此度のハ大きう御座る 市へいてちいさいと売かよふと存る 〔ト云テ太鼓座へのいて成共又ハ中入して成共たぬきをせおふて出ル〕 アト「最前太郎官者を狸を求に遣して御座る あれハあの様でも酒ずきで一ツのますると我が隠す事をも云程の物で御座る 慰ながらさゝゑを持て参て一つのませてとひおとさふと存ル 〔ト云テこしかけをさけて大臣柱より目付柱へ行〕 シテ「狸ハ〳〵 〔ト云テ橋かゝりよりうりて出ル〕 狸をめさぬか 狸ハ〳〵 〔ふたいのまん中ニテ二人行合テ〕 シテ「お前ハどこへ御座りまする アト「宿に居よふよりハと思ふて慰ながらそろり〳〵とさゝゑをさげてきた 此他りがよいけいじや 某も一ツのもふ程に汝ものめ シテ「あのさゝゑを アト「中々 シテ「是ハよふ御座りませう アト「酒とさへいへバきげんがかわつて殊外よろこぶ さらばひらけ 〔ト云テ太郎官者こしかけのひぼとく内主立てはしがゝりヘ行 下ヲ見ながらそろり〳〵とぶたいへ出ル 主はやく立ニ依てシテもうろたへ立ながら狸をかくしながら立テ大臣柱の方ニイル〕 アト「はて合点のゆかぬ シテ「何をお尋被成まする アト「ちとおとした物がある 〔ト云なから又大臣柱の方へ行 シテも目付柱ノ方へ行 下ニイル〕 シテ「何をがなお落し被成ました アト「いや〳〵くるしうなひ さゝへをだせ 〔こしかけのふたを盃ニして主のむ 太郎官者つぐ 主のんて太郎へさす 主しやくをしてやる (シテ「)近年のまぬ酒て御座る と云 又一つのむ時主小謡うとふ 太郎のんて(シテ「)是ハ何と致しませう と云 (アト「)こちへおこせ と云 (シテ「)両((慮))外に御座りまする と云 (アト「)くるしうない と云てのミひかへて舞をこのむ 太郎官者下ニイテ舞〕 シテ「きりくべて今ぞみかきもりゑじのたく火ハおためなり よくよりてあたり給へや 〔ト云テろくにいて両手出しあたるてい〕 アト「ほねをりに今一ツのめ 〔又小謡有テ盃ヲ主へ返し主ひかへて〕 同「最前のハみじかい 今一ツまへ シテ「最早御ゆるされませひ アト「なんのゆるすと云事ハない 早うまゑ シテ「心得て御座る よし足引の山姥が〳〵山廻りせぬぞくるしき アト「やい〳〵山姥が山廻りせぬぞくるしきと云事が有物か 山廻りするぞくるしきとうたわぬぞ シテ「いや山姥ハ山廻りせぬぞくるしきかぜふ((定))で御座る アト「どこにかせぬぞくるしきと云事が有物か するぞくるしきとうたへ シテ「いやどう御座つてもせぬぞくるしきで御座る アト「扨々おのれハせうのこわひやつじや 今度ハつれ舞にせう シテ「夫ハともかくもで御座る 二人「いとま申て帰ル山の 地「春ハ梢に咲かと待し 二人「花を尋て山廻り 〔大臣柱の方より目付柱方ミテ〕 地「秋ハさやけきかげを尋て 二人「月見る方にと山廻り 〔口伝〕 地「冬ハさへ行しぐれの雪の 〔口伝〕 二人「雪をさそいて山廻り 廻り〳〵てりんゑをはなれぬもうしうの雲のちりつもつて山姥となれるきじよが有様見るや〳〵と峯にかけり谷ニひゝきて今まて爰に有よと見へしが山また山に山廻り やま又山に山廻りして アト「是ハなんしや シテ「物て御座る アト「ものとハなんじや シテ「むじなで御座る アト「やれおふちやく者 やるまいそ〳〵   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   アト 紅段のしめ 長上下 小サ刀 扇 腰懸をさけテ 廿 八句連歌 シテ「是ハ此他りに住居致者で御座る 某誰殿と申仁より金子を借用致て御座るが度々人を被遣て迷惑致す 今日お断に参らふと存ル 先急て参らふずる せめて利分でも持て参れハ行よふ御座るがこふお断斗に参りても御合点被成るればよひが何と御座らふぞ いや参る程に是じや 物まう案内もう アト「表に物もふと有ルが誰も出ぬか 案内とハたそ シテ「物もふ アト「ものまふとハ いやそなたか シテ「中々 私で御座ります アト「待かねて居た 今人をやらふかと思ふ所へおりやつた 先こふ通らしませ シテ「いや是がよふ御座ります アト「よひと云事が有物か ひらに通らしませ シテ「いやもふ是におりまする アト「是非とも通さねばならぬ シテ「夫ならば通りませう アト「下に居さしませ シテ「心得まして御座る アト「やい〳〵 〔名ヲ云テ〕 誰がきた程にそこをしめておけ シテ「申々私が盗人でハ御座るまいし左様に急度なされずともよふ御座る アト「いや其事でハおりない 算用する間まづそこをさいておけと云事でおりやるよ シテ「はあ是ハ此間見ませぬ内に御普請をなされて御座る アト「夫見さしませ 此普請のでくる間不沙汰をすると云様な事が有物でおりやるか さあ〳〵算用をさしませ シテ「致まする 是ハどこからどこ迄も念の入ツた御普請で御座りまする あゝお物数寄な立させられやうで御座る 床の様子あの花ハどなたの御手際て御座りまする アト「あれは身共の慰に致したよ シテ「私ハ何も存知ませぬが花などゝ申物ハ殊外六ヶ敷ひ物じやと申まするが あゝよふ遊しまして御座る アト「さあ〳〵算用を早ふめされひ シテ「只今致まする あの掛物ハどなたのお手で御座る アト「あれハ世悴が書たのでおりやる シテ「あのかなぼうし様の アト「中々 シテ「是ハ御きよふな事で御座る 最早かなぼうし様のあれ程に遊しまするか さぞこなた様も御満足に御座りませう アト「推量して呉さしませ シテ「あゝお浦山敷事で御座ル 是ハ御庭を見ますれバ花盛りで御座る アト「其通りでおりやる シテ「見事な桜で御さりまする 八重も御座り一重も御座り扨々うつくしひ義((ママ))で御座る アト「いやなふ シテ「あゝ アト「きけバそなたハ歌連哥の座敷へ推参すると聞た 此花に付けて少当座をめされぬか シテ「夫ハ昔の事で御座る 只今ハ渡世にばかりかけまわりまして左様の事をばえ致しませぬ  アト「いや〳〵そふでハ有まひ 今日ハ格別じや程にひらにめされひ シテ「夫ならバ格別の事じやと仰られまする程に私も数寄の道で御座るに依て少案じてみませふほどに先こなたから遊バしませ アト「客発句に亭主脇と云事が有程にわこりよからかよからふ シテ「あの私を客に被成て アト「中々 シテ「はあいかゞで御座るがこふも御座りませうか アト「何と シテ「花盛り アト「花ざかり シテ「御免あれかし松のが((ママ))せ アト「松の風 よふ出来ておりやる シテ「何と御座るか アト「こふもおりやらふか シテ「お早ふ御座りまする アト「桜になせよ雨の浮雲 シテ「桜になすな雨の浮雲 アト「是々桜になすなでハおりやらぬ なせや(よ)でもつた句でおりやる シテ「はあ私ハなすなかと存じまして御座る アト「いや〳〵身共ハいつまでもなせや〳〵でおりやる シテ「第三ハ何と致しませふ 幾度も霞にわびぬ月の暮 アト「こひせめかくる入相鐘((ママ)) 〔シテ少あとへさかり左の手耳の上へさし上〕 シテ「あゝ少うつとふしう御ざる アト「さふもおりなひ シテ「鶏もしばし心を延てなけ アト「人目ゆるさぬ恋の関守 シテ「名の立につかひなたてそ忍ひ妻 アト「やあらそなたはいつ某が名の立つ程使をやつた事が有ぞ シテ「ゐや左様でハ御座らぬ さいぜん恋の関守と申前句が出まして御座るに仍テそれゆへ忍ひ妻を付まして御座る アト「是ハ尤でをりやる 少待しませ シテ「畏て御座る アト「いやあの人ハやさしいこゝろで御座る程に内々の借状をおませふと存ル なふ今のハなんでかなをりやる シテ「名の立に使なたてそ忍び妻 アト「あまりしたへば シテ「余りしたへば アト「ふミをこそやれ 〔ト云テ借状ヲ出ス〕 シテ「是ハ何で御座りまする アト「夫ハ内々の借状デ(【しや】)おりやが((ママ))余りけふの句がよふ出来たに依て其褒美におまするぞ シテ「夫ハお心入ハ忝なふ御座りまするが今〔迄〕遅りまするさへ御座りまするに是をバ御じたひ申ませふ アト「尤じやが余り句が出来ルに依て是悲((非))ともおまらするぞ シテ「最早調まするやうに御座る 調次第に是をもらいまするで御座らふ程にこなたのかたにをかせられて下されませひ アト「いや〳〵どふ有てもやらねばならぬ シテ「ぜひ共こなたの方におかせられて被下ひ アト「兎角やらねばならぬ シテ「で御座る アト「中々 シテ「夫ならバいたゝきませふ アト「なふ是からハちよつ〳〵ときて某の句の相手に成て呉さしませ シテ「何が扨只今迄是が有てさへ参て御座るに此上ハせつ〳〵参まして句の御相手になりませふ 最早御暇申上ませふ アト「おりやるか シテ「中々 二人「左落葉((さ ら ば))〳〵 シテ「是ハいかな事 夢の覚たような事じや これと云も某日比和哥の道に心をよする故に天神か玉津嶋の御利生であらふ 此悦ひに和哥を揚て帰らふ 〽やさしの人の心や いつ馴ぬ花の姿の。色顕れて此とののん。かり物をゆるさるゝたぐいなの人の心や〽 おもて八句で借金ハすらりとすました 誰こわひ者ハなひ 急で宿へ帰らふ   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  ○アト 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 借状ニ捧((奉))書紙 廿一 胸突 アト「是ハ此他りに住居致者で御座る 爰に誰と申者に金子を取替て御座ルが今において埒を明ませぬ 今日ハ参り急度算用を致さふと存て罷出た 先急で参らふずる 其上人を遣せばあまつさへちやうちやくを致す にくいやつで御座る いや参る程に早是じや 某が声を聞て御座らば留守を遣ふ事も御座らふ つくり声を以て喚出さうと存ル 〔扇ヲ開ひたいにあて〕 物もふ案内もう お宿か シテ「是ハ聞なれた声じや お目にかゝつてハいかゞな 留守をつかわふ 表に物まふと有ルが案内とハどなたで御座る 〔アトノ名ヲ云〕 アト「誰でおりやるが 〔又シテ名ヲ云テ〕 誰殿ハお宿か シテ「でまして留守で御ざる アト「左様に仰らるゝハどなたぞ シテ「となりの者で御座る アト「夫ならバそふ云て下されい 誰で御座るが今日参つたがお目にかゝりませぬ 又此間に参らふと云て被下い シテ「心得ました よふ御ざりました アト「是ハいかな事 今のハ慥に誰が声じやが某が声と聞て留守をつこふたと見へた 致様が有る シテ「扨も〳〵あぶない事で御座る すでにお目にかゝらふと致た お目にかゝつたらばよい物か 〔ト云テ下ニイル 又アト立帰り〕 アト「物まふ たれ殿ハ御座ルか シテ「またもどられたと見へた 留守で御座る アト「こなたハどなたで御座る シテ「となりの者が留守をしておりまする アト「となりの人で御座ルか シテ「あゝ アト「夫ならばとなりの人にあいとう御ざる 是へ出させられひ シテ「留守を致ておりまする 御用があらば夫から仰られひ アト「いやあひましとふ御座ル 是へ御座れ シテ「夫へハ参られませぬ アト「ひらに是へ御座れ 〔ト云テむりに引出ス〕 わごりよハ内に居て留守をつこうか シテ「あゝ面目も御座らぬ アト「面目もないとハ内に居て留守をつこふと云事が有物でおりやるか シテ「されバ其事で御座ル 段々ふらちを致しまして御座ルに依て御目にかゝるが面目なふ御座るに依て先留守をつかいまして御座る アト「そなたハ聞へぬ 某がくれば内にいて留守をつこふ 人をおこせばあまつさへちやうちやくをさします 其様な事が有物でおりやるか シテ「いや夫ハお使の申なしで御座る 何しに左様に致物で御座る アト「其様な人でハないと思ふて取替ておませたれば沙汰のかぎりな人じや 今日ハ急度算用致さうと存て参た程にはやう元利共に算用をさしませ シテ「其事で御座るハこなたのおとりかへ被成て被下ましたに依て何とぞ才覚致て御返を申ませうと存てあなたこなたへ申て御座る(ル)がとゝのへかねまする故に一日〳〵とおそなわりまして御座る 何とぞもそつとおまち被成て被下ませひ アト「わごりよハたび〳〵其様な事ばかりおしやる そふいわず共元利共に急度算用をしておこさしませ シテ「成程利分ハ算用をゐたしませうが元金の義ハ何とぞ来月迄お待被成て下されませひ 来月た((ハ))半分上ませふ程に左様に思召て被下ませひ アト「いや〳〵其様に待事ハならぬ程に某が方へおりやつて急度算用せねばならぬ程にこふおりやれ シテ「参たと申ても元利共に持て参らいで算用も致にくふ御座る 来月持て参て算用致ませう程に夫まで御待被成て被下ひ アト「いや〳〵最早待事ハならぬ さあ〳〵おりやれ〳〵 シテ「参りハ参りまするが参ても持て参らいでハ気毒((ママ))に御座る アト「はていわれぬ事をいわずとも先へおりやれ シテ「あゝ参りまする アト「そなたハ今迄おそなわるはずでハなひ りちぎな人じやと思ふて取替たればさん〴〵ふらちな人じや シテ「私も何とぞ上ましとふ御座るに依て方々と御無心の申ますれ共とゝのへかねまする故に御不沙汰ばかり致まする アト「いやくる程に是じや こふお通りやれ シテ「いや是におりまする アト「是にいてハならぬ ひらにこふとをらしませ シテ「いや是に居付ました アト「いわれぬ事をゐわず共是へとをらしませ シテ「あゝ アト「やい〳〵誰がきた そこをしめてをけ シテ「申々是ハ又余りといへばおなさけないぎで御座る アト「いや〳〵そふした事でハない 算用をするを人が見れバわるい物じや程にさしておけと云事でおりやる シテ「あゝ夫ならバよふ御座るが アト「さあ〳〵算用をめされひ シテ「最前から申上まする通り元金の義ハ来月半分上ませう 先今日ハお帰し被成て被下ませひ 〔ト云テ立〕 アト「いや身が所へ同道してきて帰すことハならぬ 早ふ算用さしませ シテ「何程算用致とふ御座つても持て参らいでハ算用成ませぬ とかく今日ハ御返し被成て被下ませひ〔ト云テ立テ行ヲ〕 〔シテヲハヤクトラヘテ〕 アト「是々どこへ 帰す事ハならぬ 算用せぬか シテ「致とふても持て参りませぬ アト「今迄待た事じや程にもつてこぬと云事が有物か さあさむよふをせぬか〳〵〳〵〳〵〔ムネトラヘテイ((ママ))テツクマネ〕 シテ「あいた〳〵〳〵〳〵 〔アトノ名ヲ云テ〕 誰があいてじや 出合〳〵 あいた〳〵 アト「なふ何とめさつたぞ シテ「こなたの余りむねをつかせられて御座るに依ていとうて成ませぬ 相手ハ〔名ヲ云テ〕誰じや あいた〳〵 誰もないか ああかなしや あいた〳〵〳〵 アト「是々余りかしましういわしますな 利分ハゆるしてやらふぞ シテ「其様な事でハよふ成事でハ御座らぬ あいた〳〵 誰もないか 誰が相手じや あいた〳〵 アト「やれひらにかしましう云てくれるな 夫ならば元利共にわごりよにおまする程に是でハむねのいたミもやわらごふぞ シテ「よふこなたの元利共ニとらずにおこふぞ あいた〳〵〳〵 アト「是々何が偽であらふぞ ゆるしておませふ シテ「あゝ夫で胸のくつうが少よふ御ざる まだ少あいた〳〵 アト「なふ〳〵是をもおまするぞ シテ「そりやなんで御座る アト「是ハわごりよの方からきた借状じや シテ「どれ少見せて被下ひ アト「是でおりやる シテ「夫ならバ是へ被下い 〔ト云テ取テ〕 誠に是で御ざる 夫ならバ最早皆済まして御ざるの アト「中々 〔ト云トシテ笑出ス〕 シテ「是が有たに依胸がいとふ御座つた お返し被成たればすきとよふ御座ル 〔笑テ借状を持てにくる〕 アト「やれおふちやく者じや こちへおこせ シテ「是ハ成ますまひ アト「やるまいぞ〳〵   シテ出立 嶋の物 狂言上下 腰帯   ○アト  色無段熨斗目 小サ刀 扇 借状捧((奉))書紙ヲ文ニ折テ 〔シテ帰らうと云時ニアトとらへてむなぐらをすくにもつく 又左りの手ニてむなぐらをとらへて右の手の扇をとりなをしかなめの方ニてむねをつくまねをもする〕 廿二 包橘 アト「是ハ此他りに住居致者て御座ル 先召遣ふ者ヲ喚出し尋ル事が有 太郎官者いるかやい シテ「はあ アト「いたか シテ「御前に アト「汝を喚出すハ別の事でなひ 夜前ハ殊外の大御しゆでハなかつたか シテ「御意の通り大ごしゆで御座りました アト「某もよふのふだと覚ルが汝ハ何と思ふぞ シテ「こなたにもずいぶんめしあけられて御座る アト「それについて汝ニ何やらあづけたよふに覚ル シテ「いやなにもあつかりハ致しませぬ アト「いや何やらあづけたよふなが シテ「あゝ思ひ出しました とつて参りませう アト「急で取てこい シテ「是ハいかな事 夜前三つなりのかうじをおわたしなされたをわすれさせられたかと思ふてたべたが何とした物であらう いや思ひ出した たのふた人ハ正直な御方じや程に面白をかしう申なそう 申々夜前のハ三つなりのかうじて御座りました アト「誠にが((ママ))うじてあつた いそいでおこせい シテ「先私の分別とおきゝ被成ませい アト「何と シテ「もはやお立じやと存ましてもゝだちをとつておゑんのさきにつくぼうて御座れバこなたにもかうじのでましたをしほに被成それをとつてお立被成 やい太郎官者是をもてと仰られて御座る それを請取ましてこなたのお手を引て参るとてころ〳〵と致て御座ルに仍テことばをかけました アト「何と云てかけたぞ シテ「やいかうしよ〳〵と申て御座れバかうしも心有かいたいてこのはをたてについて御門の内にとまりましたか是ハこうじもんのいてすと申事てかな御座りませう アト「汝ハこびた事を覚ているな シテ「扨それを取まするとてふミつぶいて御座るに仍テかわをむいてたべまして御座る アト「くうたれハくるしうない 残りが有ふ程にそれをおこせい シテ「それよりふところへ入て参て御座れば何とやらひいやりと致すに仍テ手をやつて〔ミテ〕御座ればれいのつかなかにおされてつふれましたに仍テこうしをきめました アト「何と云てきめたぞ シテ「やいそこなやつ 手にもてハほぞかぬくる ふところへいるれハつぶるゝ しよせんおのれがやうなやつハ致様か有ると申てかわをむいてすじをとつてくつとたへまして御座る アト「やあ〳〵くうた シテ「中々 アト「今一つあらう程にそれをおこせい シテ「それに付ましてあわれな物語が御座りまする 申上ませう (アト「)急ていゑ シテ「畏て御座る 昔へいせうこくの御時 アト「やれ爰な者 シテ「先お聞被成ませい 三人のるにん有しかバ一人ハ丹波の少将成つねへいはんぐわんやすより入道二人ハしやめん有 しゆんかん一人彼嶋におとゝまりたる 其ごとく三つ有しこうしが一ツハつぶれ一つハほそぬけはや太郎官者がろくはらにおさまりぬ 人とこうしハかわれとも思いハおなし心かな 三人の流人か二人ハしやめん有り しゅんかん一人かの嶋におとゝまりやつたハ何とあわれな事でハ御座らぬか 〔ト云テなくまね〕 アト「いや身共ハいつさいあわれにハなひ シテ「あゝ此様なあわれな事ハ御座らぬ 〔アト正面ヘ少開テ〕 アト「是はいかな事 なんのかのとぬかしておこすまゐといたす とりようが御座る ふし〽も一つのかうしハなにとして有ぞへ〽 シテ「まだをはたしやらぬと見へた こたへようが御ざる ふし〽ものとまたいたゐた〽 (アト)「〽なにとまたして有ぞ〽 (シテ)「〽もふとまたつかまつた〽 (アト)「〽なにとまたしたぞへ〽 (シテ)「〽もふの〔ト〕またいたゐた〽 (アト)「何と (シテ)「物と (アト)「何と (シテ)「これも太郎官者が六はらへおさめて御座る (アト)「なんでもない事 あちへうせい (シテ)「はあ    シテ太郎官者出立 嶋ノ物 狂言上下 こしおひ 扇    アト主出立 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 廿三 附子 主「是ハ此他りの者て御座る 先召遣ふ者を呼出シ談合致事か有 太郎官者いるかやい シテ「はあ 主「いたか シテ「御前に 主「早かつた 次郎官者をよへ シテ「畏て御座る 次郎官者めすハ 二郎「何と召と云か シテ「中々 二人「両人の者御前に 主「汝等を呼す((ママ))ハ別の事てない 今日ハ去ル方へ遊山に行程によふ留守をせい シテ「いつも両人の内て一人ハお供を致しまする程に次郎官者成共身共成共参ませう なあ次郎官者 二郎「おふ御供仕ませふ 主「尤汝等か云通りいつも両人の内で一人つるれども身共のけふハ思ふ子細が有ル 両人なからそれにまて 二人「畏て御座る 主「是々これハふすと云て人の身にだいとくじや 其風かあたれバめつきやくする物じや程によふ留守をせい シテ「それならハ両人なから参ませう なあ次郎官者 二郎「おふをとも致ませう 主「それハなんじらが聞ようがわるい そちが云ハ留守身共の云ハぶすと云てかぜがあたつてもめつきゃくする物じや程にそばへよらずによふ番のせい シテ「畏て御座る 主「頓而もとらうぞ 二人「やかてお帰りなされませい 〔ト云ト主ハ太鼓座ニ下ニイル〕 シテ「やい次郎官者 先下にいさしませ 二郎「心得た 〔せうぎハ正面ニ有 アト笛座ノ方 シテハして柱ニイル ろくにいて〕 シテ「いつも両人の内て一人召つれらるゝか二人共におかせられたハ何とした事ぞ 二郎「されバ某ハいちゑんふんべつにあたわぬ わこりよハ何と思ふぞ シテ「某の思ふハあのふすハ大事のおたからじやと見へた 二郎「いかさま其様な事て有う 〔アトふつと立テ橋かゝりの方へのく シテもつゝいて立也〕 シテ「是ハ何事じや (二郎)「ぶすのきわからあたゝかな風か吹てきたによつて 〔なまぬるいカセ共云〕 めつきやくするかとかと((ママ))思ふてにけてきた シテ「別の事も有まい わこりよか立さわくに依テ身もよいきもをつふしたのふ 二郎「や シテ「なんと思ふぞ あのぶすをミ((ママ))見まいか 二郎「いや〳〵そばへもよるなと仰られたに見る事ハ成まい シテ「さりなからしぜん人のそなたのたのふた人の所にハふすと云てめいよの御宝物が有などゝきいたか見た事か有ルかなとゝいわふ時いゝやついにみたことかないとハいわれまい 二郎「尤なれ共風があたつてもめつきやくすると仰られたものを なんとして見らるゝ物じや 〔ト云なからしてハふたいのまん中の方ヘ出ル 二郎ハシテ柱ノ方へ出る〕 シテ「いやあの風が人の身にどくじやと仰られたほどにかぜをばこちらからあをぎ返してみう 二郎「是ハ一段とよからう シテ「さあらハ某かをゝとこふ程にずいぶんあをいてくれさしませ 二郎「心得た シテ「さあ〳〵あをかしませ〳〵〔ト云テシテあをいてよる〕 二郎「あをくぞ〳〵 〔ト云テあをく シテのあをきやうとちこうたがよし〕 さあ〳〵とかしませ〳〵 〔ト云テアトあをいている シテをゝといてにくる アトモにくル 大小ノ座ノ方ヘ二人共ニ行〕 シテ「といたぞ〳〵 二郎「といたか〳〵 シテ「某のをゝといた程にわこりよふたをとらしませ 二郎「をゝとくぶんないとやすい事じやがふたをとるハこわ物じや シテ「身共もずいぶんあをいでやらう程にふたをとらしませ 二郎「わこりよもあをいてくれさしますか シテ「中々 二郎「それならハとらふ さあ〳〵あをかしませ〳〵 〔ト云テアトあをいてよる〕 シテ「あをくぞ〳〵 〔あをいてよる時扇の持やうちかふたか吉〕 はやうとらしませ 〔アトふたを取テ二人共ニにくる〕 二郎「とつたぞ〳〵 シテ「とつたか〳〵 先いき物でハないぞ 二郎「なぜに シテ「いき物ならバふたをあくるといなやとひせう事じやが先いき物てはなさそうな 二郎「誠にわごりよか云通りいき物でハなさそうな シテ「たゞし人かしらぬまてい 二郎「それもしれぬ 〔ト云テシテアトそろ〳〵出テのひあかりミる〕  〔シテ「ミたか〳〵 二郎「中々 シテ「何とみた 二郎「青物と見た シテ「某ハうず黒ひどんミりとした物と見た いやのふ 二郎「や シテ「某ハあのぶすをくうてみうと思ふ 二郎「扨々そちハむふんべつな事を云 あれがくわるゝ物か シテ「いやくうてしんだりともくるしうない あとの事ハわこりよにたのむぞ 二郎「なんと云てもやる事ハならぬ シテ「ひ((引))こをるそてをふりきりてふすのもとにぞよりにける〕 (二郎「)あまりそばへよらしますな 中に何やらあをい物か見ゆる シテ「いゝや其様な物でハない 黒ひ物がどんどりとして有ルハ 〔シテハ大小ノ前ニイル アトハシテ柱ノ方ニ〕 二郎「すかぬ事じやなあ シテ「なふ 二郎「や シテ「某ハあのふすにりやうしられたやらくいとうてならぬ程にくいに行ぞ 〔シテ右ノ袖とらへて〕 二郎「やれ爰な者 そちをやつて身共かいらるゝ物か やる事てハないぞ シテ「いやどうでもはなさしませ 二郎「どうあつてもやる事てはないぞ シテ「はなさしませ 二郎「いやはなさぬ 〔つめてからうたい出ス〕 シテ「なこりの袖をふりきりてぶすのきわにぞよりにける 二郎「是ハいかな事 くうげなハ 〔こしおけを前へよせ扇ニてすくいくうまねしてつむりを打〕 シテ「む 〔シテのつむりをおさへ〕 二郎「やい太郎官者 きを付いやい シテ「さとうじやい((ママ)) 二郎「やゝさとうじや シテ「中々 二郎「是ハいかな事 たまされた 〔ト云内ニシテひた物ねぶる〕 二郎「ちとこちへもよこさしませ 〔ト云テひつたくり大臣柱ノ方ヘ行ねぶる〕 シテ「せわしい 皆にせす共 〔ト云なから立てこしをけをとる〕 少こちへよこさしませ 二郎「のふ〳〵又こちへもよこさしませ 〔こし桶をとりそこをはらいくうていする〕 シテ「やい〳〵皆にするな は 皆にしたか 二郎「皆にしたかとハあとにそこにのこつたをはらふてくうた 〔ト云テこし桶を下ニ置ク〕 シテ「よい事をめさつた たのふだ人のお帰り被成たらば申さう 二郎「くいそめたがわこりよじや程に身も有よふに申そふ シテ「是ハされ事じや 二郎「人によいきもをつふさせた シテ「あのかけ物をやふらしませ 二郎「いや身共ハやふることハならぬ シテ「あのかけ物をやふらしませねはぶすの云わけがたゝぬ 二郎「それならバや〔ぶ〕らうか シテ「おふやぶらしませ〔シテのみた所の方を両手ニテ引さく躰〕 二郎「ざらり〴〵ざら〴〵〴〵 やぶつたぞ〳〵 シテ「あのやぶらしましたか シテ「中々 シテ「そもや〳〵やぶれと云たとてやぶるものか ぶすと云物ハ世間にをゝい物じやがあのかけ物ハたのふだ人の御ひさうなさるゝかけものをやぶらしました程に御帰り被成たらバまつすくに申さう 二郎「やぶれと云たはわごりよじや程に身もまつすくに申そう シテ「是もざれ事じや 二郎「はてざれ事ぶかいぞよ シテ「あの〔ダイ〕天もくをわらしませ 二郎「いや身共ハわる事ハならぬ シテ「今度ハもろともにわらう 二郎「わごりよもわるか シテ「中々 二郎「それならハわらうか 〔二郎さきへ茶わんを取シテハあとよりだいを取さきへなげる 又シテさきへ茶わん取二郎ハあとよりたいを取テさきへもなけてもよし〕 ぐわらり シテ「ちん 二郎「はゝあ われたハ〳〵 シテ「みじんになつた 二郎「してたなふだ人の御帰被成たらバなんとせう シテ「なけ 二郎「なけば云わけが立か シテ「おふたつとも 二郎「それならばなこう シテ「御帰り被成るゝ時分じや まづ下に居さしませ 二郎「心得た 〔二人トモニ大小の前のあたり二郎笛座ノ方 シテハシテ柱方 主ハ橋かゝり立テ〕 主「よほどなぐそうで御座る 〔マヅ〕急で宿へ帰らう やい〳〵太郎官者次郎官者もどつたぞ〳〵 〔ト云テふたいの方へくる〕 シテ「さあ〳〵なかしませ〳〵 〔ト云テ二人トモニなく 主ハ大臣柱の方ヘ通ル〕 主「某のもどつたをよろこぼうとハせいでほゆるハ何事じや シテ「いわしませ 二郎「ゐわしませ 主「太郎官者ゐわぬか 〔シテひさをなをして〕 シテ「其お事で御座る 次郎官者が申事にハあまりさミしうてねいる程にいざすもふをとらふと申て御座るに仍テいやと申て御座ればむりにこがいなを取テ引立まするに仍テあまりめいわくさにあのかけ物に取ついて御座れバあのやうにやぶれまして御座ル 主「是ハいかな事 おのれらハ何事をしをつた シテ「それから右左りへ引廻してあの台天目の上へもていてずでいどうどなけて御座ルに依てあのやうに〳〵こミじんになつて御座る 主「扨も〳〵おのれらハ気がちごふたか シテ「とてもいけてハおかせられまい程にぶすをくうてしのふと申て なあ 二郎「おう シテ「ひとくちくへどもしなれもせず 二郎「二くちくゑどもまだしなず 主「何事をぬかす シテ「三口四口 二郎「五口 シテ「十口あまり 二人「皆になるまでくうたれども 〔シテト二郎むかい合テ〕 しなれぬ事の目出度〔さゆふする〕さよ 〔二人トモニ扇開テつむりにあて主の前へ出る〕 あらかしらかたや候 主「なんでもない事 あちへうせゐ 〔ト云テシテお扇にてうつ 二郎官者を〕 主「まだそこにおるか 〔ト云テ是をも打テすくにかくやへはいるなり シテ次郎官者もついてはいる〕   シテ太郎官者出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   アト 二郎官者出立 のしめニテも 狂言上下 腰帯 扇   又ア ト主出立 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 こしおけ入ル 廿四 口真似 アト「是ハ此他りの者で御座る 先召遣ふ者を喚出し談合仕ル事が有 太郎官者いるかやい シテ「はあ アト「居たか シテ「お前に アト「汝を喚出す事別の事でなひ 山こゑて御酒をもらふたが誰をあひてにしてのもふなあ シテ「お相手こそ御座れ アト「どこに シテ「某 アト「おのれがやうにすば〳〵とくらふばかりがのふでなんの役にたとう 誰がよからうしらぬまで シテ「誠にどなたがよふ御ざりませう アト「誰かれとゐをよりハ汝才覚で呼ましてこひ シテ「畏て御ざる アト「夫に好が有ル シテ「いか様なお好で御ざる アト「酒を参りそふでまひらいで又参らぬかと思へばよふこしめすお方を汝見つくらふて呼ましてこひ  シテ「畏て御座る アト「はやう行 シテ「心得ました アト「英 シテ「はあ 是ハいかな事 仮初ながら六ヶ敷事を被仰出た 酒を参りそうで参らいで参らぬかと思へば又よふこしめすお方をどなたにハよるまひ 汝才覚で喚ましてこひを((ママ))仰付られた どなたがよからふしらぬまで いあ思ひ出した 爰に某にお目被下るゝお方か御ざ(がアル)る 是を喚まして参らふ 何とお宿ニ御座らふか御ざるまひか知らぬ事じや あれハお隙な者じやが何とお宿に御座れバよひが いや参る程に早是じや 物もふ 案内もふ 客「表に物もふと有が案内とハたそ シテ「御宿に御ざりまするか 客「いや太郎官者か シテ「中々 私で御座る 客「してなんと思ふてわせたぞ シテ「夫ならば追付申ませう 頼ふだ人申されまする 山こへて御酒をもらいました程に御出被成て一ツ参つて被下りやうならばかたじけなからふと申されまする 客「お使忝なふハあれどもけふハ叶ハぬ隙入が有程に成まひ シテ「こなたのお隙の入せらるゝハいつもの事で御座る程に御出被成て一ツ参て被下りやうならば私迄も忝なふ御座りませふ 客「わごりよが夫程に思ふならばゆこふまでひ シテ「夫ハ忝なふ御座ります さらばこふ御ざりませ 客「夫ならば身共が行ふか シテ「中々 おさきゑ御座りませ 客「さあ〳〵おりやれ〳〵 シテ「畏て御座る 申お宿に御座らふか御座ルまいかと存て道であんじまして御座るに御出被成まするやうな嬉しい事ハ御座りませぬ 客「身共も隙のなひ者じやがけふハ宿にいやわせてたがひの仕合じや シテ「とこふ申内に早是で御座る 夫にお待被成ませ 客「心得た シテ「たなふだ人御座りまするか 太郎官者が帰りまして御ざる アト「いや太郎官者がもどつたとみへた 太郎官者もとつたか シテ「御座りまするか アト「もどつたか シテ「御ざるか〳〵〳〵 アト「もどつたか〳〵〳〵 シテ「只今帰りました アト「してどなたを呼ましてきた シテ「何もこなたへ御ざるお方を呼まして参て御座る アト「おのれハひろい事を云 是へもあまた人の出入が有が名ハ何と云たぞ シテ「名ハ慥か〔たれ成共アトノ名ヲ云〕 アト「あれをよふできたか シテ「中々 アト「おのれあれをしらぬか シテ「いゝや アト「あれハめいよのすいきやうじんで酒を一ツなふでハ刀を一すんぬき二ツなふでハ二すんぬきたびかさなればあたりに誰もおらぬやうなすいきやうじんのよふでうする物か 某ハ対面する事ハならぬ 早ふいなせひ シテ「尤おいにやれと申たらばおひにやりませうが重而の御さんくわひにお詞が御ざりますまひ アト「誠に汝が云通り重ての参会に詞が有まひなあ シテ「左様で御さりまする アト「すいきやうじんじやとハ云ながらあれハ京田舎を走りまわつて〔つつと〕目はづかしい人じやに依てあの前でつかおふ者がない シテ「お遣ひ被成るゝ者こそ御座れ アト「どこに シテ「某 アト「おのれがやうな腰の高い者が何とつかわるゝ物じや シテ「腰〔が〕高くハ何程なりともかゞめませう アト「いや そのこしの高ひひきいの事でハなひ じぎさほふをしつた者の事を云よ シテ「じぎさほうとやらハ存じませぬ アト「と云ても俄にやとひにもやられまひがなんとした物であらう シテ「誠に何と被成てよふ御座らふ アト「こふいうて某がじぎさほうをしつたでハなけ〔れ〕共たゞ某の口まねをせひ シテ「あのこなたのお口まねをか アト「中々 シテ「安事致ませう アト「いてゐおふずるハ早々に申入ませうを内客御座つておそなわりました 表におりまする こふお通り被成ませひといへ シテ「是ハはしつて参りませうか 静に参りませふか アト「めはずかしいといへばおくしてこくふな事を云 いつものごとくに行け シテ「手ハどこに置ませう アト「夫もふだんの所におこふ シテ「畏て御座る お待どふに御座らふ 客「そうもなゐよ シテ「たなふだ人申〔サレ〕まする 早々に申入ませうを内客御座つておそなわりました おもてにをりまする こふお通り被成ませと申されまする 客「夫ならばとふらうか シテ「中々 御通り被成ませ 客「只今ハ御使忝なふ御座りまする アト「俄に申入まして御座る所に早々の御出忝なふ御座ります シテ「にわかに申入まして御座る所に早々の御出忝なふ御座ります アト「もそつとこふ御通り被成ませ 客「是がよふ御座る シテ「もそつとこふお通り被成ませ アト「やい太郎冠者お盃をだせ シテ「やい太郎官者お盃をだせ アト「おのれがことじや シテ「をのれか事じや 〔主大臣柱の方へ立テ〕 アト「是ハいかな事 あひつハ気が違ふたそふな やいこひ シテ「や  アト「おのれハきが違ふたか 本のお盃を座敷へだせと云事じや 〔ト云テ扇ニテシテのかたをたゝく〕 シテ「はあ 〔ト云テシテ柱ノキハニテ〕 是ハいかな事 あひつハ気が違ふたそうな やひこひ 〔ト云テ扇ヲぬききやくをよふ〕 客「何事じや シテ「おのれハきがちこうたか 本のお盃を座敷へだせと云事じや 〔ト云テ扇ニて客をくわす〕 客「何事をぬかす 〔ト云テもとのざへ行〕 アト「扨々ぶしつけな者を遣ひまして面目も御座らぬ 客「少もくるしう御座らぬ シテ「扨々ぶしつけな者を遣ひまして面目も御座らぬ アト「おのれハまだぬかすか シテ「をのれハまだぬかすか アト「立おれ 其〔口〕まねの事で〔ハ〕ない 正身のお盃を座敷へ持て出よと云事じや 〔主シテノ耳取テ一辺引廻ス〕 シテ「はあ 〔ト云テ客の耳ヲ取テ〕 立をれ 其〔クチ〕まねの事でハない 正身のお盃を座敷へ待て出よと云事じや 〔ト云テ主のまねして客ヲ一返引廻ス〕 アト「はて扨お耳がいとう御座らう まつひら御免なれ 〔客少もくるしう御座らぬと云ナリ〕 シテ「はてさてお耳がいとふ御座らふ まつひら御免なれ アト「しよせんこなたの夫に御座ればあいつがなんのかのと申てわるふ御座る 唯是へ御座れ 〔ト云テ客の手ヲ取テ引〕 客「いや是がよふ御座る シテ「しよせんこなたの夫に御座れバあいつがなんのかのと申てわるふ御座る 只是へ御座れ 〔ト云テアトハ客の左りの手ヲ取テ引 シテ客の右の手ヲ引はる〕 アト「いや是へ御座れ〳〵 シテ「いや是へ御座れ〳〵 〔ト云テ客の手ヲ取テ両方ヘひつはる〕 客「是ハめいわくに御座る アト「おのれがやうなやつハまつこうしたかよひ 〔ト云テシテの足を取テ打こかしのく〕 客「はてさて気毒((ママ))な所へきた 〔シテおきテ客ヲとらへテ〕 シテ「おのれがやうな者ハまツこうしたがよひ 〔ト云テ客の足を取テこかし〕 シテ「見ゑたか 〔ト云テ楽やへ入 客おきテ〕 客「是ハあらけない地((馳))走におふた事かな 〔ト云テ楽やへイル 又追込ニもする 其時ハシテ(「)見へたか と云テにくる 客おきて(「)やれやるまいぞ〳〵 〕 〔△今日ハ思召寄ましてお使忝なふ御座りまする〕 〔△アトシテヲこかす 又シテ客をこかして(シテ「)夫にゆるりと御座れ と云はいると (客「)やれおふちやく者 やるまいそ〳〵 共云〕   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯  ○主アト也 段のしめ 長上下 小サ刀 扇   客 のしめ 長上下 小サ刀 扇 廿五 颯花 アト「是ハ此他りの者で御座る 先召遣ふ者を喚出し談合仕ル事が有 太郎冠者居ルかやい シテ「はあ アト「いたか シテ「お前に アト「早かつた 汝を喚出す事別の事でなひ 此中方々に哥連歌のはやる事でハないか シテ「御意のごとく夥敷ひ事で御座る アト「夫に就て某もくわゝりたけれ共汝がしるごとく無調法な 某の伯父や人ハつつと此様な事をゑていらるゝに付喚下してならおふと思ふがよからふか シテ「誠に是は一段とよふ御座りませふ アト「よからふ シテ「中々 アト「さあらば汝は大義ながら(ニアロウケレトモ)都へ登ツて伯父や人を喚ましてこひ シテ「畏て御座る アト「いていおうずるハ其後ハお久しう御座りますれ 弥御息災に御座りまする つきましてハ爰許でハ初心講がはやりまする 夫に私もまじわりとふ御座れ共かたのごとく不調法に御座ります 又こなたハ其様な事をゑて御座りまする程に御太義ながら御下り被成て宗匠をも被成て被下ませうならば忝なからうと云て喚ましてこひ シテ「畏て御座ル アト「早ふゆけ シテ「はあ 〔ト云ト主ハ大臣柱の方ニ下ニイル 太郎官者ハシテ柱ニテ〕 是ハいかな事 仮初ながら急な事を被仰付た 先急て参らふと存ル 常に皆の咄を聞に都へハ広ひ海道をさへ参ればうたがひがないと申が是ハはや都近くかして殊外にぎやかな さればこそ都じや 扨も〳〵きれいな屋作りかな いや田舎にハ此様な事ハ有てこそ 某ハ物をはつたとしつねんのした事が有 身共のたなふだ人の伯父子様のお宿をも又お名をもきいて参らなんたがなんと致してよからふ 何事もよバわりさへすればとゝのふとみへた 是から少とよばわつてみやう たのふだ人の伯父子様のお宿ハ爰許でハ御座らぬか 〔常ノ通リ〕 じやあ 爰許にハないとみへた もそつとかミへ登らう たなふだ人のおぢこ様のお宿ハ爰元でハ御座らぬか スツハ「是ハ此他りで心のすぐにもない者で御座ル 田舎者と見へて町表をわつはと云 かれにちとあたつてみやうと存ル なふ〳〵のふそこな人 シテ「こちの事で御座るか スツハ「中々 此広ひ海道を何をわつはとおしやる シテ「別にれうじハ申さぬ まつひら御免なれ スツハ「いや聊尓ハおしやるまいがして只今ハ何をおしやつたとの云事でおりやる シテ「某ハ田舎の者で御座る たなふだ人の伯父〔ご〕様のお宿を尋まする スツハ「してその伯父子おばおしりやつたか シテ「其伯父子様も存ぜぬ 又お名をも聞て参らなんだ スツハ「そちハしやわせな物じや シテ「なせに スツハ「汝が尋ルおじハ某じや シテ「あのこなたで御座りまするか スツハ「中々 シテ「扨々存じませいで両((慮))外申ました まつひら御ゆるされませ スツハ「いや少もくるしうなひ して只今ハ何としてきたぞ シテ「夫ならば追付申ませう たのふだ人申されまする 其後ハお久敷う御さりまする 弥御息災ニ御座りまするか 付ましてハ爰元でハ哥連歌かはやります 私もまじわり〔とう〕御座れ共御存のごとく勝て不調法に御座りまする こなたハ左様の事をゑて御座りまする程ニ御太義ながら御下り被成て御指南をも被成て被下ませうならば忝なからふと申されまする スツハ「尤身共もいきとうハあれ共かなわぬ隙入事が有程に成まひ シテ「少々のお隙入おばおかき被成て御下り被成ませふならば私迄も忝なふ御座りませう スツハ「夫程に云程にいかぬもいな物じや 隙をかいていこうまでい シテ「夫弥((ママ))忝なふ御座ります さらばこう御座りませ スツハ「先汝いけいや シテ「私ハおあとから案内申ませう おさきへ御座りませ スツハ「心得た さあ〳〵こひ〳〵 シテ「畏て御座る 申お宿を存ませいでよばわりましたによい所へお出被成て此様な満足なぎハ御座らぬ スツハ「いや身共もよい所へ出合せて此様な嬉しい事ハないよ シテ「左様で御座りまする スツハ「してとをいか シテ「早是で御座る 夫にお待被成ませい スツハ「心得た 〔ト云テ一ノ松ニ立テイル〕 シテ「たなふだ人御座りまするか 太郎官者か帰りました アト「ゑひ太郎官者が声じや もとツたか シテ「御座りまするか アト「もどつたか〳〵〳〵 シテ「唯今帰りました アト「しておぢごをば喚ましてきたか シテ「中々 お供致いて参て御座る アト「でかいた〳〵 やい伯父や人おば此方へとうそうず 供の者をば汝見つくろうてよい所ゑやつておけ シテ「いやたゞ御一人御座ります アト「只一人おじやつた シテ「中々 アト「某の伯父ハ仮初の物詣にも一人や弐人であるく人でハないよ シテ「でもたしかに伯父子様で御座ります アト「してどこに置ました シテ「御門外に御座ります アト「余り不思義な事じや 少と物が((ママ))けから見う シテ「おらうじ被成ませひ 〔ト云テ扇ヲ開キ橋かゝりの方ヲ主ニ見せる〕 なんと伯父子様で御座りませふが アト「やいおのれハあれを心真((真実))よふできたか シテ「中々 アト「あれを知らぬか シテ「いゝや  アト「あれハ都に隠もない見ごひのさつくわ〔ト〕云てだいのすつはじやハ シテ「水破ならばからめて参ませう 〔扨々にくい事て御座る すつはならハからめて参らうト云テうてまくりをして行 主とめる〕  アト「やい〳〵其そゝをからおこつた事じや あの様な物をあらだつれば帰つてあたをなす よび入てふるもふて返せ シテ「水破ならば御無用で御座ります アト「いらぬ事をいわず共某次第にせひ シテ「あゝ 〔ト云ト主ハ大臣柱の方ニ下ニイル シテハはしかゝりへ行テ〕 やいそこなやつ スツハ「何事じや シテ「おのれハ爰へよふこうと思ふたなあ スツハ「なぜに シテ「たのふた人の物かけからお見やつてあれハ都に隠もないみごいの颯花と云てだいの水破じやと被仰るゝがここへこふと思ふたなあ スツハ「某も田舎においを持たに依て夫が方から呼にこしたかと思ふて是迄きた 夫ならば帰らふ シテ「なふ〳〵先おまちやれ 水破ならばからめて参ふと云たればあの様な者をあらだつれば帰つてあたをなす ふるまふて帰せと仰らるゝ こふおとりやれ スツハ「でも身どもハ帰らう 〔ト云トキニシテ取ツきてトメル〕 シテ「いや〳〵わこりよが帰り(らし)ますれば身共がめいわくする 先こふとふらしませ スツハ「夫ならば通らふか シテ「よふ御座らふ スツハ「ぶ案内ニ御座る アト「ふち案内に御座る スツハ「某も田舎に甥を一人持て御座ルが夫が方から喚に越たかと存て参て此様なめいわくな義ハ御座らぬ アト「少もくるしう御座らぬ 其様な事ハあらいで叶ハぬ事で御座る 某の是におつてはなしませうがけつくむつかしう御ざらふ 身共ハ勝てへ参て料理を申付う 是で太郎官者とゆるりとはなさせられい スツハ「何が扨おかまへ被成ますな アト「太郎官者 夫へよつて咄しませい シテ「はあ畏て御座る 〔主太鼓座へ行 下ニイル 太郎官者と颯花ト咄ス」 シテ「先是へおりやれ スツハ「心得た 〔ト云テ主の座へ行 シテ目付柱の方ニ〕 シテ「なふ たのふだ人のいらるればきうくつでわるひ 先ろくにいさしませ スツハ「心得た 〔ト云テ二人共ニろくにいて〕 是ハたなふた人の屋敷か シテ「中々 スツハ「物ずきな立様でハ有ぞのふ 〔い〕や此物ずきでハ色々の事をすかるゝてあらう シテ「さま〴〵の事をすかれまするハ スツハ「して先何をすかるゝ シテ「小鳥ずきで御座る 〔此はなしの内ニ主一の松のきわへ立テ(「)何事を云そ少聞ませう と云〕 スツハ「小鳥と有(いう)物ハ面白い物じやが小鳥のうちでハ何がすきでおりやる シテ「あれハなんとやら云鳥で御座るが よふねを出すよ スツハ「なんであらふぞ シテ「いやてばかり是程で御座る 〔ト云テ右の手の大ゆひとこゆひとわをして見する〕 スツハ「夫でもしれぬがちいさい鳥ならばなんじやなあ 名ハ何〔ン〕と云たぞ シテ「名ハ慥ぐいすとやら云まするよ スツハ「ぐいすと云鳥ハ有まい 鶯か シテ「おふ其鶯の事じや スツハ「いや鶯ハようねをたず((ママ))鳥じや アト「是ハいかな事 あひつハ鶯の名しらぬは(【て】) やい〳〵こひ シテ「たのふだ人がよばれまする いて参らふ スツハ「いておりやれ シテ「やあ アト「おのれハあの鶯の名をしらいでぐひすと云事か有物か 其上何をすかるゝといわりやうならば鷹かなどをすかるゝとハいわいて小鳥数寄で御ざる 鈍なやつじや  今度とうならば鷹がすきじやとぬかそう シテ「はあ よばるゝに依ていつたれば今〔ノ〕鶯の名をぐひすと云たと〔云〕ておもふさましかられました スツハ「はてくるしうない事じやに シテ「さればいの スツハ「して又何かすきぞ シテ「今度ハ鷹が数寄で御座る スツハ「いや鷹なとゝ云物ハうゑツ方のすかせられいでかなわぬ物じや さだめていちもつであらう シテ「おふいちもつが御座るとも いつも肴町へ出てびぶつかんぶつによらずちよつ〳〵ととつて参るハ スツハ「あの鷹がや シテ「中々 スツハ「是ハ重宝な事じや アト「是ハいかな事 あいつハ何事を云 やい〳〵太郎冠者 〔ト云トシテ主の方ミル〕 やいこひ 〔シテかぶりをふる〕 やい シテ「又よばれまする 定てしからふと云事で御座らう スツハ「そふでハ有まひ 先ゆかしませ シテ「はあ 〔ト云テ橋かゝりの方へ行〕 アト「やいそこなやつ おのれハあの様な事を云物か どこにか鷹がびぶつかんぶつをとつてくる物か シテ「でもお台所の高ハとつて参りまする物を アト「まだぬかしをる あれハしも男の名でこそあれ 扨も〳〵鈍なやつかな おのれが様なやつをだいておけば外分((聞))のつくろいハせひでけつくうしなふた 某が口まねをせう シテ「あのこなたのお口まねをか アト「中々 シテ「やすい事致ませう 〔ト云ト主ふたいへ出ルヲ客見ると立テ目付柱の方へ行下ニイル 主出テ大臣柱の方ニ下ニイル 太郎官者ハ大小の前ニイル〕 アト「おまちどうに御座りませう スツハ「いやくるしう御座りませぬ シテ「おまちどふに御ざりませふ アト「やい太郎官者お膳をだせ シテ「やい太郎官者お膳をたせ アト「おのれがことじやハ シテ「おのれが事じやハ 〔主大臣柱の方ヘ立テ〕 アト「是ハいかな事 あいつハきが違ふたそふな やいこひ シテ「やあ アト「おのれハきがちがふたか せう(ホンノ)じんのお膳の座敷へだせと云事じや 〔ト云テシテかたをたゝく〕 シテ「畏て御座る 〔ト云テシテ柱のきわにて〕 是ハいかな事 あいつハきがちごふたそうな やいこひ 〔ト云テ扇ヲぬき客をよふ〕 スツハ「何事じや シテ「おのれハきがちごふたか せう(ホンノ)じんのお膳の座敷へだせと云事じや 〔ト云テ客のかたを扇ニてくわす〕 スツハ「何事をぬかす 〔ト云テ本の座ヘ行〕 アト「扨々ぶしつけな者を遣ひまして面目も御座らぬ スツハ「少もくるしう御座らぬ シテ「扨々ぶしつけな者を遣ひまして面目も御座らぬ アト「おのれハまだぬかすか たちおれ 〔ト云テ耳と左りの手ヲ取テ引廻し〕 其真似の事でハない 正身のお膳の座敷へ持て出よと云事しや〔ト云テつきこかし〕 シテ「畏て御座る (シテ)「おのれハまたぬかすか 立おれ  其まねの事でハない 正身のお膳の座敷へ持て出よと云事じや 〔主のまねをして客を一返引廻ス〕 アト「はて扨御耳がいとふ御座らふ まつひら御免なれ スツハ「少もくるしう御座らぬ シテ「はて扨お耳がいとふ御ざらふ まつひら御免なれ  アト「しよせんこなたの夫に御座ればあいつがなんのかのと申てわるう御座る 唯是へ御座れ 〔ト云テ主客の左りの手ヲ引立る〕 スツハ「いや是がよふ御座る シテ「しよせんこなたの夫に御座れバあいつがなんのかのと申てわるふ御座る 唯是え御座れ 〔ト云テシテ客の右の手ヲ引立る〕 アト「いや是へ御座れ シテ「ゐやこちへ御座れ 〔ト云テ左右ヘ客を引はる〕 スツハ「是ハめいわくに御座る アト「おのれハにくいやつの 汝が様な者をばまつこふしたかよい 〔ト云テシテノ足を取テこかしてはいる〕 スツハ「はてさて気毒((ママ))な所へきた 〔ト云テ主のあとへついてかくやへいらふとするをとらへて〕 シテ「おのれはどれへ行ぞ スツハ「宿へ帰ル シテ「宿へ帰ル おのれが様なやつハまつこふしたがよい 〔ト云テ足ヲ取テこかし〕 見へたか スツハ「是ハあらけない地((馳))走に逢た事かな 〔又追込ニもする 其時ハシテ(「)見へたか と云テにくる 客おきて(「)あのあふちやく者 やるまひそ〳〵〕 (「遠雑類」)        (目次) 一  縜粥((ひめのり))      拾六 受法   二  鈍根草     拾七 忠喜   三  饅頭      拾八 登知波呉   四  樋酒      拾九 昆布布施     五  保昌      廿  六人僧 六  猪狸      廿一 双六僧   七  鹿狩      廿二 六地蔵   八  恋聟      廿三 拄杖   九  口真似聟    廿四 腥物   拾  鶯聟      廿五 牛座頭 拾一 折紙聟     廿六 済頼 拾二 無縁聟     廿七 馬口労 拾三 岩橋聟     廿八 餓鬼十王 拾四 右流左死    廿九 東大名 拾五 手負山賊    三拾 泥閑 一 縜((絹))粥 シテ「是ハ此他りで人の御存知の者で御座ル 先召遣ふ者を呼出しよろこばせふと存ル 太郎官者居るかやい アト「はあ シテ「いたか アト「お前に シテ「早かつた 汝を喚出すハ別の事でなひ 此中御前に詰たれば新地をくわつと拝領したハ 何と目出度事でハなひか アト「是ハお目出度事で御座ります シテ「夫に就て明日出仕にあがらうと思ふが紺屋へゐてやつた肩衣を取てきたか アト「されば其事で御座ル 取に参て御ざるが何やらがたらぬと申てはつておこしませなんで御座ル シテ「紺屋にたらぬならばしんしきぬばりのやうな物でハなかつたか アト「いや左様の物でハ御座りませなんだ シテ「すさりおらふ おのれがやうな鈍なやつハ何ぞ物によそへて覚て来たがよひ アト「いや物によそへて参ました シテ「して何によそへてきたぞ アト「こなたのつれ〴〵の折節いつも読せられまする書物の内に有物で御座る シテ「何と云ぞ 某がすいてよむ源氏平家の物語の内に有ル アト「中々 シテ「〔ソレ〕違棚(チカイダナ)に有ル書物をとてこひ アト「畏て御座る シテ「やい〳〵半巻斗ハ空で覚て居ル 其内にあらばこたへ アト「畏て御座ル シテ「是へよつてきけ アト「心得て御座る シテ「赤間関早友が沖にて御身をなげさせ給ふ西海四海の合戦の内にあらば有と頓テこたへ アト「畏て御座る (シテ)「其比ハ寿永二年の事成に。平家ハ時節の思ひをなし。津の国生田森に陳((陣))を取ル。其城郭ハ前ハ海。うしろハけわしきひよどりこゑ。左りハ須磨めてハあかしよな。大手にハ生田の森を拵へ。其内三里が間ミち〳〵たりしよな。陸にハ赤旗いくらも〳〵たてならべ。天地ひるかへす有様ハ。さながら錦をはつたるがごとく。此様な物でハなかつたか アト「はつてだに御座ルならばおこしませうが其様な物でハ御座りませなんだ シテ「爰に又梶原が二度掛といつは。梶原平蔵景時源太景季。御陳平山の武者所。すゑしげが一の木戸を切テ落シ。ぶんどり高名数をつくす所に。かくて梶原本陳に帰り源太ハと尋しかば源太ハかたきの方よりもおしつけを見せうずる事をふかくと思ひふかいりをししのぎをけづり鍔をわりせめたゝこふを見て梶原取つて返し前車(ゼンシヤ)のくつかへすを見てハごしやのいましめとする 一じやうにひけや一じやうにかゝれやと下知をなす所に源太ハ甲をぬぎたかひぼに掛ケ一首の哥ハかくばかり ものゝふのとりつたへにしあつさ弓ひいてや人のかゑす物かなと詠しせ((ママ))ば梶原ハ西東散々に打て迫((廻))りしがよきかたきをば拾七八騎切ツ落((ママ))し梶原が二度の掛とハよばわツてしん〳〵と引て入たる所にてハなきか アト「いや左様の物でも御座りませぬ シテ「爰に又御一門にとりてハ丹後ノ少将忠澄(タヽズミ)か 無官の太夫敦盛か 知盛か さかもぎきつてまわりしかば河原太郎か 川原次郎か よせてにも亀井 片岡 伊勢 駿河 武蔵坊弁慶にてなきか アト「いや左様の物でも御座りませぬ シテ「爰に又主ハ誰ともしらねども白糸おどしの腹巻にしらゑの長刀かひこうで鹿毛成馬に打乗ツテなぎさをそふて落行を又味方の方(ホウ)よりも岡部の六弥太忠澄と名乗りて六七騎にて追かくる よきかたきと見馬の上にてむずと組両馬が間へどふどおちうへよしたよとしたりしが六弥太頓てとつておさへ乱かしらをつかミあげ首かききりて見てあればしころについたる短尺に花と云字を題(タイ)にすへゆきくれて此下影を宿とせば花やこよいのあるしならましと詠じ給ふハ平(タイラ)の薩摩守忠則にてハなきか アト「はあ夫で御座りました シテ「やいそこなやつ おのれことばのすへできいた 紺屋につこうハしひ((ママ))かいひめのりにて有ル アト「いよ〳〵それで御座りました シテ「夫で御座りましたとハ身が内にあらふずる物がひめのりたゞのりの事をしらぬか 主によいほねをおらせた にくひやつなれ共先此度ハゆるす かさねてハ急度云つくる すさりおらう アト「はあ シテ「まだそこにをるか アト「はあ    シテ 段のしめ 長上下 小サ刀 扇   ○アト太郎官者 腰帯 狂言上下 扇 腰懸 〔(シテ)「爰ニ主ハ誰ともしらねとも紺地の錦の直垂に黒糸おどしの鎧きて黒鹿毛成馬ニ金復輪の鞍置せ トモ云〕 二 鈍根草 シテ「是ハ此他りの者で御座ル いつも鞍馬へ太郎官者をだひ参りに遣しまする 今日ハ某が社参致さふと存ル 太郎官者居ルか アト「はあ シテ「居たか アト「お前に シテ「早かつた 汝を呼出すハ別の事でなひ いつもそちを鞍馬へたび((ママ))参りにやルが今日ハ身共が参らふと思ふ程に汝供をせい アト「畏て御座る 支度を致て御座ル シテ「こひ〳〵 アト「心得ました シテ「汝ハ道すがら名所古跡があらバ語れ アト「畏て御座る シテ「して此川ハ何という川ぞ アト「たかの川と申まする シテ「たかの川と云ハ是か アト「中々 シテ「聞及ふだよりハいかひ河ぢや アト「則是がみぞろ池で御座ル シテ「はて大きな池ぢやな アト「左様で御座ル シテ「こひ〳〵 アト「はあ程のふお前で御座る シテ「てうずをくれい アト「畏て御座る シテ「やい汝も夫ておがめ アト「はあ シテ「やひ某ハ今宵ハおつやを申程に汝夫におきて居て鳥がうとふならバおこせ アト「畏て御さる 頼ふだ人 シテ「なんぢや アト「宿坊から重の内が参ました シテ「やひ某が忍ふで参たおば何として知られたぞ してお使ハ アト「いやおひて帰られまして御座ル シテ「どりや〳〵さむい程ニ一ツ呑ふぞ アト「あがりませひ シテ「肴ハなんぢや アト「ミやうがとたでとが御座りまする シテ「どりや その蓼(タデ)をおこせひ アト「はあ シテ「汝も夫でのめ アト「畏て御座る シテ「やい〳〵そちハ肴ハ何をくふたぞ アト「蘘荷(ミヤウガ)をたべました シテ「いとゞ鈍なやつが ミやうがをくひ弥鈍(イヨ)になつてつかハるゝ事でハ有まひ アト「はあ蘘荷をたべますれば鈍に成まするが存ませなんで御さる シテ「しらずハ語て聞せう 是へ寄て聞おらふ 扨も釈尊の御弟子に周梨(シウリ)盤独(ハンドク)と云人有り 此(コレ)ぐどん第一の人にて我が名だにおぼゑひで杖のさきに書てあるきそなたの名ハと尋ぬれば是と云て指出す程成愚(グ)鈍(ドン)な人にて有つるが然れ共人間の習にてつゐにごだうを被成た 土中につきこめてあれバつかの上よりもみやうが一本はへ出る 則是をぐどん第一の塚よりでたれば鈍根草とつけられて有ル 又釈尊の御弟子に阿難(アナン)そんじやと申するハ知恵第一の仏にて釈迦如来霊鷲山(リヤウジユセン)にて四拾余年の御説法を一字一点(テン)ものこさず請取被成た知恵第一の仏にて有た 是も終にごだう被成た 土中に籠(コメ)てあれば其塚より蓼(タデ)一本はへ出ル 則是をりこん草と付られて有 神の御前共いわせず腹を立さする 下向〔ヲ〕する うせをろ アト「はあ シテ「くるか〳〵 アト「参まする シテ「やい太郎官者 アト「や シテ「某ハおまへにおいてきた物が有 アト「何と被成ました シテ「物を忘た アト「はて蓼を参ました程ニなにもわすれハ被成ますまひ シテ「たでをくうたれ共忘たハ アト「身共ハみやうがをたべましたれ共物をひらいました シテ「なんぢやみせひ アト「是で御座りまする シテ「夫ハ身共のぢや おこしおろ アト「ほしう御座ルか シテ「ほしいかとハ アト「こりや成ますまひ シテ「ならぬとハ にくいやの((ママ)) おのれが様なやつハまつこふしたがよいぞ〳〵 アト「まけくじな やりますまいぞ〳〵   シテ出立 段のしめ 長上下 小サ刀 扇  ○アト太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 三 饅頭 シテ「是ハ此他りに住居致饅頭売で御座ル いつもの通り今日も町表へ罷出あきなひを致さふと存ル 先急で参らふずる 何と今日もあきないがあればよふ御座ルが何角と云内に早是ぢや さらばいつもの通りみせをかざらふと存ル アト「是ハ遙遠国方の者で御座ル 某訴訟の事有り在京致す所に訴訟思ひのまゝに叶ふて近日国元へ罷下る 夫に就て今日ハ町表へ罷出土産物を調て参らふと存ル 定て国許でハ今か〳〵と待て居るて御座らふ とこふ云内に是ハ早町表じや 是から見物致さふ 〔ト云テ常ノ廻りに茶の湯道具を見ル 夫より子共のもてあそびなと云テ〕 何を求めうと身がまゝぢや 是ハなんぞ シテ「曼((饅))頭で御座る アト「饅頭ぢや シテ「中々上ツ方のお菓子に成曼頭で御座る アト「何と云ぞ 上ツ方の菓子になる饅頭じや シテ「中々 アト「してうまい物か シテ「かたのごとくうまい物で御座る アト「うまい物ぢや シテ「左様で御座る めしませひ アト「先くうてみせたらハ買もせうまでい シテ「私がたべましてハうまいやらあしいやらしれませぬ こなたあがつて御らふじられてよくハ取て被下ませひ アト「いや〳〵先汝がくふてみせたらば身もとらう シテ「夫ならばふるまわせられませうか アト「中々ふるまふ くてみせひ そちがくうたらば身もくふ事もあらふ シテ「扨ハふるまわせられうの アト「中々急でくてみせい シテ「是ハ忝ふ御座る くいませう 〔ト云テくうまねする〕 アト「何とうまいか シテ「あゝうまい事で御座る アト「うまくハくゑ シテ「畏て御座る 同「是ハうまい事かな アト「くへ〳〵 シテ「たべまする〳〵 皆くいました アト「夫程うまい物ならば身も一ツくおふ物を シテ「拵て上ませう アト「いや〳〵拵にハ及バぬ なけれハよい 〔ト云テ行ふとする〕 シテ「申々 先ツ待被成ませひ アト「何事ぢや シテ「只今の替りをおいて御座りませひ アト「かわりとハ シテ「いや今の代物を被下ませひ アト「代物とハ身がくふたらバ替りをおこふがそちがくふたに仍テおれハしらぬ シテ「夫ならばたべまい物を こなたのふるまわふ程にくゑ〳〵と被仰たに依て皆たべまして御座る どふ御座らふともかわりをとらいで置ませうか 急でおいて御座れ アト「やあらおのれはにくいやつの 田舎者じやと思ふてねだるか そのような事をぬかして目に物を見せうぞ シテ「夫ハ誰か アト「身共か 〔シテ笑テ〕 シテ「人の売物を皆くわせて其上に目に物を見せうとハ 其様な事をいわずとも早う置て御座れ アト「夫ハ誠か シテ「誠で御座る アト「心真((真実))か シテ「心((真))実て御座る アト「おのれハ物をいわするに仍テの事ぢや にくいやつの シテ「あゝ取ますまい〳〵 アト「是々やらうハ〳〵 シテ「せめて是なりと持てのこう たまされた アト「どれへうせおる やるまいぞ〳〵   シテ  嶋の物 狂言上下 こしおひ 葛桶持出ル 其内ニ白羽二重の切ニ木綿わたを入まんちうをこしらへ六七つ程作ル 店ニ付テ葛桶のふたの上ニかざりて置   アト のしめ 長上下 小サ刀 扇 太刀を持出ル 四 樋の酒     主「是ハ此他りの者で御座る 某今日去ル方へ用事有て参る 夫に付身共の留守になれば両人の者共が酒をたべ乱舞など致と申 是でハ何共留守が心元なふ御座る 先喚出して申付ふ やい〳〵太郎官者有か シテ太郎「はあ 主「いたか 太郎「御前におりまする 主「はやかつた 汝を喚出スハ別の事でなひ 今日ハ去ル方へ用事有て行 よふ留守をせひ 太郎「畏て御座る 御留守ハ御きづかい被成まするな 主「夫ニ付今日ハ身共の存ル子細が有程に汝ハ此の次の間に一人留守をせい 太郎「畏テ御座る 主「又次郎官者にも云付ル事が有 喚出せ 太郎「心得ました のふ〳〵次郎官者めすハ 二郎「何ぢやめすか 太郎「中々 二郎「心得た 御前におりまする 主「そちを喚出ス事別の事でなひ 今日去ル方へ行程によふるすをせひ 二郎「畏て御座る 両人共によふ留守を致ませう 主「いや〳〵けふハ存ル子細が有ル程ニ汝ハ奥の間に一人いて留守をせい 二郎「是ハ何共心得ませぬ 両人一所におりまして留守を致ませう 主「いや〳〵夫ハならぬ 太郎官者ハ次の間汝ハ奥の間に居てよふ留守をせひ 二郎「畏て御座る 主「さあ〳〵身共がいる内に両方へはいれ 二人「心得ました 主「下にとうどいよ 太郎「畏て御座る 主「よふ留守をせい 頓而戻うぞ 太郎「頓テお帰り被成ませひ 主「やあ一段としすました 急で参らふ 太郎「扨も〳〵合点の参らぬ事じや 終に此様な事ハ今迄ない事ぢや 誠に思ひ付た 留守なれば両人酒を呑乱りに致気遣さに此様に云付られたとみへた 是悲((非))もせ((ママ))い事じや 二郎「扨も〳〵いこうさびしひ事かな いつよそへゆかるゝとても両人一所に留守をするにけふハ何と思ふて此様に別におかるゝし((ママ))らぬ 太郎官者ハ何として居るぞしらぬ 太郎「次郎官者ハ何をして居るぞしらぬ 次郎冠者〳〵そこに居るか 二郎「やあ太郎官者か 何とさびしひ留守でハなひか 太郎「されば〳〵さびしひ事じや 身共ハけふもよそへいかるゝならバ汝と酒を呑ふと思ふて調ておいたハ 二郎「夫ハ浦山しひ事ぢや 定て最早のふだであらう 太郎「いや〳〵独ハ呑れぬ 身共ものミそちにものましたいなあ 二郎「夫ハ過分な とうぞ呑やうに思案のしてみさしませ 太郎「さらバ何とぞ此へいに穴を明さし出すやうにしたいが やあ爰に幸いな事が有ぞ 鼠の明た穴が有 是から仕用が有ル さあ〳〵呑(ノメ)々 此竹の先を以て是から樋をかけて酒をなかすぞ 二郎「是ハできた 又思案も有物じや 先わごりよのふでさゝしませ 太郎「夫ならバ身共壱ツのふでさすぞ さあ〳〵是からさすぞ 酒をながす 請ていさしませ 二郎「心得た 請て居るぞ はあ酒がくるハ〳〵 おふ てうどある をかしませ 呑ぞ〳〵 扨も〳〵こふしてのめバ取わけいつよりもうまひハ さらば此の盃をそこへさすぞ 太郎「いや〳〵次手にも一ツ呑しませ 又つくぞ〳〵 二郎「さらバ(サウモ)致さうか 請ているぞ 是々最早有ハ〳〵 太郎「何と呑か〳〵 うまい事か 二郎「何共いわるゝ事でハなひ 覚ハないよいきみじや ひといきにハいかぬ 下におこう いざちとうたをふか 太郎「一段とよからふ 〔二人して小謡うとふ〕 二郎「さらバあけふか さあのふた 是をそこへさすぞ〳〵 太郎「いかにもいたゞいた 一ツたべう さあ〳〵もそつと謡しませ 〔又二人してうとふ〕 あ(ア)ら(ヽ)面白〳〵 さあ又そこへさす 二郎「いや〳〵 も一ツかさねてのましませ 太郎「いや大盃ぢや 夫でハすきる 二郎「ぜひ共のましませ 太郎「夫ならばも一ツ呑ふでやらう 請もツた もそつと謡ふ 〔又二人して小謡うとふ〕 二郎「扨も〳〵面白い事じやのふ〳〵 同「さあ呑ふた さすぞ〳〵 二郎「いただいた さあさあついでたもれ 太郎「さらばつくぞ〳〵 二郎「おふ有ハ こぼれる〳〵 つよいしやくじや 最早あがりかぬるハ 太郎「どふぞして早う上さしませ 大方酒が皆になつたぞ 二郎「夫ならバあけるぞ さあ呑ふた はあ扨も〳〵よいきミぢや よふたハ〳〵 そこもとへもどすぞ もはやとらしませ 太郎「最早呑ぬか〳〵 二郎「いかな事 ならぬぞ〳〵 納にも一ツ呑しませ 太郎「夫ならバも一ツ呑ふで納に致さう 又一ツ有ハ 是でハ大分じや すぎるで有う はあうまし〳〵 いこふようたハ 次郎冠者とるぞ〳〵 二郎「はやふとりやれ〳〵 太郎「身共ハいこうよふた さらばちと横にならふ 二郎「何と云 ねるか〳〵 たのふだ人の留守を云付られた ねては成まいぞ やい太郎官者 はやねたか おとがせぬ よいとハおしやるまい はあ太郎官者がねたれハどうやら身共もねむりがくる 是ハかんにんがならぬ ねよふ 主「太郎官者次郎冠者を留守にをいて御座ル 此度ハ酒をのまぬやうに別々に致して置た いつもとハちがひ留守をしているで御座らう 先帰らうと存ル 是ハいかな事 かべに穴を明ケテあれから是へ これハ何じや 扨も〳〵何共ならぬやつの 樋をしかけて酒を呑おつたと見へた 太郎官者 次郎官者 どちへうせた 是ハ扨ふせつてをるか 次郎官者めも性躰もなふよふてふせりをつた おのれら何とせふ 大ちやく者 やいおきあがらぬか〳〵 〔ト云テ次郎官者をこす〕〔次郎「いや〳〵もはやたべまい 主「たべまいとハ 身共じやが 次郎「たのふだ人か ゆるさせられい 主「やるまいぞ〳〵 やあおのれ まだふせつてをるか にくいやつの おきおらぬか〳〵 シテ「あゝよふたハ〳〵 もそつとうたわふ さゞんさあ 主「やあおのれ まださゝんざあ にくいやつの 何とせうぞ シテ「たのふだ御方 御ゆるされませい あゝかなしや 今からのミますまい〳〵 主「何の呑ますまい やるまいぞ〳〵 シテ「ゆるさせられい〳〵〕   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   次郎冠者出立 シテ同前    主 段のしめ 長上下 小サ刀 扇     作物 一丈斗成大竹のとい竹一本   五 ほうぜう  アト「罷出為ルハ此他りの者で御座ル 某別て心安う致人が御座ルが殊外咄上手にていつ参ても咄にまけて口おしう御座ルに仍テ此中咄を一ツ弐ツたくみ出して御座る あれへ参はなそうと存る 今度ハいか成共まけハ致まいと存ル 〔ト云テふたいの方より案内ヲ云う〕 シテ「表に案内と有ル 物もふとハたそ アト「身共でおりやる シテ「はて扨よふこそおりやつたれ 此中ハ何として見ゑなんだぞ アト「されば〳〵彼是と隙をゑひで見もふ事もおりないぢや シテ「さらバまづ内へおはいりやれ アト「心得た シテ「ゆるりと咄そう 先下に居さしませ アト「心得た シテ「此中ハ久敷あはなんだ内にさぞ珍敷ひ咄がおじやらう アト「こそおじやるよ シテ「追付聞たひ アト「さらば咄て聞せう 富士〔ノ〕山を火打袋に入たと云がいづれはいるまひ物を入たでハなひか シテ「誠にはいりにくい物たがなんとして入たぞ アト「駿河の絵図をきんちやくに入ておじやる シテ「尤ぢや 此中あわなんだ内に珍敷ひ咄ができておりやるよ アト「さらばわごりよ一ツはなさしめ シテ「こそはさ((ママ))そう きかしませ アト「さらバ聞まらせう シテ「近江の水海を茶筅にてたてにごひたと云が夥敷ひ事でハなひか アト「夫ハうそでおりやらふぞ シテ「いやたてにごひたるせうこにハあわづが出来たわさて アト「いつきいてもわごりよハいかい事を咄す 又身共もはなそう シテ「よかろふ アト「伯耆の大仙寺へ参たれば大きな太皷がおりやつたハ シテ「何程な太皷でおりやつたぞ アト「まわり三里四方有ル太皷で有た シテ「扨も〳〵夥敷ひ太皷かな おれも又筑紫の五百羅かんへ参ル時播磨のいなミのを通りたれば大きな牛がふせつておつた アト「何程の牛であつたぞ シテ「ねながら淡路嶋の草をくうを見たが大きな事ではなひか アト「いわふ事と 其様な事ハないわしますそ そもや〳〵夫程な牛が有物か シテ「あればこそ三里四方の太皷の革がなれ 少々の牛の革でハ三里四方の太皷ハはられまひぞ アト「尤あやまつた 何としてもそなたに咄かつた事ハならぬ さらばけふより咄の弟子にならう程にをしへておくりやれ シテ「安ひ事 しうしんならばおしよう アト「近比満足した いつきてもそなたの咄のつきぬ(タ)事がないか((ママ))さま咄のたねがおりやるか シテ「中々咄の種こそあれ アト「さらば種を貰たひ シテ「安事おまらせう あそこにうづめておいた ほつてとらしませ 〔ほるまねヲして(アト「)ない と云〕〔シテ「それならハあそこをほつてみさしませ (アト「)心得た ト云テほるまね (「)ない と云 (シテ「)爰をほつてみさしませ ト云ヲ三所程ほらする (アト「)ない ト云〕シテ「そこにもなくハ是非に及ばぬ ひそうのたねをとてもの事におまらせう アト「さあ〳〵早うたもれ シテ「はなしの種と云て別にはなひぞ ほうぜうと云てなにもない事を申す アト「あら面目もなや シテ「よふおりやつた   シテ アト共ニ狂言上下 こしおひ 扇さす 但シ長上下ニても 六 猪狸 アト「是ハ播磨の国かこの郡おざゝの里の代官で御ざる 此間山畑を何やら殊外あらしまする 鳥類畜類のわざの様にも見へませぬ いか様不審ニ存ルに仍テ今夜ハ自身参如何様者のわざぞ見届けふと存ル 急で参らふずる 是ハ散々の躰ぢや 如何様不審な事で御ざる 畜生ならば中々したゝかな物のわざと見へた 先是ニ待て様子をみまらせう 〔ト云テワキ座ニこしかけ〕 〔狸出テつつとくる時弓にておどす〕 アト「かつきめ シテ「はゝ〳〵 アト「なんのはゝ〳〵 おのれのかす事でハなひぞ シテ「猪狸で御座ル〳〵 アト「なんじや 畜類の物を云ハ 能々こうをへた物と見へた 其上猪狸とハなんとした事じやぞ 子細が有か シテ「中々 アト「左有らば急で語れ シテ「昔此播磨の国かこの郡に頭拾二角拾二有猪(イノシヽ)の住しが一声鳴ハ拾二声一振ふれバ拾弐ふり 其おとが峯(タニミネ)にひゞき渡り鳥類畜類迄もおぢおそるゝに仍テ獣の司(ツカサ)となり我等も其眷属として猪のいをかり今(イマノ)此山の主成ル故猪狸と申ス アト「子細を聞バ尤じや 夫ならバ迚の事に狸の腹皷を打と云 打テみせひ シテ「はゝ〳〵 アト「早ふうて シテ「はゝ〳〵 下 うちてやさしきものおふし いたやのあられ まど打雨の音 しやうご かつこ めうはち 皷 今の狸の腹皷 〔口伝〕  アトイロ「いかにや狸 能聞よ ころさん事ハいとやすけれど今の腹皷面白ければ先々命を助ルなり シテ「余りにうてバ夜も更行に名残の皷うたんとてミやうをすてゝぞ打たりけり 〔口伝〕   シテ出 立 ぢばん かるさん たぬきの面 昔ハけんとくに黒頭のよし   アト  〈うつほさる〉のシテの通り也 うつほハなし 但シ髭かくる 〔△シテ出様 まく少上出テ見渡して右の通はい出 又シテ柱のきわにて世見(ケン)み 扨アトの前へ何心なく行時おどされ飛帰りておわれて (シテ)「はゝ〳〵 ト云 △打様ひやうし 口伝 (シテ「)はゝ〳〵 腹斗打 左ノ手ノこう  左ノばち  右ひぢ      はら    はら ふは     はつ   は   は   ふは   はつ は   は  〔トノシヤ切り 口伝多シ〕 七 鹿狩 アト「是ハ此他りの僧で御座ル 山を越へ斎に参て唯今帰りまする シテ「〔橋懸リテ名乗〕罷出為ル者ハさこの三郎と申かりうどで御座ル 今日鹿狩いでうと存ル やあれへ殺生の門出(カトテ)に見ともなひやつが行 気毒な事じや 致シ様が有 のふ〳〵御坊 どれからどれへ御座る アト「山越て参まする シテ「身も参る お供申さう アト「いや見ますれば仁躰と見へました 私ハおつれにハ似合ませぬ こふ参まする シテ「のふ御坊 出家侍と云ていかにもにやうた物でおりヤル程に同道申さふ アト「いや身共ハ急の者で御座ル程に先さきへ参りまする シテ「やい坊主 しかと道つれになるまひと云事か して是でも成まいか アト「あゝ申成ませう 〔〈悪坊〉の如弓ニておとす〕 シテ「少とそふもおりやるまひ 是ハざれ事じや さあ〳〵先へおりやれ アト「先おさきへ御座りませひ シテ「いや出家を供につるゝと云事ハなひ ひらに先へおりやれ アト「其義ならば参ませう シテ「こなたハ殊外ひふがよう見ゆる 定て魚鳥をもしたゝかに参ルと見へた アト「いや何が出家がなまぐさいくふ物で御座ルぞ シテ「でも其躰ハ精進物斗くているしゝあひではおりやらぬ アト「こなたにハむりな事を被仰まする もつたひない事 たべませぬ 〔トイツメテ(シテ「)是でもくわぬか と云〕 アト「あゝたべまする〳〵 〔シテ笑テ〕 シテ「そうであらふ 夫ならば定てお内義もあらう アト「扨々こなたハ最前から色々の(ナ)無理を被仰まする なんと女房を持てよい物で御座ルか 其様な〔ハ〕はかひの僧と云て出家の内でハ御座らぬ シテ「心((真))実おもちやらぬか 是でもおもちやらぬか 〔ト云テ又ヲトス〕 アト「たくさんに持ました〳〵 シテ「扨々よひ慰じや のふ〳〵最前から皆ざれ事で御座ル 誠にこなたハ見あけました殊勝な御出家ぢや 今からハ某をバ旦那ニして被下ひ アト「こなたさへならせらりやうならば一の旦那で御座りまする シテ「夫ハ祝着致ひた こうけいやく申からハ此世あの世迄頼まするぞ アト「中々 シテ「最早頼まするぞ アト「何事で御座ル シテ「此弓矢を持て被下ひ アト「安事で御座るが持様を存じませぬ シテ「夫ならバおしへませう 〔ヲシユル〕 アト「こうで御座ルか シテ「一段とよふおりやる アト「申扨旦那にならせられてハ過去(クハコ)帳に付まするお名ハ何と申まする シテ「身をおしりやらぬか 此山下で隠もなひさこの三郎とハ身が事でおりやる アト「やあ〳〵さこの三郎ぢや あゝけがらわしひ 扨々しらいで持た事かな(ジヤ) シテ「やいそこなやつ なぜに弓矢を捨たぞ アト「汝が殺生〔ノ〕道具をたつとひ出家が手にふれうはづがなひ シテ「して人か殺生をきらやるか 〔ヤい坊子((主)) 殺生をする事を仏のきらやるか トモ云〕 アト「おんでもない事 殺しやう ちうだう じやいん まふご おんじゆかひとて五戒の内で殺生ハ殊ニいましめておかれた シテ「いやおのれハあたまをまろめたれ共物ハ知らぬ 殺生せよ〳〵一時も殺生せざれば其身地獄へ矢のごとしと云時ハ如何程しても苦しうなひ アト「夫ハ心の殺生ぢや 物の命を取ル事でハなひ ひがくしやろんぎにまけずと今こそ口に出ルまゝに云 おのれはてたらば其むくいでしゝにうまれいでかなわぬ シテ「しゝをいてしゝにならば今坊主をいて出家にならう アト「いる事ハ成まい 胸に三尊の弥陀が有よ シテ「左有らバわツてみやう アト「今ハ云心の仏で躰ハ見へまひ。まてしばし。さくや吉野々山桜。木をわりて見よ 花の有かハと云哥のごとく。わつたりとも花ハなひぞ シテ「夫こそ目の前ニ有ル アト「どこに有ぞ 〔トイツメテ〕 シテ「是ハ鼻でハなひか アト「なんでもなひ事 とつとゝゆかしませ シテ「あら面目もおりなひ   シテ さこの三郎出立 大嶋の物 長上下 小サ刀 扇 物つき成頭巾 髭懸ル 弓矢持   アト 僧 但し出家シテニモスル むじのしめ 黒衣 けさ 角頭巾 珠数((ママ)) 八 恋聟 女「わらハヽ此他りの者で御座ル 内のと少ヅヽ云分ゐたしたれば暇をくれられて御座ル 此上ハぜひにおよばぬ(ズ) おや里へ帰ませう 申 内に御座りまするか アト「いやなんとしてきたぞ 女「めんぼくもない事で御座る 内のがひたとさゝをのふでゑひぐるひしられまするに仍テいけんのつよう申たれば暇をくれられて御座る アト「いや〳〵くるしうなひ 少も苦労にするなハ((ママ))あの様な男にそおふよりもにやわしひ事があらハかたづけてやらう あれにそうて一代くらうをせうより余所へゐてはんじやうしたがよひ 先内へはいつてかゝにもおふてなくさましませ シテ「是ハ此他りの者で御座ル 女共と申分のいたゐたればわゝしひやつで出て御座る 定て親里へならでハ参るまい 参て様子を見うと存ル 物もふ アト「誰で御座る シテ「いや私で御座りまする アト「なんとして御座つたぞ シテ「いや別の事でハ御座らぬ 女共ハ是へハ参ませぬか アト「いや〳〵此間ハ久しう見ゑませぬよ 〔此内ニ女ワキ座ノ方ヘ出テ舅をよび〕 女「申 かのはぢ知らずがきましたか アト「中々きた 爰へハそちハこぬと云たぞ シテ「申 今の物を云たハたれで御座る アト「いやあれハおごうが妹で御座る シテ「いや〳〵慥に姿もちらと見て御座ル あわせて被下ひ アト「あわせてくれひとハそなたハいとまをだしハめされぬか 身がしらぬふりをしていればよふ其つれな事いわしまするぞ もはやふつとあわせぬ とつとゝ帰らしませ 〔云合次第色々〕 シテ「夫ならばぜひに及ませぬ 身共ハすい狂故心がらと思へば思ひ切ても居まするがあのかなぼうしがかゝハ見へぬがどこへ居ぞと云てなげくを不便((憫))とおもわせられぬか 〔ト云テ鳴〕 女「あの通りなげかるゝを見てあわずにハ成〔マス〕まひ アト「是ハいかな事 そちもきらうかと思へばそのつれな事を云 〔舅ト女ト物云内シテそろり〳〵とよりてしうとのうしろより女能見て〕 シテ「女共よい時分ぢや かなぼうしが尋ル 早うこい 〔舅きらう 又聟の方へ云内女より色々云合次第 云合〕 なふ舅殿 一度くれた女房をもどすまひと云 つれてゐてみせう アト「やる事でハなひぞ シテ「なんのつれていかひでは アト「こりや なんとするぞ シテ「なんとするとハ 〔ト云テ舅ヲこかし〈水掛聟〉のごとくにとむる 聟ハはいる 女立帰り(女「)とゝさま頓テ氏神祭にハきませうぞや ト云テはいル 舅立あがり(アト「)親を此様にする者(ヤツ)を誰がよぼうぞ △此トメノるい多し 何も同前   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   舅 熨斗目 長上下 小サ刀 扇   女 薄((箔))ノ物 さけ帯 びなん 九 口真似聟 〔前〈二人袴〉同意 シテからい御酒テ御座ルの青梅の抔ト云事ヲ云 親立テ橋掛へ行シテヲ呼ンデしかる (ヲヤ「)某が口まねせい ト云 其内舅の方より太郎官者を使におこす〕 ヲヤ「心得ました 〔ト云テ舅ノ前ヘ出ル〕 少用が御座ツて表へまいツて御座る 〔シテ其通りヲ云〕 シウト「いや太郎冠者 此所の大法で御座ル程に小舞を舞せられいといへ ヲヤ「いやあれハ不調法に御座る 〔シテ其通り云〕 おのれが事じやハひやひ 〔シテ其通りヲ云〕 是ハいかな事 なんとした物で有う 〔ト云テ橋掛りニテシテヲ呼テ〕 おのれハ終に舞をもふたを見ぬに仍テ不調法なと云ハおのれが事じやハひやひ シテ「心得ました 〔ト云テ舅ヲまねき今の通りヲ云〕 シウト「何事をおしやるぞ ヲヤ「扨々どんな者をつれて参て私迄面目も御座らぬ 〔シテ其通りヲ云〕 おのれハまだぬかすか 〔シテ其通りヲ云〕 にくいやつの 立おれ もハや某が口まねおばやめぬか シテ「心得ました 〔ト云テ舅ヲ今通ニスル〕 シウト「扨々是ハ迷惑な事で御座ル ヲヤ「是ハお耳がいたミませう 御免被成ひ 〔シテ同断 万事皆〈口真似〉同断 後おいこミ〕   シテ出立 段のしめ きなかし    親 但し兄ニもスル 袴斗   舅出立 常ノ通    太郎冠者 常ノ通 拾 鶯聟 〔万事〈音曲むこ〉同前 をしへての方ヘ行 習事も同前 音曲のまねする所をほうほけきやうとうくいすのまねをする〕 〔大むかし中むかし当世やうを云テ〕 (ヲシヘテ)「わこりよハ前方鶯を数寄てこうたか今にかわしますか シテ「中々今においてかいまする ヲシヘテ「夫ならハさつと済た 〔しうとの前へ三あし出テ二あしもどりきりりとまわり下ニとうどいて三つひやうしを打テほうほけきやうとうくいすのまねをして夫より何成ともそなたの云たい事をおしやれ 是より〈音曲むこ〉同前 (シテ「)参る程にはや是しや 是からかのていをいたそう ほうほけきやう と云 太郎官者(「)殊外表テ鶯かさいづる いや是ハとれからの御出て御座る (シテ「)むこか参りて候 夫々御申候へ ほうほけきやう (太郎冠者)「扨ハ聟殿て御座るか 是より同前 先はし((ママ))跡はしりも有〕    シテ 舅 太郎官者 をしへて 出立常ノ通り 拾一 折紙聟  〔舅出名乗 太郎冠者ヲ喚出シ常ノ通り〕 シウト「今日ハ吉日なれば聟殿のわするはづで有たが俄にけふハこまいと云ておこされた程に何も用意するなと云付い 太郎「畏て御座る 〔常ノ通り〕 シテ「舅にいとしからるゝ花聟です けふハ日もよふ御座るに仍て聟入を致すはずで兼て約束を致して御座れ共参るまいと申遣して御座れども去ながら日もよふ御座り其上しきりに参たひ心に成て御座る程に女共を呼出し談合致そうと存ル なふ〳〵おりやるか 〔女出ル シカ〳〵〕 そなたを呼出すも別の事でもなひ 俄ニ舅殿の方へしきりに行たひ程に行ふと思ふが何と有ふぞ 女「最前とめて被遣た程に先けふハ御無用に被成ませひ シテ「どふ有ても行たい程に支度をさしませ 女「夫ならば参ませう 〔道行〕 シテ「身共がいたらばよろこばるゝであらう 女「何が扨およろび被成ませう シテ「定て 女「なんで御座る シテ「もらう物ハ 女「扨ハ御引の事で御座るか シテ「中々其引手((出))物の事よ 女「夫ハおんでもない事 でまするとも シテ「夫さへあれば何よりじや 女「申あれゑ御座つてさもしひ事を被仰まするな シテ「心得ておりやる 女「参る程に是で御座る こなたのお出の通りを申ませう 夫にまたせられひ 太郎冠者〳〵 太郎「誰で御座る 同「おごうさまで御座るか 女「何ととゝ様ハお宿〔ニ〕か 太郎「中々 女「申とゝさま参ました シウト「おごうおりやつたか 何と思ふておりやつたぞ 女「内のか参られました シウト「なんぢや聟殿がわせた 女「中々 シウト「けふハこまひと云ておこされたか 女「俄に思ひ立て参られました シウト「どこに居らるゝぞ 女「表に御座りまする シウト「太郎冠者お通り被成いといゑ 太郎「畏て御座る 〔ト云テ夫より聟へ其通りヲ云 シカ〳〵〕 シテ「不案内に御座る シウト「不知案内に御座る シテ「今日ハ参まひと存て御座共((ママ))日がよふ御座ルに仍テ俄に思ひ立てまいりまして御座ル シウト「内々待まする所に今日のお出祝着に存まする 太郎官者お盃を出せ 太郎「畏て御座る 〔舅呑聟へさす 聟請テ呑 盃ヲ下ニ置テ立 女ヲまねき女立テ〕 女「何事で御座る シテ「引出物ハ 女「追付出ませう シテ「はやうださしやる様にいわしませ 女「心得ました シテ「是をばこなたへ進しませう シウト「いたゞきませふ シテ「申私ハ物覚のどんな者で御座ル 是をこういたそうのやらうのなどゝ申事も時が過ま((ママ))まするとかならず失念致しまする シウト「私なども左様で御座る シテ「とかくやる物ハはやうやツてしもふたがよふ御座る シテ「扨私ハもはや帰りまする シウト「今日ハ始て御座つた程にゆるりと咄して帰らせられひ シテ「いや〳〵もはやかへりまする 是々立々しませ 女「心得ました 先お立被成ひ シウト「とかく御座りまするか よふ御座た 更ば〳〵 同「なふおごふ 聟殿ハもちつといられいで残多ひ 夫に就引出物に某の重代の太刀をおませふと思へ共殊外そんじたに仍小((黄))金作りにして進上と思ふて細工殿へやつて置たがまた出来合ぬ 先此折紙をわたしてくれさしませ 出来次第跡から遣ハそう程によいよふに云てくれひ 女「是ハ忝ふ御座りまする 定てよろこばれませう わらハも戻りまする シウト「又重ておりやれ 女「心得ました 申々なぜに早ふ立せられたぞ シテ「おのれハにくひやつじや 某をおめ〳〵とだましたな 女「是ハ何事を被仰るゝぞ シテ「おのれ引出物が出ルの何のかのとぬかしてほしうもなひ酒を呑た 酒ヲ出さずと先引出物を先へ出したがよひ あのやうなしわひ舅が何の役に立物じや おのれも親に逢うが嬉しさにだましてうせをツた しよせんおのれが様なやつハしようが有 〔ト云テタヽク〕 女「なふかなしや〳〵 こちの様子もしらいで余りきのミぢかい 此折紙を見せたらバ悦せられうと思ふたに様子を聞もせひで此様にちやうちやくをなさるゝ 迚の事にいとまを被下ひ シテ「何じや 折紙とハ何の事じや 女「様子ハわざと云ませぬ シテ「先其折紙とやらを見せて呉ひ 女「様子を云まいとハ思へ共云て聞せう 〔ト云テ前の通ヲ云〕 もはや此折紙を何にせうぞ とゝさまへもどしまする シテ「是々夫をもどしてよい物か こちへおこさしませ 女「何と被仰ても渡す事は成ませぬ とかくいとまを被下ひ シテ「是手を合する程にかんにんしておくりやれ 女「ふつつりと聞まひとハ思へ共男の手を合せらるゝ程に夫ならばいとまをもとりますまひ シテ「夫ハ近比大慶な 此よろこびに目出度う和哥を上テ帰らふ 女「一段とよふ御座らふ 〔謡〕 シテ「女房よ〳〵 思ふ中のいさかひハ今に始ぬ事ぞかし よしゆるせ女房と手に手を合せ中なをり おもゑハ〳〵此折紙ハ〳〵むすぶの神にておはすらん  拾二 無縁聟〔〈銀三郎〉トモ云〕 シウト「大果報の者デ御座ル 先召仕ふ者を喚出シて申付ル事が有 太郎官者居るかやひ 太郎「はあ シウト「いたか 太郎「お前に シウト「汝を喚出ス事別の事でもなひ けふハ最上吉日なれば聟殿のわせふと有ル 表をも掃除をさせうず 又聟殿のわせたらばこなたへ申せ 太郎「畏て御座ル シテ「是ハあさ夕舅にいとしからるゝ花聟で御座る けふハ最上吉日なれば聟入をいたそうと存じて罷出た 聟入にハ習気様躰が数多有と申 某ハ何も存ぜぬ 爰に誰殿と申て某にお目被下さるゝ御方が御座ル 是が万能にたつした人で御座る程にあれへ参て習ふて参らふと存て罷出た 急で参らふずる 何とお宿に御座らふか御座るまひかしらぬ事じや お宿に御座ればよひが いや参る程に是じや 先案内をこをう 物もふ お宿に御ざりまするか ヲシヘテ「表で物もふと有ル 案内とハ誰じや シテ「物もう ヲシヘテ「物まふとハ いやそなたか シテ「中々 私で御座りまする ヲシヘテ「わごりよならばつつかけてはいりたひ物でハなひか シテ「いや御内客も御座らふかと存ましてひかへまして御座る ヲシヘテ「よひふんべつでおりやる してわごりよハどれへぞゆくか シテ「扨ハはやこなたのお目にも左様に見へまするか ヲシヘテ「中々 シテ「夫ならばざつとすんで御座ル ヲシヘテ「すんだとハ シテ「其事で御座る けふハ日がよふ御座るに仍て舅の所へ参りまする ヲシヘテ「扨ハ聟入をさしますか シテ「中々 ヲシヘテ「夫ならバ前方にしらしもせいで 何ぞ用にたとう物を シテ「夫ハ忝ふ御座りまする 夫に就テ参ました ヲシヘテ「何事じや シテ「聟入にハ習気様躰が数多有ルと申まする 御存知のごとく某ハ勝て無調法に御座ル 又こなたハさい〳〵聟入を被成てよう御存じで御座らふ程に何ぞならふて参らふと存て参ました ヲシヘテ「わごりよハむさとした事を云 いつ某が其ごとく細々聟入をした事が有ぞ(ヲリヤル) シテ「しても見まらすればせつ〳〵御座りまするハ ヲシヘテ「夫ハあひの行見舞と云物ぢや シテ「扨ハ御座ルたびハ聟入でハ御座りませぬか ヲシヘテ「中々 シテ「まだ御座りまする ヲシヘテ「何事ぢや シテ「御無心ながら此度の事で御座りまする程にこなたにも私と御出被成て被下ませうならバ忝のふ御ざりませう ヲシヘテ「けふハ隙がいれどもわごりよが其ように云程におもてまでゆこうまでひ シテ「夫ハ忝ふ御座りまする さらバこう御座りませひ ヲシヘテ「わごりよゆかしませ シテ「夫ならば私が参りませうか ヲシヘテ「中々先へゆかしませ シテ「申こなたのお出被成て此様な嬉しひ事ハ御座りませぬ ヲシヘテ「其通りぢや シテ「もので御座りまする ヲシヘテ「何事じや シテ「人と申者ハおごりのつく物で御座ル か様に被成て被下るれば我が物とてようでみとふ御ざる ヲシヘテ「そう云ハみ共を内の者にしてようでみたひと云事か シテ「いや夫ハもつたひなひ 左様の事ハ存ませぬ ヲシヘテ「いやくるしうなひ程に某を内の者にしてよべ シテ「左様に致ませうか ヲシヘテ「中々ゆるす シテ「夫ならバおゆるし被成ませひ 申誰様とハ被申ますまひ ヲシヘテ「誠にそう云てハよばれまひ わごりよ何とぞ名を付てよべ シテ「物といたしませう 私親が使ました者の名が御座りまする 是に致ませふ ヲシヘテ「何と シテ「銀三郎と申ました ヲシヘテ「一段とよからう それにしてよべ シテ「おゆるし被成ませひ 〔〈しとう方角〉のことくにしてはしがゝりへ行〕 シテ「最早是ぢや 案内をこおう 物まふ 太郎「表に物もふと有ル 物もふとハ誰ぢや 是ハどれから御出被成ました シテ「聟がまいつたとおしやれ 太郎「心得ました 〔ト云テ〕 申聟殿のお出被成ました シウト「舅表におもてに((ママ))おりまする こうお通り被成ませひと申せ 太郎「畏て御座る 舅申(※ )まする〔※ヲモテニヲリマスル〕お通り被成ひと被申まする シテ「こうとうろうか 〔ト云テふたいへ出テ〕 無案内ニ御座る シウト「よふこそ御出被成たれ 太郎「申聟殿ハおもてに御座ります シテ「いやあれハ聟では御座りませぬ 家来で御座ル 太郎「いや身どもが見しつておりまする 聟殿で御座る シウト「夫ならば御出被成ませひと申せ シテ「いや〳〵み共がつれて参ませう 申こなたに御出被成れいと申まする ヲシヘテ「身共が何とでらるゝ物ぞ 〔口伝有 太郎官者ヲ使ニしてむりにおしへテヲ聟じやト云テ出ス〕 シウト「はて扨よふお出被成ました 太郎官者お盃をたしませひ 〔盃をして舅へ盃ヲかへツテ舅(「)今の物を ト云 太郎官者(「)心得ました ト云テちいさ刀をやる 扨おしへていたゞいていとまを云テ帰ル ふたいへ出ス口伝色々有リ シテハはしかゝりにいる〕 ヲシヘテ「なふうれしや 思ひの外仕合を致した シテ「申先今日ハお影で忝ふ御座りまする 夫を(ハ)此方へ被下ひ ヲシヘテ「なんと身共が貰ふた物をわごりよにやらふか シテ「是ハいかな事 聟ハ某ぢや程にぜひ共おこさせられい 〔ヤルまいやろふと云テむりにシテがとる おいこミ〕   シテ  のしめ 狂言袴 かけすわふ おりゑほし つと樽棒ニ付テ持出ル   アト のしめ 長上下 小サ刀 扇   舅 のしめ すわふ上下 折ゑほし 小サ刀 扇   太郎官者 嶋の物 狂言上下 こしおひ 扇 同 銀三郎 〔 〈無縁聟〉ト同事也 銀三郎狂言ハ長門ノ江山氏ヨリ来ル〕 (シテ)「是ハ此他りて人の御存知の者で御座る 今日ハさいじやう吉日なれバ聟入を仕らふと存て罷出た さりながら爰に銀三郎殿と申て某に別してお目下さるゝお方が御座る 何成共用の事が有うならバ云ておこせといわれたに仍テ先あれへ参てたそ一人かりて是をもたせて参らふと存る なんと内にいらりやうかしらぬまで いや参る程に是ぢや 物もふ 銀三郎殿内に御座るか (銀三郎)「いや表にものもふが有 案内とハたそ 物もふとハたれぢや いやそなたか (シテ)「あゝ私て御座る 「扨々そなたならバ案内ものふ内へ入たい物でハないか (シテ)「もしおきやくでも御ざるかと存で((ママ))ゑんりよ仕りました (銀三郎)「してけふハ又いつもよりきらびやかな躰ぢやがとれへおりやるぞ (シテ)「夫ならバ追付申ませう 今日ハ最上吉日なれハむこ入を致さうと存て参て御座る (銀三郎)「夫としつたならバ何ぞ一約((役))にたとう物を (シテ)「申夫に就てこなたに御無心が御座りまする (銀三郎)「何事でばしおぢやるそ (シテ)「別の事でハ御座らぬか御らふしらるゝごとく自身此樽を持て参れハ何とやら見くるしう御座る程にたそ人を一人おかし被成ませ (銀三郎)「安事 聞てみう 夫におまちやれ (シテ)「心得ました (銀三郎)「やい〳〵誰もいぬか (銀三郎)「やあ〳〵 じやあ 扨々きのどくな事ぢや のふ〳〵折節けふハほう〴〵ゑいて誰もおらぬがなんとした物てあらう (シテ)「やあらこなたにハ聞へませぬ 何成共そちが用の事をバ聞てやらうと仰られなんだか (銀三郎)「中々聞てやらうと云たが誰もおらぬに仍テ何共気毒な事ぢや (シテ)「こなたにハ今におようで其様な事を云物で御座ルか (銀三郎)「扨々そなたハ腹をお立やる (シテ)「腹を立ませいでハ (銀三郎)「よふおりやる 慈((是))非におよばぬ それならバ身共か持て行ふ (シテ)「扨々もつたひなひ なにがこなたに持せらるゝ物で御座ルぞ (銀三郎)「ちつともくるしうない程に身共かもとう (シテ)「左様に仰らるゝ程に両((慮))外ながら持て被下い (銀三郎)「何が扨もたいでハ (シテ)「さあ〳〵先こなた御座りませ (銀三郎)「どこの者がけらいか先へたつ物ぢやぞ そなた先へおりやれ (シテ)「夫ならハ私が先ゑ参ませう さあ〳〵御座れ〳〵 (銀三郎)「扨々其様にいんぎんに云て成物か 成程おうへいお申しやれ (シテ)「夫ならバよふでみませう 〔〈しとう方角〉のことく〕 銀三郎こいやい (銀三郎)「は 参りまする (シテ)「はあゆるさせられませう (銀三郎)「いや其様に云て成物か をしきつてよばしませ (シテ)「誠に男の心と大仏の柱ハふとうてもふとかれと申す しやてんはちよふて見ませう 銀三郎こいやい (銀三郎)「参りまする (シテ)「申ゆるさせられい (銀三郎)「何が扨ちつともくるしうない事じや (シテ)「いや参ル程に是で御座る こなたハ夫に御座つて被下ませ 私が参ませう 物もふ 案内もう (太郎冠者)「いや表に物もふと有 案内とハたそ 是ハとれから御座りました (シテ)「なんとしうと殿ハ内にか (太郎冠者「)扨ハむこ殿て御座ルか (シテ)「其様な物ておりやる (太郎冠者)「其通りを申ませう 夫にお待被成ませう (シテ)「ともかくも (太郎冠者)「申聟殿の御座りました (舅)「なんぢや 聟殿の御座つた 是へとをらせられいといへ (太郎冠者)「畏て御座る 申しうと申まする 是へお通り被成ませうと申まする (シテ)「そなたハ是のか (太郎冠者)「中々 (舅)「ちとあちへいらい (太郎冠者)「畏て御座る (シテ)「不案内に御座る (舅)「ふち案内て御座る (シテ)「申とうから参ませうがなんのかのと申ておそなわりまして御座る 其所をハたゞおごうにめんして被下い (舅)「やい太郎官者 あれハ聟でハ有まいか たそお若い衆のなぶつておこいた物て有う (太郎冠者)「申表に見馴ぬ人が御座つて御座るがあれがむことのでハ御座りますまいか (舅)「はて扨それが聟殿て参う(アラウ) 早う是へ御座れといへ (太郎冠者)「申こなたハ聟殿て御座らう はよふ是へ御座りませふ (銀三郎)「いや〳〵私ハ聟てハ御座らぬ (太郎冠者)「いや左様てハ御座らぬ 是非共あれへ御通り被成い 〔太郎トしうと二人きて引立ル〕 (舅)「扨々よふこそ御座つたれ やいそこな者 お盃をたせ (太郎冠者)「畏て御座る 〔盃ヲたす〕 シテ「是ハいかな事 某が聟じやがなんとした物て有ふ どうでも盃をせねはならぬ 〔しかた色々有 銀三郎かひかへたるさかつきをうしろから取テのんてさかもりする〕 (舅「)申聟殿 此太刀ハこなたの御座らぬさきよりもこしらへ置ました 是を進上仕る (銀三郎)「是ハ近比忝ない事で御座る 夫ならバ此お肴ても一ツのミませう 〔ト云テ盃過テしうとへ返し 常ノ通〕 (舅)「申こなたハ夫ニ御御((ママ))座れ 私ハ勝手へ参まする 夫に緩りと御座れ (銀三郎)「某におかまい被成まするな 是ハいかな事 扨々嬉敷事かな シテ「のふ〳〵そなたハきが違ふたか 某か聟でおりやる 殊ニ又其太刀ハ身共のぢや程ニこちへをこさしませ (銀三郎)「やあらわこりよハきこへぬ者じや 此太刀ハしうと殿がしきにおくりやつたに仍テならぬ シテ「ならぬと云てもとらねばおかぬ 〔ト云テむりニ太刀をとる〕 キン三郎「是ハ やい〳〵やるまいぞ〳〵 〔シテ キン三郎 しうと 太郎官者〕 拾三 岩橋聟 シテ「是ハ人にゐとしからるゝ花聟です 某妻を求て三十日におよべども今におひてかづきを取ませぬ 余り不審に御座ル程になこふどを被成たお方が御座る 是へ参て様子を尋うと存て罷出た 先急で参らふずる 〔道行常ノ通云テ案内ヲ乞〕 さて唯今まいるも別の事でも御座らぬ こなたにも御存のやうに女共を呼まして最早三十日になりまする ヲシヘテ「中々其通りぢや シテ「夫ニ就少不審な事が御座りまする ヲシヘテ「いか様な事でおりやるぞ シテ「別の事でも御座りませぬ かづきをとれと申ますれ共今において取ませぬ 定而こなたにハ様子を御存で御座らふに仍テ尋ふと存て参りまして御座る ヲシヘテ「何とおしやる かづきをとらぬ シテ「中々 ヲシヘテ「扨々夫ハ合点のゆかぬ事ぢや そなたハ何ぞ気ニ入ぬ事などを云ハせぬか シテ「側(ソバ)へも寄ませぬ ヲシヘテ「是々別に某の思ひよりもなひがそなたのお内義ハ日比和哥の道に心をよせて哥ずきでおりやる程に何ぞおもしろひ哥をよましましたらば其まゝかづきをとるであらうぞ シテ「何と仰られまする(ルヽゾ)  私の女共ハ内々和哥の道に心をよせて哥ずきじやと被仰か ヲシヘテ「中々 シテ「夫なれバ重々((ママ))な事が御座る 私のよひ哥を一二首覚ておりまする程によミましたならバとりませうかいの ヲシヘテ「おんでもなひ とるとも シテ「夫ならばこふ参りまする ヲシヘテ「おりやるか シテ「中々 二人「左落葉((さ ら ば))〳〵  シテ「なふ〳〵うれしや 惣じて物を案しう((ママ))物でハ御座らぬ あのお方に尋て御座れば早速埒があひて御座ル 先急で罷帰 幸某がよひ哥を覚ていまする程ニあの哥をよミまして御座らふならバかづきをとらんと申事ハ御座ルまひ 〔ト云テ橋懸りへ行 まくの方向テ〕 なふ〳〵いさしますか 女「わらハをよばせらるゝハ何の御用で御座ルか シテ「云たひ事が有 先こふ通しませ 女「夫ハ如何様な事で御座りまするか シテ「別の事でもなひ そなたと身共と夫婦になつてもはや三十日になる 今において其ごとくかづきをとらしませぬニ仍テ余りふしんニ存去ルお方へ尋たればそちのお内義((ママ))ハ日比和哥の道に心をよせて殊外哥ずきぢや程に某に哥をよめ哥をよふだならバ定てかづきをとらしませうと被仰た そなたの気ニ入うかわしらね共一首よもふ程にかづきを取てくれさしませうか 女「なふ〳〵何と被仰るゝ わらハが哥ずきちやに仍テ哥をよもふ程ニかづきをとれと被仰るゝか シテ「中々 女「夫ハうれしい事で御座ル 早うよふで聞して被下ひ シテ「よめ 〔ト云 うなづく シテ笑ひ〕 扨々そなたの哥ずき((ママ))云((ママ))事を今迄しらいで残念な 早うよふで聞せふ こふもおりやらふか 女「何とで御御((ママ))座りまする シテ「葛城や人めを包ム神だにも夜ハあらハれ給ふ習ぞ さあ〳〵とらしませ 〔ト云テとりつく〕 女「先またせられひ 扨も〳〵面白い哥で御座りまする 今一ツよませられい シテ「まだよめ 夫ハ無利((理))でおりやる もふゆるして被下ひ 〔かふりふる〕 とかくよめぢや迄い 夫ならバ此度よふだならばかならずとらしませいや 女「いつがいつ迄かづいていませふぞ 取ませふ共 シテ「何とよもふぞの こふもおりやらふか 女「何とで御座ルか シテ「岩橋の末とをるべき中ならば何に対面いやと云べき 〔(女「)なふ〳〵いとしの人や と云てかづきとる シテおとを見きもをつぶし (「)前の通りにかづきをきていさしませ と云 (女「)夫ハお情ない事 ト云テとりつく シテいやがる にげる 姫おいこミ〕   シテ出立 段のしめ 長上下 小サ刀 扇    アト出立 シテ同前   女  はくの物 さげ帯 かつらはねもとゆひ 但しひなんニても かつぎはく 乙面 拾四 右流左死 シテ「是ハ西国方ニ住居致者テ御座ル 某訴訟の事有りて永々在京致す所にあんどのみぎやうしよをいたゞき其上新地を拝領仕り思ひのまゝの仕合にて本国へ罷下ル か様の仕合も在京の内清水へ日参申て御座ル 其御利生にて御座らふずると存ル 御礼の為観音へ参扨本国へ下ふと存ル 〔道行〕 清水の観世音ハげんぶつしやと聞て御座れ共是程あらたに有ふとハ存ぜなんだ 参ル程にお前じや 〔下ニイテヲカム内ニ女出テ名乗〕 女「わらハヽ都に住者で御座ル 思ふ子細が御座つて清水へ毎日参まする けふも参らふとおもひまする 〔小廻しても又橋掛ニて名乗すくニモ〕 かくれもなひお観音で御座る程に思ふ諸願ハ叶はふと思ひまする 程なふお前で御座ル 〔ト云テヲカムヲ男ミテ立のいて〕 シテ「扨も〳〵よい女かな 在京の内にあれ程な女を見た事がなひ 少と詞を掛テみう 〔ト云テ下ニイテ〕 申々 女「わらハが事で御座ルか シテ「れうじな申事で御座るが都人で御座ルか 田舎人とハ見へぬ 都にてハどこ許に御座ル 女「のふけうこつや どこに居ようとかまふてのやうハ シテ「いや少申たひ事が御座る 女「してこなたハどこの人ぞ シテ「身共ハ西国の者で御座ルが訴訟の事有て永々在京致いたが訴訟悉ク叶ひあんどのみぎやうしよをいたゞき国元へ罷下ルがはづかしい申事なれども未妻を持まらせぬ しぜん旁々も妻((夫))なふて左様の望にて是へ参らせられたらバ妻にかたらいたいと存て詞をかけ事((ママ))で御座ル 女「なふうつきやうや そなたの様な男を何にせふぞ 其様な事ハ聞たふもおりなひ シテ「やあらそなたハ聞へぬ事を云人じや 浮世の習でよひ男にもわるひ男にもそわひで叶わぬ物ぢや程に此上ハ是非共そひませう 女「なふうるさや 其様な事ハ聞もいやで御座ル シテ「是ハ言語同断もつたひなひお詞かな かならず今よりしてハうるさしと云事ハ仰られな ふきつな詞で御座ルぞ 女「うるさしと云詞ハふきつなと云子細がおりやるか シテ「中々子細が御座る 云て聞しませう 〔語〕 忝も延喜の御門の臣下に時平のおとゞ 菅丞相 そつ大納言(帥ノ何某) 是三人帝の御前へ参給ふ時時平の大臣ハさき菅丞相ハ中そつ大納言ハ跡に立給ふが菅丞相よにこへ御せひひきく御座有たるにより跡と先とハたかふして中ひきく候間しへいのおとゞ云((立))とまりて大納言殿と目とめを見合中のひくきを皷にたとへじよこ(如皷)と仰られてどつと御笑ひ被成候所に菅丞相世にこへりこん第一の御方なればじよことハ皷の事中ひくき所をおつ取てりやうちやうめんをうつと被仰てから〳〵とおわらひ候へば御両人ハ左右の御まなこにかどをたてりやうちやうめんをうつとハ跡さきとのつらをうつとて大きにいかり給ふ 夫より御両人ハ帝へ参給ひて菅丞相の御事をさま〳〵数をつらねなき事を奏し給ふ 帝ハ何となくうるさしと御りんげん被成ば此詞を心得給わず文字にうつして御覧じければうるさしのうハみぎ るハながす さわひだり しわとゞまる 其時菅丞相ハ右の大臣とやらんにてましませば菅丞相を流し申されおんるの身と成給ふ くなふにたへかね高き山ニあがり天にむかひ凡((ママ))天帝釈にきらくのほんいを御きせひ候所に天より巻物ふりくだり南無天満大自在天神と御くわんをなされたちまちなるいかつちとなつて都に登りざんさうの御方をもたいらげさま〳〵のたゝりましまして今都のあるじといわゝれ給ふなり。菅丞相も右流左死の御一言にてうき事にあハせられて候ぞ。かまいて〳〵是より以後ハうるさしと云事ハ仰候な 女「扨ハうるさしと申事ハ哥ざうしにもなき事にて候か シテ「中々哥ざうしにも候ましいぞ 女「扨ハ伊勢物語にも候ましいよな シテ「是ハ思ひもよらぬ事を御申有 其伊勢物語と申ハ仁((ママ))王五十一代平城天皇第三の王子阿房親王の御子在原の〔中将〕業平好色(コウシヨク)人にすぐれゑいぐわ身に余りたる事をかきあつめて伊勢物語とこうしたる物にて候間中々夫にも候まじいぞ 女「旁々ハ何もおしりないと見へた おききやれ むさしあぶミさすがにかけてたのむにぞとハぬもつらしとうもうるさしと有時ハないとハ申されまいぞ シテ「先おまちやれ 〔ト云テ脇へのき此哥でほうどつまつたと云テ口おしがり扨女のハきへ寄テ大きに口をあいてみする時〕 女「何とうるさしの有ルないの返答ハなふて大きに口あいておミしやルハ何とした事ぞ シテ「其事ちや((「や」に濁点)) 身共ハ西国に隠もないしわら((ママ))の藤兵衛と申者じやが旁々に参あいて哥物語ニ詰られて口をあかなんだと人ニわらハれむも口をしさに口をあいて御座ル 是よりこなたの哥のお弟子成((ママ))申さふ 女「そなたの様な人を弟子ニ取とふもおりなひ シテ「夫ハ余りつれなひ 身共ハぜひ師匠ニ頼申そふ 惣而師匠ハあがむる物ぢや こなたへ御座れ おふてまいらう 〔ト云テ女ヲ男おうて入ル〕   シテ 男 のしめ 長上下 小サ刀 扇 但し狂言上下腰帯ニてもよし 狂言上下ニても小サ刀ハさす     アト女 はくの物 さけおひ ひなん  〔正本の名乗ハしわくの藤兵衛と申者テ御座ルト有ル〕 拾五 手負山賊 シテ「某ハ此他りで隠もなひ山立で御座る 誠に若キ時分より親の異見をも聞入ず 唯明暮此年迄有度まゝに身を持勿論商売も覚ぬ故此海道に出山立を致し渡世を送る けふも是に待ていて何者でも通れかし 丸はぎにしてくれうと存ル まづ是にしのんでいよう アト「罷出為((たる))者ハ東国方の者で御座る 某都を見物致さぬ 此度思ひ立爰かしこを見物致し夫より西国修行致さうと存る 先急で参らふ やれ〳〵皆の仰らるゝハ若ひ時旅をせねば老て後物語がなひと被仰るゝに仍テ俄に思ひ立て御座る やあ何角と云内に爰ハどこじや 何と美濃の国じや 是ハはや日も暮かゝる 最早伯((泊))りたひが此他りに宿もなし 今少参たらバ伯((泊))りが御座らふ 片時も早ク参らう シテ「やあ是え坊主がきた はひでくれう やい〳〵おのれやる事でハなひぞ 其おのれがきてゐる物をも路銀も皆おこせ アト「夫ハ何ともめいわくで御座る 私ハ貧僧でなにも持ませぬ 道々鉢を開いて通りまする ゆるして被下い シテ「ゐや〳〵少成共金銀のなひ事ハ有まい 是悲((非))無ハ是へきてゐる物をぬいでおこせ アト「夫ハ何共きのどくで御座る 出家の事で御座る 慈非((悲))にも成ませう かんにんして被下ひ シテ「どうでもゆるす事ハならぬ 先其衣からぬいでおこせ おこさぬと此長刀にて打切テくれふぞ アト「あゝあぶなふ御座る 進せましよ〳〵 〔ト云テ衣ヲぬいてやる〕 さらバとらせられひ シテ「とらいでならうか アト「扨も〳〵めいわくな事で御座る 何と致さう やあとかくだますに手なしで御座る か様の処ではまうご((妄語))申てもくるしうなひ まうご申たばかつて是に剃刀を持合ました すきまを見て切てくれふと存ル 申々私ハ出家の何もなひ者で御座る きてゐる物をぬひて進せてハ丸はだかに成まする ゆるして被下ひ 其御恩にハ私ハかたを打あんまを取事を得ていまする こなたにも定めてかたがつかへましよ程に肩(カタ)を打テ進せましよ シテ「何と云 肩を打テくれう アト「中々 シテ「夫ハよかろう いかにも肩がつかへてわるひ 見れバ貧そうそふな ゆるしてやらう さあ〳〵爰へよつてかたをうて アト「畏て御座る ゆるしてさゑ下さるゝならば夜ど((ママ))ともになりと打ましよ シテ「是へよつて早う打て 長刀も下におこう アト「よふ御座りましよ さらば打ます シテ「扨も〳〵そちハ上手じや よいきみぢやぞ〳〵 〔ト云テねむる内ニアトワキへのいて〕 アト「やあよい時分で御座る 此剃刀で笛をかいて此谷へつきおとしましよ こわ物じやが 〔ト云テぬき足をしてそばへよりて剃刀ニて切躰 口伝有り〕 のふ〳〵おそろしや〳〵 まんまとしすました 足をはかりに参らう 宿をとらう 是々爰をあけてたもれ 旅の出家じや 宿借ておくりやれ 女「誰じや こちの人は留守じやに仍て宿をかす事ハ成ませぬ アト「尤でおりやるがさりながら出家の事なり 殊に夜に入リテ行先もしらぬ 慈非((悲))にならう かしてたもれ 女「何と御出家か 夫ならバ留守成共借ませう こちへ通らせられひ さら〳〵〳〵 さあ通せられ アト「嬉しうこそ御座れ 先おちつきました ゆるりとくつろぎましよ 女「一(イツ)はんのこしらへて進上 ゆるりと御座れ アト「心得ました シテ「扨も〳〵坊主めにだまされた きつい事をしをつた事かな されども手もあさひ どうぞして宿へ帰らう 定て最早遥ににげおつたであらう にくい事かな いなれうか知らぬ きつういたむが はあうれしや よふ〳〵と是じや 女ども爰をあけい 帰つた 早うあけい〳〵 女「こちの人の戻られたそうな ざら〳〵〳〵 是ハどふした事ぞ 手をおふておりやツたか 相手ハ誰じやぞ〳〵 何者がしたぞ おしやれいの〳〵 シテ「先女共抱へて呉ひ 下にいたゐ 女「心得た 何と手ハいたむか〳〵 何とした事ぞ シテ「扨も〳〵ぶ仕合な事ぢや 坊主めにであつたがだまされた されども手ハあさひ しぬる事でハ有まい 気遣するな 女「いや〳〵しぜんの事があれハわるひ きとうにもなる 幸出家に宿借シテ奥間にじや 念仏をすゝめてもらいましよ のふ〳〵御出家 こちの人が手をおふて戻られました 念仏をすゝめて被下ひ アト「夫ハにか〳〵しひ事ぢや 出家の役で御座る 是で御座るが 南無阿弥陀仏〳〵 シテ「やい最前の坊主ハあれじや おのれやる事でハなひぞ 長刀をおこせ 女「扨ハあの坊主がしたか やるまいぞ アト「あゝかなしや 爰へ宿を取合さずハ のふかなしや〳〵 女「おのれ坊主め どこまでも追懸打殺してくれうぞ やらぬぞ〳〵 アト「やれ出合〳〵 かなしや〳〵 シテ「やるまいぞ〳〵 〔二人して出家を追込なり〕   シテ 山立 嶋の物 狂言袴括ル 腰帯 上ニ厚板つほ折 苧くず頭巾 髭懸テ 長刀   アト 僧 無地のしめ 衣 角頭巾 けさ じゆず 懐中に剃刀持テ出ル   女 薄((箔))ノ物 さけ帯 ひなん 拾六 受法 アト「是ハ此他りの者で御座ル 今日ハ遊山に参ふと存る 某一人でハいかゞで御座ル 何も御座るか 立衆「是に居まする アト「今日ハ花見に参らふと存るが何と御座らふぞ 立衆「一段とよふ御座らう アト「さあ〳〵御座れ 立衆「さらバお供申さふ 何もござれ 皆々「心得ました 立衆「先今日ハ心指てどれへ御座るぞ アト「兼て申た寺の花が今を盛で御座ル 其上庭ずきで色々物数寄をして置れ終日慰に成所で御座ル程にあれへ参らふ 立衆「中々参らふ 乍去あれハ堅ひ日連((蓮))宗で中々同行でなければ入ぬと申事を聞て御座ル程に能々聞定て御座つたらばよふ御座らふ アト「いや其段ハ身共次第に被成ひ 受法すると申せバ如何様成ル者でも祝((悦))で地((馳))走めさるゝと申事を聞て御座ルに仍テ左様に申て終日なくそふでよい時分にはづしまらせう 〔常の通り 道行云テ〕 いや参ル程ニはや是で御座ル 私の案内をこひませう 立衆「一段とよふ御座らふ アト「物もふ 案内もふ シテ「表ニ物もふと有ル 案内とハたそ アト「物もふ シテ「ものもうとハ誰で御座ルぞ アト「いや私で御座る シテ「是ハ何として御座つたぞ アト「別の事でハ御座らぬ 常々皆々後生一大事とねがいまするが諸宗にすぐれて御宗躰程有難事ハ御座りませに((ママ))仍て受法致て今日よりお旦那に成ませうと存て参て御座る シテ「是ハ寄((奇))特と心が付て御座ル 最早仏のうけさせられたと申物で御座ル 先こふとをらせられひ アト「心得まして御座る さあ〳〵何もとをらせられひ 皆々「心得て御座る アト「中々是ハ御庭の花が盛で御座る シテ「中々盛で御座る 先下に御座れ アト「心得まして御座る シテ「扨々よひ思ひ寄で受法被成た 誠に仏法ハ有難ひ事でハ御座らぬか 〔是よりシテハ仏法の事を云すゝめる アドあいさつそこ〳〵にしてにはをほめ酒をはじめたがる〕 アト「夫ハ後に緩々と承りませう シテ「先有難ひ事をとくと云て聞ませう 〔酒盛ニなり小謡小舞にもよの宗旨の文句を有難などゝ謡ひシテ(「)夫ハ成ませぬぞ と云テとむる 扨酒盛過テ皆々(「)帰らう と云〕 シテ「さらばお経をいたゞかせう 〔ト云テ持テ出ル〕 アト「いやそれハ重ていたゞきませう シテ「いや其様な無心((ママ))信((ママ))テなんと成物ぞ 受法しながら御経をいたゞかずにハしたかいが御座らぬ 〔ト云テ扨((ママ))後(シテ「)扨ハ花見ニきて某をなぶると見へた 当寺へ足ヲ入た者をば一人でも宗躰ニせねハならぬ と云テ追つき経にて尻をたゝく 少あたりてよし シテ(「)さあいたゞかせた もはやこちの宗旨じやぞ と云テ居ル アトハ(「)いたゞかぬ と云 (シテ「)なんと云テモ半分ハこちの宗躰じや ト云テおいこミなり〕   ▲シ テ出立 むしのしめ 衣 角ずきん じゆず 中けいけさ 経   ▲ア ト出立 のしめ 長上下 小サ刀 扇 こしかけのふた    ○立衆四五人出ル 出立同前 拾七 忠義  アト「是ハ当寺の住寺((持))で御座ル 某二三日も田舎へ参ふと存ル 夫ニ付新発意を喚出し留守の事を申付うと存ル なふ〳〵新発意おりやるか シテ「はあ某を呼せらるゝハ何事で御座ル アト「某ハ二三日の逗留で田舎へ行程によふ留守をさしませ シテ「畏て御座ル アト「又留守の内に旦那衆のわせたならばゆう迄ハなけれ共随分地((馳))走してかへさしませ シテ「心得て御座る アト「夫に付て身が〔初テ行に〕さかやきが殊の外はへて目にたつ 是でハ行れまい程にちよつとすつて呉さしませ シテ「お安ひぎで御座る 唯今かみそりをあわせてそつて上ませう アト「夫はともかくも早うすつて呉さしませ シテ「畏て御座る 〔ト云テ太皷座よりかミそり持て出シテ柱のきわニてとにてとぐまねをする〕 アト「のふ忠喜 シテ「はあ アト「身が留守の内花檀のそうじをもとき〴〵せふず 又草花をも手入をして呉さしませ シテ「心得まして御座る 〔ト云テかミそりとぎすましいきをほうとかけ手あわせをして〕 さあらバかミそりもあひまして御座ル程にそつて進せませう もませられませひ アト「心得た 〔ト云テ葛桶のふたを取よせつむりをもむまね〕 急でそつて呉さしませ 〔此間ニかミそりのゑへ竹づへをゆい付テすりかゝる〕 是ハ何事ぢや シテ「其事でおりやる(ゴザル)ハ 七尺さつて師のかげふまずと申事が御座るに依て夫でか様に致まする アト「夫ハ尤でおりやるが殊外あぶのふおりやる くるしうない事ぢや程に是へよつてそらしませ シテ「少もおきずかひ被成まするな そつともあぶのふハ御座りませぬ アト「夫ならばあぶのふないやうに随分念を入てそらしませ シテ「心得て御座る 謡 いで〳〵かミをそらんとて〳〵師のかげふまんと云事あれバ忠喜ハ七尺とびしさり髪剃づかをなが〳〵と取のばしおよびごしにぞそつたりける アト「師匠ハ是をよろこびて猶々それやよくそれやとていねむりすれば シテ「忠喜ハ師匠ハ((ママ))仰にしたがいまたかミそりを引よせて手合しながら前をうしろうしろを前へとさかぞりに鼻のさきをぞそつたりける アト「其時師匠ハきもをつぶしてたゞ((ママ))ずミければ忠喜ハ面目うしないてあそこや爰ニかゞみまわれば師匠ハ忠喜をとらゑんとおつかけぼつつめけるを一飛にとんで門前さしてにげ行ハせんかたなくてうらめしがほにて鼻をかゝへ〳〵て眠蔵さしてぞ入にける   シテ 出立 新発意 小嶋の物か又ハむしのしめか 狂言袴こしおひ へんてつ ごうしずきん     アト 住寺((持)) 白ねり袷又ハむしのしめ 衣 こうしずきん 上に角ずきんをかぶり出ル けさ 中けい さかやきする時けさとル 尤角ずきんをぬき下のこうしすきんはかりにてもむていをする   かミそり一てう と一ツ 竹つへ 布ノ小刻入ル 拾八 どちはくれ シテ「罷出たる者ハ此他りの出家で御座ル 爰に誰殿と申て旦那が御座ル 是〔エ〕ハ定〔テ〕斎ニ参 今日もまひらふと存ル所に誰殿より御斎を被下れうと有て人を被越て御座ル 是ハ又たまさかの義で御座る程に是へ参らふと存ル 〔常ノ通道行〕 又アト「いや御坊よふ御座りました 御出被成るゝかと存てせつかく待て居ましたれ共御出被成ぬに依てはやときを仕廻ました 此様な残多ぎハ御座りません シテ「いや少もくるしう御ざりません 先通りまして勤を致ませう 又アト「夫ハ忝ふ御座る お通り被成ませひ 〔通りて〈布施無経〉のことくあひさつ〕 シテ「是ハいかな事 たまさかのぎと存て参て御ざればお斎さゑ給ぬ 又誰殿ハ定斎の義で御座ル程に是ハ待て御座らふ あれへ参てお斎を被下れうと存ル 〔道行〕 いわれぬ 誰殿え先定斎の義で御座ル程に参ルはづて御座つた物を いわれぬ事を致て御座ル 〔案内常のごとく〕 アト「いや御坊様よふ御座りました 御出被成るゝかと存てせつかく待ましたれども余り日もたけまするに依てはや斎を仕廻まして近比残多御座ル シテ「いや少もくるしうない事て御座る お斎ハ被下て御座れ共せめて勤成共致ふと存て参ました アト「夫ハ近比忝ふ御座ル シテ「先通りませう 〔ト云テ入替り正面じゆずをすり経をよむ 扨しもうていとまこひして〕 シテ「是ハいかな事 誰殿で被下ぬに仍テ是へ参テたべうと存たればとつちもはぐれた お斎をたべぬハくるしう御座らぬがいつも十疋の布施物を被下るゝか今日ハわすれられたか 但しハくれまひと云事か 〔〈布施無経〉の云分同前也〕 致用((様))が有 御座りまするか アト「いや御坊様ハまだ帰らつしやれぬか シテ「いや帰りまするか私の申事斗り申ましてはたと失念致ました 内々隙ならば教化も申て聞せひと仰られたれ共私の事なればとやかくやと手透をゑませひで今迄おそなわつて御座ル 幸今日ハ隙で御座る程に申て聞せませうが何と御座らふぞ 〔こたへやう〈ふせない経〉同前〕 アト「かうお通り被成ひ 〔ト云テ通り下ニイテ〕 シテ「此方にハお若う御座れ共此様に仏檀を結構に被成るゝハきどくな事で御座ル 此様なお心入ハ此愚僧もおはづかしう御座ル 其上お身の上から申さふ 人間に生じても諸果報とハ旁々の事者〔マテ〕 先二親ハ堅固にして何のともしひ事もなし 則是が仏法の種にてましますぞ 其子細ハ唐土に廿四孝と申て親に孝々((行))成物を絵図に写し末世の手本とし其中にくわつきよ((郭巨))といつし者壱人残りたる母有り 壱人の子を持 けいくわいにん((計会人))し((ママ))の事なれば親を養バ子がうへに望む しよせん子を失ひ親をはごくまんとて大地を堀((掘))ければこがねのかまをほり出し富貴の身と成し也 か様の事を聞時ハ貧僧にハ布施をやり慈非((悲))を専とし給ふ 此世からの仏なり 一生ハ風の前のくも夢の間にさんじ安シ 三界ハ水の上のあわと云時ハ人間ハはかなひ物でハおりないか のふ申せバへたの長談義 けふの説法是迄なり ぐわんにしくどくふぎうを一切がとうよ衆生かいぐ成仏 先教化ハ是で仕廻ませう 又御隙の時分ハ寺へ参らせられい 〔是より〈布施無経〉のごとく〕  〔方便の以テとらふと云テけさをふところへ入〈布施無経〉のごとく仕廻同前也〕   シテ 出立 むしのしめ 衣 角すきん けさ じゆず ちうけい   アト二人共 のしめ 長上下 小サ刀 扇 拾九 昆布布施 アトテイ主「是ハ辺土に住居致者で御座ル 某存ル子細の有程に出家達を申入布施を致さふと存ル 御出家衆に五貫比丘尼に三貫 先高札をうとふと存ル シテ「是ハ此他りに住居致者で御座る 一日〳〵と暮いて早押詰て御座る となりにハ正月の拵してお小袖のなんのかのと云テ夥敷ひ(ウ)拵を被成るゝが某ハ年をとろふよふが御座らぬ 石で手を詰た様な事ぢや 又どこへ参て無心を申さふ様もなひ事ハ方々のかたをふさげたに仍テ何共ならぬ 先女共をよび出し談合致さふ 是のいさしますか 女「わらハを呼せらるゝハ何事で御座ル シテ「そなたを喚出スも別の事でなひ はやをしつめてあれ共年をとらふやうがなひ 何とした物であらふぞ 女「わらわゝこなたのどうも被成れうと思ふて居たれば夫ハ扨何と致さうぞ いつも〳〵扨にが〳〵敷ひ事で御座る どふぞして三ケ日の用意を被成るゝ事ハなりませぬか シテ「いやどうもならぬ わごりよ才覚さしませ 女「こなたさへ左様に仰らるゝにわらハが何として才覚致さふぞ どれへぞいて無心の云て成共年を取ル様に被成ひ シテ「最早旁々のかどをふさいたに仍テどこへ無心いわうやうもなひが何とせふぞ お寺様えいをふか 是もせつ〳〵の事ぢやに仍テ何とせふぞ 女「おふお寺様へがよからふ こなたがいやならバわらわばかりいて成共かりて参らふ シテ「おふ夫もよからふがそち独りやらふより某とふたりいてどうぞいふて少シ成共かつて参らふ いざおりやれ 女「心得ました シテ「又お寺様ハ何としても余の所〔へ〕よりも心安ひ お宿に御座れかしぢやまで 是ぢや 物もう 御座りまするか 住寺((持))「案内とハたそ シテ「いや某で御座りまする 住寺「いや誰か よふおりやつた 何と思ふておしやつたぞ シテ「ちかひ正月で御座りまするが歳暮のお礼に参ました 住寺「はや仕廻うて歳暮の礼におりやつたか シテ「中々お礼申まする 〔ト云内に〕 女「お寺様わらわもお礼に参ました 住寺「やふたりながら礼にわせたハ 早う仕舞テわせた物ぢやあらう シテ「其事で御座りまする 仕廻かねまして切々の事で御座れども少と御無心申に参ました 最早何(ナニ共)成ませ程((ママ))にどふぞして三ケ日年を取まする程にかさせられて被下ませひ 住寺「夫ハにが〳〵しい どうぞしておませたいが少もない程にどれへ成共無心のいわしませ 女「申御てら様此度の事で御座ル 三ケ日さへたてますれバ又どう〔モ〕成まする程に少シ借て被下ませひ 住寺「なふそなた達ハ聞わけのなひ 出家の偽りをいわふか 有さへせばかさいでハ 少シもなひ  シテ「尤で御座りますれ共もはやどなたへ無心を申さうやうも御座らぬ 春に成ましたらば急度返を申ませう程にどふ御座ル共年をとらせて被下ませひ 住寺「まだおしやる 愚僧ハ其様な者でハなひ あらば如在が有ふか 扨何とぞして なふそなたが出家なれバよい事があれ共 シテ「はあ夫ハ先いかやうな事で御座りまするぞ 住寺「いや其事ぢや 此当りに心指の深ひ人が有が心指をせふず出家衆にハ五貫又比丘尼にハ三貫づゝ布施をせうと云て高札うたれた シテ「ヤ夫ハ誠で御座ルか 住寺「中々 シテ「して俄成の出家にも其通りで御座りまするか 住寺「おふ出家でさへあらば違ふ事ハ有まい シテ「何と致ませふぞ 出家に成ませふか のふかゝ 女「やあきやうこつなこと いかに手前がならぬというてそふハ成ますまひ シテ「いやそふでハなひ 五貫とればどこぢやと思ハしますぞ お長老様なりませう 住寺「どふ成ともじやが女房衆に談合めされれひ いづれ五貫とればよい事でハ有ぞ シテ「あゝ成ませう かゝ成ぞ 女「なふいかに年を取事がならぬといふてさまをかゆると云事ハ有まひ シテ「いや又後ハどふもいたそふ お長老さま かミをそつて被下ひ 住寺「そつてもやらふが女房衆が合点か シテ「あれも合点で御座らふ 五貫とれバよふ御座ル 住寺「夫ならばそらう 〔ト云テそる内ニ女はしかゝりニて〕 女「是ハいかな事 はやそらるゝ にが〳〵敷い事ぢや 〔などゝ云 かミそり取出シそるまねしてずきんきせてかたきぬをとらせ衣ヲきせテ〕 住寺「よふにあふた 俄なりのようにハなひ シテ「あゝ過分に御座りまする して五貫ハ誠で御座るの 住寺「中々愚僧も只今参るよ 女「なふこなたハはや坊主にならせられたの シテ「をゝ五貫致さふと存じてなつた 五貫でハ先五十日も七十日もゆるりとすくる程に 女「夫ならバもはやこなたも其様にならせられた程にじやが 申お長老様ひくににハ三貫で御座ルか 住寺「中々出家にハ五貫比丘尼にハ三貫じや 女「誠で御座るか 住寺「慥に高札に有 女「夫ならばわらわも比丘尼に成ませう シテ「いや〳〵某こそこふなつたれ 又そなたハ若ひおなごの尼に成と云事が有物か 無用ぢや 女「そふでハあれども最早こなたも出家にならせらるゝ 其上八貫とればさてよふ御座ル程にお長老さま私も髪をおろしませふ 二人「そなたハ無用じやがの 女「いやどう有ともそつて下されませひ 住寺「おきやらいでの 乍去八貫の布施をとれば扨いかひ事じや程に後ハともあれ先そらばそらしませ 女「畏て御座る 三貫で御座るの 住寺「おふ 〔ひなんの上をするまねしわたぼうしかふせる〕 シテ「わ是ハおかいで はあそつたハ 住寺「さらばいさ行う シテ「心得ました 〔坊主先 男中 跡ニひくに〕 シテ「是ハ一段の事を致いた 住寺「なふ比丘ハ少跡からわたしませ 女「心得ました 住寺「是じや 物もふ 案内もふ テイ主「案内とハどなたで御座るぞ 住寺「高札の面に付て参た テイ主「御出家達か 住寺「中々 テイ主「こふとをらせられひ 〔ト云テワキ座へ直し置 女立テ〕 女「物もふ 案内もう テイ主「たそ どなたで御座る 女「高札の面に付て参た テイ主「お比丘尼か 女「中々 テイ主「こなたハ是へ御座れ 〔ト云テワキ正面ニ置ク〕 住寺「さらば勤を致さふ 〔ト云テ勤する しんぼちもついて申 勤すぎてていしゆあし打にこんふ五枚長老の前ニ置 又五枚新ほち びくにの前にハ三枚おく〕 住寺「御念の入ました お菓子迄 テイ主「是ハ布施で御座ル 住寺「迚の事にお布施を申請ふ〔ト云〕 テイ主「是がお布施で御座る 〔キモヲツブス〕 住寺「高札ニハ五貫三貫と布施に被成れうと御座ル程ニ早ふおふせを テイ主「いや昔からも〔此〕こんぶ一枚を一貫二枚を弐貫と申 是を五貫三貫と申事で御座ル 早ふしもふて帰らせられひ 〔そこできもをつぶす ていしゆ引込〕 シテ「なふお長老様 五貫と三貫取ルとおしやつたにより坊主ニ成たれバ是ハ何事ぞ 女「のふお長老様 こんぶを何ニしませふぞ もとの様にして返させられい 住寺「いや某もこふ有ふとハ思ハなんだ そなた達もよかれかしと思ふ事ぢや シテ「此様に坊主になしてきこへぬ わ坊主よふして返せ 〔ト云テ坊主をつきたおす (住持「)是ハ何事をするぞ と云トつかミあふ 女うろたへて男の足とる (シテ「)是ハ某じや ト云 イロ〳〵有テ坊主を打こかしはいる 坊主おきて(「)やるまいぞ〳〵 ト云〕   シテ 男 嶋の物 狂言上下 こしおひ 後ニ新発意出立ニ成 へんてつ ごうしずきん   女  はくの物 さけ帯 びなん 後ひくに出立 衣 花のほうし    住寺((持))  むしのしめ 衣 角すきん けさ しゆす 中けい かミそり入ル 葛桶のふた入ル   アト テイシユ のしめ 長上下 小サ刀 あし打三ツ こんふ十三枚入ル  廿 六人僧 シテ「是ハ此他りに住居致す者で御座ル 此中思ひ立て仏詣致さふと存ル 某斗でもなし 一両人申合た方も御座ル程に是をさそふて同道致さふと存ル 参ル程是で御座る 誰殿御宿に御座ルか アト「どなたで御ざるぞ シテ「いや某で御座ル アト「何と思ふて出させられた シテ「其事で御座る 今日ハ日もよふ御座ル程に内々申合たごとく仏詣致さふと存じて是迄参て御座る アト「よふこそ御座つたれ 誰殿も是に御座ル 夫へ成とも参つてさそひませふと存じて御ざる 追付参りませう シテ「さらば御座れ アト「先御座れ シテ「参らうか アト「中々御座れ シテ「か様に同道致からハしぜん腹の立事が御座ルとも互に堪忍を致いて同道致さう アト「仰せらるゝ通り長の旅ぢや程にざれ事をもせいでも叶わぬ事じや いかやうの事が有共堪忍を致いて同道致さふ シテ「いや殊外草臥て御座る 折節是に辻堂が御座ル 先腰を掛テ休ませう あゝいこう草臥て御座る 少某ハまとろミませう アト「あの人ハ殊外草臥と見へた 又アト「鹿嶋立じや程にそふもおじやらふ アト「少是へ御座れ 申よふねいつたと見へた 夫に就最前あの人が何事をしたり共腹を立まいとゐわれた程に少なぶつてみませふ 又アト「誠にかた〴〵口がためをせられた程になぶらうか何としてよからふぞ アト「あの人はねごひ程にこかいてもしられまひ いざ坊主になそう 又アト「夫ハ余りじや アト「いや〳〵何事も腹を立まいと云からハくるしう有まひ 其上腹をたてたらばその時の様子によろう そなたハかミそりをおもちやツたか 又アト「いや持ませぬ アト「ふたしなミな人じや しぜん髭をすらふと思ふて某ハ剃刀をたしなふだ さらばおもみやれ 又アト「心得た 〔其内ニ手合してすりにかゝる〕 アト「先一方ハすつたが何とせうぞ 思ひ出した 耳へ水をいるればねかへる物ぢやと聞た 〔ト云テかミそりのゑニて耳へひとしづくおとすまねをする そこでねかへる 又もんでする ずきんをかぶせかたきぬとり衣きせて〕 アト「いざ少まとろもふ 又アト「よからう 〔ト云テ二人なからねる 坊主めをさましころもあたまのやうすを見ておとろき二人の者をおこし二人ながらおきて〕 アト「やあそなたハ何と思ふてほつたひしたぞ シテ「何と思ふてとハ聞へぬ 此様な事をする物か そなた達ならでハせまひ アト「いや聞へぬ事を云 夫程に思ひ寄つたらば少某らにもしらせいで 〔殊外腹を立二人をしかる〕 アト「其事ぢや たとへば我等がしたにもせよ 最前何事にてもあれ腹立ずくなしと約束した上ハ夫程にいわふ事でハなひ シテ「尤なれ共殊によつた物ぢや 此ごとくに坊主にないてよい物か 〔ト云テさん〴〵詞からかいして坊主ハもとる 二人ハ行  ぼうず太皷座ニ下ニ居る〕 二人「扨々聞へぬ人ぢや いざ参らう 〔ト云テ大臣柱のそばに居るト坊主立テ〕 シテ「扨々腹の立事で御座る 此へんほうを致したひ や思ひよつた事が御座る 先宿ゑ戻らう 〔ト云テ常ノ通道行少云テ〕 誰の 内におしやるか 又誰のもおりやるか お出やれ 〔(女)二人ながら出る〕 女「なふ夫の声じやが何として帰らせられたぞ 是ハいかな事 夫ハなんとしたなりで御座るぞ シテ「されば〳〵そなた達にあふて面目もなひ 女「先何事て御座るぞ わらハのハ何とめさつて御座るぞ おかへりやりませぬか シテ「先こふとうらしませ そなた達に逢ていわふとおもへば涙にむせんでいわれぬ 女「左様に仰せらるれバ弥聞とふ御座る 早う被仰ひ  シテ「夫ならばかくいてもいらぬ事 いわふ 先三人の同道して参つた 所を云ても合点が行まひ 道に大きな川があつた 二人ハわたらふと云 某ハふかそふな程に先様子を見てわたらしませと云たれどきかいで手と〳〵とりよふて渡た程に真中で深ひ所へはまつて弐人ながらぼうやなどの(ヲ)ふるごとくにふらり〳〵と流れてしんだ 女「扨も〳〵にが〳〵敷い事で御座る 又女「夫ハ誠で御座るか 〔ト云テ二人の女さめ〳〵トなく〕 シテ「某も不便((憫))に思ふて此ごとくにさまをかへて高野へ登るがそなた達がしるまひ程にしらせふと思ふて是へ立よつた 女「扨ハ誠で御座るか 此中夢見がわるかつたと思ふて御座る 此上ハ河へ成共身をなげてしなふ 又女「わらハもじがひして成ともしにませふ 〔ト云テ鳴〕 シテ「夫程に思ひやらばしんでいらざる事 つむりをすつて成共念仏を申ておとむらやれ 女「誠に左様致いて後世を弔ひませう シテ「夫ハ一段ぢや 左様にめされひ 女「誰たのもふ人もなひ程にこなたそつて下されい シテ「真実左様におもやるか 夫ならばそつておませう 〔二人して我先にとそらする すりてからわたほうしかぶせ〕 シテ「某ハ最前も云ごとく是から高野へ参る程に次手に此かミを高野へおさめておませう 女「いか様にも被成て下されひ シテ「二人ながら比丘尼なりがよい さらバ〳〵 一段の事を仕た まだ是でハ腹がいぬ 皮((彼))者共が遠ひへハ行まい 追付て致し様が御座ル 〔ト云テ行時二人立テ〕 アト「彼者ハ在所へもゑもどるまいぞ 〔そこでたかいに見て〕 シテ「そなた達ハ誰ぢや アト「誰とハ何事を云ぞ 誰々じや シテ「声を聞ば政((まさし))う誰々じやがふしぎな事ぢや アト「何事を云ぞ シテ「其事ぢや 某義ハ在所へもどつたればたがいたゐ((ママ))たやら二人ながら河へはまつてしんだといふて在所でハなげく アト「やれ其様な事ハないぞ 彼返礼に云物であらふ なかまやつそ シテ「いやそふいわばいへ 女房衆がいきてもしんでもと云てじがいしてしんだ アト「やれだまされはせまいぞ シテ「夫なればぜひもない 去ながらせふこが有ル アト「夫ハ何事ぞ シテ「是々此かミを見さしませ 是ハそなたの女房衆の又是ハわごりよのお内義のじや 覚ハないか 〔二人なから手に取テ見て〕 アト「是はいかな事 髪がみじこふてあかひ 又アト「びんがちゞうで有 扨ハ誠か シテ「中々 何の偽があらふぞ そなたたちがしるまいと思ふて是迄きてしらせた アト「誠に思ひ合する事が有ル 女房が常々いふたハしぜんのことがあらばいきてハいまひと云たが一定じや なさけなひ事ぢや 〔ト云テ二人なからさめ〳〵となく〕 シテ「夫程におもやらば後世を吊((弔))ふておやりやれ アト「何としてよからふぞ いざさまをかへて高野へ参らふ 又アト「一段とよからう アト「そなたそつて呉さしませ シテ「心得た 〔二人ながらそりてづきんかふせかたきぬ取衣きてもよし〕 法師なりもよひハ アト「いざ参らふ 去りながら先在所へもどつてからの事に致さふ 又アト「そふも仕らふ 〔ト云テ常ノ通道行云テ〕 シテ「参る程に是じや 誰々の女房衆おでやれ 〔二人女出ル〕 シテ「某を此様にしたがよいか 〔四人ながら腹ヲ立テ〕 アト「是ハいかな事 何としてよからふそ あの人の女房も呼出してすらふ シテ「夫ハゆるして呉ひ 皆々「なんのゆるせ 〔ト云まゝよひ出してすりてわたぼうしかふせ六人なからぶたいへ出テさかもりしてシテ舞〕 シテ「あら〳〵面白の地主達の遊やな 地 桜色成小袖めして雪のふるに夜あるハ((ママ))さそふ殿とつれて行や心成覧 さぞな何事も花の都の七条道成((場))の内ぞゆたか成 鐘かすかにて音羽念仏の数珠つぶをくり返し〳〵ても面白や有難やな 地主道成((場))を廻ル事ぞ久敷き シテ「唯頼め 南無阿弥陀ぶの御誓願 我世の中ヲ走り廻らておのづからやぶれし物を紙絹を(の)御法もうすき人々を(の)実もかれたる声なりと勤ゆぎよにあひもせで酒呑事ハ有明の(アリナガラ)庵も地主もゑゝり(イジ) いや 妙がたのべつしや あらたへがたのべつしや  〔シテ「昔からもこわされハせぬ事じやと云か此事じや 去ながら是ハたゞ事でハ有まい 後世を願へと有おつげて有ふぞ アト「誠にみじかい命を持ていたづらにくらさう事でハなひ程に是をほだひ((菩提))のたねとして後せうを願わふ  シテ「それならバ某をんどを取テ申さう なもふだ 三人「なもふだ 女「なもふだ 皆々「なもふた〳〵〳〵〳〵 とつはいひやろひ〕   シテ アト又共ニ嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 袴括ル かミそり 後ニがうしずきん又ハ角頭巾■(綴じ込みがきつく、最後の一行読めず) 廿一 双六僧  ワキ「〽我ハとうとく思へども〳〵人ハ何とか思ふらん〽 詞 是ハ東国方の者で御座ル 某諸国修行申さず候間此度思ひ立北国修行にかゝり夫より西国しゆ行致さはやと存候 〔道行〕〽遠近のたつきもしらぬ修行者を〳〵誰か哀と思ふらん あなたこなたではちひらきしらぬ所に着にけり〽 やあ是成石塔を見候へば兆子(デウズ)袋数多かけ置れて候 是ハ如何様子細有べし 所の人に尋バやと存候 所の人の渡り候か  間「所の者のお尋ハいか成御用にて候ぞ ワキ「是成石塔を見申せハ兆子袋を数多かけ置れ候 いわれのなき事ハ候まし 教へて給り候へ 間「御不審尤ニて候 あれハいにしゑ此所に双六僧と申て双六打の候へ((ママ))しが有とき双六の上にて口論の致され相手を切ころし其身も当座に相果申され候 則其僧の印にて候 夫に付不思義成事の候 此石塔に袋をかけ候へば双六の目が思ひのまゝに出ルと申て今においてか様に袋を懸申事にて候 お僧も逆縁ながら吊((弔))て御通りあれかしと存候 ワキ「念比にお教へ万((満))足申候 さ有らば逆縁ながら吊((弔))て通ふするにて候 間「又御用の事候へハ被仰候へ ワキ「頼ませう 「〽扨ハ双六僧の旧跡かや いざ〔や〕跡とひ申さんとかねから〳〵と打ならし今宵ハ爰に旅ねして彼御跡をとふとかや〳〵〽 〔一セイニテシテ出ル〕 シテ「〽双六のおくれを打其心半一ツ斗のたのミなりけり〽 ワキ「〽ふしきやな 是成塚の影よりもまぼろしのごとく見へ給ふハいか成人にてましますぞ〽 シテ「是ハ双六僧と申双六打の幽霊成が御吊((弔))の有難さに是迄顕れ出たるなり ワキ「〽扨ハ双六僧の幽霊ならば最後の有様語り給へ 跡をハ吊((弔))ひ申へし〽 シテ「さ有らハ昔の有様を語りて聞せ申へし 跡をとふて給わり候へ 扨も有つれ〳〵の事成に例の友達打寄てきをひおくれを打けるに相手のくせ者石をまきらかす こハいかにといかりて腰の刀に手をかくる 〽朱三さらりとひんぬけば〽 地〽〳〵五六のやうなる相手もぬき持白黒になつておふつまくつつしのぎをけづりきつつきられつ我ハおくれになりしかば〽 シテ「〽かなわしと思ひて〽 地〽かなわしと思ひつゝ三六かけにかゝむ所をつゝけ切にきりたてられて我ハそこにて四の二けり 四三をはなれて五二となつて修羅道に落にけり〽 シテ「〽あゝら物々し いざうとふ〽 〔カケリ〕 〽あゝらくるしや か様に苦をうくる事双六の〽 地〽最後の一念悪鬼となツて修羅道のくるしミ成を助給へや御僧よ〳〵といふかと思へばうせにけり〽 廿二 六地蔵 アト「是ハ此他りに住居致者で御座ル 此比在所の者共が寄合宿のはづれに堂を立て御座ルが是に六地蔵を作らせうと申談合極て御座ル 夫ニ付某〔都〕へ登り地蔵を調て参れと有事で御座る 〔是より〈仏師〉同前なり〕 夫ならば六蔵((ママ))を頼たふ御ざるが作て被下れふか シテ「中々作て進上 そなたハ六地蔵のいわれをおしりやつたか アト「いや何と御座るか存じませぬ シテ「いち〳〵云て聞さう 先六地蔵と申ハ一躰ハミやうい地蔵と申て錫(シヤク)杖(ゼウ)を持てむけん地獄をすくい給ふ 又一躰ハむに地蔵とて本願を以て餓鬼〔堂((道))〕のくげんをたすけ給ふ 一躰ハしやうさん地蔵とてじゆずを以て畜生堂((道))をたすけ給ふ 一躰ハそく地蔵とて衣を持て人道のくげんをすくい給ふ 又一躰は鉾(ホコ)を持て修羅のくげんを助給ふ 一躰ハふくりき地蔵とて手を合天道のくげんをいのり給ふ され共同一躰なり 何れの仏のくわん((願))よりすぐれて有難ひ事ぢや程にいかにも六地蔵を作ておませう 扨おたけ((丈))ハ何程に致そふ 〔〈仏師〉同前 山越ヲ云テ扨ヤトヲキク〕 いや〳〵宿をいうたりともおしりやるまひ 五条の因幡堂をしつておりやるか アト「中々存しました シテ「あのうしろ堂にあらこもをたれておこふ程に明日の今比あれへおりやれ アト「心得て御座る 二人「さらば〳〵 〔ト云テアト座ニイル〕 シテ「是ハいかな事 某ハ心ながらふとくしんな者で御座ル 終に楊枝を一本けつた((ママ))事ものふて地蔵を請取て御座るが乍去身共のせいたけと申たも下心が有て申た事で御座る なふ〳〵おりやるか 相談する事が有 出さしませ ツレ二人「何事でおりやるぞ シテ「わごりよ達を喚出すハ別の事でハなひ 田舎者が地蔵をあつらへたひと云て町中をよばハつて廻た程に身共が詞をかけ仏師になつてまんまとたらして六地蔵を請取た 則代物万疋に極た程に首尾よふしおふせたらバわごりよ達にも配分してやらふぞ 地蔵にならしませ ツレ二人「いかにも配分しておこしやらハ地蔵にならう シテ「夫ハ一段の事ぢや 先夫に待しませ 跡から因幡堂へおりやれ やう〳〵田舎者が参る時分ぢや 因幡堂へ参らふ アト「最早地蔵のできます時分じや 急で因幡堂へ参らふ やあ仏師殿御座ルか シテ「中々御座つたか アト「何と地蔵ハ出来ましたか シテ「中々出来ました うしろ堂へまわらせられ あらこもがたれて有ル アト「心得ました シテ「やあ何もおりやつたか さあ〳〵早う地蔵を拵へさしませ わごりよハ鉾(ホコ)と そなたハ錫(シヤク)杖(ゼウ) 身共ハ珠数 是でよいぞ 面を先きさしませ 二人「心得た シテ「よいぞ〳〵 仏の様に急度((きつと))と((ママ))していよふぞ アト「参ておかミませう うしろ堂のどこ許ぢやしらぬ や爰にあらこもがたれて有 上ケテみよふ さら〳〵〳〵 扨も〳〵よふ出来た はやい事かな 残りの三躰ハどこに有るし((ママ))らぬ 仏師殿御座ルか シテ「中々是におりまする アト「あれはよふ出来まして御座ル 残りの三躰の地蔵も一所におかミとふ御座る どこに御座るぞ シテ「されば所がせまさに脇に置ました こちへまわらせられい アト「心得ました シテ「扨も〳〵閙敷((いそがし))い事かな 又地蔵にならずハ成まい なふ〳〵はよふ地蔵の道具を拵て持しませ 拵(コシラヘ)が出来たか 見付られぬやうにせう(セウ)ぞ アト「扨も〳〵是ハよふ出来た あら有難や 南無地蔵大菩薩〳〵 なふ〳〵仏師殿御座ルか シテ「中々是にいまする アト「殊外よふ出来ましたがどふ御座つても一所に六躰共におがミたふ御座ル シテ「いや最前申ごとく所がせばさに一所におきませぬ事で御座る アト「夫ならバぜひに及ませぬ も一度おかミませう シテ「中々あれへいておがませられひ 是ハ扨又地蔵にならずハ成まい さあ〳〵早う拵へやれ〳〵 二人「心得た ほこがあるか しやくぜうが見へぬ シテ「夫々おそいぞ〳〵 アト「是ハ最前とハ違ふた こりや仏師じや シテ「いや〳〵仏じや アト「どれも皆人じや 扨ハまいすどもじや にくいやつの やるまいそ〳〵 三人「あゝゆるして呉ひ〳〵 アト「やるまいぞ〳〵   シテ アト三人出立 むしのしめ 狂言袴くゝり 水衣 こしおひ ごふしずきん しやくぜう ほこ じゆず    アト 田舎者 嶋物 狂言上下 こしおひ 廿三 拄杖 アト「是ハ辺土に住居致僧で御座ル 某いつぞや都え用事有テ登り其次手ニ拄杖をあつらへ置ました 漸此比ハ出来ル時分で御座る程に取に参ふと存ル 先そろり〳〵と参らふと存ル いや出家程世にたのしミな者ハ御座らぬ 今日もまた行先にどれへ成共逗留致シ仏詣をして戻ふと存ル やあ参程に彼拄杖屋ハ是で御座る 物もふ亭主内に御座ルか シテ「表に案内が有 どなたで御座る アト「いや身共で御座ル シテ「やあ是ハいつぞや拄杖をあつらへさせられた御坊か アト「中々 左様で御座る 何ともはや出来ましたか シテ「いかにもよふできました 夫にまたせられい 見せましよ アト「心得ました 見せて被下ひ シテ「是々是で御座る アト「扨も〳〵是はよふ出来ました 身共のあつらへたに少も違ハなひさうな シテ「随分念を入ました 夫に付テこなたハいつぞやお目にかゝつた時よりいかにしてもしゆせうニ存ル 何と此拄杖に付て一句持て参ふか アト「是ハ亭主きどくで御座る 何と〳〵 シテ「いか成か 是白木の拄杖 (アト)「うるしなければぬる事もなし シテ「ぜんざい〳〵 シテ「扨ハ花ぬりになさるゝか 此拄杖おれての後ハいかに アト「一念ハつく共二念をつかず シテ「扨も〳〵こなたハいよ〳〵殊勝千万に御座ル 身共もか様のしよくを致ますれど常々出家の心指で御ざる 先奥へ通せられ一飯も進せ其上弥々ありがたひ教化にも預りとふ御座ル 先とをらせられひ アト「いかにも人をすゝむるハ出家の役で御座ル 成程通りませう 其拄杖も是へ被下ひ シテ「心得ました なふ〳〵御出家 内々私も只今申通り出家の望で御座る程にこなたの弟子に被成てくだされ とも〴〵に国々を修行致しとふ御座る アト「いかにも身共の弟子に致して只今髪をそり出家に致ハ何寄安ひ事で御座ル さりながらか様の事ハとくと親類兄弟又ハお内義ともよふ相談めされ かりそめなにを((ママ))と出家しても後悔する事も有物で御座ル 出家になれば夫々の法を勤め経とう((ママ))をも覚ねばならず身持がとつと六ヶ敷う御座ル 去りながら勤べき事さへつとむれば外に心にくらふハなひ どれへ成共参たひ方へハ心のまゝに参りとまりたひ所にハとまる 何に付てもをしいほしいと思ふとんよくをなくはなれてからハ中々心に苦がなふて此世からの仏で御座る シテ「被仰るゝ通りで御座る 夫故私も俄の事でも御座らぬ 常々の望で御座る 成程万事心得ていまする ぜひとも弟子にして被下ひ アト「何ととくと合点〔ゆきましたか シテ「中々 かてん〕致ました アト「夫なら剃刀をあてませう 親類衆御内義も同心で御座ルか シテ「成程女共も日比に云聞せて置ました 身共次第で御座ル アト「夫ならばよふ御座る さらば用意被成ひ シテ「心得ました さかやきをもミませう〔ト云テする 扨しきに角すきんをかぶせル〕 女「こちの人ハ最前拄杖をあつらへたが取に参られた をもてへでられたが何をしていらるゝぞ 隙が入ル 見に参りましよう やあ是ハこちの人 わごりよハ坊主に成たか 夫ハ誰にとふて成ぞ 爰な坊主もよふかミをそらふと思ふたな あ腹立や〳〵 先此かミそりをこちへおこせ アト「是ハ何とめさる お内義も合点じやといわれた 女「まだそのつれを云か わらハを何とせふと思ふぞ 坊主になる おのれは先どれからうせた あちゑうせぬか 〳〵 腹立や〳〵 アト「是ハ何とするぞ 身共ハむりにすゝめハせぬ 内々のそミぢやといわれたまて 女「其様な事を云か おのれまいす坊主め やるまいぞ 〳〵 アト「あゝかなしや ゆるせ〳〵 女「やいわ男 よふわらハに合点もさせひで坊主にならふといふた わらハヽ何となれと思ふ 腹立や シテ「いや最前の出家が坊主ハ楽な物じや なれというたに仍テすらうかと思ふて 女「まだ其つれな事を云か おのれ何とせふぞ 腹立や〳〵 シテ「もはや思ひとまるぞ やれゆるせ〳〵 女「あゝ腹立や〳〵 どちへうせる やるまいぞ のふ腹立や〳〵   シテ 熨斗目 長上下 小サ刀 扇   ○アト 出家 無地のしめ 衣 けさ 角頭巾 数珠 かミそり   女 薄((箔))の物 ひなん さけ帯     こしかけのふた入ル しゆぜう 廿四 腥物 アト「是ハ此他りに住居致者で御座る 召遣ふ者を呼出し申付ル事が有ル 太郎官者いるかやい 〔常ノ通〕 汝を呼出すハ別の事でなひ 内々伯父や者から小((黄))金作りの太刀をかりた 夫を返を仕ル様にといわれた 汝ハ大義ながら持てゆけ シテ「畏てハ御座共((ママ))道がつつと不用心に御座る 某ハ成ますまひ アト「夫で太刀と見へぬ様にしておいた 〔ト云テ太刀ヲ持テ出テ〕 是々こふして持てゆけ シテ「誠に太刀とハ見へますまひ なまぐさ物の様に御座ル アト「路しで人がとふたらばなまぐさ物じやといへ シテ「畏て御座る 〔常ノ通り〕 是ハいかな事 かりそめながら大事の御使に参ル あの道ハぶやうぢんながめいわくながら参らう 是からさきが盗人の有所じや はや日が暮た あゝいこうくらふなつた 是々用心して通ル物ぢや かまへてそばへよるな 是ハいかな事 何者やら二三十人居る やい〳〵そこをのいてとをせ〳〵 物を云て呉ひやい〳〵〳〵 〔笑テ〕 こわい〳〵と思ふニ依て人かと思ふたればくひぢや きもをつぶした 此さきがわるい所ぢや アト「最前太郎官者を使にやつで((ママ))御座るがおくびやう者で御座ルに仍テ心元ない 中々参ル事成まい 太刀を人〔ニ〕とられぬ内に跡から参り見うと存ル さればこそ爰におそろしがつてひとり事を云ておる 少おとしませう シテ「南無三ばけ物が有 あゝ大仏のせひより高ひハ アト「がつきめ〳〵 シテ「あゝかなしや助て被下ひ アト「おのれが持たハなんぢやぞ シテ「是ハ小金作の太刀でハ御座らぬ 腥物で御座りまする アト「いや〳〵腥物でハ有まひ いつわりをいうたらばしようが有ぞ シテ「あゝ有のまゝ申ませう 助て被下ひ 小金作の太刀で御座ル アト「其太刀をそこにをいてゆけ シテ「畏て御座る 則こなたへ進せまする 命のぎハおたすけ被成ませひ アト「命ハ助ル 早ういね〳〵 見るな〳〵 シテ「あゝ見ませぬ〳〵 こわや〳〵 急で帰らふ 扨々おそろしいめにおふて御座る いや参ル程に是ぢや たのふだ人御ざりまするか 〔常ノ通り〕 アト「戻つたか〳〵 シテ「唯今帰りました アト「汝ハ色がわるふをかしいかほぢや シテ「よいお目聞で御座る のふ〳〵おそろしい目にあひました 太郎冠者を一人ひろわせられて御座る アト「何とした目にあふたぞ シテ「先お屋敷を出まして大仏の他りへ参ると四五十人して某を取廻しましておいはぎ共が アト「してなんと シテ「私も常々の手柄の程を見せませうと思ふて真中へとりこめられながらおれをゑしらぬか 頼ふだ者の御内に隠もない太郎官者じや 一人ものかすまいと申て御座れば長太刀のやりのと申ててんでに持てかゝる中にもとひかね是にハ近比めいわく仕りまして御座る アト「とびかねとハ 〔シカク((タ))ニテ〕 シテ「こう〳〵かまゑてつつとおこす物で御座る アト「夫ハ弓矢で御〔ざ〕らふ シテ「されば弓矢で御座らう やりも長太刀も皆切おつて御座る アト「手柄をしたな シテ「其もつた物ハ何ぞと申に仍テ是ハ小金作りの太刀でハなひ なまぐさ物じやと申たれば夫をおこすまひか いころせと申程にやるまいとハ思へ共爰てしすればいぬじにぢや 主の様にたゝねバならぬ ぜひにおよばぬ こつじきにとらしたと思ふと申て四五十人の中へやつて一もんじに帰りました 手柄を致て御座る アト「あゝおくびやう物じや 其太刀をとつたハ某じや シテ「こなたハ偽を仰らるゝ アト「おのれめハ大仏よりおびたゞしいなどゝこわがる おれががつきめ 〔ト云トひつくりする〕 夫見よ 今もびつくりするハ シテ「落武者と申者ハすゝきのほニもおぢると申がじやうじや 夥敷ひ目にあいました其上じやに仍テびつくりと致た アト「慥にしやうこが有か シテ「いつわりを被仰ルヽ(【いう】) しやうこハ御座ルまい アト「ていどか シテ「中々 アト「是々是じや シテ「いやこなたハ富貴な御方で御座るに仍テ此様な物を数を持て御座ルと存ル アト「また其様な事を云をるか にくいやつの シテ「あゝ御ゆるされませひ アト「どれへうせをる やるまいぞ〳〵   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯   アト主 のしめ 長上下 小サ刀 扇      太刀をわらにてつゝミ出ス 廿五 牛座当((頭)) シテ「是ハ此他りに住居致勾当で御座ル 近日京にてすゝみの会が御座ルに仍テ登りまするが某ハ此程足を〔けが〕致た程にそんじよ〔名ヲ云テ〕誰殿へ馬をかりにやつてのつて参らふと存ル 菊都いるか キク一「是にいまする シテ「汝を喚出すハ別の事でない 頓而京にて涼(スヽミ)の会が有に仍てけふから登ふガ何とあらふぞ キク一「一段とよふ御座りませふ シテ「汝〔ガ〕しるごとく某ハ足をけがをしたに仍テあるく事がならぬ そちハそんじよ誰殿へいて大事の馬で御座れどもかさせられてたもれと云てかりてこひ キク一「畏て御座る 乍去今日登らせられうと思召さバ二三日も前から仰られてこそよう御座らふずれ 是ハ俄なからせられ様で御座る シテ「何時かりにやつてもいやと云人でないに依てくるしうない 何とぞいてかりてこひ キク一「夫ハはや随分申てかりてハ参ませふが少と御無念で御座る シテ「はやういてこひ キク一「心得ました 〔勾当ワキ座ニイル〕 やれ〳〵俄な事を仰らるゝ事ぢや けふ登ルと思われうならバ百日も弐百日も前に云て被遣たい物でハないか いかに心安ひ中じやと云ても余りでハ有ぞ 乍去先参(マイツ)て何とぞ申てみう 〔道行〕 あの馬ハ地道がはやいに仍テ身共ハ供がなりかに((ママ))やうかと思ふて何寄めいわくな事じや 〔常ノ通案内ヲ云〕 テイ主「菊都か キク一「あ菊都で御座ル テイ主「此間ハ見へなんだな キク一「其事で御座る 勾当の用の事ハ身共斗に申付らるゝに仍テ一節隙が御座らいで夫で御見舞をもゑ申さいでめいわく致まする テイ主「誠に何かについてもそちじやに仍テ隙のないが道理ぢや けふハ隙が有てきたか キク一「いやお使に参て御座る テイ主「何とした使ぞ キク一「近日何ものすゞミの会が御座ルに仍テ勾当の京へのぼられまするが此程足をけがいたされてかちでまいらるゝ事がなりませぬに仍テ大事の御馬で御座れ共こなたの馬をかさせられて下さるゝ様ニと申されておこされて御座る テイ主「夫ハ安ひ事 かそうが乍去身共が馬ハ地道がはやい程にそちがめいわくせうぞよ キク一「されば今独り事にもこなたの御馬ハ地道が早う御座るに仍テ私がめいわくで御座るトノ申事御座りました テイ主「さあらばそちがめいわくせぬやうにこんだ〔コニタトモ云〕をもつた程に是に鞍置てかそうぞ キク一「やれ〳〵夫ハ忝ふ御座る さあらば其こんだをかさせられて下されませひ テイ主「定てそちが口をとつてゆこふに仍テそちがはやふあゆまばはやからふず おそふゆかばおそからう程にさふ心得い キク一「中々 私が口をとりませうに仍テ夫ならば一入忝ふ御座ル 追付かさせられて下されひ テイ主「引だそう程に夫ニまて キク一「畏て御座る 〔楽やより牛引出ル〕 テイ主「菊都居るか キク一「是にいまする テイ主「さあ〳〵是をかすハ そちへむきそふじやぞ 引てゆけ キク一「あゝ忝ふ御座りまする テイ主「京からもどつたらば勾当に隙を貰ふてゆるりと咄にこひ キク一「帰次第にお見舞申ませう も私ハ参ませう 〔いとまこひをしてのく〕 やれ〳〵うれしや かりて参る程に勾当の満足あそばさうも一ツの馬ならばはやからふに仍テ身共ハ馬にゑつくまひしおそくハしかられうず 私一人のめいわくで御座ろふが此様なうれしい事ハなひ たゞさへきのみじかいに依テちつと違へば其まゝちやうちやくめさるゝさかいでおそろしうてならぬ 是じや 御座りまするか シテ「何と菊都帰つたか キク一「戻りました シテ「して馬をかりてきたか キク一「中々 馬をかりて参ました シテ「其馬ハ地道がはやい程に汝ぬかるな キク一「其事で御座ル 幸こんだをおこさせられて御座ル シテ「夫でもくるしうない さしよふて有まいかと思ふて気遣をしたに一段の事ぢや さあらば追付のつて行ふ キク一「急でのらせられひ シテ「汝ハ笠をかたげて馬の口につけ キク一「畏て御座る 其杖をばこしにささせられひ シテ「心得た 〔ト云テ乗て〕 さあよくハひけ キク一「もはやのらせられて御座るか 引まするぞ シテ「ひけ〳〵 〔道行〕 寄((奇))特な事ぢやぞ 何時無心を云ても此ごとくにかしてたもる事ハ嬉しい事ぢやぞな キク一「夫ハ随分おきどくなお人で御座る 其上今度ハ私が面白をかしう申て御座ルに依て此こんだをかさせられて御座る シテ「やい此馬ハ何とやらくびかながひやうにおぼゆるがそうでハなひか キク一「されば何と御座ルぞ いかなりとなごふハなりますまひが  シテ「いな事でなこふ覚る キク一「鞍の内ハ何と御座ルぞ シテ「鞍の上ハ一段とゑひ キク一「夫ならばよふ御座らふハ扨 〔ト云内ニ立衆三人もイツル〕 立頭「是ハ此他りの者で御座る けふハ稲荷の御ゑん日で御座る程に若ひ衆を同道申て参らうと存ル 〔皆々ヲ呼出して〕 けふハ稲荷の御縁日で御座る程にいざ参らせられまひか 立衆「実と左様で御座る 同道仕らう 〔たかいにじぎして〕 立頭「けふハ天気がよふ御座る程にさだめて大参で御座らふ 立衆「其通りで御座る 次手にけふハゆるりと慰ませうぞ 皆「一段とよふ御座らふ 〔などゝ云テ見付笑々々〕 立頭「いづれもあれ御らふじられひ 目あきさへ牛にのつたハ見ぐるしひ者で御座ルに座当の牛にのつたハみらるゝ物では御座らぬぞのふ 皆「実も誠におかしいなりて御座る 立頭「あれハ牛じやとしつてのつて御座るか 但ししらいでのつたか みともないなりで御座るぞ 立衆「いかさまをかしい物にのつたことでハ有ぞ 〔勾当聞付〕 シテ「やい菊都 身共がのつたハ牛じやと云てわらふが牛でハないかいやい キク一「やあ夫ハ誠で御座るか 〔さくりてミて〕 誠に牛で御座ル シテ「やれおのれ馬じやと云て牛をかりてうせる物か キク一「してもこんだじやと被仰て御座るに仍テ誠かと思ふてかりて参ました シテ「まだ其つれをお((ママ))る 牛がじやうじやな  キク一「うたがいもない牛で御座る 角が弐つ迄きつとして御座ル シテ「扨もさてもだまいて牛をかされたと思へバいよ〳〵腹が立 さりながら是からをひはないてやらう様も有まひ もそつとの事ぢや ぜひに及ばぬ のつてゆこふまで キク一「夫共にくるしうない事で御座る めして御座りませひ シテ「いづれくびがながしおそいと思ふたれば何がどふりこそ牛じや物を 立頭「申々人が聞ぬかと思ふて云事をきかせられひ 扨ハうしじやとしらいでのつたがじやう((定))そふに見ゑて御座る 立衆「近比をかしい事で御座るぞ 皆「やれ〳〵見くるしいなり哉 立頭「いざさらばなにも慰じや 座頭が牛に乗た 見さいなと云てはやしますまひか 皆「一段とよふ御座らう 皆々「座頭が牛に乗たを見さいな〳〵 〔何へんもいう 座頭聞腹立〕 シテ「おのれらハおれが牛にのらふと〔馬乗うと〕かまひをつてのやうハ 立頭「さればこそ腹をたつると見へた さあ〳〵はやさせられひ 〔右ノ通くり返しはやす〕 シテ「扨も〳〵にくいやつの 何としてよからふぞ 腹の立事かな 立頭「殊外腹をたつる たゞはやせ 〔ト云テはやす 弥々腹立ル〕 シテ「菊都〳〵 キク一「やあ〳〵 シテ「其笠のゑであひつらを思ふさまたゝけ キク一「まかせておかせられひ 〔ト云テ笠のゑにてたゝきまわる〕 シテ「も何もくわす物ハないか キク一「其こしにさゝせられた杖でおりてたゝかせられひ シテ「や誠におれが目が見へぬと思ふてなぶるか どこにをるぞ やるまいぞ〳〵 〔ト云テ二人して目くら打に方々をたたき廻ル 三人の者共ハはやし笑々かくやへ入ル 二人のさとうハ(「)どこゑ おのれらやる事でハないぞ やるまいぞ〳〵 牛も其まゝ入ル〕   シテ 勾当 しろねり袷 長袴の下 衣 角ぼうし 扇 杖   菊市  嶋の物 狂言袴くゝり 水衣 こしおひ 合子すきん 杖 後ニからかさ持 但しへんてつニてもよし    かして のしめ 長上下 小サ刀 扇   通手三人 のしめ 長上下 小サ刀 扇   牛出 立 黒きけがわのじゆばん かるさん 黒頭に角弐つ付ル 面牛のめん 但しけんとくにてもよし たつな付ル 廿六 済頼 皆「ろさいに出ル閻魔王〳〵六道にいざやいでうよ 〔地ヘ取テ閻魔王名乗 〈朝比奈〉ノ通り 尤供鬼二三人も出ル〕 (エンマ)「住馴し地獄の里を立出て〳〵足にまかせて行程に〳〵六道の辻に着にけり 〔閻魔王ワキ座ニならふ鬼共大ぜひ下ニいる 扨ゑんましやうきにこしかけるとシテ出ル 次第〕 シテ「罪をつくらぬ罪人の〳〵誰かわ依てせこふよ 是ハ娑婆に隠もなひ済頼と申鷹じやうで御座ル 寿命の程定り為((たる))か無常の風にさそハれ只今冥途に趣候 〔道行〕 住馴し娑婆の名残をふりすてゝ〳〵足にまかせて行程に六道にはやく着にけり〳〵 詞 是ハ道の数多有所へ来たがどの道ゑ参らうか 先此道へ参らう ヲニ「あゝ人くさい 更ばこそ罪人が来た いかに申候 是へ一段の罪人か参りて候 エンマ「急で地獄へ責落し候へ ヲニ「畏て候 いかに罪人急とこそ 〔カケリ 爰ニテ〈朝比奈〉ノ通〕 如何に円魔王へ申候 エンマ「何事にて有 ヲニ「只今のさい人ハ娑婆隠((ママ))れもなひ済頼と申鷹匠ニて有と申程に一入殺生を致為((たる))程に地獄へ責おとそうと申て候へば科(トガ)人にてハなひと申が扨如何様に仕らふずるぞ エンマ「左有らハ其罪人を是ゑ出し候へ ヲニ「畏て候 同「いかに済頼 円魔王の御前へ罷出候へ シテ「畏て候 エンマ「いかに済頼 汝ハ娑婆にて諸鳥をとり為((たる))猟(ゴク)悪人にてハなきか 地獄へおとそうずるぞ シテ「尤仰にて候へども鳥をとり此鳥に喰せてやしなひそだて候程に科人にてハなく候 エンマ「扨ハ鷹と云鳥が同し鳥をとるよな シテ「中々の事 エンマ「夫なれば余りの科にてハなひ 扨其鷹と云ハいか様成物ぞ 子細があらば語て聞せ候へ シテ「成程子細の候間語て聞せ申さふずる 抑鷹のきつそうと申ハまかぶらにひさしをさせバ目ハ明星の如ク箸爪ハ三ヶ月の如クにして前ニハ山をいだき後に〔ハ〕山川を流す くれはの毛あやをたゝむ うばら毛浪を寄る うれいの毛浪(ナミダ)をとどむ 火打羽かざ切(キリ)おろばに至ル迄鷹の〔○〕名所一もつのきつそうなり とつてハ毛なし もけあかりうち爪かけ爪かゑるこかけの爪鳥からみに至ル迄一もつのとつてなり 尾ハならをならしはうわを鈴付大石うち小石うちしばひきに至ル迄是鷹の〔○次〕名所(ナトコロ)なり 惣じて鷹と申物ハ国々に仍テ名も替りけいたん国にハくりてうと云 大唐にてハしゆ鳥(テウ)といゑり 扨日本にてハ鷹と申〔ス〕 此鷹を以テ諸鳥をとらせ大名小名〔○〕禁中公家門跡に〔○次〕至ル迄御慰の物なり 先鷹のいわれ如此ニ候 エンマ「扨ハ其鷹を取て慰よな シテ「中々の事 エンマ「同シ鳥が又よの鳥をとるよな シテ「此鷹がよの鳥を取候 エンマ「夫ならバ鷹の科にて汝が科ハなく候 シテ「左有らハ我等を極楽へやつて被下ひ エンマ「此閻魔王も鳥と云物の味(コウミ)を知らぬ程に四手((死出))の山にハ沢山に鳥が有程に汝がすへたる鷹にて鳥をとりて此ゑんま王にふるまへ 其上にて汝が望をかなへてとらせう シテ「安ひ事で御座れ共せこと申物がなければ鳥をとる事ハなりませぬ エンマ「あの鬼共をせこに致し候へ 〔鬼共せこヲスル 一人ハ犬ニなる〕 シテ「是に待て 是から合せ申さう いで〳〵鷹をつかわんとて 地 〳〵 閻魔王のいぬやりにて鬼共草木をはらいければ四手の山路の南原より雉子のおん鳥飛来ルを済頼是を見るよりはやく合せければちうにてかけてぞとつたりける 〔爰ニテきじをとらせて其まゝなけ出ス ゑんま王取テくうまねをして〕 エンマ「扨も〳〵うまひ物ぢや 珍しい物をくれた程に暇をとらする 娑婆へ帰り三年の間鷹をつかゑ エンマ「いて〳〵暇をとらせんとて 地 〳〵娑婆ニ帰りて三年の間鷹をつかふて鶴雁雉子鴨諸鳥をとらせゑがらを慥に届べしと仰をくわしく承りて帰りければ閻魔王も名残ををしミまねきかへして玉のかんざし石の帯を済頼にあたへ給ひければ忝もてうだいゐたし〳〵て二度娑婆にぞ帰りける   シテ  下に白練袷 狂言袴 腰帯 上ニ白練袷ヲつホ折テ 乱髪 左の手にはりこのたかをすへ   ゑん ま 厚板 大口 狩衣 腰帯 赤頭 唐冠 末広 面不悪 腰掛   供鬼  二三人出ル 厚板 狂言袴括ル 腰帯 鬼頭巾 ふあくの面 竹杖 廿七 馬口労 〔アト鬼也 〈朝比奈〉の鬼の次第名乗道行同前 則六道の辻ニ着ニケリト云 常の通り シテ次第ニテ出ル〕 シテ「地獄へ落る罪人の〳〵誰かわよつてせこふよ 〔地ヲ取テ詞〕 是娑((ママ))婆の博労で御座る 無常の風ニさそわれ只今冥途へ趣候 〔道行〕 住なれし娑婆の名残をふりすてゝ〳〵いそがん旅のちかづくや六道の辻に着にけり 詞 急程に六道の辻について御座る 是からよからふ道へそろり〳〵と参らふ 〔ト云テ廻ル 鬼〈朝比奈〉のごとくはくらうおじたるがよし〕 アト「さればこそ日本一の罪人がきた 急で地獄へ責落そふ いかに罪人 急とこそ 〔せめ有 はくらうはたらきト云也〕 シテ「申々 アト「何事ぞ シテ「少こなたへ申たい事が御座る アト「何云たひ事とハ おのれ今一責せめてたつた今地獄へ責おとそうぞ 夫地獄遠きにあらず 極楽遥なり 急とこそ 〔又せめ有り はくらうわきへのき〕 シテ「いかに閻魔(エンマ)王成共此くつわをはめてからハ身共がしやうが有ル 〔ト云 せめてくる時〕 申々 娑婆で承つたハ閻魔王ハ理非を聞分させられて地獄へ落ル者ハぢごくへやらせらるゝ〔又極楽へ行者ハ極楽へやらせらるゝ〕ときいて御座ル 殊ニ鬼神におうどふなしと申事が御座ル程に先私が申事をちと聞せられて下されい アト「是ハ汝が云分がきこへた さらば娑婆でのやうだひを語れ 聞てやらう シテ「先私ハ娑婆でハ博労と申者で御座ル やせた馬をこやしあしひ馬ハ随分よふなすやうにして慈非((悲))を致た者で御座る 則是ハくつわと申てひだるひ時ニたぶればくたびれがやミまする 最前から申とう存〔ジ〕たれ共かしやくに隙がなふてゑ申さなんだ こふ見るに閻魔王もお草臥と見ゑて御座る程に此くつわを少まいれ アト「汝が云通り殊外草臥た 左有らバ其くつわをくうてくたびれをやめう程にくわせて呉ひ シテ「安ひ事で御座る 迚の事にこしめしやうをおしよう程に是へよらせられひ 〔ト云テうつむきに犬馬などのやうにしてくつわをはめてのりて云〕  いかに閻魔王某を責たがよいか 是がよいか アト「是ハ何とする シテ「何とするとハ此くつわをはめてからハ某がしたひまゝぢや 急で極楽ゑの道引をせひ アト「あゝ口をしや だまされた シテ「いそげ〳〵 アト「なふ腹立や まんまとだまされた ゆるして呉ひ シテ「なにのゆるせとハ くわつし〳〵 〔ト云テこし成むちにてたゝく〕 アト「あいた〳〵 〔ト云テめいわくかる時ばくらう謡〕 シテ「〽博労閻魔をたらしツヽ 地 〳〵 くつわをかませうちのりて浄土へとてこそいそぎけれ〽〔ト謡ながらまくの内へのりこむなり〕   シテ はくらう 白ねり袷 狂言袴 前を取り こしおひ 乱髪 扇こしに指ス むち 〈せいらい〉のやうに右の方のこしうしろにさしくつわをくびにかけ出ル   アト〈朝比奈〉鬼同前出立也 廿八 餓鬼十王 〔シテ〈半銭〉のごとく供も同弐人ニテモ三人ニテモ 其内一人札ヲ持 常のもん札のごとくにする ゑづ如此也 (「長サ三尺程」と書いた札の図) 大勢出ス時ハさがりは也 〈半銭〉の謡ト同前也 大勢ならバ札持弐人金ト黒きト持テ吉〕 〔次第〕 (シテ)「地獄の主閻魔王〳〵六道にいざやいでうよ 〔地ヲ取テ名乗〈八尾〉同前〕 地獄の餓死(ガシ)以の外也 〔左〕有に依てこの閻魔王が自身六道に出(イテ)て罪のきやうじうをたゞさうずると存候 シテ「いかにごくそつ トモ「御前に候 シテ「罪人が来らバつれて来り候へ トモヲニ「畏て候 〔皆々座ニつく ざい人〈八尾〉同前 何人ニても 但し一セイニテハ二人程出テよし〕 サイ人「悲しやな 我むもれ木にあらざれど花咲事もなかりしに身のなるはてハ哀なり 詞「是ハ娑婆の縁付キ黄泉(クハウセン)の旅人((ママ))おもむく者共にて候 先そろり〳〵と参らう トモヲニ「人くさい 〔常の如ク責 ゑんまの前へセメ行〕 罪人を責てまいて((ママ))御座ル シテ「夫ハざいがうのふかひ者共ぢや たゞすに不及 はやかしやくの時も来ル 急で地獄へ落さふずる サイ人「あゝめいわくな事で御座ル シテ謡「かしやくの責も只今なりと 地 〳〵 もちたる札をおつとり直シ地獄の釜をてう〳〵どうてバ罪人共ハ皆つく〳(゙)〵と外に顕たり(レミヘ)けれバ 〔爰ニテ外ノさい人桐((切))戸より出ワキ正面ヘ一同ニナラヒテモ〕 シテ「責よや〳〵と下知すれバ トモヲニ「あつきハ仰を承りてかしやくをせんとて立出れバ シテ「十王猶々いかりをなして 地「鬼の持たる鉄棒(テツボウ)を追取数多の罪人追立テ〳〵東西南北追廻シひじゆつとつくして責けるが地獄の釜をふミはづしてまつさかさまに落給いて シテ「罪人共よ助て呉よ 地頼ぞ〳〵(タノ)むとよばわり給へば 餓鬼も人数よりて見よと閻魔の腰ニ縄を付て ゑいや〳〵と引上れハ 鳴々がきに引上られて 大勢ばつと寄せいすれハ シテ「今ハ十王力を得て嬉しやと悦給ひて皆打つれて閻魔王ハ浄土へとてこそ急けれ 〔かまの作物出れば正面也 出ヌ時ハ正面かまの心ニして落タルテイ〕   シテ ゑんま 但し僧の方もシテニスル 何も出立〈半銭〉の通り    札持 そばつき すきかんむりニテモ   △■■■…(綴じ込まれていて判読不能) 廿九 東大名 (シテ)「罷出為((たる))者ハ隠もなひ大名て御座る 某訴訟之事有り永々在京致 先召遣ふ者を喚出し申付ル事が有ル 太郎官者居るかやい (太郎冠者)「はあ 〔常の通り〕 (シテ)「汝を喚出スハ別の事てハなひ 身共も永々の在京の事なれハ殊外気がくつしてわるい程ニ今日ハ町表へ出てなくさもふと思ふが何と有うぞ (太郎冠者)「尤永々の事で御座ルに仍テさぞお気もつまらつしやれませうがさりながら御訴訟も御座り夫に町表へ出させられてハ人の口かいかゞ御座る 内で何成共お慰に被成てよふ御座らう (シテ)「内でハ別に慰がないが何がよからふぞ (太郎冠者)「せうぎ成共ごなりとも又まりなどもよふ御座りませう (シテ)「いやこせうぎハそばて見ても其まゝねむう成て慰にならぬ (太郎冠者)「夫ならバまりに被成ませい (シテ)「まりハけもすれ共是も慰にハならぬ (太郎冠者)「夫ハなせに (シテ)「人のけるのハうゑゝ上る 某のけれバつつとわきき((ママ))へゆき〳〵するに仍テ面白ない (太郎冠者)「夫ならバ御尤で御座る (シテ)「何がよからふぞ (太郎冠者)「何がよふ御座りませふぞ (シテ)「やい よい事が有か汝に咄にくい (太郎冠者)「是ハいかな事を被仰るゝ 私にお咄被成にくい事ハ御座りますまひ 何成共早う仰られませい (シテ)「夫ならバこちゑこい (太郎冠者)「あ (シテ)「やい是ぢや 〔耳も((ママ))そばにて云〕 (太郎冠者)「やゝ 夫ハ成ますまい (シテ)「ゐや〳〵それてなければ慰にならぬ (太郎冠者)「扨夫ハとこに御座りまするか (シテ)「いや心安うてハない (太郎冠者)「ない物が何と成まするそ (シテ)「爰元ハ都の事ちや程ニ町表ニハいか程も有ふ 汝ハ大義ながら町表へ出テかゝへてこひ (太郎冠者)「あゝ (シテ)「やい代にハかまわぬ程に随分きりやうのよい者をかゝゑてこい (太郎冠者)「畏て御座る (シテ)「頓テもとれ (太郎冠者)「心得て御座る 〔是より常の通り (太郎冠者「)三条通りぢや 急てよはわらふ 常の通 売手〈末広〉同前 (太郎冠者「)此他りニ若い女中ハ御座らぬか かゝへとう御座る〕 (すつは)「いやそなたを果報なと云子細ハ都広いとハいへどそなたの尋さします上(※)郎やのてい主ハ身共ぢや〔※女中ハ身共ガ方ニおりやる〕 (太郎冠者)「あのそなたか 夫ならバよいきりやうの女中をかゝゑとう御座る (すつは)「成程よいきりやうのが御座る (太郎冠者)「して代金ハいかほどで御座る (すつは)「代物ハ万々両て御座る (太郎冠者)「夫ハ高直にハ御座れ共かゝへませう 急てあわせて下されい (すつは)「心得ました 追付是へたしまする程に直につれて帰らせられい (太郎冠者)「心得て御座る (すつは)「田舎をだまいて代物を取うと存ル 〔アトかくやへ入リしたくの間太郎官者ひとりことを云内アトしたくして出ル〕 (すつは)「やゝしたくハ出来まして御座るが (太郎冠者)「更ハお供ゐたしませふ こう御座りませい 私も御内に居まする 向後ハ御目を下されませい 頼ふだ人ゑ御出被成たと申さふならばよろこばせらるゝて御座らふ ゑ参る程に是ぢや たなふだ人御座りまするか (シテ)「太郎冠者がもとつたと見へた 〔常ノ通〕 してかゝゑてきたか (太郎冠者)「中々 (シテ)「どこにおいた (太郎冠者)「御内に御座る (シテ)「急で是へ出せ (太郎冠者)「畏て御座る あゝ是で御座る (シテ)「扨々よふでさしました こふ通らしませ 〔ウナツク〕 やい太郎冠者盃をだせ (太郎冠者)「心得ました 〔盃ヲ出ス アヽ〕 (シテ)「やい きりやうハよいか (太郎冠者)「中々 よふ御座りまする (シテ)「汝がいた事ぢや程ニゆだんな有まい (太郎冠者)「随分きんミ致ました (シテ)「そうであらう  (同)「夫ならバ一ツのふで (太郎冠者)「よふ御座りませう (シテ)「さらハさしまする 〔うなづく 女呑テ〕 さらバこちへ被下い 〔ト云テ又請ル 太郎つぐ 三ツ四つ呑内ニとり色々有〕 (シテ「)つぐな 扨々上手(ゼウゴ)ぢや (太郎冠者)「されバ夫程迄ハきんミ仕りませなんだ (シテ)「さらば目出度のまふ (太郎冠者)「よふ御座りませう 〔爰ニテ二ツ三ツのミてとれと云 太郎取テ又戻ル〕 (シテ)「やい太郎冠者 汝ハくたびれで有う 勝手へいてやすめ (太郎冠者)「いやよふ御座りまする (シテ)「いや〳〵用があらハよばふ程にやすめ (太郎冠者)「夫ならバ勝手へ参まする (シテ)「なふ太郎官者も勝手へいた程におきさしませ 都女郎とて始からよこにならしました 〔色々有 わきへ行しかた有り〕 是をとらしませ 物をいわしませ とるぞ のふ腹立や やひ太郎官者 (太郎冠者)「何事て御座る (シテ)「あれみよ 大のすつはぢや たまされた かほみよ やい爰な者〳〵 (すつは)「あゝゆるして被下い (シテ)「あのおふちやく者 やるまいぞ 〳〵 〔酒ニよいたるてい ねテいる〕   シテ常ノ通 太郎官者も同前    すつ は 前ハ狂言上下 前((?))後すきん 乙ノ面 はくかつぎ出ル     〔追込之時面取テにくるなり〕 三拾 泥閑 〔是ヲ〈春作〉共云 〈春作〉ハ外ニ狂言有 テイカント云所ヲ春作ト替テ是ヲモ用ル〕 ワキ「せひなくたもつおんじゆかい〳〵人ハたつとく思ふらん 〔地ヲ取 詞〕 是ハ筑紫方より出為((たる))僧て御座る 某未東国を見す候程に此度思ひ立東国修行(アンキヤ)と心指候 〔道行〕 住なれし我里を立出テ〳〵足にまかせて行程に名にのみ聞しおふはかや樽井の宿に着にけり 詞 急候程に樽井のしゆくに着て候 又是成所に樽を数多置れて候 謂のなき事ハ候まじ 所の人に尋ませう 所の人の御座るか 間「誰て御座る ワキ「是成所に樽を数多置れて候が謂のなき事ハ候まじ 語テ御聞せ候へ 間「さん候 あれニ付謂の有を語テ聞せませう いにしへ此所に泥閑と云し人の有しが殊外の上戸にて毎日ひめい((未明))より暮ル迄酒を呑程に〳〵終にハ呑死にせられし跡なれば所の人々痛敷存樽レ酒を数多手向られ候 お僧も逆縁ながら吊((弔))うて通せられひ ワキ「さあらハ逆縁ながら吊((弔))て通まするぞ 間「御用の事あらバ仰られ候へ ワキ「万事頼ませう 間「心得ました ワキ「是(サテ)ハこれ成ハ聞及にしでひかんのきうせきかや いさや御跡吊((弔))わんと思ひよるべの樽枕〳〵むしろもふるきひんそうの破レ衣をかたしきて 夢の酒きやうを待居たり〳〵 シテ「新酒しひのませしやうちうむねにしむ 上諸白の手樽の内荒茶碗こいしや 上戸衆の哀のミたきかんなべに中成ごしゆのあつきにもふゆるおミきハ心よや ワキ「ふしきやな 法躰の身にて 手樽を持顕出給ふハもし泥閑にてましますか シテ「実やよきさけハ徳利に入ても隠なし 名乗らぬさきにそこぬけとおみしり有こそふしきなれ たゝ〳〵酒を呑給へ ワキ「御心安思召 五はい十はい入の大さんも上戸の呑ハいとやすし シテ「ましてや我ハそこぬけの ワキ「実面白の酒宴の友あひにあいたり 所の名も此武蔵の大さんを シテ「思ひ出たり 古性の月すミ渡ルよもすから 地「かの長半があて呑もかくこそあらめ 我も又すい筒をひらきて酒物語申さむ 〔カケリ〕 シテ「もとより泥閑ハ 地「日本一の酒呑なればかしこのおひわい爰の酒宴に憚呑推参すれバをそれてごしゆをバしひたりけり〳〵 シテ「泥閑心に思ふやう あつはれよわき酒呑やとてつけざし中呑さん〴〵にちこや若衆の御盃ておつかけ追つめしいふすれバ手むかふ者ハあられ酒の呑じにせんと思ひ定ておふきなかめにずんふと入テうへよりしめぎをおしあてらるればまなこハ白酒身ハひや酒の寿命ハ水のあわもりとしゆこう地ごくにすミ酒なりしを今有がたきミのりを江川のくせいの舟に大筒太平徳利とつめてさをさし樽を呑つれてすゞしき道のひや酒をせんばひはかりものミほしゆけば是ぞまことの九こんの浄土〳〵のあま酒や なむあま酒のちろりと見へてぞうせにけり   シテ  小嶋厚板 きなかし こしおひ 角頭巾 中啓 腰ニ指 面祖父 二升入ほとの樽さけて出ル   ワキ  むしのしめ 水衣 狂言はかまくゝり こしおひ 合仕頭巾 じゆず   間 のしめ 長上下 小サ刀 扇