鷺流狂言『宝暦名女川本』「本書綴外物」翻刻 永井 猛 稲田秀雄 伊海孝充 凡 例 一、鷺伝右衛門家の有力な弟子家であった名女川家の五代目辰三郎(?~一七七七)によって宝暦十一年(一七六一)頃に書かれた鷺流狂言『宝暦名女川本』全二〇冊ほどのうち、「本書綴外物」(笹野堅氏旧蔵、法政大学能楽研究所現蔵)を翻刻する。 一、翻刻方針は、本誌前号(第四四号)の「鷺流狂言『宝暦名女川本』「盗類雑」「遠雑類」翻刻」と同様である。ただ、節付部分は〽〽でくくって節付記号は省略するとしたが、ゴマ点のない場合は、くくらずに記号を記した。 一、「本書綴(とじ)外(はずし)物」は、狂言本から八七曲(※)にわたって口伝等を含む数丁の綴じを外し、それらを集めた秘伝集である。 一、この冊は、天保五年(一八三四)に「大笑(だい さく)道人」なる後人が目録を付け装釘している。 一、数曲を除き、ほとんどの曲が途中から始まっており、一見すると何の曲か分からない。「大笑道人」の目録を参考に丸カッコで曲名を記し、通し番号を付けた。曲名表記は現存の『宝暦名女川本』に拠り、現存しないものは、『鷺流狂言伝書宝暦名女川本 萬聞書』(わんや書店、一九七七年)の「惣狂言目録」(一〇二─一〇四頁)に拠った。参考として角カッコで大笑道人の目録表記を示したものもある。 一、特殊な冊でもあり、利用の便を考えて「解説」を付記した。その最後に所収目録も載せておいた。 一、書誌等については、本誌前号(第四四号)の永井猛「新出 鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れについて」を参照されたい。 一、翻刻は、1〈真奪〉~33〈宗論〉を永井、34〈金津〉~64〈節分〉を稲田、65〈雷公〉~94〈布施無経〉を伊海が担当して原稿を作成し、全員が全体を閲覧点検した。解説は永井が担当した。 一、法政大学能楽研究所には、貴重な蔵書の翻刻公開許可ばかりでなく、研究所紀要『能楽研究』の紙面まで提供していただき、篤く感謝申し上げる。 〔本稿は、法政大学能楽研究所「能楽の国際・学際的研究拠点」二〇一九年度・二〇二〇年度共同研究「新出・鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れ(笹野本)についての基礎研究」(代表:永井猛、稲田秀雄、伊海孝充)の成果の一部である。なお、申請時には以前の通称「笹野本」を使用したが、現在は「能研本」と通称している。〕   (※)本誌前号の「新出 鷺流狂言『宝暦名女川本』 の離れについて」では、「本書綴外物」の所収曲について「八四曲」としていた(五六頁)が、今回の翻刻作業で、大笑道人の目録にない曲が〈瓜盗人〉のほかに〈三人夫〉〈法師が母〉〈引敷聟〉の三曲あることが分かったので「八七曲」に訂正しておく。  また、「遠雑類」の〈鶯聟〉について、「曲名のみ知られていて内容不明」(五六頁)としたが、『享保保教本』に「遠雑類」と同程度の記事があり、田口和夫氏によって、「鷺流狂言〈鶯聟〉」(「能楽タイムズ」三九五号、一九八五年二月)、「狂言と昔話」(『能・狂言研究』三弥井書店、一九九七年、六三八頁)で紹介され、内容についても考察されていた。「曲名のみ知られていて内容不明」は間違いであったことをお詫びする。  この他にも間狂言台本「遠応立」の「拾六、千寿(○)寺」を「拾六、千尋(×)寺」(六二頁終りから四行目)、「四拾、神有(○)月」を「四拾、神無(×)月」(六三頁一行目)としていた。こちらも訂正しておく。 (永井) (「本書綴外物」)        本書綴外物目録  一 ○真奪  二 ○隠し狸  三 ○仁王  四 ○千鳥  五 ○太刀奪 女 六 ○児盗人  七 ○筑紫奥  八 ○牛馬  九 ○相合烏帽((ママ))  十 ○佐渡狐 十一 ○雁かり金 十二 ○鍋八撥 十三 ○祝詞神楽 十四 ○福之神 十五 ○鞍馬参 十六 ○宝之槌 十七 ○隠れ笠 十八 ○末広 十九 ○夷毘沙門 二十 ○煎し物 女 廿一 ○髭櫓 女 廿二 ○河原太郎     ○引括     ○比丘貞     ○大般若     ○若市     ○呂蓮     ○花折     ○宗論     ○金津     ○名取川     ○米市     ○井杭     ○同     ○武悪     ○止動方角     ○素袍落     ○富士松     ○豊三     ○鱸包丁   ○酢薑   ○皹   ○船ふな   ○鞠座頭   ○三人支離   ○瞽女座頭   ○川上座頭   ○花見座頭   ○不聞座頭   ○伯養   ○梟山伏   ○犬山伏   ○祢宜山伏   ○柿山伏 鬼 ○鬮罪人   ○朝比奈   ○八尾   ○首引   ○節分   ○神なり ○ぬけがら ○雞聟 ○同 雞聟 ○渡聟 ○大名事ノ名ノリ果((過)) ○鼻取相撲 ○秀句傘 ○今参り ○萩大名   ○岡大夫   ○墨塗   ○入間川   ○靱猿   ○老武者   ○唐相撲   ○花合戦   ○横座   ○鳴子   ○水汲   ○歌僊   ○薬水   ○枕物狂   ○祐禅   ○楽阿弥   ○通円   ○布施無経 右通計八拾有六種 天保五年十月十日装釘 大笑道人   思ふに是ハ口伝をこと〳〵く書たれハもし本書をもよふ((む))ものゝありしためにのそきけるもしらす しからハいよ〳〵秘書なる事語をまたず (1) 真奪     前方致候〈しんはい〉 アト「是ハ此他りに住居致者で御座る 先召遣ふ者を喚出し談合致す事が有 太郎冠者居るかやい シテ「はあ アト「いたか シテ「御前に アト「汝を喚出すハ別の事でなひ 此間各々あなたこなたの立花ハおびたゝしひ事でハなひか シテ「御意の通りしたゝかな事で御座りました アト「某も近日各々を申入て一立花せうと思ふが何とあらふぞ シテ「内々。御意なくと。申上うと存て御ざるに是ハよふ思召よらせられて御座りまするアト「扨ハ汝も左様に思ひ寄たか シテ「中々一段とよふ御座りませう アト「其義ならば幸けふハ暇じや程に東山へ真を切にゆこふ シテ「是ハお慰ながら能御座りませう アト「追付ゆこふ 汝供をせい シテ「畏て御座る 〔太郎冠者太皷座へ行太刀ヲ持出ル 道行〕 アト「慰おゝいといゝながら取分立花などゝ云ハ面白ひ物でハなひか シテ「誠に私躰の者もこかげから見ましてさゑ面白ふ存じまする程に各々様の面白ふ思召ハ御尤で御座りまする アト「次手ながらけふハゆるりと遊山してもとらふ シテ「誠に久敷う東山辺へ御出被成た事も御座らぬ程にゆるりと慰せられて能御座りませふ 〔ト云テ廻ル内ニ通手はしかゝりニテ名乗〕 通テ「是ハ東山他の者で御座る 去ル方へ〔花の〕真を約束致た程に持て参らふと存ル 〔道行〕 早々遣しとふ存じたれ共暇を得ませいでおそなわつて御ざる 乍去随分見事な真を持て参ル程に満足であらふ 〔ト云テ廻ル 太郎冠者見て主ヲ橋掛か又大臣柱か〕 シテ「あれへ見事な花の真を持て参る 御覧せ(ロウジ)られひ アト「誠にあれは見事な真じやなあ シテ「私参りてもらふて参りませう アト「むさとした事を云 聊尓に呉ハせまひ シテ「手間もいらずもらふて参りませふ 夫にまたせられひ 〔主橋掛りに待テイル〕 シテ「申々 通テ「こなたの事で御ざるか シテ「中々 夫ハ見事な真で御座ルがどこで切て御座つたぞ 通テ「身共ハ東山の者で御座れ((ママ))が三條他りへ約束致て持て参る シテ「扨ハ左様で御座るか 近頃聊尓な申事なれ共其真を所望致したいが何と御座らふぞ 通テ「そなたハそこつな人じや 約束して持て行と云にくれいとおしやる事が有物か シテ「いや さうおしやつた物でハなひ そなたハ東山の人なれば又求る事がならふず ぜひとも所望致たひ 通テ「ぜひとも所望せうとハりふぢんな事をおしやる どうでもやる事ハならぬ シテ「此上ならぬとおしやらふとまゝよ 云かけてからの事じや程におさへて成共もらいませう 通テ「そなたハおかしい事を云 おそらくおさへてもらわればもらふてみよ シテ「其義ならばもらふてみせう 〔ト云テ真ニ取つき太刀下ニ置テ取ニかゝる たがいにねしあひ引かつてよろこひ主の方へ持テ行 太刀をわすれて行ヲ通手見て(通手「)一段の物を置ていた と云テ太皷座へ持入 下ニイル 又太刀もちなからねじあひ太刀と真と取替もする シテ「たなふだ人御座りまするか〳〵 アト「何ともらふたか シテ「中々もらいました アト「何としてもらふたぞ どれ〳〵見せひ 〔ト云テ真ヲ取テ〕 扨々見事な真じや 能くれたなあ シテ「いやと申たをむりにもらふて参りました アト「やい 汝に持せておいた太刀ハなんとした 〔太郎官者きもつぶして見ニ行テ成共又しや((ママ))んしてなりとも〕 シテ「扨も〳〵にが〳〵敷い事をして御座る 其真をとらふ事存て太刀のおもひがけが御座らなんだが定て今のやつがとつてゐた物で御座らう 〔主真ヲむしりてすてる〕 アト「是ハいか程もとめうとまゝ (2 隠狸) おのれハぜうのこわひやつじや 今度ハつれ舞にせう シテ「夫ハともかくもで御座る 二人「いとま申て帰ル山の 〔大小ノ方へ行〕 地「春は梢に咲かと待し 〔扇の手ヲ前ヘ出し跡へ開クヲシカケルト云〕 二人「花を尋て山廻り 〔大臣柱の方より目附柱方見テ小廻り〕 地「秋ハさやけきかげを尋て 二人「月見る方にと山廻り 〔開イタ扇ヲ前へ出し上へ上ル かをもあをぬいて月ミル〕 地「冬ハさへ行しぐれの雲の 〔扇ハ開両手上テ目付柱より大臣柱の方へ廻ル〕 二人「雪をさそいて山廻り 地「〔こまわり〕廻り〳〵て〔左右〕りんゑをはなれぬ〔上ヲさす〕もうしうの〔ひやうし〕雲の〔両手ニて扇をつへにしてのびあがり〕ちりつもつて山姥となれるきじよが有様 〔太郎の左りの方ヘ行 又右の方へ行〕見るや〳〵と〔とひあかりて下ニイル〕峯にかけり〔正面上ヲミル〕谷ニひゞきて〔太郎ノ方へ扇ニてさす 太郎も主ノ方へさす〕今まて爰に有よと見へしが〔主扇さしかざして大廻り はやくのくをおい廻し夫より扇きりかへしてん〴〵廻りする時に〕山また山に山廻り やま又山に山廻りして アト「是ハなんじや〔ト云テ狸に手ヲかけて〕 シテ「物で御座る アト「ものとハなんじや シテ「むじなで御座る アト「やれおふちやく者 やるまいぞ〳〵   シテ  嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 狸四つ足を布ニていわへる   アト  紅段のしめ 長上下 小サ刀 扇 腰懸を後にさげル 〔〈山姥〉ノ舞に峯にかけりと下を見る 谷にひゞきと上を見る事習也 口伝 谷ニテハ下ヲ見ル事なし ミねニてハ上を見ず〕 〔シテ中入してたぬきをせおふて出ルヲ聞 主(「)されハこそ是へうせをる と云テふたいのまん中ニて行合(主「)ヤい汝ハ今狸ハ〳〵と云たてハないか ト云 (シテ「)いやたぬきハないか〳〵と云て尋まするか一つも御座りませぬ 主(「)扨ハ此市ニハ一つもないか (シテ「)中々 しておまへハとこへ御ざりますか〕 〔此狂言云合次第〕 (3 仁王) 似たやうに御座る 立頭「誠に誰やらに似まして御座る 〔ト云テいろふてみる〕 誠に人はだで御座る 後立衆「どれ〳〵是ハ仁王のおわらやりまする 〔ゑて此やうな事にハ狐たぬきのわざか御座ル〕 「少こそくりませう 〔ト云テ立衆左右へ廻りうしろより〕 立頭「くす〳〵〳〵 〔シテすいぶんこらへて夫より笑テ〕 立頭「なふかたりで御座る シテ「あゝ助て被下ひ〳〵 皆々「やれ盗人よ〳〵 おふちやく者よ やるまいぞ〳〵 シテ「ゆるして被下ひ〳〵   シテ 出立 下ニじゆばん 上ニ嶋の物 狂言袴クヽル 肩衣 腰帯 菅笠持出ル 後ニ仁王の時肩衣取テ両はだぬきじゆばんを出ス ゑんびずきんを中をくゝりてかぶる 太皷の撥を持 前ニこしかけ置 尤ふたを返しテさいせん箱の心なり   アト  段のしめ 長上下 小サ刀 扇    立衆  大せい出ル 皆のしめ 長上下 小サ刀 扇 さいせん 女帯 或ハ小袋 小サ刀なと持参して仁王へ上ル 〔(アト)「誠にさま〳〵な物が有 それてそなたハよからう程に内へかへつて内義((儀))に見せさしませ (シテ)「畏て御座る 先是をハこなたへおあつかり被成て被下ませい (アト)「心得ておりやる 是ハおびたゞしい事じや程にもはや是でおかしませ (シテ)「左様て御座りまするか〕 〔山王ノ仁王ノ事 あんの仁王 右の手ヲ開ゆびさきをわきはらの方付テイル 左りの手にとつこをよこに持 正面の方へ高ク上テ持 但しあたごのハとつこをかつぎ候やうに持 同 うんの仁王 左の(ヒダリテ)にぎり手一はいにさし出ス 右(ミギ)手の手を開わきばらのあたりに付ゆひさきをよこの方へして〕    (4 鵆[千鳥]) 〔ト云テひほを以テのりて二三返云テ樽ヲ引テのく〕 サカヤ「是々どこへ引ておりやる シテ「いや是ハ引すぎた所で御座る サカヤ「とかく此様ニ樽の入事ハ面白うなひ シテ「で御座る サカヤ「中々 シテ「樽のいらぬ事 あゝ思ひ出しました けいばを御ろうしられて御座ルか サカヤ「いや夫も見た事がなひ シテ「とてもの事に是をも致しておめに掛ませう 是にも相手が入まする こなたハ先へ扇をひろげてばゞのけ〳〵と云て御座れ 私ハ跡から馬に乗まして色々の曲が御ざる サカヤ「是ハよからふ 樽ハいらぬか シテ「中々 樽なとの入事でハ御座らぬ さりながらかき竹がちと入まする あゝ是によひ物が御座る さあ〳〵さきゑ御座れ サカヤ「心得た 〔扇ヲ開テ〕 ばゞのけ〳〵 〔目付柱ノ方より左ノ方ヘ廻ル〕 シテ「御馬が参る〳〵 〔右之通り云テ一返廻り (シテ「)御馬が参る〳〵 ト云テアトヲ竹にて大臣柱の方へたゝきふせ〕 サカヤ「是ハ何事をするぞ 〔シテ竹ヲ捨テ樽ヲ以テ〕 シテ「御馬が参る〳〵 〔ト云なからはしかゝりへ行〕 サカヤ「やい〳〵どれへ持て行ぞ 〔シテふり帰り見て〕 シテ「是か お馬が参る〳〵 サカヤ「やれ おふちやく者 やるまひぞ〳〵   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  ○主 熨斗目 長上下 小サ刀 扇   アト酒や 色無段のしめ 長上下 小サ刀 扇    腰掛布付テ長サひなん程ニてよし 竹杖一本 〔シテ云時ハひやうしをすこしふミ両手を左右へのつて右へ小まわり〕 〔△二度目 めつけばしらへずか〳〵とはや足にゆく 又大臣柱の方へもはやあしにゆこふとして見付ル しのぶていを云〕  〔三度目 開扇をさしまわしきりかへしひだりへ小まわりのる〕 〔四度目 ながきひやうし 千鳥あしびやうし しまいに三ツびやうし ひだりまわり〕 〔五度目 シテ柱のきわより扇こしへさしぬきあしにて樽とるまねをする〕 〔△しのふていの事 初ニひやうしふミてひだりへまわりて正面むくと云テもよし〕    (5 太刀奪) 通手「是ハ何事ぞ アト「何事とハ シテ「さあ〳〵みたか〳〵 最前某をなぶつたがよひか 是かよひか 〔ト云テシテしつへひをあてる〕 アト「いらぬ事をせずともはやうしばりおれ シテ「畏て御座る 〔ト云テなわをとてきてよるまねをするト通手太刀のこしりニてシテのせかな((ママ))をつくところりところひおきてよる 又太刀ニてころはかす〕 アト「其様なじやうだんせずともしばりおれ シテ「はあ 〔ト云テなわをふたひに丸クして置て〕 きやつが足を是へいれさせられひ アト「其様なじやうたんをせずともうしろからしはりおれ シテ「はつ 〔ト云テ両手ニて縄を以テ横にかけうとする かけそこのふてむかふへとひ 又かけよふとしてよひ〕 アト「其様な事をしをらずともうしろからかけひ シテ「心得て御座る 〔ト云テうしろより主へかける〕 かけました アト「夫ならバはなすぞ シテ「中々 はなさせられひ アト「そりや シテ「がつきめ 〔ト云テアトへかけてころばす〕 アト「是ハいかな事 身共じやハ シテ「誠にたなふだ人じや 二人「やれ やるまひぞ〳〵 アト「とらへてくれひ やるまひぞ〳〵    シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ○アト主 段のしめ 長上下 小サ刀 扇   通テ  のしめ 長上下 小サ刀 太刀さけて出ルト有り   縄ニ布切四五尺程 〔北野々おちやうずのゑの事 毎年六月七日也 御鎮座のよくねんよりはじまり其日虫ほしにて色々の宝物を出シ参詣の者ニ是をおかまする 尤ふしぎあり いわく硯ばこに筆二本つゝ毎年六月七日に取替入置候処二本共ニ遣候様にわるくなり候〕 〔御ちやうず水 からす丸通にしき上ル町東かわ中程ニ井戸有 常にしめはりて有 六月七日より十一日迄此水にてちやうずをつかひ参詣致候 仕合よきよし〕 〔近衛関白様ノ御姥ノ子息物語杉本為徳老ニ承候〕 (6 瓜盗人) (シテ「)罪人に成事もしれぬ ざい人の方も稽古致さう 〔ト云テ縄両手ニて持首へかけて引はりて〕 ゆかんとすれバ引とゝむ とゝまねんば杖にてちやうと打 〔かゝし杖ニテかたをたゝく〕 是ハいかな事 とゝまねんば杖にてちやうど打と云たればゑひつがひにうつたに仍テきもをつぶした 〔ト云テなわヲ取引テミル〕 是じや よひかげんにこしらへた物じや 〔又ふしを付テ〕 ゆかんとすれバ引とゞむ とゝまれんば杖にてちやうと打 〔謡の内にアトそろ〳〵とすわふや面ヲとつて〕 アト「かつきめ やるまひぞ 〔ト云テ杖ニテうつ〕 シテ「是ハだまされた  アト「なんのだまされたとハ シテ「はあたすけて被下ひ アト「やるまひぞ〳〵 〔△ゆけとゆかれぬしでの山 ゆかんとすれば引とゞむ か様に云事も有也〕   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   アト 出立シテ同前    かゝ し 腰掛の上ニわらの巻たるニうそ吹の面ヲ懸 ゑぼしきせル それへ竹を通しすわふの上をきせる 右之方ニ竹杖持せつなを引テ置ク 後ニアトかゝしニ成時すわふの上ヲキテ面を懸 大臣ゑほし前へ折  つへとつなとを右の手ニ持テイル 杖竹二本 かゝしの竹共ニ三本 〔〈爪((瓜))盗人〉習 羽織ニ小サ刀さす 但シ元祖鷺伝右衛門常の刀ヲ指出ル 「是ハ此他りに住居致スれいのさび者て御座ル 今晩去ル方へ夜咄に参る 是より常の通り 爪田にくつをとかずヲモ云 爪ヲ取ル時刀をバそばに置テしよてに爪ヲ取ニ行時つか〳〵と行か習 かゝしを見付て其まゝ刀を取テ 文撰ノ内ニ有 △爪田不入レ沓〔納(イレ)履〕 李下(ニ)不正(カンムリヲタヾ)レ冠(サズ)  ○聖人云○瓜田ニ履(クツ)ヲトク 李下(リカニ)直(カンムリヲ)レ冠(ナヲス) ○賢人云爪田ニ沓をとかず 李下冠ヲたゝさず  ○是ハ文撰ノ内ニハ見へず △後謡替 ○よろ〳〵としておきあかれんばつへにてちやうど打 習〕 〔「アトかゝしをつくる内のことば云テよし   (アト「)わたくしのかやうにこしらへましてからハ人間ハ申におよばず けたものまでもおそれて中々そばへもよりつく事でハ御座らぬ 大方よさそうな 見た所が一段とよい 又此間に見まいませう ト云テ太皷座イル〕 〔「かゝしがシテヲつへにてたゝきたる時ニきもつふしあたりを見る (シテ「)是ハいかな事 たそつぶてを打たか あたりに人も見へす とゝまれんばつへにてちやうど打というたれハよいつかいにうつたに依テきもをつふした ト云テ縄ヲ引テみて (シテ「)是ぢや よいかげんにこしらへた物じや ひけばあがる ゆるめればばつたり〳〵〳〵 ト云テ笑テ (シテ「)今一度けいこいたそう〕 〔△初ニこのはを取に行時つか〳〵と行きとるか習なり〕 〔(アト)「是ハ此他りに住い致者て御座ル 某毎年爪((瓜))を山にたくさんにつくりまするか身共の爪ハ殊外ふうみかよいと有テ何もほめさせらるゝに依テ又とうねんも相替らずつくつて御座る もはやあじのつく時分て御座る程に参様子をみやうと存る いやいつもきつねたぬきか付か定て当年もあらすて御座らう くるほどに是ぢや 是ハいかな事 さん〳〵ふミちらした 又きつねたぬきか付たそうな 何といたそうそ 思ひ出した かゝしをこしらへて置うと存ル いやいかにちくるいて某のひそう致作り物をかくのことくあらすに仍テほうどあきはてた 大方よさそうな 見た所か一段とよい もはやとるやうな爪ハないかしらぬ まだあぢかつきそもない 又二三日中に見まふと存ル  (アト)「此中爪はたけへ見まふたれハ殊外よふなりた程に今日ハとらうと存て罷出た 先そろり〳〵と参らう 参る程に是じや 是ハいかな事 かき〔ヲ〕もやぶりことに爪のつるもきり 是ハさておどしをもころばしておいた いや是ハけた物のわさてハあるまい 盗人かはいつたと見へた 何といたそうそ いやおもい出た〕    (7 子偸児[児盗人]) じや 参て見う 〔ト云テふたいヲ見てまくの方ミて〕 申御座りまするか 主「何事じや 女「しらぬ男がお子様をだいておりまする 主「夫ハ盗人であらう やい〳〵盗人がはいつた 裏へ人をまわせ 是にハ某がついて居るぞ 〔ト云テかたきぬのかたをぬき太刀ヲぬきシテ柱へ出ル〕 女「なふ〳〵皆の衆 でさせられひ 〔はしかゝりニていう〕 主「おのれやる事でハないぞ シテ「盗人でハ御座らぬ お座敷を見物にまいりました 主「夜中に見物にくるという事ハなひ のかす事でハなひぞ 〔ト云テ太刀ふりあくる 女ていしゆの方とめる (女「)あゝ先御待被成れい〕 シテ「いや真実盗人でハ御座らぬ 御子様のもりに参りました 主「もりにきたとハにくいやつの から竹わりにしてやらうぞ 〔女とめる〕 シテ「どふでもきらずにハおくまひか 主「おんでもない事 シテ「 さらば此子をきれ 〔ト云テ子サシ出ス〕 女「申々 おこさまがあふのふ御座る 主「 是悲((非))に及ぬ 世忰共に切てのきやう 女「其お子をこちへ返せ 主「のけ〳〵 〔女ていしゆへとりつく〕 シテ「 夫程切度 ハ是をきれ 〔それかしの命をたすくるならハ此子をそちへもとすぞ〕 〔ト云テ子ヲ下ニ置た((て))にけて行〕 主「どちへ行ぞ にくひやつの やるまひぞ〳〵 〔ト云テていしゆおつかけてはいる 女あとより子ヲたいて〕 女「のふいとおしの ちやつとこちへ御座れ やれ〳〵あぶない事で御座つた   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 こしおひ 扇 又かたきぬなしにもぎどうにてする事も有り 後に子の上にかけたる小そでをきて子をあいするしまひも有り   アト主 のしめ 長上下 小サ刀 太刀さけて出ル   女 薄((箔))の物 さけ帯 ひなん   ○子ハ 人形也 薄((箔))かうつくしき小袖にてもする 但しほうこにてもよし 〔台殿〳〵台が娘梶原 鎌倉尼御台ノ古事有由 垣をやふる事 ○ぐわさ〳〵〳〵〳〵めり〳〵 ○ぐわさ〳〵〳〵 此かきをやふればにわぢや 〔ト云テカキヲコス〕 此あまどをなぜにさいておいたぞ 〔戸明ル 常ノ通り〕 ありやけをおかれたそ よいに客か有たと見へた 茶湯道具が取ちらいて有ル 此かまハ見事じや あしやそふな さび色がよい あいらしい子ぢや うばよぼふか ○あんよぼろ〳〵 殿様((?))へ参らう ○子のうしろを持テ云 ○おうばも御座れ おさしも御座れ ○たいが女房かしわら 庭鳥がくるぞ とゝ〳〵や 〳〵 はしの下のせうぶハたがうへたせうふで 〔フシニテ云〕 ○〽みのきてかさきてかつたハおもしろい〽 ○〔太刀ヲ打付ルトキシテマハル〕 某をたすくるならバ此子をそちへもとすぞ〕 (8 筑紫奥) お笑い被成るゝ様にと申まする ソウシヤ「やい よふきけ 汝等ハ万蔵工((雑公))事を御赦免被成 其上におとをりまで被下てゑミをふくうで笑(ハラ)ふ(ウ)た上にも笑(ハロ)ふ(ウ)て下る 某ハまた奏者の切じやと有て未明よりひやいたをあたゝめてなんのおもしろい事があらふぞ ちつとも笑ふまい シテ「尤左様で御座れども昔からも物の目出度事ハ三神相応と申まする 両人斗わらいましてもすまぬ物で御座る ちとお笑ひ被成ませい ソウシヤ「ゐや 身共ハ笑ふまい シテ「左様に被仰てもちとおわらい被成ませい 夫へ参て刮(コソク)りませう 〔ト云テ右ノテにて奏者のわきの上こそくる〕 シテ「ちとお笑い被成ませい ソウシヤ「ゐや わらふまひ アト「ちとおわらい被成ませい ソウシヤ「いや わらふまい シテ「ちと ソウシヤ「いや アト「ちと ソウシヤ「いや 〔両人して左右より奏者をこそぐり出し舞台のさきにて三人一所ニわらいとめなり シテハ奏者の右アドハ奏者の左の方ニイル かくやへはいる時ハ奏者シテアド〕 〔シテつとを正面へ出テ取テシテ柱のきわへきて中を見るていをして〕 〔△いや○-○〳〵〔大廻し小廻し〕大廻し初のいやにテ二ツひやうしをふミ二度目の(「)いや ト云ニハひやうしなしにつとを小廻しにして三度目にハつとをまわさすに口にて(「)いや と云テ○-○-○とろとト三つひやうしふむ〕   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 つと竹に付ル もちの葉か椎の葉をつとの所々にさしかたげ出ル  ○アト出立 シテ同前   奏者 のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔(アド)「せけんにハにようたつれも有り 又にやわぬつれもおりやるがそなたも百性((ママ)) 身も百性 此やうなによふたりかのふたりの事ハおりやるまい (シテ)「某もひとりたひ人てめいわく致たがそなたと同道するやうな大慶な事ハをりなひ (アド)「身もつれほしいと思ふ所にそなたと同道致様なうれしい事ハをりない  百性事道行どれへ成とも入テ云テもよし  (シテ)「誠ニ打つゞきほうねんの御代成ニ依テ万民我等ごときの者まてもいとなミをらく〳〵とくらすやうな大慶な事ハをりない〕 (9 牛馬) よひが身共のハ前がとおふてわるうおりやるは アト「誠にそう見へておりやる かけい〳〵 シテ「なふ〳〵先またしませ アト「して是は何として乗り出さうぞ シテ「ゑい〳〵と声を三つかけて三ツ目に乗りださう アト「一段とよからう 二人「さあ ゑい〳〵〳〵 アト「かけい〳〵〳〵 シテ「させい〔ウシハいごかぬ むりにたゝきあるかセるてい 右の足を引テ〕〳〵〳〵 〔アトノ跡ニ付廻ル〕 アト「〔左りへ廻り〕かけい〳〵〳〵 シテ「させい〳〵〳〵 〔シテハぶたい アト(「)させい〳〵 ト云テ橋掛りの中程へ行テ〕 アト「見ゑたか かつたぞ〳〵 〔シテハふたいに居る〕 シテ「いや みへハせまいぞ アト「なぜに シテ「おそうじも淀はやうじもよどゝ云事が有 まけハせまいぞ アト「いや〳〵さうハいわせぬぞ かけい〳〵 〔ト云テアトハ楽ヤへ入 シテハふたいにいて牛をたゝく 牛ハあしのおそきゆへにシテハきをせきなからはいる〕 シテ「させい〳〵〳〵   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 竹杖のふときに耳と角を付黒垂ヲ掛ル 布ヲ付テ引テ出ル むち持出る 竹の長サ二尺六寸程    アト 出立 シテ同前 是も竹杖のふときに耳を付白垂を掛 布ヲ付テ引テ出ル馬也 むちの長サハ寸法其人のちより中さしのゆびまてに〔こしにさし〕くらべて切ル 袴 脚絆ニて括テよし   ○目代 のしめ 長上下 小サ刀 扇  〔 △月平砂を照せばと云時に東を見るなり 又平砂を照せば と云時に下を見るなり  △ 大方月と云時に上をミる也 平砂を照せバと下ヲミル 是ハ常の也  △ 夏の夜のしもと云時にさす所むちのさきをしたへさすが習也 なつハ南なり  △語過てすわぶきにて留ル △アト馬の語さら〳〵と語てよし〕 (10 相合烏帽子) さらハわこりよ和哥を上さしませ アト「まつわこりよあけさしませ シテ「松のみとりもときわにて アト「竹のよわいもちよかけて シテ「松もろともに 二人「さかへけり 〔アトシテのこしいたに手ヲかけていてはなれぬやうにして三段舞 太皷打上テ〕 二人「あら〳〵目出たや〳〵な 鶴と亀とのよわいの弐つ 松もろともに竹うへそへて〳〵さこふる御代こそ目出度けれ 二人「ゑい 二人「いや 二人「いや   シテ アトトモニ嶋の物 狂言袴 きや半ニてくゝル か けすおふ こしおび 扇 シテ松のは付のゑた アトハはつきの竹かついて出る     又ア ト奏者 段のしめ 長上下 又すわうにても 小サ刀 扇 折烏帽子     小キ だいに折ゑほしのせ出ス 造物 松竹台弐 かさハ二ツ 〔初ニ奏者出スだいハちいさきたいに折ゑほしのせて出ス 後にきる時のたいハ後見出ス 是ハ大ふり成たいの上ニまん中に折ゑほし前方ニとし付テよし 尤だいのあしの付所をひろく致さねハ二人一所にかふりし時にだいのあしの間へ両人のつむりはいりかね申候 かふる所ニかさのわ二つ付申候〕 (11 佐渡狐) 殊の外お奏者がひかせられた シテ「いやそうもおりない アト「最前わすれた 狐のなきようをとわなんだ 何と鳴ぞ シテ「もはやお奏者の前を過た事じやに仍て鳴声はよふおりやるハ アト「よひと云事が有物か ぜひとも鳴声をきかねばならぬ シテ「なんじや 是非鳴声をきかねばならぬ アト「中々 シテ「狐の鳴ごへハ 〔ト云テシテうろたへてなりの事やいろの事をいう 又ハあしの事など云時に〕 アト「夫みさしませ なひ 其腰物をおこさしませ 〔ト云テとらうとする時に(シテ「)先またしませ〕 シテ「狐ハ物と鳴ハ アト「何と シテ「物と アト「なにと シテ「ちゝくわい 〔ト云テにくる〕 アト「やれ おふちやく者 やるまいぞ〳〵 〔(シテ)「狐の鳴ごへハいぬのやうな物じや (アト)「それハなりの事てこそあれ なきこへをいわしませ (シテ)「なきごへハしろいもあり あかいも有り (アト)「夫ハ色の事てこそあれ (シテ)「あゝ思ひ出した 四本〳〵 (アト)「夫見さしませ そのこしの物をおこさしませ〕   シテ  嶋の物 狂言上下 腰帯 小サ刀指ス 扇 ほうせうの紙折テしんを入 水引ニテ結テ持出ル   アト 出立 シテ同前  ○奏者 色無段のしめ 長上下 小サ刀 扇  (12 三人夫) 〔(奏者)「そうあれハ只今哥の会が有 汝等の国ヲ折入一首よめと被仰出た 急テよミませい 「是ハ有がたい事て御座りまする 「わこりよハ何事をいわします 「いや 一首つゝ下れうと有てハないか 「むさとした事をいわします うたを一首よめと仰らるゝ事じや 「いや 哥と申物ハついによふだ事か御座りませぬ 三人共に御めん被成ませふ タガイニジギヲシテ あわぢが国のはしまりじや程にそなたいわしませ 三人してよむ (奏者)「そうあれハ名ヲきけと仰らるゝ 名ヲ申上ませい (アト)「私ハつうじと申まする (奏者)「つぢとハ道の事か (アト)「いや 名をつうじと申まする (奏者)「是ハめつらしい名じやが子細が有か (アト)「とうと日本のつうしを致に仍テつうじと申まする (奏者)「つうじ (アト)「中々 (奏者)「そちハ (又アト)「まかじ (奏者)「何じや まむし (又アト)「いや まかじと申まする (奏者)「汝ハ (シテ)「是へ参らう (奏者)「いや〳〵それにいていへ〕 〔帰ル道にてさかつきをばいやいてわる事 長州ノ本ニ有写 「是見さしませ あまり有がたさに国元へ取ていていたゞかせふと思ふて是迄取てきた 「さて〳〵よい物を取てわせた 万蔵工((雑公))事を御しやめん被成るゝもおとをりを下さるゝも一とうじや程にわこりよばかりにハやらぬぞ みどもらにもくれさしませ 「是ハいかな事 われたハ 「誠にわれた 「何と数かおふをなつたてハないか 「其通りじや 「是を取ていていたゞかせう 「なふ〳〵らく中を舞下りにせいと仰られた いざまわふか (「)よからう 「さりながら何とわかを上た物てあらうぞ 「されバ何と上てよからうぞ 「思ひ出した さいわい此かわらけかわれたがめでたい わかに上まいか (「)一段とよからう 「身共の上うぞ おさまる御代のしるしとてかわらけわれて ○常ノコトク〕 〔ソウシヤ「そちが名ハ何と云ぞ アト「私ハつうじと申まする ソウシヤ「つぢとハ道の事か  ソウシヤ「そちハ ツレ「まかじと申まする ソウシヤ「まかげとハいたちの事か シテ「〔道行〕誠に打つゝきほうねんの御代なれば万民我等こときの者まてもいとなミをらく〳〵とくらす かやうなありかたいしやわせな事ハ御座らぬ  〔和哥〕 みな人のつかさくらいのまさるにハかわらけわれてすへさかへけり トモ云〕 (13 鴈雁[雁かり金]) 金のと云事ハ御座るまい ソウシヤ「汝も奇特ニ申上た 〔正面向テ〕 はあ、は、〔ヤイ〕御意被成るゝハ両人ながら奇特と申上た さうあれば万蔵工((雑公))事を御赦免被成るゝ 二人「扨々有難仕合で御座りまする ソウシヤ「又前々ハ被下ねどもおとをりまて被下るゝ 有難と存知ませい 二人「是ハ又一入忝ない事で御座りまする ソウシヤ「是へよつてたべませい 二人「畏て御座りまする 〔二つつゝのふて〕 ソウシヤ「も一ツづゝ給て洛中を舞下りに仕れ 二人「畏て御座る さらばもお暇申上げませう ソウシヤ「行か 二人「偏にお取合で御座ると存知て忝なふ御座りまする ソウシヤ「目出度 よふきた さらバ〳〵 シテ「なふ わこりよと某の様な果報な者は有まいぞ アト「中々 其通りじや シテ「扨洛中を舞下りに致せと仰出された 目出度うたをふ アト「よからふ シテ「さらばわごりよから和哥お上さしませ アト「心得た 〔ト云テ謡ながら袖のつゆを取る〕 厂がねのつばさや文字をかさぬらん 〔シテモアトノトヲリニスル〕 シテ「帰鴈つらをやみだす覧 〔二人つれ舞ニて三段の舞有〕 二人「荒々目出度や〳〵な 年の初のお祝のひぶつ 三かいの珍物 取々のお肴 シテ「参る人も 二人(「)民もたぬ((ママ))しむ秋の田の アト「厂金 シテ「鴈 くゞゐ 二人(「)きんちよ((金鳥))も参る 千年の鶴の代合((齢))をたもちて上一仁((人))より下万民迄〳〵鴈くいに成こそ目出度けれ 二人「ゑい 二人「いやあ 二人「ゐや    シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  ○アト出立 シテ同前  ○奏者 熨斗目 長上下 小サ刀 扇 〔(シテ)「なふ〳〵そなたと身共の様な仕合な物ハ有まい (アト)「其通りじや共 (シテ)「万蔵工((雑公))事御しやめん被成るゝ 其上におとをりおまて被下た 此様な大慶な事ハない 急て下らう (アト)「一段とよからう (シテ)「がおそうしやの被仰るゝハらくちうをまいくたりにせいと被仰た わこりよ和哥を上さしませ 替の舞「あら〳〵めてたや めてたやな いつれのしいかを引合すれど鴈と云も同し名の かりかねと云も同し名なれバ鴈くいに成こそめてたけれ 百性((姓))事シテ道行替ノ詞 どの百性事ニ入テ云テモよし 「誠に打つゞきほうねんの御代なれバ万民我等こときの者迄もいとなミをらくらくと暮に仍テか様な有難ひしやわせな事ハ御座らぬ トモ云ナリ〕 (14 鍋八撥) 云ハ シテ「扨はきやつが心得がなをつたと見へて御座る 目代「さう見へたよ シテ「礼を申ませう 目代「よからう シテ「ばちをかしやつて祝着に存る アト「お礼迄も御座るまい シテ「さらば打まする 目代「急で打て 〔アトノ通り左の手へばちを二本持さしあける ふへかつこの段ふく ひやうしふんて出あとへ飛テ帰り左右してはちにてかつこの様ニほうろくをたゝく きもふつぶしはち捨る 其まゝアトばちをとる〕 目代「何とした シテ「心入がなをつてかしたと存知たれば此朝((浅))鍋を打わらせうためかして御座る 目代「いぢのわるい事をしたなあ シテ「今度ハ合打に致ませう 左様に仰られませい 〔ト云テ太皷座へ杉ノ葉ヲ取ニ行〕 目代「心得た 今度ハ相打にせうと云 是へ出よ アト「心得ました 〔シテトアト二人共ニ正面向テ初ノ通りアトハ右ノ手ニはち二本持正面へさし上ル シテハ杉ノはを二本右ノ手ニ持テアトノ通りニする 吹かたひしきニしてかつこの段吹也 アト笛ニ合せてひやうしをふむテさきへ出 夫よりあとへ両足そろへて一そくにとぶ 二ツとんで又三つとふ い上数五つとふ也 左右にてはちをとりわけてかつこをうつ シテハ杉のはニてほうろくを打ながらめん〳〵廻りニ小廻りして正面むくと左右へのりながらはち二本共ニ右のてに持 左りの足をうしろへ上テ右の足ニてちがり〳〵とあるきてシテ柱ノ方へ行 シテもあとの通りにして笛座の上の方へくる たがいに座ヲ入替りて面々に小廻りして又左右にてばちを取分テかつこを打テ左ノ方へぐわつしテかつこを打 又ばちにてぶたいの板をたゝき又右へくわつしてかつこを打 ぶたいの板をたゝき又左りへくわつし 右の通りニして立テのつて又はちを右のてに二本持テ左りの足上テはしめのとをりちがり〳〵してアトハ元の笛座上へ行 シテハシテ柱の方へ入替り右の通りニ三度左右へくわつし かつこを打テ立テのりなから小廻りの内ニアトハ二本のばちをこしにさす 正面真中ニて車かへりを一ツしてかくやへ入ル 其時シテハあとの方へのりなから引テ前ノ方をアトを通シアトはしかゝりの方へ行ヲのりなからミをくりて杉のはを太皷座の方へなげてアトまねして車かへりせうとしてきもをつふしのつて小廻して右の手を下へつきほうろくを左りてにておさへてはらんはいニ成てハおきあがり二三度してシテ柱ニテ腹をし付わる △アト車返り一ツしてハつつと立 又一つ返りてつつと立テはいるがよし 時ニより幕の内まで車返りしてはいる事も有り  △アトノ時ハ笛をひしかぬ也 シテノ時ハ笛をひしぐ也 △ほうろくわれぬ時の事 (シテ「)是ハいかな事 わりやうかと存たれバかミのかたひお家じや ト云テ目出度云テ𠮷 又時ニより目出度事の時はほうろくわらずにもとむる也 其時ニも此詞云テよし シテ柱ニテほうろくわると笛をやめるとたまつてかくやへ入ル 又時ニよりほうろくわれると(シテ「)かずがおふなつて一だんとめてたひ ト云テよし  △高きやにのほりて見ればけむりたつと云所を移徙ニテ火を除ル時ハたかきやにのほりて見ればかすミたつと云テよし   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 ほうろくさけて出ル  ○目代 熨斗目 長上下 小サ刀 扇    アト  嶋物ニテも腰替りのしめニても 狂言上下 腰帯 かつこ 棒ニ付ル ばちをもはさむ    作物  ほうろくの耳へ布切三尺斗通しゆい付ル 耳なくハ穴を明テ通す 杉葉少シ紙ニテ包 後ニほうろくを打也 〔△棒ノ時ノ拍子 アト正面向テツクト笛ヲ吹出ス トヒロ トヒロ ト  ヒロ  トヒロ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ─\  ─\  ─\─\─ ㊧   ㊧   ㊧ ㊧ ㊧ ひやうしをしまい右の手を上テぼうをふら〳〵とふりなから小廻りの内ニ両手ニテ持 くる〳〵と廻して正面むくと又元のやうニ棒つくと笛やめる  シテぼうのかわりにほうろくをふる ひやうしもふりやうもアト同前 △かつこを打時ノ拍子 ㊨ ◯同 ◯同 ◯同 ◯同 ◯同  ㊨ ㊨ ㊨ ㊨   ─\─ ─ ─\─  ─\  ─\   ◯   ◯ ㊧ ◯同 ◯同 ◯同 ◯同 ◯同  ㊧   ㊧   (一足飛(同       ㊨ ◯同  ○─○─○ ─\ 同 同 同 ㊧ 右ノ通り笛ニ合セテ正面へ踏テ出ル 拍子ヲ踏留テ跡へハ両足そろへて一足飛也 一ツ宛二度飛 跡ハ三ツツヽケテ飛テ三ツ拍子踏 高きやにのぼりて見ればけふりたつと云事をわたましの時ハかゑるなり 高きやにのほりて見れバかすミたつと云テよし〕 (15 祝詞神楽)  〔のつとかぐら (シテ)「きん上さいはい〳〵。夫天照太神と申ハ。いざなきいざなミのみこと。あまのいわくらのこけむしろにて。男女のかたらいをなしたまい。一女三なんのもふけ給ふ。一女とハ天照太神宮山田が原にかミとゞまりまし〳〵て。あかきをバ人間と名付。黒きをバ牛馬と定。一さいしゆぜうをりやくせんため。中にもあら神と見へさせ給ふハ。あめの宮に風の宮。きたにさいくうかゝみの御やしろ 〔○〕あさまがだけにハふく一万こくうそう〔次○〕 惣して日本の大小のじんぎおとろかし奉ル。まもらせ給へ きん上さいはい〳〵〕 よき年号はじまりはじまつて白かねの花咲こがねのミなり じ((ば))んもつ和合する時を以てうやまつて申 謹上さいはい〳〵〳〵 〔御子も一度に神楽を始る〕 アト「お神楽こそめてとふおわしませ 命ながうちうようのぞいて 〔神楽をもう〕 シテ「あゝかしましや 祝詞にまぎれてなつてこそ 気毒なやつがうせた わきへのいたがましじや 〔ト云テ橋かゝりニて一の松のきわか又ハシテ柱ノキハモよし〕 同「さいはい〳〵と祝詞お申せバ神ハひれいをなしてよろこび給ふ 謹上さいはい〳〵〳〵〔神主いやかりはしかゝりへ行と大臣柱にて正面むいて〕 アト「お神楽をかしましいと云てわきへのかれた 猶ちか〴〵と寄ませう 〔ト云テそこにて二段め 和哥ヲ云〕 はるか成沖にも石の見へけるハ恵比須のごぜのこしかけの石 〔又神楽舞〕 シテ「守らせ給へ さいはい〳〵 〔▲そばへよりて右のことく舞 神主いよ〳〵かしましがりあそここゝへにげ(「)さいはい〳〵 お云 神子ハよろこびてひたものおつかけてあたまの上にて鈴をふる 神主いよ〳〵いやがる内に神楽にのりて後うつりまい しやぎりどめ〕   シテ 神主 小嶋厚板 狂言袴括ル 大臣ゑほし前へ折テ こしおひ へい 又ほいの出立 あさきのさしぬき     黒風折ニテもよし   アト 御子 はくの物 きながし 白ねり 水衣 帯せすに前をはりにてとぢ付ル そはつきのうしろをはなし前をこしおびにてしめてよし 又そばつぎなしニもする すゞ かつら はねもとゆいにて 末広 鈴のゑにふさ付テも𠮷      かつらかけやうの事 耳をたして懸ル時ハかづら帯をする 耳をたさすにかづらかける時ハかづらおひなしにする物なり    ○御子シテニする時ハ乙の面ヲカクル      白ねり水衣無時ハ太夫方へかりにやる 太夫ノ方ニ水ねりの水衣ハなきよし 其時ハ白キしけの水衣ト云テよし   テイ主 のしめ 長上下 小サ刀 扇  〔御子神楽を舞時太皷座へ行ふところよりすゞを出し左の手ニ末広ひろけてすゞのさきをおさへてシテ柱のさきへ出テ初の和哥を云出ス 左右の手を開キさきへ少出テ又あとへ少引テ目付柱の方へ角とつて又大臣柱の方へ行テ角とつて左りへ廻りさまにシテのつむりの上ニて鈴をつよくふる 其時ニシテ御子のかほを見てはしかゝりへ行 一の松ニ下ニろくニいて又のつとをいう 御子ハシテ立テ行と其座ニて小廻りをして鈴をくわら〳〵とならしてとめて二段目の和哥を云 爰ハ大臣柱のきわ也 扨ひやうしをふミ左り方へ大廻りしてシテ柱のきわへきてちいさく小廻りしてシテの方をミて左右へのつてミせる シテ御子の方を見て少々つゝうつりテハ又かまわすにのつとと云 御子ハすゞを左右へふりわけてすゞを前へふり扇をうしろへしてすゞふりて見せる シテもそれを見てうつりのりてたとふとしてハしらぬかほして下ニいてのつとを云 二三度ものつてたとふとして夫より立て御子のまねする 御子あとの方へ左りの足上テ右のかた足ニてそろ〳〵あとび((じ))さりにして笛座の座へ行 シテも御子の通りニしてシテ柱のさきへ出ル たかいにのつていて夫より入替り御子ハシテ柱シテ笛座の上ニてくわつし三度して又元の座へ入替り面々ニ小廻り正面向テ鈴をふりわける 両手左りへ出ス時ハ左りかたあし上ル かほハあをのいて右の方をミる 又右の方へ両手をやる時ハ右のかたあし上ル かほハひたりの方むく 四五度もかくのことくにふりわけて夫より御子さきへたちてシテをあとに付大廻りしてめん〳〵に小廻りして正面むくとしやぎりとめ也 (アト)「千代の御神楽参らすれば神もうれしく思召せ 此神もうれしくおほしめせ (アト)「てうよふさいなんのぞいて息才((災))ゑんめい所もはんじやう末さかへけり 神楽ノ事近頃改ル シテ柱ニテ和哥ヲ上ケ正面へ鈴ふり出ル あとへさがり扨目付柱の方へ行 右足引テ又大臣柱ノ方へ行 右ノ通り 大廻りニかゝり神主を見付テつむりの上ヲ鈴つよくふる 其時神主御子のかほ見て立テシテ柱へ行テ下ニイル 御子又シテ柱の方へ廻り行ク 右ノ通りシテ耳ヲふさいて一の松へ行下ニイルト御子はシテ柱ニテ鈴やめテ詞云テそこにて二段目の和哥ヲ云 橋かゝりの方向テ左右へよひ出し是より〈大般若〉同前〕 (16 福の神) アト「たのしう成たさにか様にあゆミをはこぶ事で御座りまする 〔御座りまするなト云テツレノ方へウツスト ツレ(「)をゝ ト詰ル事も有ル〕 シテ「たのしう成といつハ先もとでがなけれバならぬが夫が有か ツレ「其もとでが御座りませぬに依てか様ニ年籠を仕まする シテ「いや もとでといつは朝夕の身のおこないやうが有よ アト「左様之義をバ存知ませぬ シテ「しるまい さあらばたのしう成様にしてとらせうが何事も某の云ごとくにせうか アト「何が扨 ふつきにさへ成ませうならばいか様ニも仕ませふ シテ「汝も其通りか ツレ「中々 左様で御座りまする シテ「さあらバ其様子を只今謡に作つてうたふて聞せう程に何事も某の云様ご((?))とくにせい アト「畏て御座りまする シテ「いで〳〵此ついでに 地 〳〵 たのしう成様語テ聞せん 朝をきとふして慈非((悲))有べし 人の来るをもいとうまじ めうとの中にて腹立べからず 扨其後にハ我等が様成福殿にいかにもお福をけつこうして 扨中酒にハ古酒をいやと云 程もるならば〳〵〳〵(同拍子)たの(左 右)しうなさで ハかのふまい 〔ト云ト笑テかくやへ入〕 〔△謡囃子有 皆本地 ○ふくでんト云所がトリ也 末の狂言の時ハはやしなしにもいたし候〕 〔△(シテ)「ふしん尤じや 是ハ汝等が年月あゆミをはこぶ福殿成が殊ニ当年ハ福ハ内へとしんずるに仍テ今より後ハ息災延命子孫はんじやうに守らんとおもい福の神是迄出現して有ぞとよ (アド)「扨々是ハ有難きて((ママ))御座りまする (シテ)「両人ながら是へつつとでい (両人)「畏て御座る  (シテ)「汝等ハよい所へきが付た 松尾の明神ハ日本の神々の酒奉行成故是へ進上申さぬ内ハ諸神の請取せらるゝ事がならぬ  (シテ)「たのしう成といつはもとでか入よ (シテ)「もとでといつは金銀の事の様におもふがそふでハない 朝夕の身のおこないやうの事じや 只今某がじげんに作つてのこしおく程にさう心得い (アド)「畏て御座る (シテ)「汝も其通り〕   シテ  衣紋三ツ着付 薄((箔))織物 つぼ折 薄((箔))織物か綾か かるさん 金入の腰帯 金入ニテ包たるゑぼし前折 金末広 面福神か二神蛭子ニテモ 末ノ狂言ノ時ハ薄((箔))織物二ツへり 狂言袴くゝり 黒ゑほし前折 白地墨絵末広    アト二人 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 腰桶     △烏帽子 薄((箔))ヲ置 宝づくしをさいしきに書テもよし   〔替拍子  ㊨ ㊧ ㊨  ㊨㋪㋯㋪◯      たのしうなさでハかなふまひ〕 (17 鞍馬参) りや まいらせた アト「たばつたりや たはつた シテ「夫ハ余りねば過まする 兎角某のひやうしにかゝつて申ませふ程にこなたハ左右で請取せられい アト「身共がひやうし数寄じやに汝ハ生相た者じや 急で渡せ シテ「畏て御座る 同「鞍馬の大非((悲))多聞天の御福を主殿に参らせたりや 参らせた アト「たばつたりや たばつた シテ「参らせたりや まいらせた アト「たばつたりや たばつた シテ「まいらせたりや 参らせた アト「たばつたりや たばつた シテ「まいらせた アト「たばつた シテ「参らせた アト「たばつた シテ「まいらせた アト「たばつた シテ「あゝと被仰い アト「あゝ シテ「申々 目出度事が御座る アト「何事じや シテ「御福ハ御蔵にとうど納て御座る アト「一段と目出度 いざこちへこひ シテ「畏て御座る アト「英 シテ「はあ   シテ 太郎官者 嶋物かのしめにても 狂言上下 こしおび     扇    アト 主 のしめ 長上下 小サ刀 扇 但シ主をしてにしてもくるしからず   脇狂言ニする時ハ少と目に立いしやう𠮷 〔道行 (シテ)「世間でハこなたをねこたのしひと申まする (アト)「夫ハなぜに (シテ)「惣していちもつのねこがつねにハつめをたしなふでおいてわか用の時たしまする こなたも其ごとくつねにハちと物しう御座ルがこゝわと申時にハくわらり〳〵とおだし被成るゝで左様に申まする ト云〕 〔(シテ)「あゝと仰られひ (アト)「あゝ (シテ)「一段と目出度事が御座ル (アト)「何事じや (シテ)「おくにふるはが二三枚残テ御座る (アト)「殊外めでたひ いざこちへこひ〕 〔△脇狂言ならハ右の通りに云てとむる 又末か中ならば (アト)「なんでもなひ事 そつちへうせひ ト云テ留ル 前ハかくのごとくにとめる 其時のきやうによるべし〕  〔鳩杖(ハトツヘ)八拾歳ニテツクト云々〕 (18 福の神) 〔〈福ノ神〉ニ三ツへりの事 田安御殿御能ノ時 三之丞〔ヲ〕改仁右衛門時 〈福の神〉被仰付候 其節従御殿金入のへり拝領 あなたより神躰事故かけ申候てもくるしかるまし由被仰出候か今迄狂言ニ金入へりかけ申為事なく候間観世太夫へ右段申相勤候由 其後宝暦八戊寅五月十八日堀田相模守殿ニテ能御座候時 又仁右衛門へ〈福神〉被仰付候所ニ観世太夫より狂言ニ三ツへりと申事ハ無之由以後ハ二ツへりにて被成由ニ候 仁右衛門より申候ハ只今迄神躰事ハ三ツへりに致来候由申遣候 三つへり成不申候ハヽ御屋敷へも御断可申由申候へハ夫ハともかくもと申越候間仁右衛門ハ急病ト御断屋敷へ申遣シ其夜ル八ツ時ニ矢田清右衛門使ニて伝右衛門方へ右ノ段申越候 尤大蔵弥太郎方へも申遣候由御座候 屋敷へ仁右衛門替りハ弥太夫参二ツへりニて相勤候由其以後ゑりの事相済不申候由後ニわり入テ観世大夫申候ハ仁右衛門殿御一代ハ白の三ツへりハ御無用と申相済候由色をませての三つへりにてハなく候 白の三ツへりの事なり〕 (19 宝の槌) と目出度 いざこちへこい シテ「畏て御座る アト「英 シテ「はあ   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  ○アト主 色無段熨斗目 花々敷長上下 小サ刀 扇   宝屋 熨斗目 長上下 小サ刀 扇    造物 槌 小サ刀 一腰    〔脇狂言ノ時ハ (アド)「是ハ此他りで大果報の者で御座る か様に天下治り目出度折からなればかなたこなたの御遊覧ハおびたゞしい事じや 先召遣ふ者を呼出し談合致ス事が有 太郎官者いるかやい (シテ)「はあ (アド「)いたか (シテ)「お前に (アド)「汝を呼出スハ別の事でない か様ニ天下治り目出度御代成に仍テ此間かなたこなたの御参会ハあらけない事てハないか (シテ)「御意のごとく此間かなたこなたの御振舞ハおびたゞしい事で御座りまする (アド)「夫に付て夜前皆のおたちやる時どつとお笑やつたを聞たか (シテ)「中々 お声斗をは承まして御座るがわけハ存じませぬ (アド「)しるまい 云て聞せう 重ての参会にハ目の前にきどくの有たからをくらべうとあるが某が蔵の内に目の前にきどくの有宝が有ルか (シテ)「御蔵の内をハ不残某の存じて御座るが左様の物ハついにミませぬ (アド)「汝がしらずハ有まい (シテ)「中々 (アド)「さためて都にハ有ふぞ (シテ)「都にハ御座りませいでハ (アド「)さあらバ求にやらう (シテ)「よふ御座りませう (アド)「汝登て求てこい (シテ)「畏て御座る (アド)「やい 人とくらぶるに某のかおとつてハいかゞな すいぶん念を入て目の前にきどくの有宝をもとめてこい (シテ)「畏て御座る (アド)「早う行け (シテ)「心得ました (アド)「ゑい (シテ)「はあ〕 〔▲〈宝ノ槌〉〈隠笠〉右ノ通りにもスル〕 〔▲鬼ノ持宝ハ隠蓑に隠笠 打出の小槌 しよぎやうむじやうじよと有り 文字ニして上々無上上ト書也 林道春云 委ハ〈隠笠〉ノ跡に書置ク〕 (20) 六 隠笠 〔初ハ万事〈宝の槌〉同前なり 主太郎官者売て皆同事 太郎官者宝を求ル時語の内に(ウリテ「)ミのと槌とハたいてん致す 此隠笠はかりハ都の重宝にと有てのこしおかれと((ママ))もねもよくハはなしもせうかとの申事ておりやる〕 シテ「扨は是ハ其時の隠笠で御座るか ウリテ「中々 シテ「是ハ聞及ふだ宝物で御座る 去ながら目の前に奇特がなけれバ入ませぬが何ぞきどくが御座るか ウリテ「中々 きどくこそあれ 其笠をかぶれば人の目に見へぬ 是が寄((奇))特ておりやる シテ「扨も〳〵夫はきどくな物で御座る さあらばちときてみせさせられい 見ゆるか見へぬか私が是で見とう御座る ウリテ「其事でおりやる 其笠の主がきれば見へず よの者がきればミゆる 最早そなたへうれバわこりよの笠じやに依てそなたがきれば人の目に見へぬよ シテ「それなれば弥重宝で御座る 誰がきても見ゑぬ事なれば其身の宝にハ成ませぬ ウリテ「其通りでおりやる シテ「夫ならばきてみませう ウリテ「一段とよふおりやらう シテ「何と見へまするか ウリテ「どこに居さしますぞ  見へますまいが アト「そりや見ゆるハ シテ「いやどこも見ゑますまいが アト「そりやそこが見ゆるハ シテ「ミへますまい 〔主扇ニて右のかたをたゝく 夫よりひたりのかたをたゝく〕 アト「爰が見ゆるハ シテ「いや見へますまい 〔両方のかたをたゝく 太郎ハ(「)いや見へますまい〳〵 と云 扨せなかをも(アト「)爰か見ゆる と云てたゝく (シテ「)いや見へますまい と云てにくる〕 アト「あのおふちやく者めが どれへうせおる やるまいぞ〳〵    シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ○アト 色無段熨斗目 花々敷長上下 小サ刀 扇   ウリテ 熨斗目 長上下 小サ刀 扇 菅笠 〔正保二年乙酉正月十九日ノ夜 大猷院殿様於御前御側衆ヲ召テ上三石ト云 林道春ヲ召出シ世俗ノ申伝ル所ノ世話を尋問へしとの義也 則道春御前へ被召出色々ノ雑談を御尋ノ内岡田淡路守尋テ曰ク狂言ノ詞ノ中ニ心得さる事有 蓬莱の嶌なる鬼ノ持たる宝ハ隠蓑隠笠打出の小槌じよ〴〵むじよといふ詞知かたし 故有にやと問 道春答申ハ隠蓑隠笠打出の小槌ハ上々無上上上無上と云義なり 彼宝ハ上々にして無上上無上ノ宝と云義なりと答けルとなり 延享比長谷川伊左衛門世忰仙五郎方より写参候 後ニ仙五郎伊左衛門ト云也〕 (21 末広加利[末広]) してよからう【ぞ】 思ひ出した 彼又九郎左衛門が拍子物をおして((ママ))御座る 自然此様な時にはやせと云事か 少拍子てみう 笠をさすなる春日山 是も神のちかいとて人が笠をさすならバ我も笠をさそうよ げにもさあり やよがりもさうよの 一段とよい 急てはやさう 〔ト云テふしを付テ云〕 笠をさすなる春日山 是も神の誓とて人がかさを指ならバ我も笠をさそうよ げにもさあり やよがりもさふよの〳〵 〔是より何へんもはやす シテ詞掛るト(アト「)されハこそお声ぢや ト云〕 シテ「太郎冠者めが拍子物をしてうせおる 〔ト云テのりなから廻り拍子一ツふミ云出ス〕 いかにや〳〵太郎官者 たらされたるハにくけれど拍子物が面白い 〔扇ヲ上ケうしろへさす〕 内へ入つてうなぎのすしをほ 〔両手上ル〕 はうばつて諸白をのめやれ アト「是も神のちかいとて人が笠を指ならば我も笠をさそよ シテ「何かの事ハ入まい 内へ入つてさしかけ アト「人が笠を指ならバ我もかさをさそうよ 〔是よりしやきり 扨主ニ付テ一遍廻り小廻りして主ハ笛吹ノ方太郎官者ハシテ柱の方ニてしやきりとめ〕   シテ 出立 紅段のしめ 素袍 小サ刀 扇 烏帽子 二ツゑりよし 但シ三ツゑりニテモくるしからず すわふむらがけなどなしたて成ハあしき物なり    太郎官者 のしめか嶋の物か狂言上下 腰帯    売手 のしめ 長上下 小サ刀 扇 傘 〔△シテ太郎官者をくわすと常のごとくににぐる シテおふて行 シテ柱に右の手をかけテねめる仕舞有 ○〈目近〉も同意 △内へ入テうなぎのすしをほふばつて諸白をくゑやれ共云〕 (22 恵比須毘沙門[夷毘沙門]) て。男女夫婦のかたらひをなし。日神月神蛭子素盞烏をまふけ給ふ。蛭子とハ某の事。忝も天照太神より三番目の弟なればとて。西の宮の恵比須三郎殿様といわゝれ。威光を顕し氏種((素))姓誰にか劣給ふべき。是は某の身の上の事。又あの比沙と云者ハ。仏と祝ハれば人間近き所にハ住ずして。鞍馬のつつとの奥に山居する事。是一ツのむやくなり。其上毘沙にハ主が有 アト「主ハ有まいぞ シテ「増長広目多聞持国と聞時ハ奈良の大仏ハ汝が為にハ主ではなひか アト「がつきめ ついてやらうぞ シテ「釣てやらうぞ シウト「如何にや旁聞給へ 誠の聟に成度ハ宝を我にたび給へ アト「いで〳〵宝をあたゑんとて 〔舞ばたらき 太皷打上テ〕 アト「いで〳〵宝をあたゑんとて 地 悪魔降伏災難の払ふ鉾を舅にとらせけり シテ「わとのにおれもをとるまじ 〔舞はだ((ママ))らき 太皷打上テ〕 シテ「わとのにおれもおとるまじ 地 商冥加作冥加万のさいわゐあらする釣針を魚ながら舅にとらせけり アト「猶も舅にほしがりて甲を脱て舅にとらせ シテ「烏帽子を脱て舅にとらせ 地「何れもおとらぬ福殿なれバ〳〵此所にこそ納りけれ 二人「英 二人「いや 二人「ゐや 〔毘沙門ハ左りへとむる ゑひすハ右へとむる 立どめなり〕 〔恵比須(ヱ ビ ス)三郎(サブロウ) 上がゝりハにごつテ云 仁右衛門方ニテもにごる〕 〔笑姿(ヱビス)三郎(サムロウ) 下がゝりハすむ 大蔵流ハすむ △摂州津国石津笑姿ト書ク〕   シテ  衣紋二つ三ツ 薄((箔))物 かるさん 白か浅黄の水衣 腰帯 たすき 大臣ゑほし左りへ折 じやうつかけ 金末広 鯛 釣竿 釣糸  ○アト 毘沙門 厚板 狂言袴脚絆ニテ括ル そばつぎ こしおび 透冠 扇 ほこ   ○舅 のしめ 長上下 小サ刀 扇    シテ面若ゑひす 二神 腰桶二つ アト面毘沙門 〔大事三地合テとふ △ゑひす出羽ニ幕ヲはなるゝとむこふを見こミ扨橋かゝりを二ツ程とんで出常のごとくシテ柱の先へ出てうとうなり とぶ時身のくずれぬやうにとぶがよし △ゑひすハ舞ばたらき仕舞 ふへやめるとひやうしふむト太こ打上テうたい出ス △よろづのさいわひあらするト云テまわるやうにして廻りかへル仕舞有也 △上ずかけ〔浄頭懸〕の事 当流ハ前方二筋かける △いげんけとハいのこんごう也 いでつくりたるそうりの事〕  (23 煎物) 〔荷茶ヤの絵図 高サ二尺八寸程 棚板はゞ一尺四方程 丸キ棒一本 長サ五尺 ふとささしわたし二寸程〕 〔せんじ物うりやうの事  は じめ 目付柱の方へ持て出 夫より立衆の方へ行うる 段々うりてひだりへ廻り作物のそばへ行 せんじ物のむ 又ゆをくミ入すゝぎふ〔キ〕んにてふき夫よりゆを入テちやわんちやせん持て出 二 度目 (シテ「)ゑい と云所ひやうし一ツふミ夫よりちやせんにてたてるまねしてすへの立衆より立頭の方へ段々うりて又作物のきわへ行 ゆをわき正面の方へすてるてい 又ゆくミ入てちやわんひしやくもちて  三 度目 (シテ「)おいた若い ト云時目付柱より大臣柱の方へ見廻し扨ちやわんを見ひしやくにて二三度くむていしながらひだりへ廻りて正面むくと三ツひやうしのりながらはしがゝりへ行小廻り 四 度目 はら立うり一の松のあたりよりひやうしふミぶたいへ出ル ひだりへ小廻してぐわつし右のひざつきひだりのひざ立てうるてい それより立てのり右へまわりひしやくにて 五 度目 (シテ「)天下太平 ト云時正面さしまわし夫よりきりかへしちごのかつ子を打をミる〕 (24 髭矢倉[髭櫓]) ばふむとも両のひげをばよもぬかじ ツレ地「たがいのもんどうむやくなり 髭をむしつてくれぬとてきつさきをそろへてかゝりける ゑひとふ〳〵 シテ「爰ハのかれぬ所なり 地 〳〵とてぢやうのとびらをおしひらき口の内より切て出 たてさまぎりよこさまきりに切たてられさすが女のかなしさわこらへずばつとぞにげたりける〳〵 〔シテ云〕 ゑひ〳〵おふ 女「其時女房腹を立 ツレ地(「)たゞかいだてを引やぶれとて熊手薙鎌(ナイガマ)うちたてゝゑひや〳〵とひいたりけり 〔シテのやぐらへくまてやかまをかけて引〕 シテ「すハ〳〵此髭ぬけそうなハ 地 すわ〳〵此髭ぬけかゝるとて シテ「爰やかしこをふせげども 地 たせひにぶせひ かなわずしてかひだて矢倉を引おとされて大勢ばつとよりはゞかりまんずる大髭を大きな鑷(ケヌキ)ではさまれて〳〵ねながらくつとぞぬけにける 〔ひげをけぬきにはさミさし上テ正面へ少出ル〕〔ツレ女皆々(「)ゑい〳〵おふ と云〕 〔ヲモ女先へはいる ツレ女皆々付テかくやへ入 其時シテハおきてあとよりだまつてはいる 又髭ぬくと其まゝきりとよりはづしてかくやへ入事も有り 又女皆々楽やへ入とおきあがりて髭のあたりをなでゝみて(シテ「)なむさん してやられた ト云テはいる事も有り〕   シテ 出立 花々敷厚板 すわふ 上下 小サ刀 扇 大臣ゑぼしうしろへ折テ大名出立 髭掛ル 後ニ右ノすわふのかたをぬきやぐらを首にかけ左ノ手ニ太刀ヲ持右ニ扇開持   アト 女 薄((箔))の物 さけ帯 びなん 後ニ中入して大臣ゑぼし後へ折 たすき 小サ刀指 長刀ヲ持 けぬき懐中する うしろのすそを少つまげて出ル  ○ツレ 女 四五人出ル 薄((箔)) ひなん さけ帯 くまで かまノ類持テ出ル 尤ゑを布ニてまく  ○ツテ((ケ)) テ のしめ 長上下 小サ刀 扇  ○アト 女 中入後ぬぎかけにもする   矢倉 造物 立七寸五分程 横九寸又ハ一尺一寸ニテモ 奥行七寸程 竹のわ長サ四尺七寸程   ○けぬき 長サ八寸    小のぼり 四本立テ 〔△人間万事賽((塞))翁が馬ト云事も有り〕 〔△謡本地〕  〔△鷺仁右衛門方ニテも大蔵流ニテもだいじやうゑと云〕 〔△大嘗会(ダイジヤウヘ) 天子御即位の年十二月卯ノ日頃多新米伊勢大神宮え献((?))し給ふを云なり〕  〔△さいのほこの役 御即位の節禁庭にいろ〳〵の鉾日月象の幢を立渡し武官の輩旗をふつて万歳を唱と有之 若夫ニ似たる事にても有之か〕 (25 河原太郎) をなをいて一ツたべう 〔ト云テさかはやしを下に置テかわけ((ママ))持 女徳利ニテつぐ 一ツ二ツのミ〕 さかつきかちいさい 其つぼのふたをおこさしませ 女「実と是で参れ 〔せうきのふたにてのむ 又徳利ニテつぐ〕 シテ「なふ 某ハ今迄酒を手にかくるとハいゑどもついにたきのミにした事がない たきのミに致さう 女「安事たきのミにさしませ 〔ト云テ徳利ヲ下ニ置 こし桶を持テつぐ のこりハシテのつむりよりつきかける シテ(「)是々 ト云〕 シテ「是ハ何事じや 身共に酒をあひせるか 女「たきのミにのませまする シテ「あゝもはやゆるしてくれい〳〵 女「モつとまいらいて とれゑ御座る やるまいぞ〳〵   シテ出立 嶋の物 狂言袴 かけすわふ こしおひ 扇     仁右衛門方ニテハ嶋の物 狂言上下 こしおひ 扇      後ニわらを持出てさしをのふまねする 尤立衆ニあ ふ時ぬりかさをきる    女出 立 はくの物 さけおび ひなん   こし桶 白徳利 大かわらけ 酒はやし   立衆 四五人も出ル のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔昔ハたきのミノ時ニ徳利ヲ取替ル 前方ニ水ヲ入テ置候由今ハせず 寛延三午三月廿三日観世太夫一世一代能ノ時十五日目今仁右衛門相勤ル 尤徳利に水ヲ入テ出たきのミの時シテのつむりよりあひせ申候〕 〔(シテ)「うれしや〳〵まんまとじやまをいれしすまいた 致様が有 女共又見もふた けふハ大分の人て有た程にあきないか有う 鳥目をつなごうと思ふてさしを持てきた さあ鳥目をださしませ (女)「のふ そこな人 よう其ような事をおしやる そなたがなんのかのとじやまを入テ酒をうらせぬに依テ鳥目があらうはづがない こなたハうつけた人じや それハたがそんじや (シテ)「何ぢや 鳥目がない をのれハにくいやつの あきないハせすにあそひにあるくと見へた 其上おとこをうつけと云 かんにんがならぬ 打ころしてくりやう (女)「是ハ又其酒ばやしを取ておれをちやうちやくするか あゝかなしや (シテ)「にくいやつの (女)「あいた〳〵 やあ思ひ付た 是これ先是を一ツのふで打なりともたゝき成ともさつしやれ まづのましませ (シテ)「なんのおのれ 人ののもふと云時ハのまさいで もはや今ハのまぬ 其さかつきも徳利も打わつてくりやう (女)「あゝそれハなんぎな 打わらうよりのましませ (シテ)「いかさま〔そちが〕云通りじや わつてすつるもついへじや それならハ一ツのもふか (女)「のましませ 先下に御座れ (シテ)「是ハよい酒ぢや けふハ念か入たやらいつもより酒かよわぬ (女)「それならハもつと参れ (シテ)「いかさま一ツや二ツてハかんにんがならぬ さあ〳〵つけ〳〵 のめハのむ程うまい そちものまぬか さそう (女)「わらわゝいやて御座る もはやよハせられたそうな (シテ)「いや〳〵此様な事でよう事てハない さあ〳〵つけ いさたきのミにせう (女)「心得ました うしろよりつきまするぞ (シテ)「是ハいかな事 いかにたきのミじやと云てもあたまへ酒をあひせをるか おのれにくいやつの うちころすそ (女)「あれ足もたゝぬなりてつへとりばへをしやる あのなりハ 〔女わらい〕 (シテ「)おのれをかしい とこへうせをる ○右ノ〈河原太郎〉ハ藤田市右衛門本ニ有写置也〕  (26 拽括[引括]) 前からちりを結んで成共とる物じやと云程に何成共おこさしめ シテ「いんでさへくれうならば何成共其方がすきの者をとつてゆけ 女「何成共数寄の物おか シテ「中々 何成とも持てゆけ 女「夫ハ心((真))実か シテ「しんじつ 女「一定か シテ「一じやう 女「夫ならバわらわゝ是を取てゆく シテ「ゆるしてくれい 女「なんの ゆるせ シテ「あゝかなしや ゆるしてくれひ〳〵 〔シテのつむりへこふくろをきせておふもつて引テ楽やへ入ル〕   シテ 色無段のしめ 長上下 小サ刀 扇 大黒頭巾  ○太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   女  薄((箔))の物 さけ帯 ひなん 大キ成袋を懐中スル 文入ル   ツレ 女 二三人出ル事も有り 何も出立 はく ひなん さけおび 〔ツレ女大勢出ル時ノ詞 昔ハアト女一人也 中比より大ぜい出ル (太郎冠者)「私の御供致して参たらバ只ハおきハ被成ますまい (女)「きつかいするな ゆひでもさゝする事でハない 先夫にまて (太郎冠者)「畏て御座る ト云テ太郎官者ハ売((?))手などの居ル座ニ下ニ居る アトハ幕ノ方見テツレ女ヲ呼出ス (女)「皆々御座ルカ (ツレ女)「何事で御座ル (女)「いや別の事では御座らぬ 今こちの人からわらわをさらふと云て文をおこされて御座る それについてわらわが致やうが御座ル程に皆の衆をたのミまする あとからきて被下い (ツレ女)「はて扨それハきのどくな事て御座る 夫ならハ皆追付参りませう (女)「わらハがよい時分声を立ませう程に其時何も出て被下ひ (ツレ女)「何か扨心得ました ト云テツレ女ハ皆太皷座へ行テ下ニイル アト女ハシテ柱ノ先へ出テ太郎官者の方を見て (女)「太郎官者こひ ト云 (太郎冠者)「はあ 申何とぞ私のしかられませぬやうに被成テ被下ませい (女)「はてきづかいするな と云テ一返廻りテ内へ付テ女トシテノ詞有テしまいに女(「)夫ハまことか (シテ)「まことじや (女)「いちぜうか (シテ)「いちじやうじや (女)「夫ならハわらハヽ是を取テゆくぞ ト云テシテつむりへ袋のくちをあけてかぶせてひぼを持テいて (女)「皆のしう御座るか 出テ被下い と云トツレ女出テ袋のひほを皆々引テ(ツレ女「)ゑいや〳〵 ト云テ引テ楽屋へはいる シテハ(「)是ハ何事をする ゆるしてくれい ト云 女(「)なんのゆるせ ゑいや〳〵 ト云 シテ(「)あゝかなしや ゆるしてくれい〳〵 ト云なから楽やへ入ル也〕 〔長府松尾氏ノ書ニ有り〕 〔(女)「いとまの文をくれさしました (シテ)「いやそなたにふつ〳〵とあいたに仍テ使ハ遣した (女)「のふ腹立や〳〵それならバいとまのしようもあらうにきこへぬ人ぢや (シテ)「きこへぬとハ男かいとまをやるにきこへぬとハ (女)「それならハ何そしるへをくれさしませ (シテ)「さられ付テしるべを 是々 是をやる程に早う出テ行 (女)「おふ いる事てハない 追付目に物を見せうぞ (シテ)「目に物を見せうと云て何とする ト云内ニ女ハのくト太郎官者出テ (太郎冠者)「申 こなたにハきこへませぬ 私ニもちとお聞せ被成れう事て御座る (シテ)「うらむるハ尤なれとも其方も内々しる通りふつ〳〵とあの女にあいた ト云テ色々云内ニ女出ル (女)「いつれも御座ルか いさ参りませう (ツレ女)「よふ御座らう (女)「おもふてもみさせられい わらハが心の内ハすいりやうさせられい 腹が立て成ませぬ (ツレ女)「御尤て御座る (女)「参る程に是て御座る あれきかせられい わらハか名を立まする (ツレ女)「さればで御座る (女)「いざはいりませう (ツレ女)「よふ御座らう (女)「何とわらわが名をなぜに立をる それ太郎官者もとも〳〵に名を立をる (太郎冠者)「私ハゆるして被下い △アトシテへ取付テ色々云 腹立テ(女)「それ さきの物をたさせられい (ツレ女)「心得ました 〔ト云テふくろの口ヲヒロケテ〕〕 〔△(シテ「)いや〳〵くるしうない ちつともきずかいせずとも返事に及ませぬと云ておいてにげてこい (太郎冠者「)左様てハ御座りまするがよのお使ハ何成共致ませふが此事においてハ御ゆるされて下されませい (シテ)「何とゆくまい (太郎冠者)「はあ〕 (27 比丘貞) しました事で御座りまする 只今のお肴でも一つ下されませう シテ「も一つのましませ アト「申 只今のハあまりみぢこうて見たりませぬ も一つなか〳〵とまわせられますまいか (シテ「)ひとつもふも二つもふもおなし事ぢや まわふ程にうたふてくれさしませ アト「中々 謡ませう あら〳〵めつらし めつらしや 地 昔かいまにいたるまで 比丘尼のゑぼし子をとることハ 是そはしめの祝言なる シテ「さりながら方丈 地 さりながら方丈 寺もあんもおあしもめゝも おふくもちたれば ししうの旦那にたのミたのまるゝ 只今の引出物 シテ「めゝ五十石おあし百貫 びく定にとらせ 是まてなりとて方丈ハ〳〵めんぞうにぐつすといりにけり  ○シテ 出立 むしのしめ あさきの花のぼうしかくわとうにてもよし さけおび 中けい 面びくにかおとの内 きつ付ハめにたゝぬはくにてもよし   ○アト  又アト 二人トモニ色無段のしめ 又ハこしかわりにても 長上下 小サ刀 扇 こしかけ  ○花の ぼうし 寸法たて〔あさきかゞきぬひとはゝ半也〕一尺七寸横四尺二寸 くしらざしおもて斗一丈二尺六寸うらも一丈二尺六寸あわせ也 うらおもてニテ二丈五尺二寸ほどぬいたて也   〔○方丈さしあい有時ハシテのあげは(「)さりながらそれかし ともあり 是にてハ男のことはのようにてかたきゆへに(「)さりながらわらハ と云テよし 後のかへしハ(「)おりやう とかへてよし〕  〔○〈かまくらの上郎〉を舞所を〈源氏の大将〉を舞 〈比丘定〉つゞく時ハ舞替てよし〕 〔○(「)源氏の大将なり平の中なこん と云所を(「)なり平のいにしへ と替ル 中なこんと云ハあやまりなり 皆元祖伝右衛門作也〕 〔うたいミなほんじ〕   花のぼうし 二つ折にして四尺   二寸 よこハ一尺七寸 ひほハ   常のほうしのとをり 切をう   らおもてにて 大方一たん程い   る (縦に「長サ四尺二寸」、   横に「一尺七寸」と書いた図) (28 法師が母) 〔〈ほうしか母〉 女のひとりごと中入ニ云ながき方 (女「)さて〳〵にか〳〵しい事を致て御座る いらざる事をこうろんしおやざとへ参るやうなきのどくな事ハ御座らぬ せひにおよばぬ 先いそいて参らう まことにおとこの心と川のせハよのまにかわると申がまことで御座る つね〳〵あきはてゝ御されともかなぼうしが有事ゆへりやうけんハいたして御座れともあまりと申せハつれない事ゆへいとまを取テ御座るがたゞあとにのこるかなほうしがふびんで御座る〕 (29 大般若) おしやれの テイシユ「左様にも申されますまい程に唯こなたハよませられい 〔ト云すゝて((「てゝ」カ))大小の前に下ニイル〕 シテ「かまわずとよめと云やうなどんな事か有物か がてんのゆかぬ男ぢや 〔はらを立ながら経よむ〕  アト「はるかなるをきにも石の見ゑけるハゑびすのこせのこしかけのいし 〔ト云ト笛吹出ス 両手を左右へ開きひやうしふミて夫より目付柱の方へ行 角とつて又大臣柱の方へ行 角取テ左りへまわらうとすと((ママ))ころにてシテヲ見付 つむりの上にて鈴をつよくふる シテ御子のかほ見て両手にてみゝをふさき立て橋かゝりへ行 一の松のあたりにて下にろくにいて経をよむ 御子ハシテの其あとにてちいさく小まわりして又シテ柱の方へ行小廻りしてからシテの方ミてのつて見せる シテも御子の方ミてすこしづゝのり又かまわすに経をよむ 鈴を左右へふりわけて扨すゞを前へふり扇をうしろへしてすゞをふりて見せる シテもそれを見てうつりのりてたとうとしてハみゝをおさへしらぬかほして下にいて経をよむ 二度ほどしてのりて立御子のまねをする 御子ひだりのかたあし上テ右の足にてあとの方へ段々ひさりふへざの上へ行 シテも同しやうにまねをしてシテ柱のさきへ出テたかいにのつて御子ハシテ柱の方へ行 シテハふへ座の方へ入替り時に御子ひたりの方へくわつしてかたひざつきて下にいる シテもまねする 又右の方へかたひさつきてくわつして下ニいる 又してまねする むかしハ三度致候か今ハ二度くわつし申候 夫より立テのりひたりのかた足あけてもとの座へ入替りて又ぐわつし二三度してのつて小廻りして二人共ニ正面むくと両の手をひたりの上の方へさし出し左りのかた足上ル かほハ右の上の方ミる 又右の方へ鈴ふりなから両手一所に出す 右のかたあし上ル 其時かほハひだりの上の方をミる 右之通り四五へんもして夫より御子先ゑ立テシテハあとに付テ大廻り正面むくと面々に小廻してしやきりとめ 前方ハひやうしをふむ 今ハふますにもする〕     ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨ ㊨       │\│ │\│\│     ㊧ ㊧ ㊧ ㊧ ㊧ ㊧  ○シテ 出立 無地のしめ 衣 角ずきん わけさ 中けい しゆす 経懐中ニ入  ○アト 御子 はくの物 白ねり 水衣 うしろはなして こしおひ 末ひろを持 鈴ハふところへ入 かつら はねもとゆい ○白きしけ水衣ニテモスル       かつらかけやうの事 鷺流ハかつらにてみゝをかく してかける 但しみゝを出してかける時ハかつらをびをする 大蔵りうにてハみみを出してかける  ○テイ シユ出立 色無段ニテモ こしかわりのしめにても 長上下 扇 小サ刀  ○シテ  昔ハ打敷ゑこうろを持 経ハふところへ入ル也 うちしきなき時ハさけおびにてもよし ゑこうろを持事も有 又もたぬ事も有 打敷をこしにはさミ右の(ヒダリ)手ニかくる事も有 扨うちしきをひろけ其上にて三はい有 一らいにてもよし   ○ゑごうろを持ハどうしと云     (30 若市) 給へバ シテ「若市ハ是を見て 皆々 物々しというまゝに上人とむんずとくんで二ふり三ふりふるとぞ見へしが上人のふりころばかしとつておさへて かミそりぬいてもうすをかざとかきおとし指上てかゑり給へハ残りの地中ハ悦てじつ(ヒヤウシ○)くじくとお(○)とりつ(○)れて〳〵〔サシ廻シ切返シ〕我りやう〔左右トメ〕〳〵にぞ帰りける 〔シテヒヤシ((ママ)) サシ廻シ切返シノ内ツレハ皆々のつテイル ヒヤウシ内皆 幷様(丸で囲んだ「シテ」を頂点に左右斜め後方に丸で囲んだ「ツ(レ)」が二人ずつ並ぶ図) 又トノ((メ))ヤウノ事 常ノ通り ヒヤウシ返シノ(「)じつくじく て両方へ飛分テ真中へ飛テ○ ○ ○トロトヽ三ツふミテ(「)わかりやう〳〵 とさし廻して(「)帰りける とむかいへすくい引テとめる〕  ○シテ 出立 はくの物 さけおび 花のぼうし 中けいこしにさし 何にても時分の花少シ ツクリ花ニテ持テ出ル 又生花ニテモスル   ○アト 上人 白ねり袷 けさ衣 下にこうしずきん 上にもうすニひほ付ル 中啓持 後ニ衣のかたをとるゆへにはしめより衣の袖の上のぬいめにもとゆい付テ置テよし 其上にたすきかける 竹つへをつく  ○ツケテ((告げ手))カクヤ上人 むしのしめ へんてつ 狂言袴 きや半にてくゝり こしおび 角頭巾 扇 是も後にかたとるゆへに前方にへんてつの袖の上にもとゆい付テ𠮷 後に竹つへをつく  ○シテ 中入ノ後出立 初のしやうぞくの上にたすきをかけ 太刀をはき ぼうし 中けいさし 大臣ゑほしヲ前へ折 やりにさやをして 腰帯 かミそり懐中ス  ○ツレ 尼 大せイ出ル はくの物にてもむしのしめにても 女おび わたぼうし 中けいこしにさし やり 長刀  かまの内何ニても持テ出ル いつれもはくおきゑぬの((布))にてまく 〔阿間了願 楠カ家臣ト云也〕 (31 路蓮[呂蓮]) が坊主にした 女「あの御出家が坊主にしたと云事が有ル物か シテ「いや身ハ知らぬ 女「しらぬとハ なふ腹立や なぜにあのやうにこちの人を坊主にしたぞ アト「夫じやに依て御内義((儀))と談合さしませと云たれば合点じやに依てよひと云て坊主になつた 女「なんのわらハが合点であらふぞ もとのやうに【して】髪をはやして返せ〳〵 アト「身ハしらぬ 〔ト云テにくる〕 女「しらぬとハおふちやく坊主めが こちの人をあのやうにすると云事が有物か どこへ行ぞ やるまいぞ〳〵   シテ男 又ハ出家ノ方シテニモスル   シテ出立 色無段のしめ 長上下 小サ刀 扇   ○女 薄((箔))の物 さけ帯 びなん   アト 出家 無地のしめか又ハ小嶋の物か 狂言袴くゝり こしおひ へんてつ がうしずきん 扇 細キ竹ニ黒衣ト角頭巾をゆい付テかついで出ル かミそりを紙ニ包 懐中する   こしかけのふた入ル 〔㊀(シテ)「先おろくに御座りませい (アト)「是がよふ御座る 扨々こなたハきどく事((ママ))で御座ル 誠に我等こときのひん僧にいつはんの被下るゝと有ル事ハさりとてハきどくな事て御座る (シテ)「某も後生を一大事と存ルに付ての事で御座る (アト)「夫ハちか比御しゆせうな事で御座る (シテ)「してこなたハどれから御出被成ました (アト)「私ハはるかいなかの者て御座るが出家と申者ハ若い時国をひらう見ておかねハとしよりて物語がないと申に仍テふと思ひ立て御座るが今朝是をとをりますれハ出家にときを被下りやうと高札が御座るに仍テ参ました (シテ)「夫ハよふこそ御出被成て御座る いや夫ニ就ましてさつそくな申事て御ざるが私も内々きやうけ致ましとう御座れ共にやわしい御出家様も御ざりませぬ 何とそこなたきやうけを被成て被下ませい ㊁〔此印へウツリテ〕出家きやうけ色々云 ㊂(シテ)「あゝ有がたいき((義))で御座る (アト)「外ニおくふかい事も御座らぬ程ニそう心得さしますがかんもんで御座る (シテ)「扨々御しゆせうなきようけを承りましてちかごろ忝のふ御座りまする 何とこなたのやうな御身の上ハ今から此よをはなれさせられて御座るに仍テ心にかゝる事ものふおらくて御座らう (アト)「仰らるゝ通り出家ほどらくな物ハ御座らぬ 此世に一ツものこしおく事も御座らず たゞ後世を大事といたしいつ方へ成共行たい方へ心にまかせて参る事なれバ此よから仏テ御座る (シテ)「左様て御ざる 夫ニ付まして私も常々出家の望で御座る きやうこうこなたのおでしに被成て坊主にして被下ませい ㊃此印ノ所ヘウツリ〕 (32 花折新発意[花折]) 立頭「も一ツ参れ シテ「なふいやや もはや夥敷事で御座る とらせられい 立頭「扨ハ参るまいか シテ「いかな〳〵 立頭「さらばお暇申ませう シテ「もつと遊せられひで 立頭「忝なふこそ御座れ はや日も暮方に成りました こう参る シテ「是非帰らせられうか 立頭「中々 シテ「夫ならばみやげに花を進上 立頭「是ハ忝なふ御座れ共大事の花を御無用に被成ひ シテ「いや〳〵少もくるしう御座らぬ 〔ト云テ花のゑたを折て〕 是々こなたにも進上〳〵 安ひ事 〔ト云テ又折テ〕 是々 立頭「あゝかたじけなふこそ御座れ こう参る さらバ〳〵 〔ト云テ花を持て楽屋へ皆入ル シテハふたいにねている〕 (立頭「)なふ〳〵よひ仕合で御ざる 急で帰りませう 〔皆楽やへ入ルト師匠出る〕 アト「殊の外長居を致して遊ました 寺へ帰らふ 新発が定てさびしからふ 新発もどつたぞ〳〵 さびしかつたか 是ハいかな事 座敷が取ちらかいて有 是ハ扨大事の花の枝を皆折つて有ル やいそこなやつ おきをれ 〔シテ(「)むゝ ト云〕 のふ〳〵酒くさい事かな やれ爰なやつ おきおれ 身がもどつたハ シテ「いや〳〵もはやとらせられい 夥敷うたべた アト「何事をぬかす 身共じやハ シテ「やあ花がほしい 安事 進上 〔ト云テ花ヲ折やル時師匠ヲ見付ル〕 アト「にくいやつの 是ハ何事をしをるぞ シテ「やあ長老様か アト「長老かとハ にくいやつの シテ「あゝゆるさせられい アト「ゆるせとハどこへ やるまいそ〳〵   シテ 出立 嶋の物 狂言袴 腰帯 ごうしずきん 十徳 扇            ○アト師匠 無地のしめ 衣 五条のけさ 角頭巾 中けい  ○花見 立衆 大勢 のしめ 長上下 小サ刀 扇 何も同前   桜花 作物 春ハ本の花よし 台ハ〈松風〉〈羽衣〉の作物の通り 〔▲小謡の事 橋かゝりにてうとふハ○こかげになミいて ○たのしミもかくやと思ふばかり ○かよふ浦風に山の桜も ○さゝんざ ○こよい花の下ぶし  後舞台へ通りてハ何ニてもよし ○都なれや東山 ○おもしろやもろともに ○又花のはるハ清水の ○誰か神慮の ○所ハ山しのきくのさけ ○是にハよもまさじ ○たかまのはら ○ちよかけて ○くめや〳〵ミくすりを ○かりことぞ ○きんちやう ○月海上に ○つわもの ▲しゆんくわしうげつと申てはるハ花を見てハたのしミあきハ月を見まするかとかく酒がのふてハをもしろう御座らぬ ▲しゆんくわしうけつと申まするかさけにこした事ハ御座らぬ〕 (33 宗論) げなハ 某もおどり題目を初ミやう 〔ト云テシテのやうに扇にてかさをたゝき(「)どん〳〵〳〵〳〵〳〵〳〵どん と云テひやうしをふミなから云〕 南無妙法蓮花経 シテ「南もふだあ アト「南無妙法蓮花経 シテ「なもふだあ 〔右の通りニかけ合ニ六七返も云テからシテノ方より(「)は なもふた と云トアドも(「)は れんけきやう 又シテも(「)は なもふた(アド「)は れんけきやう と云ト(シテ「)は なもうた と云テ左りの方へ飛 又アトも(「)は れんけきやう と云て左りの方へ飛 又シテ云なから右へ飛 又アトも右の方へとふ 夫より(シテ「)なもふた と云なからシテ先へ立テ大廻りアトも云なからシテについて大廻りの内にたかいに取ちかへて云テ廻りテ正面にてかほを見合てきもをつふしてアトハ大臣柱の方へ行 シテハしてはしらの方へ手ニて口をおさへて行テ夫よりうたい出ス〕 シテ「実今思ひ出したり しやくざいりやうぜん妙法花 〔正面ノ方ミテ〕 アト「こんざい西方妙阿弥陀 〔ト云テシテの方ミテ〕 シテ「しやばじげん観世音 アト「三世利益 シテ「どう 〔ト云時ニ二人出テ向合テ〕 二人「一躰と(○)此文(○)の聞時ハ〳〵〔タカイニムカイアイ〕法花も弥陀もへだてハあらじ 今より後ハふたりか名を〳〵〔アトひやうし右りよりシテハ左より〕妙阿弥陀ぶとそ申ける 〔ト云テひやうしを仕廻テから二人共ニ(「)いや と云テとんてうしろとうしろをあわせて〕   シテ 出立 嶋の類 又ハ白練袷ニテモ 狂言袴 腰帯 十徳 角頭巾 珠数 扇 すけがさ   アト  くちばあさきのむしのしめ きなかし 白水衣 又ハあさきにてもよし こしおひ こうしずきん 珠数 扇 ぬりがさ 時ニより狂言袴脚絆ニテ括ル事も有り 大方ハきなかしがよし    ヤト のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔〈宗論〉シテ足つかいの大事 △シテハあしどりをいかつくあるく物也 アドハ成ほどやわらか成がよし シテアトヲミル時ニなりからじゆずまでとつくりとミルが習也 △〈宗論〉之シテアト共ニ次第はやす 仁右衛門流也〕 (34 金津) で御座る 幸某の上うと存て饅頭(マンジウ)を持参致て御座る アト「夫ハ一段の事で御座る はやう上させられい ツレ「心得て御座る 金津の地蔵に饅頭(マンジウ)を手向た 〔ト云 紙ニて包たるを出ス 地そうとる〕 子「饅頭ハうれしけれど酒こそハ呑たけれ ツレ「是は希代(キタイ)な事(お地蔵)で御座る アト「扨も〳〵有難事で御座る 何と酒をば御持参ハ御座らぬか 今一人「私のお神酒(ミキ)に致さうと存て持て参て御座る アト「夫ならば急て上さしませ 今一人「心得て御座る 同「金津の地蔵によきふるさけを手向た 〔扨酒を手向ル時シテこしかけのふたとりてのむてい〕 アト「何も何と思召ぞ 此様に物を仰らるゝに依てなにと此お地蔵お少笑わせませう ツレ二人「是ハ一段とよふ御座らう アト「夫ならばはやしませう ツレ二人「よふ御座らう 三人「金津の地蔵のお笑やつたを見まいな〳〵 子「笑とふハなけれど〳〵旦那の仰ならばさらバちつと笑ふよ 〔ト云テ笑ふ〕 アト「是ハ弥不思義((議))な事で御座る 今度ハおどらせませう ツレ二人「よふ御座らう 三人「金津の地蔵のおどりやつたを〔見〕まま((ママ))いな〳〵 子「踊(ヲド)りたふとなけれど〳〵旦那の仰ならば〔せうぎよりおりおどりながらぶたいのまん中へ出ル〕さらバちつと踊よ 〔是よりいつまてもはやす〕 〔○某ハ何の何かしと申す 金津へ御座つて尋させられい 角から二軒目に堂が御座る 其わきが身共の所で御座る かくれハ御座ぬ程に追付でさせられい〕   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ○子  嶋の物ニてものしめニても 狂言上下 こしおひ 後ニむしの物 十徳きながし こしおひする ごうし頭巾 しやくぜう持テ    アト のしめ 長上下 小サ刀 扇    ツレ二人出立 アト同前    腰掛 ふた ほうせう紙   但し地蔵をシテニもする 〔二度目 しやくぜうをついてひやうしを二ツふミあとのりひやうしつゝけて五ツふミのりながらひだりへこまわり〕 〔三度目 しやくぜうかいこミずか〳〵と目付柱へゆき又大臣柱へゆきそれよりのりてミぎへまわる〕 〔四度目 やはりしやくぜうハかいこミてさゆふへとびちがへてそれより正面へのツていでゝ又あとへのつてかへり〕 〔五度目 しやくぜうをついてのつて大臣柱より目付柱 夫よりシテ柱のきわにて右へ小まわりしてしやくぜうかいこミかたあしあげてひたりへ大廻り小まハりしてしやくぜうを両手にもちしやぎりとめ 下にいてしやくせうをならす かついてかくやへはいる〕 (35 名取川) 身共を弥々なふるか どこにか出家の名に与茂太郎などゝ云名が有物ぞ ていどかやさぬか アト「あいた〳〵 扨も〳〵奇((希))代なことを云人じや シテ「何といわします アト「寄((希))代な無理をいわします シテ「其きたい坊の事じや アト「扨ハそなたの名ハ奇代坊か シテ「中々 アト「夫ハ一段の事じや さらばはなさしませ シテ「いや〳〵まだ有ル も一ツの名をも返さしませ アト「そなたハ名が二ツ有か シテ「中々 かけがえの名か有ル アト「夫ハ身共ハ知らぬ シテ「しらぬといわせハせまひ 〔ト云テ両手をねじる〕 アト「是ハ又ふせうな所へ出合た事かな シテ「其不肖坊の事よ アト「扨ハ不肖房か シテ「中々 アト「夫か シテ「あふそれぞうよ〳〵 地 奇代坊に不肖ぼう ふせう房にきたいぼう 二ツの名をば取り返し〳〵て其名ハくちせざりけり〳〵   シテ出立 嶋の物 狂言袴脚絆ニテ括ル 十徳 腰帯    こうし頭巾 珠数 すげ笠   アト何某 熨斗目 長上下 小サ刀 扇 〔△仕舞ハまいのやうにまわぬ物也 名を尋ルてひよし 扨尋ル時にかさにてすくうて尋ルがよし〕 〔△カケリ過テ打上ノ事 金春ノ大皷観世ノ小皷ノ時 ヱ(▲)イ○ハヽ(●―●)ヲイ(▲)ヤ引ハト云謡出ス 宝生ノ大皷幸皷ノ時ハ三ツ地過テ イヤ ハホンヤ○ハヽ○イヤ引○ハノ所ハ狂言ノ心持ニテ謡出ス〕 〔△か(▲)わは(●―●トル)さ(▲)ま〳〵お(●三ツジ)ふけれと(●―●)い(▲片地)せの国(●三ツジ)にてハ(●―●)みもすそ川(▲)のな(●三ツシ)かれにハ(●―●)天(▲トル)せう大神(▲)のす(●三ツジ)ミ給(●―●)ふ く(▲)まのなる(●―●トル)おとなしか(▲)わのせ(●三ツジ)ゞにハ(●―●)こ(▲トル)んげん(●―●)み(▲●ヲクリ)かけをう(●)つし給(▲)へり(●―●) 是ヨリアトハ皆本地 ま(▲トル)こものした(●―●)を〕 〔某ハ物覚がわるふ御座ると申たれバきたいぼうふせう坊とかいてたもとへをし入テ被下た 此やうなうれしい事ハ御座らぬ 国本へいたならバ皆か浦山しう御座らう わすれぬやうにふしを付て云テ参らう ヲトリブシニテ云 是てハ面白けれどわきから御らふしられてあれハきちがいそうなとおしやればいかゞな 只家のごんぎやうふしに云テ参らう いや是ハ大きな川が有〕 〔シテ「別にりやうしも致さす 魚もすくいハ致さぬが某の名をおといて御座ルに依テそれを尋まする アト「名を尋ルとハけめうの事か 「中々 アト「是ハめつらしい事をおしやる 夫ハお尋にやツても有まい 「して此川ハ何と申川て御座るぞ〕 (36 米市) シテ「ゑいとう〳〵〳〵〳〵 ゑい〳〵おふ 〔シテ柱ノ内ニテ拍子一ツふミテわらいなから元の所へきて〕 かちまして御座る 〔ト云テろくにいてひたりあふぎつかいしている〕 皆々「扨々口をしい事で又を((「御座る」脱カ))しよせませう 心あつて御座る 〔ト云テ前ノ通〕 皆々「ゑいとう〳〵〳〵〳〵〳〵 〔又をしよせてくるをシテ扇つかいしてしばらく見ている〕 シテ「えいとう〳〵〳〵 皆々「ゑいとう〳〵〳〵 〔ト云テ立衆の内二人程云なからシテ柱の方より目付柱の方へ行 それより大臣はしらの方へ行時ニシテハ残りの立衆をはしかゝりの方ゑえいとう〳〵ト云テおいこむなり 立衆皆々にけてかくやへ入時ニぶたいにのこりたる二人の立衆ハ小そてをあけてたわらを見て〕 立頭「是ハだまされました 立衆「左様で御座る 〔ト云テたわらをよこにして置ク シテハたまされましたと聞と其まゝぼうすてゝ〕 シテ「申々それハ私の年とり物で御座る 〔立衆二人俵ミるト楽やへ入 シテハ俵かついてはいる〕   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  △(アド) 色無段 長上下 小サ刀 扇    立頭  紅段 立衆ハのしめ 大せい出ル 長上下 小サ刀 扇 何も同前   造物  半俵一ツ 布切付 ぼう一本 五尺程 一寸五分四方 長キ竹つへ 立衆人数程入ル △はくの物一つ入ル 〔時ニより追込ニもする (シテ「)やれおふちやく者やるまいそ〳〵 ト云 又ハ立衆(「)俵で御座ル と云テ二人して持テはいる シテ(「)やれ其俵ハ此方へ被下い とれへ持て御座るぞ やるまいそ〳〵 ト云テ立衆をおいこミにもする〕 〔御料人ト云ハ北条景時ノ娘ヲ御料人ト云 是より始ル おかたと云も同義也〕 (37 伊愚意[井杭]替) 〔〈いくゐ〉替大事 (シテ)「是ハ此他テ名をいくゐと申者て御座る 爰にお目下さるゝお方が御座るが是へさゑ参れバいくいよふきたと有てつむりをはらせらるゝ それがあまりめいわくさに今日ハ清水の観世音へ参り此事をきせい致さうと存て罷出た 先急て参らう あれへ参てりやうくわんのむすんて御座らうならバ定て御利生のないと申事ハ御座ルまい いや参ル程にはや是ぢや 南無大じ大ひの観世音ほさつ様へ申上まする 私さる方へ参ればつむりをはらせられてめいわく致まする 何とぞおかけを持ましてつむりをはらせられぬやうにおまもりなされて下されませい こよいハ是につやを致さう ト云テあくらをかき扇ぬきひたいあてねいるまねすると後見立テシテの前へずきんをなくるト扨おきて(シテ「)はゝ と云テおかミあたりを見て (シテ「)是ハなんぢや よふ〳〵見れハずきんぢや 是より常の通り〕 (38 伊愚意[井杭]) ておりましてこなたの方へハ手もやりませぬ 主「手もやらぬとハにくいやツの サンヲキ「なふ〳〵のふそこな人 やあらこなたハきこへませぬ 何とて某が耳を引せられて御座る 主「耳を引たとハ 身共ハ夫へ手もやらぬが サンヲキ「手もやらぬとハ今のごとくに引せられて御座る 〔ト云内ニ扇ニテくわす〕 主「やいそこなやつ サンヲキ「何事じや 主「おのれハにくいやつの 諸侍をちやうちやくするか 〔さん置笑テ〕 サンヲキ「私ハまだ算木を仕廻ふていて手もやりハ致ませぬ 主「手もやらぬとハ今のごとくにくわしおつたてハないか サンヲキ「なふそこな人 主「なんじや サンヲキ「こなたハ算置風情じやと思召てちやうちやく被成るゝか 主「おのれを何しにちやうちやくする物じや サンヲキ「でも今のごとくにうたせられて御座る 〔是より両方のかたをたゝきつめて其まゝはしかゝりへ行笑テいる 二人ハ(「)かんにんがならぬ と云テ立かたきぬのかたをぬき小サ刀に手をかけて(「)おのれゆるす事でハない 是ハ何と被成るゝ と云むなくらをとりて(「)やあ〳〵 と云て一返廻り又(「)やあ〳〵 と云ている シテ見テ〕 シテ「是ハ誠の喧誮((嘩))そうな 出ずハ成まひ 〔ト云テすきんぬいで〕 申々 伊愚意が仲人に入まする サンヲキ「是ハ何者で御座る 主「尋る伊愚意ハ是で御座る サンヲキ「やれおふちやく者 やるまいぞ〳〵 シテ「あゝ助て被下ひ 〔ト云テニクル〕 二人「やるまいぞ〳〵 〔△ケンハコヘ○アラハルヽハヨミ△東ハ春 南ハ夏 西ハ秋 北ハ冬 △方角ノ事 (図)南りちうだん○ (図)西だじやうだん○ 文王    (図)東しんげれん  (図)北かんちうれん (図)こ(ひつじさる)んかいだん○ (図)(いぬい)けんかいれん(図)(たつミ)そんげだん○ (図)ご(うしとら)んじやうれん〕  (円形の図。下中央の「北カンチウレン」から右回りに「コンジヤウレン」「東シンゲレン」「ソンゲダン」)「南リチウタン」「コンカイダン」「西ダジヤウダン」「ケンカイレン」)   シテ  嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 何ニテも物づき成ルずきん懐中するか又ハ左りの手ニ持テ出ル                 アト 算置 のしめ 長上下 小サ刀 扇 さんぶくろ さんき 八卦ハ懐中する 又嶋の物 羽織ニテモ   主 のしめ 長上下 小サ刀 扇  (六角形の図。下の「一徳水」から右回りに「二儀火」「三掟木」「四絶金」「五気土」「六害水」、中に「七曜火」「八厄((?))木」) 〔 一徳天上ノ水 二儀虚空火 三上造作木 四殺釼鉄金 五鬼欲界ノ土 六害恒川水 七陽国土火 八順森林ノ木 九厄土中金〕  (四角の舞台図。橋掛かりに「東 震〔卯〕木」、右回りに「巽〔辰巳〕木」、「南 離〔午〕火」「坤〔未申〕土」「西 兌〔酉〕金」「乾〔戌亥〕金」「北 坎〔子〕水」「艮〔丑寅〕土」。脇座の○に「初」、大小前の三つの○の中央に「後」) (39 武悪) 程にぜひ共お供を致せと被仰て御座る 主「それハ汝迄がわるひ合点じや 又其方の跡をもよにたてゝとらせう程にそふ云てくれひ シテ「某の跡ハくるしう御座らぬ どふでもおともを致ませう 〔主にげながら〕 主「いや夫ハめいわくじや シテ「左様ににげがまへを被成てもぜひともお供を致さねばなりませぬ 主「いやゆるしてくれひ シテ「それハ御ひきやうで御座る 主「あゝゆるせ〳〵 シテ「是ハ御ひけうや やりますまいぞ〳〵   シテ  初ノ出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 中入後 肩衣取テ白袷つほ折 髪乱 竹杖 老人ハしゆもく杖    アト  段のしめ 長上下 太刀 小サ刀 扇 年寄ハ大黒頭巾きル    太郎官者 嶋物 狂言上下 腰帯 〔△(習)アト幕ヲ上ルト一足二足出テ正面ヲ一遍見廻シ夫よりづか〳〵と出 舞台のまん中ニテ太郎官者ヲ呼出ス〕 〔△(同)太郎官者(「)ぶあくハ内にか と云時シテ下ニテふしんそうなかほにて立也 但しすぐにも立 △此やぶからあの山ぎし迄じやが色々のうをか有ル〕 〔△太郎官者(「)たすくる と云時シテ鳴((泣))ながら太郎官者しうたんするかほをみてわきへむきうなづく仕舞有リ〕 〔△日比がた〴〵と口をたゝく物ハかんじんの時様にたゝぬ物じやが扨ハさいごハ〕 〔△ぶあくを見付た時太郎官者めいわくかをしてわきへむく 主(「)今のハぶあくでハないか と云 太郎官者(「)ぶあくハせいばい仕て御座ル ときつとあらそふがよし〕 〔△ぶあくハ成ほどゆうれいににたるがよし 主ハおじるかをにておじぬが吉 ゆふれい我身をゆふれいととふべし いかにも〳〵よわ〳〵と持テよし〕 〔△主常の通り一返見廻しつか〳〵とぶたいへ出テ太刀をぬいてためすていして夫よりさやへさしゝて太郎冠者をよひ出ス事相伝事なり〕 (40 止動方覚[止動方角]) ふとかれしや てんはち云てのけう 申まする アト「急ていへ シテ「やひやい こひやひ アト「はあ シテ「をのれハ跡にさがつて誰と咄をしをる アト「誰共咄ハ致ませぬ シテ「ひつついてうせう アト「あゝ シテ「ひつつひてといへば此広を((ママ))海道を人にかぶりつくよふにしをる 当代ハ人数を先へつかわさるゝ さきへ〳〵 〔ト云テ笑テ〕 あのつらハへ 〔主又はしかゝり中程迄行と〕 やい〳〵やいそこなやツ アト「やあ シテ「やあとハおのれ先へといへば跡をも見繕もせずにうせをる 跡から見繕ふてうせう アト「なんじや おりをらう〳〵 シテ「あゝ アト「ゆるすといへばどこふ((ママ))ほうりやうもなふこくうな事をぬかしをる 〔ト云なから又馬ニのる〕 下々と云者ハ早う付あがりのする者じや 〔ト云内ニシテシテ柱へ開テ〕 シテ「ゆるすとをしやるに依て喚ば アト「やいそこなやつ シテ「やあ アト「おのれハ跡へさがつて何事をぬかす シテ「なにもいゝませぬ アト「はて扨にくいやつの さきへうせう シテ「あゝ アト「おのれ宿へ帰たらハたゞハおかぬぞ 〔シテハアトより先へ廻りはしかゝりへつか〳〵と行〕 やい〳〵やいそこなやつ シテ「やあゝ アト「やあゝとハおのれにくいやつの 先へといへばむせうに行をる 跡からさがつてうせう シテ「あゝにくさもにくし 又おとそふ ゑへん〳〵 〔馬はねて主をおとして楽やへにけて入 シテハアトの上へ其まゝ馬のりにして〕 しづまり給へ 慕方角〳〵 アト「是ハ身共じやハ シテ「あのこなたで御座るか アト「中々 シテ「やれ御馬がどち〔え〕やらかけだした や〔れ〕とらへて下されひ やるまいぞ〳〵  〔(アド)「なんじや おりおらう〳〵 (シテ)「あゝ (アド「)ゆるすといへばおくしてこくうな事をぬかしをる 下々と云者ハはやう付上りのする物じや (シテ)「ゆるすとおしやるに仍テよべば (アド)「やいそこなやつ (シテ)「やあ (アド)「あとさかつて何事をぬかす (シテ)「何もいゝませぬ (アド)「先へうせう 先へさきへ〳〵 (シテ)「あゝにくさもにくし 又おとそう ゑへん〳〵 しつまり給へ しとう方角〳〵〕   シテ太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇    アト主 のしめ長上下 小サ刀 扇    伯父出立 主同前    馬  じゆばん かるさん 黒頭 頭巾 手袋 たび くつわ 手縄 ばせん あをり   太刀 こしかけ 〔(「)アノツラハヘ ト云テ笑テ爰ニテ云 「人ニかぶりつくよふにしをる おのれか心中にとのやうな事が有と云事ハ皆おれがようしつている ○馬より落テアト詞(「)是と云も皆おのれがおそううするゆへじや 何と用を云付ルとふつでうづらをしをる〕 〔(アド)「はて扨にくいやつじや さきへうせう (シテ)「あゝ (アド)「あゝ腹の立事かな 此様ニ主にセハをやかしをる おのれをつかひハせひて皆おのれにつかわるゝ なにとしてよからうぞ 宿へ帰たらバたゞハをかぬぞ〕 (41 素襖落) のきりりん〳〵限りりんの 手もちからもなひ物を 〔ト云テすわふの上をおとす〕 機嫌のよひも是故 〔ト云テ尋ねる 主ひろいて〕 アト「是ハいかな事 最前から太郎官者めが機嫌のよひも是故で御座る やい太郎官者 シテ「や アト「いやそちが云通り神参りも一ツハ遊山じや程ニちとまおふかやい シテ「舞度ハまわせられひ アト「こぎ出して釣する所に釣た所が〔はあ〕おもしろいとの シテ「是々是へ御座れ あれを通る者が仁躰そうなが気が違ふたかと云てゆび〔ヲ〕さして笑まする アト「あれも羨敷ひと云事じや シテ「なんの浦山しい アト「夫ならバもんだをふか シテ「いや〳〵 アト「最前のハ余りみぢかひ程に今度ハなが〳〵とまをふか シテ「舞度ハまわせられひ アト「あなたへざらり こなたへざらり 〳〵〳〵 ざら〳〵ざつと風のあげたる古簾 つれ〴〵もなき心面白や 〔アト(「)あなたへ と云ト シテ(「)いや〳〵 ト云テてひやうしヲ打〕 やい太郎官者 シテ「や アト「そ(※ )ちハ今迄殊外機嫌がよかつたが俄にわるふなつたハどうした事じや〔※なんじハいままてきげんがよかつたかにわかにはらをたつる 神参も一ツハゆさんじや はらをたてすとも供をせい〕 シテ「いやこなたにも積ても御らうじられひ 元(※)日に機嫌がよひと申ても大晦日(ヲヽツモゴリ)迄機嫌の能ひ者が御座るか〔※いちときけんかよいと云てもいつまでもきけんのよいものか御座ルか〕 アト「尤夫(※)ハそうなれども汝ハ〔※なんじかいうとをりなれともそちハ〕何やら尋る躰じやが何ぞ落しハせぬか シテ「是々お宿を出ましたまゝなにも落しハしませぬ アト「夫ハ誠か シテ「誠て御ざる アト「心((真))実か シテ「心実で御座る アト「落しハせひでこれはなんじや 〔ト云テすわふの上をなけ出ス〕 シテ「はあ伯父子((ママ))様の被下た物を 〔ト云テはいる 又(アド「)一段と目出度 急て供をせひ (シテ「)畏て御座る (アド「)ゑい (シテ「)はあ か様にも云なり〕 〔△狂言つくしなどにてにたる留つゝく時ハおひこミにもする○(シテ「)はあ おしこ様の被下た物を (アド)「なんじや おしごにもと((ママ))ふたとハなぜに身共に早うしらせおらぬ こちへおこせひ (シテ)「いや是ハ成ますまひ (アド)「どれへうせおる (アド)「やま((「る」脱カ))ゐぞ〳〵〕   シテ太郎官者 嶋の物 狂言袴 腰帯 もぎとう   ○アト主 段のしめ 長上下 小サ刀    おぢ のしめ 長上下 小サ刀    何も扇持 素袍の上 腰懸のふた 〔シテ後の舞の内よりそろり〳〵とよひのさます所習也 大方舞の内よふていて舞過テ素袍の上尋ル時ニにハかによひをさます 是ハよひきうにさめてミくるしき也 心得有べし〕 (42 富士松) 猴の頬ぞおかしき アト「やあらおのれ さいぜむから飲まひ〳〵と云酒を冨士の神酒で御座るのなんのかのと云てしひて呑せて今酔がでゝ頬の赤かおかしうをりやるか シテ「いや左様でハ御座りませぬ アト「左様でないとハ ていどおかしうおりやるか シテ「先お待なされませひ アト「なんと シテ「最前から色々のきよくかでまして御座る 唯今山王の前の華表((とりい))に丹を塗てハと仰せられた まゑ句に赤きハ猿の頬ぞおかしきと付ました 心ハ山王のお使者ハお猴殿 お猿おかをのあかひによそへて申て御座ル 殿様のお頬の事でハ御座りませぬ アト「扨ハ某の頬の事でハなひか シテ「中々 アト「さあらば某ハ何程〔デ〕もでそうな 汝もすこしハいおふそな シテ「申ませひでハ アト「さあらバ一句二句でつミやう つつとよれ シテ「畏て御座る アト「是も句の内よ 〔ト云テシテのかたをたゝく〕 シテ「正身のあて句で御座る 〔ト云テ我かたをおさへテ〕 アト「あつと云 シテ「あつという アト「声にもおのれをじよかし シテ「けら腹たてば アト「けら腹立ば シテ「つぐミよろこぶ 〔ト云テ我かはなへゆひをさす〕 アト「なんでもない事 そちへうせひ シテ「はあ 〔難句 「上にかた〳〵下にかた〳〵 「三ケ月の水にうつれる影見れば 「下もかた〳〵上もかた〳〵 「うつをきの本末たゝくけらつゝき 「水のそこにもごをぞうちける 「石亀か岩間にかうをたてかねて 「西か東か北か南か 「武蔵野に只一声のほとゝぎす 「馬に乗りてもなき〳〵ぞゆく 「浅草に刈こめられしきり〳〵す 「しろきかあをく黒く見へけり 「からすたつ羽風に松の雪ちりて 「おきの中にも舟ぞ見へけり 「すゝきたくゆるりの内ニほの見へて〕   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  〇アト主 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔仁右衛門方 きんするな ○アト(「)上もかた〳〵下もかた〳〵 シテ「三ケ月の水にうつろふかけ見れハ アト「句ハできそうながしかたハ無用じや 下もかた〳〵上もかた〳〵 シテ「是ハ上を下へ被成た分で御座るか アト「上を下ニせうとも又下を上にせうともみかまゝじや そう云ハ付まいと云事か シテ「いや付まする うつおぎのもとすへたゝくけらつゝき〕 〔山王大権現御鎮座ヨリ宝永三年迄千四十六年〕 (43 文蔵[豊三]) きを。若気の至ル所にや。冠の板に押当て。丁々々ど打ければ。抜ハせずして此刀。目貫ぎわよりとつくとおれ。浪打際ニ颯と入て。天にあきれて居たりし所に。長尾の新五新六おりあひて。爰に見れば武者二騎くんで有り。上なが佐奈田か下なが俣野か。名乗れ〳〵云ければ。下よりも我こそ俣野候よ。おりあひ給へと云声に。上成佐那多が首をとり。俣野おとつて引立。鎧のほこり打払ひ〳〵。目とめと三人急度見合て。唍((莞))尓とわらふて立たる隙に。遥の空〔カタトモ云〕を見てあれば。老武者の一騎白糸の腹巻に白柄の薙刀かいこふで。小花葦毛の馬に乗。芭茫茫の中を掻分け〳〵。〔ヒタリノ方ミル〕佐那田殿〔右方ミル〕〳〵 と呼ふで通ル。御分ンハ誰と尋ければ。佐奈田殿の乳母の親に。文蔵とぞ答へける アト「あふその文蔵の事で御座る シテ「むさとしたことばかりぬかす 武者の名ハ文蔵 おのれがくらふたハ釈尊師走八日〔ノ〕山出の時きこしめされた温糟饘の事であらふ 所詮くらわじなひ物をくらふて主に能ひ骨をおらした そちへうせおらふ アト「あゝ シテ「まだそこにをる    シテ  紅段のしめ 長上下 小サ刀 扇 太刀ヲさけて出ル   太郎官者 嶋の物 狂言上下 こしおひ 腰桶 〔(アド)「折節御客の御座ル所へ参かゝりましたればよふきたと被仰てめづらしひむまひ物を被下て御座ル 共云〕 〔△(シテ「)あちへうせをろ と云てしやうぎの上より扇ニてたゝく仕舞有〕 〔△佐奈田の指合有時ハ与市義貞ト云〕 〔上成さなだが首を取ト云ヲ〇上成おのこかくびをとりと云〕 〔△火ヲちらすほとかつせんしたる所ハなんぼうはなやか成事ニて候〕 〔△さなだなるらんとしられける所ハなんほうゆゝしき出立ニテ候〕 〔清和天皇第六ノ皇子貞純親王ノ苗裔多田ノ新発意満仲ノ後胤八幡太郎義家ニ三代ノ孫左馬頭義朝三男前右兵衛佐源頼朝〕 〔大場平太ト云 懐嶋平権景義〔豊田次郎景信〕弟大場三郎景親弟俣野五郎景(カケ)尚(ヒサ) 保元ノ合戦ニ八郎為朝ニ膝の節を射らレタル者也〕 〔三浦介義明弟ニ本ハ三浦ノ悪四郎 今ハ岡崎四郎義真 其嫡子佐奈田ノ与市義貞生年廿五歳〕 (44 鱸庖丁) ハお約束の鯉をば以てハ伺公致さいで。あまつさへこなたの鱸を被下るゝ事過分に御ざる。何様重而ハ鮒にてもあれ鯰(ナマズ)にてもあれ。持て伺公致急度お礼を申そうというて。よろ〳〵とたゝしまそう。左様に礼ハうけたけれ共。そなたの鯉をおそのくたやうに。某の鱸をばほうぢやうがくらう〔た〕程に。咄をくたと思ふて足本のあかるひ内にとゝとおかいりやれ アト「あら面目も御座らぬ 〔〇おそとハ獺(カハウソ)ノ事 海ウソト云モアリ〕 〔(シテ)「何様重てハふなにてもあれ こひにてもあれ と云テよし〕 〔(シテ)「鮒ニてもあれ なまずにてもあれ と云ハ習也〕 〔びぜんぼうてう指合有時ハせきのほうてうト云テよし〕   シテ 色無段のしめ 長上下 小サ刀 扇  〇アト 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 〔「某もたべう程にひらにおまいりやれ 「夫ならバねらうてもミませうか (「)なんじや ねらうてもみう〕 〔びせんのさし合有時ハせきのほうてうと云〕 〔柚(ユ)ノ(ノ)姜(カウ)橙(トウ) 中国ニテゆをこうとうと云か こうとうハぞくに云すいくちの事也〕 〔仁右衛門方ニてハゆのごうとうと云 にごるなり〕 (45 酢辛[酢薑]) 川をからげて渡ルハ シテ「夫もすそをぬらすまいためじや アト「又是に子共がからこふているハ シテ「あれハ相撲じや アト「又鳥にも烏唐鳥と云て有ルがしらしましたか シテ「〔ヲヽ〕又雀すいてうもず鴬と云も有ハ アト「いやそちハ何程云たり共つまりそもない ゐつがいつまでからかわう事でもなひ程に某ハ是からから〳〵と笑ふて行ぞ 〔ト云テ笑テのく〕 シテ「そちがわらふてゆかば某ハすミからすミへすげミ口をしてすら〳〵とのこう 〔先年御能ノ時 西ノ丸御台(ブタイ)ニて被仰候節とめ悪敷故おいこミに致候〕 〔アト(「)から〳〵と笑ふてのこう シテ(「)まつといわいで おふちやく者 のがすまいぞ〳〵〕 〔「いや夫でハすむまい まつといわいて のがすまいそ〳〵〕   シテ  嶋の物 狂言上下 扇 腰帯 酢筒さけテ出ル 昔ハふとき竹をきりひほを付テさげる 又樽にてもよし   アト はしかミ売 嶋の物ニてものしめニても 狂言袴脚絆ニてくゝり 肩衣 腰帯 扇 竹ニわらづとを付ル 尤木の葉をさし 〔アト「大ヤふが有 唐竹さうな シテ「すはと切てすづゝ △鷺ニテハかけ物も云 △大蔵ニテハ屏風を云〕 (46 皹) 早ふよめ シテ「畏て御座る 胼ハ弥生のくれの時鳥卯月わたりてねをのみぞなく アト「一段とでかいた おわれ〳〵 シテ「畏て御座る 〔主におわれる 川をわたる 主どぶり〳〵どふ〳〵 ト云テよろ〳〵として一返廻りて〕 シテ「申々たのふだ人 こゝハふかそうに御座る そこハ石が御座る あゝあぶのふ御座る 〔扨小廻りしてよろ〳〵として〕 アト「やい〳〵爰でも一首よめ シテ「むかいへ参てよミませう アト「いや〳〵爰でよまねば打こふでのくるぞ シテ「あゝ よミませう〳〵 アト「急でよめ シテ「是もあかがりのだいでか アト「中々 シテ「皹ハ アト「あかがりハ シテ「恋の心にあらねどもひゞにまさりてかなしかりける アト「尤哥ハできたそうなが昔からも主が下人のおふたためしハない おのれがよふなやつハまつこふしたがよひ 〔ト云テかたひさつき川へおとす躰 太郎官者おとされて目付柱の方へ一ツとんで〕 シテ「是ハいかな事 すねをぬらすまいと存知たればつむりまでぬらいた くつさめ〳〵 〔返しつよく云〕 〔扨たてひさにいてかをに手をあてゝ云 又二度めすト立なからかをに手をあてたてひさにいるといちときに云なからとめる〕   シテ 太郎官者 嶋の物ニテモのしめニテモ 狂言上下 こしおひ 扇   アト主 のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔せんしやくしと云所に猿丸大夫かはか有り 足に冬春ともにあかかり有とてきやうくんして一首 あかかりもはるハこしぢへかゑれかし冬こそ足のうらにすむ〕 〔此哥大内へきこしめされ出来したるとてほうひにたひ一そく給わりけると云々〕 〔猿丸太夫宝永三年迄ニ九百三十二年〕 (47 舟船[船ふな]) 違ふて有事じや 其上舟と云事ハ謡にも有 うとふてきかせう シテ「承りませう アト「山田矢早瀬の渡し舟の夜ハ通ふ人なくとも月のさそわばおのづから舟もこがれていづらん ふ 〔太郎官者も主もわきへのきて〕 シテ「さればこそ此さきにある 申唯今のお謡ハ承り事で御座る も一べん承りませう アト「いやもふうたひ共ない シテ「ぜひともうけ給りとふ御座ル アト「夫ならバうとふて聞せう 月のさそわばおのづからん((ママ))舟もこがれていづらん 〔此うたいの内扇ニテ手拍子ヲ打トメル〕 シテ「なふ主殿 ふな人もこがれいづらん 〔シテ太郎官者 但シ主ノ方をもシテニモスル〕   太郎官者出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  〇主 熨斗目 長上下 小サ刀 扇 〔アト「つれをさそうたり共あらうけれ共汝一人つるれバ物か心安ふてよいぞなあ シテ「誠におつれをさそわせられてもどなたなりともいなとハ仰られますまいが某一人参れバ物かお心安うてよう御座ります トモ云〕 〔此哥の心ハ三世ふかくの道理也 柿本人麻呂 初生(ホノボノ)ハ二月ニ八葉(ヤウ)の月の胎内(タイナイ)ニ来ル所也 無明(ムメウ)ほからか也 是を娑婆(アカシ)世界(ノウラ)と読也 朝(アサ)雨露(キリ)に三月四月ニかたちそなわり地水火風空次第ニ六根(コン)成就の所を四魔(シマカクレ)成(ユク)〔滅〕とよむ 五月に無相(ムサウ)の三身(シン)仏を成就して無相(ムサウ)無観三昧なかを念仏とよミたる也 されバ八十種(シユ)好(コウ)三十二相(サウ)唯心(ユイシン)浄土 己(コ)身(シノ)弥陀(ミダ)仏(ブツ) 末世父母未生(ミシヤウ)以前本来面目只此哥の心也 神道の玄(ケン)旨(シ)一大事の口伝也 〇柿本人麻呂〔年代記抜書ニハ元文四年迄千十六年ト有 享保八年ニ千年忌有リ〕年代記ニハ宝永三年迄千九年 此方ハちがい候や ふしんなり 〇小野小町 同八百七十二年 〇猿丸太夫 同九百三十二年 仁右衛門方ニテ此名ヲ云 〇柿本人麻呂 〇衣通姫 〇僧正遍昭 宝永三年迄八百拾六年〕 (48 鞠座当) (シテ「)〽〔右の足ヲ引 ひだりのあしを引 みみにて聞ていする〕よする波もきこゆるハ。〔大臣柱の方あをのきミる〕夕しほもさすやらん。〔ひだりの方へ小廻り〕さすかに我も平家なり。物語はじめて〔さゆうにてとめる〕御なくさミを申さん〽 〔通手ハ座頭皆々座ニつくと出はしかゝりにて名乗〕 (通手)「是ハ此他りの者て御座る 承れハたれと申スけんぎやうの所にてまりの会が御座ル 参て見物致さうと存ル もふぢんのいらぬなぐささ((ママ))ミて御座る とこう申内はや是ぢや 〔酒をのむヲ見〕 是ハよい所へ参た 一はい致さう 〔ト云テ扇をひろけてつぐ上へ置テついてもらいはしかゝりへ持テ行テのく((む))ていをする (通手「)たまらぬおもしろい と云テ又うけてのむ〕 「菊市是ハ酒かない と云テ(「)つげ と云 (菊市)「只今の程つきまして御座るがかてんの行ぬ事をおゝせらるゝ と云てつぐ 〔或ハ(菊市「)こなたハのミかくしを被成るゝか とト((ママ))テ少々云や((ママ))いなとする〕 〔シテ(「)扨節もよふ御座るに程にまりを初めませう 皆々(「)よふ御座らふ と云 (シテ「)それならハかゝりへ御座れ 皆(「)心得ました と云 シテ(「)菊市まりをもてこい きく市まりにすゞを付テ持テ出ル シテ(「)まりのおちまする所かしれませぬに仍すゝを付まして御座る 皆(「)是ハ一段とよふ御座ル と云まりをシテにわたし菊市ハ太皷座ニ下ニイル シテよりけだすと皆々(「)はり〳〵〳〵 ト云テ足上ル 夫よりまりを段々とわたしける内通手おかしがりて笑テまりを取テ橋かゝりの方へ持テ行すゝならす 皆々(「)まりかはるかあつちでけまする と云テ皆々はしかゝりの方へ尋テくる時ニ通手又大臣柱の方へ持テ行すゝならす 又のこらす尋テくるとまりをすてゝ〈いくい〉のことくみゝを引又しつへいあてる 其時たかいにいさかいの内に通手ハ(「)もはやよい時分て御座る 急てのこう と云テはいる 客の内よりきく市をとらへなげてはいる 又通手はいりさまに菊市かはなをとらへて引出してにくる事も有 其時ハ菊市はらを立テ皆々といさこう内へ出ルと大せいよりてきく市をこかしてはいる   シテ 出立 けんきやう むしのしめ くすばかま 上に長袴 ころも 角ほうし 扇 竹つへ    立衆 こうとう三人出立 シテ同前 但皆々しけの水衣ヲきる   菊市  嶋の物 狂言袴 こしおひ こうし頭巾 扇 竹つへ   通手 嶋の物 狂言上下 こしおひ   造物  まりにすゞ付ル 尤竹ニ付テ こしかけのふた 竹杖 〔△まりはのかゝりのてい たいかいに木置 ふたいとハ出所にちかい有 ぶたいにて狂言にする時ハかくをはづして勤テよし〕  (四角形の上に「正面」、左上に「軒」、左横下に「四鞠役」、中の右側に「桜㊂」「㊁柳」、左側に「松㊀」「㊃楓」とある図) 〔△いそと云事をかへてうとう 観世流のなをし〕 〔〽 さて又うらハおとすごくよするなミもきこゆるハ夕しをもさすやらん〽〕 (49 三人不仁[三人支離]) おのれら一人もやる事でハないぞ 三人「おもどりやつた シテ「何としてよからふ 〔三人うろたへる さとうハおしの竹を取テさきへ行 いさりハさとうの竹つへをついてさとうのまねし〔テ〕はいる〕 主「また有はづじやが 〔シテうろたへ大臣柱ニ隠ているト主見付テ〕 おのれはにくいやつの 何じや シテ「いや私ハ 主「何者じや シテ「いゝ居さりで御座りまする 主「おしでハないか にくいやつの シテ「はゝゆるして被下ひ 主「なんのゆるせとハ シテ「あゝ助て被下ひ 主「やるまひぞ〳〵   シテ をし出立 嶋の物 狂言袴 肩衣 腰帯 懐中ニ竹二本さゝらのごとく割て   アトいざり出立 シテ同前     又ア ト座頭 嶋物かむじのしめ 狂言袴 腰帯 十とく 竹杖 こうしずきん    主 のしめ 長上下 小サ刀 皆扇持也 〔△シテノ小舞 〈景清〉か〈紅葉狩〉か〈鞍馬天狗〉よし  いさりの舞 〈うかひ〉〈道明寺〉よし   座頭の舞 〈いたゐけ〉か〈あんの山〉か 又〈ミなとへ舟かいるやらからろのをと〉か此内吉 △小謡の事 よろこひをのへし君が代のすく成道をあらハせり〇〈蟻通〉      のめたのもしき春もちゞの花ざかり    〇〈ゆや〉 所ハ山路のきくの酒 何かわくるしかるべき〇〈紅葉かり〉 たかまのはらハ是なれやん((ママ)) かくら哥はしめてやまと舞 いさやかなでん               〇〈かづらき〉 くめや〳〵ミくすりを君のためにさゝげん 〇〈やうらう〉 たれか神慮のまことをあおかさるべき   〇〈ありとをし〉 つわ物のましわり たのミある中のしゆゑんかな                         〇〈らせうもん〉 是にハよもまさじ 面白の今のけしきや  〇〈岩ふね〉 うさきもなミをはしるか面白の嶋のけしきや〇〈竹ぶしま〉 実神あればとく有りやん((ママ)) 有難し ありかたき昔ぞめてたかりける                  〇〈ごおう〉 千代かけて御よろこひのミきをいざやすゝめん 〇〈七人せう〴〵〉 かりことぞうれしきたぐいなの人のこゝろや〇〈小((粉))川寺〉 おもしろや もろともにちかくへよりてかたらん 〇〈らせうもん〉  きんてうのもとゝわん ろさんの雨のよ そうあんの内ぞおもわるゝ                 〇〈ばせを〉 都なれや東山是も又あづまのはてしなの人の心や                     〇〈小しを〉  ざゝんざはま松のおとハざゞんざ     〇〈水くミ〉 〇千代かけて御よろこびのミきをいざやすゝめん 〽取あへぬ御さかもりいざうたひかなであそばん〽 〇〈小((粉))川てら〉   いつけひらくれバ天下ミなはるなれや 万代のなをあんせんそめでたき 〇〈なには〉〕   〔主高札ヲ打所をシテきを付べし しぜん高札を見るならハちがわぬ様すべし〕 〔道行 皆人のいけんの被成るゝ時にとまればよふ御座ルがおもしろい〳〵と存してかやうに成て今更こうくわいに存れともぜひも御座らぬ〕 〔同断 いや皆人のいけんのめさるゝ時おもいとまれハよふ御座るにとりかへそう〳〵とおもふてうか〳〵といたし此ていになつて御座る〕 (50 瞽女座当) う あれへゆけて((と))の御夢想じや なふ〳〵嬉しや〳〵 急で参らうと思ひまする どこもとに居らるゝぞしらぬまで 〔ト云テ一返廻りシテ柱のきわへ行〕 アト「是ハ御むさうが有た 汝妻ごもりする事神妙に思召す 則一の西門にたつたを妻とせよと被仰た 〔仏のつけをうたこうハわるい〕 急で参らふ 扨々此様な有難事ハ御座るまひ 大方此他りであらふが 〔アトハ立て道行云なから橋かゝりへ行 一の松のあたりよりそろ〳〵としてはしらの方へ出ルトシテト行合 杖と〳〵あたりよふたをかんかへたがいに〕 シテ「大かた杖にてすいしたり アト「こなたも杖にて覚たり シテ「扨ハ夢想の妻なるか 二人「〔二人して尋てい〕たがひに目見へぬ〔二人手ヲ引テ〕ちぎりなり 地「〔ふたいへ出ル〕ちつかたてぬる錦木ハ胸あわざると聞つるが〔二人かたひさつき下ニいて〕実あらたなる利生かな〳〵 〔正面ヲ拝ミテたかひに尋ル〕 シテ「なふこちの人ハどこに御座るぞ アト「いとをしの人 こちへおりやれ シテ「心得ました うれしや〳〵 アト「そなたと五百八十年万々年もそいませうぞ〔二人たかひに下の方をさがし座頭ハシテのかたへ左りの手をかけ右にハつへつきシテハ杖を持ていて座頭のこしへ手をかけて楽屋へはいる〕 〔謡ハ〈弱法師〉上懸ハ難波の浦のちけい〇北ハいづく難波なる〇まろびたゞよい難波江の〇万木(ボク)千山 下懸ハ満目(モク)青山 〇難波の海のちけい〇北ハいづく難波江の〇まろびたゞよい難波成ル 右ニ書置たるハ上懸のふしを付テ置〕 〔シテ「あわれよい妻を持せて被下ませい 頼上まする こよいハ是でつやを致さう たゝ心静てよい 人かあまたあればわや〳〵と云テわるいに心かしん〳〵としてさなから仏の御内証ニもかないそうな さりながらことでも持テ参たならハたんじてあそぼう物を ザトウ「扨も〳〵しつかな事かな 外にこもりてもないと見へた よもすがら何ぞ申たいも(【が】)のじやが はや物語 いや〳〵け((ママ))わしい 何をいたそふ 平家を一句かたらう ト云テ語ル 扨語り過テ シテ 「扨も〳〵おかしい事かな ト云テ笑也 (ザトウ)「是ハいかな事 となりに何者やらいるさうな 殊外笑うが おもしらうてわらうか 但しおかしうてわらうかしらぬ (シテ)「こよいお座当((頭))がこもられたと見へて平家をかたられた 是ハよいなくさミぢや わらハも何ぞ致たい事ぢやが や思ひ出した まへかどとゝさまに習ふた小舞が有 外ニ誰も見る者ハないそうな ちとなぐさミなからあんし出してみう あゝはづかしいが目くらへびにをしつぢや かやうの人のすくない所てまわふ 「座当舞をほめる (ザトウ「)扨も〳〵面白さうな事ぢや あゝ目が見よふならハ見たい事ぢやが いや夜かふけた (ザトウ)「扨々おかしい事ぢや 是がよいなくさミぢや〕  〔東ノ方春△なから拍子△まろひあとへさがる△足本ハト云時下ニ居ル△はつかしやト云時に左りの袖をかほに当る△今ハ狂ひ候わしト云所小廻りヲスル (51 鞠座頭 長州) 〔〈鞠座頭〉サカリハノ謡長州ニテハ謡由流儀ニハ無シ 「年毎に水無月半文月ハすゝみの会もよふして手馴しひわの音もやさしの花房のこうとうがにわもすゞしきせんすいにあつまりて遊ばん いざあつまりて遊ばん シテ「山岡のけんぎやうハ〳〵 (「)つねにたしなむびわ箱にさゝへしこミておきければ道野辺にしミづなかるゝ所にてしばしとてこそ立とまりひやしひへたるひや酒を シテ「壱つ弐つ三つ四つ 「いつ迄草のいつまてもかわらぬとものさかつきも数かさなればいざさらバ皮((彼))花房にいそかんとつく杖おともしとろにてこうとうの坊に着ニけり〕 (52 川上座頭) 依テの事ぢや ぜひに及ばぬ もはや日もばんじた 宿へ帰らう アト「よふ御座らう それみぞ シテ「おつとせ 〔ト云テミそをとひこすていをする シテ柱より橋懸へ行時也〕 アト「扨々御身のかるい事で御座る シテ「そなたと目出度そわふぞ アト「うれしう御座る    シテ 出立 嶋の物か無地のしめニテも 十徳 狂言袴 こしおひ こうし頭巾 杖    アト 女 はくの物 さけ帯 ひなん    こしかけ 〔右之狂言ハ鷺仁右衛門相勤候通り〕 〔アト「今迄まつ黒成黒まなこが。又まつしろになるそかなしけれ シテ「たゝ何事もぜん〳〵の事とおほしめせ シテ「しゆくしうハつたなし。又本の目に〽ならのはの〽 二人「なれにし竹のつへをとりふうふもろともう(引)ちつれて。わかやをさして。かへりけり〳〵 右ハ長命徳兵衛書ノ内ニ有〕 〔シテ「それも前々の約束と思召せ 二人「しゆくせうハつたなし 又元の目にならのはのなれにし竹のつへをとりふうふ手にてをとりかわしわかやをさしてかへりけり〳〵 是ハ只今迄家流ニテ謡候〕 〔溝口信濃守殿ニテ〈川上座頭〉有之候時ニ(「)それみぞ と云所ヲ仁右衛門直シ申候 (「)それ道があしう御座る と替る〕 (挟み込み紙片)   鷺伝四郎改印 ㊞   文化十四丑年九月廿八日改之 (53 花見座頭) あゝいた〳〵 サル「きやつ〳〵〳〵 〔シテひほをときてにくる あとよりさるのおいこミなり〕   シテ 出立 白ねりかくちばのしめか白きかるさん 又ハ長ばかまの下か 衣 角ほうし 中けい 竹つへ くわい中ニほそきひほ入ル   女  はくの物 さけをび ひなん ひようたんこしに付ル 扇   猿引  嶋の物 狂言上下 こしおひ 竹つへ へいこしにさし 小サ刀 扇こしにさし   さる  じゆばん かるさん すきん 手袋 たび 面 細引こしに付ル 〔シテ哥をよむ事も有〇此春ハしるもしらぬも玉ほこのゆきこふ袖の(ニ)花のかぞする〕 〔(シテ「)女ハじやに成と聞たか是ハさるになつた 大鷺仁右衛門ヨリ四代目ノ仁右衛門宗受享保十三年申二月廿二日観世太夫方ニテ能有之候時〈花見座当((頭))〉ヲ相勤候節右ノ留ヲ云也〕 (54  座当[不聞座頭]) ばかめにて有けるなり シテ「やんや〳〵 扨々面白い事ぢや 〔座頭笑〕 いや平家と云物ハ殊外面白い物ぢや アト「是ハいかな事 いやつんぼと云物ハふちうな物ぢや おのれが身の上の事を云をバしらいで やんや〳〵 〔ト云テ笑テ〕 シテ「是ハいかな事 したゝかに笑ふが某の身の上の事でも云テ笑をるかしらぬまで 扨々腹の立事ぢや アト「しよせん今一度舞をのそふですねかすねでないか せうじきををめう のうつんぼ 最前の舞ハみじこふて見たらぬ程に今度ハ長々と舞しませ シテ「なんぢや 今一句語う アト「いや〳〵其事でハない 今一番舞をまわしませと云事ぢややい シテ「心得た 又あいづにハどこなりとなぜう程に夫をあいづにほめて呉ひよ アト「心得た 〔〈景清〉の舞もう まん中比テ足にてなでる 其時座頭とらようとする 扨まいしまいてひさかほと足ニてなてると其まゝさとうとらへて〕 シテ「是ハ何事をするぞ アト「何事と〔ハ〕おのれハにくいやつの シテ「是ハめいわくなことぢや あいた〳〵 アト「見へたか シテ「やい〳〵座当((頭))め 某を此ごとくに打たをいてとれへにぐる おふちやく者め とらへて呉ひ やるまいぞ〳〵   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   アト 無地熨斗目 狂言袴 十徳 こうし頭巾 竹杖 扇   主 段熨斗目 長上下 小サ刀 扇 〔(シテ「)「やい〳〵盗人がはいた 皆出合〳〵 ト云時橋懸ノ方ヲ向テ云 尤うでまくりをして〕 〔其内座頭ハ手を組テうつむいている〕 〔後の〈景清〉の舞 真中比ニテ足ニテなでる 座頭ハかけをとらへるまねヲする〕 〔かやうにもいたし候 後の舞 〈景清〉か又ハ〈宇治のさらし〉ニテモ 其時ハしまいに(シテ「)おもしろいとの ト云テ座頭をあしにてひさをふむと其まゝ座頭シテの足をとらへて(アド「)おもしろいとの〳〵〳〵 ト云 シテ(「)是ハ何事をする おのれハにくいやつの 目も見へぬなりをしてにくいやつの ト云テさとうを一返引廻してこかし(シテ「)見へたかおてつ と云テにくる (アド「)さとうを此ようにこかしてとれへうせをる やれおふちやく者 やるまいぞ〳〵〕 (55 伯養) コウトウ「身共ハ相撲を取ませう アト「是ハよふ御座らふ 〔ト云テ伯養ノ方へ行テ〕 今のでハりひが付られぬ 今度ハ相撲をとらふといわるゝがそなたハとるか ハクヤウ「身共ハ成ますまひ アト「なぜに ハクヤウ「勾当ハ目が見へまする コウトウ「色々のなんの云 にくいやつの 〔ト云テ杖ニてむせうに打ツ 伯養も同事〕 アト「はて〔さて〕いわれぬ事をせず共早うとらせられゐ コウトウ「夫ならばしたくを致ませう 〔衣ヲ勾当ハ笛座ニテへんてつをぬぐヲ伯養太皷座ニテ〕 アト「さあ〳〵よひか 出さしませ コウトウ「心得ました アト「行事を身共のせう 二人「中々 アト「おてつ 二人「やあ 〔ト云テたかいにうろたへる 一人ハアトへ取つく アトうろたへるをミて笑うて〕 アト「先またしませ 行事のしよふが有る 〔ト云テ両人の手ヲ取テそばへよする 伯養其まゝ取つき引廻して勾当ヲなくル ハクヤウ「見ゑたか おてつ 〔ト云テ杖ヲ取テはいる〕 コウトウ「やい〳〵相撲ハ壱番てハしれまひ 勾当を此ごとくにしてにくいやつの やれやるまひぞ〳〵 〔杖ヲ尋テ取テはいる〕   シテ 伯陽((養))出立 小嶋物 狂言袴 腰帯 へんてつ がうし頭巾 竹杖 扇   アト 勾当 但シシテニモスル 無地のしめ 白下袴 又長袴ニテモよし 衣 角ぼうし 扇 竹杖 しゆもく杖ニもする   亭主 のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔△哥の事 常にハにわなかにとはかけのあしたト云 五月ハさミだれにとも云 冬ハゆきふりにとも云 あめふりに共〕 〔昔ハ犬勾当ト云ヲ近代直してかすこうとうハかどにたゞ((ママ))ずむと云〕 (56 鴞[梟山伏]) ついた物でかなあらう 鴞ずれハいとやすいこと たつた今にいのりおといてミせう 兄「頼上まする シテ「いかに悪鳥の鴞なり共ゆや権現へきせいをかくるならバなとかしるしのなかるべき ぼろをん〳〵 弟「ほゝん 〔ト云テあにへうつす あに両袖をふるい一ツくつさめをしてハおとゝの方をミる 又一ツしてハおとゝの方をミて〕 兄「ほゝん シテ「是ハいかな事 きやつにもついた いかにあなたこなたへとびまわりうらミをなすとも行者の法力つくべきかとさもこうせうにぞいのりけれ ぼろをん〳〵 いろはにほへと ぼろをん〳〵 〔二人ながらほゝんと云テシテへうつす ミふるいしてほゝん〕 是ハいかな事 身共にも付た あひらうんけん〳〵 さりながらも一度いのらう いかに鴞なりともからすの印のむすんてかくるならバおそれをなさで有べきかとかさねてじゆずをおしもんでぼろをん〳〵 橋の下のせうぶハたかうへたせうふてかつてもかられぬ ほろをん〳〵 〔三人なからほゝんと云てつかれせうぎよりをりてさきへ立テ行 山伏ハ中ニ立 兄ハあとから行 ぶたいを一返廻ル 三人正面むくとしや切とめ シテハ中 兄ハ右 弟ハ左ノ方 しや切すむと三人トモニほゝんと云テはいる事も有リ 又時ニより狂言尽((?))なとにてハしや切なしにあにとおとゝ(「)ほゝん〳〵 と云ながら楽やへ入る シテ一人のこり正面へ出テほゝんと云テあとよりかくやへはいるなり〕   シテ 出立 あついた 狂言袴 きや半ニてくゝる 水衣 ときん すゞかけ 小サ刀 こしおひ いらたかじゆす 但角ほうしをしやもんにする事もあり 時ニより大口をもきる事も有 又ハしやもんにてきなかしにする事も有   アト兄出立 のしめ 長上下 小サ刀 扇   又ア ト弟出立 はくの物 長袴の下 もきどふ かミをときかつら帯ヲ鉢巻    腰かけ入ル 〔前方相勤候祈ノ事 (シテ)「いかに汝ふくろ((ママ))なりと云ともひころたのミ奉ルふどう明王ゆやごんけんにきせいをかくるならハ其しるしなかるべき ほろをん〳〵 (シテ)「いかにかなたこなたへとひまわるふくろ((ママ))なりともくまのがらすのいんのむすふならハなとかきどくのなかるべきとさもこうせうにそいのりける ほろをん〳〵 (シテ)「いかに悪鳥のふくろ((ママ))なりと云とも此年月の行力つくべきかとかさねてじゆずをおしもんで ほろをん〳〵〕 〔山伏事相続候時初ノ祈ニ夫山伏トいつはト云所ヲ替テ云 (シテ「)行者ハかぢに参らんとゑんの行者のあとをつぎいらたかのしゆすををしもんでひといのりいのるならバなとかきとくのなかるへき ほろおん〳〵〕 (57 犬山伏) 座らふならばこなたにもあの傘を持せまするぞや シテ「夫ハ様子に依て持事もあらう 茶や「其様に被成てハ成ませぬ 先いのらせられひ シテ「夫いかに畜生にてもあれ 某の印のむすんでかけばなどかきどくのなかるべしとさもこうせうにぞ祈りける ほろおん〳〵〳〵 〔出家も同やうに経をよミ〕 アト「とらよ〳〵〳〵 〔出家の方ミてハつむりをふりてうゝ〳〵〳〵ト云テ山伏方ミてわん〳〵〳〵ト云〕 茶や「かめ〳〵〳〵 〔犬山伏にほへ付ク〕 申こなたのかちで御座る〳〵 〔くひ付 山伏いやかりにくる 犬の山伏をおいこミ あとより出家茶やおいこミ〕 二人「やれおふちやく者 やるまいそ〳〵   シテ出立 〈柿山伏〉同前    アト 僧 無地のしめ きながし 黒衣 けさ 珠数 角頭巾 からかさかたけ出ル シテハ形箱かたけ出ル 但シ時ニより太刀をもはく   犬  虎毛色じゆばん かるさん 頭巾 弓掛 足袋 面犬     又見徳ニてもよし   茶や のしめ 長上下 小サ刀 扇   腰桶二ツ 〔△此出家成程やわらか成がよし 足づかひも成ほどこあしにあるく物也 シテハ成ぼ((ママ))といかつひぼ((ママ))とよし 詞もがひに云也 随分犬におしるがよし〕 (58 祢宜山伏) 南無謹上再拝〳〵〳〵 茶や「あゝ影降((向))被成て御座る さあ〳〵いのらせられい シテ「先まて。夫山伏といつは。山におきふすに依ての山伏成り。何と殊勝なか 茶や「あゝ殊勝そうに御座る。シテ「頭襟(トキン)といつは。布切を一尺斗墨染。むさとひだを取ていたゞくに依ての頭襟なり。珠数といつは。本のいらたかの珠数でハなふて。むさとしたるこのミに穴を明糸を通し。がらり〴〵といわするならば。抔か奇特のなかるべき。ぼろをん〳〵〳〵 〔ト云ト大黒祢宜の方むく 山伏大黒の右のかたを引ふりむけうとする 大黒ふりむきつち上ル 山伏のく〕 アト「申々私の勝で御座る 此幣を持せませう 〔ト云テ山伏のそはへ出る〕 シテ「おのれハ夫にすつこんでをれ 〔ツきたおして〕 今度ハ相祈りにせうといへ 茶や「心得て御座る 今度ハ相祈り被成ひ アト「心得ました 〔シテハ印をむすふ 大黒へ掛ル 祢宜ハのつと云 両人一所云出ス〕 すミやかに此幣に乗りうつり給へ。南無謹ぜうさんご さいはい〳〵〳〵 シテ「いかにしやうのなき大黒成共某が印をむすんでかくるならばなどか奇特のなかるべき ぼろおん〳〵〳〵 アト「さいはひ〳〵 〔初大黒正面向テイル 祢宜祝詞ヲ云 山伏ハ印をむすんてかけ両人同様に云時に大黒祢宜のさいはい〳〵と云出スと其まゝ祢宜の方見てしやうきにこしかけていて少づゝのる時山伏又初の通り大黒の右のかたを取テ引我か方へむき((ママ))やうとする 其時大こくつちをふり上テ二ツ三ツうつまねをする 山伏わきへのき祢宜ハかまわすニさいはい〳〵ト云テイル 又大こく祢宜の方むき今度ハ立て祢宜のほうへうつりのりテイル 山伏又大こくの右の通りにかたを引時に大黒ふりむき山伏ヲ見てシテ柱の方から正面まてつちにてうとふとして二足三足も出テ立テイル 山伏ハにける 其時ニ祢宜(「)私のかちで御ざる 此へひをあの客僧に持せませう と云テ出ル時山伏(「)おのれハ是におれ と云テ祢宜をつきたをしてにけて行〕 アト「やれひきやう者 やるまいぞ〳〵 〔ト云テ祢宜おつかけて楽屋へはいる 茶屋ハ大こくのそばへゆき(「)扨も〳〵あらたなお大こくで御座る 先守りまして参らう と云テ大黒のうしろへ手をそへてそろ〳〵とつれて楽屋へはいるなり〕   シテ出立 〈柿山伏〉同前    アト 祢宜 腰替りのしめ 狂言袴 脚絆ニテクヽル 素袍の上 腰帯 小サ刀 折ゑほし 扇 へひかたけ出ル 山伏ハ形箱をかたげ出ル〔形箱一尺五寸ハ長サ はゝ一尺 高サ三寸〕   茶や のしめ 長上下 小サ刀 扇    大こ く はく かるさん 但し狂言袴脚絆ニてくゝりても吉 はつひ こしおひ 大こくずきん 槌 袋 口を色八まきかかづら帯ニてむすび 袋なき時ハはくの物をくゝりてもよし 面大黒    腰桶二ツ入 〔謹上再拝〳〵夫天照ル太神と申ハ伊弉諾伊弉冉尊天の岩倉の苔莚にて男女夫婦のかたらひをなし一女三男をまふけ給ふ 一女とハ天照太神宮山田原に神と留りまし〳〵て赤きをバ人間と名付黒きをハ牛馬と定 一斎((切))衆生を利益せんが為中にも荒神と見へさせ給ふハ雨の宮に風の宮北に斎宮鏡の御社 惣して日本国中の大小の神祇驚し奉ル 只今大黒天も我等が方へ影向被成るゝ様に守らせ給へ 謹上さいはい〳〵 「今日のれいてんしやうぜう照給へ のうぢうましませ 南無さんごさいはい〳〵〕 〔それあめつちひらけはじまり国とこたちの尊出させ給ひ地神五代いざなきいざなミ二柱の御神あらわれ一女三男をもふけ給ふ 中ニも天照太神ハ日本国のぬしとして君をしゆごし給ふ故三国ぶそうの我朝なり さあるに仍テ勢(セイ)州にあとをたれ天照太神宮とあがめたてまつりみもすそ川の清きなかれ万代まてもつきがたし もとより我朝ハ神国なれば人間ハ申におよばず諸神諸仏もかつがうなされいくわう目出度御神なり 忝も太神宮の御つかいとして国家安全の為にくわいこくの祢宜なれバなどか大黒殿も我をば見はなし給ふべき きんじやうさんごさいはい〳〵〕 〔今日のれいてんせう〳〵にてらしのうじうましませ もろ〳〵の神たちにもミなほどこしあたへ給へ なむきんじやうさいはい〳〵〕 形箱長サ一尺三寸ならハ横九寸 立ハ三寸 ぼう長サハ三尺斗見合 ぬの切にてぼうをいわゆる  (縦「一尺五寸」、横「一尺」、高さ「三寸」の形箱の図) 御へい 竹長サ二尺五寸ほど (59 柿山伏) 男〳〵たひれの((「い」脱カ))雲をしのぎねんぎやうの アト「急で帰らう さりながら何を云ぞ 少聞ませう 〔ト云テシテ柱のきわニテ〕 シテ「こうをつむ事一千四か日 しんば〳〵しんミやうをすてひごろ頼奉ル不動明王のさつくの縄にてつなぎとめばなど一足もはたらかせじとさもこふせうにぞいのりける ぼろおん〳〵 〔此いのりの内ニアトはしかゝりの方へ行 一の松のあたりニて帰らふとしてみふるひをしてから先へゆこうとすれ共あるきにくきていをする うしろの方へよろ〳〵として夫より両手ニてあしをとらへてひと足つゝあるこうとする 又かたかたの足を両手ニて持上テあるこうとする たゝよろ〳〵としている〕 橋の下のせうぶハ〔たがうへたせうぶで〕かつてもかられぬ ぼろおん〳〵 いろはにほへと ぼろおん〳〵 アト「扨も〳〵口おしい事かな シテ「見へたか 〔ト云テしゆすニてかたをたゝく〕 アト「ぜひにおよばぬ おふてゆこふまてい 〔シテおわれうとするをこかして〕 アト「おのれがよふなやつハまつこふしたがゑひ シテ「やれおふちやく者 やるまいそ〳〵 〔たとうとしてこしたゝぬゆへにころけてはいりたるよし〕 〔(アド)「鳶と云物ハめいよ鳴物じやが なかぬハ鳶でハない物てあらふ やい〳〵何成共其道具をはやうもてこひ シテ鳶の鳴まねする (アド)「扨是から身ふるいをしたり羽をのす物じや 〔シテミふるいする〕 (アド)「みふるいをした程におつ付はをのそうそよ さあ〳〵はをのひてからハ追付とふものじや さあとほうそよ はゝとひそうな とほうそよ 「拍子内シテ鳴まね (アド「)ねをたいた〳〵 ト云テつめてよりシテ落ル (シテ「)あいた〳〵 (アド)「いたひ事こそとうりなれ あの高い木の上からおとひやつた程に (シテ)「やいそこなやつ (アド)「なんぞ (シテ)「おのれハ大そくのみとして此たつとひ山伏をさいせんからてうるい抔〔ニ〕たとへ其上とびじやと云 惣して山伏のはてハとびに成者じやと聞及ふたに依て某ももはやとひになつたかとおもふてとんたればまたはねもはへぬにあの高い木の上からとはせてこしのほねを打ぬいた程にやう((ママ))してかへせ (アド)「やあらそちハむさとした事を云 あの某のひそうする木の上へのほつてかきをぬすんてくうのミならず 其上わこりよか木から落たでハないか 其様などんらしい事ハいわぬ物じや (シテ)「やあらおのれハ此たつとひかけての山ふしをとんなとぬかいてしそんにおいてこうくわひさせうぞ (アド)「なんとこうくわいさせう (シテ)「中々 (アド)「なんのこうくわひする物じや (シテ)「ゑゝこうくわひさせて見せう (アド)「かけでの山山((ママ))伏にハかまわぬ物じやと申 急て帰らう (シテ)「やい〳〵やいそこな者 (アド)「なんじや (シテ)「そちハどこへゆく (アド)「宿へ行 (シテ)「なんじや 宿へ行 (アド)「中々 (シテ)「某おば野中にすてゝおいて行と云事か有物か 某をもつれていてこしの立まで五日も十日もやしなふてやうしてかへせ (アド)「やあらわこりよハくとひ事を云 そちかこしのぬけたを身共かやうせうわけがなひ 其様なわかまゝな事ハ云ない((ママ))の (シテ)「そういうたりともいなせまいがな (アド)「夫ハたれか (シテ)「身共か (アド)「なぜに (シテ「)某の行力を以ていのりもといてのきやう (アド)「行力もことにこそよろうけれ あのかきをぬすんてくう山ふしの行力こわ物じや おいてくれひ 〔常のことくつめてから〕 (シテ)「くやもふかな (アド)「なんのくやもう (シテ)「くやむな男〳〵たいれいのくもをしのきねんきやうのこうをつむ事 アト(「)急て帰らう 乍去何を云そ ちときこう アト詞の内祈ル (シテ)「一千よかにち しんば〳〵しんみやうをおします日比頼奉ルふとう明王のつなきとめはなと一足もはたらかせしと重而じゆ数をおしもんてひといのりこそいのりける ほろをん〳〵 橋の下のせうぶハたかうへたせうぶてかれどもかられぬ ぼろおん〳〵 いろはにほへとちりぬるをわか ぼろおん〳〵 今のまにいのりもといてのきやう ト云テふたひをたゝく也 (シテ「)ほろおん〳〵 (アド)「扨も〳〵口おしい事かな (シテ)「見へたか〳〵 〔ト云テしゆす以くハす〕 (アド)「せひに及はぬ おうてゆかうまてい ト云テ道ニておとす (シテ)「是ハいかな事 たまされた やれとらへてくれひ やるまいそ〳〵〕   シテ 出立 厚板 但シ嶋の物にても 狂言袴 きや半にてくゝル 水衣 こしおび かたな いらたかの珠数 ときん すゞかけ   アト のしめ 小サ刀 長上下 扇    腰掛一ツ 〔替次第 「大峯かけて葛城や〳〵我が本山にかへらん 「ひとりかけての山伏ハ〳〵ときんや枕なるらん 「三ツの峯入かけてなる〳〵行者と((ママ))たつとかりける〕 〔「名乗ニ出羽の指合の時ハ是ハ大峯葛城を只今かけでの山伏て御座る〕 〔「道行替 惣して山伏と申物ハ野にふし山にふしいわねを枕としてしやしんの行ヲ〕  〔模々(モ ヽ)具和(グ ワ) 一名のぶすま〕 (60 鬮罪人) 急とこそ 〔極楽はるかなりと云時ハ右の方へ開テ左り手ヲ上テ見ていそけとこそと云所よりどろ〳〵〳〵と云雷ひやうしふミて夫よりのりひやうし右よりふミ五つとことト云 つゞけて三ツひやうしふミて両手ニて杖を我か前へよせて左りの手へつはを付ルまねして杖へ手ヲ付 又右の手へつは付テ夫((ママ))右の方へかいこミて右へ大廻りまわりさまに主の方へむけて行 主少し開くとかまわすに廻り小廻りしてのりひやうし右よりふミ五ツくわつして左りの方へ下ニイテ主のうしろをつくていして又右の方へくわつしてつくまねして又左り方へくわつしてつくまね 以上三度して夫よりかいこミ立テ右へ中廻りニして両手にて杖持て主の方へづか〳〵と行 主開テねめる シテ其まゝあとの方へあとひ((ママ))さりに引 杖を主に見せて少かゞむ時に主も少しつむりをさけ((ママ))とシテそろ〳〵と行テ遠くよりも杖を両手ニて持テ主のつむりの上をつむりへ杖のあたらぬやうになてるまねする 尤右手の方上 左手方下ニして杖持テなてる 又左手上へし右の手下へして杖持テなでゝシテ柱の方へ持テ来テ杖を両手ニていたゝく 扨かいこみてシテ柱のきわにて小廻りしてのり拍子ふんて夫より馬にのるまねしてばた〳〵としていづる 主の前のあたりまて行と主開テにらめるとあとび((ママ))さりニ竹馬ニてひ((ママ))さりてすいふんかゝみてそろり〳〵とあるき竹馬にのり主のちかくへ行と右の手ニハ竹馬持テいて左りの手にてふあくの面を少し上テ主のかをゝ見る 其時主かほにてシテのかを見て大臣柱の方の上の方を見る 是ハつむりにてとをれと云心也 其時シテ猶々つむりをさけかしこまつたと云心にてじぎして通る 主の前を通りぬけると又ばた〳〵と飛なから馬のりして橋かゝりゑ行テ其内ニ主小廻りをするをシテはしかゝりニて左りの手をかざし見て(シテ「)おふそれよ〳〵 と云テふたひへ出テつか〳〵と行テ主のせなかゑ杖をあてる 主ふりかへりて(アド「)おのれハにくいやつの と云テシテの杖を我か杖ニて打おとしてすくにおいこミ 立衆皆々立て(立衆「)是ハおきのミじかひ まつまたせられい〳〵〳〵 ト云テ楽や入ル (立衆「)申々是ハ〳〵〕 〔「某の存まするハ是も下ハ常の通り致いて大きうもんのこしらへ其上に青おにを作り扨門のわきに武者を一人いたし其武者のかふとを鬼か引所ヲ是羅生門と名付てハ何と御座らう〕 〔「尤武者ハよふ御座ルか門の上の鬼がかふとを引ていハあをかいるに似たと申て笑ました〕 〔「某の存ルハ橋を致シ其上に僧に長刀を持せ則是を橋弁慶と名付〕 〔「尤思ひ付ハよいかいかにしても弁慶にあわせてハ長刀かちいさうて見くるしいと申て笑ました〕   シテ  嶋の物 狂言上下 腰帯 扇 後厚板つほ折ニしてよしを廿本程たばね上を手縄ニて巻杖ニする 長サハ其人のちだけに一尺長クして吉 ふあくの面   アト  下に白練袷上に段のしめ 長上下 小サ刀 扇 後ニ肩衣取ル 両のはだをぬぎ白練出ス 竹杖をつく 髪乱し   立衆 のしめ 長上下 小サ刀 扇 大せい出ル    腰懸 のふたへくじ入ル 五寸四分ニほうせう((ママ))のかミをきるなり 祇園会七日ト十四日ノ山ノ次第 〔七日                   大きう松の木 鳥井((居)) 宮 天神山ト云     油小路 南ヨリ 唐人ニくわを持せ 是をくわつきよ  西洞院 四条西ノトウイン東より 大木ニ山伏よき持せ ミね入  錦小路 室町錦小路 老人ニかまを持せ とくさ山  五条坊門油小路東より 松ニ宮 鳥井((居)) とび天神ト云  錦小路新町 松 若キ人かま持せ あしかり  綾の小路〕 〔十四日 こいのたきのぼりト云  室町 六角南ヨリ 一らいほうし 宇治川ト云  烏丸西ヨリ 六角烏丸西より 男ニたか持せ 犬引 たか山ト云  三条室町 松 桜 老人 黒主山ト云  烏丸三条 牛若弁慶ニ橋  四条坊門 室町東より 大きう山の内ニ老人 鬼二人 葛城山 ゑんの行者 三条ノ北より 室町三条北より〕 (61 朝比奈) 金才((鉄撮))棒を持する中間なきまゝにゑんまわうに〳〵づつしと持せてさきへあゆませいきおひつよく朝比奈ハ浄土へとてこそいそぎけれ   シテ  乱髪 白八巻 白練袷 大口 太刀 かたな こしおひ 扇 上ニ白練袷つほ折ニして 白装束つゝき申時ハ下をバ厚板ニテモ そはつきもきル 七ツ道具わきの方ニさす 大竹杖   アト 鬼 厚板 狂言袴 脚絆ニて括ル こしおひ 上ニ厚板つぼ折 鬼頭巾 面ふあく 竹杖   こしかけ 〔(アド)「是ハちごくのあるしゑんま大王成ルが今ハ人間がかしこふなつて八宗九宗ニわかつてハ極楽へぞろり 浄土宗じやと云てハ極楽へそろり〳〵〳〵とそろめくに仍テ〕 〔(アド)「是ハ地ごくの主ゑんま大王成ルが当代ハ人間がかしこふなつて八宗九宗にわかれ浄土宗じやと云てハごくらくへぞろり 或ハ天だいのしんごんのと云てごくらくゑぞろり〳〵とぞろめくに仍テ〕 〔(シテ)「是ハしやばに朝いなの三郎義秀成ルが無常の風にさそわれ只今めいどへおもむき候〕 〔シテ竹をかついて出ル事有 △仕舞ニ太刀ニテ留ルも有 シテゆふにしてつよし おにのくびへ大竹をあてゝ一へんまわしてこかす事も有り〕 〔抑和田軍ノおこりを委尋ルに実朝公の御時ゑがらの平太たねなが〕 〔△(シテ「)浄土へとてこそ ト云テ幕ノ方ヲ見て情をあらし((ママ))急ですぐにはいるとめ有り はしかゝりの長キ時よき仕舞也〕 〔△大御所(ヲヽゴシヨ)の(ノ)南(ミナミ)おもてト云トコロヲかまくらの南のもんにおしよせと云〕 〔高望王ヨリ九代孫三浦大介義明八拾九歳討死 杉本太郎義澄 和田小太郎義盛 朝比奈三郎義秀 義澄ハ伊東祐親カ聟也 朝夷名三郎義秀 父ハ和田左衛門 母ハ友絵也 木曽討死ノ後和田ニ嫁シヲ((テ))生タリ 朝比奈廿一歳 夫ヨリ高麗へ渡ルト云 後巴ハ九十一歳ニテ越中ノ国ニテ打死ス〕 (62 八尾) シテ「此上ハちからなし 地同 〳〵とて罪人の手をとつて閻魔王の案内者にて九品の浄土へ送りとゞけ夫より地獄に帰りしが又立帰り去にてもあら名残をしの罪人 あらなこりおしの罪人やとて鬼は地獄に帰りけり   シテ  厚板 狂言袴 脚絆ニテ括ル 腰帯 鬼頭巾      上ニ厚板つほ折 竹杖 面不悪    腰掛 文 竹   アト  白嶋か又ハむしのしめ 白キ合仕頭巾 水衣 こしおび 文を竹杖ニはさミアトかついて出ル   こしかけ入ル 〔△鬼事次第謡様ハかるくつよし 皆同事〕 〔替次第 (シテ)「罪のきやうじうあきらかに〳〵じやうはりの鏡なるらん 〔道行〕 住馴し地ごくの里を立出て。鬼足にあゆミ行程に。つるぎの山を打過て六道の辻に着にけり 〔替〕住馴し我が住方を立出テ〳〵ト云〕 〔責の替 (シテ)「かしやくのせめもちかづくぞや〕 (63 首引) ゑひ〳〵ゑひ 〔三度程云テ〕 シテ「やひ〳〵皆こひ〳〵 〔楽やの方ヲ見てよふ 鬼とも大せひ出ル 尤面々に首ニびなんをかけ出る〕 鬼皆々「いでくらわふ〳〵 〔ト云テ出テ姫のうしろへ段々取つきつなを持そへて〕 シテ「〔竹杖ヲ下ニ置 扇開おどりながら云〕ゑひさらゑさら 皆々「ゑいさらゑさら アト「ゑいと云てハゑい〳〵ゑ シテ「姫が方がよわひハ 皆々「ゑいさらゑさら アト「ゑひと云てハゑひ〳〵ゑ シテ「せひをだせ 鬼ども 皆々「ゑいさらゑさら アト「ゑひと云てハゑひ〳〵ゑ 〔ト云テ一返大廻り 右へ廻ル 大きく引廻して大臣柱とシテ柱ト角ちがひにならぶ時に縄をはづし為朝にくる 鬼も姫もせうきたをしに皆あをのけにころぶ 鬼共おきて(「)いてくらおふ〳〵 と云テ為朝をおいこむ シテハ姫をおこしてつれてはいる時に(「)やれ〳〵かわいや〳〵こちへこひ〳〵〕 〔△(アド「)是ハ源の為朝で御座る 久々ちんぜひに罷有ツテ御座れバ古郷なつかしう御座る 少用の事も御座る程に都へ登らうと存ル 道行有テ 是ハびやう〴〵とした広ひ野じや〕   シテ  厚板 かるさん 脚絆ニテ括ル はつひ 腰帯 黒頭 大竹の杖又よしニテ上手縄ニテ巻たるもよし 面悪鬼 但シふあくニテもよし   アト 為朝 乱髪 白八巻 厚板 大口 太刀 かたな 扇 そはつぎ 扇 紅段のしめニテも   姫  薄((箔)) さけ帯 かつら はねもとゆい ひなんニテも 面おと   鬼  大せい出ル 厚板 狂言袴クヽル もきどう こしおひ めん〳〵に引縄を首ニかけていづル ひなんなり   為朝と姫の引のにひなん一すし入ル 〔シテ「ゑいさらゑさら シテ「姫が方がよわいハ シテ「せいをだせ おにども シテ「ひけや〳〵鬼ども〕 〔△左近一世ノ時〈首引〉権之丞勤ル 乙(「)わらハゝはらをしがしたひ と云〇(シテ「)其様な事ハいわぬ物ぢや〇(姫「)あの男がわらハゝ((ママ))内もゝへ足をぬつと入た〇シテ(「)こらへい〳〵〕 〔首引なから廻ル時大将鬼ハあとよりおんどを取り廻ル 皆鬼共まけてこけたる時大将鬼供鬼迄も為朝を追懸テ楽やへいる あとに姫一人のこりおきながら(「)とゝや〳〵 とれへおりやつたぞ〳〵 ト云ながらふら〳〵とかくやへはいるなり 乙出立ハはくをぬきかけにして〕 (64 節分) 急て豆をはやそふ 〔ト云テ〈福の神〉同前大臣柱ノ方より(アド「)福ハ内へ〳〵〳〵 ト三度云テ夫よりシテの方へ行テ鬼のかほの方へ(アド「)鬼ハ外へ〳〵 ト云テ返しをつよく打 鬼(「)是ハ何事じや ト云テおきると(アド「)鬼ハ外ヘ〳〵 ト云 鬼(「)南無三宝たまされた ト云テにくる アト(「)鬼ハ外へ〳〵〳〵〳〵 ト云テかくやまておいこむなり〕 〔此女ハ成程しをらしきがよし 左手にて袖口を二ツゆびニテ持 右の手ニハ末広を持也 初ハ成ほどおじたるがよし 後にハあまりこわからぬがよし〕 〔二段仕舞の事 仁右衛門方ニテハ常にもする 大蔵流ハ常に勤ル 伝右衛門方ニテハ替仕舞〕 〔(シテ「)物もふ 案内もう (アド「)「案内とハたそ 今夜ハ戸をあくる事ハならぬ 用があらばあすおちやれ (シテ)「となりから用が有てきた程にひらにあけさしませ (アド)「はて扨なんの用じや ト云テ扇ヲひろけて(アド「)ざら〳〵 ト云テ戸を明ルていをして(アド「)誰もいぬ ト云テ又戸を立ル躰をず((ママ))る (アド「)ばつたり と云 其おとにて鬼びつくりとして開テ(シテ「)是ハいかな事 此ミの笠をきておるによつて見つけぬ物であらう 先是をとらう ト云テ太皷座へ行下ニいてみの笠をぬいて左りの袖をかをにあてゝ出ル つゑにてぶたひを二ツ三ツもつくト女(「)誰じや 鬼(「)となりの者じや 爰を明さしませ 女(「)となりからこふとまゝよ 是より常の通り〕 〔北風の山おろしがふき来て妻戸に。あたりたるをや。わ(ハル)こりよと思ふたりやふんじや(引)。へんなやの(引)。風じやツた。〳〵よの(引)。〕 〔仁右衛門方ニテハ(「)月氏国をくわつしもゝにくわつ と云 大蔵ハ(「)月氏爰に と云〕 〔女(「)節分の豆を取出し〳〵 ト云ヲ謡ニテ云〕 〔太刀佩ひたもにくひか 小太刀はいたもにくいか 殿弓かたけたもにくひか ゑんでこそ候らめ はひとら〳〵かたけたハいとし〕 〔あまりさひしさにかどにひよや((ママ))うたんつるして折しも風が吹てきてあなたへこつきりひよ こなたへひやつきりひよ 瓢箪つるして面白や 右大蔵ニテ云〕   シテ  厚板 狂言袴 脚絆ニテ括ル 腰帯 鬼頭巾 ミの 竹杖 ふあくの面 大竹の子笠   アト女 薄((箔)) さけ帯 ひなん ちうけい 〔△シテ「そりやわるふハほれぬハ ト云所ヲ(「)わるふハおもわぬ となをす事ハ元文三年三月廿三日松本大隅守殿御老中招請二日目伝右衛門ニ〈節分〉被仰付候 其時なをしてうとうなり〕 〔△あらくたびれやほねおれヤ 謡様ニ習有り〕 (65 雷公[神なり]) とぞよひ様に願ひまする シテ「いや夫ハ何寄安ひ事じや 雨ハふらせうともふらせまひ共某がまゝじや程に望の様に今からハよい時分(ジブンシブン)に雨をふらしてやらうぞ アト「忝なふ御さりまする シテ「其上そちが(の)様な上手ハ有まい程に今から典薬の頭にしてやらう○が何とあらふぞ○ アト「夫ハ一入忝なふ御座りまする シテ「○【夫ハ】嬉しひ アト「中々○ シテ「夫ならば 身ハ最早天上する〔ぞ アト「あゝおなごりおしう御ざる ト云トシテ謡出ス〕 ○程に只今の望の様子を謡に作つて残し置程に左様に心得ひ アト「畏て御座る○ シテ「ふつつてらしツ 地同 〳〵 八百年が其間干損水損も有まじ 御身ハ薬師の化現かや 中風をなをすくすしを〳〵 典薬の頭と云捨て又鳴神ハあがりけり 〔シテ(「) くわら〳〵〳〵 ひかりひか〳〵 くわら〳〵〳〵 ト云テアトヲをいこミ アト(「)なふおそろしや こわや〳〵 と云て正面の方を廻りてにくる あとよりシテおいかけて楽ヤへはいる〕 〔(アド)「いしやて御座る (シテ)「何といしやじや (アド)「中々 (シテ)「夫ハ幸の事じや (シテ)「某ハ天に住神鳴と云者じやが雲間を走ルとて落テきつううつた いしやならハよふじやうをしてくれひ (アド)「畏て御座りまするか私ハ人間のりやうじハ致まして御座るがかた〳〵の様な天上の御方のりやうしハ終に致た事が御さりませぬ 此段ハ御ゆるされて被下ませひ (シテ)「何しや成まひ (アド)「はあ (シテ)「おのれ せぬにおひてハ引さいてのけう (アド)「あゝ仕りませう (シテ)「夫ならハはようせひ (アド)「先おミやくをうかごふてみませう(か ゞ い と う ご ざ る) (シテ)「脉とハなんの事ぢや (アド「)脉と申ハごぞうろつふのやまいのおこりをかんかゆる事で御ざる 則人間の脉そうのてに御ざるが神鳴の脉の有所ハ書物ニもミへませぬか天上の御方て御座ルに依テ定てづ脉テ御座らふかと私のいあんて御座る ト云テこわさふニ立テうろ〳〵としている (シテ)「こわい事ハない つつとよれ (アド)「心得ました ト云テうしろへ行つむりをつかまゆると神鳴すこしのひあがる アトしつととらへていてかんかへる〕   シテ 出立 厚板 かるさんくゝル 但し狂言袴ニテモ 脚絆ニて括ル はつひ こし帯 鬼頭巾 かつこ はち持 面神鳴又ふあくニてもよし   アト 針立 嶋の物 狂言袴 十徳 角頭巾 懐中に針 つち入ル 小サ刀 扇   シテ〔赤頭キル事モ有リ〕黒頭かるさんニても  ○アト袴くゝル事も有リ 〔△〔やくわうぼさつ師也〕閏憑(ギ ハ)ハ本道ノ上手 へんじやくハ針ノ上手 しんのう薬をかミわけ給ふ〕 〔(シテ)「もはやすきとよふおりやる 是てハ天上か成そうな  扨も〳〵そなたは殊外の上手ぢや (アド)「左様て御座りませう さつそく御快気被成て私も大慶に御座りまする (シテ)「やいそちに本腹したいわいをとらせたい物なれと折節にやわしい物を持合せぬか何成とらせうぞ (アド)「いや左様の御きづかいをハ被成まするな 私ハこなたの御本腹被成たが満足て御座る (シテ)「さりなから礼をせねハ心にかゝる程に何成共汝が心にのそミがあらハかなへてとらせう程にいへ (アド)「いや別にのそミも御座らぬかさりながら 是ヨリ常の通り〕 (66 脱[ぬけがら]) シテ「物を御目にま((か))けませう アト「なんじや シテ「是々鬼のぬけがらが御座る アト「まかしておけ 〔ト云テ主面ヲ取テ〕 二人「いでくらわふ 〔(シテ)「ぜひに及ませぬ おかまの火なりともたきませう 共云〕 〔「一ツ呑 二ツメ覚ル 三ツメくだまく 四ツメむせる 五つメ呑 アト入ル内ニ小謡うとふ事も有〕   シテ 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  ◯ アト主 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 面不悪 腰懸ふた 〔水かゞみにうつす事 初ニ見てかぶりふる 二 右手にぎりこぶし 左手ニて右の手のひじを持そへて右の方へ廻し打てい 三 右の袖をひだりの方へやりふりかへり見又ひだりの手を右の方へやりふりかへり見うなづく 四 両手ひらいて出シさし上〔左右ヘトヒチガヘ〕てそれより両手をうでまくりしてはりひじ 五 それよりなく〕 (67 鶏聟 後半) 太郎「中々おかしひなりで御座りまする シウト「いや聟殿ハ日比りちぎしやと聞たが定て他りの若ひ衆がなぶつて遣された物であらふ 太郎「左様で御座りませう シウト「身もあの躰をせずハ却て舅ハ物知らずじやなどゝいわりやう 何とした物で有ふぞ 太郎「されば何と致た物で御座らふ シウト「去ながらあの様なゑぼしが有まい 太郎「誠にゑほしが 〔ト云テシテ方ノ烏帽子ヲミル〕 いや御座りまする シウト「有か 太郎「中々 是へ御座りませい 〔ト云テ笛ノ上ヘ行テ二人ながら下ニイル かたひさ立テ太郎官者ゑほし出ス〕 是で御座る シウト「いや汝ハよい物思ひ出した 〔此内ニ折ゑほしを取大臣ゑほしをきる〕 やい引出物をも数多用意しておいたれどもあのような人にだすハいらぬ物じや ふぢばなち成共一挺だしておけ 太郎「畏て御座る シウト「構て下々の者に笑ふなといへ 太郎「心得ました 〔ト云ト舅立 正面向テ謡〕 シウト「舅ハ是を見るよりも 聟のしつけにおとらじと ひらふゑんよりもとんでおり 羽たゝきしてこそ立〔ツ〕たりけれ 〔ひやうしふんで〕 くわゝゝゝゝゝゝゝこくわくわゝゝ シテ「くわゝゝ 〔ト云テ舅方ミテ〕 シウト「くわゝゝ 〔聟舅けやいのまね たかいにそばへより見合テ飛ちごう〕 二人「こくわくわ〳〵〳〵 〔ト云テ又たかいにそはへより又飛ちごふ〕 こくわゝゝこくわ〳〵 〔ト舅を大臣柱の方ヘけつけて〕 シテ「もとより所もかゝりなれば 地 柳桜をおひまわし 松ハもとより常葉なれば 紅葉にまがう鶏冠 蹴てかなわじと シウト「舅ハ内へ入ければ シテ「婿ハ聟入しすましてかちどきつくつて帰りけり 〔正面の真中へ出羽たゝきをして〕 「東(ト )天(ツテ)光(クハウ)    シテ 出立 紅段のしめ すわふ上下 小サ刀 扇 後ニ大臣ゑぼし前折ニしてきる   舅 同出立 同前    教手 のしめ 長上下 小サ刀 扇    太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   初シテシウト二人共ニ折ゑぼし也 後ニゑぼしをきなをす 〔△ふぢばなちとハ弓にけつり立ぬ下地ヲ云〕 〔△さすかミとハおんようじの方ニテ云事〕 (68 鶏聟 前半) 〔(教手)「よい念でハ有よ 此中ハ久しう見へなんた (聟)「それこれ致まして御見廻も申ませぬ トモ云 (教手)「夫ならハ前方にしらせもせいて何ぞ用にたとう物を (聟)「夫ハ忝なふ御座りまする (教手)「今も人なりと馬成共又道具でもかそうか (聟「)夫ハ忝なふ御座りますれど只今さやうにびゞしう致しましてもあとがつゞきませねハわるう御ざる程ニ後ばりに仕りませう (教手)「そなたハ分別迄があかつたハ (聟)「乍去申たい事か御ざる (教手)「何事成共いわしませ (聟)「承れハむこ入にハ 右ノ通入テモ云〕 〔(舅)「いやむこ殿ハ殊外うきやうしんじやと聞たか他りの〕 (69 引敷聟) まひ程にひらにお立被成まするやうにと申まする シテ「心得ました 〔ト云テ又両の袖のつゆをとりて和哥を上ケながら立〕 いわふ心ハ万歳楽 〔ト云テ正面へたつはいして大左右して大臣柱の方を高く扇にてさす内ニ舅太郎官者共ニ見る内ニシテハくるりと小廻りして左右ヲして下ニイル〕 シウト「やいなぜに左右へ廻らせられぬぞといへ 太郎「申 なぜに左右へまわらせられぬぞと被申まする シテ「只今のほどまわつて御座れ共舅殿ハよそみをして御らふじられぬ物を シウト「左様に御座らバ今度ハ[私ト]合舞にまいませう シテ「ともかくも 二人「祝に又よろこびをかさねつゝ  シウト「やい太郎官者 あの聟殿のうしろを見よ 太郎「誠に聟殿にハ尾が御座りまする シテ「いや是ハ尾でハ御座ら(ヲリヤラ)ぬ シウト「尾でないとハ 扨も〳〵をかしい躰かな いやむこ殿でハ有まいぞ 狐でかなあらう シテ「あゝ面目も御座らぬ 〔ト云テにける 二人しておいこミ〕    シテ 紅段熨斗目 着流シ 素袍の上斗キル 小サ刀 扇折ゑほし 後ニ引敷付ル 角ぼうし上の方を裏ノ方ヘ折テも吉 又今ハ別に引敷こしらへテモ置なり 昔ハ大方角ほうしニてすむ 長州などニてハほうせうの紙にて当るに拵申候由   舅  無色段のしめ 素袍 折ゑほし 小サ刀 扇    太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯   教手 のしめ 長上下 小サ刀 扇  ◯腰掛ふた 素袍ノ上一ツ入引敷出ス 〔(シテ「)おはつかしい申事なれ共(ト)朝暮舅にいとしからるゝ花むこてす トモ云〕 〔大事 (教手「)むこ入と云物ハ男の一代にいちどならでハせぬ物でおりやる (シテ)「わたくしハまた御ざるたひがむこ入かと存まして御座ル (教手)「さて〳〵むさとした事をいわします わこりよたちやそれかしなとかむこ入にハしぎさほうハいらぬ事てをりやる (シテ)「何とおふせられまするぞ うへつかたハしきさほうか入まする こなたやわたくしかむこ入にハさほうハない事て御座ルか (教手)「中々 つねのとをりかよふおりやる (シテ)「それならハこふ参まする (教手)「のふ〳〵わこりよハ上下ハきぬか (シテ)「上下とハなんの事て御座る ◯是よりつねのとをり〕 〔しうとの所ヘ行テあいさつも常のとをり (シテ)「早々に参ませうか かれ是致ておそなわつて其段ハ是のおむすめ子ニめんせられて下されい (舅)「何が扨くるしうない事て御座ル なにやらむこ殿のうしろにミへまするか (シテ)「あゝ是ハ引敷て御座ル (舅)「それならハ やい太郎官者取テしんぜい (太郎冠者)「心得まして御座る (シテ)「いや〳〵わたくしの取ませう (舅)「申々 すれハ其様に被成るゝ物でハ御座らぬ 太郎官者へ被遣い やい太郎官者とつてをけ (太郎冠者)「はあ (シテ)「いや是ハかりものて御座る ト云テしハをのばしてふところヘ入ル しうとあきれたるかほつきしてこゝちにてふくミわらいする (舅)「やい太郎官者 さかつきを出ませい〕 (70 渡聟) ながらお顔を見知りませねばいかゞに御ざる 其袖を少とらせられい 女「あふ申々とゝ大事なひ事 袖をおとりやれ シテ「急でとらせられい 女「くるしうない事 おとりやれの わらハかとりませう 舟頭「其まゝおけいの 〔むりニ袖を取る〕  シテ「やいわごりよハ最前の舟頭でハなひか 舟頭「なんと舟頭であらふ事ハ いつ身共が酒をもらふてなふだぞ シテ「さればこそうたがひがなひ 女「はて聟殿何事を仰らるゝぞいの あれはこれのでおりやる シテ「やれ大ちやく者めが 又是へうせおつたか 舟頭「あゝゆるしてくれい シテ「どれへうせをる やるまいぞ〳〵 〔女あとより(「)やれむこ殿 またせられい あれハ是のておりやるわいのふ 是ハ〳〵 ト云テはいる〕 〔▲(船頭「)なんとせんどうてあらう事ハ せんどうにハひけが有ルハ▲(シテ「)今すつてきたでハないか ▲(舟頭「)いつ身共がさけをもらうてのふだぞ ▲(シテ「)さればこそうたかいかない あのおふちやく者めか ▲(女「)はてむこ殿 あれハ是のでおりやるわいのふ ▲(船頭「)あゝゆるしてくれい ▲(シテ「)とれゑうせおるぞ やるまいぞ〳〵〕 〔シテ聟ニテモ又ハ舟頭ノ方ニテモシテニスル 若キ内ハ聟方シテニよし〕   聟出 立 腰替りのしめにても 又ハ嶋の物ニても 狂言 上下 腰帯 扇 樽つと棒ニ付ル   女 はくの物 さけ帯 びなん    聟 袴を脚絆ニて括ル   舅  舟頭也 色無段のしめか 又ハ大嶋の類吉 長上下 麻くず頭巾 髭掛ル 一升びしやく腰にさしかいさをかたけテ出ル 時ニよりテもきどう 狂言袴斗ニてもする 〔享保十三年申二月十一日西ノ御丸御能ノ時 舅シテ近藤六右衛門 アトむこ嶋村長兵衛両人ニ被仰付候 其時ハ初ニ舅名乗座ニ付ト聟出ル 常ノ通リ 舟ヲよせる所テ(聟「)よい〳〵 ト云 (舟頭)「よい〳〵 たつ今に舟をこぎ付テおませう (聟)「夫ハうれしう御ざる (舟頭)「何と浦々のけしきは面白いテハないか (聟)「中々面白御ざる (舟頭)「ちとうたわふか (聟)「よふ御座らふ 「山田やばせヲ謡う (舟頭「)月のさそわばおのづから あれみさしませ 月の海上にうかんだ所を (聟)「とれ あれ〳〵 ト云内ニそろ〳〵と樽ヲトル ひさくへ酒つくてい常ノ通 (舟頭「)扨々よいきミぢや いや舟かついた ◯聟舟よりあがり(聟「)樽ヲおこせ と云 (舟頭)「是ハおいておりやれ (聟「)わけもない事 早うおこさしませ (舟頭「)「あゝなごりをしい物じや ト云 いとまこいして舟頭ハ太皷座ニうしろを向テ居ル むこ案内云 女まくより出る ◯むこふたいへ通テから舟頭立テ (舟頭「)やい〳〵女共かへつたそ〳〵 (女)「のふ〳〵かへらせられたか (舟頭)「今もとつた 色々云内ニむこ(「)申々是ヘ御さりませい (舟頭)「只今参る と云 舅袖ヲかをへあてゝ出ル 常ノ通 あいさつ云テ (舟頭「)女共めてたふさかづきをせう ト云 常ノ通 さかつき過テ (舟頭「)又其内おめにかゝらう 女(「)こちの人とこへ御ざる ト云 (舟頭「)はなせ〳〵 と云 (女「)なせにはいらせらるゝぞ もはやくるしうない事て御ざる 是をとらせられい ト云テ袖ヲむりにとる〕 (71 大名事の名乗と過を言うこと) 〔大名事名乗の大事  大名ハあしをとめて名乗物也 正面の真中ニテモ名乗 同習の名乗  シテ柱のきわにて名乗右ヘ廻ル 扨呼出ス 仕舞有〕 〔果((過))ヲ云事〕 〔△(大名「)近日鷹野に出う程にとやもわかたかもしゝをあていと急度云付いやゐ〕 〔△(大名「)此間に舟遊山に出う程に舟を五百艘も三百そうも用意せいと是も急度云付いやひ〕 〔△(大名「)今日ハ節がよくハお若ひ衆のまりにおしやらうとあつた程にかゝりへ水をうたせてそうしの事を云付ひ〕 〔△(大名「)此中はらせたてつほうをさびぬやうにせひと足かる共ニ云付いやゐ〕 〔太郎道行替リ (太郎冠者「)「扨も〳〵うれしひ事かな 先急て参らふ 御用〔ハ〕しげし 私一人ではともがまわらなんだに此度新座の者をかゝへて御座らバ両人して勤めうと存テか様の大慶な事ハ御座なひ 爰が人の通ル津じや 是ニ待合せう〕 (72 鼻取相撲) こつつもはつつもとりたひ(タカロウ)やうにとれといへ 太郎「畏て御座る 取手「承わつて御座る 夫ならばも一番取とふ御座ると被仰ひ 太郎「心得た 申今一番取たひと申まする シテ「も一番取たひ 太郎「中々 シテ「今度とるにおいてハ地ヘ三尺打込程に国元へ云たひ事があらば云置 届てとらせうといへ 太郎「畏て御座る 取手「承つて御座る 国本を出まするからハ別に思ひ残す事も御座らぬ あわれ殿様のお手にかゝり地ヘ三尺打こまれ今生後生の思ひでに致ませう 今一番取たひと被仰ませい 太郎「心得た をきゝ被成ましたか シテ「聞た 扨はきやつハ定業があをつと見へたよ 太郎「左様に見へま((て))御座る シテ「不便な事じやなあ 太郎「左様で御座る シテ「とつてとらせう 出よといへ 太郎「畏て御座る とつてとらせうと仰らるゝ おでやれ 取手「心得ました 〔ト云テ又シテ柱の先ヘ出テかたひさ立て下ニいるとシテ立てとん〳〵とんとひやうしを三つふんて両手のひしをはる〕 太郎「おてつ 〔ト云ト二人共ニ一度ニ手を打て立テたかいに(「)やあ〳〵 と云テ右の方ヘ少あるき又左りの方へすこしあるきて見合テシテの左り方へ(「)やつ と云テとひ其時に又シテも(「)とな と云テとひさまににきりこふしにに((ママ))てとりてをたゝかふとしとふ 又たかいに(「)やあ〳〵 と云ト云テ見合 とりて(「)やつ と云トシテ(「)とな と云テまたとひさまにくわそうとする手をとらへるときに〕 シテ「〔ヤイ〕太郎冠者〳〵 取手「見ゑたか 〔ト云テ取手ハかくヤヘ入ル シテハをきて正面ヘ出テかわらけおとりて〕 シテ「なんの役にたゝぬものじや 〔ト云テかわらけを打くだく 夫より帰りさまに太郎官者ヲ見て〕 シテ「〔イヤ〕おのれハそこにおるか うせおれ 〔ト云テ左りの手ヲ取テ引立る〕 やあ〳〵 太郎「太郎冠者で御座るか シテ「なんの太郎冠者 シテ「やあ〳〵 〔ト云テ足を取テこかして〕 見へたか おてつ   シテ 出立 下ニ白ねり袷か浅黄ニテモ かるさん 紅の段のしめ 素袍上下 小サ刀 扇 衣紋二ツニテも三つニても 下白袷 中ニひむく 上ニ段のしめ 是ニて三つゑり 大臣ゑほしうしろへ折 ◯昔ハ前ヘ折 口伝有り 今ハ皆うしろへ折ル   太郎 官者 取手二人出立 嶋の物 狂言上下 こしおひ  取手ハ袴脚絆ニテ括ル 扇 〔△京ニテ観世一世代能之時同日ニ〈鼻取相撲〉と〈朝いな〉有 前ニ〈鼻取相撲〉あとに〈朝いな〉有故ニ元祖伝右衛門作ニテ前の〈鼻取相撲〉の下ぎにもミのむくヲキル 跡の〈朝いな〉に上下共に皆白むくをきる 大場ニてとをめよし〕 (73 秀句傘) 出来口じやよ 〔ト云テあらけのふ笑う〕 是々これをもとらするといへ 太郎「是をつかわさるゝ シウク「様々の物を被下て余りみやうがも御座りまらせぬ シテ「みやうがもなひハ面白ひ秀句じや 是程ならばとうからきこふ物を 〔ト云テ笑ふている〕 シウク「申々 是は某の手張で御座る 御馬の上でおさし被成るゝ様に上ますると云て下されい 太郎「心得た 申此傘ハ只今の者が上まする 御馬の上でおさし被成るゝやうに〔からかさをしてにわたしはやくのく〕と申まする シテ「うゝあれが此傘をくれた心ハ何とした心でくれたぞ 知らぬ事じやまで あゝ思ひ出た 是ハ定て恋の心でくれた物であらふずる 夫をいかにと云に有ル小哥に〽雨のふる夜ハなをじや〔ひろげてさす〕りそ からかさ〔そろ〳〵あるく〕ゆゑにこそ名は〔のひあかりて〕たつよなふ〽 あゝ秀句は殊の外さむいものじや 〔口伝有り △のひあがりふるへかたをすぼめ両手にてからかさをもすぼめて其なりにてかたけしを〳〵トかくやヘ入ル〕 〔(シテ)「是ハ此他りで人の御存知の大名です 天下治り目出度折柄なれば彼方此方の御遊覧ハおびたゞしい事じや それにつきちとふしんな事が御座る程に召使者をよび出てたんこう致さうと存る 〔常のことくよひ出しシカ〳〵有テ〕 〔(シテ)「此中方々の御振舞ハおびたゞしい事でハないか▲シカ〳〵 (シテ)「夫ニ付ふしぎな事が有わいやい ▲(太郎冠者「)何事て御座る〕   シテ  下ニ白練袷 かるさん 上に段熨斗目 素袍上下 小サ刀 大臣ゑぼしうしろへ折テ   太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇  ◯秀句 出立 太郎同前 但シ袴括ル 傘かたけ出ル    腰掛出ル 〔あゝしう〔く〕ハ(集句ハ)いこうすゝしい物じや トモ云〕 (74 今参) 候物 〔シテノ通り〕 シテ「鼻が又大きなハ 〔ト云ながら参りのはなへ扇ざし〕 参「かふりやう鼻で候えば 〔ト云テ我がはなへ扇さし〕 シテ「口こそハ広けれ 〔両手を上テ口の左右へ〕 参「わに口で候物 シテ「耳が又うすひハ 〔両方の我かみゝをとらへて〕 参「猿の耳で候えハ 〔シテ通り〕 シテ「すねがほそうながひハ 〔参りの足の方見て云テ云ながら小廻りし〕 参「かうろぎずねで候物 〔ト云ながら足ヲぬき足のやうにして小廻りする〕 シテ「腰こそハ細けれ 〔我が両のこしへ手ヲかげ((ママ))て身をすこしゆする〕 参「ありこして候へば 〔シテ通り〕 シテ「むねこそハ高けれ 〔我がむねをさし出す〕 参「鳩むねで候えば 〔シテ通り〕 シテ「おとがいハなぜにさし出た 〔参りのおとかいを扇にてさす〕 参「やりおとがひで候物 〔ト云テ両の手ニて扇の地紙の方ヲ持 おとかいの所へあてると此参りの云内にシテも同しやうにする〕 二人「や(◯)りおとかいて候物 や(◯)りおとかいて候物 やりおとかいて候もの 〔二人ながら扇をおとがいに付テてん〳〵に右の足を上テ小廻りする時にたかいにかをゝを((ママ))見ながらまわる也 扨廻りて向合 右の足おろしてのる 見合てシテ左の方へ飛 参りも我か左の方へ飛 又右の方ヘ飛 又左りへ飛 又右ヘ飛テからあとの方へ一つ飛テ〕 二人「ほ(◯)つは(◯)ひひ(◯)うる 〔ト云なからひやうしふミ向合テ〕 ひい 〔ト云ヲシテ立テいて正面の方ミテ参りハかたひさ立テ下ニイテスル 尤ひやうしふんて右の足上て小廻りするもしまいまでも両手の扇ヲおとかいニ付テやはり(「)やりおとかいて候物〳〵〳〵〳〵 ト何へんも云也〕 〔太郎「今参りはやうをりそひ〳〵とおしやらうならバ今参りはやうおりそひ〳〵と御座候へども判官殿の思ひ人とおしやれ (今参)「そうハ申されますまひ (太郎冠者)「夫ハなぜに (今参)「いやわたくしハ判官殿の思ひ人でハ御座らぬ (太郎冠者)「いや是ハしうくのいゝかけと云物でおりやる (今参)「そう申てもくるしう御ざらぬか (太郎冠者)「中々 (今参)「心得て御座る (太郎冠者)「又心ハと云てとわりやうならバしづかに参らうなとゝおしやつたらばたのふた人ハしうくずきじや程に殊の外よろこばれませうぞ〕 〔シテ「今参〳〵そこハはしちかじや もそつとあれへおりそい是へおりそい トモ云〕 〔△二度目腹立ル所◯(シテ「)又つくしおつた にくいやつじや 打はないてのけう〕 〔△二遍廻リ道行同道して一返廻テ向合テ秀句皆云テゑぼしの斗廻りながら云 是ニテ二返廻ル〕    シテ  衣紋三ツ二ツニテモ 紅段熨斗目 素袍上下 小サ刀 扇 大臣ゑほしうしろヘ折テ   太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯   ◯今 参 嶋の物 狂言上下但袴括ル 引立ゑぼしをきる   シテ厚板ニテモよし 〔マイリ「ご殿様のお目の内を見ますればこたかのごとくくるり〳〵とまわりまするに依テけでんいたいてそれで申そこなひました トモ云〕 (75 萩大名) シテ「文字がたらずハたしておませう 十重さき出る〳〵〳〵 〳〵と一万成と弐万なりとおしやれ テイシユ「やあら爰な人ハ某をなぶりにきたか 其とへさきのさきをいわぬ内ハ跡ゑもさきへもやる事でハなひぞ 〔此詞の内ニシテの耳を引テ一返廻りつきたをし〕 シテ「おふいう〳〵 おもひ出した 十重咲出るのさきか テイシユ「中々 シテ「十重咲出るのさきハ物じやハ テイシユ「何で御座る シテ「物と テイシユ「何と シテ「物と テイシユ「何と 〔太郎官者ハ哥をおしへてからひさを見せて其まゝ太皷座ヘ行テ下にいる時にシテのみゝを引廻ル時にきのどくかりてそろり〳〵とシテ柱の方へはい出ながらシテの方をミてハ間々(太郎冠者「)しゝ〳〵 と云つむりなとをかきている シテ引廻さるゝ内によう〳〵太郎官者かひさを見付ておもひ出し太郎官者ハひたもの(「)しゝ〳〵 と云テシテ見付ルとひさをたゝきて見せる〕 シテ「とゑさき出るふ 〔テイ主付ル〕 太郎冠者がむかふずねよ テイシユ「あのやくたいなし とゝとおかゑりやれ シテ「あら面目もおりやらぬ   シテ  衣紋三つ二つニテも 紅段のしめ 素袍上下 大臣ゑほしうしろへ折 小サ刀 扇 時ニより長上下 大黒頭巾ニテモよし   太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ◯ていしゆ のしめ 長上下 小サ刀 扇 腰懸入ル 〔太郎「いや某もたまの思召立せられて御座るに仍テとうぞ致ましてお目に掛とう御座りましたが此やうなうれしい事ハ御座りませぬ あれへ御出被成たらバずいぶんとにはを御おほめ被成ませい シテ「心得た 共云 シテ「あれハ面白いゑだじやなあ 何ぞにならうが思ひ出しだ((ママ)) のこぎりハもてこぬか 太郎「なぜに シテ「引きつて茶うすの引木にせう トモ云 シテ「いや紙がぶらさがつて有ル 太郎「たんざく シテ「れいのくせもの トモ云 ◯(シテ「)とうていのらくかん と云時ハわろうて(シテ「)おもしろいなあ ト云 ◯(シテ「)茶うすのひきゞにせう ト云時ハくちをふさぐ ◯(シテ「)火打石にせう と云時ハ左り袖ニて口をふさぐ ◯(シテ「)せきはん の時ハ両の袖をかほへあてる (76 岡太夫)   シテ 紅段のしめ すわふ上下 小サ刀 折ゑほし 扇   しう と 色なし段のしめ すわふ上下 折ゑほし 小サ刀 扇   太郎官者 嶋の物 狂言上下 こしおび 扇   女 はくの物 びなん さけ帯   作物 三宝か又ハ八寸ニテも餅のせて出ス     もちハ黒はぶたへの切一尺ばかりの中へもめんわたを入テ丸クくゝりてもちの心にする 〔(シテ)「なふうれしや むこ入をハさつとしすまいた 先急てやとへ帰テ女共によろこばせう のふ〳〵女共〳〵 (女)「女共〳〵とよばせらるゝハ何事で御座る はや帰せられて御ざるか (シテ)「らうゑいをくわう たもれ (シテ)「男にむかつてくらうたか (女)「くらうたかと云もしで御座る (シテ)「しぢやとハにくいやつの こしらへいと云物ハこしらへハせいてくらふたか (女)「いや其やうに仰らるゝならバわらハヽ申まい (シテ)「なんぢや 云まい (女)「中々 もはやいゝませぬ (シテ)「それハまことか (女)「まことて御座る (シテ)「しんしつか (女)「心((真))実て御座る (シテ)「おのれ此中内ならハかさんによつて男にむかつてつべ〳〵と口ヲ聞をる どうぼねを打おつてやらふぞ (女)「又こなたのつゑとりばいがはじまつたか わらハかとゝやかかにいうぞや (女「)誠に詩人(紫塵)のものう(わか)きわらびにぎるとハ此事で有う (女「)紫塵ノ嫩わらび人でをにきると申が此事で御座ル 和漢朗詠ニ書テ有かな付ハわかきわらひと付テ有 文字ハものうき(ワかき)と云字のよし 文字の事ちかへと見へ申候 (77 墨塗) (女)「太郎冠者聞へぬ 此様なはぢをあたゆる物か なふ腹立や 何事をさしました (太郎冠者)「いや私も存知ませぬ 頼ふだ人の被成て御座る (主)「いや〳〵弓矢八幡 某てハなひ 太郎官者かしたよ (女)「誰かめされうとまゝ 若い者に此様なはぢをかゝせて是かいきていらるゝものか 〔ト云テ女主をとらゑる 主成程こわかるていよし〕 にげがまいをめさつて やりわしますまいぞ 〔女すいぶんすミ付ル心よし 主いやかるやうにしてぬらるゝかよし〕 (主)「是ハ何事をするぞ (女)「わらハに此やうにはぢをかゝせて聞事でハ御座らぬ 〔ト云テすミをぬり付ル 又手ヲ上テぬらうとする時引はつして〕 (主)「いやゆるして呉ひ〳〵 〔にぐる 女ハすミを又はやく手ニ付ル内ニ主のあとに付テにけんとする時とらゑる〕 (女)「おのれもにくいやつぢや 〔ト云テふたいのまん中ヘ引テ出ル〕 (太郎冠者)「いや私でハ御座りませぬ たなふだ人が被成ました 御ゆるされて被下ませい (女)「なんのたなふだ人と云事が有物か 〔ト云テすミをかほへぬり付ル〕 おのれがしわさじや 〔ト云テ又ぬらんトスル時ニ引はつしにぐる〕 (太郎冠者)「あゝ御ゆるされて被下ませい (女)「どれへ行ぞ やるまいぞ〳〵   シテ 主也 紅段のしめ 長上下 小サ刀 扇 大黒頭巾 時ニよりすわふ 上下 大臣ゑぼしうしろへ折テ  ◯太郎官者 常ノ通  ◯女  薄((箔))の物 びなん さけおび   大ちよく二つ入ル むかしハひん水入なり  ◯はくおきかゝミ一枚 〔女 一つのちよくニハ紙を水にひたし入くわい中していづる 後ニ取替ル ちよくの内ニハ大かまのすミをちいさき布切ニつゝミ酒ニひたし出ス 水にて墨とき候へハかほヘぬり申候時あとにておちかね申候 それゆへさけにてとき申候 尤てさまにかほへも酒ぬりたるがよし〕 〔◯是ハ女ヲ呼ニやる時の事 (太郎冠者「)先急て参らう 此度御国元へ参て御座らうならハ五日も十日も隙をもろふてきうそくをのべうと存る いや参る程ニ早是しや 物もふ お案内もう ▲(以下五行ほど墨消)●〔はしかゝり出ル内のミちゆき〕 (太郎冠者)「そなたハいつもにこ〳〵としたかほ付な人じや いやとこう申内ニはや是て御座りまする 其通りを申ませう (女)「急ていわしませ (太郎冠者)「畏て御さる (太郎冠者)「はや是ヘ御出被成ました ト云内ニ女ふたいへ出ル ◯(女「)此間ハおとう〳〵しう存ますれとお人をも被下ませぬか けふハ何とした風か吹てよびに被下ました ◯いかにおひまか入せらるゝと有てもお心にかけさせらるれハお人をも被下ませふか にわかに其やうにきらハせられた物でハ御ざりませぬ◯(以下三行墨消) ◯(二行墨消) ◯(一行墨消) ◯(二行墨消) 〔▲ (女)「表に人声がする誰じや いや太郎官者おりやつたが((ママ)) (太郎冠者)「中々私て御座りまする (女)「めづらしや 太郎官者なんとしておりやつたそ (太郎冠者)「たのふだ人の御使に参ました 其後ハお遠しう御座りまする 付ましてハ今日御目ニかゝりとう御座りまする程ニ御出被成るゝ様ニと申越まして御ざる (女)「此間ハおゆかしうおもふ所へお人を被下た それならハ追付ゆこうか (太郎冠者)「私の御ともいたして参ませう こふ御出被成ませい (女)「心得た ● 右女の出ル所こまかに書テ置たれ共かゝりハわるく候ゆへ爰元ニ書なをしておく 此方かよし〕 〔シテ「別の事でハない にわかに御いとまを被下て国元へ行に仍テいとまこいによひに遣しておりやる 女「さればこそ申さぬ事か・其様にあしもとから鳥の立やうな事を仰らるゝ・おいとまを進せらりやうならハ・前方にしれぬという事ハ御座るまいに・御国元ヘ御出被成るゝとあれハ・もはやハらわが事ハうちすてされて・さりとてハあまりおなさけないきで御座りまする 太「いやきのふにわかにてましたに仍テしらせませうまも御座らなんた 女「何をそなたハひとつにいわします 女((シテ))「いや太郎くわじやが云ことくにハかにふつと下されたに仍テしらせうまもないよ さりなから今こふわかれて下ルと云ても久しうはなれている事てハない 国元へついたらバそう〳〵むかいにおこそうほとに心つよふおもふてまつていさしませ 女「さように仰られても・たゝ今さへうちたへて人をも下されぬ物を・ましてお国元へ御座つたらハ・わらハが事ハつゆなりほともおもい出しハなされますまい・たとへにもおつとの心と川のせハよのまにかわると申に仍テ・あてにハ成ませぬ シテ「いやそれハきよくもない かりそめになれそめてたかいにはないたれハあとのこいしさかかねておもわるゝ物を 何しにわするゝと云事が有うそ・〔此間に太郎ミつける〕 女「まことにわらハの様な者を・さやうに思召て下さるゝハ・うミやまかたじけのふ存まする・わらハも此度おともいたし・かちはだして成ともまいらうとおもふて御座れとも・御内のしうのおもわくもいかゝと仰らるゝによつて・女の身なればこゝろばかりておもいしつミまする 〔此内太郎はしかゝりにてシテヲよひいろ〳〵云 前ニ書た通り〕 女「こなたにおわかれ申たならバ・たれをたのミなにゝなくさミませふそ・のゝすゑ山のおくまても一ツ道にと・おちきり申た心ざしもかれ〳〵に・うつれハかわる人心とおもへハ・ひとりこかれおうらめしうそんしまする・是ほとならバお目にかゝらぬさきがはるかさりました物を・どう致たぜんぜのちぎりにや・よしないお方になれそめて・つゆわすらるゝひまものふ・今さら口おしう御座る・申々こなたにハどこへ御座りまする・おめにかかるもこれまての事なれハ・少の用ハうちすてさせられて・まつこゝにいて下されませい シテ「いや太郎官者めがなんの用もないによふたに仍テ何が扨物語せいでハイヤ身共下ルをはなさすハひころいうた事もミないつわりのことはとおもわれうがめんぼくなさにふつとはないてわこりよのなけかしますていをミてなにしにしらせたかと今さらこうくわい致よ〕 [女「仰らるゝ通りお仕合よふくだらせらるゝハわらハもうれしうハ存ますれと・又ハいつおめにかゝりませうもしれぬ事なればなけきのほどをおほしめしやられて下されませい〕 〔女「何と仰られてもむねにせがれてミみへも入ませぬ・ひまなきなミたにかきくれてあとさきの事を(ガ)おもわれませぬ・おさゆる袖の下よりも・なミだかあまりおなごりおしうてなりませぬ (女)「こなたにハ引手あまたなればなにとも思召ますまいか・わらハがような者ハたれなさけをかくる人も御座らねバ・かりそめのをことばをもまことゝうれしうおもい・まどう成をりからハひめもすおもいくらし・よるハやこへの鳥ともろともにこいわびて・こゝろハひゞにふしの高ねとこかれますれど・とう人なけれハかたりなくさむ方もなく・よことに物かおもわれて・何とならんみのそてと・朝夕まちわびておりましたに・今日(ケウ)と云けうたまたまおめにかゝり・さても〳〵うれしい事と存たれバ・はやわかれとなりまして此やうなかなしい事ハ御座りませぬ・人の心ハつれなくとも・今一度おめにかゝりとうハ存(ヲモイ)ますれど・日数が立ましたらハ〔ツユチリ程モ〕おもい出しハ被成まい・是ハ又とれへ御出被成ました・申々さりとてハきこゑませぬ・それほとうるそう思召ならハなせに〔いねと仰られいて〕是ヘ御座りましたそ・あまりと申せハなさけない被成かたて御座る〕 (78 入間川) のけて底心な忝なふも御座らぬ シテ「又夫ハ入間川用なり 此上ハふつつりと入間用おのけて心((真))実ハ何と有ぞ 物を思わせずとも早う云て聞かさしませ アト「はて過分にも存せぬと云に シテ「やあらそなたはくどひ人じやよ 最早入間川用をははらりと河へながいて底心ハ嬉しいかうれしうないか 有様におしやれいなふ アト「扨ハ入間川用をばはらりと川へながひて底心で御座るか 〔此内シテハはりひしにている〕 シテ「中々 アト「何が扨夫ハ思ふても御らふじられい か様のけつこふなお小袖上下太刀かたな拝領致てうれしうなひと云事が有物で御座るぞ 底心ハ身にあまつて過分に存る シテ「おふ身にあまつて過分なとハ入間川用ならハ嬉しうないと云事であらふ こちへかへさしませ 〔ト云テ小袖すわふヲ太刀刀を取テはいる〕 アト「なふ ひきやうな じんたいに似合ぬ あの人たらしが やるまいぞ〳〵 なふどこへ やりますまいぞ〳〵   シテ 出立 下に白ねりの袷 かるさん 上紅段のしめ 素袍上下 小サ刀 扇 大臣ゑぼしうしろへ折   太郎官者 嶋の物 狂言上下 腰帯 太刀ヲ持   アト何某 段のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔〈入間川〉哥有り 流義の通り習也   シテ「雪がつもつたハ 太郎「つもりまして御座ル (シテ)「汝ハ古哥が有ヲ覚ヘたか 「いや存しませぬ 「ゆふで((ママ))きかせう △富士の山とはでも空にしられけり 雲の上にも雪ハふりつゝ △ふじの根ハとわでも空にしられけり 雲より上にミゆる白雪 新勅撰神祇雑四仁和寺一品法親王ノ御哥〕 (79 空穂猿[靱猿]) りませい 〔此哥の内ニ刀ヲやる〕 シテ「刀をとらせい 太郎「畏て御座る 〔猿引の前ヘ持テ行 (太郎冠者「)刀ヲ被下るゝ  と云 しきする〕 サル引「ひんだの横田のわかなへをしよむぼり〳〵と植た物 今くる娘がからふずよの 腹立や ひんだのおとりハ。ひとおとり〳〵 〔さる引の前ニてしやぐまをきる シテ小袖上下ヲぬいてやる (シテ「)是をもとらせい 太郎官者(「)畏て御さる と云テ猿引の前ニテ見せてすくに太こ座ヘ置〕 サル引「ゑい 一のへいだて二のへいだて 三に黒ごましなのをとれ 舟頭殿こそゆうけんなれ とまり〴〵を詠ツゝ皮((彼))又獅子と申ハはくさい国普賢文珠のめされたる猿と師子とハ御使〔者〕の者 猶千秋や万歳と俵を重て面々に 〔詞ニて〕 俵を重ひ〳〵 〔又ふしにて〕 俵をかさねて面々に〳〵たのしうなるこそめでたけれ 〔猿たわらをかさねてからおきてなくまね 其まゝさる引ハなわを持引よせる シテもさるのまねをして〕   シテ 出立 紅段のしめ又厚板ニテもよし 長上下 小サ刀 扇 右の腰ニ徒兵(ドヒヤウ)靱付ル 弓矢尤箔置のかりまた持 何にても物づき成すきんよし 又大黒頭巾ニテもよし いしやうの下ニしゆばん かるさんの上にひむくよし 其上にハきつ付きる 中にひむくきる事ハぬいたる時に裏あかく見へてよろしきゆへに中にきる なくハきずともよし どひやううつぼにちいさきのなくハぬりうつぼにてもよし どひやううつほちいさきハすくなし 大蔵にてハすわふ下ニ白ねり袷ニかるさんにて勤ル 尤ぬりうつぼ也   太郎冠者 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   ○猿 引 嶋の物 狂言袴 羽織 小サ刀 扇 こしにふくさ 赤熊 鳴子ヲ付ル 竹杖ヲ持 へひをもつ事も有り 大方鷺流にハへいハいらず 猿後に赤熊かぶり両手ニておさへておとる   猿  じゆばん かるさん ずきん ゆがけ 足袋 面猿 木綿((?))びなわ付ル 二度目の小哥に鳴子持事有 但シ初ニも持 初ニもてバ二度目にハ扇ニておとる 今ハ初鳴子持ず 二度めの小哥に扇ひろけて持せる 〔△大昔ハシテ小サキ頭巾の上に野がけなどにきるいふうなる小さき黒ぬりなどの笠などきたる事有よし 其時ハ初きて出テ中比で(シテ「)弓矢八満((幡))にくいやつじや などゝと((ママ))云所てぬいですてル 後にさるしやぐまをきたるを見て又シテも笠を見付テきて猿のまねしたるよし〕 〔△矢の長サ二尺七寸〕 〔替哥 △(猿引「)ばんじか間ハ宝永たり 正徳ならゆんで目出たひ さいたりや さいろく のふたりや 久六 さつてうミのおもてを見れんば十二のかつこをはらりとうてバやと〳〵〳〵やつびやうしハそらうたり うらをこうぐハゑぞがしんまん (猿引)「あすハじよすもの舟がじやうすもの いや〳〵 おもたけもなとおよる殿子や〳〵 (猿引)「舟の中にハ何とおよるぞ いや とまをしきねに梶まくら〳〵 (猿引)「松のはこしに月見れバしばしくもりてまたさゆる〳〵 (猿引)「鳥羽の勘十がおしやろやら 犬かほへ候 四つ辻で〳〵  (猿引)「是のやかたハ目出度ひやかた 四角柱や丸柱 いや 四角柱やかとらしや とかく丸ひかすミよけれ〳〵  (猿引)「つるへ九つ身ハひとつ〳〵  (猿引)「くんだ清水てかけ見ればわか身ながらもよひ男〳〵 (猿引)「爰ハきりきしかんご寺 いや わか衆しのふにや寺かよい〳〵 (猿引)「はんのとまりハどこどまり いや 宇治かしやくしか 扨ハおのへか〳〵 (猿引)「とゝろ〳〵となるかミも 爰ハくわばらよもおちじ〳〵 (猿引)「天ひ((に))たいひのかせふけば いや ちにハ小金の花もさき候 花もさくとの  (猿引)「ひんたのよこたのわかなへを しよんぼり〳〵うへ給ふ〳〵 いや いまくるよめがからうずよの 腹立や (猿引)「こなたのお庭をけさミれハ いや 小金ますにてよねはかる〳〵 (猿引)「ひんたのをとりハひとおとり〳〵〕 (80 老武者) 酒盛をしてよい物か テイ主「何と道具で寄せてわする ツケテ「中々 立頭「別の事ハ有まひに先其方も一つ呑しませ ツケテ「はれやれ 八幡 真((誠))でおりやる 何とぞ分別をめされひ 三位「いやとかくおの〳〵を頼まする程にずいぶんふせひで大事のお児様に疵のつかぬ様にして被下ひ 立衆皆々「心得て御座る 〔大臣柱の方より笛座の方までにひとかわに立ならび竹づへを皆つく ちご三位斗ハつかぬなり ならびやうハ児 三位 若衆 告手 亭主トならぶ 竹杖を皆つくト一セイニて老人出ル〕 シテ「老武者ハ腰にあつさの弓を張 ツレ老人「おきなさびたる鎗薙刀を。かたげつれてぞおしよせける 立衆皆「若衆の情((勢))ハ是を見て。打切 地 〳〵昔ハしらず当代ハ。にやくそくどもこそ一手ハとれ。いかにいきおひ給ふともさしたる事ハ。あらじ物をと一度にどつとそ笑ひける。〳〵 〔皆々笑テ〕 シテ「年寄共ハ是を聞。打切テ〳〵 地老人謡ツレ(「)熊坂の入道六十三。斎藤別当真盛も六拾に余りて打死する ツレ老人「其上おいむしやのくうたる所がたこに成共 或ハ シテ「七拾 ツレ老人「或は シテ「八拾 ツレ老人「何もおとらぬ老武者共きつさきをそろへてかゝりけり ツレ老人「ゑいとう〳〵 三位「〔少出ル〕若衆の中より下知をなし。〔シテ道具ステ立テイル〕さすがに是ハ。〔シテノ方ミル〕親方達なり かまいて〳〵〔ハカイモノヽ方サシマハシミル〕あやまちすなと。走り寄〔チコ出シテニ取ツク〕 いだきつき〔シテチコノカタへ手ヲカケテ〕せひすれば シテ「〔扇開テチゴヲアヲキ〕思ひの外なる若衆すきし 地「思ひ(サシ廻シ)の外なるにや(切返シ)くそくずきして。我が(ユウケイ)家々にぞ帰り(拍子)ける(○)   シテ 出立 下ニ無地のしめ 上に小嶋厚板 腰帯 きなかし 末広腰指ス 角ずきん 面祖父 ○中入して右のかたぬぐ 長刀を持    ツレ 老人二三人も出ル 出立何もシテ同前 皆やりを持 シテ初竹杖つく   三位  むくのしめか嶋の物にても 狂言袴脚絆ニて括り 腰帯 十徳 扇 こうし頭巾 髭かける   児  ふり袖のはく 長袴 と((も))ぎどう かつら はねもとゆひ おしろひを両のほうとひたひにをゝきく丸ク三所に付 其上にちよつとべにを付ル ぬり笠をかぶりかほのミへぬやうにかさをまへゝうつむけてかぶる かほへ末広ひろけてあてる   ヤト ○ツケテ○立衆 何ものしめ 長上下 小サ刀 扇  ○こしかけのふた 〔△こぜひにする時ハつげてを出さず ていしゆシテをおひ出して扨立衆と物を云テ後にはしかゝりへ行(「)夫ハ誠か と云〕 〔△三位ハ天台真害((言))ニテ云〕 〔△仁右衛門方ニテハシテ児ヲ連テ入 老人入 皆々入ル〕   〔△謡本地〕 (図があり、右側に「シテ」「ツレ」「ツレ」、左側に「児」「三位」「若」「同」「亭」の字を丸で囲む) (81 唐相撲) (日本人)「古郷なつかしく候程に御暇の事奏聞有て給り候へ 通詞「其由奏聞申さうする 暫くそれに待候へ 日本人「心得申て候 通詞「いうこちゆうす 王「有(イウ)二甚(ヂン)麼事(モス)一(左に「ナニコトカアル」と訓読) 通「日本人(ジホンジン)久在(キウザイ)二唐朝(タンチヤウ)一欲(ヨ)レ帰(ダイ)二本国(ホンコ)一 王「是々(スス)久(キウ)仕(ス)我許他(ガヒク)告(コウ)仮(キヤ)再一(サイイ)遭為(サウイ)我(ガ)相撲(シヤンホ)看(カン) 通「暁得(ヒヤウテ) 日本人何方にあるそ 日本人「是に候 通「永々滞留仕た程に御暇を被下れうする さあらハ今一度相撲を叡覧有て御暇を被下れうとの御事しや 日本人「さあらは相手を給り候へ 通「下官(ヒヤクハン)一人出(イシンヂユ) 王「来々 通「出(チユ)来(ライ)々々 下官「汝先(ニセン)出(チユ) 下官「許(ヒ)某(メウ)甲(キヤ) 通「さあらは日本人出て取り候へ 日本人「畏て候 通「やおて 日本人「やあ〳〵お手 下官「阿咦(アイヤ)、 痛(トン ロ)也 通「やお手 日本人「やあ〳〵おて 王「一人(イジン)輸(ス)両人(リヤレシン)三人(サンシン)出来(チユライ)看(カン) 通「やおて 日本人「やあ〳〵お手 王「会得(ハイテ)緊於(キンイ)今我(キンガ)欲與(ヨ イ)他(タ)相撲(シヤンポ) 通「暁得(ヒヤウテ) やあ〳〵 見事すまふ取ました 今度は帝王の取うと被仰るゝ 日本人「夫は慮外にハ侍れ共ともかくも勅定次第て侍る 通「ヒヤウテシヤンポク〳〵 王「日本(シホン)人(シン)出(チユ) 通「暁得(ヒヤウテ) 通「日本人是へ出候へ 日本人「畏て候 王「汝行事(ニヒンス) 通「暁得(ヒヤウテ) おて 日本人「やあ 王「退後退後(トイヘウ) 通「退後(トイヘウ)〳〵 王「下(ヒヤ)賤人(チヤンシン)近我(キヤンゴ)退(トウ)後(ヘイ)潔身(ケシン) 通「暁得(ヒヤウテ) やい〳〵汝か様なる者の玉躰にさわる事むさう思召 御身にあらこもをまいてとらふと被仰るゝ その間待ませひ 日本人「畏て候 通「通事(トンス)在(ザイ)麼(モ)奏楽(チユウゴ) 通「ヒヤウテ チユウライライ 〔楽過て〕 王「トンスサイモジポンシンチユウ 通「ヒヤウテ 日本人急て出候へ 通「やおて 日本人「やあ (唐人皆「)さうらい〳〵 〔△シテ いしやうをぬぐ時のかくのまいよう ふゑばかりふく だいの上にてたつとさゆふをしてひだりへ小まわり 正面むくとうちハをうちこミあとへひらき両手をそゑておりかへし右の手にもちひらきてのりびやうしふミあとへひき右へさしまわしまわる内ニうちわを取なをしてからつうしの方へやる〕  一番〔手合スル唐人立係唐音ヲ云 ツラ付胸ヲ突仰ニ倒ス〕  二番〔飛違寄ルヲカイタキクル〳〵トマハリ下へヲトス〕  三番〔 手合して逃ル 橋掛へ追カケ捕テ引出シ仕手柱ニ取付ヲヒキハナシウツフシニコケル〕  四番〔 唐下手ニ入首ヲ日本ノ脇ノ下へ押込テ廻リ大小ノ前ニテ中廻リ〕 〔△あらこもを唐人二人してもつている時のがく 両のてをさし出してひやうしをふミてあらこものきハまてゆきて右のあなをみる 又ひだりのあなをミてしてばしらの方へのつてゆきてふりかゑりひだりのてをにぎりこぶしにして右のあしあげてひだりのてをさしだし正面の方へいづる ひたりへ小まわりして又あなの方をむきて右のてをひだりのあなへ入ルまね 又ひたりのてを右のあなへ入ぬきてさすり いや〳〵 という心にてかぶりをふりひだりの方へ大まわりをして正面むくと両手をむこうへさしだしかミなりびやうしをふミていで両てをこものあなの中へいれるととうじん二人してこもをゆい付ル〕 〔さらし切ひほ五尺〕       (荒薦の図があり、右横に「あらこも立壱尺六寸」、上から「一寸 二寸 四寸 四寸 五寸」、図の上に「横弐尺程穴四寸四方」、図中に「四寸」「六寸」「四寸」とある。) 〔管絃ノ事 宝暦拾二年〔壬午〕四月十一日阿部伊勢守殿丸山ノ屋敷ニテ御能有之節長州江山源兵衛シテ勤ル 通詞ハ赤川喜兵衛也 初ノシンノライジヨナシニ児一人釼ヲ持出ル 次ノ児団ヲ持出ル 扨シテ通詞夫ヨリ唐人トモ管絃ニテ出舞台ヲ一返廻ル 扨王台ニ乗ル時児二人ハシテ柱ニ待テイル 夫ヨリ皆々座ニイルト王哥ヲウトフ 通詞トカケ合ニ哥ヲウトフテ夫ヨリ常ノ通 シテ物ぬぎの時ハはやし方かく吹 物ぬき過テ又王ト通詞トカケ合の哥台の上ニテ有ル 狂言すミてしまいにくわけんにてはいりたる由重兵衛申候〕 唐人ヲトリノウタノ事   七日武王子牙議商辛 桓ゝ雄武含仁懐義(ワンワンヨンウヽガンジンワイイヽ)熊(ヨンビイズイ)羆(ヨンビイズイ)瑞(ヨンビイズイ)占天運(チヱンテンイユン)始(スウカイチユスウイヽ)開出師以(スウカイチユスウイヽ)律厥(リケ)猷允(ユウイン)蔵大(ヅアンダアヽ)哉(ザイ)功(コン)乎(ウヽ)萬民(ワンミン)・斯安(スウアン)・ 群(ギユン)黎之望天命(リイツウワンテンミン)所(ソヲヽ)歸(クイヱン)元(ヱン)老進(ラロウツイン)・籌(チウ)壮(チヤン)士(ズウ)励(リイ)忠秋霜(チヨンツユウシヤン)振威(ジンヰイ)春(チユン)澤流(ヅユリウ)恩(ヱン)寛(クワン)仁無(ジンウヽ)敵(デ)城門(ヂンメン)不(ポ)閉四維賓(ピイスウウイピン)服(フヲ)萬方康寧(ワンハンカンニン)・聖皇(シンワン)一(イ)臨四民(リンスウミン)各得(コウ)其(ギイ)所(ツヲヽ)・既安(キイアン)且(ツヱヽ)楽(ロ)於戯是誰(ウヽスウズウジユ)之(イツウ)力(リ)乎(ウヽ)・   九月召公奭宣布王化 青(ツイン)山(サン)緑(ロ)水(スイ)白雲(ベイン)郷春到(ヒヤンチユンタロウ)田(テン)・疇(チウ)老(ラロウ)幼忙女(ユウマンニイ)事桑(ズウサン)麻(マアヽ)無凍(ウヽトン)・苦男(クウナン)耕田(ケンデン)畝(メロウ)有餘(ユウイゝ)糧(リヤン)公租(コンツウ)・早(ツアロウ)送(リン)柴(チヤイ)門閉村(メンピイツン)酒醸(ツユロウニヤン)成(ヂンワンダウ)晩稲(ヂンワンダウ)・香(ヒヤン)罔(ウヽ)極(ギ)皇(ワン)都(トウ)萬々(ワン)歳(スイ)小(スヤロウ)民(ミン)・飽(パロウ)煖(ナン)楽(ロ)陶(タロウ)唐(ダン) 王(ワン)化所(ハアヽソヲヽ)及(ギ)休微孔皇習(ヒウチンコンワンヅイ)・風(フヲン)相(スヤン)和甘(ホウカン)雨(イヱイ)時布(ズウプウ)禽獣(ギンジウ)・不(ポ)避(ビル)兒(ウ)童共戯(トンコンヒイ)・ 恭喜々々 (82 花合戦) れて〳〵なにもなしとぞなりにける 〔地謡(「)ふしぎやこくふに大風おこり〳〵 あら物々しや花軍 其時桃実(ニン)こらへかねて〳〵長刀ながくおつとりのべて仁王だちにぞ立たりける〕   ツレ 山桜出立 嶋の物 狂言袴 きや半ニテくゝり 腰帯 すわふ上 折ゑぼし 小サ刀 扇 後ニすわふの上 折ゑほしをとる たすきをかけ竹つへをつく〕   塩竃  あついた 大口 ひたゝれの上 腰帯 小サ刀 扇 折ゑぼし 後ニひたゝれの上 折ゑぼしをとりみたしがミ 白八まき 花少うしろのかミへさし太刀ヲはく   楊貴 妃 はくの物きる 上ニ唐織か又ハはくの物ヲつぼ折 かづらはねもとゆい 花少シ指 乙面 末広   児桜  ふりそではく 長上下の袴ばかり かミ唐子にゆい 又ちやせんがミにても 花さし 中けい 扇 おとなならバかづらをちこにゆい花ヲさす   シテ 桃実 むじのしめ すきずわふか又ハしけ水衣 腰帯 もゝの頭巾 中けい 中入後の出立 あついた 半切か大口か はつひかたを取ル こしおひ 黒頭所々に花ちらし 面見徳 長刀 むち   ツレ 梨子 あついたか嶋物ニテモ 袴ノキや半ニテクゝル  官人頭巾 腰帯 小刀 面うそ吹 やり持かたけ出ル   ツレ にか梅 嶋の物 袴きや半ニテクゝル 腰帯 太刀 面鼻引 小サ刀 官人頭巾 花ヲさし   ツケ テ 大方山桜か勤ル 別出ス時ハにわ桜なり 嶋の物 狂言袴 もぎどう 官人頭((ママ))ニ花指 腰帯   嵐  あついた そばつき かるさん こしをひ 白頭又ハ黒頭にテも 面悪鬼かふあくニてもよし 銀のうちハ二本 こしおひ〕   花合 戦 〔前ノ所ハ右初ニ書テ有通リ シテ出ル時より詞すくなき故ニ後ニ改テ写置物なり 装束付も右之通〕 〔シテ「是ハ伏見の里に住とうくわて御座ル 承れハ志賀の山桜のたちでようきひちご桜のしうくわいのこうぎやうの御座ル由ふうぶん致程に参りてしうくわにいらはやと存ル 先急で参らう 春もひとしをのとかなればよものくわほくもよりよふ事で御座る いや参ル程に是ぢや 物もふ案内もう ヨウキヒ「いや表に見なれぬ花の出られて御座る 〔居座ニテ云時シテハシテ柱ニ出ろくに下ニイル〕 山「是ハとうくわにて候 何とて是へりふじんに来り来り((ママ))たるぞ そこを御立候へ シテ「仰尤テ御座るかさりながら当山にをいて花木よりあい殊更やうきひちこ桜の集会の由承ツテ御座ル程におさかつきをいただこうと存て是迄参て御座る 山「近比よふこそてさせられて御座るかしかしなから是ハれき〳〵立のおしのびて御座ル程に成まい かへらせられい シテ「尤そうでハおりやらふか某もはる〳〵と参た事て御座る程にせひおさかづきをいたゝかいでハ帰ルまい シヲカマ「やいそこな者 シテ「何事で御座る シヲカマ「塩がまが是にひかへているをしらぬか 何とてりやうじ成ふるまいをするぞ いそいてそこをのき候へ シテ「しうくわいの座敷へすいさんする上ハせひおさかづきを申請ねハ帰まい シヲカマ「やあらおのれハなにがしをゑしらぬか らうぜきな事を申す かえらずハ目に物を見せう シテ「たとへなにほどいうたりとも此座敷ハのくまいぞ シヲカマ「それはたれが シテ「身共か 〔笑テ〕 某に目に物を見する者ハ覚がない シヲカマ「それハ誠か シテ「我((誠))ぢや〕 〔ヨウキヒ「申々何某殿かまわせらるゝな シヲカマ「おのれハすいさんなやつの いつれも御座れ 〔引すり出ス はしかゝりへつきたをし〕 シテ「是ハ何とするぞ 〔扇ニテたゝく〕 シテ「あいた〳〵 シヲカマ「是でもいらいうせをるか 〔扇ニテたゝきふせる〕 シヲカマ「ひつくり共して見よ 〔ヲキアカリ立ヒザシテ〕 シテ「やいしをかま 此様にざんくわをふミちらいた程に在所の 〔ト云ながら立テ〕 くわじつどもをかりもよふしてたつた 今におもいしらせうぞ のふ腹立や〳〵 〔シテハ楽ヤヘはいル シヲカマハふたいへ出ル〕 シヲカマ「いや かたはらいたい事をぬかすやつじや〕 〔シテ中入後ニ出ル ツレ二人出ル〕 〔(シテ)「春なれやかすミのむちに此こまの我からさきにすゝむ覧 アリノミ「爰にこそ我ありのミとよりきして むめ「是やすからぬにか梅もともによりきとすゝミける 皆々「おもい〳〵の打ものかたけて一同にときをぞ上にける 詞 ゑい〳〵をふ シヲカマ「ぜうの内にハ是を見て 物々しや何程の事の有べきと高き所ゑはしりあがり あれおいをとせと下知をなす シテ「すハ時分ハよきぞよりきの者とあとにさがり こしをかけ長刀かいこミ かい〳〵しくもざいふりたつれバ よりきの者ハおめきさけんでたゝこふたり 〔カケリ又ハイロへニテモ〕 シテ「其時とうじつこらへかねて 〔舞はたらき 太皷打上テ〕 〳〵 爰のいわまかしこのこすへに 心をくばつて仁王たちにぞたつたりける 〔はやふへにてあらし出 太皷打上テ〕 アラシ「抑是ハたいきやうにすめるあらしなり 〔地より〕 あらもの〳〵しや花いくさ たゝひとふきとふきたつれば とうじつもしほかまも あらしとともにさそわれて 〳〵 なにもなしとそなりにける〕 (83 横座) して。今一声吼。さればしうをも持ぬ某ニ。初て主を持すると云。又勝負にまくれば口おしきと云。兎に角に〔今一声が〕責一陳((陣))にて有ルぞとよ。心があらば吼て呉ひやい 横座よ ウシ「〔其見てなく〕もおふ シテ「なんと見さしましたか 〔うしハあとのあしよりたつ〕 それかしかつれて行ぞ アト「やひ〳〵牛をつれて行ならば 其綱をハこちへおこせい やいそこな者 おふちやく者 やるまいぞ〳〵   シテ 出立 嶋の物 狂言上下 腰帯 扇   アト  段のしめ 長上下 小サ刀 扇 牛ヲ引テ出ル   牛出 立 黒きじゆばん かるさん 手袋 たひ 黒頭 首につなかけテ出ル 但シ腰ニ細引付ル事モ有リ 黒頭ニ角付ル 尾有 面けんとく   又シ テ羽織ニテモスル アトモ狂言上下ニテ牛引出ル むちヲ持 〔△牛の居やう口伝大事也 頭(ズ)目(○モク)耳(○ニ)両角(○リヤウカク)の(ノ)間(○マ)従(ヂウ)リ(○)背通(セツウ)リ(○)胴躰(ドウタイ)見渡(○ケンド)シ 四足(シソク)尾(○ビ)見納(○ケンノウ)め(ニ)ニ口舌(コウゼツ) 同鳴やう  △天角(テンカク)地(ジ)眼一黒直(ガンイツコクロク)頭耳(トニ)小歯違(セウハチガウ)            明和五年戊子正月廿九日家元ヨリ来ル〕 〔文徳天皇ノ時天安元年三月三日位論 くわんへい法皇の御子をハ雲林院殿ト云 其御子惟高惟仁御兄弟有リ 惟高ハ下シヤクナリ 位論色々有 三月三日鶏合 五月五日桂馬ナトシテ位争 七月七日相撲 惟高臣下ニ名虎ノ大臣ト云大男大力也 若宮八幡観((勧))請柿本紀僧正二番勝ニ付惟高位ニ付 惟仁ノ臣下ニ吉岡ノ大臣ト云小男也 山王廿一社恵良((亮))和尚ナリ 惟仁北ノ内雲カ畠へ流サレ〕 〔愛岩ノ聖トハ柿木((本))ノ紀僧正ノ事〕 〔比叡山恵良和尚事ソウヨウ和尚トモ云〕 (84 花合戦 間) 〔シテ中入スルト間ヲ云 (間)「扨も〳〵にがにかしい事が出来いたいた・此程ハ世間も一段とのどかなれバ・よもの山々の花木たち当山にあつまり・則此しがの山桜のたちにをいて・ちけいすぐれたる所にかすミの大まくうちまわし・楊貴妃ちござくらを始として・其外おの〳〵よりあい御酒ゑんの折ふし・ふしミの里に住桃花是を聞付・よきおりからと思ひ山桜の達((館))へ来ルを・花木おふき中に楊貴妃是を見付・そとへ見なれぬ花のまいられたる由申されけれバ・はや其内に桃花りふじんに来り・集会のお座敷へすいさんいたすうへハ・ぜひおさかづきをいたゞかんと申さるゝを・山桜殿の仰にハ・老木のはる〴〵と御出の事なれバ・集会の内へ入申度ハ候へ共・おの〳〵殊の外お忍の事なれバ・座敷へハ中々かのふまじき由御申あれば・それより桃花と山桜殿といろ〳〵もんどう有リて・桃花の給ひけるハ・集会の座敷へすいさん申うへハ・ぜひともやうきひちご様のおさかづきを・いたゞき申さぬ内ハ帰ルましき由申あいだ・なにがし殿聞かねてさま〴〵と御申あれど・桃花らうぜきのふるまい致間・おの〳〵よりあい御てうちやくなさるゝ・ろうぼくの事なれバ其まゝたをれふし・おきあがりの給ひけるハ・か様にふミちらされらつくわしたるむねんさよ・追付在所の花じつどもをかりもよふしておもいしらせん・花ゆへに此身をすてんことおしからじと・のゝじりつれてかへられた・やあ〳〵其元のにぎやかなハ何事ぞ・やあ〳〵じやあ・其由申上うずる・いかに申上候・とうくわの給ひけるハ・さいぜんのていあまりに口をしきことなれバとて・在所の花実どもをかたらい・則こすいのほとりまで・馬上にてをしよせて参ると申程に・御ゆだんなく御用意被成候へ 〔是より〈老武者〉つけてのとをり 皆々いしやうをしなをすとひとかわに大臣柱の方ニ立テいる 其前ニやうきひとちごさくらハきりとよりはづす〕 〔シヲカマ一セイ「爰に我しをがまのなにかしと名乗り・よするかたきを待かけたり〕 (85 鳴子) 〽めた。あさかのぬまにはかつミ草。忍ふの里にはもぢずり石。思ふ人にハ。ひかで見せばやあねハの松の一枝。塩釜の浦ハに。雲晴れて。誰も月を。松嶋や。ひらいづミハ面白。いとゞ隙なき秋の田に。月出るまでくるしきに。いざさしをきてやすまん。〳〵〽 〔いねむり両人共ニ主橋掛りヘ立テ〕 主「両人の者共に村鳥をおへと申付て御座るが油断のふ追ふか あれへ見まわふと存ル  是ハいかな事 扨も〳〵にくいやつばらじや 鳥はおわひで余念もなふねておる やい〳〵おのれら何とてふせつておる 両人共ニたゞハをくまひぞ 二人「まつひらゆるいて被下ひ 主「ゆるせと云事があらふか どこへにくるぞ やるまいぞ〳〵 〔主ヘ縄をまき付てにげこむなり うろたへたる用す((様子))にてにけ入ル也〕   主 のしめ 長上下 小サ刀 扇    シテ アト共ニ嶋の物 狂言上下 田舎めきたるが吉       〔小哥一ツうとふてハ追ひ又二ツ斗うとふてハ追々すべし〕   作物 なるこト細引 (86 横座) 頭(ズ)。目(モク)。耳(ニ)。両角(リヤウカク)ノ(ノ)間従(マヂウ)リ。背通(セツウ)リ。胴躰(ドウタイ)。見渡(ケンド)シ。四足(シソク) かしら  め   みゝ   りやうつののあいだ      せなかとをり  どうたい  みわたし     しそく 尾(ビ)。見納め(ケンノウ)ニ(ニ)。口(コウ)。舌(ゼツ)  〔牛の見よう口伝〕 を   み おさ め に   くち  した (87 水汲新発意[水汲]) から爰に見ていまする 出家と云物が其様な躰が有物で御座るか 住寺「いやおのれハまだそこにおるか シテ「いかに師匠でもまけハ致まひ 〔ト云テ組合 女トシテト二人して住寺をなけ手ヲ引合テガクヤヘ入 追込 〈水懸聟〉のごとく 此外色々替の仕やう有リ〕 〔女ノ名いちやトモ云〕 〔△(シテ「)やゝをやりませう ト云時 (住持「)夫ならバそちハさうじなどを云付てお茶の水ハやゝに云付テやらしませ ト云付ル〕 〔△(シテ「)身共か行もやすいがやゝをやつて跡からゆこふ為じや 女を呼出し (シテ「)いつもの通りお茶の水をくんでくれいと仰らるゝ 身も花をみゑ((?))んてこひと有程にいざ道までどう〴〵いたそう ツレ立テ行 哥ヲうとふも有〕   シテ 出立 むしのしめか小嶋の物か 狂言袴 十徳 こしおび ごうしずきん 扇   女  薄((箔))の物 ひなん さけ帯 こしおけ持出ル 扇こしにさし   師匠 むしのしめ 衣 角ずきん けさ 末広 じゆず 〔△道行過テ清水へつく所ハ笛座の上にかたひさ立て下ニいて扇をひろげて水をすくうていをしてこしおけの中へ入ル 其 くむ内に小うたうとふ〕 〔「しだり柳の露おちてふちとなるまで御身とそわば物ハおもわじ よハ何事も〕 〔「浦山し 月とほしとハ廻り逢 よのくれても〳〵〕 〔「水を結へハ月も手にやどる 花を折ハさころもにうつる習も候物を 袖を引にひかれぬハ あらにくや〕 〔女「(下)舟行けハきしうつる な(-)ミ(ハル)た川せまくら くもはれけれハ月はこふ うわの〔そらの心や・うわの〕そらかや なにともな 女「(下)秋のこのミのおちふれ(上)てやいつまてくむへきぞ(-) あしきなやな シテ「小(-)松(-)かきわけ清(-)水くミにこそきたれ 今(下)にかきらふか ますはなせ・おちやの水かおそくなり候 まつはなしめ まつはなせ・又こふかととわれたよの・なんほこじやれたおしんほちそ〕 〔女「扨しほの引時ハ シテ「のきばにまちてくもふよ 女「又しほのミつ時ハ シテ「ゆきつれてくもふよ〕 (88 歌仙[歌僊]) 〔後見出テ作物ヲ引也〕 〔皆々地謡座ニてひたゝれのかたをとり竹つへをつく 大臣柱の方より笛座の上迄ニ立ならび小町ハ大臣柱ニ下ニイル トウジハ手ツトウテ太皷座ニ居ル〕 シテ一セイ「抑是ハ花山の僧正遍正((昭))なり 〔一ノ松ニテ謡う〕 地「三十六人の哥よミともハ〳〵わが家々の哥をあらそひ哥仙するこそふしぎなれ 〔舞ばたらき シテト人丸とのりびやうしふんでシテふたいへ出テ人丸とたゝき合ようにしてぐわつし 又人丸も同前也 時ニ人丸はしかゝりヘ行小廻りしふたいへ出る シテも小廻りしてはしかゝりの方へ行時シテ柱の内ニて行合たゝき合 ぐわつし 小廻りして正面向ト打上テ〕 人丸「其中に人丸 地 〳〵 すゝみ出てほの〳〵見れバ花山の僧正遍正ハ〔シテ柱ノキハニテ一ツトヒ〕馬よりをりて腰いたけれとも人丸にわたりやい むずとくめばかれもくミこれも組くんずくまれつするほどに哥よミともハ皆こしおれとそなりにける   小野 小町 薄((箔))物 ヒノ大口か紫大口ニテモ 唐織ツホ折 かつら 末広 乙面 懐中ニたんさく   シテ 僧正遍正 黄衣 白ねり袷 角頭巾 中啓 後 中入ニ衣ノかたをとりたすきかけ 竹つへを持 長サ六尺ほと   柿本 人丸 厚板 白大口 一重狩衣 腰帯 翁烏帽子 末 広   在原 業平 厚板 下ニ大口 上ニさしぬき 狩衣 腰帯 冠をいかけ 末広   清原 元輔 厚板 白大口 はつひ こしおひ 黒風折 太刀 末広   猿丸 太夫 厚板 白大口 狩衣 大臣ゑほし左りへ折テじやうずかけ 腰帯 末広    右六 人ながらほうせうの紙たんさくに切テ面々に懐中していつる   当寺((ママ))  腰替りのしめ 狂言袴くゝり ひたゝれの上 こしおひ 小サ刀 折ゑほし 扇   ツケ テ のしめ 狂言袴くゝり かけすわふ こしおひ 小サ刀 扇 折ゑほし (舞台図三点。上図には「次第如此幷座付も如此」、中図には「組合皆立テ如此 小町ハ大臣柱ニ下ニ居ル」、下図には「切ノ所如此ニ皆下ニ居ル」とある。丸の中には「僧正、業平、猿丸、小町、人丸、元輔」とある。) 〔御本丸ニテ日光御門跡様御地((馳))走御能ノ時 宝暦七〔丁丑〕九月三日ニ今仁右衛門ニ〈哥仙〉被仰付候 初テ勤ル ◯初当守出テ名乗座ニ付クト次第ニテ皆々出ル 次第ノ謡過テめい〳〵に名乗〕 〔案内過テ皆々ぶたいへ通りむかい合テかしこまりいる時ニとうじゆ太皷座よりしよくの上にほうせうの紙ヲ十枚ばかりとしたるをのせてぶたいのさきに直しテ夫より大小の前に下ニいて(当守「)ぎよれんもおりて候間ゑいきん被成候へ ト云 是より常ノ通り シテ中入すると前方ハつけてまくより出候か此たびハ橋掛へ立テ(告手「)やあ〳〵夫ハ誠か と云 夫故つけてハ六人のひと出ルト其あとに付テ出テ太皷座ニイル〕 〔今の仁右衛門ト云ハ幼少ノ時三之丞ト云 後権之丞ト替 夫より仁右衛門ト改ル 祖父仁右衛門時ハ小町おとの面かけル 親仁右衛門時ハ下面ニテおしろい付ル 今の仁右衛門もやはり面ヲかけさせる〕 (89 薬水) 〔皆々「おうぢごの〳〵・ちごになつたを〔みさいな・〕〳〵 シテ「とゝの〔めや〕〳〵・ちやうち〳〵あわゝ (皆々)「おうぢごの〳〵・ちこになつたを見さいな〳〵 シテ「つむりてんてんや・かいぐり〳〵〳〵や 〔又皆ハヤス〕 シテ「しほのめや〳〵・ぼろぼろや ぼろぼろ 〔此文句ノ内ニシテハ手車にのり皆々又はやす〕 シテ「にぎ〳〵〳〵や・れろ〳〵や れろれろ 〔又はやす〕 シテ「いや〳〵いやよ かつてん〳〵がつてんや〕    きく花作物 こうはくきいろませて     たいハ〈松風〉や〈羽衣〉のだいの通りにしてまん中に大竹をゆい付 其竹の中へきくのつくり花をさしこむ 〔狂言初ル前ニ作物後見もつて出ル 置所ハ大臣柱の方よし 但シ正面に置事も有り しかしながら正面に置と後にシテ出テむこうの方へ見へにくし 其心得有べし しまいにちごきくの花を持てはいる事も有 又もたずに手車にのる事もあり あるいハ其花の内を二三本ほど持たるがよし 皆もつてはいる事ハあしく候〕 〔祖父頭巾のかた〕(図があり、横に「ずきん長サ一尺五寸 ひほの長サ三尺ばかり」、上に 「横八寸三分」、下に「八寸 三分」、図の中に「山六寸」 「口一寸二分」とある。) 〔「祖父子の〳〵ちごになつたを見さいな ちこになつたを見さいな 「てうち〳〵あわゝ 「〔にき〳〵や〕とゝのめや〳〵 「かつてん〳〵〳〵や 「【にぎ〳〵や】つむりてん〳〵や 「しをのめや〳〵かいぐり〳〵や 「ぼろ〳〵や ぼろ〳〵 いや〳〵〳〵よ〕 〔はじめにかいてあるハわろし 此通りをはやしてよし 二ツゝ五くさりなり〕 (90 枕物狂) ずりしてぞ泣居たる 捨てもおかれず とれば面影に立まさり おきふしあかで枕より 跡より恋のせめくれば せんかたまくらにふししづむ事ぞかなしき 〔此(「)すてゝもおかれす と謡出ストアト楽ヤへ入ておとにかつきをかふれ((せ))てつれ出テ大臣柱の所ニ置テ謡過テ祖父こしかけより折((下り))テ下ニてなくていする時に〕 アト「いかに祖父子聞給へ 是こそ御身の恋給ふおとごぜよ よく〳〵寄りて御覧ぜよ シテ「はあしたり〳〵 謡 うらめしや とくにも出させ給ふならば か様に老の恥をばさらさじ物を あらうらめしとハおもへ共 たま〳〵逢ふハ乙ごぜか シテ「おとこせか〳〵〳〵 〔一返しやきりにてのり小廻して常の通り飛ちかへて納ル〕 〔△出羽の謡本地○よれん枕トリ〕   シテ 出立 下ニ薄((箔))の物か無地のしめにても 上に小嶋厚板きながし こしをび 角ずきん 中けい しゆもくつへ 枕じやうずにてゆひ付ル おふぢの面   アト二人 のしめ 長上下 小サ刀 扇   ○おと  薄((箔))の物 さけ帯 かづら はね元結 乙面 薄((箔))かつぎ出ル    こしかけ 〔△初ノさかりはの内幕上ルとする〳〵と出テ中程にて小廻して右之笹の葉かたけたる手を引 太皷打上ル〕 〔△出羽謡に○(シテ「)枕もものにや狂覧 ト謡習有リ〕 〔△(地「)こんよハおのか袖まくら トはねるふしハ山三郎殿時ヨリ謡也〕 〔△(アド「)又例の御恨ミか出まして御座る 何と仰られぬか〕 〔△シテ(「)何と此祖父か恋をする (アド「)「中々 「シテ笑テ哥をよむ習也〕 〔(シテ「)恋というものをあだにや人の思ふらん 身より煙(ケムリ)のたゝぬ日もなし 惣して恋なとゝ云物ハ〕 〔△(シテ「)此祖父か身の上でハなけれども爰に恋の面白ひ物語か有程に語テ〕 〔△(シテ「)青きかいる共ならはや と云時かいる仕舞と云事有り 其時ハ両手を開ゆひの間をひろけて両方のひさの上に置せうぎの上にあかりて段々下の方へこしをすゆる〕 〔△(シテ「)恋よこひ ト云テ両手にて両方のかたの上へあをいで○(シテ「)きてハたもと ト云所にてひろけた扇の上へたもとをのせ○(シテ「)袖のおもさよ と云テ小廻りする 又せうぎにこしかける〕 〔△又せうきの上ニてもする (シテ「)恋よこひ ト云を謡出シ (シテ「)我なか空 と目付柱の方ミて(シテ「)恋風がきてハたもと ト左りの袖を見て(シテ「)かいもとれての ト袖ヲ上扇をひろけずにたもとをのせ身をすこしゆりかけてから(シテ「)袖のおもさよ ト扇にて袖をおもさうに少上ル (シテ「)恋風ハ と又目付柱の方ミて(シテ「)おもい物かな さもおもそうに扇の上のそてをたん〳〵にもちあけてかほにあてゝ(シテ「)南無あミだぶつ〳〵 ト云〕 〔△小哥過テ(シテ「)あゝうき世ハ夢じやなあ 南無阿弥陀仏〳〵〕 〔△(シテ「)夫先月の廿四日の地蔵講ハ〕 〔△冬ハあかき小そてと云 なつハあかきかたひら〕 〔△(シテ「)すてゝもおかれず と云謡を〈松風〉の有時ハうたわぬ物也 外の謡有り 但シ常にハうたわすともよし〕 〔△(シテ「)心づよや とくにもいでさせ給ふならハかやうに老のはじをバ〕 〔△仕舞しやぎりの内に祖父乙をおふてシテ柱にておろし顔をなでゝから口をすう習なり〕 〔△玉はゞき〕 〔△(シテ「)乙ごせか ト云テしや切ニテ一遍廻り乙ハ橋掛一ノ松ニテふり返り祖父の方ミてうなつく 祖父もふたいニテ乙ノ方をミテうなつきしや切留ル〕 〔△乙シヤ切ヲ仕廻テ正面先へ出テシヤナヲフリテ楽ヤヘ入ル 左近一世ノ時仁右衛門弟子勤ル〕 〔△乙御前(ヲトゴセ)ト云 又三平二満(ヲトゴセ)ト云〕 〔京極御息所ト云ハ時平大臣ノ娘ホウキ女ノ事也〕 〔志賀寺ノ上人てうくわん和尚上人トモ云 極楽の花のうてなのはちすばへトモ有リ〕 〔△愛岩ノ聖トハ柿本ノ紀僧正ノ事 熱海ニ印有由 延享四年迄ニ八百八拾八年ト有リ 染殿ノ后ハ文徳天皇ノ后 清和天皇ノ御母也〕 (91 祐善[祐禅]) 〔ニテ拍子一ツふミ〕せと悪口すれば〔ヒダリノテ上ル〕かれが頭をわりためや茶酌ためにし〔カサヲヒロケ〕轆轤をはなせと有りしかバ〔正面へ出ル〕命も既に尾張笠にて〔アトへヒサリ〕地獄の底にすみ〔アクラカク〕笠なりしを〔左リノテヲワキ方へサシ〕今有難き御法を会下笠 弘誓の船に半帆上けて 蓮の花がさはすの葉笠を さしはりて行程に これそ誠の極楽世界 是そ誠の極楽世界の 羅簦や南無阿弥笠の ほのかに見へてそ失にける 〔御城ニテ竹と申事御指合ニ付仁右衛門ニテ直シ諷 「夕への月((竹))の笠がさとやふの内にそ入にける〳〵 「日かさも早く竹笠 ト云所ヲ(「)日笠もはやくすけかさの〕 〔「すてに命ハはいとりがさ 命もすてにやぶれがさトモ云〕 〔間かゝりのセリふ仁右衛門流 (所の者)「扨も〳〵只今ハ俄に村雨がいたいたが存の外はようはれて御座ル さあらば他リへ参らばやと存る いやかた〳〵ハ何とて此所に御座ルぞ (僧)「只今の村雨に是へ立寄て候 夫に付ふしき成事の候か此やどりに付子細の有か語テおきかしやれ (所の者)「中々子細の有間語テ聞せませう 先是成やとりハいにしへ遊善と云かさはりの有しが手前ハはやくはりぬれと笠をひろくる事もすほむる事もならざるゆへにらくちうにかくれもなきへたの名をとりて人のかわざりしをおもしろおかしう云ておし付てうりひゞにはる程に〳〵ついにハはりしにゝ致されたればか様にあばらやと成て御座候 あまりにふびん成事なればきやくゑんながら弔て御通り候へ (僧)「御おしへしうちやく申て候 さあらハぎやくゑんながら弔おふずるにて候 (所の者)「御用の事あらハ被仰候へ (僧)「たのミませう (僧)「扨ハ是成ハ祐禅かやどりかや いさや跡とひ申さんと ながき日くらしつれ〳〵と 五条あたりのあばらやに 今朝のまゝにて待いつゝ 今宵ハ爰に旅ねして 彼祐善の弔わん〳〵  (シテ)「雨もたまらぬあばらやに〕 (92 楽阿弥) しの御事や最後を語り給へや 〔さいこを語りおわしませ 共云〕 シテ「いで〳〵さらば語覧 〔カケリ有 左右して打上テ〕 いで〳〵さらバ語らん 地「元より楽阿弥ハしゆつ成つらさしにてかし(▲ヲクリ○)この旅(○ )ふと爰(▲)の 茶やあそこの門にさしよせ 〳〵  機嫌もしらず尺八をふきならして楽阿弥に替り一銭尺八嘯にハなんにもくれねば 腹立や〳〵と あつそこ爰にて悪口すれば 尺八嘯めハずなあしなり ぶつしやうなり あてよやとておうこだめのミつぶせに押ふせられて 縄だめ柱だめに あぶつふんずねじつひかれつ 其古性((往古))の〔尺八竹の〕 今に迷((冥))途の苦患と成を たすけ給へやお僧よ 猶も輪廻の妄執は 此年までも数寄のさがらぬ姥竹のこひしさわ 我ながらうつそらにくやとかきけすやうにぞ失にけり   シテ 出立 上ニ小嶋の厚板 下ニ無地のしめ きなかし こしおひ 角すきん 尺八 面楽阿弥か鼻引ノ内 カケリノ内ニ右ノかたぬく 初よりかたぬく事も有リ   アト 二人 無地のしめ 水衣 狂言袴ノ脚絆ニテくゝル こしおひ こふし頭巾 しゆすを持 懐中ニ尺八を入 むねの方へミゆる様にさして出ル   間 のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔△(シテ「)あの宇治のらうあんじ と云所ニて尺八を正面へさす事習有〕 〔△待謡返し過テよりはやす也 謡過テ伝右衛門方ニテハ口ニテ(「)ホウ ト云 仁右衛門方ニテハゐわずに笛にひしぎをふかせる 狂言(「)ほう と云ト森田流ニテハひしがぬよし 心得有べし 狂言のひしぎハ本のひしぎニてハなし かたひしぎと云〕 〔△(シテ「)今ハ何をか包べき 是ハ古性((往古))尺八吹死せし楽あつといへル者なるか御尺八のおもしろさに ○三千里くわひにちいんの〕 〔△(アド「)げに〳〵是ハ断りなり 昔語の楽阿弥陀ふに〕 〔△出羽の謡橋掛ニテ謡 夫より(シテ「)お主を見れば とシテ柱へ出ル〕 〔△尺八ヲ吹時ハ左の手ヲ上右の手ヲ下ニシテ吹物也 さく八トかいてしやく八ト云也〕 〔△尺八ノ長サ三四五六〆一尺八寸也 △楽阿弥連尺八ニ吹所ハ夕くれの手と云也〕 〔△人王八拾八代聖帝後深草院治天正嘉年中開ク之精舎トシテ始祖ハレ普化ノ禅師 開山ハ金先古山禅師也 普化禅師弟子二人有 流義二流 後四流〕 〔△楽阿弥ニ宇治ノ朗庵ト云事 宇治ニ吸口庵ト云在 大昔シ朗庵此所ニ住ス 其後京都三拾三間堂ノ南妙安寺ト云有 是ヲ又建立ス 是西三拾三ヶ国ノ支配ス 虚無僧ノ元祖是ヨリ至レ今ニ支配ス 両所共虚無僧多ク住ス 朗庵形チ異僧ニ依テ一休ト同時ノ人ニシテタカイニ相親ミ候ト云 朗庵ハ文明前後之人〕 〔△宇治老菴主 自手截断両頭度尺八寸中通古今。吹起無常心一曲三千里外絶知音。ふけハなりふかねハならぬ尺八のこゑのぬしとハ誰をいふらん〕 (93 通円) 名をえし通円が 〔カケリ有 左右して〕 シテ「埋火のもへたつ事もなかりしに湯のなき時ハ淡もたてられず 地 跡とひ給へ御僧 仮初ながら是とても 茶性の種の縁に今 団((うちわ))の砂の草の影に 茶ちかくれ失にけり 跡茶ちかくれ失にけり 〔カケリ シテ柱の方へ向テ開 目付柱へ行 角取テ又大臣柱ノ方の角取テ左り大廻りしてのり拍子ふミ右の足ヲ立テ左りのひさを折又左りのひさを立テ右ノひさを折 又右ノひさを立テ左りのひさをおる 是をくわつしと云 三度して右ノ方へ開 下ノ方より少上の方ヲ見込テ立 目付柱ノ方へ行 左り方を見て左りへ大廻りシテ柱のきわにて小廻りして謡出ス〕 〔△移徙の時ハ(シテ「)むもれぎのもへたつ事になかりしに ト云事ヲ替ル 大事ノ事也 (シテ「)うもれ水すでにしぶ茶の色見へてゆのなき時ハあわもたてられず〕 〔△茶杓仕舞ト云事有大事(地「)茶杓を持せ(ヲツトリ) と云所にて持たるひしやくのゑの方の手ヲひろけてひしやくのゑを((の))方をミてゑを茶杓のまねにして(地「)茶々 と云所にて一つ二つも茶碗の中へ入ル躰をして扨ひしやくにて常の通りにゆを入ルまねをして茶せんにて立る〕 〔△出羽にハ柄杓斗持出ル ワキ詞過テ舞台の満中にせうぎにこしかけるト後見茶碗左りへ持せ右へ廻りひしやくを持たる手のくすりゆびと小ゆびと茶せんをもたせる 其時ひしやくおば大ゆびと人さしゆびとたか〳〵ゆひにてもつ 茶杓ヲ見る時ハ柄杓のゑをたか〳〵ゆひ人さしゆびの間にはさミ茶ヲすくうてい ゆひをミなひろげるとこゆひくすりゆひに持たる茶せんが落ル 茶杓仕舞と云事ハ常にハいらぬ物なり〕   シテ  小嶋厚板又ハ無地のしめニても きながし こしおび 十徳 通円頭巾 しぶうちわ ひしやく持出ル 通円面 後ニ腰掛 茶碗 茶筅ヲ持〕   アト  ワキ也 無地のしめ 袴くゝル 水衣 こしおひ じゆず こうし頭巾   間 のしめ 長上下 小サ刀 扇 〔△かなに書候時ハひさくトモかく となへ候時ハひしやくト云がよし〕 〔元祖伝右衛門山三郎時迄ハ右ニひしやく茶せん持そへて左手ニ茶わん持出ル 三代目伝右衛門時よりひしやくばかり持出ル 後ニ後見ぶたいにてもたせる〕 (94 布施無経) に貧僧でこそ御座らふずれ 夫程の物を取たとらぬと云て別の事ハ御座らぬ おかせられい アト「ゐかにも左様でハ御座れどもいつも進ぜまする物をひらに取て被下い シテ「ゐやよふ思ふてもごろふじられい たとへまん〳〵某がほしいと存ても此上でとらるゝ物で御座るか はて此月ばかりでも御座らぬ 毎月参る程に重て一度に成共被下い どうでも今度ハとる事でハ御座らぬ アト「何と仰られても某も進せねば気にかゝります 是非共とつて被下い シテ「ゐやどうでもいやで御座る アト「どう有ても進せねば成ませぬ シテ「どうでもいや〳〵 〔ト云時にふところへふせを入ルとてけさを引出し〕 アト「のふ是ハ袈裟衣でハ御座らぬか シテ「どれ〳〵 若目出度事が御座る アト「何事で御座る シテ「お布施がでましたれば袈裟まで出て御座る アト「あのやくたひなし とゝとおかいりやれ シテ「あら面目もなや 〔(アド)「申是ハなんで御座る (シテ)「あゝ尋ルけさハ是で御座る (アド)「あのまいす坊主 やるまいぞ〳〵 〕 〔(シテ)「身をも捨ふと思ふ程にふこふ心がけよと云事でおじやる〕 〔(シテ)「ぐぶつハ仏に香花をくふじよと云事ぢや せそうハ坊主に物をほどこせと云事じや〕 〔「今朝ハけふの事〕 〔(シテ)「先日ハ御子息から文を被遣て御座る (アド)「何と御座ルか (シテ)「ぶんてい筆の様に中々おとろき入て御座る (アド)「いや左様でハ御座りますまひ (シテ)「夫ニ付て珍敷古哥を習ふておりやる そなたへをしやう程にはなしておきかしやれ (アド)「何と申哥で御座る (シテ)「その原や伏やに生るはゝ木々のありとハ見へてあわぬ君かな アトキンジテ(アド「)ふせやに生るはゝきゞの有とハ見へてあわぬ君かな 扨々面白い古哥て御座る (シテ)「いやふせやに生る〔テ〕をりやるぞや (アド)「是ハ〔又〕こびた哥で御座る  ●此哥ハ新古今恋坂上是則ノ哥也〕 〔△無業のしんじんの請ぢごくへ △無理のしん〴〵の請 △無理のざいごうを請〕 〔△末法の後にハ堂をしゆし行をおこし〕 〔△何と云テ生れこんと云テ死する △世間貧無(マツシキム)為(イ)〕 〔△昔唐土に貧者の有シガ仏の御けさそんじたれバ牛を一疋市へ引テ出布ニ取替仏ニ奉ルそれよりふせとハぬのほどこすと事なり〕 〔△(シテ「)して子共衆ハ息災に御座るか (アド)「中々ぶしでおりまする (シテ)「いや先度のきくのたねハふせさせられたか 〔扨経過テ帰る時(シテ「)あらふしぎや いつもさだまつてくれらるゝ布施をけふハなぜにひかへられたぞ がてんかゆかぬ〕 〔△(シテ「)此中ハ御子息から文を得て御座るが扨々きどくなしゆせきで御座る あれ程に御座らうとハ存ぜなんだが殊に哥道の心が御座ると見へて哥が御座つたが その原やふせやにおふるはゝ木々の有とハ見へてあわぬ君か哉〕 〔△(シテ「)貧僧などに物をほどこせよと云事じや しやしんハ身をすてよといふてもむさとふち川へ身をなげしがいなどをしてしねと云でハをりない 身をも捨ふと思ふ程にふかく心がけよと云事でおりやる 雲となり雨と成〕 〔△(シテ「)村雨が重て大あめなとふる 又其様なかとおもへバ其まゝ日よりになる〕 △(シテ「)むりめい〳〵の跡に△出家ハ貧成者にきわまつた 急て宿へ帰らふ 乍去今の拾疋の布施物ともらふて一方のたもとへ入ル ろしすがらおとつれて見ればひたりハおもし 右ハかろいと存してこそ心面白けれ 〔△(シテ「)扨も〳〵世にハどんな者が御座る 今の程はしを取て物をくゝむるやうに云て聞せてもがてんがゆかぬ いやあのやうなぐどんな者も御座るまい しよせん某がふせをとらうと存るによつて心がひかされてわるい とかく思ひ切てとらねばよひ 其子細ハ皮((彼))布施物を有とおもへハうのけんにおちなきとおもへハむのけんにおつ 有をもなきおもしらずして有無の二道をはなれてこそ出家と是をいうべけれ 其上請かわされば長クしやうじにおち請かわしむれバながくこんりんざいにをつ ざぜんくふうの床の上にハしんによじつそうの玉をミかき有もなくなきもなくして皮((彼))十疋のふせもつとまん中よりおしきつて大かいへはらり〳〵とまいたるこゝちして行になんのゆかれぬと云事があらふ いて見せう 是ヨリ常ノ通り〕 〔△身命財をなげうつて伝法ぜんとほつせバぐぶつせそう・しやしんのもつはらとせよ・雲となり雨となるふせい・時に此文の心ハ・しんハ身ミやうハ命さいわたから・伝法ぜんとほつせばと云ハ・御法をよくつたへたもつて後世をねかへといふ事・ぐぶつせそうとハあるいハだう〳〵をこんりうし・ぐそうなどに物をほどこす事・しやしんのもつはらにせよとハ・しやしんとかいてハ身をすつるとよむ・身をすつると云て〔中々〕海川へすつる事でハない・〔ゴセウヲネコウニ身ヲモ命ヲモヲシマヅ〕後世をねかへと云事・雲となり雨となるとハさだまりさだまらぬ事・爰に大事〔ガ〕有・ふせい〳〵の字・何とがてん参つたか (アド)「はあ (シテ)「いや〳〵ふせいの字とかいてハ・時はれやらずともはれやらぬ共よむ・さるに仍テいかなるをんないの中に【て】も・やるべき物ハやつたがよし・取べき物ハとつたかよし・取べき物もとらずやるべき物もやらずにおけば・其つミ(コヽロガ)はれやらぬに仍テ・それが則悪心となつてかならずぢごくにおつる事有べし・別りの家と云ハべつハわかれ・りハはなるゝかきた字でおりやる〔是より常の通り云テ暇乞してから云〕 △あれハ【何を】がてんしたと云か何をがてんしたぞ・何もしらぬ・いやがてんなしたれども・おそうきたと云はらたちでふせをくれぬ物で有ふ・扨も〳〵きたなひ心(モノ)かな・いや〳〵くれぬ物をほしいとおもふ心ハ・くれぬ者の心よりなをきたなひ・誠に一文一もなきをこそぜんのまなこにたとへたれ・拾疋のふせを〔真〕中からおし切テ・大海へなげて(ステ)うもなくむもなくしていぬるにいなれぬ事ハ有まい・おそらくハいんで見せう・某がいこうと思ふてからハもどらぬと云事ハない・とハ思へ共 今拾疋の鳥目にて・半分でハゑんそたきゞのやうな物をこうて留守(ルスイ)にあてがおうず・〔又〕残所でハ紙をこうてふすまをこしらゑ・だるまかつぎにしてこしかた行末の事をさとらうならバなにかあらふ・其上ふせを取てきたないとハいわれぬ・うけかいぬれハこんりいたす・うけかわされバ長クしやうじにおつるとあれバ・此ふせとる(トレ)ハもふじやもうかむ 愚僧もとくをする・是ハ何として此ふせを取てよからう・いや思ひ出した・仏もかなわぬ衆生ハ方便の以テすくひ給ふ・某も又ほうべんの以てふせをとらふと存ル・先此けさを隠そう〕