天文元年服部元広伝書 底本……法政大学鴻山文庫蔵 〔上巻〕 〔巻頭には書名も巻序もなく、末尾の貼紙に「上巻終」とある〕 夫、能を一日に七番と定る事、其初長谷の観世音の御相傳にてことおこりければ、七観音の御尊形をかたどり、七星を表る口傳あり。神事・法事・諸祝言には番組七番たるべし。 △番組之次第 (鬘) ?一番にハ神能の祝言、?二番ハ修羅、?三番は摧\、?四番ハ鬼神、?五番ハ仁儀、?六番ハ業苦の能、?七番ハ又祝言すべし。 一?まづ、神能を祝言の頂上と号る事ハ、それ我朝ハ神國として、君をあがめ民をなでゝ、海内の吉凶、神の玄鑒にかからずとゆふ事なし。故に神をうやまひ冥利を仰て、國家安全の祈祷のために神能をする事也。?二番ハ、釼をもつて國をしづめ、智略をもつて世をおさむる本朝のおきてなれば、修羅能又かんじん也。?三番ハ、世もしづまりて、色にそみ香にめでて、人の心もなさけふかく、貧をすくひ咎をゆるして、物のあハれミかなしミを知事、尤人の人たるゆへに、ゆうらくの舞をまふ摧\、本にてあり。?四番ハ、天ハおごりをにくミ、満るをかく冥顯なれば、はやく悪鬼をあらハして、のがれがたきは迷途の使、ミなこと??く、高も賎きも六道・四州にさ まよふ身ぞと、しめさむために鬼能也。?五番ハ、かくある世の中なれば、七珎万宝を手なぐさ ミにし、綾羅錦繍をしとねにして富貴栄耀にほこる人も、五常のおきてをしらずして、藝もなく能もなきハ、野鳥山猿にひとしきぞとしらせんために、仁義の能也。?六番ハ、所謂ごとく、道をきハめ法をただし人界をおもふ聖人・賢人の人をはじめ、おくふかくやむごとなき身にも、心にまかせぬは人の煩、あらぬおもひ、あらぬ病苦のあく念にひかれまよひて、うつゝなき身と成もあり、或ハまつごの一心によりて、佛となり、神となり、天人となり、龍神となり、天狗となり、蛇身となり、鬼神となり、餓鬼となり、人のゆくえはしれぬぞと、しめさんための能をする。 ?七番ハ其日のきたう、一座の是祝儀なれば、君を祝、國を祝、郡を祝、里を祝、町を祝、家をいハひ、民を祝、身を祝て、又目出度神能にておさむ。かやうの道理有を以て、能ハ一旦の見物にあらず、諸道のこれせつぱうにて、ミな人のいましめ也。 一?氣を轉る習あり。たとへば、?翁式三番三の神妙なるふうていのあとにて、?脇能の、うきやかにはな??敷、物大きに気を轉る事成がたし。又其あとに、引かへて、兵具をたいし武をふくミて、立居かしこくつよミをまふ?修羅心に轉じがたし。扨其あとに?幽玄なれば、物やさしくじんじやうに、ミず??と舞しまふ事、一大事のわざ也。必前の修羅心ありて、きさき・官女の兵法つかふ例なきすがたになる物也。又其あとにて、うつくしくよは??としたる心をはらりと 轉じて、おそろしき?鬼能の、鐵石などをつきすへたるごとくなる、つよミがちに物おもくして、岩に花さき、枯木の雪におるゝやうに、すね??と心を轉じ舞なす事、成がたし。又其あとに、 ?男能などの、仁儀礼智信をもつぱらとし、周公・孔子のミちをたゞす、能の心に轉じがたし。又其あとに、或ハ?狂女などの、つまにはなれ子にわかれて、あらぬおもひに心ミだれ、おもハぬ旅にまよひつかれて、うつゝなくくるふかと見れば、折てつぎたるごとくに、又本真の心もあるやうにけしきを轉る事、成がたし。或ハ?山がつ?れう・すなどりの老人となり、渡世に身をやつし、或ハ?よしある姥となり、むかしをこふるとし暮て、わぐミたる躰に氣を轉じ、或ハ ?天人のたえなるすがた、或ハ?龍神の萬項の浪によこたハれるかたち、或ハ?佛菩薩の善心と 成て妙躰殊勝のすがたとなり、或ハ我慢邪道の?天狗となり、或ハ悪念妄相の?蛇身と成かハり、それ??のふうせい心を察して氣を轉じまねる事、成がたき物也。かやうのむつかしき習といへ共、只一ツの傳受を以て其しな??に見ゆる事、我家の是秘事也。 △十躰之條々 一?祝言之心 相生・弓八幡・難波梅 此類の能ハ、國をおさめ、君をまもり、夫婦の契りふかき故に、祝言の最上とす。謡をもかろ??とうきやかにうたひ、しかたをも、物おもく、ゆふ??と、大きくさハやかに舞べし。?安詮之 曲と名付。其心を引歌、 君が代はちよにや千代をさゞれ石の/岩ほと成てこけのむすまで一?幽玄之心 江口・小塩・吉野静 此類の能ハ、色にそミ、香にめでゝ、花やかにさゝめきたる風躰也。?春の夜の明るにたとへ、 謡をもミず??とうつくしく謡、ふしに色ありて、うきやかにはやす物也。?聲花之曲と名付て、其心を引歌に、 花さかばなをいかならんよし野山/かすめる空の春のあけぼの (慕) (班) 一?戀暮之心 嫩女・千壽・楊貴妃 此類の能ハ、思ひくづほれてしほれる根本なれば、物あぢきなくうちしめりたる風躰也。謡も其心得有て、息つよき音聲をきらふ。?萎る曲と名付。引歌に、 ながれてはいもせの山の中におつる/よし野の川のよしや世の中一?哀傷之心 角田川・野の宮・大原御幸 此類の能ハ、生をはなれ、亡魂ゆめまぼろしの世の中と思ひ入て、さびしく物がなしきを本意とす。?秋の日の暮にたとへ、謡もあぢきなきふし計にて、なめらか成音聲をきらふ。?秋思の曲と名付。 いつもふく軒ばの枩の風なれど/わきて身にしむ秋の夕暮一?神祇之心 蟻通・龍田・賀茂 此類の能ハ、神前に及て心信感なるふう躰也。物ふかくけだかく神妙にして、謡をもきれひにうたひ、祝言の調子に無常のふしをそゆる。?馥曲と名付。 春の野にわかなつミつゝ万代を/いハふこゝろは神ぞしるらん一?釈教之心 邯鄲・當麻・誓願寺 此類の能ハ、佛所をのぞミて得道し、成佛本望をとげたる根本なれば、つくろふ事なく、したるき事なく、さら??と舞しまふべし。謡も猶其心得して、ふしによせひ有事をきらふなり。?心の曲と名付く。 奥山にひとり浮世ハさとりにき/つねなきいろを風にながめて一?無常之心 盛久・?慱風・春栄 此類の能ハ、うれひを思ひつめたるすがた・ことば、心すミたる風躰も有べし。脇にあひても其文句・ことばによく??心をかけ、其しな有事也。謡も?無常音と名付。 あけぬれば暮る物とハしりながら/なをうらめしきあさぼらけ哉一?述懐之心 ?鉢之木・?蘆苅・?木賊 此類の能ハ、おとろひはてゝ野人となれる根本なれば、真のいやしきにはあらず。よし有心もち かんよう也。さて人の上のうわさにてもなく、ゆうれいにてもなし。我身の上の現在の能なれば、謡をも常のことばにうたひ、ふし過たる事をきらふ。?埋曲と名付く。 いそがれぬ年の暮こそあハれなれ/むかしはよそに聞し春かは 或ハ?項羽・?融・?忠則・?敦盛・?通盛・?兼平・?玉掾i葛)・?浮船、いづれも此類の能の前ハ、よの常の船人・山がつ・塩くミ・草かりにてはなし。よしある人なれば習ある事也。 一?田夫野人之心 ?鵜飼・安漕・?善知鳥 此類の能ハ、いやしく浅ましき、本意なり。とせいを過しかねて、ひまなくつかれたる土民なれば、手つき・あしつき・身しほまでも、物さびしくすね??として、うちくたびれたるふうていにて、つくろひなきをよきとす。聲・ことば・装束までも、いやしくふるびたるを用ゆ。 世の中をわたりくらべて今ぞしる/あはのなるとはなミ風もなし 但其本意なればとて、あまりにいやしき仕舞ハすべからず。至りていやしき儀は、貴人しろしめさぬ故に、仕手の心中もすいりやうにきたなし。 一?五常之心 ?土車・放家僧・?七騎落 此類の能ハ、五常の内にも又心ある事也。君をうやまひ、佛をたつとミ、神を仰はよの常也。親 の命にかハり、他人のことばをちがへじと仁儀を表とする事ハ、誠にせつなる心ざし也。此位を引歌に、 もろともに苔の下には朽もせで/のこりとゞまる名こそをしけれ ひた面の能ハ、ゆうれいにても現在と定也。然間、よろづしかた・謡までも人に似たる事をきらふ。五常の根本、?仁は慈なり。?儀は和也。?礼は順也。?智ハ賢也。?信ハ實也。此道理をわきまへ、よくたんれんをすべし。其外太夫と脇と心もち、能によりてかハる也。たとへば?千壽ハ脇ハ幽玄、重衝は無常、太夫ハ戀暮、?藤渡ハ脇ハ祝言、太夫ハ述懐也。よろづ是を以て知べし。物の習の理をつむる事、かくのごとし。 △物狂ひにあまたの心あり。 一?わかれをしたふ物ぐるひ、嫩(班)女・蝉丸・?名(夏)越祓。 一?我とくるふ物狂、百万・桜川・柏崎・丹後物狂。 一?すがた計にてはかりごとにくるふ物狂ひ、?三井寺・?土車・?花筌・?籠太皷。一?物のけにてくるふ物狂、浮船・二人静・哥占・庭鳥。 一?執心の物狂、枩風・?卒都婆小町。 右之内に、或ハ?王子?宮女?侍女?遊女?武家?土民のある事なれば、其根本をよく知おさめ て、それ??のかハりを分別すべし。一色に心を定ては、大きなる相違あり。心ねのおもふにかハりふかき事、おほき物也。扨又其ミち??のわざによつて、ゑしれぬならひ有事なれば、了簡しがたき文句あらば、それ??の人に尋て其ゆへをとふべし。「猟人得二豹蹄一、漁父知二鱗網一」 〔訓点は底本による〕とて、いやしきれうし・あま人といへ共、いとなむわざの道の事はよく知物也。「子入二大廟一毎事問」とあれば、さらに恥辱にて有べからず。 △心を移す秘傳 一?心をうつすとて、秘事にする事あり。前につぶさに書あらハすごとく、初の能の心をすてゝ後の能の心もちに氣を轉じかゆる事、必成がたき物也。是ハまづ、楽屋にて、それ??の相應の装 束をよくきなして、扨面をとりて、其面のかほつきをつく??と見入入(ママ)て、我心をしミ??と其かほの心になして、扨面をかけて出る時に、鏡に向ひ、ゑもん・かほつきをいよ??よく見入入て、あのかほの我身ぞと、ふかくおもひ入る事也。此おもむきは、能者たるもの、聞てはたれもかく有べき事と思ふ儀にてあるなれ共、?心をうつす大事とて、秘傳に別してをしゆるにより、爰ぞ彼秘密の所也とおもふに付て、はたと前の能の心あひうちうせて、後の能心ざまに成かハる也。たとへば?真言の?護身法?九字などをきれば、いか成功徳ある事共理はさらにわきまへね共、印をむすび文をとなゆるやいなやに、其まゝ心清浄になりかハる。是も秘密のゆるしをうけ て、一大事ぞと思ふ故也。爰を以て、諸藝ともに習をうけたる者ハ、其心にかなふ事をしあつるといへ共、しんじつの理たしかならず。習をよく傳受せし藝は、ちと其身ぶきようにても、かんじんの所たしか也。可 秘々々。 一?面をかける類の能ハ、心をうつすたよりもあり。面をかけざるおとこ能ハ、一大事の似せ物也。貴賎上下に目の前に手本のある事なれば、尤是むつかしき儀也。まづ顔くせなく、身くせなく、 あしたかからず、扇などもかた手にてひらくべからず。よろづ略の儀をきらふ。略は不礼也。 不儀不礼なる事ハいづれの能にもいましむるといへ共、現在ハ猶以てきらふ。禮記にも、種々むりやうの礼をしるしおきて、万人のかゞみにせり。能ハもとより衆人のいましめ也。「教訓シテ 正フスルモ俗ヲ、非ザレバ礼ニ不備ヘ」〔訓点は底本による〕といへり。凡、俯仰之礼とて、顔のあをの くも不礼、又うつぶき過るも不礼なれば、只よきほどの位と知べし。悉くハしるしがたし。是にて萬事可レ察也。 一?ゑもん身をつくろふ事、一ツの仕舞也。むさとハつくろふべからず。かつふハ慮外也。然共、下手のうへにてハ、すましたる躰成がたきゆへに、ほされて手のおき所なし。よくたしなむべき者也。?ゑもんの仕舞と云ハ、たとへば?源氏供養に、「はづかしながらさりとては」と、長けんの右の袖をつくろひ、其かへるさに脇を見て、「仰をばいかでそむくべき」と云。是ハ舞所望 の事なれば、身をつくろふ事本意也。又?千壽に、「ミすのおひ風にほひくる」と、内の躰をうかゞひて、ゑもん身づくろひて、「花の都人に、はづかしながら見ミへん」と出てとゞする事也。此理を以て、外はたんれんすべし。 一?面をせハしくきるべからず。一ツきりて見すゆるハよし。或ハ?百万に「むらがらす」、?ゆやに「桜花ちるをおしまぬ人やある」と、面をつかひ、きりたるハよろし。ちらぬ花・すむ月などハ、うごかずすハりたる物なれば、うろ??と面きる事、あしし。或ハ?軒端梅などに、「池水にうつる月影」と謡、或ハ?芭蕉に「恥かしや帰るさの、道さやかにもてる月」などとうたふやうなる文句の月ハ、先影の月を見て、空なる月ハ見ずともほめたるは、せハしくもなく誠に面 白し。古文真宝にも「人影有テ池(地)ニ、仰テ見ルト明月ヲ」〔訓点は底本による〕々(云)々。又藤原清輔歌にも、 冬がれの森のくち葉の霜の上に/おちたる月の影のさやけさ とよまれたる心もあり。又?融などに「まゆずミの色に三ケ月の、影を船にもたとへたり」と謡、 ?田村に「桜の木間にもる月の、雪もふる夜あらし」と謡フハ、空の月を一目見て、下のけいをほめたるもよし。又?鵜飼に「思ひ出たり、月に成ぬるかなしさよ」と謡、?梅香枝に「月もなかばなり、?夜半樂をかなでん」などゝ云やうなる月の類は、空の月ばかりを見る。或ハ?鵺に 「ねはんにひかれて、真女の月の、夜じほにうかミつゝ」と謡、?軒端梅に「なを此寺にすむ月」 と云ハ、心の月なれば、見るべき道理なし。或ハ?紅葉狩にハ「月待ほどのうたたね」といへ共、是ハすこしの間ぞといハんため也。?三井寺にハ「よし花ももミぢも月も雪もふるさと」ゝいへ 共、花ももミぢも月もともに、いづれも見る道理なし。春も秋も冬もかハらず、常の我やどにおや子すミなば、いなかとてもすミよかるべしと思ひたる所也。惣じて、月のミにかぎるべからず。よろづかやうに、心入文句によりかハるなれば、心えのため書記ものなり。よく??儀理に心を付べし。 一?あて仕舞とて、能ごとに心えべき習あり。一句一文の道理をさしあて、それあれ是と、扇をさし、ゆびにてさす事ハ、?あてしまひにてなし。指南とて、じねんの道理は、常に人のくせとして、一歳二歳のちゑなき子も、こつぜんとゆびをさし、顔をむけるならひなれば、?あて仕舞とハ云がたし。只思ひ入のふかきとあさきとの舞やうの心もち也。たとへば?松風に「月の夜かげに見奉れば世をすて人」と脇を見るハ、?あて仕舞也。それより前に、客僧の「ひらに一夜とかさねて御申候へ」と云を、つく??とまもり居て、扨つれにむかひて「月の夜かげに見奉れば世をすて人」と云ハよし。其外なをふかき習の見やうあり。よく傳受すべき事也。或ハ?天皷に 「打ならす其聲の、ろすひの波ハたう??」と皷をうつは、?あて仕舞也。それより前に「おなじく打也天の皷」と打て、其あとにて、「打ならすその聲の」といわせたるこそよろし。或ハ?羽 衣に「あしたか山や、ふじの高根、かすかに成て」とそらを見上るハ、是?あて仕舞也。雲井に上る天人なれば、もちろんそらも見へけれ共、それより前にいく度もそらを見る仕舞あれば、此時ハけつく下を見る仕舞本意也。あしたか山もふじのたかねも打過上り、かすかに成たる儀理ふかし。或ハ?山姥に「ミねにかけり」と上を見て、「谷にひゞき」と下を見ルは、?あて仕舞也。 「今まで爰に、あるよと見えし」と脇の云分なる文句なれば、「ミねにかけり」と下を見をろし、 「谷にひゞき」と上を見る事よし。或ハ?軒端梅に「さきだつあとか、花のかげに」と引て花を 見るハ、太夫のしかた也。「やすらふと見えしまゝに」と云文句は脇の云分也。或ハ?天皷に「竜眼に御なミだを、うかべ給ふ」とハ、後漢のミかどのうわさ也。「ありがたき」と云所ハ太夫のしかた也。或ハ?善知鳥に、「まうじやハなく??見おくりて」となくハわろし。まなこに手をあてゝハ、さらに見おくる事成べからず。それより前に、客僧に立わかれ、僧のおくへ下る事をうらやミて一ツなき、「まうじやハなく??見おくりて」となきたる手をひく内に、はる??と見やるはよし。或ハ?鵺に「おそろしやすさましや」と面をきり入はわろし。脇の云分なるゆへに、我身のおそろしかるべき理なし。「いくえに」と見とめて、もちたるさほをすてゝ、「きくハぬえのこゑ、おそろしやすさましや」と、あとにていわせたるハ本意也。或ハ?當麻の中入には、おひの坂と云大事あり。「のぼりのぼる」と、つえとあしに習ありて、「雲に乗て」とつえをすつ る也。此つえをすつるにて、雲に乗たる理たつ也。右こうがくのためにあらまし書記ス。是にて外ハ可二分別一也。萬の能に中入によく心を付べし。きりの仕舞の入段ハ、一番の終りなれば、謡をのこす理ハなき也。扨入あしハ、左足を引、右足より入物也。是正面をうける理也。 右一言弟子不レ可レ令二相傳一者也 天文元壬暦 服部三郎 十一月吉日 元廣判 書判の上に朱印二ツあり (貼紙)「上巻終」 〔中巻〕 〔巻頭には書名も巻序もなく、末尾の貼紙に「中巻終」とある〕 夫能には、天地の間にありとあらゆる事をのせければ、物により事にしたがひて、太夫たらん者、其理をしらずと云がたき事おほかるべし。よくたしなむべきものなり。 一?畠山右衛門督義就公、音阿弥に向て宣けるハ、?仕舞ハかたち有て聲なきがごとし。?諷は聲のミ有てかたちなし。四大空にきすといへば、理にもとづけバかたちなしと見えたり。此理いかん、とのたまふ。音阿弥申けるハ、是ふかき御ふしん也。有無の二間は我等ごときのさとり申所にあらず。然共、黒白の二ツと申時、くろきを無にたとへ、白きを有にとり申。されば、しろきは諸色の根本とあり。是に依て、有無共に、能ハこと??くなきをあるに立る。然ば、先躰を定て諷にも作り候。易書に躰を以て用を作るがごとし。能にハ、男女の躰なきは只一番も候ハず。たとへば、其理にもとづくとさとる人間を初て、萬物ミな天地の間の空の物にて候へば、又もとづく時かたちなし。天と地とハ、目前に見えて是かたちあり。然ば、天地の間に生じたる空と 見えたり。凡日本記にも「天地未ダ剖レ、陰陽不ル分レ時、渾沌トシテ如シ鶏子ノ、溟滓而ニシテ含ト牙ヲ」 〔訓点は底本による〕々(云)々。是かたちより初りて、後に聲出来たるせうこ。其上能ハ、其ありさま をかたちにまぬる故を以て、貴賎得道の理はやし。人の佛をねがふを見るに、ほつしん佛ハ無色無形の物也とは申せ共、經せつばかりにてすゝめ給ハば、愚痴の者得道しがたし。さるに依て、ゑざう・もくざうを作り、是を拝せしむると見えたり。其上、見ると聞との二ツの理にハ、信ジテ 耳ヲ疑フ目ヲ者常ノ幣ツイヘ 也〔訓点は底本による〕と申。なに事もきゝぬる事はたがふ物にて候へば、目に見る事を本とせよと、古人のことばにも候と、返答申たりければ、義就公を初申、満座の人々、あゝ申たりとて感ぜられけるとかや。 一?其つてよりことおこりて、種々むりやうのせんさくしたまふに、音阿弥常に吟味して覚えおき たる事なれば、とゞこほる所なく悉く返答せり。後学のためなれば、則書記ス者也。又義就公のたまハく、?諷とハ言フ風なれば、げにもさぞあるらん。?笛ハ竹に由なれば、尤理也。?皷ハ革に攴なれば、是も断なり。?太皷と云も大つゞミと云も、同意なるやうなれ共、大文字に点を打て太皷の太とよませぬれば、たいこも亦撥を以て点をうつ心あれば、しうくに付ても是も面白し。扨?能とハ何事ぞ。此筆法ふしんとのたまふ。音阿弥云ク、?能とハ惣名にて、?能ハ善理也。?能之仕形と申時ハ、仕かたハへんにも人、作りにも士也。此かたちを仕るとかけり。故に、自然にちかき道理を以て、太夫を花のしんにたとへ、役者ハミな其下草也と答。 一?脇ハ諷のつかさ也。諷上座して、笛・小皷・大皷・太皷と、次第々々に下座になをるハ、是い かに。音阿弥申けるハ、自然にちかき理にて候。笛ハ口の役なれば諷の次になをり候。?小皷は肩の役なれば笛の次になをり、?大皷は膝の役なれば小皷の次になをり、?太皷ハ下におく故を 以て下座になをり申也。?諷は物のねをもからず、其身其まゝの聲の役なれば、尤上座仕と答。一?いづれが習にくろう有て、いづれが理ハふかゝらんぞや。音阿弥答申。藝ハ、へたにハ苦身なし。上手にハいづれにも苦身の功ありて、其理あさからずといへ共、太夫わざ、?諷の藝にハ、 又くらべてひとしからず。殿上の菅(管)絃などにハ、さこそふかき理も候べし。能にハ其道理なし。たとへば、?笛ハ五音の呂律を以て吉凶のかハりあれば、其相應をふくと申せ共、双調ハ春の調子にて、萬物の初なれば、祝言也とて、此調子を吉事にもつばら用れ共、双調計の音はいでず。五調子共にくわハりきこゆれば、只位計を申物也。?皷?太皷もかけ聲に、?哉阿??呼?叭阿 ?? ヱイ 呼の陰陽をわかつといへ共、物毎に阿呼生死之本末のなき物ハなし。陰陽に物をたとゆれば、はづるゝ事ハなく候。只太夫の仕形、?諷の音聲・ふしをうくる位をはやすまでにて、さしてふ かき理ハなく候。?謡は古しへの事をかたり、善悪・吉凶をわけて云。かなしミにハかなしミを付、よろこびにはよろこびをますふしをそへて、是をうたふ故に、其理深甚にて、ミな大人のいましめ也と答。 一?物にハ正躰あり。能ハ尤正躰あり。脇を初て?諷?笛?小皷?大皷?太皷などの正躰ハ、何と 心ゆるぞや。音阿弥が云ク、脇ハ二相をさとり、?謡ハ魂魄をしり、?笛は両音をきハめ、?大 ?小の皷?太皷ハ、立・聞のかんようとて、古しへより定りたる正躰のある事にて候。まづ、脇の二相と申ハ、一ツにハ、其人のきりやう・ことがらよきを云。二ツにハ、音聲のにほひ・色ありてよきを云。此二相をもちたる人ハ、おのづから脇も見事に諷もきゝよく、ほまれをとり申。此正躰のなき人は、脇かたハ無用に候。爰をわきまへ侍る所を、二相をさとるとハ申也。又?謡に魂魄を知と申ハ、?謡に二ツのたましひあり。魂ハことば也。魄はひやうし也。生れつきたることばよくして、文字・かな遣ひをよく習、あやまりなきを、魂と云。ことばいやしく、かいへいあしくハ、此藝ハ無用に候。扨いづれもと云ながら、?謡はことにひやうしあしくては、中々きかれぬ物にて候。?笛ハ、両音をきわめると申ハ、一ツにハ調子をきハめ、二ツにハねをよくふく。是?笛の正躰也。調子もしらず、ねもちいさく、息づかひかなハぬ人は、まづ此藝ハ無用也。?大?小の皷?太こは、たち・きゝのかんようとて、立とハかゝり・手つきさわやかに、じ んじやうなるを申也。きくとは□(虫損)の事也。たとひひやうしハうとく共、かゝり見事に、ねのよきを、上手藝とハ定也。ひやうしきゝ、てもよくなる共、よきねもなく、顔くせ・身くせ・手くせ・かけごゑたしなまざる藝ハ、正躰のなき藝と申也。 一?日吉又五郎来て父祐賢に云ク、今春新法にハ、太夫の仕舞、謡之文句、其外、脇・つれ・?笛 ?皷?太こ・狂言まで、悉クかへ侍り。古しへの例法ハぞんぜず。まづめづらしくて面白し。其上当分さしあたりて、げにもと思ふ事おほし。中にも殊に大きなる違ひは、?わき能などに太夫とつれと?立かハるやうすを見るに、つれ太夫のうしろを通時ハ、新法にハ前をとをれり。後の ?立かハりに、つれ太夫の前を通にハ、必太夫のうしろを通れり。是ハ太夫舞出たるあとにて、つれ通り侍れば、舞も舞よし。ざうさもなし。扨太夫座するにも、右の膝を立侍り。左りハ舞臺の上座なれば、左りの膝を折しくハ、礼法尤面白し。又?なく仕舞に、たとへば左りの手にてなく時ハ、まづ左りの目よりなミだをとめて、扨右の目へ手をやり侍り。是まづ手にちかき所をさきとするハ面白し。又?五段のまひを見るに、五度皷を打切也。五段といへば、此道理も尤きこへ侍る也。?当家にハ?四段打きり五段と定おかるゝ事、ふしん敷候也と云。祐賢聞て、新法の御へんも人数にて侍らば返答申まじけれ共、我家をしんじ給へば、つぶさに相傳申べし。あなかしこ人にかたり給ふべからず。世阿弥「行歩中リ二規矩ニ一うごけば必法度あり」〔訓点は底本による〕と、家の書に書おき侍り。誠にふかき習也。或ハ?立、或ハ?座、或ハ?臥、うごかざる間ハ、悉く?真言の秘密妙の印明のなりにて侍る也。?首を空大とし、?両の手を風大とし、?胸の間を火大とし、?腰の間を水大とし、?両足を地大とす。?左りを陽にして?右を陰に定む。此印明の折かゞめる所にあたりて、無盡無量のいハれある事也。太夫とつれとの?立かハり、そ れハミな不吉にて候。?翁より?脇能までハ祝言をむすぶ事なれば、誠にもつたいなき事共也。其上天陳・地陳・人陳をかねて、「一ビ左シ一ビ右シ一ビ向イ一ビ背ク、是則天陳之理」〔訓点は底本による〕、前後左右立居、ミな地陳之理、あまねく文句の仕舞、こと??く人陳也。されば太夫とつれと立かハる事、太夫を天にかたどりて、つれを六氣に表也。「天ハ左旋シ、六氣ハ右旋ス」〔訓点は底本による〕とて、まハりちがふ事の根本をあらハす。周易にハ「屓フテ陰ヲ而抱ク陽ヲ」〔訓点は底本による〕とあり。およそ礼法にも、「上ル者ハ自シ左リ、下ル者ハ自リス右」〔訓点は底本による〕と見えたり。禮記にも「容之自左 卿 ムカフ ト」〔訓点は底本による〕云々。然バ、つれハ立かハる時、太夫のうしろを通る事、本文にも相應也。又?左足を立て右足をしくハ、陽をあらハし陰を かくす印明のなりにて侍り。其上上座をあらためば、御陣右に立給へば、是以て礼にかなへり。扨太夫或ハあるき或ハうごく時ハ、事により物により、印明の道理もあり。諸礼・諸樂・文武之道、本意本文にあたる時もあり。是を以て行歩は規矩にあたり、うごく時ハ法度あり。此ゆへに、太夫わざハ、瑜伽三密之得儀也。?瑜伽とハ、境の相應、行の相應、果之相應、是也。?三密ハ、身と口と意との三ツの秘事を、我家にハおこなふ大事あり。たとひ理の面白ければとて、かたじけなくも長谷の觀音のをしへさせ給ふさだまりを、いかでか人智としてかゆる事有ベき。我ガ流にハさらにもちひ給ふべからず。佛ばつのおそれあり。扨?なくにたとへば、左りの手にて左りの 目よりなミだをのごへば、右よりの見物のものハ、なく也とハ見えがたし。只すこしうつむきて、はなをのごふとこそ見ゆれ。又?五段の舞の次第ハ、古来の例ある儀也。当家にハ、?折返して 右にもちたる扇をば、仕舞の紋にハ惣じて用ひず。然間、?五段の時も猶是を段に用ひず。子細ある事にて侍れば、至極之理ハかたりがたし。今春に、此扇を紋に用ひて?五段と号せば、?二段目過て折返したる扇を持て右へまハり、皷にむかひ、地がしらの前に扇とりほどく時ハ、何とていま一ツ打きらざるや。打きれば六段也。打きらざれば道理にくらし。?当家にハ、一毛のさきほどの事をも、理をすまさずと云事なし。?能を見たる上にてハ、又能に似たるなぐさミを作る人も候へかし。無空なる所をあミたてゝ、衆人の見てひが事なき様に、諸道のかゞみになる事を、世阿弥うたひ舞出したるハ、さらにぼんにんのわざにあらず。ミな觀音の御じげんなれば、甚理はかりがたしと語れり。 △序之足之秘傳 一?序のあしの根元ハ、ひがきの老女相傳として?蘭拍子より出たる也。笛ふき出し、小皷をはしらかす時あゆミ出し、?かしらうつ時其あしをふミすへて、?「は」と云かけ聲につれて又かたあしをすり出し、小皷?「ぷつ● ぽ」とうつ堺の間、朱の丸の所にて拍子一ツふミ、則其あしを小皷のはしらかすにつれて又すり出す也。是を?おとす拍子と号して、家の秘傳にて、弟子に 不二相傳一。必可秘々々。 一?舞に真行草あり。?序がゝりハ真にて、序のおろしに、能により?すゝむあし?しりぞくあしのかハりを舞て、扨左右に舞出して、爰にて一ツ位をとりて、物しづかに舞出る也。真の位なれば、角をとり、三角四面と舞べし。 一?破がゝりの舞ハ、行之位なれば、能により、?すゝむ足?しりぞく足はありて、扨左右計にてかゝる。或ハ、謡之儀理によつて、かた左右にてもかゝる。略之位なるによつて、角もなくまハる也。然間、?四段過て扇右にとりて後、正面へ出て、ひだりの角とり右へまハる。?序がゝりには又此角なし。?男舞ハ角とる事よし。 一?わき能?おとこ能などハ、大りやく破がゝりなれ共、?わき能ハ祝言、?おとこ能ハ仁儀もつぱらとするにより、角をとり、三角四面都合と舞也。物をりやくせまじき儀也。りやくハ慮外にて、殊に祝言にたゝぬ也。然ば、?破がゝりも行之位なれば、略のやうにおもふべし。先あしを ?すゝむあしにして?たつぱいの祝言あり。爰を以、行にても真也。扨?男舞にハ臥する事あり。一?舞の段のとり所、?樂も?神楽も?五段も同前也。舞出しハ、謡の内にまづ右ヘ一ツまハる。 定りは舞ハまハりて舞出す/はたらきかけり行がゝりなり 一?舞の内に扇つまむ事あり。能毎にある儀にあらず。是ハ古しへ?男舞、或ハ?しら拍子と云ひ し時に、装束にてそくたいたる時にハ、略なればつまむ事なし。白衣の時、一しほり舞ミだしたるけうにじやうじて、けいせいなど舞ける也。其例をとりて、遊女の能に、世阿弥、つまむ扇をせり。何にても、上に打かけて舞能にハ、つまむべからず。?遊女の舞に扇左りへとる事なしとハ、五段・三段の舞の内にとる扇の事にはあらず。五段・三段の舞の内ハ、舞ミだるゝとの道理を以て、古しへより左りへとる事を一しほりの賞翫にせり。くせ舞などの中の文句に、遊女ハ左りへとる仕舞なし。是ハ古へ?一さし?一かなでと所望せられたる時に、遊女の座敷などにて舞ける、其例の本意を以て、遊女の舞に扇左りへとらず。惣じて、古来のなき事ハ、?我家に用べからず。又五段の舞おさめハ、打上ると打上ざると、かハり有事也。 うち上る舞ハ左右にとむるなり/わかの出しはそのまゝとしれ 一?おもかへりハ、あとに心をのこし、身ハ順にまハるを以て、おもひかへす心なれば、?おもかへりと云事也。此ころより今春には?そりかへりと名をかへて、?ひしぐ扇と云也。いか成心にやある。 一?草の位は三段之舞也。?さしより前にある舞ハミな三段と心えべし。五段に舞と云事ハなし。其道理をいかにと云に、此舞古しへ?一かなで?一さしと舞し時より、謡之中、或ハ終に、一はやし此舞を舞けるゆへに、舞の中の舞なれば、則是を?舞と云。其昔?一さしと所望したるハ、 今のくせ舞のごとし。たとへば、?亀しほりとて、「ほうらいさんにハちとせふる、ばんせいちしうかさなれり、松のえだにハすくふ、岩ほの上にハ亀あそぶ」、爰にて三段の舞まふて、扨和歌を上ると云て、舞のこうしやは、それ??の一座の賞翫になる事を、とんさくのやうに謡出したり。いまだしよしんにてならふものハ、?「波風も、おさまれる代ハ久かたの、そらめづかひなし給ひそ」。此和歌すへながし。或ハ又「ちよにやちよをさゞれ石の、いハふ心は万歳楽」とうたひ、三段の舞まふて、「あづまぢの、ちゝぶの山の松の葉の、千代のかげそふ??」、是を ?みどりしほりと云て、此和歌もすへながし。かくのごとくの例なる故に、くせ舞よりまづさきに舞まふたる例はなし。されば世阿弥初て?能を作り出したりけるに、むかしの?しほりを其まゝおきて、前と後を作りたしたる能も、是おほくある也。或ハ?もミぢ狩ハ、?しほりはぎと云曲にて、?「さなきだに人心」と謡出し、其後「人の心ハしら雲の、立わづらへる心かな、??」とうたふて、三段の舞まふて和歌あり。或ハ?自然居士のくせ舞ハ?船出の和歌と云。?花月の曲舞ハ?千壽の和歌と云。?吉野静の曲舞ハ?しづかしほりと云。其外、書しるすに不レ及也。かくのごとくの例有を以て、今の能にさしより前に舞まふハ略之儀なれば、そと?色える計也。もし舞にする能ハ三段と定る也。 一?今の五段の舞と云も、古しへの?三段の舞に、世阿弥折返したる扇を舞そへ、序共に?五段と 号る事也。此故に?三段の舞ハ折返したる扇はなし。されば、?五段ハ真、?三段ハ草といへ共、 ?三段より?五段出たり。東坡文集に「真ハ生ジ行ヨリ、行ハ生ズ草ヨリ」〔訓点は底本による〕とあれば、本文にかなひたる世阿弥が心中ありがたし。 一?わき能?男能の外の破がゝりの舞に、初段のまハりにすミなき故に、?三段の舞ハ草なれば、是もすミなき定りと心えべし。 一?破之舞ハ、草之略なれば、?三段の舞を又略したる道理也。然により、順に一ぺんまハり、逆に一ぺんまハりおさむるまでの事也。 一?色えハ古しへより有事也。すミもなく只一ぺん順にまハり、左右してとむるまで也。謡の愛(間)にかりそめにそと色えるまでの本意にて、念を入る事なし。此道理なる故に、?三段の舞の代に略して?色える事ハあり。?色えの所を?三段の舞にする例ハなし。 一?かけりと云と?はたらきと云と、かハる所ハ少也。?臥する仕舞をはたらき〈と〉云。?不レ 臥をかけりと名付。?働ハ鬼の類にあり。たとひ笛ハ翔をふく共、太夫ハ鬼ならば働にまふべし。角もとり、謡之文句相應にはたらくべし。まハりハ不レ定、くるしからず。されば説文曰ク、「行 住座臥之四威儀」ト云々。行も帰るも座るも臥するも、ミな悉く儀の理有て、?時に相應?物に相應?人に相應をすると見えたり。不レ定事本意なれば、左右に留る事必あしし。 はたらきはよの常人のことばにも/立居しげきをはたらくといふ 一?かけりハ多分?しゆらの類ひ、?狂女の能によく有也。すミとり一ぺん順にまハり、又逆に一返しまハり、あし拍子ふむもあり。其まゝふまずまふもあり。其能の位によるべし。臥する事も左右もなし。其まゝ廻とめて、うたふ文句をあひしらふ迄の事也。たとへば柏崎・三井寺に ?「子の行末をもしらいとの、ミだれ心やくるふらん」と云てくるひ出るをはやすハ?かけり也。或ハ忠則に?「木の下かげを宿とせば」と云、又ハ八嶋に?「やさけびのおとしんどうせり」と 云てはやし出るハ、ミな?かけり也。たとへば是界に、?初ハ翔リ、後ハ?働と知べし。?初ハ 雲に乗じ居て、僧上(正)のすきまをねらひ、けころさんとのおもひ入也。?後ハ又法力に身をふせられて、明王のせめをうくる仕舞なれば、是?働也。但初ハゆふに見えて物づよし。後ハあらきやうにて物よハし。かやうの心もちを以て萬事可二分別一者也。 かけりとは物を略するあひしらひ/もんくにあふハ猶よしとする 右當家為二極意一堅可レ秘者也 天文元壬暦 服部三郎 十一月吉日 元廣判 書判之上に朱印二ツあり (貼紙)「中巻終」 〔下巻〕 〔巻頭には書名も巻序もなく、奥書末の貼紙に「下巻終」とある〕 夫能は歳相應あり。?十五・六さい、或ハそれよりいまだいとけなき人は、何の苦身もなく、只 うつくしくさハやかに舞なして、手の高き事よし。文句に心付過て、しほらしくかしこき舞ハ、見るめはづかしき物也。?十七・八のとしまでハ、ふり袖なれば、面もかけず、聲もかハり、身なりもつきなくなる物なれば、只をし立の位ばかりにて、こまかなる仕舞ハあしし。能のかつかうに事過て思ひ入ふかく、扇のしなよくして、功の入たる人は、へた也。面をかけ、袖をもふさぎ、?廿時分より?廿四・五までにハ、聲も定り身なりもなをりて、五常をもわきまへる人の、文句・さはうもかんがへず、?十躰をもしらずして、大手をひろげはしりまハるハ、あらき能には見ゆれ。大きなる共、さハやか成共、たつしやなり共云がたし。只不調法なる仕手と云。?三十四・五の歳に至りては、大事の心えあり。此時分に上手といわれざれば、一代へたと心えべし。但又、身もかなひ、秘事も大事も傳受して、心ひろく、たけたるまゝに、至過たる身しほをして、狂言になる物也。「大過不及」とハ是成べし。?四十四・五の歳よりハ、心は至り、仕形は甲斐 なくなる物にるて有間、わかき内に情を入べし。 一?文句・さはうなればとて、せハしく心を付べからず。儀理ふかくふくミおさめ、ちうでうの功をかくし、くわう大なる気をのむで、不退不働に心をおちつけ、一句一文を一ツ二ツかんがへとりて、其仕舞を殊に面白く舞なして、扨あとゆふに、けしき心ひろくしまふ事かんよう也。「一 静可シ以テ制 百動ヲ」〔訓点は底本による〕との理は是也。 一?東坡文集ニ曰ク、「真ハ如シ立ガ、行ハ如シ行ガ、草ハ如シ走ルガ、未 有 未シテ能立能行 而能走ルモノハ也」 〔訓点は底本による〕。されば、真の定りたるおしたての位もあしく、大圖の能もいたらずして、我藝のほどをもわきまへず、めづら敷舞なさんとこびたる仕舞ハ、かたはらいたし。目つき・顔つき・扇さきにて種々の功を入たるも、手くゞつふうとて嫌也。 一?かんじんなる文句と云ハ、髄脳記下巻に見えたる?躰?用之習とあるハ、文句の内の?躰?用也。爰に又しるす所ハ、能一番の?躰?用也。たとへば、千壽の謡をこまかによくかんがへ見べし。重衡と問答の所までハことなる事なし。?「おもへたゞ、世はうつせミのから衣」と、同音になるよりも、悉く重衡のうき身の上の事を云て、千壽がうわさ少もなし。それより奥、?くりになり、?さしに成、?曲舞のはつるまでも、ミな重衡のありさま也。きりに成て、?「あさまにや成なん、??と、しゆゑんをやめ給ふ、御心の内ぞいたハしき」と云所より、やう??所々に千壽が云分あり。此故に、爰よりも?男博士?女博士の習ある也。扨千壽一番のかんじんの ?躰ハ、?「くも手に物を思へとハ、かけぬ情の中々に、なるるや恨なるらん」と、重衡を見て思ひ入、なく仕舞、この能の根本也。重衡に頼朝より千壽の前をつけられて、御かいしやくに参りけれ共、露のさゝめごともなく、かけぬ契りに世をすてゝ、?あまになりたる千壽なれば、ためしすくなき次第とて、此能ハ作れり。かくのごとく、其能の根本をよく分別して、謡之文句のかんじんをよくたゞす物也。?皷にもかんじんあり。たとへば宇治頼政に、?「白波に、さつ??と打入て、うきぬしづミぬ渡しけり」とうたふ所ハ、もミたてゝはやし、?「忠綱つハものを下知していハく」と云所を、かけ聲をやめてひかへ、しめて打也。或ハ角田川に?「今一聲こそきかまほしけれ」と云あたりをせりかけてはやし、子の念佛を母きく所を、かけ聲をやめてひかへ、しめてうつ。其外、詩を吟じ、歌を吟じ、きく類の文句に、ミな心を付る。詩歌を一番の賞翫に立て作りたる能おほし。よく吟味すべきものなり。 一?当座の花?つゐの花とて、是両共に上手藝の内に二とをり有事也。?当座の花とハ、きれひさわやかに、物たつしやに、大きなる藝也。されば、此藝ハ見ものなれば、古来の例もさはうもいらず、まづおし立の藝ぶりよくて、笛・皷ハなるこそよけれ。太夫わざハ、聲よく、身しほありて、扇のしなのしほらしきこそ面白けれ。 としをへておなじ木ずえに匂へ共/花こそ人にあかれざりけれ と云歌の心もあれば、尤是も上手也。又?つゐの花と云藝ハ、ちとそれよりも見所なくて、笛・皷ハねもちいさく、太夫ハ小舞に、聲もほそく、かひ??敷もあらざれ共、さはうただしき藝を云。されば能ハ、古しへのありつる人のまねなれば、しな過ては人に似ず。はやし物も、かしまし過てあやあひミだれて、かんもなし。理にそむけば、あハれなる事もさらにあハれとおもハれず。只古しへの其人を今見るやうに見ゆるこそ、其しな??のおもひやられて、かんるひはもよほすなれ。?つゐの花とハ月を云なり。 尋来て花にくらせる木の間より/まつとしもなき山のはの月 されば時を得、にほやかにさき出せる花を見ては、面白きと心さんじて、たとへむかたはなき物なれ共、花は七ケ日をへて色もなくしぼミはてゝ、次第に浅ましくちりうせる物也。月ハ常住の物なれば、さしてめづらしからざれ共、つくる事なく世界をてらして、其徳無量無盡也。まづ六気は花の父母と云へり。春ハ夜の長閑なるに付て、かすめる月も面白し。夏ハ涼しく夕ばへなる山より出る月を見ては、昼のあつさをわするゝ心ちし、秋ハもミぢに光りを添て、かたぶく月もあハれ也。冬はくまなきそらにすむ、さよふけがたの月を見ては、物すごく心すミて、又是もゑならず。 一?当家の弥次郎長頼が云ク、としよりたる太夫にハ、よしあしなる事あり。此ほど細川高國殿に て、圓満井八郎?鵜飼をしけるに、六十ゆうよの者なれば、謡のこわいろ面に似合て、?「けふ こうの事をこそ心え候べけれ」とおがミたる手つき、ゆびかさならず、少内へかゞみたれば、まことにいやしくとしよりて見え、其手をそのまゝ目にあてゝ、?「さけべど聲の出ばこそ」となきたるふぜい、扨も出来たり。其あとに?夕顔しけり。まく上て出ざまに、上を一目、下を一目、又左右を一目見て、橋がゝりをねり出たり。扨、?「山のはに、心もしらで」と謡けるに、聲面にさうおうせず、うなりたるしハがれ声にて、しかも大音にうたひければ、扨も古しへの源氏ハいか成ものずきにてあのやうなる物ごしにまよひうかれ給ふぞやと、おそろしくこそ思ひ侍れ。其後曲舞になり、?「いかにせんとか思ひがハ」となきたる手つき、しわよりて、ゆびのまたあひひらきつゝ、内へ少かゞみたるを、うつくしき小面の目にをしあてゝなきければ、あひらしげもいつかうせて、きたなくこそ見え侍りし、とかたる。?惣じて、女・男によらず、なくゆびは、 ?上らうハゆびをそらせてならべそろへ、ゆびさき計を目にあてゝなく事、是習也。?下らうハ ゆびをそらせず、ならべず、ゆびさき目より上へあげて、ゆびのねもとにてなく物也。?老人は、なくにもおがむにも、ゆび少かゞめたるがよし。然共、ゆびさきは目にあつる時、?上らうハゆびさき、?下らうハゆびのもと也。?おがむ手も、?上らうハそろへ、?下らうハまたひろし。扨まくぎわにて面をきる事ハ、女能にハさらになき事也。およそ女人は人目をはぢて色ふかき事 を表とせり。禮記にも「女子ハ出ルトキハ門ヲ必ズ擁ヘ蔽スト其ノ面ヲ」〔訓点は底本による〕と云へり。よく??十二段のまくを可二傳受一也。 一?おがむに習しな??あり。?女能、或?老人の、白衣・水衣などの出立は、手をむねぎわによせ、物ちいさくおがむ也。但上に何にても打かけたる装束の時ハ、ひぢをさげて手さきハよきころにさしのぶる也。?おと(おとこ?)のたぐひの能ハ、ひぢすこし上、手さきはよき位にのぶる。只常の我人おがむ手もとに少たかき物也。?鬼能?しゆらの能の類は、ひぢいからかし、手さきもかつこうよくさしのぶる事よし。?いのりわきには、珠数のすりやうあり。?手を両共にならべて合もミするハ、蓮華合掌とて後世をねがふいのり也。?十のゆびを打ちかへてもミするハ、釈迦合掌とて、空なる所を、ミづから中道実相之さとりをひらき、とくだうしたる祈也。又?現世をいのり、神をおがミ、或ハ生れう・死れうを祈ハ、手を十文字に打ちがへていのる事、顕密之法の秘傳也。ふかき傳受も有事なれ共、およそハ?叶と云文字の道理也。故にくわんねんにハ、祝言不吉の秘事有て、是を口にとなへ、手を以て十文字をすれば、則かなふと云理あり。猶よく可二傳受一者也。 一?扇をひらき酌などに立よるにハ、?男ハ扇をひらき、其まゝ持て一ツくミて立よる物也。?女ハ扇をひらき、かな目をよこにして、上ぼねをゆび三ツにてつまミ立よる事、習也。 一?曲舞のかゝりに三ツあをぐ扇あり。是は、いさミたる道理をするなれば、かなしき文句にハあ ほがず。?しゆらハぐんばいの心なり。?鬼ハつよミの理也。故にミなあほぐべし。?狂女の類は一圓あほがず。問答之内も脇にあひしらひなし。只一ツニツ計かんじんの文句にあひしらふ也。 一?きりの入に、?わき能?鬼むき?しゆらむき?ひた面のおとこ能、或ハ?かりぎぬきたる能などにハ、あほぎ遣ふ扇にて入也。?長けんにても?まひぎぬにてもきたる能にハ、男女共に扇をおり返し、舞とめ入。或ハ?水衣、或ハ?白衣の能などにハ折返さず。よく可二吟味一者也。 △神樂之事 一?夫神楽ハ、天照大神天の岩戸にとぢこもらせ給ひ、世界とこやミの夜に成し時、八百万の神たち、岩戸の前にて神歌を初てうたひ舞給ひしより、?神楽とハ申とかや。?五へいも則此時より初り、竹の長さ五尺にて、紙ハ七五三と切也。右之道理あるによつて、?神楽ある能にへいをもたずと云事ハなし。吉田之神主・伊勢之長官・出雲之国祖、右三人に神道之習つぶさに傳受せしに、?神楽のへい、舞かゝる時に、あほぐ事も、ふる事も、たつぱいにする事も、不吉なればさらにせまじき也。紙のかたを左りになし、両の手にてもてる計にて、爰に?しやくながしと云習あり。扨段之内にへいぐしを折返す事も、左りへとり渡して、へいぐしよこにもつ事も、さらに神道にハ無事也。或ハ左りにたてにもち、或ハかたげる事ハあり。よこになすハミな不吉也。此 道理あるにより、?序ハあしにて合、?二段めハ常のごとくかざし、?三段めハかたげ、其後す てて舞にする也。神事・法事・諸祝言には、?神道の?かぐらと云事あり。又?しらばやしと云事もあり。其時、?序ハ常のごとし。?二段にかざし、?三段にかたげ、爰にて?三面の習あり。太こに?三ツがしらを打也。?四段ハ?祭礼の事あり。つぶさには書しるしがたし。?すり拍子と云事をふむ所あり。太こ・皷にも、?そゝり拍子と云事を打也。惣じて三輪の?「八百万の神たち、岩との前にて是をなげき」と謡時に、膝を立るハあしし。へたととゞして、両の足のうらを合、ろくに居事習也。古しへの?神楽にハ、?みこの舞とて、?神楽に似たる事をふけり。世阿弥より此かた今のかぐらの笛になれり。此故に、?神道ある時ハ、?すり拍子の間をば、?みこの舞の手を吹て、?どひやうしを入る也。?神樂ハ、不レ相ハ不レ違ハ乗リ不レ乗〔訓点は底本に よる〕、程之拍子と号也。 一?八乙女の舞けるに、まさきのかづらとて、山かづらを以てひたいをゆふて舞ける也。これ神事 まさきのかづらは 長クあてたる物とぞ。 わぎもこがはなしの山の山人と/人も見るべく山かづらせよ と、もしほ草に見えたり。「わぎもこが」とハ、女の事なるべし。此道理有によりて、今の女能 にハ?かづらおびをかくる。一ツハおゝひかづらのかミみミ(だ)れまじきとの徳也。?神楽ハ舞の初 りにて、今の能も出来ぬれば、其初をただす所。尤?かづら帯をかけるハ、是能の根本なり。よく?神楽を可二傳受一者也。 △鞨皷之事 一?かつこの打やう、さのミ定りハあらね共、?初段順にまハる時、かたばち計にて打てまハり、 皷の前へかへる時に、両ばちにて打て、又?二段に逆にまハる時も、かたばち計にて打てまハり、皷の前へかへる時に、両ばちにて打て行。?三段真中へ打て出る時に、両ばちにて打事よし。おなじやうにせまじきとの理也。次に打てならしやうハ、いかやうにてもくるしからず。合事をよきとす。足拍子も、かつこにかぎらず。?蘭拍子の外ハ定りなし。何とふミても不レ苦。謡の文句、笛・皷・太こに相應するをよろしとせり。はやし物にちがふもあしし。きたなくあたり合もあしし。数のおほきもかしましし。おとの高きも猶いやしし。世阿弥此位を歌に、 あし拍子ちがハずあハずのりのらず/句あひをふんであたらぬぞよき ?かつこ八桴と云時ハ、打手を八もんじにかまへて打事成べしとのせつあり。必其理にあらず。只おほくうつと云所を、やつとハ云儀也。?八重むぐらと云、?八橋といへ共、はしを八ツかけたるとおもふハあしし。おほき所を云とかや。 一?おなじかつこの打やうにも、?難波?梅香枝・冨士太皷、かやうの類ハ習あり。 ●右 ●右 ●右 梅がえだにこそ鴬ハすほくへ風ふかばいかにせん花にやどるうぐひす ●左 ●左 ●左 ●左 如レ此に打事也。伶人之舞の太こ、如此之拍子にて、此ばちの間々に、三ツづゝうつ心拍子あり。 其拍子をでうぎにして、?樂に打合也。?かつこにかぎらず、萬うつ物、萬の仕舞にも、其ミち??の人にとふべし。 一?よろづ作り物をおく事ハ、定たしかならねば、おしゆるにも習にもたよりなき故を以て、たと へば、松風の車、猩々の壷、三井寺のしゆろうなどハ、見付のはしらより二尺五寸間をへだてゝ、すミかけておく物也と、弟子にはおしゆれ共、貴人御見物の御かたにより、仕舞の分別かハる事なれば、仕舞をすべき様子によりて、おき所いづくにても少もくるしからぬ也。?船も、?出船 ?入船と云て、脇の座所を陸にとり、?わき正面の方を海・河に定む。然間、?船のへの右へよるハ出船也。?左へよるハ入船也。其外おき所ハ定りなし。 △樂之事 一?がくにハ序の有と序のなきとあり。?序あるにハあひしらひあり。?序のなきには、たつぱいにてかゝる。乗ル位にて三角四面を本意とせり。あとの拍子にて乗舞事、古しへの例也。笛・皷にあたる拍子をきらふ。笛のりよの時ふミ乗て、かんの時は舞行也。 一?はや笛にハ定りなし。能之位・謡之位に相應なるをよろしとす。 一?相應にさま??あり。?皷の破にて太この急あり。?謡之序にて皷の破もあり。?序にてうたひ、皷・太この急にはやす事もあり。?破にて謡て急へ渡す位もあり。?謡は急、?皷ハ破にて行能も是おほし。是を??悶蘭拍子と号す。一往におもふべからず。 一?順は逆也、逆ハ順也とて、常之法ハ右へまハるを順とし、左りへまハるを逆と云。能にハ是を引かへて、左りへまハるを順とし、右へまハるを逆とす。此順逆より能はじまる也。よく口傳を受べし。 一?さゆうとハひだり右なれば、則左右と書也。?たいはいとは、ひだり・右、前・うしろとあゆむを以て、對徘と書て、つがひたゝずむとの理也。又?たつぱいとハ、達拝と書て、おがミたつすると云文字を表す。 扇之名所 @かな目より さきはづれをかうがいと云。 Aほねぎハより一寸計の間 を紙の中をこひさきと云也。 K?紙ひらきて中の 間を月しろと云也。 L?上のゐのめのとをり紙の内を風あひと云。 N紙の上のはづれをつまと云也。 B則かなめと云。 Cかなめぎハ一寸ばかりの間を車がたと云也。 D紙ぎハの前をしぼりと云。 E紙のはづれの間ハミなこひと云也。 F下のゐのめ I△地 G中のゐのめの所をふくらと云也。 J△人 Hかミのゐのめ M△天 O紙の折めのうね??を山がたと云也。 一?此舞扇の名所ハあり共、常にさたすべからず。家の極位のこらず傳受して、其上にての能のゆるしに、ひそかに是を傳べき物也。 一?左右とハさつ??にて、極樂の樂の字也。されば樂の字の筆法は、中にまふすと云字ありて、 次に左りへ筆をたてゝ引、扨右へ筆を立て引、ひら木にてかきとゞむれば、一人の中に引筆あり、下・上に通ずる字なれば、上之筆法ハ両の手にて、ひら木ハあしと知べし。猶口傳。 右之條々ハ、近年今春於新流ヲ立テ、背キ我ガ家ヲ、依テ有ルニ非道之仕舞 、則末世ニ當家ノ爲ニ明鑑之 、 悉ク古来之理例ヲ集而、上中下三巻ニ記シ之ヲ畢ンヌ。永代観世家ノ極位ト号シ、孫子一子之外聊カ不ル可 令二相傳一者也〔訓点は底本による〕。天文元壬暦 十一月吉日 服部三郎 元廣判 書判の上に朱印二ツあり (貼紙)「下巻終」