能楽セミナー「能楽の現在と未来」
セミナーの内容を、能楽研究叢書5『能楽の現在と未来』(山中玲子編)にまとめました。こちらから→ PDF(法政大学学術機関リポジトリ)
■第1日/ 10月19日(日)「現代に生きる能楽―さまざまな「現場」から」
11:00~11:30【趣旨説明】「能楽の現在と未来―いま考えてみたいこと」山中玲子(能楽研究所所長)
11:30~12:30【インタビュー】「守っていくもの変わっていくもの―現代における能の輪郭」観世喜正(能楽師観世流シテ方)
13:45~14:30【報告】「世界の能を目指す―宇髙通成とINI国際能楽研究会」ディエゴ=ペレッキア(立命館大学アート・リサーチセンター客員研究員)
14:35~15:35【インタビュー】「能楽の可能性と普及―今なにをすべきか」野村万蔵(能楽師和泉流狂言方)
15:45~17:30【全体討議】コメンテイター:小田幸子(能狂言研究家・明治学院大学非常勤講師)・竹内晶子(法政大学教授)
登壇者:ディエゴ=ペレッキア・野村万蔵・山中玲子・宮本圭造(司会能楽研究所教授)
■第 2日/ 10月 26日(日)シンポジウム「能のエッセンス・能のかたち」
13:00~14:30【報告1】「どこまでが能だったのか?―歴史的に見た能の輪郭」横山太郎(跡見学園女子大学准教授)
【報告2】「学生が作る新作能―演劇学の授業に能をどう組み込むか」竹内晶子
14:40~16:20【報告3】「現代演劇と能」小田幸子
【報告4】「「現代能楽集」の作業―錬肉工房の挑戦」岡本章(演出家・明治学院大学教授)
16:30~18:00 【全体討議】コメンテイター:観世喜正・清水寛二(能楽師観世流シテ方)
登壇者:横山太郎・竹内晶子・小田幸子・岡本章・山中玲子(司会)
■第 3日/ 11月 10日(月)「能楽と西洋音楽」
18:30~19:30【講演】「能楽から新しいオペラへ」細川俊夫(作曲家)
19:40~20:30【鼎談】細川俊夫・青木涼子(能×現代音楽アーティスト)・宮本圭造(司会)
初日に山中氏がセミナー全体の趣旨説明をおこないました。現在、伝統的・本格的な能楽は盛んに上演され、芸術的にも高く評価されています。その一方で、新作能や他ジャンルの芸術とのコラボレーション作品のように、伝統的な能楽の外側に広がっていく活動も盛んにおこなわれています。これら外へ広がる芸術活動の中に、これこそが「能的なるもの」と言える何かはあるのでしょうか。本セミナーの目的は、新しい試みが伝統的な能とどのように関わり合い、評価されているのか、様々な立場から考えていくことにあります。
第一日は、演者の立場から「現場」の状況と問題点を考えるプログラム。観世氏は、開始・終了時間の変更など、現代社会に則した公演形態の変化が求められている現状を説明されました。能楽師個人によるマネジメントの問題と限界をも指摘。二つめのインタビューは野村氏。タレントの南原清隆氏らとおこなっている「現代狂言」について、古典の狂言と現代のお笑いが同じ舞台にあがることは相互の刺激になっていると述べられました。その活動の目的を、古典が動脈硬化を起こさないようにするためでもあるとも。以上の実演者へのインタビューの間に、ペレッキア氏の報告がありました。ペレッキア氏は、金剛流宇高通成氏による外国人能楽師育成活動を、自ら能を学んだ経験を踏まえて解説。外国人による、本格的な能の上演の可能性を能楽界に問う報告でした。
二日目のシンポジウムでは、様々な立場からの報告を通して、新しい試みの中に共通する「能的なるもの」をさぐります。横山氏は能の歴史的事項の変遷をわかりやすく解説。台本・舞台・装束・演出といった要素は、世阿弥時代から現代に至るまでに変遷があり、それゆえ能の「輪郭」(伝統的な能と「能のようなもの」との境)は、時代によってゆらぎがあることを指摘しました。竹内氏は、演劇学専攻の学生が実際に新作能を作る授業を紹介。西洋演劇と対比することで見えてくる能の特徴を理解したうえで、新作に取り組むという授業の進め方を提示。能の特徴が演劇の固定概念を覆すものであることを、学生が制作を通して自覚したとの指摘もありました。小田氏の報告は、近年の小劇場を中心に活躍する作家・演出家の作品について。前川知大氏や岡田利規氏の作品は単なる能の物語の翻案ではなく、鎮魂という能に繋がるテーマ設定や、語り手の客観と主観が次第に入り混じっていくようなセリフまわしといった能の手法と結びつく点があると説明されました。岡本氏は自らが主宰する錬肉工房のこれまでの上演(『ハムレットマシーン』『始皇帝』など)を映像とともに紹介し、能楽師と様々なジャンルの表現者との共同作業の必要性を説かれました。全体討議では、能楽師の観世氏・清水氏よりコメント。清水氏は観世寿夫の能の技法(身体・声)の中身を問い続けることの重要性を指摘。岡本氏作品への出演や実験的な試みにも積極的に参加している清水氏は、これらの上演に臨んでは、常に何が能なのか考えているとも。観世氏は新しい試みについての問題点を指摘しました。能楽師の立場によって意欲に相違があり、時に新作が最初の話題性だけにとどまってしまうことや、再演し続けることの難しさを語られました。伝統的な能の質と新しい試みのバランスの必要性についてもコメントがありました。
三日目は、能が他ジャンルの芸術において、どのような可能性を秘めているのか、西洋音楽の視点から考える企画。第一部は細川氏の講演。自身の作曲したオペラを映像で紹介しながら、消えていくからこそ美しいはずの「音」にこだわりたいとの姿勢を示し、能に対する思いを話されました。第二部では細川氏と能×現代音楽アーティストの青木氏、宮本氏の鼎談。細川氏は、自分の音楽では、音のないところに音を作ること(間)や、一瞬で消えてしまう音でもその一音に意味があることが大事であると語られました。青木氏は細川氏の作品から受けた刺激や、能の謡と響き合うような音楽への抱負などをコメント。三日間で、のべ 250名の参加。