法政大学能楽セミナー「近代日本と能楽」
2013年度第17回法政大学能楽セミナーを以下のとおり開催しました。
前近代の文化の象徴である能楽は、近代日本の中でどう位置づけられていたのでしょうか。岩倉具視による能楽再発見、新たなパトロンとしての財閥、能楽における大正デモクラシー、戦時下の能の統制、植民地社会における能の受容、軍国主義に基づく時局能の新作上演など、様々なテーマから近代の能楽史を総合的に見直す企画として、「近代日本と能楽」と題するセミナーを開催しました。特別講演には江戸文化の研究で著名な田中優子氏、各回講師には近代能楽史研究の題一線で活躍する気鋭の研究者をお招きしました。
なお、このセミナーは、従来ほとんど研究に用いられることのなかった法政大学鴻山文庫蔵の近代能楽資料の整理・調査から始まった企画であり、毎回、会場前の展示ケースで当日のテーマに関連する資料展示をおこないました。
展示解説は宮本圭造が執筆しました(内容はこちらから)
当日の基調講演・登壇者の論文・特別寄稿論文を所収した能楽研究叢書6『近代日本と能楽』宮本圭造編を刊行しました。
プログラム
会場:法政大学ボアソナードタワー・スカイホール
各日:午後6時~8時
特別講演10月21日(月) | 「伝統はいかにして生き残ったか」 田中優子(法政大学社会学部教授) |
第一回11月7日(木) | 「能舞台に見る明治の能楽―“芝能楽堂”を中心に―」 三浦裕子(武蔵野大学客員教授) |
第二回11月11日(月) | 「大正期の能楽―「民衆化」のゆくえ―」 横山太郎(跡見学園女子大学准教授) |
第三回11月14日(木) | 「メディアと能楽―レコード・ラジオ・トーキー―」 佐藤和道(名古屋中学校・高等学校教諭) |
第四回11月18日(月) | 「「満州」における能楽―植民地での演能活動―」 中嶋謙昌(灘高等学校教諭) |
第五回11月25日(月) | 「能と軍国主義―戦時統制下の能楽―」 宮本圭造(法政大学能楽研究所教授) |
田中氏は、能や人形浄瑠璃、歌舞伎の明治時代初めの状況を解説され、地方に残る芸能・民俗の例もあげて、人々の思いが伝統を残すことにつながったと論じられました。伝統の創造の主体は国家ではなく「個人」であること、「正しさ・権威」を強調することによって、逆に伝統は消えることもあると指摘され、以降の各回講演の導入となり、伝統とはなにか、共通理解を得ることができた特別講演でした。
第一回の三浦氏は、“芝能楽堂”の歴史的意義を考察。能楽社の世話人として実質的な運営をしていた久米邦武の著述や資料等を通して、芝能楽堂が経済的困難に陥っていったことを明らかにし、その理由を、明治維新以後盛り返しつつあった能楽界の状況、個人または流儀ごとの能楽堂の建設等にあったと述べられました。
第二回の横山氏は、「民衆化」をキーワードに1910~20年代の能楽界の問題を解説されました。上演時間の短縮、舞の改善等の能楽改良論に対して、これらとは逆に「伝統」を維持しようとする論も同時に生まれたものの、「伝統」の概念が未だ確立しておらず、よって「能らしさとはなにか」という議論が進展した時代であったとの講演でした。
第三回の佐藤氏は、レコード・ラジオ放送が、各地に増加しつつあった素人弟子の稽古用として活用された状況や、名人の舞台を全国に紹介する等の役目を担った様子を詳細に考察され、一方で、それらが謡や芸の均質化をもたらした可能性を指摘されました。
第四回の中嶋氏は、日本の植民地下に置かれた旧満州の日本人社会における能楽の受容を取り上げ、大連に能楽が定着した経緯、指導者や能道具の不足のために当地で採用されていた「素能」という特殊演能形式、大連の能楽界を支えた人々の活動などについて、詳細に紹介されました。
第五回の宮本氏は、〈蝉丸・大原御幸〉の上演自粛、〈忠霊〉〈皇軍艦〉の新作上演、各流儀の報国隊による演能の動向を解説し、戦時下で能の催しの是非が問われていたこと、阪神能楽組合の急告声明に見えるように、能は「建実なる国民慰楽として人心の安定上最も必要事」と能楽界が主張していたことを指摘されました。
どの講演も豊富な資料が提示され、質疑応答も活発におこなわれました。参加者計324人でした。