シンポジウム「生誕130年 野上豊一郎の能楽研究を検証する」
法政大学総長であった野上豊一郎は夏目漱石に師事する一方、英米文学をはじめ世界各国の文学作品の研究をおこなったことで知られます。若いときから能楽を愛好し、その研究や普及に大きな功績を残しました。
2013年は野上豊一郎生誕130年にあたります。1952年に野上の功績を記念して設立された能楽研究所では、能の作品を〈パフォーミングアーツ〉として捉えようとする野上の研究を検証し、その現代的意義を考える講演会とシンポジウムを開催しました。
シンポジウムのもようは、能楽研究叢書4 『野上豊一郎の能楽研究』(伊海孝充編) に収録されています。
|
プログラム
会場:法政大学ボアソナードタワー・スカイホール
日程:10月7日(月)
Ⅰ講演「能楽研究の開拓者 野上豊一郎」西野春雄(法政大学名誉教授)
Ⅱシンポジウム「シテ一人主義」再考
①報告「野上豊一郎の「戯曲的分析」の方法」伊海孝充(法政大学文学部准教授)
②報告「ワキの役割―見物人代表説の展開と継承」小田幸子(明治学院大学非常勤講師)
西野氏は、野上の生涯を追いつつ、昭和2年の岩波文庫『花伝書』、三部作『能 研究と発見』『能の再生』『能の幽玄と花』、英文の能入門書等の著作を紹介されました。妻弥生子の日記・随筆等も資料にとりあげ、野上が英文学者であり、能に対して素人であったからこそ新しい視点で能を捉え、多くの業績を残すことができたとまとめられました。
伊海氏は、野上の「主役一人主義」説は、夢幻能と現在能を共通する軸で捉えようとする作業と一体のもので、それは現在能における戯曲性を否定する説に結実したと指摘されました。そこに至る過程には佐成謙太郎の「シテ一人主義」説が影響したと考察。さらに野上の「楽劇的情緒」論に対し、今後はその「情緒」の実態を考える必要があると課題をあげられました。
小田氏の報告は、昭和5年に発表された、ワキという存在が観客の代表であるという「ワキ見物人代表説」の内容と、それがどのように展開したのかを解き明かしたもの。野上の説は、世界演劇史の中に能を位置づけようという意図のもと、昭和初期の演劇界で共有されていた「戯曲は二つの思想的対立と対話によって進行する」という言説の影響を受けてなったと指摘されました。さらに現在のワキ研究に触れ、今後は歴史学的なアプローチよりも演劇学的に迫る視点の必要性を提言されました。
演劇学的研究のように能楽を大きな視点から捉える研究の重要性と、野上が遺した課題と向き合う研究の必要性を再認識した催しとなりました。
会場では野上に関する資料展示をおこない、野上旧蔵の「車屋謡本」「下掛り宝生流五番綴謡本」や米沢上杉伯爵家蔵能面装束の調査記録ノート、野上著入門書『JAPANESE NOH PLAYS』(昭和10年国際観光協会刊)等を陳列しました。参加者は130名でした。