依頼型共同研究 活動報告
能作品の仏教関係語句データベース作成と能の宗教的背景に関する研究
研究代表者:高橋悠介 慶應義塾大学附属研究所斯道文庫准教授
研究分担者:大東敬明 國學院大學研究開発推進機構准教授
西谷功 宗教法人泉涌寺宝物館「心照殿」 学芸員
藤井聡一朗 法政大学 情報メディア教育研究センター講師
芳澤元 明星大学人文学部日本文化学科助教
研究協力者 :猪瀬千尋 名古屋大学CHTセンター 研究員
倉持長子 聖心女子大学 非常勤講師
中野顕正 東京大学大学院生・日本学術振興会特別研究員
佐藤嘉惟 東京大学大学院生・日本学術振興会特別研究員
【目的】
能の作品中に引用される偈句・経文類や仏教語の中には、現代の諸注釈でも典拠不明のままのものもある。また、他の用例が限定的に指摘されていても、意味や引用意図が正確には理解されていないものも多い。能作品の総合的理解には、そうした文句の検討も不可欠である。仏教関係語句の中には、中世の神仏習合を反映した語句もある。そこで、能作品中の偈句・経文類・仏教語を抽出したデータベースを作ると共に、能楽研究者だけでなく仏教学や中世神道の研究者を交え、こうした語句の用例や能の中での意味を探ることで、作品理解を深め、能の宗教芸能としての面を掘り下げることを目指したい。
【方法】
①能作品にみえる仏教関係語句のデータベース作成
能作品における偈句・経文類・仏教語を抽出し、どのような語句がどの曲に登場するかを示すデータベースを作成する。狭義の仏教語だけでなく、宗教的背景がある句を比較的広めに採録し、ある程度の長さの経文類や、偈句レベルのものを優先的に進める。このデータベースに、典拠や関連文献、他の用例の検討を通した考証など、注釈情報を加える。現行曲の本文を基準に考えているが、時代や流儀により変わっているものなどは、そうした情報も備考として加える。抽出に際しては、既存の謡曲索引や本文テキスト・データの検索も活用して、立項・入力作業を進め、注釈を加えていく。
②仏教関係語句の考証を通した作品研究・能の宗教的背景の研究
こうしたデータベース作成作業と平行して、能作品における仏教関係の難解句の考証研究や、それを基礎とした作品研究、能の宗教的背景について研究を進める。近世の謡曲注釈書(特に謡抄・法音抄など、僧侶の関わった謡曲注釈)における考証も学問史的に検討しつつ、改めて現代の観点から諸文献を博捜し、関連文献と用例を検討した上で、能作品に当該句が引用される意図や、能の中での用例を通してみえてくる問題を考察する。その際、能楽研究者だけでなく、仏教学や仏教文学、中世神道の研究者と連携して学際的な共同研究を行い、多角的な視点から検討することを重視したい。その考証結果を要約してデータベースに入れると共に、研究会を通して議論を深め、成果を公開する。
【活動】
本研究では、能作品中の仏教関係の偈句・経文類・仏教語を抽出してデータベース化していくと共に、能楽研究者と仏教学や中世神道の研究者を交え、こうした語句の用例を博捜し、語句の成り立ちや背景、能の中での意味を探った。
まず、光悦謡本所収の百番を対象に、観世流現行詞章(大成版)から仏教関係語句を抽出し、曲名や読み仮名、分類など付随情報と共に、エクセルに入力した。狭義の仏教語だけでなく、神祇関係も含め宗教的背景がある語句を、比較的広めに採録し、これらを便宜上、「経文・概念・人名・書名・地名・寺社用語・文芸」の7つに分類した。このうち、「経文」に分類した経典引用句や偈句類については、五流の現行曲全てを対象として380項目を抽出、関連経典の情報や、周辺の詞章、場面説明なども入力した。検索機能や、視覚的な便宜も備えたデータベースにすることは今後の課題だが、その前提となるデータは整えることができた。
こうしたデータを活かした能作品における仏教関係の難解句の考証や、経典引用の背景・機能・意味の検討については、毎月1回開催の作業部会において研究を進め、凡例に基づき、注釈を作成していった。その際、従来の注釈を検討しつつ、改めて現代の観点から諸文献を博捜し、関連文献と用例を検討した。そして、能作品に当該句が引用される意図や、能の中での用例を通してみえてくる問題を考察することを心がけた。注釈は、ある程度まとまった所で公にする予定だが、作品理解に役立つような、個別の語句に関しての新見が蓄積されつつある。
また、注釈作業を通して議論を深めると共に、個別の研究テーマに即して、以下の通り、三回の公開研究会「〈能と仏教〉研究会」を開催した(会場はいずれも法政大学ボアソナードタワー25階C会議室)。〇第一回研究会
2017年12月1日(金)18:30~20:00
発表題:「泉涌寺仏牙舎利と謠曲〈舎利〉」
発表者:西谷 功(研究分担者)
〇第二回研究会
2017年12月8日(金)18:30~20:00
発表題:「袈裟をかける人々―能・文学・語録にみる―」
発表者:芳澤 元(研究分担者)
〇第三回研究会
2018年3月20日(火)18:30~20:00
発表題:「謡曲の仏教語句研究事始―日本で形成された句を中心に―」
発表者:高橋 悠介(研究代表者)
【成果】
- 論文「室町時代の南都律僧と京都五山」芳澤元 『明星大学研究紀要人文学部・日本文化学科』26
- 著書『日本中世社会と禅林文芸』芳澤元 吉川弘文館
- 著書『南宋・鎌倉仏教文化史論』西谷功 勉誠出版
- 研究発表「春日社と南都の律家をめぐって―禅律仏教/室町将軍/勧進猿楽」高橋悠介、能楽学会世阿弥忌セミナー「中世の南都回帰―政治・宗教・文化と能楽」8月8日、興福寺会館
- 研究発表「金春禅竹の六輪一露説と志玉」高橋悠介、日本印度学仏教学会第68回学術大会パネル発表A「室町期の南都仏教─東大寺戒壇院志玉とそのネットワーク」、9月3日、花園大学惺々館一階101(野呂靖・大谷由香・芳澤元・高橋悠介・蓑輪顕量)
- 研究発表「南都仏教と都鄙間交流」芳澤元、日本印度学仏教学会第68回学術大会パネル発表A「室町期の南都仏教─東大寺戒壇院志玉とそのネットワーク」、9月3日、花園大学惺々館一階101(野呂靖・大谷由香・芳澤元・高橋悠介・蓑輪顕量)
- 研究発表「『玉伝深秘巻』の宗教的基盤と神祇書への展開」高橋悠介、和歌文学会・説話文学会・仏教文学会合同例会シンポジウム「中世古今集注釈とテクスト・信仰・学問」、12月16日、早稲田大学戸山キャンパス36号館382教室