公募型共同研究 活動報告
能楽という外交 —戦国・江戸時代の国際能楽史—
研究代表者 SCHWEMMER Patrick 国文学研究資料館外来研究員
研究分担者 豊島正之 上智大学文学部教授
研究分担者 宮本圭造 野上記念法政大学能楽研究所教授
【研究目的】
「融ノ謡ヒニテ候歟、秋夜ノ永物語ヨシナヤ、先イザヤ、シホヲクマン、ト翁ノ申セシフシニ、無益ノ長物語ニ夜ヲフカシテ候」不干斉ハビアン『破提宇子』文末。
林羅山と論争を行ったり護教論書を著したりした日本人ハビアンは、1620 年の棄教書を能〈融〉中入前の引用で結んでいる。イエズス会が日本で幸若舞曲中心の文学活動をしたということは私も指摘しているが、謡曲は中世末期の国際交流にどんな役割を果たしただろうか。南蛮人が能楽と触れ合っていたことは既に知られているが、これまでは生のヨーロッパ史料が、能楽研究資料として読まれることはほとんどなかった。これらの資料を深く考察することで大航海・冊封・鎖国など、諸制度のもとで繰り広げられた近世日本の国際交流における能の姿が浮上してくると私は考える。ロナルド・トビ氏の言葉「鎖国という外交」を借りて、この共同研究を『能楽という外交』と名付けたい。
戦国時代を最前列の席から観たポルトガル人イエズス会士、スペイン人フランシスコ会士。1613〜23 年平戸・江戸などで商売をして、家康とも交流があったイギリス人コックス。1690〜92 年出島の医師を務めたドイツ人ケンプファー。多くのオランダ人の中で1775 年からいたタンバーグ、1800 年頃からいたブロムホフ。そして琉球、朝鮮、明清の「冊封という外交」と東南アジア貿易に関わった日本人の経脈にも目をやりつつ、近世国際交流史料に見える能楽の観劇記録を集成し、戦国・江戸時代の国際能楽史の諸相を明らかにしていきたい。
【2015年度に発表された成果】
- 論文「大坂城本丸の能舞台をイエズス会日本報告の原本から読み解く」 パトリック・シュウェマー、『能と狂言』13ぺりかん社、2015
論文「『キリシタン能』再考:イエズス会日本報告の原本から」パトリック・シュウェマー、『能楽研究39』2015 - 研究発表 “Hideyoshi’s Viola Concert at Jurakudai: Between Confucian Musical Diplomacy and the European Brotherhood of Sovereigns,” Patrick Schwemmer, Modern Language Association Convention (Philadelphia), scheduled. 2017/1
- 研究発表 「キリシタン文献と日本芸能史」パトリック・シュウェマー、学術研究特別推進費重点領域研究採択課題(上智大学) 2015/11
- 研究発表 “A bicultural, bilingual theatrical exchange between the Tenshō Boys’ Embassy and the Kyūshū Collegio,” Patrick Schwemmer, Tsukuba Global Science Week (Tsukuba University). 2015/9
- 研究発表“Alessandro Valignano’s Theatrical Diplomacy: The Boys’ Mission of Japan to Europe Performs for Hideyoshi, 1591,” Patrick Schwemmer, Centro de História d’Aquém e d’Além Mar International Conference (Universidade Nova de Lisboa). 2015/7
- 研究発表 “And The Angel Spake unto Harunobu: Jesuit Insurrectionist Propaganda in Japanese, 1591,” Patrick Schwemmer, PIIRS Program in Translation (Princeton University). 2015/4
- 講演“Noh as Traditional Japanese Leadership Training,” Patrick Schwemmer, Center for Professional Communication Seminar (National Graduate Institute for Policy Studies). 2016/1
【2013・2014年度 研究活動まとめ】
二年間能楽研究所を拠点として、海外のキリシタン関係資料に残る中世末~近世初期の日本芸能の国際享受史を追究させていただいた。今回はいまだほとんど研究されていないイエズス会日本報告の原本に絞って調査・研究した結果、その芸能史料としての価値を把握し、能楽、そしてキリシタン劇という新興芸能に関して新しい研究成果を発表・出版した。2013年度、シュウェマーが翻刻・和訳し、豊島・宮本が分析した資料に関して、2014年度二件の学会で発表し、論文として執筆した。先ず、日本側に記録がほとんどない大坂城本丸の能舞台を巡ってイエズス会の記録があることは前から知られていたが、先行研究が拠ったのは、原報告のポルトガル語訳写本の17世紀のラテン語訳版本が18世紀のイエズス会正史で脚色される箇所の19世紀の和訳だった。依って、2015年『能と狂言』で出版された論文において、この資料群の各層を遡って紹介していき、目撃者フロイスの報告から、能舞台と高台寺蒔絵について、従来の理解を変える情報を解明した。なお、2015年『能楽研究』に載った論文では、これまで「キリシタン能」「歌舞伎の源流」「文楽の根源」とも呼ばれてきた九州教会の日本語による聖書演劇に関して、目撃者による原報告を大量紹介・分析した結果、むしろ日本側では無名の民間芸能と、当時ヨーロッパの聖史劇の文脈で理解するべきであるとの見解を示した。更に、将来の研究に向けて、宮本はスペイン・エルチェの教会で行われる聖史劇を録画し、シュウェマーはローマとマドリードで資料の調査を進めた。
【2014年度 研究活動】
1954年の記事で林屋辰三郎氏はキリシタン文献に基づいて「切支丹能」を試論された(「歌舞伎と十字架」『新劇』8)が、あれから半世紀後、現在知られている史料ではどうだろうかという発想から始まった能楽の国際・学際的研究「能楽という外交 ――戦国・江戸時代の国際能楽史――」は2013年10月から毎週討論会を行って、能楽などの芸能に言及するさまざまなキリシタン史料を集めた。その成果に基づき、シュウェマーは2014年1月19日に八木書店で『キリシタンと出版』刊行記念講演会「キリシタン版は語る」にて「キリシタン文献で見る日本中世芸能の国際享受史」という題で、宮本先生は1月25日上智大学国文学会冬季大会シンポジウム「キリシタン文献研究の新展開」にて「キリシタン能は存在したか」という題で講演した。ただし、これまでの研究はイエズス会日本報告に基づいているのであるが、これらの史料はヨーロッパ各国語による原本が校訂・翻訳どころか、完全に目録さえされていない。なので、ヨーロッパ向けに作られた当時のラテン語訳、17世紀に入ると報告をただ要約した50年後の歴史書に頼る場合が多い。それを乗り越えるために2014年2月下旬、ローマのイエズス会文書館で、日本報告の原本を中心として調査研究を行った。その結果、起伏に富んだ「キリシタン芸能史」の粗筋となるべき記録群を集めることができたのである。しかもローマでの調査のお陰でこれは宣教師が何を見たか特定するのにもっとも相応しく、ラテン語訳よりは精密だったりずっと長かったりする原文に拠っているので、これからの分析に結構の成果が期待できる。なお、カサナテンセ図書館にも日本文献の目録を編成中の研究者に出会えたので、この繋がりを通してまた新しい史料の発見もあるかもしれない。来年度に向けて上智大学キリシタン文庫の紙焼き版などで補充して、この記録群をさらに磨きながら、研究者三人の専門知識を活かした「キリシタン芸能史」を共著の論文として書き上げてみる。来年の出張には更なるイエズス会文書の原本の蔵されるマドリッドのレアル図書館やロンドンの大英図書館で以上の調査を続けることにする。
【2014年度 成果】
- 研究発表“Converting Language: Jesuit Mission Literature in Japanese,”Patrick Schwemmer, Colonialism and Imperialism Workshop (Princeton University). 2015/2
- 研究発表「キリシタン劇の上演空間:イエズス会日本報告の原文を読んで」パトリック・シュウェマー、楽劇学会大会、2014年6月7日
- 研究発表「キリシタン史料と能:イエズス会日本報告の原文を読んで」パトリック・シュウェマー 、能楽学会大会、2014年6月22日
- 論文「キリシタン版のVulgata聖書引用に就て」豊島正之 『上智大学国文学科紀要』32、上智大学国文学会、2015年3月
- 論文「キリシタン文献の表記の揺れと統一」『上智大学国文学論集』豊島正之、上智大学国文学会、2015年1月
- 解説「重要文化財 ドチリーナ・キリシタン 天草版」豊島正之 、東洋文庫監修、東洋文庫善本叢書2、勉誠出版、2014年9月
- 解説 「サクラメンタ提要 長崎版」、豊島正之東洋文庫監修、東洋文庫善本叢書 4、勉誠出版、2014年10月
【2013年度 研究活動】
林屋辰三郎はキリシタン文献に基づいて「切支丹能」を提唱された(「歌舞伎と十字架」『新劇』8)が、あれから半世紀後、現在知られている史料ではどうだろうかという発想から、「能楽という外交 ―戦国・江戸時代の国際能楽史―」の共同研究が始まった。2013年10月から毎週討論会を行い、能楽などの芸能に言及するさまざまなキリシタン史料を収集。これらの史料はラテン語・イタリア語・スペイン語・ポルトガル語など、ヨーロッパ各国語によって書かれたものであるが、その原本は翻訳どころか、完全に目録化さえされていない。そのため、これまでの研究では、ヨーロッパ向けに作られた当時のラテン語訳版本に基づく日本語訳しか用いられてこなかった。しかも、このラテン語訳本は、17世紀に入ると宣教師からの報告をただ要約したものに過ぎず、ラテン語訳に際しての誤訳や省略などが散見し、依拠資料としては甚だ不十分なものであった。今回、原資料に基づく新たな研究を試みた所以である。
まず、上智大学のキリシタン文庫、ローマのイエズス会文書館で、日本報告の原本及びファクシミリを中心として調査研究を行い、演劇がどのような語で表現されているのかを検討した。「autos」「comedia」などの語とその使用実態について、日本側の資料と対照しつつ、考察を行った結果、日本語訳版で狂言と翻訳されている「comedia」の語は、実際には能も含めた演劇の総称として用いられていることが明らかになった。また、キリシタン能として一般に呼ばれている宗教劇の演技様式についても、あらためて検討すべき課題が多く残されていることが明確になった。
これらの成果に基づき、シュウェマーは1月19日に八木書店主催講演会「キリシタン版は語る」において「キリシタン文献で見る日本中世芸能の国際享受史」という題で、また、宮本圭造は1月25日上智大学国文学会冬季大会シンポジウム「キリシタン文献研究の新展開」において「キリシタン能は存在したか」という題で講演し、キリシタン関係史料が照射する新たな能楽史についての見通しを示した。
来年度は、上智大学キリシタン文庫や、イエズス会文書の原本を蔵するマドリッドのレアル図書館、ロンドンの大英図書館などにおいてこれらの資料群をさらに収集し、研究代表者・分担者それぞれの専門知識を活かした「キリシタン史料に基づく芸能史」を共著の論文として書き上げる予定である。
【2013年度 成果】
- 講演 「キリシタン文献で見る日本中世芸能の国際享受史」 パトリック・シュウェマー 『キリシタンと出版』刊行記念講演会 キリシタン版は語る (東京堂書店) 2014/1