公募型共同研究 活動報告
現代能楽における「型」継承の動態把握―比較演劇的視点から
研究代表者 横山太郎 跡見学園女子大学文学部准教授
研究分担者 山中玲子 野上記念法政大学能楽研究所所長・教授
中司由起子 野上記念法政大学能楽研究所兼任講師
【研究目的】
能楽の定型化された演技の所作や舞の振り付けは、慣習的に「型」と呼ばれる。近世以降の能楽では型が固定化していく一方で、現在に至るまで新たな工夫や逸脱も生じてきた。固定的保存への強い志向がありながら、こうした変化はなぜ、いかにして生じるのか。伝統の忠実な継承を目指しながら、伝承と上演の現場には、変化を可能にする仕組みが潜在し続けてきたのではないか。仮に現代においてもそうした仕組みが機能しているとすれば、それを捉えることは、能楽の演技の歴史的変化の動因を理解するための手がかりとなるのではないだろうか。
本研究は、以上のような問題意識と仮説に基づき、現代の能楽において型がどのように継承されているのかを検証し、安定的・固定的なものとして捉えられがちな技芸伝承の方法やプロセスのうちに潜むダイナミズムを明らかにすることを目的とする。特に、型の学習プロセスにおけるメディア(型付、ビデオ等)の用いられ方や、師弟間でのコミュニケーションのあり方の実態と、その歴史的変化に着目する。
研究の対象とする「現代能楽」の範囲は、戦後より現在まで。主な調査方法は、演者へのインタビューである。研究には比較演劇的な視点を導入し、能以外の芸能の演者も比較調査対象とする。これにより、能楽特有のことと技芸伝承一般にいえることを理論的に腑分けする。また分析手法として、演出史研究に加えて記譜研究と学習理論を導入し、前者により特に技芸伝承におけるメディアのあり方を、後者により社会組織のあり方を、それぞれ検証する。
【2015年度 活動報告】
本研究の目的は、(1)能楽の身体技法研究におけるフィールドワークの方法論を検討し、(2)それに基づいて戦後の能楽の型(身体技芸)継承のあり方とその変化を調査することであった。以下それぞれにつき成果を述べる。
(1)方法論の検討
従来の能楽研究は、文献資料の解読と、技法の静態的分類の両面において発達してきたが、技法継承の動態を観察・記述するフィールドワーク的研究の蓄積を欠く。そこでまず、そうした研究の進んでいる他領域の研究成果を調査した。次にそれを踏まえて「「型」継承研究会(理論篇)」を組織し、各分野の専門家によるレクチャー講演をおこなった(全8回、講師10名)。この研究会を通じて、能楽の技法継承のフィールドワーク調査において「わざ言語」「記譜」「実践共同体」といった分析視点が必要であること、比較演劇的分析が有効であることなどが明らかになった。
上記「型継承研究会」(理論篇)の成果をひろく公開するために、レクチャー講師全員の参加を得て公開シンポジウムを開催した(2015年9月13日(日)13時~18時、於法政大学市ヶ谷キャンパス外濠校舎5階S505教室)。ここでは、ジャンルと研究分野を異にする研究者間で、技法継承についての問題意識の共有が実現した。理論的な検討の成果は、論文「わざ継承の学を構想する ─能楽の技法を中心とする学際的な研究のために─」にまとめられた。
(2)能楽の型継承の調査
「「型」継承研究会(能楽師篇)」において、5名の能楽師(シテ方五流それぞれの中核的な演者)へのインタビュー調査を実施した。これを通じて、現代における技法継承の実態に関する貴重な証言を資料として収集することができた。それによって、型付の使われ方や規範力、あるいは技法継承の共同体への参入プロセスが、流儀によって大きく異なっていることなどが明らかになった。しかし、調査人数、及びインタビュー調査という手法の限界から、戦後能楽の型継承の実態を十分に解明するには至らなかった。さらに調査対象を拡大しつつ、演者間の指導プロセスの参与観察や身体運動データの解析といった手法に踏み出す必要性を認識した。また、収集した資料を、研究倫理上の問題に配慮しながら研究資源として参照可能なかたちでアーカイブすることも今後の課題である。
【2015年度 成果】
- 論文「わざ継承の学を構想する ─能楽の技法を中心とする学際的な研究のために─」横山太郎、『能楽研究』40号、2016年3月
- 論文「どこまでが能だったのか―歴史的に見た能の輪郭」横山太郎『能楽の現在と未来』能楽研究叢書5、能楽研究所
- 報告「シンポジウム「わざ継承の歴史と現在──身体・記譜・共同体」」横山太郎、『REPRE』26号(表象文化論学会ニューズレター)、http://repre.org/repre/vol26/topics/06/、2016年2月
【2014度 活動報告】
本プロジェクトは、戦後の能楽の型(身体技芸)継承のあり方とその変化を調査することを目的とする。初年度は、比較演劇的な視点から身体技芸の継承プロセスに対する調査・分析の方法論の研究を行った。
従来の能楽研究は、文献資料の解読と、技法の静態的分類の両面において発達してきたが、技法継承の動態を観察・記述するフィールドワーク的研究の蓄積を欠く。そこでまず、研究代表者・分担者が本プロジェクトの方法論確立のために研究と議論をおこない、それを踏まえ能楽の型継承を調査するうえで参考となる先行研究と研究者をリストアップした。以上をふまえ、「型継承研究会」を組織し、以下の通り研究協力者によるレクチャー講演を開催した(研究協力者の人脈作りに当初予定よりも時間がかかり、スケジュールがずれ込んだことが反省点である)。
日程 | レクチャー講師 | テーマ |
7月10日 | 藤田隆則 | 能楽における技芸伝承のフィールドワーク |
2月19日 | 中村美奈子 | 舞踊記譜法 |
3月5日 | 清水拓野 | 中国古典演劇(秦腔)の教育人類学的研究 |
3月26日 | 林容市、 増田展大 |
スポーツにおける記録と身体 身振りとそのリズム(映像と身振り・連続写真という記譜法) |
技芸伝承を軸に分野横断的な研究協力体制を築くことができたことと、技法継承に関する理論上の知見を蓄積したことが初年度の成果である。とりわけ、(1)師弟間のわざ言語や微細な身体的コミュニケーションのような、マイクロ・エスノグラフィーが対象とする次元への注目や、(2)型付、わざの共同体、コミュニケーションの3項がそれぞれに条件付けあっているという視座の獲得などは、次年度の能楽師に対する調査を実施する上で極めて有益であった。
【2014年度 成果】
- 論文「能の舞を記譜すること──観世元章の記譜『秘事之舞』をめぐって」横山太郎、松岡心平編『観世元章の世界』、檜書店、2014年7月
- 論文「伝統芸能はなぜそう呼ばれるか」横山太郎『継ぐこと・伝えること』、京都芸術センター、2014年9月
- 発表「どこまでが能だったのか?―歴史的に見た能の輪郭横山太郎」第18回能楽セミナー「能楽の現在と未来」第2回、法政大学能楽研究所、2014年10月26日
- 講演「『型付』と所作単元 ―能の技芸を伝える方法―」山中玲子 シンポジウム「伝統芸能の伝承と人材育成―茶道と能の現場から―」法政大学、2014年3月7日
- 研究発表「「所作単元」再考」山中玲子能楽学会大会、2014年6月22日
- 論文「元章時代の小書とその演出意図―小書一覧表・『小書型付』翻刻―」山中玲子、松岡心平編『観世元章の世界』、檜書店、2014年7月
- 研究発表「能楽の現在と未来―いま考えてみたいこと」山中玲子第18回能楽セミナー「能楽の現在と未来」第1回、法政大学能楽研究所、2014年10月19日
- 論文「枕ノ段の型の研究―扇を投げる・衣を被く―」中司由起子『能楽研究』38号、法政大学能楽研究所