公募型共同研究 活動報告
越前松平家伝来能装束の学際的研究
研究課題名 越前松平家伝来能装束の学際的研究
研究者代表者 長崎 巌 共立女子大学家政学部教授
分担者 門脇 幸恵 独立行政法人日本芸術文化振興会 国立演芸場部主任
【研究の目的】
本研究は、法政大学能楽研究所「能楽の国際・学際的研究拠点」2014~2015年度採択研究「在外能装束の調査研究-分野横断的検証による」により得られた調査結果を基に、国内における更なる調査と検証を加えることにより、これらを「確証」とすることを第一の目的とする。特に、2015年度に調査した米国ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン付属美術館(RISD)所蔵作品から見出せた、越前松平家伝来作品に共通する複数の印章、及び白平絹地の縫札等は、髙島屋コレクション、松坂屋コレクション、彦根城博物館の所蔵作品にも見られることから、出来るだけ多くの作品から情報を収集し、印章それぞれの意味するところを明らかにする。それにより、これまで知られていなかった徳川将軍家第一の親藩である越前松平家の能楽の歴史の一部が明らかとなり、ひいては御三卿または江戸城中の能楽の実態解明の一助となると考えられる。そのため本研究では、広範囲の情報の集積を視野に入れて調査を進める。また並行して、2014~2015年度に情報収集及び調査に協力してくれた海外の博物館とも連携し、学芸研究員の作品研究に能楽史研究の実績と視点を加えた、国際・学際的研究協力体制の更なる発展を目指す。
【研究方法】
作品調査:越前松平家伝来作品と考えられる特徴を有する作品の調査を行う。既に存在がある程度確認されている髙島屋コレクション、松坂屋コレクション、彦根城博物館、文化学園服飾博物館を中心に資料調査を行う。越前松平家の伝来を示す特徴の一つである印章や墨書は、ほとんどが裏地やその裏側に記されているため、詳細な調査の必要がある。またRISDの所蔵品には畳紙が伴うが、これと白平絹の方形の縫札の番号が一致したため、日本国内において越前松平家の伝来を示す畳紙の存在確認も併せて進める。
文献調査:越葵文庫・春嶽公記念文庫(福井市立郷土歴史博物館)、松平文庫(福井県立図書館)の調査、及び国文学研究資料館等にて史料調査を行う。越前松平家に伝来したことを示すと考えられる印章は複数存在する。従って、それぞれの印章の示す内容を解明し、整理するためにも文献史料との照合は欠かせない。また、昨年度までの調査において、越前松平家の道具類が藩主家の「御印」毎に整理されていた状況も垣間見られたが、能道具類の保管管理の在り方として、国元と江戸屋敷、また別邸などに分けて保管されていた痕跡も認められるため、他藩の状況とも勘案しながら広く大名家の資料に当たる。
国際・学際的研究:本研究は、材質・技法及び意匠による編年研究の実績を有する美術史、染織文化史研究の手法によって得られた知見に、文献学を主体とした能楽研究の実績と、実演の場における能道具研究の実践から得られた知見を重ね合わせることで、新たな研究手法を見出してきた。また、昨年度までの研究における分担者や、協力を仰いだ在外研究者や海外の博物館学芸員と情報を共有し、それぞれの専門分野における研究の進展を反映させるべく情報の共有化を図り、国際・学際的研究の方法論を明確にする。
【期待される成果及び波及効果】
2014~2015年度に採択された研究により、従来の能装束の伝来に関する研究に、学際的知見による在外能装束の調査研究で得られた新たな情報が加わり、国内にある能装束の調査情報がより明確化したため、本研究をその延長線上に進展させることにより、能楽史研究に新たな道筋を得られる可能性が高まる。また、本研究の成果をそれぞれの所蔵館へ提供することで、アメリカにおける染織文化史・美術史研究においても、能楽研究の視点と実績が活用され、その必要性が浸透すると考える。さらに、研究を証明する作品が展示紹介されることにより、海外において能楽文化の大きな発信源となり、海外における日本美術研究の方法論に能楽研究の視点と実績が活用され、その必要性が浸透するとともに、ひいては国際・学際的研究手法の発展に繋がると確信する。
【研究活動】
本研究は2014・2015年度能楽の国際・学際的研究拠点 共同研究において調査を行ったロードアイランド・スクール・オブ・デザイン付属美術館(RISD)所蔵Lucy Truman Aldrich collection(47件)中に見出した越前松平家伝来作品と考えられる4件の能装束にある特徴を、伝来の確証とするための調査を行った。2016年度の調査では、国内に存在する越前松平家伝来の可能性が考えられる髙島屋史料館21件、彦根城博物館8件、文化学園服飾博物館4件、Jフロントリテイリング松坂屋史料館5件の計38件の作品調査を行い、これらに見られる特徴を抽出・整理したが、髙島屋史料館所蔵作品の中に「越前松平家」の朱印のある紙縒りを発見したことにより、上記作品から抽出した特徴が伝来の確証となることが確認できた。越前松平家の国許にあった能装束は、明治維新直後に一部民間に払い下げられたことが史料から窺えるが、前記42点は昭和4年に売立てられた273点の一部と考えられ、その大半はもともと江戸表にあったと考えられる。江戸表での能楽に関する史料は公開されていないため確証はなかったが、江戸本邸を示す「常盤橋」、「霊岸嶋」別邸を表す「霊」の墨書により、本邸と別邸に分蔵されていたことは解る。そして本研究最大の発見は、松平春嶽を示す「丁子」の墨書や「丁子印」の印形を見出したことで、春嶽専用の能道具が存在したことが明らかとなった。従来染織文化史研究の対象でしかなかった能装束から、専ら政治史の側面でしか語られない春嶽と能の関係、さらには越前松平家の能の歴史の一端が導き出されたことこそ、まさに学際的研究の成果であり、今後さらに裏付け調査を継続したいと考える。また、本研究成果はRISDへ還元するが、能装束を保有する海外の研究施設において、本研究での手法の応用が拡がり、能楽研究の国際的発展の一助となるとことが期待される。
【成果】
- 論文 「大聖寺藩前田家の面袋の特徴」 門脇幸恵 『國華』 第1455号1月
- 書籍 『Re-envisioning Japan:Meiji Fine Art Textiles』5 長崎巌 Continents Editions (共著)、11月
- 書籍 『kimono, au bonheur des dames』 長崎巌 Edithions Gallimard, Musee national des arts asiaques – Guimet (共著)、2月
- 書籍 『ヨーロッパに眠る「きもの」ジャポニスムからみた在欧美術館調査報告』 長崎巌 (共著) 東京美術、3月
- 研究発表「服飾文化における未発掘資料調査の結果報告」 門脇幸恵 ファッション・デザイン分野のアーカイブ中核拠点形成に関するシンポジウム(文化学園大学和装文化研究所、1月)