能作品の仏教関係語句データベース作成と能の宗教的背景に関する研究
研究代表者 高橋悠介(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫准教授)
研究分担者 森幹彦(法政大学情報メディア教育研究センター准教授)
大東敬明(國學院大學研究開発推進機構准教授)
西谷功(宗教法人泉涌寺宝物館「心照殿」学芸員)
芳澤元(明星大学人文学部日本文化学科助教)
研究協力者 猪瀬千尋(名古屋大学CHTセンター研究員)
倉持長子(聖心女子大学非常勤講師)
中野顕正(東京大学大学院生)
佐藤嘉惟(東京大学大学院生・日本学術振興会特別研究員)
杉山翔哉(東京大学大学院生)
平間尚子(大正大学綜合仏教研究所研究員)
北林茉莉代(大正大学非常勤講師)
【2020年度 成果】
- 論文「身体生成をめぐる思想と中世仏教―五蔵観・魂魄・胎内説」 高橋悠介『日本宗教史3 宗教の融合と分離・衝突』吉川弘文館、2020年7月
- 論文「唐宋代における仏牙舎利の〈発見〉―道宣伝持の仏牙を中心に」西谷功『アジア仏教美術論集 東アジアIII(五代・北宋・遼・西夏)』中央公論美術出版、2021年2月
- 論文「乱曲《東国下》小考 ―『東関紀行』との関わりを中心に―」中野顕正『銕仙』705、2020年10月
- 研究発表「六輪一露説と世阿弥能楽論」高橋悠介能楽学会2020年度世阿弥忌セミナー「世阿弥伝書を読む能役者―世阿弥伝書の受容・変容―」、Zoomによるオンライン開催、2020年9月8日
【2020年度 研究活動】
2020年度は、能作品中の仏教関係の経文・偈句・仏教語について注釈を作成する作業を継続すると共に、各作品情報を整理し、両者を総合的に見ることができるデータベースを整備する作業を進めた。また、注釈作成から派生して、宗教芸能という観点から能楽について再考する論集の準備を進め、来年度に刊行できる見込みとなった。
経文類に関する注釈はZoomを用いた定例研究会において、各自が注釈原稿を持ち寄り、そこでの議論をふまえて原稿を改訂する方式で進め、進展した部分については語句データを集成しているExcelに盛り込み、それをweb上のデータベースに反映させた。また、データベースの各作品の概要ページに、曲名異名(現行・古名)や現在の上演流派のデータを追加した。各作品の概要ページの「上演記録」で記録が多いものについては、畳んで表示し、クリックすると展開して全体が見られる仕様に改めたり、語句ページでの用例と注釈をより見やすい形式に改めるなど、データベースの視覚的な利便性を向上させた。
あわせて、能について国際的に情報発信するためのデータを作成している科研費・基盤研究(B)「能楽及び能楽研究の国際的定位と新たな参照標準確立のための基盤研究」(研究代表者・山中玲子)の成果との連携により、各作品の英文概要ページを作成し、データベースに組み込んだ。英語ページのデータは、曲名(和文)・曲名(英文、English titles)・関連文献(Source and/or Related Material)、推定作者(Author)、上演流派(Repertoire)、梗概(Summary)である。
これらをweb上のデータベースとして構成する作業については、研究分担者の森幹彦氏の協力を得て、法政大学情報メディア教育研究センターのラボラトリ上にサイトを設け、業者に依頼してExcelからweb上の能作品仏教関係語句データベースのページを自動生成させるプログラミングを行った。一般公開するには、検索機能を付加するなど、さらに調整が必要だが、サイト上では能作品中の仏教関係語句と注釈データや作品情報(和文・英文)を示すページができている。
論集については、「宗教芸能としての能楽」というテーマを企画して、刊行形態について模索し、2020年9月に依頼状を送付した。定例の研究会における注釈的研究とも連動した企画で、一部の内容は研究会においても発表と検討を行ったが、論文は共同研究のメンバーに外部の研究者も加えた十数名に依頼した。すでに論文の原稿は集まっているが、刊行は2021年の夏頃を予定している。
【2019年度 成果】
- 論文「『玉伝深秘巻』の宗教的基盤ー付、室町後期神祇書における受容」 高橋悠介『仏教文学』44、2019年4月
- 論文「能《野宮》における聖俗の転換」中野顕正『中世文学』64、2019年6月
- 論文「一休宗純が能に求めたもの──能「通小町」関連詩三首の検討から」中野顕正『中世に架ける橋』森話社、2020年3月
- 論文「能「三山」と融通念仏」倉持長子『中世に架ける橋』森話社、2020年3月
- 研究発表「身体論の中世的展開と五蔵説」高橋悠介 東アジア日本研究者協議会第4回国際学術大会・パネル「中世密教の宗教テクストの展開―覚鑁を中心に―」(台湾大学、2019年11月2日)
【2019年度 研究活動】
前年度までに能作品中の仏教関係の経文・偈句・仏教語を抽出した成果をふまえ、これらに注釈や関連情報を付して、データベース化する作業を進めた。
経文類に関する注釈は定例研究会において、各自が注釈原稿を持ち寄り、そこでの議論をふまえて原稿を改訂していった。仏教関係語句という時に、まずは経典に典拠のある句を逃す訳にはいかないので、『法華経』をはじめとした経文類に優先的に注を付したが、通常の経典には見られないような仏教関係語句も少しずつ取り上げ、検討している。
データベース化にあたっては、これらの情報をExcelにまとめ表記の統一などを図った上で、ウェブ上での効果的な表示のための文字装飾などを施した。各語句の関連性を階層化して、親見出し・小見出し構造を作り、能作品中の用例・底本・用例箇所の説明と共に注釈を示す形を工夫している。また、各曲自体に関するページのためのデータも作成し、室町期上演記録データなども合わせて示す形を考え、複数のデータ間で曲名等の名称を統一するなどの整備も行った。その際、能の作品情報を国際発信するためのデータを作成している科研費・基盤研究(B)「能楽及び能楽研究の国際的定位と新たな参照標準確立のための基盤研究」(研究代表者、法政大学能楽研究所・山中玲子)の成果とも連携し、ウェブ公開のためのデータ整備を行うことができた。
その上で、法政大学情報メディア教育研究センターの森幹彦氏の協力を得て、Excelからウェブ上の能作品仏教関係語句データベースのページを自動生成させるプログラミングを行った。ウェブ上で一般公開するには、さらに調整が必要だが、デモサイト上では、これまで作成してきた能作品中の仏教関係語句と注釈データが反映されたページができている。
その他、〈能と仏教〉研究会として、2019年7月12日(金)と12月6日(金)に公開研究会を行った。それぞれの発表者と演題は、7月12日が、芳澤元「謡曲《絵馬》管見 ―斎宮・アマテラス・東福寺―」、12月6日が、中野顕正「狂言作品における宗教モチーフ概観」(中近世宗教史研究会との共催)。
【研究目的】
能の作品中に引用される偈句・経文類や仏教語の中には、現代の諸注釈でも典拠不明のままのものもある。また、他の用例が限定的に指摘されていても、意味や引用意図が正確には理解されていないものも多い。仏教関係語句の中には、中世の神仏習合を反映した語句もある。能作品の総合的理解には、そうした文句の検討も不可欠である。そこで、能作品中の偈句・経文類・仏教語を抽出したデータベースを作ると共に、能楽研究者だけでなく仏教学や中世神道の研究者を交え、こうした語句の用例や能の中での意味を探りたい。ここれまでの共同研究において入力した基礎的なデータを活用すると共に、仏教関連語句の注釈に関しては、さらに範囲を広げて取り組む予定である。こうした作業を通して作品理解を深め、能の宗教芸能としての面を掘り下げることを目指したい。
【研究計画・成果公開の方法】
2019年度
(1)能作品にみえる仏教関係語句のデータベース作成
2017~2018年度の共同研究において、能作品中の経典や偈句類の引用句について、現行曲を対象として380項目を抽出、関連経典の情報や、周辺の詞章、場面説明などもエクセルに入力した。また、各曲ごとの情報として、室町期演能記録も全てデータ化し、オープンソースのフリーソフトMediaWikiを用いて、これらのデータベースのサンプルのページを作成することができた。2019年度は、データベースの形態を確定した上で、そこにエクセルのデータを流し込む予定である。
(2)能作品の仏教関係語句に対する注釈の作成と、能の宗教的背景に関する研究
能作品における仏教関係語句の考証や、経典引用の背景・機能・意味について、月ごとの研究会において検討を進め、凡例に基づき、注釈を作成する。その際、これまでの注釈も学問史的に検討しつつ、改めて現代の観点から諸文献を博捜し、関連文献と用例を検討した上で、能作品に当該句が引用される意図や、能の中での用例を通してみえてくる問題を考察するつもりである。特に難解語については、謡本の古写本での本文の検討や、近世以来の謡曲注釈もふまえる必要があり、法政大学能楽研究所の資料を活用しつつ研究を進める。
また、特定の語句に限定されない、能の一曲全体にわたるような宗教的背景についても、研究会形式であわせて検討する。仏教学・神道学・日本史学といった様々な専門を持つ研究者が集まることで、学際的・多角的な議論を行う。
(3)公開研究会の開催
上記の研究成果を、年間2~3回程は、公開の研究会でも報告する予定である。
2019年度の第一回目は、研究分担者の芳澤元氏による、能《絵馬》の本説をめぐる報告を予定している。
(4)論集の編集
年度初めの早々に企画を詰め、直接の共同研究メンバー以外にも範囲を広げて声をかけ、論集を編みたい。宗教的背景を持つ語句の探求を通して、能に引用される語句の文脈を掘り起こす研究や、能の宗教的背景に焦点を当てた研究を主なテーマとする。2019年度の末を目処に原稿を集め、翌年度に発行する段取りをつける。
2020年度
(1)能作品にみえる仏教関係語句のデータベース作成
2019年度の進展をふまえ、データベースの内容を語句注釈を中心に増補する。
(2)能作品の仏教関係語句に対する注釈の作成と、能の宗教的背景に関する研究
2019年度と同様に進める。2019年度は経典の語句に重点を置くが、2020年度は日本撰述の語句や難解句の注釈を前進させることに注力したい。
(3)公開研究会の開催
2019年度と同様、研究成果を年間2~3回程の公開の研究会で報告する予定である。
(4)論集の発行
2019年度に準備した論集を刊行する。