新出・鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れ(笹野本)についての基礎研究
研究代表者 永井猛(米子工業高等専門学校名誉教授)
研究分担者 稲田秀雄(山口県立大学国際文化学部文化創造学科教授)
伊海孝充(法政大学文学部日本文学科教授)
【2020年度 成果】
- 論文「新出・宝暦名女川本(能研本)から見えることー山口鷺流狂言との関連―」稲田秀雄「いずみ通信」45号、和泉書院、2020年9月30日
- 翻刻「鷺流狂言『宝暦名女川本』「本書綴外物」翻刻」永井 猛 稲田秀雄 伊海孝充『能楽研究』45号、野上記念 法政大学能楽研究所、2021年3月31日
- 研究発表 「宝暦名女川本「無縁聟」と江山本「銀三郎」」稲田秀雄「六麓会」12月例会、オンライン開催、2020年12月28日
【2020年度 研究活動】
2020年度は、コロナウィルス感染拡大のために、調査・会合ができなくなり、メールで連絡をとりながらの共同研究となった。
昨年度は、鷺伝右衛門派の狂言台本である「宝暦名女川本」の離れ(笹野氏旧蔵、法政大学能楽研究所現蔵)を調査し、その全容を『能楽研究』第44号(3月)に「新出・鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れについて」と題して報告した。また、当初の予定通り、全7冊(本狂言2冊、本狂言秘伝集1冊、間狂言4冊)の内、本狂言「盗類雑」「遠雑類」の2冊を翻刻し、『能楽研究』第44号に掲載することができた。この2冊に続き、今年度は本狂言秘伝集である「本書綴外物」と間狂言の稀曲を多く収めた「遠応立」を翻刻することにして、各自の分担を決めて作業に入った。なお、この笹野氏旧蔵7冊を「笹野本」と略称してきたが、法政大学能楽研究所(能研と略称)の所蔵となったのを機に「能研本」と略称するのがふさわしいのではと話し合い、今は「能研本」と呼んでいる。
9月30日発行の『いずみ通信』45号(和泉書院)に、稲田秀雄が「新出・宝暦名女川本(能研本)から見えること-山口鷺流狂言との関連-」と題して、新出台本から得られる知見の一端を報告した。山口鷺流は伝右衛門派といわれるが、よく上演される〈千鳥〉〈附子〉〈棒縛〉等の主従狂言は同派の最古本の享保保教本にはなく、常磐松文庫本でも特定の役のせりふの抜書しかないために、山口鷺流の詞章や演出が確かに鷺伝右衛門派のものかどうか、十分な検証が出来ていなかった。新出台本「盗類雑」には多数の主従狂言が収めてあり、山口(長州藩)鷺流の台本との比較が可能となった。長州藩の鷺流には、鷺伝右衛門派の正当な演出が認められる一方で、異なった演出も見られ、独自の工夫があったらしいことが判明した。また、宝暦名女川本には「長州ノ本ニ有写」「長州ニテハ謡由」などの記事があり、江戸表でも参考にすべき独自の詞章・演出が長州藩にはあったことも報告した。
10月26日には、能楽研究所蔵「森藤左衛門筆鷺流狂言本」と観世新九郎家蔵『鷺流会釈狂言謡』『鷺流会釈狂言間謡』の撮影を行った。「森藤左衛門筆鷺流狂言本」は安永7(1777)年ごろの成立で、安永森本と通称され、鷺仁右衛門系の台本としては寛政有江本に先行する、まとまった台本として貴重なものである。宝暦名女川本と同時代の台本で、仁右衛門派と伝右衛門派の違いを調べていく上で欠かすことのできない台本である。
12月12日には、宝暦名女川本との本文比較のために能楽研究所蔵「南大路家旧蔵狂言六儀」「松井家習事」と、観世新九郎家文庫蔵『大蔵流間』『大蔵流習間』、古川文庫蔵「大蔵八右衛門派三冊狂言本」の撮影を行った。
12月28日には、稲田秀雄が六麓会の12月例会(オンライン開催)で「宝暦名女川本「無縁聟」と江山本「銀三郎」」と題して研究発表した。宝暦名女川本「遠雑類」の〈銀三郎〉には「無縁聟ト同事也」「長門の江山氏ヨリ来ル」とあり、別に〈無縁聟〉も収められている。江山家は、長州藩狂言方の家である。前者を江山本〈銀三郎〉、後者を宝暦名女川本〈無縁聟〉として、両者の違いと、他流派との比較検討をした。いずれも、現在〈樽聟〉(和泉流現行)と呼ばれる曲の別称だが、江山本〈銀三郎〉は知人の名前がもともと銀三郎であることを除けば他流・他派と共通し、虎明本に近い古風な演出を残す。享保保教本〈吟三郎〉と異なるところもあるが、中心趣向等は受け継がれている。それに対し、宝暦名女川本〈無縁聟〉は、樽も、「無縁」という言葉も出ず、何らかの必要から、台本の伝授によらずに作られたものらしい。江戸表よりも長州に古くからの伝承が残っており、近世狂言の中央と地方の関係を考えるための手がかりを与えてくれる好例である。
本狂言秘伝集「本書綴外物」と間狂言「遠応立」の翻刻作業を進めたが、分量が多すぎ、今年度は「本書綴外物」1冊の翻刻本文を『能楽研究』45号に掲載していただくことにし、「遠応立」は後日を期すことにした。
「本書綴外物」は、本狂言台本から秘伝を含む数丁の綴じをはずし、それらを集めたものである。ほとんどの曲が途中から始まっており、一見すると何の曲か分からない。利用する際の便宜を考えて、曲名と通し番号をつけ、簡単な解説と所収曲目もつけておいた。元の狂言台本には、はずされたことが分からないように、秘伝に属することを省いた数丁が綴じ込まれている。「本書綴外物」の曲目配列については、田口和夫氏から「盗類雑」、檜本(檜書店蔵)「出女類」「主類部」「鬼山座」とほぼ逆の順になっており、各冊の上から順にはずして重ね、そのまま綴じたために並びが逆になっているのだろうとのご教示を得た。「本書綴外物」は、田口氏指摘の4冊の他に散逸本3冊(「唐老雑」、脇狂言、聟大名)からもはずされていることが判明した。宝暦名女川本の本狂言10冊のうち、能研本「遠雑類」、檜本「近雑部」「習風部」の3冊を除く7冊から綴じ外しは行われていたのである。
【2019年度 成果】
- 論文「新出 鷺流狂言『宝暦名女川本』の離れについて」永井猛『能楽研究』44号3月
- 翻刻「鷺流狂言『宝暦名女川本』「盗類雑」「遠雑類」翻刻」永井猛・稲田秀雄・伊海孝充『能楽研究』44号3月
- 研究発表「鷺伝右衛門派の小舞「六人僧」」稲田秀雄「六麓会」(大阪大学、12月)
【2019年度 研究活動】
2019年度は、6月12日に鷺流狂言「宝暦名女川本」の離れ(笹野氏旧蔵)7冊を含む能楽研究所蔵『名女川本狂言台本・伝書』9冊の撮影を行い、その中の本狂言「盗類雑」「遠雑類」の2冊について各自の分担を決めて翻刻作業に入った。作業を進めるに当たっての細かな打ち合わせはメールで行った。
宝暦名女川本は全20冊程度と推定され、檜書店現蔵の7冊を「檜本」と略称し、所在不明だった笹野氏旧蔵7冊を「笹野本」と略称してきた。今回、笹野氏旧蔵7冊が法政大学能楽研究所(能研と略称)の所蔵となったので、これからは「能研本」と略称するのがいいのではと話し合い、今後は「能研本」と呼ぶことにした。
10月18日に永井猛が法政大学能楽研究所で新出の『名女川本狂言台本・伝書』9冊を調査した。9冊の内の本狂言3冊・間狂言4冊の計7冊を「宝暦名女川本(能研本)」と称するが、残りの2冊は筆者・成立年代も異なる伝書である。
この伝書2冊(「名女川六右衛門手記」「鷺流間狂言口傳書」)は宝暦名女川本の筆者・装丁者等の推定、鷺伝右衛門派の狂言の特色などを考える際に有用な記事が多い。
「名女川六右衛門手記」は名女川家7代目の六右衛門が鷺伝右衛門家7代目・8代目・9代目について記した貴重な書で、鷺仁右衛門家と伝右衛門家の同じ鷺流の中での演出の違いがあったことなどが記されている。「名女川六右衛門手記」と同筆のものが鴻山文庫蔵「名女川家番組留帳」12冊の中にあり、その調査も行った。
11月12日には、「名女川家番組留帳」の撮影を行った。この「番組留帳」の中の2冊に「名女川六右衛門」の署名と「一」「二」と番号の付されたものがあり、同様の署名と「三」の数字がある「名女川六右衛門手記」とがもとは一具の書であったことが確認できた。
また、この「番組留帳」によって、伝右衛門派と清水徳川家・毛利藩・津軽藩・吉見家との親密な関係を窺い知ることができた。
12月25日には、宝暦名女川本との詞章・演出の比較をするために、水野文庫「鷺流狂言型附本」「鷺流狂言五番綴本」、能楽研究所蔵「鷺流能間」「鷺流間狂言伝書」の撮影を行った。
12月28日には、稲田秀雄が大阪大学豊中キャンパス・芸術研究棟・芸3教室で行われた六麓会(12月例会)で、「鷺伝右衛門派の小舞「六人僧」」という研究発表を行った。これまで鷺伝右衛門派の台本に「六人僧」と題する小舞が記されていたが、狂言〈六人僧〉の中のどのような場面で舞われるのか不明であった。このたび新出の宝暦名女川本(能研本)「遠雑類」には、鷺伝右衛門派の〈六人僧〉が収められており、小舞はその末尾で舞われるという演出であったことが明らかとなった。さらに、宝暦名女川本の小舞の詞章は、能楽研究所蔵『小舞集』(もともと幕末の鷺伝右衛門派の常磐松文庫本の一部)所収のものよりも、長府鷺流伝承の浜田本『〔逆髪 他〕』所収の本文に一致する個所が多いことが判明した。
2020年1月14日には、宝暦名女川本との本文比較のために鴻山文庫蔵の高安本「大蔵流間語集」・上松本鷺流『狂言・間装束』の撮影を行った。
本狂言「盗類雑」「遠雑類」(2冊併せて55曲)の翻刻作業も予定通り進み、翻刻本文と解題を能楽研究所の研究紀要である『能楽研究』44号に掲載していただけることになった。
解題を兼ねた紹介文は永井が執筆し、新出の宝暦名女川本7冊の全容と、伝書2冊の内容について概略を記した。
能研本7冊の内「本書綴外物」は、本狂言の口伝等を付記したものだが、「大笑(だいさく)道人」なる後人が目録をつけ装釘したものである。「大笑道人」について、伝書の「鷺流間狂言口傳書」に「古吉見大笑」とあり、吉見儀助であることが確実となった。そして、「古」とあることから、親子で「吉見儀助」を名乗った、その親のほうを指すことも判明した。「大笑道人」は、旗本ながら狂歌・黄表紙作者であった紀定丸、本名吉見義方(通称儀助。1760~1841)であった。
「本書綴外物」の読み方について、田口和夫氏から各曲の秘伝を記した丁を綴じから外して綴じた物だから「本書綴じはずし物」とよむのがいいだろうとのご教授を得た。
【研究目的】
『宝暦名女川本』は、狂言鷺流の分家である鷺伝右衛門派のまとまった狂言伝書として、同派最古の享保保教本と幕末の常磐松文庫本(実践女子大蔵)の中間に位置する貴重なものである。
全冊は20冊程度と推定されるが、これまで檜書店蔵の7冊(檜本と略称。本狂言5冊、間狂言1冊、伝書1冊)のみ所在が確認され、研究に供されていた。
ところが、このほど所在不明であった笹野堅氏旧蔵の7冊(笹野本と略称。本狂言2冊、本狂言抜き書き1冊、間狂言4冊)が古書展に出品され、法政大学能楽研究所の所蔵となった。
この新出の笹野本7冊には、珍しい本狂言・間狂言も含まれ、注記も豊富で、能・狂言研究に資すること大であると考える。笹野本の登場によって、『宝暦名女川本』の歴史的な背景、筆者・成立年代の再検討も必要となる。所収曲については他台本との比較検討を通して、資料的な位置づけを図りたい。笹野本には間狂言が4冊270曲あり、檜本1冊50曲と併せて320曲となり、曲数の多さからも間狂言研究に役立つことは間違いない。
間狂言は細字の注記が多く、拡大可能なHPでの影印公開が望ましく、その可能性を追求してみたい。
本狂言は、檜本5冊111曲が既に北川忠彦氏・関屋俊彦氏により「翻刻 鷺流狂言『宝暦名女川本』(一)~(六)」(「女子大国文」平成元~3年)に翻刻されており、この続きとして笹野本2冊55曲も翻刻公開するのがふさわしい。そこで、基本的な研究と同時進行で翻刻作業を進め、研究期間中に公開できればと考えている。
本研究は、新出の笹野本が多くの人に利用され、研究に活用されるようにするための基礎研究である。
【研究計画・成果公開の方法】
2019年度
笹野本7冊と共に、同一の桐箱に収められていた伝書2冊(「鷺流間狂言口伝書」「名女川六右衛門手記」)の計9冊の写真撮影をする。この伝書2冊には名女川家の歴代等が記され、『宝暦名女川本』の筆者・成立年代の考察には必須である。
笹野本の全容は次の通りである。各冊には題簽がなく、背に三文字が記され、これを各冊の呼称とする。
本狂言 『盗類雑』(盗人の類と雑狂言。25曲。墨付103丁)、
『遠雑類』(遠い雑狂言の類。30曲。墨付76丁)、
『本書綴外物』(狂言抜書。口伝付記。86曲。墨付95丁)。
間狂言 『脇末鱗』(脇能と末社の神・物の精の登場する間狂言。50曲。墨付91丁)、
『語立雑』(語りアイと立シャベリ、その他。50曲。墨付101丁)、
『真替間』(真の間狂言と替のアイ。68曲。墨付269丁)、
『遠応立』(遠い珍しい間狂言と立シャベリ。102曲。墨付132丁)。
2019年度は、笹野本の基礎調査をし、資料としての有意性の見極め、『宝暦名女川本』の全体像の見直しなどを図り、年度末には全容を紹介することを目指す。
基礎調査・研究と並行して本狂言『盗類雑』『遠雑類』の翻刻作業を進め、印刷公開できるようにしたい。
2020年度
2020年度は、本狂言・間狂言について、他台本との比較等を通して、笹野本の特色などを明らかにしていきたい。特に、本狂言『遠雑類』、間狂言『遠応立』には稀曲が集められており、所収曲について個々の作品研究が必要となろう。研究期間中に全曲にわたる考察は無理としても、特色ある曲について発表できればと思う。年度末には、笹野本の本狂言、間狂言、それぞれについて研究上有用と思われる情報を提供することを目指す。
作品研究と並行して、2019年度と同様に本狂言『本書綴外物』と間狂言『遠応立』の翻刻作業を進め、印刷公開できるようにしたい。間狂言は分量も多く、研究期間中の全冊翻刻はむつかしいが、資料的価値の高い『遠応立』だけでも翻刻公刊しておきたい。
間狂言の全容については、写真版を能楽研究所のHPにUPしていただくと、細字の注記も拡大することが出来、研究にとっては最適と考える。
将来的には、檜本『羅葛部』(修羅物と葛物の部。50曲)と併せた形での間狂言の全曲紹介を考えていきたい。