能楽におけるコミュナルな実践の構図の解明
研究代表者 古賀広志(関西大学総合情報学部教授)
研究分担者 西尾久美子(京都女子大学現代社会学部教授)
柳原佐智子(富山大学経済学部教授)
研究協力者 山中玲子(法政大学能楽研究所所長・教授)
【2020年度 成果】
- 日本型エンターテイメントにおけるキャリア・マネジメント:能楽・京都花街・宝塚歌
劇・AKN48 の比較、西尾久美子・京都女子大学現代社会研究・第 23 号・37-48 頁・2021
年 1 月 - Differences in Human and AI Memory for Memorization, Recall, and Selective
Forgetting, Sachiko Yanagihara and Hiroshi Koga, In Mario Arias Oliva, A, J. P. Borondo,
K. Murata, & A. L. Palma [eds.] Societal Challenges in the Smart Society, Universidad
de La Rioja (electronic publishing), pp.371-383, 2020 年 7 月 - Monitoring and Control of AI Artifacts: A Research Agenda, Hiroshi Koga and
Sachiko Yanagihara, In Mario Arias Oliva, A, J. P. Borondo, K. Murata, & A. L. Palma
[eds.] Societal Challenges in the Smart Society, Universidad de La Rioja (electronic
publishing), pp.385-395, 2020 年 7 月. - On the Challenges of Monitoring and Control of AI Artifacts in The Organization:
From the perspective of Chester I. Barnard’s organizational theory, Paradigm Shifts in
ICT Ethics: Proceedings of the ETHICOMP 2020 (Universidad de La Rioja), pp.267-269,
June 2020 - We mostly think alike: Individual differences in attitude towards AI in Sweden and
Japan, Anders Persson, Mikael Laaksoharju, and Hiroshi Koga, The Review of
Socionetwork Strategies, Vol.15, No.1 (掲載予定)
なお、[2][3]は、2020 年 6 月 15 日から 7 月 5 日までオンラインで開催された ethicomp2020(18th International Conference on the Ethical and Social Impacts of ICT)におけるオンライン報告の予稿論文をもとに招待論文として掲載されたものである。また[4]は、オンライン報告として査読された extended abstract をもとに投稿された報告予稿である。いずれもオンライン上で報告・質疑・セッションディスカッションを行ったものである。
【2020年度 研究活動】
能楽師のキャリア・マネジメントを研究してきた西尾久美子は、能楽師のキャリア形成について、京都花街・宝塚歌劇・AKB48 との比較を行い、能楽師においては、素人弟子や講演会とのネットワーク形成、さらには素人弟子・講演会・支援者との信頼関係の重要性を明らかにした。そこから、キャリア形成において、個人の問題だけでなく、事業システムとの関連性を明らかにした[1]。茶道の Web 稽古を通じた IT 人工物の意義を研究してきた柳原佐智子は、競技カルタにおける記憶メカニズムを AI との比較することで、忘却の重要性を指摘した[2]。もちろん、能楽と競技カルタを同列に伝統芸能として位置づけるには無理があるかもしれない。とはいえ、和の文化を対象に、IT 人工物との対比を議論できた意義は少なくないと思われる。また、柳原佐智子と古賀広志は、能楽におけるオンライン稽古の影響を分析するための予備的考察として、多様な AI 人工物の位置づけを行い、それらが日常生活に及ぼす影響を考察するための簡易な地図を作成した[3]。もちろん、予備的考察に過ぎず、本来の能楽におけるオンライン発信に対する直接的な示唆は得られていないが、今後の研究の基盤となりうると期待される。さらに、能楽師のキャリア形成における事業システムとの関連性から、古賀は、顧客と組織成員と捉えるバーナード組織論を援用して、忘れられる権利やつながらない権利を回避する顧客関係の形成について議論した[4]。いわば、「つながる/知って欲しい権利」と言うべき関係性である。これは、西尾[1]の研究結果と軌を一にしており、今後の研究の方向性を見いだすことができたと言える。ところ、(素人の戯れ言という批判を恐れずに言えば、能楽では「魂」が議論されることが多いように思われる。そこで、どのような「存在」に「魂」を感じるのか、スウェーデンと日本の AI 意識調査を実施した際に、魂に関する質問項目を入れることができた。その結果、「山」などの自然物に対して、魂を感じる日本人が多いことが分かった[5]。とはいえ、調査結果からは、アミニズムについての信念は低い結果となった。これらが能楽の鑑賞にいかなる影響を当たるのかについては、今後の研究課題と言える。しかしながら、本務校における COVID-19 の感染拡大防止策としてのオンライン対応などのために、研究時間を確保できなかったことから、当初予定していたアンケート調査などを実施できなかった。この点については、忸怩たる思いである。
【2019年度 成果】
【2019年度 研究活動】
能楽師によるネット上での情報発信の現状と課題を把握することを目的とする本研究において、本年度は、その準備作業として、(1)分析のキーワードとなる「顧客経験」や「統合的マーケティングコミュニケーション」の先行研究の整理を中心に活動を展開した。企業がウェブ上で発信する情報に対する消費者のヴァーチャルな顧客経験の類型化については、Koga (2019)として整理を行うことができた。
また、研究代表者がかつて研究分担者として関わった科研「実演芸術の需要の実態と構造に関する統計情報の収集と時系列分析」で利用した質問項目をSNSなどの利用に応じた形での修正などについて研究分担者との間でメールで議論しているところである。
さらに、能楽師による情報発信については、成田達志氏や宇高竜成氏などのウェブサイトを拝見したものの現時点では十分な分析枠組みを構築する段階ではない。
【研究目的】
本研究の目的は,マーケティング論や経営戦略論の研究領域のキーワードである「経験価値」や「統合的マーケティングコミュニケーション」という視点から,能楽鑑賞者(顧客ないしファン)の鑑賞経験や顧客コミュニティにおける情報環境の意義を解明することで,能楽鑑賞者に対するマーケティング価値の提供という視点から能楽の現状と課題を探り,最終的には,能楽師など能楽の提供側(便宜上「能楽界」と表記する)がとるべき価値提供方略の方向性を提言することにある.
キーワードとなる経験価値とは,簡単に言えば「能楽を鑑賞して楽しいと感じ,もう一度鑑賞したいと思うような個人的価値」のことである.このような価値は「恣意的で回顧的」な側面を備えていることから,製品仕様書のように客観的に表記することは難しい.しかし,顧客満足を実現する提供価値の中で,経験価値の重要性が改めて注目されている.また,経験価値を提供するために事業者側が提供する情報経路を統合的に運用すべきであるという考え方が「統合マーケティングコミュニケーション」の考え方である(近年では,ネットメディアに軸足を寄せた概念として「トリプルメディア」や「オムニチャネル」という表現が用いられているが,本質は同じである).
このとき,能楽を広く鑑賞者に対する価値提供として理解するとき,経験価値や統合マーケティングコミュニケーションという切り口に注目することは,次の点において重要であると考えられる.
まず,実際に「能楽を楽しむ」ためには,伝統芸能を取り巻く周辺領域の予備知識が不可欠となる.このとき,顧客が積極的に情報を収集し摂取するだけでなく,能楽界から積極的に情報を発信することが重要と思われる.とくに,マーケティングという視点からは,能楽界からの情報発信が重要になる.鑑賞者(経営学の用語で言えば「顧客」)は,能楽界から発信される信憑性の高い情報(予備知識)を得ることで更に能楽の楽しみが増える.情報発信と顧客満足という好循環を実現させる論理として,「経験価値」と「統合的マーケティングコミュニケーション」に注目するのである.
本研究では,上記の問題意識に立脚し,現状の分析(2019年度),さらに,情報発信行為というコミュナルな実践が能楽鑑賞者(ファン)を含めた能楽コミュニティを構築するための論理を明らかにする(2020年度)ことを具体的な研究課題としている.
【研究計画・成果公開の方法】
2019年度
初年度は,(a)能楽師らによる情報発信と(b)能楽鑑賞者による情報収集・摂取の現状を把握するために,質問票調査とインタビュー調査を行う.
年度末には,単純集計結果を整理し,国内外の研究会や学会で報告の申し込みを行う.
5月より 能楽師などによる情報発信状況の調査(担当:西尾)
顧客に対する質問票の調査項目の検討(全員)
9月 質問票調査の予備調査の実施
10月 質問項目の確定
11〜12月 質問票調査の実施
2月頃 調査結果のまとめ
3月頃 調査結果報告の発表申込(国内学会や国際会議)
2020年度
最終年度,能楽師らによる情報発信行為をコミュナルな実践と理解した上で,能楽鑑賞者(ファン)を含めた能楽コミュニティの形成可能性を検討し,なんらかのガイドラインないし処方箋の作成を行う.
8月 国際会議での報告
10月 科学研究費補助金などの外部資金に対する応募申請