イキのコミュニケーション:能の所作を先端ロボットに適応するための基礎研究
研究代表者 中川志信(大阪芸術大学アートサイエンス学科教授)
研究分担者 林容市(法政大学文学部准教授)
横山太郎(立教大学現代心理学部教授)
蔡東生(筑波大学システム情報系准教授)
董然(筑波大学システム情報系後期博士課程)
研究協力者 山中玲子(法政大学能楽研究所教授)
中司由起子(法政大学能楽研究所兼任所員)
深澤希望(法政大学能楽研究所兼任所員)
【研究目的】
本研究の大きな目標は、能における所作のメカニズムを明らかにして、その方法論を先端ロボットに適応することで、能を鑑賞したときのような印象をロボットに創出することである。能の所作は省略の美といわれるように引き算の演技である。しかしながら、この所作による印象度は高く、少ない動きで意味や感情が増幅して伝わり、多くを想像させるメカニズムがある。これを、先端ロボットの所作や振舞いに適応することで、同様の効果を実現できるようになると予想している。
この大目標のために、今回の共同研究では、能の所作において最も微細でありながら最も重要だと考えられるイキ(呼吸)の技法を解析する。イキは単なる呼吸ではない。イキの「詰め開き」は、能らしい運動の質を実現する技法として、能楽の実践共同体のなかでしばしば語られるけれども、そもそも運動科学的に見てそこでどのような呼吸が実際におこなわれているのか、それが動作の質とどう関わっているのかは不明である。また、演者のイキがいかにそれを見る者(観客/師匠)へ伝わり、どのような印象を生みだすのか、囃子方がお互いのイキをどうはかり合っているのかも、能の演技における大きな謎である。このようなイキのコミュニケーションの仕組みを客観的に明らかにし、ロボットへの実装の基礎となる知見を得ることが、本研究の達成目標である。
【研究計画・成果公開の方法】
2019年度
(1)研究会を開催し、能楽研究所が所有する文献資料と、研究協力者がもつ能楽技法の知見をもとに、イキの計測の基礎となる理論とそれに基づく実験計画を確立する。
(2)能楽研究所のもつ人的なネットワークを活用して、能楽師を被験者に迎え、イキの計測をおこなう。
2020年度
(1)2019年度の研究で得られた成果から、2020年度に完成予定の実機ロボットに適応する実験を行う。このプロセスの中で、能演者とロボットの違いによる課題が多く発見でき、ロボットの所作に必要とされるデザイン方法論を創出する。
(2)シンポジウムを開催し、研究成果を公開する。
【2019年度 研究活動】
本研究は、能における所作のメカニズムを明らかにして、その方法論を先端ロボットに適応することで、能を鑑賞したときのような印象をロボットに創出することを大目標に据えた研究の一部である。特にこの共同研究では、能の所作において最も微細でありながら最も重要だと考えられるイキ(呼吸)の技法を解析し、ロボットへの実装の基礎となる知見を得ることが目指された。2019年度は、(1)研究会を開催し、能楽研究所が所有する文献資料と、研究協力者がもつ能楽技法の知見をもとに、イキの計測の基礎となる理論とそれに基づく実験計画を確立する。(2)能楽研究所のもつ人的なネットワークを活用して、能楽師を被験者に迎え、イキの計測をおこなう、の二つの活動が予定されていた。
本共同研究は、代表者中川が進める領域開拓プログラムと連携し、能楽研究所のリソースを活用することでその一部をなすはずであった。しかし、初期の研究会議の段階から、多くのメンバーを抱えたことによるスケジューリングの困難と、実際に実験をおこなう関西の研究プロジェクトとの意思疎通に関する地理的な困難に直面した。メールやスカイプ会議による話し合いを試みたが、有機的な連携体制の構築にまで至らず、計画は初期の段階で行き詰まってしまった。
この困難は構造的なものであり、残念ながらこの研究体制を継続することは断念し、本来目指した所作におけるイキの解明を研究するために、より機動的に活動できる研究体制を作り直す必要があると判断した。