能楽におけるオンライン活動の情報論的意義の解明
- 研究代表者:古賀広志(関西大学総合情報学部教授)
- 研究分担者:西尾久美子(京都女子大学現代社会学部教授)
- 柳原佐智子(富山大学経済学部教授)
- 研究協力者:山中玲子(法政大学能楽研究所所長・教授)
- ペレッキア ディエゴ(京都産業大学文化学部京都文化学科准教授)
【2022年度 研究成果】
- 学会報告 Koga, H. (2022, October). Challenges in Utilizing Learning History Data from the Perspective of a Community of Practice: Through Comparison with Online Practice of Noh and Tea Ceremony. In Proceedings of the 9th Multidisciplinary International Social Networks Conference (pp. 49-52).
【2021年度 研究成果】
コロナ禍において、貸会場の稽古場が閉鎖するなど稽古を巡る環境が大きく変化してきた中で、オンライン稽古を実施せざるを得ない状況が生じてきた。とはいえ、オンラインでは、従来のやり方をそのまま踏襲することができないために、基本的には「うたい」が中心になることが多いようだ。経営学の視点から見れば、オンライン稽古において試行錯誤を重ねる中で、ガラステーブルを活用するなどの変化が生じたことは、実践のハイブリッドの再編成という点において大変に興味深い結果を得られた。経営学では、企業の目的は、顧客の創造にあると考える。そして、顧客創造においては、新規顧客獲得よりも既存顧客の維持が重要だと指摘されるようになって久しい。顧客の離脱を回避することが企業業績においても重要であることが実証されている。このとき、オンライン稽古は、コロナ禍で離脱しそうな顧客(弟子)を維持する上で有効であると考えられる。
昨今では、ネット空間における行動履歴などを用いた顧客との関わり合いをタッチポイント(接点)、カスタマージャーニー(顧客との接点を長期的に布置ないし旅に見立てた考え方)が注目されている。他方、能楽における、弟子の諸活動は、オンライン空間に留まるものではないことは明らかである。実際、忘年会などの交流の場、師匠の舞台鑑賞などが重要なイベントとして考えられる。顧客維持という視点からオンライン稽古を現状と課題を鑑みれば、このような様々なイベントを布置とするカスタマージャーニーが描けない点が課題と言える。
【研究目的】
本研究の目的は、能楽師、素人弟子、愛好家などの異なる集団間におけるオンラインを通じた情報発信(作品などの解説や舞台の配信、オンライン稽古など)をICTの影響という点に引き寄せて検討することにある。昨年度までの研究を通じて、オンラインを活用したマーケティング、能楽師のキャリア形成をとりまく諸要因(経営学の研究領域で言うところの「エコシステム」や「価値ネットワーク」である)を解明してきた。そこで、今回の申請では、能楽におけるオンライン活動に焦点をおき、素人弟子に対するオンライン稽古の実態(現状と課題、問題点など)、大学などの能楽部の活動の状況などを調査し、ICTの可能性と限界を明らかにしたい。
企業活動においては、1980年代のサテライトオフィス実験、1990年代のテレワークの試験的導入を経て、オンラインと対面の相違、時差などの問題点が指摘されてきたが、テレワークの実践には、ICTではなく、組織の文化や行動規範などが鍵であると言われるようになった。この点は、昨今のDX(digital transformation)の議論からも明らかである。このような企業組織の日常的実践をアナロジーとして、能楽の活動を研究することは、 不謹慎かもしれないが、異業種というレンズを通じてオンライン稽古などの活動を捉えることで、能楽の稽古や情報発信という実践の意義が浮かび上がってくるとともに、従来の経営学・情報経営論とは異なるICTの意義が浮かび上がってくると期待される。
ところで、研究代表者の古賀は、科研費「実演芸術の需要の実態と構造に関する統計情報の収集と時系列分析」を通じて、大学生1万人を対象とする実演芸術のリアル視聴などの調査した経験がある。そこでは、能楽の視聴は極めて低い結果であった。現在、オンライン配信やSNSなど能楽の情報に接する機会が増えている。そこで、オンライン視聴の現状についての予備的調査を実施する予定である(2021年度)。予備的調査を踏まえた上で、2021年度、能楽師によるオンライン稽古の実態についてのインタビュー調査、場合によればWebを利用したアンケート調査を実施したい。さらに、大学や高校などの能楽部がコロナ禍において、どのような活動を展開してきたのかについての調査を行うことにする。2022年度は、これらの調査結果をもとに、能楽におけるオンライン活動の意義について考察を加えていく。