日本演劇学会 秋の研究集会「古典劇の現代上演」
■第1 日/ 10 月24 日(土)
シンポジウム(13:10 ~ 17:40)「古典演劇・伝統演劇の復元的上演はどこまで可能か」司会:宮本圭造(法政大学)
「能における復元の意義」竹本幹夫(早稲田大学)
「研究者に何ができるの?―歌舞伎の復活狂言をめぐって―」日置貴之(白百合女子大学)
「再現・再生・創造-シェイクスピアは“復元”し得るか?」井上優(明治大学)
「古典オペラの復活蘇演~さまざまなアプローチ、現代と展望~」山田高誌(熊本大学)
■第2 日/ 10 月25 日(日)
パネルセッション(10:00 ~ 12:00)「能の復元的上演の可能性―「能」を現代に蘇らせる手法―」宮本圭造・高桑いづみ(東京文化財研究所)・中司由起子(法政大学)・山中玲
子(法政大学)
特別講演(15:30 ~ 17:00)「バロック演劇における歌う身体―修辞的なジェスチャー、絵画的な美、感情に訴えかけるメカニズム、古レパートリー蘇演のための失われた伝統、あるいは新しい手法―」ジークリット・トホーフト(演出家・振付師)
*会場は両日とも法政大学ボアソナードタワー26 階スカイホール。
日本演劇学会と共同開催によるシンポジウム・特別講演を開催、研究発表ではパネルセッションとして拠点の研究成果も発表しました。
初日のシンポジウムは宮本氏の趣旨説明から。時代的変遷や歴史的変化を経ている古典劇の「復元的上演」にはどのような方法があるのか、またその様々な問題を提起した上で、上演空間復元の実例として、高村雅彦氏(法政大学デザイン工学部建築学科)と協同で取り組んでいる江戸時代末期の弘化勧進能舞台の再現CGを紹介しました。
続いて各パネリストの発表。竹本氏は、能ではテキスト自体の復元は比較的容易であること、一方で実際の演技に関わる復元には課題が多いことを指摘されました。古典作品を現代に上演すること自体が復元であり、古典の本質はテキストにある点にも言及。日置氏はエンターテイメント性が要求される商業的演劇、歌舞伎特有の現状を報告。歌舞伎では上演が途絶えた作品全体もしくは幕・場面を復活上演することが多い点、作品主義をとる国立劇場をはじめ、その他の立場でも復活上演がおこなわれているが、資料的限界や商業的な発想により、内容の大幅な省略、改変があり、新作・創作と呼ぶべきものも存在する点を指摘。研究者がさらに翻刻や作品研究に取り組む必要性も訴えられました。井上氏は、上演の伝統が既に途絶えているシェイクスピアの復元には、創造的発想が必要になる点を確認した上で、1997 年に復元建設されたグローブ座と、復元的上演に取り組んだウィリアム・ポウル(1852-1934)の事例を紹介。二例とも前世代におけるシェイクスピア上演の実践の反動であると指摘。山田氏は、古典オペラでも音楽・演出等の不確定要素を模索しながら復元がなされるが、欧州では歌唱法やジェスチャー、衣装などの点で復元の手法が蓄積されている現状を説明。当時の社会階級を可視化した客席や、階級を通した作品理解といった観客の場のあり方の復元も必要であるとの提言がありました。全体討議でも活発な意見が交わされたシンポジウムとなりました。
二日目の演劇学会パネルセッションでは、能の復元に関する具体的な問題について発表しました。宮本氏は、能の復元のための資料にどのようなものがあるかを概観し、室町~戦国期の型付や囃子付等の年代・筆者・由来等を解説した上で、実際の復元ではこれら様々な背景を持つ資料を組み合わせて検討する際の手法を説きました。このような手法は、総譜が存在せず、各役のパート譜しか用いない現行の能の上演法に照らしても矛盾しないと指摘。高桑氏は戦国期の小鼓付の解読をし、謡を表意的に表す手(リズムパターン)や現在では打たない手、頻出する手が確認でき、現代よりも華やかなリズムであったこと、戦国期の異なる二種の資料に同じ手が記載され、既に汎用性のある手が出現していたことなどを指摘。中司は江戸時代初期の型付復元において、用語の解読手法と、演じるべき型がすべて記載されるのか、それとも必ず演じる型は当然すぎて書き留めないのか、といった型付の資料的性格を問題にし、具体的な事例を実際の復元映像と共に示しました。山中氏は、江戸時代初期に紀州藩で工夫された「紀州獅子」の復元手法を発表。江戸初期の工夫の実態を記した資料や囃子伝書など複数の資料を照合して、共通する点と、囃子の変わり目等における異なる言説といった矛盾点を指摘。その上で筆者の立場や秘伝に対する意識等を検証して矛盾を解消し、現代の技法との折り合いをつける手法を明らかにしました。
特別講演にはベルギー出身の演出家・振付師のトホーフト氏を招聘しました。トホーフト氏は2009 年ドイツカールスルーエ州立劇場の G.F. ヘンデル作曲のオペラ『ラダミスト』上演に際して、歴史的な文献資料に基づく「劇場言語」(Theatersprache) の復元で注目され、以来、数々のバロックダンスやオペラの復元的上演の第一人者として、国際的に活躍されています。今回の講演では、Historically Informed Performance をおこなうための文献資料を紹介しながら、バロックオペラ、及びバロックジェスチャーの決まり事を解説されました。バロックジェスチャーには当時の王侯・貴族階級のマナー、身体の使い方が反映しており、それらのジェスチャーは、舞台上では直線的ではなく、曲線を描くように歩むなどといった様式化した動きとして演じられています。トホーフト氏が活動を始められた80 年代には、Historically Informed Performance によるバロックオペラの上演は珍しいものでしたが、今や音楽技法の復元だけでなく、失われた演出技法の再現をも目指した様々な試みがなされている現状の報告もなされました。日本の古典劇と共通するような様式化の問題は非常に興味深いものと思われます。
会場前にて能の復元関連資料の展示を同時開催。『妙佐本仕舞付』、『慶長十二年二見忠隆奥書戦国期囃子伝書』、下間少進筆『能之舞台図』等と、高村ゼミ制作の弘化勧進能舞台の模型を公開しました(2 日間のべ204 名参加)。