公募型共同研究 活動報告
学校教育における能楽の分析と刷新―伝統文化教育のモデルケース確立をめざして
研究代表者 佐藤和道 名古屋中学高等学校教諭
研究分担者 田村景子 和光大学表現学部総合文化学科専任講師
研究分担者 岩城賢太郎 武蔵野大学文学部日本文学文化学科准教授
【研究目的】
①明治期から現代に至る国語科教科書に掲載された能楽作品について、教科書・教授資料の分析を通じ、従来の伝統芸能教育の問題点を明らかにする。
②①の成果を踏まえ、現代社会に即した新たな教材・指導案を提示する。
【研究背景】
ハルオ・シラネ、鈴木登美編『創造された古典』(新曜社、1999年)において言及されたように、明治以降能が国語教科書に掲載され続けたことは、社会における能楽の位置づけに少なからぬ影響を及ぼした。しかし、昭和45年の学習指導要領改正によって、それまで100を超える教科書に掲載されていた能楽作品は大幅に減少し(右表参照)、能を体系的に学ぶ機会は限られたものになってしまった。
現行の学習指導要領では「伝統や文化に関する教育の充実」が主な改善事項の一つに掲げられ、古典・武道・伝統音楽・美術文化・衣食住の歴史や文化について各教科で学ぶべきことが定められている。総合芸術である能は、上記諸分野のいずれもと密接な関連を持ち、これらを有機的に関連させることで教科横断的な伝統文化教育の実現が可能と考える。そこで本研究では、能楽を伝統文化教育のモデルとすべく、実演者の協力を仰ぎ、専門を異にする3人の研究者の共同研究を構想した。
【研究の方法と期待される成果・その特色】
研究目的①に関しては、田坂文穂編『旧制中等教育国語科教科書内容索引』(教科書研究センター、1984年)及び、阿武泉監修『教科書掲載作品13000』(日外アソシエーツ、2008年)によって能楽関連教材を掲載していることが判明する旧制中学校・高等女学校国語科教科書174種、戦後の高等学校国語科教科書294種を調査対象とする。これらの分析を通じて、学校教育において能がどのように教えられてきたかを検証し、問題点を明らかにしたい。続く研究目的②では、①の成果を踏まえつつ、現代文学および演劇や映画・マンガ・アニメなど所謂サブカルチャーと能との接点を探りながら、新たな伝統教育の方法を模索する。特に学習指導要領において伝統音楽の教示が明記されている音楽科を筆頭に、武道(体育)と身体表現、日本美術(美術)と能面など他教科との連携を視野に入れつつ、教科横断的な指導方法の構築を目指す。これまで「体験」や「鑑賞」といった単発の活動に終始し、表面的な理解に留まっていた旧来の方法を改め、伝統文化を複合的に学ぶためのモデルケースとしたい。学校教育において伝統文化を深く、多面的に学ぶ方法を確立することによって、伝統文化を継承・発展する担い手を育成することは、国際化の進展する現代社会において、その意義は大きいといえる。
なお、研究協力者である佐野玄宜は、ワークショップ・教員向けの講座などの経験が豊富で、学校教育の実態・問題点などを熟知し、本研究に寄与できる面は少なくない。また、分担者全員が高校・高専での教員経験を有することも特色の一つで、教育の実践と検証を行う上で大きなメリットとなろう。
【研究活動】
本研究課題は、明治期から現代に至る国語科教科書に掲載された能楽作品について、教科書・教授資料の分析を通じ従来の伝統芸能教育の問題点を明らかにすること(①)、及びこの成果を踏まえ、現代社会に即した新たな教材・指導案を提示すること(②)の2点について実施した。
①に関しては、佐藤は旧制中学校・高等女学校国語科教科書174 種、戦後の高等学校国語科教科書294種及びその関連資料(教授用資料等)について、主として国立教育政策研究所教育図書館において調査を行った。またその概要を2015 年6 月21 日の能楽学会第14 回大会における口頭発表「国語教科書と能楽」で報告した。岩城は、『平家物語』や『源平盛衰記』等の軍記物語やそれらを題材とする能楽作品についての調査を実施し、教材化の背景や歴史的経緯についての解明を試みた。加えて、公益財団法人教科書研究センター付属教科書図書館において、能楽に関する記述のある全ての現行教科書(小・中・高校の国語・音楽・社会)の調査を行った。後者については2016 年2 月29 日の能楽学会2月例会「学校教育における能楽の問題分析と提言」において報告を行った。
②に関しては、田村は、能と接点を持つゼロ年代以降の小説・演劇・映画・マンガ・アニメなどに関わる映像・音声資料の収集を行い、これらの資料を用いた指導案・教授方法の構築を試みた。これらの
成果は、「能楽教育の再/提示――現存する舞台芸術をハブ教材へ」としてまとめ、今後学術雑誌に投稿する予定である。このほか関連論考として論文「三島由紀夫『豊饒の海』における能楽表象(1)―「美の厳格な一回性」への偏愛」、論文「懸隔甚だしき恋の方へ―三島由紀夫「恋重荷」論」を発表した。佐藤・佐野は、「アクティブラーニング型学習」の方法論を取り入れた授業案を作成し、佐藤の勤務校である名古屋高等学校において授業実践を行った。本実践は上述の能楽学会2 月例会において報告した。
【成果】
- 論文 「国語教科書と能楽」 佐藤和道 『能と狂言』14号,能楽学会,ぺりかん社
- 論文「三島由紀夫『豊饒の海』における能楽表象(1)―「美の厳格な一回性」への偏愛」 田村景子 『和光大学表現学部紀要』 16号, 2016 年3 月
- 論文「懸隔甚だしき恋の方へ―三島由紀夫「恋重荷」論」 田村景子 『三島由紀夫研究』 16 号,鼎書房,2016
年3 月 - 研究発表 「国語教科書と能楽」佐藤和道 能楽学会第14回大会,2015 年6 月21 日,早稲田大学
- 研究発表 「学校教育における能楽の問題分析と提言」 佐藤和道・岩城賢太郎・佐野玄宜 能楽学会2月例会,2016年2月29日,法政大学