近世邦楽詞章における謡曲摂取の研究と用例データベースの作成
研究代表者 日置貴之(白百合女子大学文学部国語国文学科准教授)
研究分担者 田草川みずき(千葉大学国際未来教育基幹准教授)
中野顕正(都留文科大学文学部非常勤講師)
研究協力者 古川諒太(東京大学大学院人文社会系研究科修士課程学生)
【研究目的】
能楽・謡曲の享受史を考える上での重要な事例に、近世邦楽がある。近世邦楽における能楽・謡曲摂取の様相については従来から研究が存在するものの、その多くが音曲的側面からの検討であり、邦楽の詞章に着目した文芸的側面からの検討は散発的にしか行われていないため、音曲・詞章の両側面を包括する見地からの総合的研究は未だ進んでいないのが現状である。
本研究は、この近世邦楽、特に長唄を主な対象として、その詞章における謡曲の利用についての網羅的な調査・検討を行い、その成果に基づく用例データベースを構築することを目指すものである。その際、従来の音曲的側面からの研究の蓄積をも適切に踏まえた上で、詞章面における謡曲摂取の方法について、近世文芸・芸能研究としての観点、および謡曲作品解釈との比較という観点から、それぞれに検討を加えることとする。
近世芸能史における能楽享受の実態をより明らかにするとともに、日本文学史における謡曲の位置づけの一端を解明し、さらに近世邦楽・文学の典拠研究にも資する知見を提供することが、本研究の目的である。
【2019年度 活動成果】
2019年7月以降、合計4回の研究打ち合わせを行いながら、長唄詞章における謡曲摂取の用例データベースを作成した。作成にあたっては、第1回の打ち合わせで、採録範囲や底本等について議論が行われたが、さしあたって長唄は『日本歌謡集成』所収曲を対象とし、同書の翻刻を用いた。一方、謡曲については観世流現行本文の該当箇所を参照できるようにした。結果として、長唄226曲から694箇所の謡曲摂取箇所を抽出し、データベース化した。作成したデータはすでに能楽研究所に提供済みであり、今後公開方法を検討していきたい。
また、このデータを元にして、長唄における謡曲摂取の状況をより詳細に研究していくことが求められるが、現時点ではどの謡曲が長唄詞章中に引用される頻度が高いかなどの、計量的分析にとどまっているが、今後個々の用例の詳細な検討や、謡曲摂取箇所の節付など音楽的側面も考慮に入れた考察の必要があることなどが議論された。後者に関しては、主にデータベース作成作業の実務を担当した研究協力者の古川諒太氏より、第4回打ち合わせの際に、謡曲摂取と節付との対応関係について一定の見通しが示されており、今後研究発表、論文等での発表を検討している。また、上述のようにデータベース作成に際しては長唄は『日本歌謡集成』、謡曲は観世流現行本文を参照したが、例えば近松門左衛門の浄瑠璃における謡曲摂取の例を検討すると、下掛り系本文が参照されていることは、研究分担者の田草川みずき氏が過去に指摘している。長唄の謡曲摂取に関しても、参照された謡曲本文の比定が可能であるか、今後長唄正本および能楽各流の近世期の本文の検討を通じて考察していくべきであることが確認された。
長唄における謡曲摂取用例データベース(添付ファイル)公開準備中である。
【研究計画・成果公開の方法】
2019年度
まず、近世邦楽の詞章における謡曲利用例のデータベース化に向けた検討会議を行う。検討会議においては、①用例の採取範囲、②用例採取の際の底本、③節付け等音楽面の情報の反映方法、等についての検討を行う。また、能楽研究・近世芸能研究・近世文学研究それぞれの立場からの意見を聴取し、多様な研究分野からの需要に応え得るようなデータベースの設計方法を検討する。その上で、まずは長唄を主たる対象としてデータベースの作成作業に着手する。
データベースの作成作業と並行して、年度内に5回程度の研究会を行う。研究会では、作成作業を通して明らかになった近世邦楽詞章における謡曲摂取の特質について、能楽研究や近世芸能・文学研究をはじめとする多方面からの情報共有のもと、総合的見地から検討を加えることとする。そうして研究会によって得られた知見をもとに、近世邦楽における謡曲摂取の特質を適切に示すことのできるようなデータベース設計の方法論を構築することとする。
(3)で申請する研究経費のうち、諸謝金はデータベース作成に伴う作業に対する謝金、印刷・撮影費はデータベース作成のために必要となる長唄正本等の資料撮影・複写の費用である。