能作品の仏教関係語句データベース作成と能の宗教的背景に関する研究
- 研究代表者:高橋悠介(慶應義塾大学附属研究所斯道文庫准教授)
- 研究分担者:森幹彦(目白大学社会学部社会情報学科准教授)
- 大東敬明(國學院大學研究開発推進機構准教授)
- 西谷功(宗教法人泉涌寺宝物館「心照殿」学芸員)
- 芳澤元(明星大学人文学部日本文化学科助教)
- 猪瀬千尋(金沢大学人間社会研究域歴史言語文化学系准教授)
- 倉持長子(聖心女子大学文学部非常勤講師)
- 中野顕正(弘前大学人文社会科学部助教)
- 研究協力者:平間尚子(大正大学綜合仏教研究所研究員)
- 北林茉莉代(大正大学非常勤講師、国文学研究資料館学術資料事業部プロジェクト研究員)
- 佐藤嘉惟(東京大学大学院生)
- 杉山翔哉(東京大学大学院生)
【2022年度 研究成果】
- 論文 高橋悠介「《江口》と金春禅竹」(『観世』89(4)、2022年7月)
- 論文 高橋悠介「芸能における中将姫―能「雲雀山」「當麻」と浄瑠璃「鶊山姫捨松」(『中将姫と當麻曼荼羅―祈りが紡ぐ物語』奈良国立博物館、2022年7月)
- 論文 大東敬明「年間特集「能と神祇・神道」(『金春月報』43(3)~(12)、2022年3~12月)
(第1回)御裳濯(第2回)放生川(第3回)采女(第4回)誓願寺(第5回)加茂(第6回)源太夫(第7回)三輪(第8回)葛城(第9回)鵜祭(第10回)龍田 - 論文 大東敬明「葵祭図屏風(國學院大學博物館蔵)」(『国立能楽堂』463、2022年7月)
- 論文 芳澤元「室町社会の宴と肉食禁忌―精進料理の歴史的前提―」(『歴史学研究』1027、2022年10月)
- 論文 中野顕正「『大和国當麻寺縁起』校注稿 」(『人文社会科学論叢』13、弘前大学、2022年8月)
- 論文 中野顕正「中将姫伝説の誕生 ―當麻曼陀羅縁起(中将姫物語)の主題は女人救済か」(『弘前大学国語国文学』44、2023年3月刊行予定)
- 論文 中野顕正「證空仮託『當麻曼陀羅記録』縁起分考」(『人文社会科学論叢』14、弘前大学、2023年2月)
- 論文 中野顕正「光明寺蔵「當麻曼陀羅縁起絵巻」成立の周辺 ―當麻曼陀羅・曼陀羅縁起享受環境の検討から」(『仏教芸術』10、2023年3月刊行予定)
- 論文 猪瀬千尋・中野顕正「澄憲『法華経釈』提婆達多品第十二 校注稿(2)」(『金沢大学国語国文』48、2023年3月刊行予定)
本課題は、能作品中に引用される偈句・経文類や仏教関係語句を、データベースという形で可視化し、これらを総合的に考える基盤を作ると共に、能の宗教芸能としての面を再考するものである。合わせて、能楽研究者だけでなく仏教学や中世神道、日本史学といった様々な専門の研究者を交え、こうした語句の用例や能の中での意味を探っている。こうした作業を通して作品理解を深め、能の宗教芸能としての面を掘り下げることを目指すものである。
これまで能作品中の経典や偈句類の引用句について、現行曲を対象として380項目を抽出、これらにつき、よみ、用例(周辺も含めた詞章、場面説明)、部分的な注釈や参考文献、関連語句情報を入力していた。ここで抽出した用例は、主に観世流大成版を中心とした現行詞章であった。能楽研究所において2021年度から科研費・基盤研究(A)「能の「ことば」の包括的・領域横断的研究に向けたオンライン・リソース構築」(研究代表者:山中玲子)が採択され、この科研において能の詞章について元和卯月本・明暦野田本をはじめとした近世の謡本版本の本文をデータベース化することになった。本研究課題でも、そうしたデータベースと連動する形を構想し、抽出した用例の底本を、現行曲から近世版本に改めている。元和卯月本及び明暦野田本所収曲は、その本文を入力し、両者にない曲については、版本番外謡曲集(三百番本・四百番本・五百番本)の本文を入力した。本年度は、これらにも含まれない乱曲などについて、適切な版本を検討し、書き換える作業を行った。また、抽出した語句に注釈を付ける作業を継続し、データベースにふさわしい統一的な書き方や表記に直していく作業を行った。
これら能作品中の経典や偈句類の引用句のうち、インド・中国撰述の語句の部分78項目について、語句とその読み、用例(周辺も含めた詞章)、その場面の説明、部分的な注釈や参考文献、関連語句情報などをデータベース化した。また、各曲の情報として、曲名よみ、梗概、現在の上演流派、室町期演能記録なども入れ、利便性を考慮している。
あわせて、能作品における仏教関係語句や、経典引用の背景・機能・意味についての検討を進めた。昨年度は能の宗教的背景自体をテーマとした論集として、『宗教芸能としての能楽』(勉誠出版、2022年1月)を刊行したが、今年度は、個別に論文を発表する形で成果を公にしている。高橋(研究代表者)は、禅竹が南江宗沅の頌に基づいて『六輪一露之記注』に記した〈江口〉〈邯鄲〉を詠んだ歌を通して、〈江口〉の背景にある仏教思想をどのように捉えていたかを論じた。大東敬明(研究分担者)は、『金春月報』に「能と神祇・神道」と題する十回の連載の形で、能にみえる神道思想について執筆した。能の〈御裳濯・放生川・采女・誓願寺・加茂・源太夫・三輪・葛城・鵜祭・龍田〉などにみえる、神道や神仏習合に関わる文言について、中世神道研究の立場から考察したものである。芳澤元(研究分担者)は、室町時代の魚鳥獣の肉食の実態を考察する中で、能〈阿漕〉〈鵜飼〉〈善知鳥〉や狂言〈宗八〉〈鹿狩〉などにも言及し、肉食に伴う殺生罪業観と職業殺生容認論との葛藤について論じた(後掲)。また、中野顕正(研究分担者)は、能〈当麻〉に至るまでの当麻曼荼羅信仰や当麻寺縁起の展開を広いスパンで検討した論文を複数、発表している。
【2021年度 研究成果】
- 著書『宗教芸能としての能楽』高橋悠介編(勉誠出版、全280頁、2022年1月)
- 論文「六輪一露説と世阿弥能楽論」高橋悠介 (『能と狂言』19、2021年11月)
- 論文「能と神祇・神道(第1回)「御裳濯」」大東敬明(『金春月報』43-3、2022年3月)
- 論文「髭僧にみる中世東国と宗教―遁世僧集団と関東天台談義所の交流網―」芳澤元(『寺社と社会の接点―東国の中世から探る―』高志書院、2021年12月)v
本課題は、能作品中に引用される偈句・経文類や仏教関係語句を、データベースという形で可視化し、これらを総合的に考える基盤を作ると共に、能の宗教芸能としての面を再考するものである。合わせて、能楽研究者だけでなく仏教学や中世神道、日本史学といった様々な専門の研究者を交え、こうした語句の用例や能の中での意味を探り、用例一覧と注釈の作成を進めている。こうした作業を通して作品理解を深め、能の宗教芸能としての面を掘り下げることを目指すものである。
本課題は、2019-2020年度の共同研究を継承するものであるが、2020年度までは能作品中の経典や偈句類の引用句について、現行曲を対象として380項目を抽出、これらにつき、よみ、用例(周辺も含めた詞章、場面説明)、部分的な注釈や参考文献、関連語句情報を入力していた。また、各曲の情報として、曲名よみ、梗概、現在の上演流派、室町期演能記録などをデータ化している。ただし、抽出した用例は、主に観世流大成版を中心とした現行詞章であった。
そうしたところ、能楽研究所において2021年度から科研費・基盤研究(A)「能の「ことば」の包括的・領域横断的研究に向けたオンライン・リソース構築」(研究代表者:山中玲子)が採択され、この科研において能の詞章についてまず元和卯月本と明暦野田本の本文をデータベース化することになった。本研究課題も、そうしたデータベースと連動する形を構想した方が、より利便性が増すため、まず抽出した用例の底本を、現行曲から近世版本に改めることにした。
そこで、2021年度は、抽出していた観世流大成版などの現行本文に対応する、江戸時代の版本の本文の入力を行った。その方針としては、元和卯月本所収曲は、元和卯月本の本文を入力し、それとは重ならない明暦野田本所収曲は、明暦野田本の本文を入力した。また、元和卯月本にも明暦野田本にもない曲については、版本番外謡曲集の本文を入力した。乱曲などについては、この版本番外謡曲集にも収められていないものがあり、そうした点でまだ近世版本の本文に移行できていない用例も若干は残っているが、これらも追って適切な近世版本に基づいた本文を入力するつもりである。大半の用例については近世版本の本文に基づく用例データを準備することができた。2022年度の早い段階で試験公開する予定である。
あわせて、能作品における仏教関係語句や、経典引用の背景・機能・意味について、定例の研究会において検討し、注釈の作成を進めた。また、こうした作業の成果も含めた形で、能の宗教的背景自体をテーマとした論集として、『宗教芸能としての能楽』(勉誠出版、2022年1月)を刊行した。本書は、能楽研究を、隣接する宗教文化/思想史研究に架橋しようという意図のもと、共同研究を構成するメンバーのうちの8人に加え、こうした分野にご関心をお持ちの研究者にも執筆を依頼し、計15人による4章立て、全280頁の論集となった。能楽専門の研究者だけでなく、多くの他分野の研究者にも参加していただいた能楽論集として、意義ある内容になった。
【研究目的】
本研究は、能作品中に引用される偈句・経文類や仏教関係語句を、データベースという形で可視化し、これらを総合的に考える基盤を作ると共に、能の宗教芸能としての面を再考するものである。能作品中に引用される仏教関係語句の中には、現代の諸注釈でも典拠不明のままのものもある。また、他の用例が限定的に指摘されていても、意味や引用意図が正確には理解されていないものも多い。仏教関係語句の中には、中世の神仏習合を反映した語句もある。能作品の総合的理解には、そうした文句の検討も不可欠である。そこで、能作品中の偈句・経文類・仏教語を抽出したデータベースを作ると共に、能楽研究者だけでなく仏教学や中世神道、日本史学といった様々な専門の研究者を交え、こうした語句の用例や能の中での意味を探り、用例一覧と注釈を作成したい。こうした作業を通して作品理解を深め、能の宗教芸能としての面を掘り下げることを目指す。
本課題は、2019-2020年度の共同研究を継承するもので、データベースの基盤はある程度、準備できてはいる。ただし、公開するには機能面・内容面共に足りないところがあり、こうした点の改良が2021-2022年度の課題となる。その上で期間中にデータベースを公開したい。