脇型付「能之秘書」の解読と注釈を通した能の様式化以前の演出の研究
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- 研究代表者:中司由起子(法政大学能楽研究所兼任所員)
- 研究分担者:岩崎雅彦(國學院大學文学部教授)
- 研究分担者:小田幸子(明治学院大学非常勤講師)
- 研究分担者:大日方寛(ワキ方下掛宝生流能楽師)
- 研究分担者:深澤希望(法政大学能楽研究所兼任所員)
- 研究分担者:山中玲子(法政大学能楽研究所教授)
【2023年度 研究成果】
- 翻刻 脇型付『能之秘書』(横山太郎編『わざを伝える 能の技芸伝承の領域横断的研究』能楽研究叢書9、能楽研究所、2024年3月25日)
- 論文 中司由起子「江戸時代初期のワキの演技―『能之秘書』の解題にかえて―」(横山太郎編『わざを伝える 能の技芸伝承の領域横断的研究』能楽研究叢書9、能楽研究所、2024年3月25日)
研究会を開催し、118曲中116曲の現代語訳、用語の抽出、問題点の検討を終えた。本年度は、これまでの研究会における作業と考察を集約し、翻刻の公開(1)、論文の発表(2)をおこなった。
(1) 脇型付『能之秘書』翻刻の公開
118曲と重複10曲*を合わせた全128曲分の翻刻本文、表記に関わる注、重複分の異同を横山太郎編『わざを伝える 能の技芸伝承の領域横断的研究』(能楽研究叢書9、能楽研究所(2024年3月末刊行予定))に掲載した。
*『能之秘書』には、末尾に〈通盛・忠度・兼平・経政・実盛・敦盛・江口・采女・定家・夕顔〉が再録されている。 これらの本文は初出の本文とほぼ同文であるが、一部異同も見られる。(2) 論文発表
中司由起子「江戸時代初期のワキの演技―『能之秘書』の解題にかえて―」を発表した(横山太郎編『わざを伝える 能の技芸伝承の領域横断的研究』(能楽研究叢書9、能楽研究所(2024年3月末刊行予定))。『能之秘書』の書誌・重複曲・書写者の問題の検討のほか、『能之秘書』と『福王流古型付』・浅野家旧蔵「脇所作付」等を比較し、江戸時代初期のまとまった脇型付では記事の構成や内容、用語に共通点があること、『能之秘書』が上掛リ系統、とくに福王流と近しい内容を有することなどを指摘した。『能之秘書』に数多く確認できる、恥ずかしい・嬉しい・不思議がるといった心情や心の状態を指示する記事を分析し、江戸時代初期のワキが心情を表す演技をおこなっていた可能性を論じた。【研究目的】
本研究で扱う法政大学能楽研究所蔵「能之秘書」は、118曲分のワキ方の所作を書き留めた型付である。ワキ方の型付では福王流系統の「慶長四年福王脇仕舞付」(表章「京観世浅野家所蔵文書について」『法政大学文学紀要』30号)や「福王流古型付」「盛吉本型付」(伊藤正義編『福王流古伝書集』和泉書院)が知られ、これらの型付資料は慶長、寛永年間の江戸時代初期に成立したと考えられている。
2019年度よりおこなっている拠点の公募型共同研究において、本資料「能之秘書」にも古い時代の型付の特徴が見えることがわかってきた。所作だけでなく、間狂言場面のワキとアイの応答のうちワキの台詞も詳細に書き留める形式であること、現代のワキは演じないような写実的な動きが指示されていること、「〇〇心在之」「〇〇心持」等の表現で感情やその心持でおこなう演技を指示していること、慶長頃の写本によく見られる筆跡であることなど、古さを示す点が指摘できる。
すでに本文全体の翻刻は完了し、現代語訳をとおして内容の解釈をする作業についても昨年度までに100曲分を終えている。残りの曲の解釈を進め、校訂本文・注・索引の作成、解題と論文執筆をおこなう。これらの研究によって、①「能之秘書」の資料的価値を明らかにし、②現代とは異なり定型化していないワキの演技の分析を通して、能演出が様式化する以前の様相を解明することを目的とする。