一噌流の伝承研究―島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査―
- 研究代表者:森田都紀(京都芸術大学芸術学部准教授)
- 研究分担者:高桑いづみ(東京文化財研究所名誉研究員)
- 研究分担者:宮本圭造(法政大学能楽研究所所長・教授)
- 研究分担者:山中玲子(法政大学能楽研究所教授)
- 研究協力者:中司由起子(法政大学能楽研究所兼任所員)
- 研究協力者:深澤希望(法政大学能楽研究所兼任所員)
【2023年度 研究成果】
- 1. 高桑いづみ「国立能楽堂所蔵一噌流古頭付の研究報告」第31回楽劇学会大会、口頭発表、2023年7月23日、於早稲田大学小野記念講堂。
- 2. 高桑いづみ「囃子研究のさまざまな視点」 能楽学会『能と狂言』21、2023年12月。
- 3. 森田都紀「「笛方一噌流分家一噌八郎右衛門家の〔獅子〕」 能楽学会『能と狂言』21、2023年12月。
- 4. 高桑いづみ「『古頭付』から読み解く江戸初期以前の一噌流アシライ」『能楽研究』第48号、2024年3月。
本研究は2019~20年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」と2021~22年度に実施した同公募型共同研究(B)「一噌流の伝承研究-島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査-」を継続・発展させるものである。
以下の二点を研究目的としている。
1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料(笛方一噌流島田巳久馬旧蔵)の調査研究
2、国立能楽堂蔵 一噌八郎右衛門家資料(津藩、分家一噌家旧蔵)の調査研究
今年度は、重点的な調査が必要と思われる2を中心に4回の研究会を行った。以下にその成果を簡潔に記す。
一噌八郎右衛門家伝来資料は津藩藤堂家お抱えの一噌流分家八郎右衛門家に相伝された資料で、家系図・過去帳・門人帳・起請文・手付類など約七十点からなる。その大半は笛の手付であり、唱歌付、頭付、指付等が含まれる。本研究会では、江戸初期に遡り得ると推測される手付の講読を2020年度より継続してきた(【成果】2高桑論文、3森田論文)。とりわけ頭付の記述には現行の演出と異なる点が多々認められ、一噌流の伝承を歴史的に捉えるうえでも津藩の地域性を検討するうえでも極めて重要と考えられるため、今年度は頭付の調査研究に重点を置いた。
研究会では、まず国立能楽堂で頭付の資料調査を行い、改めて写真を撮影した(2019年度以来2度目)。続いて、撮影した写真データをもとに各頭付の項目順を再検討した。乱丁や散逸が認められるうえ、別資料が同一資料としてまとめられ伝承されていた可能性も確認した。そこで、内容に応じて『笛伝書残簡』『イロハ順頭付』『目録付き頭付』『藍色表紙折本笛頭付』『茶色表紙折本笛頭付』等の仮称を付して整理し、それぞれの資料の書誌情報をとった。
そのうえで、笛の演出やシテの型の記述が詳細な『笛伝書残簡』の内容整理を開始した。具体的には、個々の記事に通し番号を振って、見出し・曲名・難読箇所・笛の手等を整理し、内容解釈を進めている。
また、上記と並行して、高桑いづみ氏が『目録付き頭付』の笛の演出の検証を進め、所収する12の演目において、何のアシライがどこでどのように吹かれているのかを分析した。そして『双笛集』以後、桃山時代から江戸時代初期にかけて一噌流がいかにアシライを奏していたのかを、本家又六郎家に伝承される手付と比較しながら紐解いた(【成果】1高桑口頭発表、4高桑論文)。
【研究目的】
本研究は 2019~20 年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調 査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」と 2021~22 年度に実施した同公募型共同研究(B) 「一噌流の伝承研究-島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査-」を継続・発展さ せるものである。
能の演出に関する研究は、所作や作リ物などを中心に近年さかんに行われるようになった。だが囃子、ことに能管は物語の情景を彩る重要な存在でありながら先行研究が少なく、演奏技法や伝承について未解明 な点が多い。本研究では、2018 年度に能楽研究所が入手した島田巳久馬旧蔵資料と 2018 年に国立能楽堂蔵 となった一噌八郎右衛門家資料の、二つの笛方一噌流関連資料を対象に調査を行い、一噌流の伝承に関わる 人物、演奏技法や演出の地域差、時代による変遷等を明らかにしようとする。
島田巳久馬旧蔵資料は、昭和初期に一噌流宗家代理を務めた一噌流笛方・島田巳久馬(1889~1954)が所持 した資料で、書状や自身の稽古の記録、入門・相伝免状、秘事を含む手付類など約 170 点からなる。島田巳 久馬旧蔵資料全体の点検と「島田巳久馬旧蔵資料目録」の作成、経歴調査等はすでに一通り終えており、それらの蓄積のもとに本研究では個々の手付を精査し、明治末期から昭和初期における一噌流の演奏実態を 紐解いてみたい。
一方、一噌八郎右衛門家資料は、一噌八郎右衛門善政(宗光)の甥にあたる八郎右衛門善久が新たに一家を 立てた分家一噌家に伝えられた約 70 点の文書である。同家は江戸前期に津藩藤堂家に召し出されて以来、 幕末維新まで津藩に仕えた。笛方一噌流の歴史的研究はこれまで宗家系を中心になされてきたが、当家に伝承された文書は江戸期の地方伝承の具体相を解明することに繋がると考えられる。すでに①起請文・家系 図・由緒書等を解析し、②江戸初期に遡りうる 5 点の手付を一通り読んだ。さらに、③手付の分析を通じ て、謡のアシライの歴史的変遷や囃子事にみられる八郎右衛門家の独自性の検証にも着手しつつある。これ らを土台に①②③の作業をさらに進め、江戸期における八郎右衛門家の伝承実態に迫ろうとする。 以上の二つの調査により、江戸期から昭和期にいたるまでの一噌流をとりまく伝承の一端が浮かび上がると思われる。