「新纂謡曲引歌考」の作成と謡曲における歌枕摂取の研究(2023年度より継続)
- 研究代表者:中野顕正(鶴見大学文学部日本文学科講師)
- 研究分担者:浅井美峰(大阪大学人文学研究科准教授)
- 研究分担者:川上一(国文学研究資料館助教)
【研究目的】
「新纂謡曲引歌考」作成については、和歌の他出確認と典拠比定の見直しを完了させ、暫定版データのweb公開を目指す。適宜、研究協力者にデータ入力や点検・校正を依頼する場合がある。
道行詞章の注釈検討については、表章「世阿弥作能考」が「世阿弥作の可能性強く、世阿弥作と見て差支えない曲」「世阿弥作の可能性のある曲」と認定している曲を対象とする。各論的論点について適宜論文化を行う。なお、本研究課題終了後も、検討の及ばなかった曲について引き続き検討を行い、例えば永享期以前成立曲全作品の一通りの検討が完了した段階などで、総括的論文を公表する予定である。
【2024年度 成果】
- データベース 謡曲引歌作品(暫定版)
本共同研究では、(1)謡曲における古歌摂取の俯瞰的・網羅的把握、(2)謡曲(特に道行謡)における歌枕利用の注釈的検討、の二点から、謡曲に含まれる和歌・連歌由来の表現について検討を行うことを当初計画していた。但し、前年度の成果報告書に記した通り、データの構築による研究基盤の提供を早期に実現することが優先されるべきと判断し、上記二点のうち(1)を優先することとしたため、本年度は研究時間のほとんどを(1)に宛てることとした。
(1)の作業において作成している「新纂謡曲引歌考」(仮称)は、佐成謙太郎『謡曲大観』首巻所収「謡曲引歌考」を表形式のデータとして整理し、その後に刊行された謡曲注釈における新たな指摘をそこへ追加反映するという形で作成を進めている、謡曲詞章中の引歌用例一覧である。前年度の時点で、『謡曲大観』所収「謡曲引歌考」の入力整理はひととおり終えるとともに、新潮日本古典集成『謡曲集』収録曲のおよそ3分の2につき、頭注に指摘される本歌・参考歌等の追加入力を済ませていた。本年度はこれを更に進め、新潮日本古典集成『謡曲集』収録曲のうち現行曲の全てについて入力作業をほぼ終えるとともに、以下の各先行注釈書のメタデータとの紐付けをおこなった。
・日本古典文学大系『謡曲集』の頁行数、段・小段番号、小段名
・新潮日本古典集成『謡曲集』の段・小段番号、小段名
・新編日本古典文学全集『謡曲集』の頁行数
これらのうち、日本古典文学大系・新潮日本古典集成との紐付けはほぼ完了している。新編日本古典文学全集との紐付けについては現在作業中の段階にある。
厳密性を追求するのであれば、前年度の成果報告書にも記した通り、底本の問題や段番号・小段名表示の問題などが遺されている。しかし、完璧を期して徒らに成果データを死蔵してしまうよりは、不完全な形であってもまずは暫定版として仮公開し、研究の手がかりとして広く活用されることが望ましいと考えるに至った。そうした意図のもと、本共同研究の終了する本年(令和7年)3月末日頃に現状での暫定版を公開し、その上で、内容をより正確・厳密なものへと更新し次第、順次公開データの差し替えを進めてゆく形としたいと考えている。
なお、前年度の成果報告書にも記した通り、本共同研究では、研究資源としての「新纂謡曲引歌考」の意義を次のように考えている。「新纂謡曲引歌考」によって謡曲の和歌索引が提供されることは、謡曲じたいの研究に資するのは勿論のこと、室町期の他の文芸ジャンル(和歌・連歌のほか、室町時代物語〔お伽草子〕など)の研究においても頗る有用なものと考えている。その背景には、室町期文芸の中で注釈的研究の成果が一定の質・量を伴って提供されているのはほぼ謡曲のみに限られるという事情がある。「新纂謡曲引歌考」は、同時期の文芸享受者に広く知られていた古歌がどういった範囲に収まるのかを窺わせる有益な指標となるものであり、それは即ち、室町期の文化人層における和歌的教養基盤の内実を窺わせるものと言える。このことは、能/謡曲の研究が日本文化史研究の上で重要な役割を担い得ることの一証となるものと考えている。