一噌流の伝承研究―島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査―(2023年度より継続)
- 研究代表者:森田都紀(京都芸術大学芸術学部准教授)
- 研究分担者:高桑いづみ(東京文化財研究所名誉研究員)
- 研究分担者:宮本圭造(法政大学能楽研究所所長・教授)
- 研究分担者:山中玲子(法政大学能楽研究所教授)
- 研究協力者:中司由起子(法政大学能楽研究所兼任所員)
- 研究協力者:深澤希望(法政大学能楽研究所兼任所員)
【研究目的】
島田巳久馬旧蔵資料 をもとに、明治期から昭和初期に関する一噌流の 伝承実態について 各自成果をまとめる。 一噌八右衛門家資料 に関しては、 ① 八郎右衛門家と宗家一噌家との関係や八郎右衛門家の分家としての 活動実態について、② 手付の翻刻と解題、③ 手付の分析を通じた技法の変容等について、それぞれの研究成果を各自論文等にまとめるとともに 、シンポジウムや学会発表の形で合同発表する。
【2024年度 成果】
- A 『笛伝書残簡』翻刻と解題
- B 『いろは順古頭付』翻刻と解題
- C 『目録付古頭付』翻刻と解題
- D 『唱歌残簡』翻刻と解題
- E 津藩笛方一噌家文書目録
- 翻刻・論文 『近世初期囃子伝書集』能楽資料叢書9、囃子伝書研究会校訂、能楽研究所、2025年3月
- セミナー 「近世初期以前の囃子」森田都紀、高桑いづみ、宮本圭造、実演:一噌幸弘、成田達志、坂真太郎。法政大学市谷キャンパス、2025年3月5日
本研究は2019~20年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」と2021~22年度に実施した同公募型共同研究(B)「一噌流の伝承研究-島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査-」を継続・発展させるものである。課題は以下の二点である。
課題1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料(笛方一噌流島田巳久馬旧蔵)の調査研究
課題2、国立能楽堂蔵 一噌八郎右衛門家資料(津藩笛方一噌家旧蔵)の調査研究
今年度は課題2を中心に進め、16回の研究活動を行った。
【課題2について】
数年前より、下記A~Dの、4点の重要な手付の輪読と翻刻を進めてきた。いまだ輪読の途中ではあるが、今年度はこれまでの研究成果を囃子伝書研究会校訂『近世初期囃子伝書集』(能楽資料叢書10、2025年3月刊行予定)にまとめることを目指し、それぞれの手付の翻刻と解題を執筆した。( )は文責者である。なお、成果の一部は能楽セミナー「近世初期以前の囃子」においても公開する予定である。
A、「『笛伝書残簡』翻刻と解題」の執筆
・中司・深澤・山中の三名が翻刻した。高桑・森田も含めた五人の輪読で全体の内容を確認した。料紙の並び替え等は、中司・深澤が担当した。山中が全体を読み直し、各条に見出しを付け、可能な範囲での現代語訳または内容のまとめを記入した。解題も山中が担当した。現代語訳とは別に、高桑が翁関係の記事に対して「置鼓、開口、座付ナシに関する覚え書」を記した。
・本頭付の記述には、現行演出に直結する演出が整う前の古い形が多く残っている。シテやワキの人体によって、名ノリ笛や一声が細かく吹き分けられていた様子や、謡のアシライが現在より遙かに多かった状況での習いなどが窺える。また、様々な宴席や行事等での作法についての記事も多く見られる。
B、「『いろは順古頭付』翻刻と解題」の執筆
・高桑・森田・山中が翻刻した。中司・深澤も含めた五人の輪読で全体の内容を確認した。解題は高桑が担当した。
・本頭付は一曲の中で吹奏する旋律型を逐一挙げず、登場楽や舞事など囃子事のポイント
のみを記す簡略な書式である。記述内容には古態を残しており、秘伝化する前の頭付、また秘書的な側面が混在した頭付と位置づけられる。
C、「『目録付古頭付』翻刻と解題」の執筆
・高桑・深澤・森田の三名が翻刻した。中司・山中も含めた五人の輪読で全体の内容を確認した。解題は高桑が担当した。
・本頭付は一曲中のアシライを網羅的に記載している。江戸初期の笛のアシライの演出を具体的に示す頭付といえる。能のなかで笛があしらう箇所の吹奏基準が現行と異なり、能の構造を示す意図で小段末や節の末などでも吹いたことや、現行より吹奏箇所が多かったことが認められる。アシライの種類も今より多く、都度即興を混じえながら吹いていたと思われる。
D、「唱歌付『唱歌残簡』翻刻と解題」の執筆
・高桑・森田の二名が翻刻した。山中も含めた三人の輪読で全体の内容を確認した。解題は森田が担当した。
・三枚紙とボリュームが小さく、唱歌も断片の記載に留まるので特筆する内容はとくにないが、江戸初期までの宗家の伝承に基づき、一噌流としては早い時期に属する唱歌付として貴重である。
E、「津藩笛方一噌家文書目録」の作成
・文書全体の資料調査はこれまでのべ6~7回行った。資料調査にはメンバー六人全員がいずれかのタイミングで関わっている。
・今年度は、これまでとった書誌データと写真をもとに目録を作成した。能の手付類(25点)・雅楽の手付類(3点)・史料(過去帳・系図、一札、起請文、相伝者記録、由緒書等)24点・俳句短冊等(約40点)に分類して、書名と通し番号を付し、森田・高桑・宮本がそれぞれの資料に簡単な解説を付けた。
・本文書の手付に重要なA~Dが含まれることは前述の通りであるが、史料にも注目するべきものが散見される。たとえば、元禄元年~文久二年までの秘曲相伝者を記録する『一噌流笛秘曲相伝者記録』や、相伝者から取った12通の起請文は、江戸の家元ではない家が一定の範囲で秘曲相伝の権利を有していたことを示す貴重な資料である。また、江戸後期の津藩笛方一噌家3代の年譜(「一噌十郎兵衛年譜書」・「一噌八郎右衛門善知年譜書」・「一噌市郎兵衛年譜書」)には津藩で御用を勤めた年月日が詳細に記録され、活動の具体相が窺える。津藩笛方一噌家は江戸の家元の弟子家として扱われていたとみえ、江戸に赴いて家業修行した記録や「安宅延年舞」などの伝授を承け免許皆伝を許された記録もある。