『洋々集』からみる謡の作曲と演出
- 研究代表者:藤田隆則(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター教授)
- 研究分担者:高橋葉子(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター客員研究員)
- 研究分担者:丹羽幸江(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター客員研究員)
- 研究分担者:坂東愛子(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター共同研究員)
- 研究協力者:荒野愛子(神戸女子大学大学院文学研究科博士後期課程)
- 研究協力者:島田和俊(法政大学能楽研究所研究補助員)
【研究目的】
鴻山文庫におさめられている『洋々集』は、幕末のシテ方の役者である梅若満寿によって記された、謡の地拍子(謡を8拍子に合わせる規則)にかんする研究書である。謡の一句一句がもっている様々な拍子のかたちを、網羅的にとりあげ、体系的に分類し、解説をくわえた研究書であり、明治の後期から盛んにおこなわれた体系的な地拍子研究の、先駆けとみることができる書物である。
研究代表者らは、過去2 年間の共同研究において『洋々集』を読み、上中下巻にわたって例としてとりあげられているおよそ1300 の謡の句を、とりあげられた前後の部分も含めながら、八割に書き写す作業を行い、作業を完了させた。必要におうじて、現行の梅若流謡本や他流の謡本とも対照させ、異同をも明らかにした。
以上の成果を基盤にして、本研究は以上の2点を目ざす。(A)『洋々集』においてふれられた様々な謡の事例を、検索可能なデータベースのかたちに再編成すること。(B)『洋々集』に示された独創的なアイデアを基にして、謡の作曲やその演出に関する考察を進めること。
(A)について
『洋々集』にとりあげられた1300 あまりの謡の事例は、能のすべての作品にわたっているわけではない。著者の梅若満寿自身が自ら暗記しており、馴染み深く、興味深く感じているものが中心となっていると思われるが、その選択には、梅若満寿自身の名曲観が映し出されているはずである。本研究ではまず1300 の事例の、総索引の作成をおこなう。『洋々集』がとりあげた能の作品、その頻度などを明らかにすることで、梅若満寿がどの作品のどの場面を「謡の名場面」とみなしているか、わかるであろう。
(B)について
過去2 年間の研究で明らかになったように『洋々集』の著者は、地拍子の理屈を説明するために「文字数の産み字」「取り越し」などの独特な概念を提示している。これらの概念は『洋々集』の著者が、地拍子をひとクサリづつの単位で捉えるのではなく数句の流れの中で、また八割譜に記して俯瞰的に見渡すのではなく、より実践的な感覚から(内側から)の流れとして捉える、といった立場をとっていることの反映だと考えられよう。これらの独自の概念をより適切に解釈するためには、幕末から近代に刊行された節や旋律の学習書をひろく渉猟し、著者の梅若満寿の業績の全体像などを幅広く見渡す作業が必要となる。