一噌流の伝承研究-島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査-
- 研究代表者:森田都紀(京都造形芸術大学芸術学部准教授)
- 研究分担者:高桑いづみ(東京文化財研究所名誉研究員)
- 宮本圭造(法政大学能楽研究所教授)
- 山中玲子(法政大学能楽研究所所長・教授)
- 研究協力者:中司由起子(法政大学能楽研究所兼任所員)
- 深澤希望(法政大学能楽研究所兼任所員)
【2022年度 研究成果】
- データベース「島田巳久馬旧蔵資料目録」(暫定版)こちらからご覧ください。
- 論文 森田都紀「一噌流笛方能楽師・島田巳久馬の経歴について」『能楽研究』第47号、法政大学能楽研究所
- 論文 高桑いづみ「笛は何を吹いているのか」、能と狂言総合雑誌『花もよ』65号、2023年3月予定
- 研究発表 森田都紀(共同研究報告)「能管の技法の変遷-宗家の伝承と地方伝承」能楽学会第21回大会、大会企画発表「囃子の歴史と変容」、2023年3月
本研究は2019~20年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」を継続・発展させるものである。以下の二点を研究目的としている。
1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料(笛方一噌流島田巳久馬旧蔵)の調査研究
2、国立能楽堂蔵 一噌八郎右衛門家資料(津藩、分家一噌家旧蔵)の調査研究
活動記録に記した通り、今年度は1が3回、2が13回、計16回の調査ならびに研究会を行った。以下に1、2それぞれの成果を簡潔に記す。
1、 能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料の調査研究
・資料整理・目録作成
前年度に引き続き、資料整理を行って目録作成に向けて資料全体を再点検した。目録は内容に応じて、A笛手付、B小鼓手付、C大鼓・太鼓手付、D免状・相伝状の類、E昭和期一噌流関連資料、F型付、G謡本、 H名簿、Iその他に分類した。A笛手付は点数が多いため、A1頭付、 A2唱歌付、A3新作・復曲関連、A4狂言アシライ、A5他流儀手付、A6笛伝書に細分化した。D免状・相伝状の類もD1笛、D2小鼓に、G謡本もG1謡本、G2狂言台本の下位区分を設けた。AからHまでは2022年9月に拠点のホームページに公開し(成果公開欄①)、未公開部分のH~Iも概ね点検が済んでいる。資料の難読文字については宮本氏をはじめ本研究会のメンバーで検討を重ねた。
今年度の作業を通じて、ようやく島田巳久馬旧蔵資料全体を見通すことができたことになる。今後は個々の手付を詳細に検討して当時の演奏の具体相をみていくことが課題である。
・経歴調査
島田巳久馬の経歴調査の大半は昨年度に終えており、今年度はそれを「一噌流笛方能楽師・島田巳久馬の経歴について」という小考にまとめた(成果公開欄②)。
2、国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査研究
・資料の翻刻
2021年度より研究協力者に中司氏と深澤氏を迎え、江戸初期に遡り得る手付(笛頭付・唱歌付)の解読と翻刻を進めてきた。本年度はまず、引き続き三点の手付の翻刻を各自の分担を決めて行い、研究会では難読部分の解消に努めた。昨年度までに読み終えた手付も含めるとこれまで五点を読み進めてきたことになる。本来これらは一群のものと推測され、乱丁が起きたまま保存されていた可能性が山中氏によってかねてより指摘されていた。そこで資料の項目順も検討し、もともといろはの順に綴じられていたことなどを確認して、整理し直した。
・技法の分析
手付を詳細にみると、現行の技法が確立する以前の伝承と推測される内容や、八郎右衛門家独自の内容と推測される内容が含まれる。今後個々を精査し、八郎右衛門家における笛の技法の具体的な伝承内容を読み解くことが課題であるが、それに向けた調査を始めつつある。
例えば現行の一噌流の技法が確立する以前の伝承としては、高桑氏より次の指摘があった。すなわち、現行の笛の謡のアシライは謡の音高の変化に沿わせて吹かれているが、八郎右衛門家の手付では小段の区切りとも密接に関わって吹かれているのが認められるという。このことは能のなかでの笛の働きが今のそれとは異なることを意味し、小鼓や大鼓などの打楽器とより密接に関わりながら音楽的な効果を上げていたことが示唆される。高桑氏は八帖本花伝書と広大本『笛の本』も照会し(成果公開欄③、別添資料を参照)、八郎右衛門家の手付にみられる謡のアシライのあり方が現行伝承の確立する前の古い形であることも指摘した。
他方、八郎衛門家独自と推測される内容として、〔獅子〕の様々なヴァリエーションが伝承されていたことが認められた。その一つの〔藤堂獅子〕は音楽的に常の〔獅子〕とは異なる構造を有し、秘事として江戸中期には役者が江戸と行き来しながら伝承されていたことが窺われる。
【2021年度 研究成果】
- 研究発表「室町後期から江戸初期における笛の「音取」-旋律の特徴を中心に-」森田都紀(学会発表)能楽学会東京例会、オンライン、2022 年 2 月 28 日(月)
- データベース「島田巳久馬旧蔵資料目録」(暫定版)こちらからご覧ください。(公開2022.9.8)
- 報告「島田巳久馬の経歴について」(報告)、URL 未定,近日公開
本研究は 2019~20 年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」を継続・発展させるものである。以下の二点を研究目的としている。
1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料(笛方一噌流島田巳久馬旧蔵)の調査研究
2、国立能楽堂蔵 一噌八郎右衛門家資料(津藩、分家一噌家旧蔵)の調査研究
活動記録に記した通り、今年度は 1 が 16 回、2が 10 回、計 26 回の調査ならびに研究会を行った。以下に1、2それぞれの成果を簡潔に記す。
1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料の調査研究
・資料整理・目録作成
2019~20 年度に引き続き、資料整理を行って目録作成に向けた作業を進めた。新型コロナウイルスの感染状況を考慮して閲覧を控えざるを得ない時期もあったが、調査結果を公開するべく、主に囃子手付類と免状・相伝状の類を中心に再点検を行った。目録は内容に応じて、A 笛手付、B 小鼓手付、C 大鼓・太鼓手付、D 免状・相伝状、E 昭和期一噌流関連資料、F 謡本・型附・その他に分類した。今年度の成果として、A~D までを能楽研究所ホームページ「能楽の国際・学際的研究拠点」の「研究プロジェクト活動報告」に公開する予定である(→「島田巳久馬旧蔵資料目録」A~D を別添)。E 以下は次年度以降の公開となる。今後は個々の手付を詳細に分析して、島田が携わった舞台の具体的な笛の演出を確認していくとともに、特徴的な演出や近世以前の芸の変遷の一端を紐解くことも課題である。
・経歴調査
2020 年度から2年にわたって島田の経歴調査を進めてきた。『能楽』『謡曲界』『能楽画報』等の雑誌記事や番組表などを手がかりに事績をたどり、その結果を島田巳久馬旧蔵資料の記述と照らし合わせて詳細を検討した。経歴調査の報告は、能楽研究所ホームページ「能楽の国際・学際的研究拠点」の「研究プロジェクト活動報告」に公開予定である(→「島田巳久馬の経歴について」を別添)。
2、国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査研究
・資料の翻刻
2020 年度から、江戸初期に遡り得る手付の翻刻作業を続けてきた。本年度は新たに3 点の資料の翻刻に着手し、各自の分担を決めて作業を進めている。研究会では難読部分の解消に努め、凡例案の検討も行った。3 点のなかには、昨年度翻刻した2点と本来同一資料であったが乱丁が起きるなどして別資料として伝承されたと推測される資料もある。今後は全体の内容を検討して資料の項目順を整えるとともに、本家に伝承されている手付類や翻刻影印が公刊されている手付類などと比較して、資料の系統や成立年代を探っていきたい。
【研究目的】
本研究は2019~20年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」を継続・発展させるものである。能の演出に関する研究は、所作や作リ物などを中心に近年さかんに行われるようになった。だが囃子、ことに能管は物語の情景を彩る重要な存在でありながら先行研究が少なく、演奏技法や伝承について未解明な点が多い。本研究では、近年能楽研究所が入手した島田巳久馬旧蔵資料と、2018年に国立能楽堂蔵となった一噌八右衛門家資料の二種の笛方一噌流関連資料を対象に調査を行い、一噌流の伝承に関わる人物、演奏技法や演出の地域差、時代による変遷等を明らかにしようとする。
島田巳久馬旧蔵資料は、昭和初期に一噌流宗家代理を務めた一噌流笛方・島田巳久馬(1889~1954)が所持した資料で、書状や自身の稽古の記録、入門・相伝免状、秘事を含む手付類など約170点からなる。とりわけ注目されるのは過半を占める囃子手付類で、大正期から昭和期にかけて島田が実際に勤めた舞台の演出を自ら書き留めたものと、江戸期や明治期の演出を書写したものとが含まれる。立ち方の所作、大小太鼓の特殊な手組、謡の詞章と笛のアシライのきっかけ、笛の唱歌、囃子事の寸法、流儀間の異同、八割譜などを詳細に書き残すものも多い。本研究では島田巳久馬旧蔵資料の目録を作成するとともに、個々の手付を丹念に読み解いて、近世以前の芸の変遷や、明治期から昭和初期にかけての一噌流の伝承実態を紐解いてみたい。
一方、一噌八右衛門家資料は、一噌流宗家三世(一噌似斎から数えて三代目)一噌八郎右衛門善政(宗光)の甥にあたる八郎右衛門善久が新たに一家を立てた分家一噌家に伝えられた文書である。同家は江戸前期に津藩藤堂家に召し出されて以来、幕末維新まで津藩に仕えた。資料は津藩に提出した由緒書の控えや起請文、手付類など約70点からなる。笛方一噌流の歴史的研究はこれまで宗家系を中心になされてきたが、当家に伝承された文書は江戸期の地方伝承の具体相を解明することに繋がると考えられる。以上の二つの調査により、江戸期から昭和期にいたるまでの一噌流をとりまく伝承の具体相が歴史的かつ多角的に浮かび上がると思われる。