一噌流の伝承研究-島田巳久馬旧蔵資料と国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査-
- 研究代表者:森田都紀(京都造形芸術大学芸術学部准教授)
- 研究分担者:高桑いづみ(東京文化財研究所名誉研究員)
- 宮本圭造(法政大学能楽研究所教授)
- 山中玲子(法政大学能楽研究所所長・教授)
- 研究協力者:中司由起子(法政大学能楽研究所兼任所員)
- 深澤希望(法政大学能楽研究所兼任所員)
【2021年度 研究成果】
- 研究発表「室町後期から江戸初期における笛の「音取」-旋律の特徴を中心に-」森田都紀(学会発表)能楽学会東京例会、オンライン、2022 年 2 月 28 日(月)
- データベース「島田巳久馬旧蔵資料目録」URL 未定,近日公開
- 報告「島田巳久馬の経歴について」(報告)、URL 未定,近日公開
本研究は 2019~20 年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」を継続・発展させるものである。以下の二点を研究目的としている。
1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料(笛方一噌流島田巳久馬旧蔵)の調査研究
2、国立能楽堂蔵 一噌八郎右衛門家資料(津藩、分家一噌家旧蔵)の調査研究
活動記録に記した通り、今年度は 1 が 16 回、2が 10 回、計 26 回の調査ならびに研究会を行った。以下に1、2それぞれの成果を簡潔に記す。
1、能研蔵 島田巳久馬旧蔵資料の調査研究
・資料整理・目録作成
2019~20 年度に引き続き、資料整理を行って目録作成に向けた作業を進めた。新型コロナウイルスの感染状況を考慮して閲覧を控えざるを得ない時期もあったが、調査結果を公開するべく、主に囃子手付類と免状・相伝状の類を中心に再点検を行った。目録は内容に応じて、A 笛手付、B 小鼓手付、C 大鼓・太鼓手付、D 免状・相伝状、E 昭和期一噌流関連資料、F 謡本・型附・その他に分類した。今年度の成果として、A~D までを能楽研究所ホームページ「能楽の国際・学際的研究拠点」の「研究プロジェクト活動報告」に公開する予定である(→「島田巳久馬旧蔵資料目録」A~D を別添)。E 以下は次年度以降の公開となる。今後は個々の手付を詳細に分析して、島田が携わった舞台の具体的な笛の演出を確認していくとともに、特徴的な演出や近世以前の芸の変遷の一端を紐解くことも課題である。
・経歴調査
2020 年度から2年にわたって島田の経歴調査を進めてきた。『能楽』『謡曲界』『能楽画報』等の雑誌記事や番組表などを手がかりに事績をたどり、その結果を島田巳久馬旧蔵資料の記述と照らし合わせて詳細を検討した。経歴調査の報告は、能楽研究所ホームページ「能楽の国際・学際的研究拠点」の「研究プロジェクト活動報告」に公開予定である(→「島田巳久馬の経歴について」を別添)。
2、国立能楽堂蔵一噌八郎右衛門家資料の調査研究
・資料の翻刻
2020 年度から、江戸初期に遡り得る手付の翻刻作業を続けてきた。本年度は新たに3 点の資料の翻刻に着手し、各自の分担を決めて作業を進めている。研究会では難読部分の解消に努め、凡例案の検討も行った。3 点のなかには、昨年度翻刻した2点と本来同一資料であったが乱丁が起きるなどして別資料として伝承されたと推測される資料もある。今後は全体の内容を検討して資料の項目順を整えるとともに、本家に伝承されている手付類や翻刻影印が公刊されている手付類などと比較して、資料の系統や成立年代を探っていきたい。
【研究目的】
本研究は2019~20年度に実施した公募型共同研究(B)「能楽研究所蔵及び国立能楽堂蔵一噌流伝書の調査研究-演奏技法及び江戸期地方伝承の解明にむけて」を継続・発展させるものである。能の演出に関する研究は、所作や作リ物などを中心に近年さかんに行われるようになった。だが囃子、ことに能管は物語の情景を彩る重要な存在でありながら先行研究が少なく、演奏技法や伝承について未解明な点が多い。本研究では、近年能楽研究所が入手した島田巳久馬旧蔵資料と、2018年に国立能楽堂蔵となった一噌八右衛門家資料の二種の笛方一噌流関連資料を対象に調査を行い、一噌流の伝承に関わる人物、演奏技法や演出の地域差、時代による変遷等を明らかにしようとする。
島田巳久馬旧蔵資料は、昭和初期に一噌流宗家代理を務めた一噌流笛方・島田巳久馬(1889~1954)が所持した資料で、書状や自身の稽古の記録、入門・相伝免状、秘事を含む手付類など約170点からなる。とりわけ注目されるのは過半を占める囃子手付類で、大正期から昭和期にかけて島田が実際に勤めた舞台の演出を自ら書き留めたものと、江戸期や明治期の演出を書写したものとが含まれる。立ち方の所作、大小太鼓の特殊な手組、謡の詞章と笛のアシライのきっかけ、笛の唱歌、囃子事の寸法、流儀間の異同、八割譜などを詳細に書き残すものも多い。本研究では島田巳久馬旧蔵資料の目録を作成するとともに、個々の手付を丹念に読み解いて、近世以前の芸の変遷や、明治期から昭和初期にかけての一噌流の伝承実態を紐解いてみたい。
一方、一噌八右衛門家資料は、一噌流宗家三世(一噌似斎から数えて三代目)一噌八郎右衛門善政(宗光)の甥にあたる八郎右衛門善久が新たに一家を立てた分家一噌家に伝えられた文書である。同家は江戸前期に津藩藤堂家に召し出されて以来、幕末維新まで津藩に仕えた。資料は津藩に提出した由緒書の控えや起請文、手付類など約70点からなる。笛方一噌流の歴史的研究はこれまで宗家系を中心になされてきたが、当家に伝承された文書は江戸期の地方伝承の具体相を解明することに繋がると考えられる。以上の二つの調査により、江戸期から昭和期にいたるまでの一噌流をとりまく伝承の具体相が歴史的かつ多角的に浮かび上がると思われる。