近現代俳句における能楽の影響──高濱虚子と山崎楽堂を中心に(2026~2028年度)
- 研究代表者:堀切克洋(武蔵野大学文学部日本文学文化学科教授)
- 研究分担者:三浦裕子(武蔵野大学文学部特任教授能楽資料センター長)
- 研究協力者:岩城賢太郎(武蔵野大学文学部准教授)
- 研究協力者:金子健(武蔵野大学文学部准教授)
【研究目的】
本研究は、正岡子規にはじまる近現代俳句における能楽の影響関係を明らかにすることを目的とする。江戸期の俳諧には能楽に材を取った作品も多いが、明治期における能楽の復興と俳句界の進展はより密接な結びつきを有する。正岡子規の叔父にあたる藤野漸は幼少期に池内信夫(1826-1891)から下掛宝生流の謡を学び、のちに東京や松山で能楽の振興に尽力していたし、池内信夫の息子であり高濱虚子の兄でもある池内信嘉(1858-1934)は能楽館を設立して雑誌『能楽』を発行するなど、復興普及のキーパーソンであった。
上記の文化的環境のなかで、俳誌『ホトトギス』を子規より継承した高濱虚子(1874-1959)は、1913年の同誌200号に合わせて能公演を実施して数多の文化人を招待し、また自身も新作能を執筆するなど生涯にわたって能と俳句の両面で活躍を続けたが、そのブレーン的存在だったのが法政大学教授も務めた山崎楽堂(1885-1944)である。楽堂は「ホトトギス」同人として七五調の意義を理論的に論じるなど、新傾向・自由律俳句が勢いを増すなかで「守旧派」として五七調遵守を是とした虚子の俳論においても、少なからぬ影響を与えたことが推定される。
本研究では、子規が俳句の近代化に心血を注いだ1880年代から1930年代までの俳句界において、能楽がどのような影響関係を築いたかを総論的に論じることを目標としつつ、主として虚子・楽堂における能楽/俳句に関連するテクストの調査分析を三カ年にわたって実施していく。具体的には『謡曲界』『能楽画報』などのデジタルアーカイブ資料を活用、未翻刻資料の調査も実地で行いながら、楽堂の能楽論をふまえた俳句史の検証を試みることで、近現代俳句研究に新しい視座を提供することを目指したい。
【研究計画】
2026年度──史料の網羅的収集と基礎データベースの構築
まず研究の端緒として、正岡子規、高濱虚子、山崎楽堂らの能楽・俳句関連テクストの所在を確定する。公刊された書物(例として高濱虚子『どんな俳句を作つたらいゝか』所収、楽堂「五七五調基格概論」)を中心として、『謡曲界』『能楽画報』『ホトトギス』等のデジタルアーカイブから子規・虚子・楽堂の記事を抽出していくほか、藤野漸や池内信嘉についても資料調査を実施する(未翻刻の資料に関しては愛媛県松山市の子規記念博物館等で実地調査)。可能ならば、横山太郎氏(立教大学現代心理学部教授)を研究会に招聘し、虚子の新作能についての研究に関する講演を依頼したい。2026年10月には、虚子の能楽についても扱った第一評論集を文学通信より刊行予定である。
