能楽演目とポップカルチャーとの相互影響に関する研究
- 研究代表者:植朗子(神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート(Promis)協力研究員)
- 研究分担者:マガリ・ビューニュ(帝京大学外国語学部国際日本学科講師)
- 研究分担者:鈴村裕輔(名城大学外国語学部准教授)
【研究目的】
本研究では「能 狂言『鬼滅の刃』」を研究対象とし、この作品における①古典演目からの影響関係の解明と、②新しく取り入れられたポップカルチャー要素の分析をおこなう。2022年に上演された「能 狂言『鬼滅の刃』」に対する評価の高さは、原作であるマンガ『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴、集英社、2016-2020)のブームに単純に依拠しているだけではなかった。能楽固有の表現が、『鬼滅の刃』における異形たちの悲哀をすくい上げ、新たな視点をもたらすのだということを、ふだん能に触れることが少ない層にも知らしめるものだった。
この共同研究では「能 狂言『鬼滅の刃』」を研究対象とし、台本制作者である木ノ下裕一、演出担当の野村萬斎、さらには能役者たちが、『鬼滅の刃』の世界観を能楽に翻案するために用いた技法に焦点をあて、伝統的な能楽の演目と比較し、共通点・妥協点・革新性という3つの角度から分析する。そして、マンガというメディアを典拠とする「新作能」の可能性を探求することを目的とする。本研究では3名の研究者が、以下の視点から「能 狂言『鬼滅の刃』」の分析を行う。
①植朗子担当内容(吾峠呼世晴の原作と木ノ下裕一の補綴との比較、テクスト分析)
*セリフ(マンガ原作)から謡(能狂言)のテクスト分析―神話的要素「呼吸」「柱」、人間的要素「情」「恐怖」「悲哀」を手がかりに
・「能 狂言『鬼滅の刃』」における鬼殺の技「呼吸」の神話的表現
・『鬼滅の刃』〈人の悲しさ、鬼の虚しさ〉―マンガから能狂言に受け継がれる「悲しみ」の変化
②マガリ・ビューニュ担当内容(木ノ下裕一による補綴の分析)
*伝統と新奇性の間の「妥協」の形を分析する(新作能が伝統的な能の構造を守りながらもそれに加えた修正点の検討)
・修羅能『藤襲山』における謡曲「屋島」「勝修羅」/切能『累』における謡曲「黒塚(安達原)」・「土蜘蛛」・「大江山」から受けた影響の解明(現行演目と新作能との密接な関係を明らかにする。)
・雑能物『君がため』における和歌の引用/鬘物『白雪』における子守歌の使用の検討
③鈴村裕輔 担当内容(伝統文化とポップカルチャーの「浸透」と「融合」の接点)
*「憂き世」が「浮き世」へと変化した中世から近世の思想的・文化的背景及び伝統文化のポップカルチャーへの「翻訳」
・『狭霧童子』『藤襲山』『累』における人間の絆と「死」
・「生きたい 生きたい 死にたくはなし」―能狂言世界にあらわれた“新しい”鬼舞辻無惨像