『洋々集』の研究(2022年度より継続)
- 研究代表者:藤田隆則(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター教授)
- 研究分担者:高橋葉子(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター客員研究員)
- 研究分担者:丹羽幸江(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター客員研究員)
- 研究分担者:坂東愛子(京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター共同研究員)
- 研究協力者:荒野愛子(神戸女子大学大学院文学研究科博士後期課程)
【研究目的】
鴻山文庫におさめられている『洋々集』は、能の謡のリズム・拍節法(地拍子)の歴史を見渡す上で、重要な文献のひとつであるとされてきた。なぜ重要かと言えば、(1)いわゆる近古式ではなく、現代式の地拍子フォーマットを規範として示している最初の文献のひとつであること、(2)「大乗(おおのり)・中乗(ちゅうのり)・平乗(ひらのり)」という現代でも使われている用語を、もっとも早く使用した文献のひとつであること、などによる。
ただし、『洋々集』の中心は、そこにあるわけではない。その中心は、膨大な数の謡の一句一句を、文字数や節回しを基準にしながら、細かくパターン化し、分類して示している点にある。その意味で『洋々集』の仕事は、20世紀に大きく開花した謡の地拍子研究の先駆けとなるものであるが、挙げられている全てに対して、批判的な検討を加える研究は、これまでにはおこなわれてこなかった。
また『洋々集』には、地拍子について説明するための独特な用語もみられる。たとえば「文字数の産み字」「文字運びの産み字」などは、現代では用いられない表現である。これは、20世紀以降の地拍子研究とちがって、『洋々集』が基本的に、八割譜などによる図示にたよらないやり方で、説明をおこなおうとする点に由来すると考えられる。これらの独特な用語法は、謡のリズムを上から見渡す(外側からみる)のではなく、より実践的な感覚から(内側から)捉えていくための用語であり、その詳しい解釈が必要となる。
本研究では、『洋々集』がとりあげているすべての謡の実例の1句1句を明快に把握すること、つまり、すべての実例を「八割」の形式に置き換える作業を、第1のゴールとする。つづいて、挙げられている膨大な実例が、謡の小段(曲節)の中において、どのような位置をしめているか(いいかえれば、その句の前後にはどのような旋律が来ているか)をあきらかにして、たんなる1句(1クサリあるいはその半分)の大きさ内での類似性、共通性を明らかにするだけではなく、複数のクサリのまとまり間の類似性の発見を目指す。
研究の作業は、(1)『洋々集』全体の翻刻、(2)すべての実例1句1句の八割化、(3)あらたな旋律型の類型化をおこなうこと、の3点である。これらは、謡の拍節法研究、ひいては旋律研究、作曲研究のための、新たな基礎資料のひとつとなるであろう。
本研究は、謡の作品を、言葉の詩的な内容だけで捉えるのではなく、音数律の選択や節付けとともに捉えることに向けた、学術的な道筋を切り開いていくことになるであろう。